November 30, 2009

ウォーターボーイズ

   
  
 ウォーターボーイズ
 Waterboys
  
 
  監督:矢口史靖
  脚本:  〃
  出演:妻夫木聡 (鈴木:水泳部の部長)
     玉木宏 (佐藤:元バスケ部員)
     三浦哲郁 (太田:マッチョ志向のダンス少年)
     近藤公園  (金沢:ガリ勉君)
     金子貴俊  (早乙女:乙女チックな少年)
     平山綾
     竹中直人
     眞鍋かをり
 
       2001年 日本
  
  
今時、男子高が舞台の映画なんですと! それも水泳部ですよ。 男子生徒たちが、男だてらに(!)シンクロナイズドスイミングに挑むんです。 日焼けした男子らの一糸乱れぬ演技、水面にキラメク競泳パンツ・・・・ってそんなモン一体誰が見たがりますかて~の!?
  
 
※ それぞれの理由で(部員一名のみで廃部寸前の)水泳部に集結した五人。 行き掛かりから、学園祭への参加を目指してシンクロナイズドスイミングの練習を始めることに・・・・
 
 
見ず知らずの世界に図らずも首を突っ込み、そのオモシロさがようやく判って来たところで挫折。 それが悔しくって、発奮して、頑張り抜く姿を明るく描くコメディ・・・・というのは、同じ矢口史靖監督のスウィングガールズと同様のパターンですね。(製作順では「ウォーターボーイズ」が先になりますけれど)

ウォーターボーイズのリーダー、鈴木を演じるのは、後に2009年のNHK大河ドラマ(先日最終回を迎えた)「天地人」で主役の直江兼続を演じた妻夫木聡さん。
一際ガタイの良い佐藤役に、後に「のだめカンタービレ」(実写版)で指揮者・千秋真一を演じた玉木宏さん。
後にトップの座を得た二人も、本作の頃は未だ駆け出し時代。
この映画では世に出る前の姿、俳優としての出発点(二人とも、これがデビュー作というわけではないですが)を追い駆けることの出来るのが興味深いです。 三つ子の魂百までじゃあないですけれど、ここはお二人の持って生まれた個性を見届けてみたいって気持ちにさせられますからね。

妻夫木聡さん。 映画の主役として当たり前かも、ですけれど、流石にこの頃から光り輝くものがありますね。 少しも大げさなところはなく、極々自然体に振舞いながら、でも、どのカットでも隙を感じさせられません。
鈴木の素直で、しかし優柔不断な性格は、「天地人」での直江兼続の青年時代に通じるところがありますね。 いや、これは言い換えれば、そのキャラに併せたかたちで兼続像が創られたということか。
ともあれ、妻夫木さん持ち前のキャラはこの当時、既にしてハッキリと打ち出されていたのだと想います。

さて玉木宏さん。
ここでは、後に「のだめカンタービレ」の千秋役で見せたスマートさは未だ出現せず。
この当時と現在とのギャップという点で言えば、妻夫木さんを遥かに上回っていますね。 玉木さん、この後大化けを果たしました。
本作に見る玉木さんは、荒削りで如何にものムサクルシイ男子で、佐藤の、何事にも中途半端な性格も預かって、二枚目って感じですらありません。
後のイケメン男優も、この当時は未だまだ原石の状態だったんですね。 とは言え、コメディまでイケる器用さがあり、演技に瞬発力を感じさせられます。
そして後のスターとしての片鱗をチラリと見せてくれる、冴えたカットも時折あって、それを見つけるのもまた、映画を視る愉しみの一つかと想います。

たっぷりとあるギャグシーンはしかし、時に「スベッてんじゃないの?」と思わせられるところもあるのですけれど、でも構図など一々キレイで、実に好く計算されている。 隅々にまでコダワリや美意識が通っているのを感じさせられます。 つまり、とっても完成度が高いってワケで、だから、繰り返し見ても面白いのです。
中でも、「伊勢佐木町ブルース」のシーンは、演出から構図までもう最高でした。 背景の、頭上を走る電線まで(ある意味とても美しく)その存在を主張していて。

