April 09, 2008

UDON

 UDON

  監督:本広克行
  出演:ユースケ・サンタマリア
     小西真奈美
     トータス松本
     小日向文世
     木場勝己
     鈴木京香
 
       2006年  日本
 
 
うどんと言えば香川県。 本場のうどんは讃岐うどん。 押しも押されもしないソウルフード。
その地に生まれ育ち、日々うどんを打って、喰らう人々。
四国に渡ったことのない私が、うどん文化圏の一端を知ることの出来た映画であります。

舞台となる讃岐地方の風景の見事さ、素晴らしさ。
日頃、みいさんのブログで美しい写真を見せて頂いている、讃岐富士を中心とした明朗な田園風景と、そこに住まう人々の暮らし。 見ているだけで、もうニコニコである。

但し、地元タウン誌の取材をきっかけに巻き起こる、うどんブームの顛末を描く映画の前半が、私としてはイマイチの感があった。
タウン誌の編集スタッフが県内各地に点在するうどん屋を取材するシーンなど、いろいろと演出を工夫しているのが、テレビの旅グルメ番組などで、芸能人がレポートしている風に見えて、どうにもシラけてしまうのだ。

主人公の松井香助役にユースケ・サンタマリア。
その型破りな言動、押しの強い無責任男ぶりは、見ていて憎めない奴と笑う人と、許せない奴と怒る人に分かれるのではないだろうか。 で、私は後者の側と。
なにしろ表情がコワイ(眼が、決して笑わないのだ)。 人気男優ながら、私とは余程相性が悪いのかもしれない。

ライターの宮川恭子役に小西真奈美。
童顔で、終始カワイイ表情を保つばかりで・・・・・でも、それだけ。 こちらも、私とは相性が好くないのかなあ。 随所に差し挟まれる、この人のナレーション(自己愛が、少しばかり鼻に付く)はいらないと想うな。
 
そして後半は、讃岐の小さなうどん屋、松井製麺所一家の後継者問題へと話しが移る。
こちらは好い役者が揃った。
松井家の老父、頑固一徹なうどん職人の拓富役に木場勝己。 その娘、しっかり者の万里に鈴木京香。  気の優しい婿、良一役に小日向文世。 この一家に、前述の香助が絡むことになる。

いっそ前半の、タウン誌編集部の活躍編はバッサリ切り捨ててしまい、後半の松井製麺所一家のストーリーひとつでまとめてくれれば、この映画は佳作に成り得たと想うのだけれど。

ラストの香助の選択に、私は納得がいかないのだけれど、この映画を造った本広監督をはじめ、大挙カメオ出演した香川県出身の俳優・タレント諸氏、つまり故郷を離れて都会に出て行った人々に重ねて考えてみれば合点がゆく。 でも、そうだとすると、これも一種の自己愛に見えてしまって、共感し辛いんだよね。
上映時間134分が、矢鱈と長く感じた。

いろいろと文句を垂れたけれど、すっかりうどん気分になってしまった私。 映画を観たその翌日、いそいそとうどんを喰いに出掛けたのは言うまでもない。
いつか讃岐へ、ソウルフードを喰いに行ってみたいモンです。
 

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December 20, 2007

ALWAYS 続・三丁目の夕日

 
 ALWAYS 続・三丁目の夕日
 
  原作:西岸良平
  監督、脚本:山崎貴
  出演:吉岡秀隆
      堤真一
      薬師丸ひろ子
      小雪
      堀北真希
 
       2007年 日本
 
 
その当時を知らぬ世代が見てさえ、何故か郷愁を覚える昭和三十年代という時代。 その当時を生きる庶民の哀歓を、VFXを駆使して美しくリアルに描き、大ヒットをみた前作の続編であります。
 
主要キャスト(と端役の何人か)が前作と同じなのが嬉しい。 懐かしい三丁目の人々に再会した気分にさせられるから。
子役の二人が大きくなってしまって(子供さんの成長、それ自体は目出度いわけですが)、それぞれの配役には、いささか旬を過ぎているかもしれない(特に淳之介)。 それでも、あえて前作と同じキャストを押し通したのは英断でしょう。
 
前作が、原作のマンガのエピソードを巧みにつないで成り立っていたのに対して、今作では、前作の内容を引き継ぎつつも、淳之介の親権争いから茶川先生の芥川賞挑戦に至る一本の流れがあって、ドラマ性を高めている。
茶川先生は、ヒロミと淳之介との暮らしを夢見て奮起する。 一方、怒髪天を衝く昭和の雷オヤジ、鈴木オート社長はかつての戦友を懐かしみ、そして奥さんは初恋の想い出を秘めた日本橋を歩むのである。
 
その日本橋。
前作と同様、旧き好き時代を描くという姿勢を貫いたためであろう。 この映画に描かれる日本橋の上には、未だ首都高速道路が見当たらない。 (「もうすぐ、この上に道路が出来るんだぜ」なんて、無邪気に喜ぶ一平) 私が初めて目にする、日当たりの好い日本橋。 その光景は、前作で瞠目させられた、建築中の東京タワーに負けないくらい新鮮だ。

今、中央区の日本橋を渡るとするなら、その頭上すれすれを横切る、首都高速道路の姿を見上げて嘆息する破目になる。 高度経済成長期、オリンピックを前に急造された、この高架のあまりに強引なレイアウトは、下手な現代美術などよりも余程、あの時代の狂気を今に伝えていると想う。

映画のラスト。 出来得れば、竣工して間もない東京タワーの展望台から見下ろす、昭和三十年代の都内の俯瞰を、CGで精緻に再現して欲しかったところ。
高層建築の未だ一つもない(東京タワーを除いて)頃の東京。 それは、私が切に眺めてみたい、しかし今では決して見ることの叶わぬもののひとつなのだ。

実写版の「三丁目の夕日」。 東京オリンピック絡みで、もう一作くらい造れそうな気がする。 開会式の興奮など、三丁目の人々の視点で見てみたいではないか。 でも、ダメか。 なにしろ、その頃には首都高速が完成して、変わり果てた様子の日本橋を見届けねばならないもの。 想い出はあくまで美しくが、この映画のお約束なのだから。 三丁目の世界はここまで。
 