幾多のトラブルを乗り越え練習を重ねたウォーターボーイズが、ようやく迎えたクライマックスの学園祭。
シンクロナイズドスイミングのお披露目シーンですけれど、これがもう実に愉しかった!
結構長いシーンなのですけれど、でもあっという間に終わってしまった気がします。
この映画がここまでオモシロくなかったという人でも、このシンクロの見せ場で十分に元が取れる筈・・・・ええ、多分。
通常のシンクロ競技と比べてウォーターボーイズのは、とにかくなんでもかんでもアリの演出。 男子高校生らしいおバカさと、若いパワーが炸裂して魅せます。
 
映画の終盤。 全ての演技を終えて、プールから上がるウォーターボーイズ。 満場の拍手を受け、高揚感に包まれた中で、さらりと終わるラストシーンが実に好かったです。 青春の一区切りって感じのする余韻がネ。
 
 
男子シンクロの映画。 結論として、ヒジョーにオモシロかったです!
映画的に、実にイイところへと目をつけたモンですね。
散々笑わせくれて、でも高校三年の夏・・・・高校生でいられるのも、もうあとほんのわずかという、その切なさ甘酸っぱさも味わい深く。
 
妻夫木、玉木両人気男優のデビュー当時、その未だ子供っぽさを残した姿を確認することの出来る貴重なフィルム。
矢口史靖監督のこのタッチは、この後「スウィングガールズ」へと引き継がれることになります。
  
  

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September 21, 2009

ヱヴァ破、ふたたび

 
 
絶賛ロングラン公開中の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」に続いて、エヴァンゲリオンの新劇場番二作目となるこの映画もヒットのようです。

一度観ただけでは飽き足らず(いずれDVD化されることは無論承知の上で)二度、三度~更にさらにと、何度も映画館へと脚を運ぶ熱心なファンの少なくないのが、他のヒット映画とは違うところです。

で私も、映画館のスクリーンで見ることの出来る今のうちに、と想ってまた観てきましたよ。
やっぱり今度も面白かったです。 二回目ともなると、台詞のひとつひとつをよく噛み締め、映像の細かい描写まで確認出来る分、映画をより一層愉しむことが出来ますからね。 リピーターさんの大勢いることも、大いに納得がゆくのです。

俯き加減の中学生・碇シンジ君の登場から、壮大なヤシマ作戦に至るまでの作品世界、その台詞/カットの一々について(まるで神話の語り部の如く)「新世紀エヴァンゲリオン(以下、前作)」に忠実になぞらえてみせた「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」に対して、前作の世界感を構成してきたキーポイントを次々に書き換えて来た本作、破の段。

         ▽▲▽▲▽▲

今回観て私がオモシロいと感じたのは(本筋とはまったく関係のないところですけれど)背景に描き込まれた電力設備の描写でした。

SFものでは大概、電子/機械工学、そしてコンピュータ関連の映像が多い、というかSFものの製作者がもっともハリキルのがこういった部分の描写ですよね。 前作だと、エヴァンゲリオンとシンクロする際のサイバー・パンクな描写も印象的でした。

それが、新劇場版では背景に電力関係の描写が多々見られます。 ええ、電子ではなくて電力。 電子装備満載の近未来世界に、なぜかプリミティブな部分が目立つんです。

それは思えば、序の段のクライマックスに描かれたヤシマ作戦でも顕著でした。
日本中の電力全てを一本のビームに収束させて一大血戦に臨むという、燃える(!)クライマックスの描写は巨大電力設備の大集合。 人力と電力を掻き集めての総力戦でした。

で、本作の舞台となる第3新東京市の描写では、街中に張り巡らされた配電線。 電柱と建物を行き来するアレの描写が印象的です。

従来、景観を破壊するとされ、また諸外国(といっても主として欧米でしょうけれど)と比較されて・・・・こんなのは日本だけみっともない・・・・みたいに言われてきた街中の電柱とその間を複雑に行き交う架空電線。
とても近未来の日本、それも使徒迎撃専用要塞都市としては似つかわしくないと想うんですけれど。
でもそれを、わざわざ描きこ込んできたのはとても興味深いこと、とこう想ったわけです。

街中の電線たち。 改めて眺めると景観の一部として、なんだか人々の暮らす生活圏に張り巡らされた血管のようにも見えてきます。 そんな生命観を、新劇場版の作品世界にも持ち込みたかったのでしょうか。
ところで私、こういった街の配電線や電柱。 実を言うと、これはこれで嫌いではないのですよ。
こうして電線の張り巡らされた風景を、ある意味キレイとさえ想う、そんな感覚があります。

そういえば前作では、従来のアニメでは極力避けられていた日本語の文字表記(特に明朝体)をスクリーン上で多用して、そのカッコよさを世界にアピールしたものでしたね。
工場萌えが認知され出しているご時勢ですから、今度は電気関係がクルかもしれませんよ。
なんて、勝手にあれこれ考えて愉しんでます。
 
 

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July 30, 2009

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

 
 
 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破
 Evangelion: 2.0 You Can (Not) Advance
 
 
    総監督:庵野秀明
    出演 :緒方恵美  (碇シンジ)
        林原めぐみ (綾波レイ)
        宮村優子  (式波・アスカ・ラングレー)
        石田彰   (渚カヲル)
        坂本真綾  (真希波・マリ・イラストリアス)
        三石琴乃  (葛城ミサト)
        山口由里子 (赤木リツコ)
        山寺宏一  (加持リョウジ)
        立木文彦  (碇ゲンドウ)
 
            2009年 日本
 
 
 
公開中の映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を観て来ました。

オリジナルのテレビアニメ、新世紀エヴァンゲリオン(全26話)の放映されたのが1995年~1996年のこと。
その後、新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2(1997年)、新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に(1997年)と続き、これらは未だ評価の高い超人気コンテンツです。

そして、新たな再構築の始まりとして前作 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 の公開されたのが2007年の夏。 掛け値なしの傑作でした。(私は二度劇場に脚を運びましたっけ) あれから2年経ったんですね。

今回も素晴らしい出来ですよ。 待ち続けた甲斐は、十分にありました。
オリジナルのテレビ版や前作映画のテイストを残していた序の段(再構築、リビルド版として新たに始まった物語の「序」として、それは実に正しい方向付けなのですけれど)とは異なり、今回は物語の造り諸々をこれまでとは異なるカタチに改めています。 まさに破の段。

映画館の巨大なスクリーンをフルに生かした画面構成。 ド派手なアクション・シーンや精緻な描写により、堂々たる娯楽作品として誰にでも(コアなファン限定ではなく)愉しめる映画に仕上がっています。
ヱヴァンゲリヲンと言えば、今ではアニメ界のみならず邦画の大看板。 見込める市場が大きく、注目度も高い作品ですから。 興行的にも、絶対に失敗できないでしょうしね。

従来、エヴァの魅力の大きな部分を占めていたある種の難解さ、物語としての収集のつかなさ(?!)、無節操なまでの衒学趣味など、それらは幾分矯められてきている(今のところは、ですけれど)と言って良いのではないかと想います。
だからといって、エヴァならではの魅力は尽きないのですけれど。
 
 
さて、ここから先の内容はネタバレになります。
映画を未見の方はご注意下さい。
 
 
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前作(テレビ版~映画)に時折差し挟まれた大胆な、いっそ前衛的ともいえる心象風景的シーンは、今回は少ないのですけれど、そんな中で、黄昏の中をガタンゴトンと往く電車は健在です。 このコダワリ。 あるいは、庵野総監督の原体験なのでしょうか?。
BGMや劇中歌に「翼をください」やら「三百六十五歩のマーチ」を使う(それも、凄惨な戦闘シーンの中で!)など、また、往年の特撮怪獣映画へのリスペクトなど、作者の世代を感じさせられ、個人的にハゲシク共感するのです。
 
 
 ・渚カヲル君、今回もイイ場面で登場
そういえば、序の段でもイイトコで登場していましたね。 今回も未だまだ謎を引っ張り続けますよ。
その台詞から、この世界(新劇場版)がテレビ版+前作映画の内容をまた繰り返している、リピート/ループの中にあることをそれとなく暗示。
そう、新劇場版はリメイクではなく、また2(続編)というのでもなく、再構築、リビルドということなのだと想います。
 
 
 ・碇シンジ君、強し!
初号機の鬼気迫る闘いぶり、リミッターの振り切れたラフ・ファイトは、シンジ役・緒方恵美さん入魂の熱演も相まって、シリーズ中でも最高レベルに達しています。

これまで、闘うことに意義を見出せず悩んできたシンジ君。
その彼が<ただ綾波のため>に渾身の力を振り絞って闘い抜きます。
そして綾波レイの名台詞「私が死んでも替りはいるもの」に対して、今回はあの(!)シンジ君がダメを出すのです。
不肖はこの瞬間こそ未来への希望、破の段のクライマックスと確信致しました、はい。
 