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December 02, 2007

ALWAYS 三丁目の夕日

 
 ALWAYS 三丁目の夕日
 
  原作:西岸良平
  監督、脚本:山崎貴
  出演:吉岡秀隆
      堤真一
      薬師丸ひろ子
      小雪
      堀北真希
 
        2005年 日本
 
 
私が未だ親元に暮らしていた学生の頃、居間のTVで、母親と一緒にドラマや映画を見るのがニガ手であった。
なにしろ母親は、TVを見ながらあれこれと感想を述べるし、一方の私は、のめり込んで見るタチなので、母親の言葉が一々五月蝿くて溜まらず、終いには怒りだすこともしばしばであった。

2005年の劇場公開時に大ヒットし、今また続編が上映中の「ALWAYS 三丁目の夕日」。 この映画はCGを駆使したかつてない映像のリアルさでもって、その冒頭から、見る者をして昭和三十年代の世界に連れ去ってしまう。 私はこの時代を見知っているわけではなく、時代の残り香をかすかに覚えている程度だけれども、「ALWAYS」のタイトルが出た時点で、すっかり感激してウルウルきてしまったよ。

私は今、この映画を、本当は亡き母と見てみたかったものだと、切に想う。
一緒に見て、そして好きに語って欲しい。 あの頃はみんなこうだった・・・結婚した頃に住んだのがあんな場所だった・・・・・・・・・・・・大阪はこうやなかった・・・あんたらも、ああいう処で生まれたんやで・・・幾らでも、好きなだけ喋って好い。 怒らずに、みんな聴くからサ。

聴くところによれば、この「ALWAYS 三丁目の夕日」。 映画館で上映中は、客席での話し声が多かったのだそうな。 私は、客席での私語については、とりわけ耐えられない方なのだけれど、でも、この映画に関しては、こればっかりは、そういう映画なんだと想う。 過ぎし日を懐かしみ、しばし感傷に浸る。 そんなための(最先端の技術を駆使した)映画があっても良い。

緻密に再現された、昭和三十年代の東京の街並み。 取り分け、建築途中で半分までしかない東京タワーの映像が、もの凄いインパクトである。
この作品について好く言われるように、想い出は美しくとばかり、昭和三十年代の世界が、実際よりも美化されているきらいはある。 ドラマと言うよりも、昭和三十年代を舞台にしたファンタジーとでも言うべきかもしれない。
でも、批判はあるかもしれないけれど、現存する古い町並みでのロケや、往事の記録映像ではない、造りものの、セットやCGで造りこまれた虚構の世界だからこそ、アソビ心が活きるのだと想う。

茶川先生を演じる吉岡秀隆は、髪かきむしるショボクレ加減が見事なハマリ役。
鈴木オートの社長に堤真一。 昭和のカミナリオヤジという性格設定は、原作とはまったく異なる。 この人については、「ローレライ」での悪役の印象が強かったけれど、ここでは短気でコワくて、でも人の好いお父さんを好演する。
その奥さん役に薬師丸ひろ子。 クリスマスの夜、眠っている一平の枕元にこっそりプレゼントを置いて、階下に引き返す社長の背中に、そっと添える手が好い。 それからラスト間際、上野駅に向かって走り出すオート三輪の荷台に立って、運転席の屋根をバンバンって叩く手も。 母の手、妻の手の力強さ、暖かさに参った。 (ついでに言うと、この後、走ってゆくオート三輪の、テールランプがあまりにも赤く輝く、そのギミックが心に沁みた)
子役にも人を得た。 小柄な一平役、小清水一揮クンの利かん気。 そして淳之介役、須賀健太クン「万年筆です」。 こんなに喜んでくれる、プレゼントの送り主になってみたいよね。

もしもし・・・・こちら二十一世紀です。
一平くん、淳之介くん。 今なら五十代のオジサンってところですね。 一平くんの夢見た五十年先の夕日は、あの頃と変わらず、綺麗に照り映えています。 更に五十年後の夕日は、見る人の目に、どんな風に映ることでしょう。
 

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October 06, 2007

ULTRASEVEN X

 
 
 ULTRASEVEN X 
   Episode1 DREAM
 
 
開放感ありまくりで、なかなか眠くならない金曜日の夜。 TVでウルトラの新番組が始まったので、しっかりと見てしまった。 なんで、セブンかって言うと、今年はウルトラセブンが放送されて40年目になるから。
今度のウルトラは思いっきり深夜枠(2:25)の放送。 完全にオトナ向きということですな。

舞台になる近未来の東京は、徹底した管理社会という設定で、そのクラ~イ描写は、なんちゃってブレードランナーってところ。 主人公も、ハリソン・フォードを意識してるかのようなイメージ。 格闘シーンは、マトリックスを髣髴とさせる。

ULTRASEVEN Xの造型はなかなか凝っていて、これまでのウルトラヒーローにはないマッチョな体系、そして小顔。 顔つきも精悍に・・・・と言うか、目付き悪いゾ。
それにしても頭部、小っさ過ぎないか。 この容積の中に、どうやってスーツアクターが収まるのやら、心配になっちまう。 ともあれ、40年の間にスーツも、かく進歩したということ。

ウルトラの主人公といや、世を欺く仮の姿として、防衛チームの一員に身をやつすのが常なわけだけれど、今回は、エイリアンを追う秘密組織のエージェントと言う設定。 但し、基地も、制服も、戦闘機もなし。 特撮シーンの街並みは、ミニチュアのセットではなしに、実写と合成しているらしいし、 深夜枠に相応しく(?)、低額予算ウルトラマンって感じ。 それはそれで、面白そう。

役者は、若手を揃えたのは好いけれど、凄んでばっかりで、その割りに緊迫感がない。 第一回を見た限りでは、ウルトラセブンの持っていた一見して明朗な、でも深いドラマ(回によっては、救いのない)とは、方向性を異にしたカタチを目指しているのは確かと想う。
BGMはなんだかメタルっぽくて・・・・あちゃ、こういうのニガ手なんだよな。
 