 
 ・綾波レイのキャラ、ややチェンジ
嬰児のように無垢で、未だ情というものを知らずにいる少女、綾波レイ。
その彼女の、前作(テレビ版)では終盤にまで及んだ情緒の覚醒が、今回は早くから始まります。

打ち解けられない碇父子の仲を取り持とうと(不器用ながらも微笑ましく)画策さえする綾波。 あるいは、母性の目覚めさえ始まっていたかもしれません。
前作(テレビ版)でも、シンジ君らとの交流により人間らしい情緒や自我を獲得しかけて、でも、あとわずかというところで、闘いの中に果てたのでしたね。 それが綾波レイ、薄幸の少女。

破の段での綾波からは、そんな前作よりも幾分、悲劇の色合いが薄らいでいるような印象を受けます。
綾波レイと言えばオリジナル(テレビ)版の放映以来、数多のスピンアウト作品に描かれてきたアニメ回屈指の人気キャラですけれど、しかしそこでは、落ち着いて佇む姿、あるいは和やかに微笑む姿などが多く、必ずしも悲劇のヒロインとしては描かれていませんでしたからね。
なにしろ年季の入ったファンの多いエヴァです。 取り分け好きなキャラには、情も移ろうというもの。
今回の変節は、あるいはそんなファンの想いが通じてのこと、ということもあるのではないでしょうか。
 
 
 ・アスカもまた
今回、ホントに思い切ったことをしてきたもので、エヴァ人気の一翼を担ってきた人気キャラ。 アスカの扱いを換えてきました。
それ故にでしょうか、姓も「惣流」から「式波」へと換わっています。 おそらくは前作(テレビ版)で描かれた彼女の出自/トラウマなども、なかったことにされるんじゃないでしょうか(と私は見ています)。

前作(テレビ版)の後半から終盤に掛けてあった彼女の疑心暗鬼~自我崩壊の顛末はもはや、ストーリーから外されたようですね。(ある意味エヴァで一番クラく、また現実的なテーマと言えますし)
こちらも綾波と同様、十数年を経てのキャラ変節といえるでしょうか。

綾波とアスカ、両ヒロインがやがて迎える結末は、案外と明るいものになるのかもしれない(破のラストでは、二人とも大変なことになっているんですけれど)、そう予感させられます。
ところで彼女、今回はいささか出番が少ないんですよね。 そこのところが残念至極。
 
 
 ・真希波・マリ・イラストリアス
今回初登場の新パイロットはシンジ君らとは違い、謎の多いネルフやゼーレの内情あれこれを知っている模様。 カヲル君と同様、謎のチルドレンです。
そして、戦うことについて一点の疑いも持たぬ、根っからの戦士タイプ・・・・というか命知らずで、しかもアスカとは違い、メンタル面もタフで隙のない様子。
でも、そこはヱヴァの登場人物ですからね、そう単純なキャラではない筈と想うのですけれど・・・・
 
 
 
さてもヱヴァンゲリヲン新劇場版:破の段、ファンがこれまでに体験してきたヱヴァの世界を大胆に掻き回してくれました。
この先、例えば人類保管計画なんて一体どんな形でケリをつけるんでしょう。
とまれ、残すは「Q」(「急」ではなかった!)と、そして「?」。
この続きが、とても愉しみです。
いくらだって待ちますよ。
 
 

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December 29, 2008

NHK大河 篤姫 最終回

 
 
今年のNHK大河ドラマ「篤姫」が最終回を迎えた。
徳川十三代将軍家定の正室篤姫(のちの天璋院)を中心に、徳川家の興隆をじっくりと描き切った。
それにしても、薩摩今泉島津家の娘に過ぎなかった於一の登場から、明治維新まで、一年過ぎることの速いことはやいこと。
と、なんだか去年の今頃と同じようなことを書いていますね。

私は篤姫その人についてまるで知らず、当初はどんなドラマになるか予想も付かなかったんですけれど、始まってみれば想定外の面白さで、結局一年を通してお付き合い出来ました。