 

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October 04, 2007

ヱヴァ序 再び

またも、見て来ました。 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」

初めて見た折に比べて、新鮮味は薄くなる代わり、二度目ともなると、細部まであちこち見て取ることが出来(=よりアタマに入って)、ヱヴァのように、細かい部分をつつきまくって愉しむことの出来るドラマの場合、より深く楽しめるってことがある。

序について、一回目で見落とし、または勘違いしていた点を書き留めておこうと想う。
・冒頭の海辺のシーンは、旧作のラストシーンを引き継いでいるのか? この後、それを暗示するような描写が続出。
・半ば廃墟と化した都市の中に、使徒との戦いがあったかのような、巨大な人型の白線。 多分、これが第三使徒で、この時点で既に殲滅済みなのかもしれない。 (でも、どうやって?)
・ゲンドウがゼーレに提出した人類補完計画の中間報告が、TV版の第17次から第27次へとカウントアップされている。
・ネルフの地下で磔刑に処せられている巨人の名はリリス。
・月面で目覚めたカヲル君曰く、碇シンジ君は「また、三番目」だって。

なにはともあれ、ヤシマ作戦は何度見ても燃えますな。 今回、CGを多用した細かな描写を、しっかり見ることが出来たと想う。 シンジ君が零号機のエントリープラグのハッチをこじ開けてからの、綾波とのやりとりは、やはり泣かせます。

次回は、ヱヴァ弐号機以降が続々登場する模様。 前作では、5号機以降は全て同じデザイン(スナメリみたいな頭部を持つ)の量産型だったけれど、破の段では、まったく新たな展開になりそう。
アスカ登場編のTV版第八話は、弐号機八艘飛びの名場面があって好きなんだけれど、その辺りはカットされてしまうのだろうか。 ちと、気懸りではあるな。

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September 24, 2007

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

 
 
 
 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
 
         2007年 日本
 
 
自民党の総裁選挙が行なわれた日、現在公開中の標題作品を観て来た。
1995年にTV放送されて以来、未だ人気の衰えを見せぬエヴァの、十年ぶりのリメイク作品であり、個人的に、ここ一ヶ月余りの間続いたエヴァ・フィーバーの、これがひとまずの総決算となる。

私の場合、つい最近になってエヴァを見始めた、にわかファンだからして、リアルタイムで見た来たファンの、エヴァとの十年ぶりの邂逅、と言った感慨を持つことが出来ないのが、ちと寂しい気もする。
でもその代わりに、前作の「THE END OF EVANGELION Air/まごころを君に」を見た直ぐ後に、十年の歳月を一揆に飛び越えて、このリメイク作を見ることが出来たわけで、それはそれで興を覚える。

声優さん達が今も健在なのは、なにより嬉しい。 実写作品では、こうはゆかないよね。
それでもその声に、意地悪く(!)耳傾けてみれば、特に主役の三人(シンジ君、ミサトさん、綾波)の声音など、ほんの少うし変わっているのが聴いて取れる。
ミサトさんがヱビス缶を呑んでの「クーーーーッ」(に伸びがない)や、綾波の「なんで泣いてるの?」の幽けき声音など。
いや、突っ込んじゃいけない、ここは愛が必要なところと想うんですが、とまれ歳月を感じるなと。 勝手に感慨に耽ってます。 ハイ。
もちろん、演者の人生経験の積み重ねと共に、解釈の深まりが期待出来る、いやしなければならない。 若さと引き換えにね。

映画の内容は、TV版の第壱~六話プラスαと言ったところ。
TV版で素晴らしかった、日常風景の精緻な描き込みも健在。 シンジ君、未だDAT使ってるし。
ミサトさんの、ヱビス缶で「クーーーーッ」も楽しい。 TV版ではオールド・パーはじめ洋酒の空き瓶が転がっていた、酒豪ミサトさんの部屋だったけれど、今回は「獺祭」の一升瓶が何本も転がってる。 一緒に呑みたいねえ。

TV版で、私が気に入っていたシーンも幾つか取り入れられていて、今回はそれをリメイク版ならではのハイクオリティな映像で愉しむことが出来た。
第3使徒サキエル戦で暴走した初号機が、一足飛びに襲い掛かるところ。 アンビリカルケーブル(電源コード)のだらんと垂れてるのが不気味で好いんだ、これが。
それから、起動実験中の零号機が暴走して、壁にアタマをがんがん打ち付けるところ。 こいつ、ホントに苦しんでるよ。 なんて人間的な動きなんだろう。(ヘンなシーンばかり好きでスイマセン)

第5使徒ラミエル(◆のやつ)との闘い。 ヤシマ作戦を、映画のクライマックスに持ってきたのは上手かった。
難攻不落。 「攻守共に、ほぼパーペキ」な敵に対して、有効なのは超長距離からの陽電子砲の射撃のみ、と言う状況下。 その唯一つの目的に向かって、巨大プロジェクトを廻してゆく姿が、見ているこちらをワクワクさせるんだよね。
途方もない数の機材、多くの人材(各方面のプロ達)、そして日本中の電力の全てを掻き集めての、文字通り総力戦を、CGを多用した、細かなカットの畳み掛けで描いてゆく。

リメイク版ならではの、解釈の微妙な変化もあった。 印象に残ったのは・・・・
・第4使徒シャムシエル戦で、指揮官としてシンジ君を掌握仕切れなかったミサトさん。 苛立って、自分にビンタ。(自分の弱さに気付くのが早くなったね)
・ヤシマ作戦の直前。 病室で寝ているシンジ君の前で、ヤシマ作戦の要綱を暗誦する綾波(スゴイ記憶力?)
・3バカトリオの友情が、モチベーション不足のシンジ君を勇気付けた(初号機に搭乗するシンジ君に、クラスメイトのトウジ君、ケンスケ君から激励のメッセージが届きました・・・・ベタだけど、好きだな。 こういう演出)
・ヤシマ作戦のお終いで、綾波がシンジ君にゲンドウの面影をみるところはカットされた(この方が、シンジ君的に救いがあると想う)
・そしてこの時、溶解しかかった零号機のエントリープラグのハッチを、無理やりこじ開けたシンジ君のグローブが溶けていて、TV版のゲンドウの掌を髣髴とさせた。
・シンジ君が綾波のアパートを訪れたのは、ゲンドウの画策によるものらしい。(さてはゲンドウ、意図的に二人を近づけたな!) あと、あの殺伐としたアパートの外で、絶え間なく打ち続けるパイルの音がコン、コンとなんだか綺麗過ぎて、ちと興を削ぐんだな。

前作からのファンにそっぽを向かれてはいけないから、ストーリーや性格設定など、ヘタに替えられないであろうし、また、新しい観客を無視するわけにいかないから、一通りの説明的描写は欠かせない。 とくれば、いささか新鮮味に欠けるのは止む無し、か。
リメイク4部作の最初は、これまでの路線から大きく外れることのない、まずは無難な内容にせざるを得なかったのかと想う。 次回、破の段では、リメイク版らなではの新たな展開を見ることが出来そうで、楽しみたのしみ。
もちろん、三石琴乃さんの名調子で、次回の予告まで、しっかりと愉しんで来たのであります。
 

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September 17, 2007

エヴァンゲリオン Air/まごころを君に

 
  
 
 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
       宮村優子  (惣流・アスカ・ラングレー)

         1997年 日本


新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2に続いて造られた、エヴァ2作目の映画。
時系列的には、1995年~1996年に掛けてTV放送された新世紀エヴァンゲリオンの第24話以降の出来事となる。

全ての使徒を倒したNERVにとって、最後の敵は(皮肉にも!)同じ人間だった。
エヴァをはじめ、NERVが独占している使徒に関する機密事項の引渡を要求して、NERV本部に戦略自衛隊の精鋭部隊が突入して来る。 銃弾を浴び、次々に倒れて行くNERV職員。 エヴァ史上もっとも凄惨な殺戮シーンの連続。 これに比べれば、これまでの対使徒戦なんぞカワイイもんである。
一方、第24話でカヲル君を殺してしまったショックから立ち直ることの出来ないでいるシンジ君は、この危急存亡の時にまたもや本領発揮! 座り込んでしまって、エヴァに乗り込もうとしない。

前半「Air」の見せ場は、アスカの駆る弐号機が9体のエヴァ・シリーズを相手に孤軍奮闘するシーン。 闘争本能を剥き出しにして獅子奮迅の闘いを繰り広げる。
その実力は圧倒的で、一旦は敵を悉く殲滅するも、やがてエネルギー切れにより、活動限界を迎えてダウン。 エヴァ・シリーズの好餌とされ、お終いには、文字通りの満身創痍と成り果てる。
この辺りは、アスカが憤怒の形相で頑張るのが、いっそ憐れでならない。

思うにこの部分は、TV版の25~26話で、ロボット・アニメらしからぬ内省的展開を見せ、一部のファンに不興をかったことへの補完作業なんじゃないかと想う。 なんとなく、造り手側のある種、微妙な悪意を感じるんだよね。
「結局キミたちは、こういうアクションシーンがないと満足出来ないんでしょう?」
だから、主人公のシンジ君ではなしに、アスカが闘ってみせるし、初号機など、なんにもしないうちに、エヴァ・シリーズたちの虜となり果てるのではないか。

後半「まごころを君に」では、ついに起こってしまったサードインパクトの一部始終を描いて、TV版の25~26話と同様、一般的なロボット・アニメのお約束をことごとくひっくり返してゆく。

時空を超えて遍在する綾波。 いつか見た、ダリの絵の中に浮かぶかのようなエヴァ初号機。 シュルレアリズムを想起させる映像のシンフォニー。 見ている側は、庵野監督の創り出すイメージの奔流に巻き込まれてしまう。
全て人類はLCLの海に。 惑える群体から個体へと「進化」するのである。

こんな終局が待っていたとは、TV版の最初の方を愉しんでいた頃は、ゆめ想わなかったよねえ。 途中流れる音楽「Komm, susser Tod」も素敵だ。 パッヘルベルのカノンと同じく、カノン進行の曲。

そしてラストは、TV版の終わり方と同様、理解を拒むような内容。 こういうの、私は決して嫌いではない。 シンジ君とアスカがひしと抱き合って、「人間って、素晴らしいね・・・・・」なんて言ったら、エヴァにならないものね。

これは世界に誇ることの出来る、ホントに素晴らしい映画だけれど、でもあらかじめTV版のエヴァを見ておくなど、予備知識がないと、好く判らないと想う。 今はネットで、TV版の第壱話からこの「Air/まごころを君に」まで、手軽に鑑賞することが出来るので、興味(と時間)のある方は、是非とも見て頂きたい、これはJapanimationの問題作であり、掛け値なしの傑作です。

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September 16, 2007

エヴァンゲリオン DEATH(TRUE)2

 

  
 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
       宮村優子  (惣流・アスカ・ラングレー)

         1997年 日本


1995年~1996年に掛けてTV放送された新世紀エヴァンゲリオンの映画版。
内容は、TV版全26回中、1回~24回の時系列が大胆にシャッフルされていて、単なる総集編とは言えない。 シンジ君のエヴァとの出会いから、カヲル君の死までを大きく俯瞰して、「新世紀エヴァンゲリオン」と言うドラマを総括する。
映像は、大部分がTV版からの流用のようだけれど、ところどころ、新たに書き下ろされた絵と差替えられたシーンもある。(ヤシマ作戦での綾波の笑顔など、よりオトナっぽくなっている)

映画化するに際して、スタンダード・サイズからビスタ・サイズへと、画面の縦横比が変更されている。 画面の上下をトリミングしているので、構図的にちょっと印象が違ってしまった、残念なシーンもある。