お終いのあたりは、勝海舟(北大路欣也)の存在が特に好かったですね。
ドラマの終盤に至って、天璋院と海舟の居る距離が次第に近づいてゆく・・・・って男女のってやつではなくて、大御代様と一介の幕臣と、世が世ならばお目見えも叶わぬような間柄の二人の対面風景が、お座敷での改まった形から、縁側や庭での気の置けない談話へと移ってゆき、更に江戸が東京と改まってからは揃って市中を散策するなど。 そんなところに世相の移り変わりを感じさせられ、なんとも小気味の好い演出でした。
最終回、維新の後しばらくを経ての大奥同窓会(?)も愉しかったです。 「篤姫」では、全編の随所でこういった遊び/粋な演出が冴えていましたね。

さて、来年の大河ドラマは戦国もの、上杉家の忠臣直江兼続を描く「天地人」ですと。 徳川家康に噛み付いた直江状、そして前立に「愛」の字を飾った兜で名高いお方ですね。 今度は守備範囲内ですぜ。 よしよし。
 
 

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April 09, 2008

UDON

 UDON

  監督:本広克行
  出演:ユースケ・サンタマリア
     小西真奈美
     トータス松本
     小日向文世
     木場勝己
     鈴木京香
 
       2006年  日本
 
 
うどんと言えば香川県。 本場のうどんは讃岐うどん。 押しも押されもしないソウルフード。
その地に生まれ育ち、日々うどんを打って、喰らう人々。
四国に渡ったことのない私が、うどん文化圏の一端を知ることの出来た映画であります。

舞台となる讃岐地方の風景の見事さ、素晴らしさ。
日頃、みいさんのブログで美しい写真を見せて頂いている、讃岐富士を中心とした明朗な田園風景と、そこに住まう人々の暮らし。 見ているだけで、もうニコニコである。

但し、地元タウン誌の取材をきっかけに巻き起こる、うどんブームの顛末を描く映画の前半が、私としてはイマイチの感があった。
タウン誌の編集スタッフが県内各地に点在するうどん屋を取材するシーンなど、いろいろと演出を工夫しているのが、テレビの旅グルメ番組などで、芸能人がレポートしている風に見えて、どうにもシラけてしまうのだ。

主人公の松井香助役にユースケ・サンタマリア。
その型破りな言動、押しの強い無責任男ぶりは、見ていて憎めない奴と笑う人と、許せない奴と怒る人に分かれるのではないだろうか。 で、私は後者の側と。
なにしろ表情がコワイ(眼が、決して笑わないのだ)。 人気男優ながら、私とは余程相性が悪いのかもしれない。

ライターの宮川恭子役に小西真奈美。
童顔で、終始カワイイ表情を保つばかりで・・・・・でも、それだけ。 こちらも、私とは相性が好くないのかなあ。 随所に差し挟まれる、この人のナレーション(自己愛が、少しばかり鼻に付く)はいらないと想うな。
 
そして後半は、讃岐の小さなうどん屋、松井製麺所一家の後継者問題へと話しが移る。
こちらは好い役者が揃った。
松井家の老父、頑固一徹なうどん職人の拓富役に木場勝己。 その娘、しっかり者の万里に鈴木京香。  気の優しい婿、良一役に小日向文世。 この一家に、前述の香助が絡むことになる。

いっそ前半の、タウン誌編集部の活躍編はバッサリ切り捨ててしまい、後半の松井製麺所一家のストーリーひとつでまとめてくれれば、この映画は佳作に成り得たと想うのだけれど。

ラストの香助の選択に、私は納得がいかないのだけれど、この映画を造った本広監督をはじめ、大挙カメオ出演した香川県出身の俳優・タレント諸氏、つまり故郷を離れて都会に出て行った人々に重ねて考えてみれば合点がゆく。 でも、そうだとすると、これも一種の自己愛に見えてしまって、共感し辛いんだよね。
上映時間134分が、矢鱈と長く感じた。

いろいろと文句を垂れたけれど、すっかりうどん気分になってしまった私。 映画を観たその翌日、いそいそとうどんを喰いに出掛けたのは言うまでもない。
いつか讃岐へ、ソウルフードを喰いに行ってみたいモンです。
 