エヴァ名物、画像固定&台詞なし&長回しのシーンは、テレビ版でのあの緊張感を、なぜか感じられなかった。 TVほど時間をたっぷり取ることのできない映画の場合、この手法は無理があるのではないか。
1.小田急ロマンスカー(?)のホーム越しのシンジ君とミサトさん。(ホームのアナウンスなし)
2.エレベーターで二人きりになった綾波とアスカ。(画面のトリミングで、綾波の首から下が欠けちゃった)
3.初号機によるカヲル君握殺(!)。 音楽(第九終楽章)が雄弁に過ぎて、かえって緊張感を欠いてしまったように想う。 ここは無音にした方が好かったのではないか。

テレビ版本編ではチェロの独奏を披露したシンジ君。 映画では、随所に弦楽四重奏の練習風景が差し挟まれる。 そのメンバーは以下の通り。

  1st Vn. :渚カヲル
  2nd Vn. :惣流・アスカ・ラングレー
  Va.    :綾波レイ
  Vc.    :碇シンジ

このシーンは、シンジ君が第3新東京市に来る前の出来事であるにも関わらず、この時点では未だ出会っていなかったエヴァのパイロットたちが奏者として出て来る。 これは、シンジ君のイメージの世界、夢の中ということであろう。
三人の仲間を、誰ひとり欠けても成立しない、カルテットのメンバーになぞらえ、それぞれを「第一絃」、「第二絃」、「第三絃」、そして自らは「第四絃」と言う風に紹介している。

こうしてみると、シンジ君の中での、三人の位置付けというものが窺えて興味深い。
綾波がヴィオラと言うのが好いね。 なるほど、彼女はここ意外考えられない。
アスカが第一ヴァイオリンでないのは意外、と言うか、よくも第二ヴァイオリンで納得したなと。
「このア・タ・シが、どうしてセコバイなのよぉ!」
アスカでなく、カヲル君にストバイを取らせたのは、シンジ君の心中の采配であろう。(「アスカ、ごめんよ」)

四人が弾いたのはパッヘルベルのカノン。(楽器編成が、ちと違うけれど、まあ好いか) バロック期に書かれた楽曲の常として、チェロは通奏低音を担当する。
「チェロは好いわよねえ」
アスカが羨む通り、チェロにとって、これ以上単純な曲はない。 シンジ君のチェロは単純な二小節のパターンを延々と繰り返し弾くのみである。 そしてその通奏低音の上で、他の三人は各々思い思いの旋律を奏でてゆくのだ。
シンジ君がこの三人と実際にカルテットを組んだわけではないけれど、そのような関係であれかし、と言うシンジ君の願いを絵にしたのがこのシーンであろう。

映画のエンディングもまたパッヘルベルのカノン。 全てを弾き終えたシンジ君は、チェロを担いで去ってゆく。 やがて来るエヴァ、そしてそれに関わる人々との出会いを、未だ知らずに。

TVで印象的だった、綾波が雑巾を絞るシーンは健在で、これは好かった。 たたんだ雑巾を縦に持って、きゅっと絞るのが美しいんだよね。

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September 08, 2007

エヴァンゲリオン(TV版)

 
 
 新世紀エヴァンゲリオン (TV版)
 
 
  監督:庵野秀明
  出演:緒方恵美 (碇シンジ)
     三石琴乃  (葛城ミサト)
     林原めぐみ (綾波レイ)
     宮村優子  (惣流・アスカ・ラングレー)
 
     初放送:1995年~1996年(全26話)
 
 
 
今更説明の必要もない、Japanimationの金字塔。 放送されて、もう10年にもなるけれど、未だ人気の褪せない超優良コンテンツである。
折りしもリメイクされた新映画版、四部作中の序の段が公開中。 その原典とも言うべきTV版の全26話がネット上で配信されているとは、晴薫さんのご紹介で知った。 で、これまでこの金字塔を見る機会に恵まれなかった私も、放送後十年も経った今頃になって、ようやく鑑賞出来たと言うわけ。 いや~、ものすごく面白かったです。 ワクワクしながら、全26話を愉しみました。

1995年(製作年)の時点で描いた2015年(設定年)の日本というものを、こうして2007年に見るってのもまた一興。 緻密に書き込まれた近未来日本の日常風景など、実にリアルで、また絵として美しいのである。 そして、登場人物の心の内側を抉る大胆な表現など、オトナが楽しめるアニメになってます、これは。
基本的に悪と戦うロボットのアニメなのだけれど、放送回を重ねるにつれてヒーローものの約束事からズレてゆく。
人類補完計画だなんて大風呂敷を広げたけれど、畢竟は思春期の心の惑いと成長がテーマと言えるよね。 まあ、これも人類的に共通の主題には違いないし、時代や国境を超えて愛され続ける由縁かと想う。

シンジ君:エヴァンゲリオン初号機パイロット
14歳。 ヒーローものに相応しからぬ、内向きの性格。 そもそも彼はエヴァンゲリオンなんかに乗りたくなかった。
 「僕のこと好き?」 思春期のコなら死ぬほど気になって、でも(とりわけ男の子は)死んでも口にできない言葉。
それを、歯を食い縛って極限まで突き詰めてゆく、このアニメの最終回は好かった。

ミサトさん:シンジ君の上司にして保護者
謎の多いドラマだけれど、この人に関しては判りやすく出来ている。 美人で気性が激しく、仕事は誰にも負けない。 恋は不器用。 家事はまるでダメ。 アメリカのアクションものの女主人公にいなかったっけか、こんなヒト。

綾波レイ:エヴァンゲリオン零号機パイロット
世紀末に創造され新世紀を生き抜く、今や日経のコラムにも登場する国民的(かも?)美少女。

アスカ:エヴァンゲリオン弐号機パイロット
「ア・タ・シが一番!」でないと気の済まない、シンジ君のラブコメのお相手。
すべてにおいて、シンジ君とは逆張りの設定は、終幕に至って悲劇を呼んでしまう。 嗚呼。
アスカのことを考えていて、ふと想い出した歌がある。(記憶に頼っているので、実際と違っているかもしれないし、誰の作だったか思い出せないのだけれど)
 
 
 
  ママが嫌う私を私も嫌ってる公園通りルナ・カルナバル
 
 