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December 20, 2007

ALWAYS 続・三丁目の夕日

 
 ALWAYS 続・三丁目の夕日
 
  原作:西岸良平
  監督、脚本:山崎貴
  出演:吉岡秀隆
      堤真一
      薬師丸ひろ子
      小雪
      堀北真希
 
       2007年 日本
 
 
その当時を知らぬ世代が見てさえ、何故か郷愁を覚える昭和三十年代という時代。 その当時を生きる庶民の哀歓を、VFXを駆使して美しくリアルに描き、大ヒットをみた前作の続編であります。
 
主要キャスト(と端役の何人か)が前作と同じなのが嬉しい。 懐かしい三丁目の人々に再会した気分にさせられるから。
子役の二人が大きくなってしまって(子供さんの成長、それ自体は目出度いわけですが)、それぞれの配役には、いささか旬を過ぎているかもしれない(特に淳之介)。 それでも、あえて前作と同じキャストを押し通したのは英断でしょう。
 
前作が、原作のマンガのエピソードを巧みにつないで成り立っていたのに対して、今作では、前作の内容を引き継ぎつつも、淳之介の親権争いから茶川先生の芥川賞挑戦に至る一本の流れがあって、ドラマ性を高めている。
茶川先生は、ヒロミと淳之介との暮らしを夢見て奮起する。 一方、怒髪天を衝く昭和の雷オヤジ、鈴木オート社長はかつての戦友を懐かしみ、そして奥さんは初恋の想い出を秘めた日本橋を歩むのである。
 
その日本橋。
前作と同様、旧き好き時代を描くという姿勢を貫いたためであろう。 この映画に描かれる日本橋の上には、未だ首都高速道路が見当たらない。 (「もうすぐ、この上に道路が出来るんだぜ」なんて、無邪気に喜ぶ一平) 私が初めて目にする、日当たりの好い日本橋。 その光景は、前作で瞠目させられた、建築中の東京タワーに負けないくらい新鮮だ。

今、中央区の日本橋を渡るとするなら、その頭上すれすれを横切る、首都高速道路の姿を見上げて嘆息する破目になる。 高度経済成長期、オリンピックを前に急造された、この高架のあまりに強引なレイアウトは、下手な現代美術などよりも余程、あの時代の狂気を今に伝えていると想う。

映画のラスト。 出来得れば、竣工して間もない東京タワーの展望台から見下ろす、昭和三十年代の都内の俯瞰を、CGで精緻に再現して欲しかったところ。
高層建築の未だ一つもない(東京タワーを除いて)頃の東京。 それは、私が切に眺めてみたい、しかし今では決して見ることの叶わぬもののひとつなのだ。

実写版の「三丁目の夕日」。 東京オリンピック絡みで、もう一作くらい造れそうな気がする。 開会式の興奮など、三丁目の人々の視点で見てみたいではないか。 でも、ダメか。 なにしろ、その頃には首都高速が完成して、変わり果てた様子の日本橋を見届けねばならないもの。 想い出はあくまで美しくが、この映画のお約束なのだから。 三丁目の世界はここまで。
 

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December 02, 2007

ALWAYS 三丁目の夕日

 
 ALWAYS 三丁目の夕日
 
  原作:西岸良平
  監督、脚本:山崎貴
  出演:吉岡秀隆
      堤真一
      薬師丸ひろ子
      小雪
      堀北真希
 
        2005年 日本
 
 
私が未だ親元に暮らしていた学生の頃、居間のTVで、母親と一緒にドラマや映画を見るのがニガ手であった。
なにしろ母親は、TVを見ながらあれこれと感想を述べるし、一方の私は、のめり込んで見るタチなので、母親の言葉が一々五月蝿くて溜まらず、終いには怒りだすこともしばしばであった。

2005年の劇場公開時に大ヒットし、今また続編が上映中の「ALWAYS 三丁目の夕日」。 この映画はCGを駆使したかつてない映像のリアルさでもって、その冒頭から、見る者をして昭和三十年代の世界に連れ去ってしまう。 私はこの時代を見知っているわけではなく、時代の残り香をかすかに覚えている程度だけれども、「ALWAYS」のタイトルが出た時点で、すっかり感激してウルウルきてしまったよ。

私は今、この映画を、本当は亡き母と見てみたかったものだと、切に想う。
一緒に見て、そして好きに語って欲しい。 あの頃はみんなこうだった・・・結婚した頃に住んだのがあんな場所だった・・・・・・・・・・・・大阪はこうやなかった・・・あんたらも、ああいう処で生まれたんやで・・・幾らでも、好きなだけ喋って好い。 怒らずに、みんな聴くからサ。