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June 16, 2007

頭文字D THE MOVIE

 
 頭文字D THE MOVIE
 頭文字D
 InitialD
 
   監督:アンドリュー・ラウ
       アラン・マック
   出演:ジェイ・チョウ
       アンソニー・ウォン
   原作:しげの秀一
 
      2005年 香港
 
 
私、普通自動車免許を所持してはいるけれど、日頃はクルマの運転をすることなどまずない、つまりはペーパードライバーである。 クルマの車種や性能にもとんと疎くて、街を走るクルマの車名など、ほとんど判らない。
そんな、クルマに興味の薄い私だから、この映画の原作、公道レースの世界を描いたしげの秀一の、同名の人気コミックについても、ほとんど知らなかった。

※主人公の藤原拓海は、家業の豆腐屋の手伝いで、毎朝山向こうの得意先に豆腐を配達する。 早暁の誰も通らない峠道で、独りクルマを走らせ続けるうちに、いつしか驚異的な運転技術を身に付けていた。 その拓海が、配達中の峠道で公道レースの猛者を難なく抜き去ったのを切っ掛けに、走り屋としての自分に目覚めてゆく・・・・

そんな日本のマンガを、香港で映画化したという。
面白いのは、原作の設定を(言語を除いて)、そのまんま映画化したというところで、つまり舞台は群馬県であり、登場人物はもちろん日本人なのである。 全編に渡り日本ロケを敢行。 もちろん、香港映画だからして、演じるのは香港の役者(一人を除いて)だし、台詞は広東語である。
原作のテイストを大切にしたいばかりに、なんとも手間の掛かることをやってのけたわけだ。 そういや、日本の映画にも中国を舞台にした時代ものがあったけれど、演じるのは日本の役者で台詞は日本語だったりしたから、おあいこみたいなものか。

ともあれ、クルマにも香港映画にも疎い私にとって、興味は自然、香港映画と言うフィルターを通して見た日本、それも都会ではない一地方の風景やら、そこで暮らす人々の日常といった辺りに向かう。
でも、その点については、ちょっとばかり裏切られたの感がある。 つまり、日本の風景や日本人について、思いの他自然に描けているのだ。 例えば欧米の映画で描かれる日本に、往々にして見られるような奇天烈さを感じることが、この作品ではまったくない。 それでも、オープニングの映像と音楽の冴えた感覚や、如何にもの香港風ギャグとか、随所に非日本的な、香港映画らしい(?)ニュアンスを探り当てることが出来るのが愉しい。

さて、クルマ同士の追っ掛けっこ。 カーチェイスと言えば、なんと言ってもハリウッド映画の独壇場だろう。 どでかいアメ車のパワーを見せつける、豪快な走りっぶりが見ものである。
それが、この映画に登場するのは全て国産のクルマたちである。 アメ車に比べればちっぽけな車体を道幅一杯、対抗車線まで使い切ってドリフトさせる、クレージーでアクロバティックな走りは、アメリカ映画などには見られない新鮮さで、レースに興味のない私が見ても興奮させられる。

登場するクルマたちは、いずれもチューンナップを施されているのであろうけれど、素人目には極々フツーの、如何にもそこいらの道路を走っていそうな車体ばかりである。
主人公の駆るのはトヨタ・スプリンター・トレノ。 型は旧く馬力もないけれど、ドリフトさせれば無敵という、コダワリの車種らしい。 豆腐の配達に使うため、どてっ腹に「藤原とうふ店(自家用)」と記しているのがご愛嬌(らぶりい)であります。

主人公、藤原拓海役のジェイ・チョウ。 無表情を通す。 でもってクールと言うのか、終始眠たげ顔つきで、済まして構えて。 原作のイメージからいくと、こうなるのだろうか? 無表情に徹した演技は、ワタシ的に、どうにも馴染むことが出来ない。 感情移入のし難い主人公だった。

その父、藤原豆腐店の店主、藤原文太役にアンソニー・ウォン。 飲んだくれだし、口よりも先に手が出るしで、どうしようもないオヤジなのだけれど、若い頃は公道レースの王者だったらしい。
ドラマの進行と共に、懐の深さ、アヤシさとちょいワルさをあらわにし、その存在感を増してゆく、一筋縄ではゆかぬ男である。 この映画、レース・シーンは申し分ない出来だけれど、ドラマとしては、この俳優一人で持たせているかの感がある。 素晴らしい役者を知りました。

拓海の相手役なつきに鈴木杏。 この映画で唯一の日本人俳優。 拓海とのシーンは、安手のテレビドラマみたいで、テンション下がりっぱなし。 ユルすぎ。 演出上の問題で、当人に非はないのだけれど。

この映画はどこが好いって、かつてないスタイルで見せるレース・シーンの迫力と、日本の一地方に暮らす主人公親子の生活を、過度に好くも、また酷くも描いていない点。 確かなバランス感覚でもって日本を描いてくれた。 こういうのは嬉しい。
 

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January 22, 2007

イージー・ライダー

  イージー・ライダー

  EASY RIDER

    監督:デニス・ホッパー
    撮影:ラズロ・コバックス
    出演:ピーター・フォンダ、
        デニス・ホッパー、
        ジャック・ニコルソン

          1969年 米国
  
 
星条旗デザインのチョッパーにノーヘル、長髪。 旅する二人。
この時代のアメリカ文化に食い入った脚本、大陸を捉えた映像に音楽(当時のロック・・・と言い切ってしまって好いものか、この手の音楽にはまったく疎いので自信無し)も素晴らしい、言わずと知れたロードムービーの名作。 

自由ってなに? と言う、一旦ぶちはじめたらヘビーになりそうなハナシはこの際さて置くとして、ですね。 映画の冒頭、Born To Be Wildの名調子と共に「EASY RIDER」のタイトルが上がるシーンのカッコ好さときたらないって。 元バイク乗りとしては、どこまでも続く一本路を二台のハーレーが疾駆するシーンに、長く忘れていた原風景を突きつけられたような気にさせられて、心中狼狽してしまった。

でも、今回見直して気が付いたけれど、バイクの疾走シーンは、上映時間中の割合にすれば意外に少なかったのですね。 それよりも、前回、初めてこの映画を見た時(高校時代に、地元の名画座で)にはひたすら退屈だった、キャンプでの焚火を囲んでのラフな会話や、後半の娼家から謝肉祭、そして墓地(ドラッグ体験を映像化したに違いない場年)に到るシーンが重要だったのだと、馬齢を重ねた今頃になって気が付く。

すっかり判った気になっていた映画でも、歳を経て見直してみると、もっとも多感であった筈の十代の頃には見落としていた、判らなかった部分が、なんと多かったことか。 こうしてみると、オトナになってゆくのも、そう悪くはないかって(ちょっと溜息混じりに、ではあるけれど)想うんだな。

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January 18, 2007

宇宙戦争

 宇宙戦争

 War of the worlds

   出演:トム・クルーズ、
       ダコタ・ファニング、
       ティム・ロビンス
   監督:スティーブン・スピルバーグ
       2005年 米国


原作はH・G・ウェルズの古典SF小説。 そして1953年に造られた同名のSF映画のリメイクでもある。 実はこの映画、ネットで映画ファンの感想を見るに、あんまり評判が悪いものだから、逆に興味が沸いて見てみた次第。

H・G・ウェルズの原作は読んだことがあるけれど、情けなや、ほとんど記憶に残っていない。 1953年の映画の方も、また昔テレビで見ていて、こちらはとっても面白かった覚えがある。

突然地球を襲ったエイリアンたちの圧倒的な攻撃力の前に、人類の兵器がまるで歯が立たず、人々は逃げ惑うばかり、と言う内容は、リメイクされたこの映画でもそのまま踏襲されている。 一つ目の探視装置やら、ラストの瀕死のエイリアンなども、1953年の映画と同じ演出。
ラストのオチも、ウェルズの時代であってみれば、最新の科学であったわけだけれど、現代に持って来ると、流石に辛いものがあるよね。 それだけこの映画は原作に忠実、いっそ教条的と言えるのかも知れないけれど。

トム君、この映画では意外にもダメ親父を演じる。
二人の子供たちも好演(ダコタ・ファニング嬢、上手すぎ!)しているけれど、それがかえってアダになったと想うな。 二人して父親に反抗しまくる演出がリアル過ぎて、どうにも救いが無いのだ。 いや、ドラマに奥行きを与えているのは認めるけれどもね。
それにしても、逃避行中の親子の葛藤や、地下潜伏中の仲間同士の反目など、この映画は見ていてイライラがつのって来る場面が多い。

トライポッド。
エイリアンたちの奇妙な乗り物。 三本のおっそろしく長い脚を、生き物のように自在に動かして歩き回るコイツらこそが、この映画の主役と想っている。 (そういえば、昔見たサルバドール・ダリの絵の中にも、こんなのが出て来たっけ・・・・いや、あれはバカに脚の長い象だったけれど) 時々、チューバみたいな野太い低音で吼える。
このトライポッドたちが、レーザー光線で家屋をなぎ倒し、無辜の人々を次々と、情け容赦なしに切り裂き進む。 こいつらのオッカナさったらないですよ。 もしもこんなのが実際に現れたら、絶対に逃げられないよなぁ、と確信させられるもの。
そんな邪悪極まりないメカだけれど、造形的には実に見事なもので、遠景の中にほんのりと浮かび上がるトライポッドのシルエットや、夜景の中で触手をうごめかすトライポッドたちには、夢幻的な映像美を感じてしまう。

なんだかトホホなラスト・シーンには、だって原作がそうなんだからサ、とでも言ってみる他ない。 SFの古典たるH・G・ウェルズの原作や、1953年の「宇宙戦争」へのオマージュと想えば、私としては十分に納得出来るんですけれどね。
ともあれ、スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演、そして「宇宙戦争」と言う題名から、痛快なSF娯楽作品を期待すると、見事に肩透かしを食らうことになる。

この映画が大方の映画ファンの不評を買ったのは判る気がする。 でも、トライポッドの迫真の戦闘シーンは見事の一語だし、親子の逃避行や地下室の潜伏シーンも、地味ながらずしりとした手応えを感じるしで、私にとっては観て好かった映画の一本に加えたい、これは秀作なり。

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January 07, 2007

えびボクサー

 えびボクサー

 CRUST

   2002年 イギリス
   監督、脚本
     マーク・ロック
   出演
     ケヴィン・マクナリー
     ペリー・フィッツパトリック
     ルイーズ・マーデンボロー
     マドハヴ・シャルマ


<あらすじ>
イギリスのとある片田舎でパブを経営するビルは元ボクサー。 現役時代を懐かしみながら、面白くもない毎日に我が身の不遇をかこっていた。
ある日、何でも屋のアミッドが手に入れた、全長2メートルにもなる巨大エビをボクサーに仕立て、目下連敗中のボクサー、スティーブと組ませて、人間対エビのボクシング・ショーをテレビ局に売り込むことを思いつく。


「えびボクサー」(CRUST)はイギリスのB級コメディ映画で、元々それほど注目されていなかったこの作品に眼をつけた配給会社の慧眼は中々のものと想う。
日本で上映してみたら意外(?!)にヒットしたそうだけれど、ナンセンスなコメディ作品と言うのに留まらず、「おもしろうてやがて悲しき」ドラマに仕上がっているのが、日本人の感性にも受け入れ易かったのではないだろうか。

ドラマの中心軸になる、全長2メートルにもなる「えびボクサー」。 エビと言うよりは、実際はシャコのようだけれど、それがどう見ても張りぼてと判る、露骨に造り物めいたところが可笑しい。 CGは全く使用していないか、使っていたとしても最小限度に留めているのだと想う。 エビを少しでも可愛くデザインしたり、まして人間と対話したりとかは、あえてやらない。 ナリはデカくても、あくまで海老はエビ。 見てくれや動作、それから鳴き声とかも結構グロいです。