聴くところによれば、この「ALWAYS 三丁目の夕日」。 映画館で上映中は、客席での話し声が多かったのだそうな。 私は、客席での私語については、とりわけ耐えられない方なのだけれど、でも、この映画に関しては、こればっかりは、そういう映画なんだと想う。 過ぎし日を懐かしみ、しばし感傷に浸る。 そんなための(最先端の技術を駆使した)映画があっても良い。

緻密に再現された、昭和三十年代の東京の街並み。 取り分け、建築途中で半分までしかない東京タワーの映像が、もの凄いインパクトである。
この作品について好く言われるように、想い出は美しくとばかり、昭和三十年代の世界が、実際よりも美化されているきらいはある。 ドラマと言うよりも、昭和三十年代を舞台にしたファンタジーとでも言うべきかもしれない。
でも、批判はあるかもしれないけれど、現存する古い町並みでのロケや、往事の記録映像ではない、造りものの、セットやCGで造りこまれた虚構の世界だからこそ、アソビ心が活きるのだと想う。

茶川先生を演じる吉岡秀隆は、髪かきむしるショボクレ加減が見事なハマリ役。
鈴木オートの社長に堤真一。 昭和のカミナリオヤジという性格設定は、原作とはまったく異なる。 この人については、「ローレライ」での悪役の印象が強かったけれど、ここでは短気でコワくて、でも人の好いお父さんを好演する。
その奥さん役に薬師丸ひろ子。 クリスマスの夜、眠っている一平の枕元にこっそりプレゼントを置いて、階下に引き返す社長の背中に、そっと添える手が好い。 それからラスト間際、上野駅に向かって走り出すオート三輪の荷台に立って、運転席の屋根をバンバンって叩く手も。 母の手、妻の手の力強さ、暖かさに参った。 (ついでに言うと、この後、走ってゆくオート三輪の、テールランプがあまりにも赤く輝く、そのギミックが心に沁みた)
子役にも人を得た。 小柄な一平役、小清水一揮クンの利かん気。 そして淳之介役、須賀健太クン「万年筆です」。 こんなに喜んでくれる、プレゼントの送り主になってみたいよね。

もしもし・・・・こちら二十一世紀です。
一平くん、淳之介くん。 今なら五十代のオジサンってところですね。 一平くんの夢見た五十年先の夕日は、あの頃と変わらず、綺麗に照り映えています。 更に五十年後の夕日は、見る人の目に、どんな風に映ることでしょう。
 

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October 06, 2007

ULTRASEVEN X

 
 
 ULTRASEVEN X 
   Episode1 DREAM
 
 
開放感ありまくりで、なかなか眠くならない金曜日の夜。 TVでウルトラの新番組が始まったので、しっかりと見てしまった。 なんで、セブンかって言うと、今年はウルトラセブンが放送されて40年目になるから。
今度のウルトラは思いっきり深夜枠(2:25)の放送。 完全にオトナ向きということですな。

舞台になる近未来の東京は、徹底した管理社会という設定で、そのクラ~イ描写は、なんちゃってブレードランナーってところ。 主人公も、ハリソン・フォードを意識してるかのようなイメージ。 格闘シーンは、マトリックスを髣髴とさせる。

ULTRASEVEN Xの造型はなかなか凝っていて、これまでのウルトラヒーローにはないマッチョな体系、そして小顔。 顔つきも精悍に・・・・と言うか、目付き悪いゾ。
それにしても頭部、小っさ過ぎないか。 この容積の中に、どうやってスーツアクターが収まるのやら、心配になっちまう。 ともあれ、40年の間にスーツも、かく進歩したということ。

ウルトラの主人公といや、世を欺く仮の姿として、防衛チームの一員に身をやつすのが常なわけだけれど、今回は、エイリアンを追う秘密組織のエージェントと言う設定。 但し、基地も、制服も、戦闘機もなし。 特撮シーンの街並みは、ミニチュアのセットではなしに、実写と合成しているらしいし、 深夜枠に相応しく(?)、低額予算ウルトラマンって感じ。 それはそれで、面白そう。