建物、景色やら空模様のクラさ加減、どこか寒々とした感触に、やっぱりイギリス映画だよなあ、なんて勝手に納得してしまう。
一攫千金を夢見てロンドンに打って出たビル一行は、労働者階級を象徴するようで、それと、テレビ局に集まるセレブたちとの対立の構図が見て取れる。 この辺りはイギリスの社会事情をとらえているのではないかと想うけれど、実際のところはどうなんだろう。

ビルたち、それぞれにとって、一番居心地の良い場所を見つける、穏やかなラストがなかなか好い感じです。
とどのつまり、男たちはオロカなロマンチストで、女はどこまでもシタタカな生き物なんだよねえ・・・・・なんて、古今東西どこでも通用しそうな命題にオチを持っていくあたりがヒットの秘密かもしれない。

コメディとは言え、あんまりなバカバカしさだし、結構お下劣なシーンもあるしで、どなたにもお勧めの映画とはゆかないんですけれどね。

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May 30, 2005

オペレッタ狸御殿

 「オペレッタ狸御殿」

 監督 : 鈴木清順
 出演 : チャン・ツィイー、オダギリ ジョー、
      薬師丸ひろ子、由紀さおり、平幹二朗、
      山本太郎、美空ひばり、高橋元太郎

   2005年 日本

鈴木清順監督の映画「オペレッタ狸御殿」を観た。
これは、唐の国から来た狸御殿の狸姫と、安土桃山の世継ぎ雨千代との恋物語。 1939年から59年にかけて、当時のスターを起用して大ヒットさせた人気シリーズ「狸御殿」の続編である。

    「狸と人は恋におちてはなりませぬ。」

オペレッタと題してはいても、そこは鈴木清順作品である。 伝統的なオペッレッタ、例えば「こうもり」などを連想して入ると、肩透かしを喰らうのは必定。
映画とは言え、極度に象徴化されたカットも少なくなく、演劇やオペラの舞台(それも前衛的な演出の)を見ているような気分にもなる。 かなりアートしていて、単純明快な娯楽作品とは聊か異なるのである。

鈴木清順監督作品に馴染みの無い自分としては時折、清順ワールドに入り損ねる事があって、冗長に感じてしまう部分もあったのも確か。 これが映画館ではなしに、独りでビデオで観賞したら、また印象が替わるのではないかと想うけれど。 それから、狸御殿の大宴会シーンなど、サービス精神旺盛なのは好いとして、ちょっと手馴れていない気もしたのである。 その辺は、つまり、こちとらが一生懸命に観過ぎたと言う事なのかもしれない。

時代設定を安土桃山時代としている事から、衣装は多彩かつ豪華で、中世風、戦国風、伴天連風、その他何でもアリなのが文句なしに楽しい。 時代劇とは言え、全編に渡って特殊効果が多用されているけれど、中でも水墨画や日本画に実写を嵌め込んだCGの素晴らしさは、よくぞやってくれましたと快哉を叫びたくなったくらいである。

出演者の中で、鈴木清順ワールドにもっとも見事に溶け込んだのが平幹二朗、由紀さおり、薬師丸ひろ子の芸達者な面々。 それぞれギトギトに濃い、そして一筋縄ではゆかない魅力的な人物像を演じていて、唄も踊りも素晴らしかった。
その他、狸御殿の面々が個性豊かで楽しい。 連夜繰り広げられる(らしい)大宴会の主役、狸楽団。 高橋元太郎@うっかり八兵衛ってこんなに「唄える」役者だったとは・・・露も知らなかったわい。 どこか剽軽な狸侍達。 端役ながら随所で見せます&聴かせますの狸腰元達。 そして雨千代役オダギリ ジョーは誠実さで魅せる。

それにしても、狸姫を演じるチャン・ツィイーの可愛いさは、もはや犯罪的と言うべきなのではないか。 踊りや所作の美しさは言わずもがな。 中でもオダギリ ジョーとのデュエット、「恋する炭酸水」で聴かせた甘~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い歌声は、きっと、ここ暫くは、脳裏から振り払うことが出来ないと想うのである。

独特の清順ワールドは、観ていて何度も置いていかれそうになったけれど、なんとか最後まで喰らい付いていった積りである。 大団円の雰囲気には、何時までも浸っていたいと切に想う。 誰にでもお薦めできる作品とは言えないけれど、美術の好きの方には是非勧めてみたい映画である。

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May 04, 2005

音楽

 音楽

  監督:増村保造
  原作:三島由紀夫
  脚本:増村保造
  撮影:小林節雄
  音楽:林光
  出演:黒沢のり子、細川俊之、高橋長英、森次浩司

     1972年 日本


川崎市民ミュージアムの映像ホールで標題の映画を観た。

音楽」 1972年 日本 104分  

題名からして音楽を中心に据えた、例えば音楽家が主人公の物語などを期待したのだけれど、そうではなかった。 まったく、全然、違っていた。 これは、良心の呵責・・・と言うよりも精神のバランスの混乱から心身の機能に異常を来たし、遂には音楽が聴こえなくなってしまった女の、心の救済の物語なのである。

この、思いっきりどろどろした作品の主人公、麗子を演じるのは黒沢のり子・・・・いや、何も言いますまい。 すごいお方です。 それにしても、至福に至った時にのみ聴こえて来る音楽って・・・
麗子の幼少時からの、心の奥底に秘められた秘密をひとつひとつ解きほぐしてゆく精神科医を演じる細川俊之(若い!)は、ここではおそろしくクールな二枚目である。 最近の、ちょっと腹黒剽軽な感じとは程遠くて、この人は今の方がずっと好いと思う。 上手に歳をとったってことだろうか。
森次浩司@モロボシダンって、こういう役もやっていたんですね。 正直、驚天動地でした。 まあ、好い子が観る映画ではないから良いんだけれどね。

全編を彩る、林光の音楽(映画「音楽」の映画音楽!)がもの凄く好いです。 剃刀のように怜悧で、それでいてちょっと自棄っぱちところもある。 チェロ、フルート、ハーモニカ等の使い方に痺れました。 そして忘れてならないのがハサミの効果音。

映画「音楽」。 自分としては、なにより映画監督増村保造と言う人を知った映画と言う事になろうか。

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