役者は、若手を揃えたのは好いけれど、凄んでばっかりで、その割りに緊迫感がない。 第一回を見た限りでは、ウルトラセブンの持っていた一見して明朗な、でも深いドラマ(回によっては、救いのない)とは、方向性を異にしたカタチを目指しているのは確かと想う。
BGMはなんだかメタルっぽくて・・・・あちゃ、こういうのニガ手なんだよな。
 
 

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October 04, 2007

ヱヴァ序、ふたたび

またも、見て来ました。 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」

初めて見た折に比べて、新鮮味は薄くなる代わり、二度目ともなると、細部まであちこち見て取ることが出来(=よりアタマに入って)、ヱヴァのように、細かい部分をつつきまくって愉しむことの出来るドラマの場合、より深く楽しめるってことがある。

序について、一回目で見落とし、または勘違いしていた点を書き留めておこうと想う。
・冒頭の海辺のシーンは、旧作のラストシーンを引き継いでいるのか? この後、それを暗示するような描写が続出。
・半ば廃墟と化した都市の中に、使徒との戦いがあったかのような、巨大な人型の白線。 多分、これが第三使徒で、この時点で既に殲滅済みなのかもしれない。 (でも、どうやって?)
・ゲンドウがゼーレに提出した人類補完計画の中間報告が、TV版の第17次から第27次へとカウントアップされている。
・ネルフの地下で磔刑に処せられている巨人の名はリリス。
・月面で目覚めたカヲル君曰く、碇シンジ君は「また、三番目」だって。

なにはともあれ、ヤシマ作戦は何度見ても燃えますな。 今回、CGを多用した細かな描写を、しっかり見ることが出来たと想う。 シンジ君が零号機のエントリープラグのハッチをこじ開けてからの、綾波とのやりとりは、やはり泣かせます。

次回は、ヱヴァ弐号機以降が続々登場する模様。 前作では、5号機以降は全て同じデザイン(スナメリみたいな頭部を持つ)の量産型だったけれど、破の段では、まったく新たな展開になりそう。
アスカ登場編のTV版第八話は、弐号機八艘飛びの名場面があって好きなんだけれど、その辺りはカットされてしまうのだろうか。 ちと、気懸りではあるな。

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September 24, 2007

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

 
 
 
 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序
 Evangelion: 1.0 You Are (Not) Alone
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
 
         2007年 日本
 
 
自民党の総裁選挙が行なわれた日、現在公開中の標題作品を観て来た。
1995年にTV放送されて以来、未だ人気の衰えを見せぬエヴァの、十年ぶりのリメイク作品であり、個人的に、ここ一ヶ月余りの間続いたエヴァ・フィーバーの、これがひとまずの総決算となる。

私の場合、つい最近になってエヴァを見始めた、にわかファンだからして、リアルタイムで見た来たファンの、エヴァとの十年ぶりの邂逅、と言った感慨を持つことが出来ないのが、ちと寂しい気もする。
でもその代わりに、前作の「THE END OF EVANGELION Air/まごころを君に」を見た直ぐ後に、十年の歳月を一揆に飛び越えて、このリメイク作を見ることが出来たわけで、それはそれで興を覚える。

声優さん達が今も健在なのは、なにより嬉しい。 実写作品では、こうはゆかないよね。
それでもその声に、意地悪く(!)耳傾けてみれば、特に主役の三人(シンジ君、ミサトさん、綾波)の声音など、ほんの少うし変わっているのが聴いて取れる。
ミサトさんがヱビス缶を呑んでの「クーーーーッ」(に伸びがない)や、綾波の「なんで泣いてるの?」の幽けき声音など。
いや、突っ込んじゃいけない、ここは愛が必要なところと想うんですが、とまれ歳月を感じるなと。 勝手に感慨に耽ってます。 ハイ。
もちろん、演者の人生経験の積み重ねと共に、解釈の深まりが期待出来る、いやしなければならない。 若さと引き換えにね。

映画の内容は、TV版の第壱~六話プラスαと言ったところ。
TV版で素晴らしかった、日常風景の精緻な描き込みも健在。 シンジ君、未だDAT使ってるし。
ミサトさんの、ヱビス缶で「クーーーーッ」も楽しい。 TV版ではオールド・パーはじめ洋酒の空き瓶が転がっていた、酒豪ミサトさんの部屋だったけれど、今回は「獺祭」の一升瓶が何本も転がってる。 一緒に呑みたいねえ。

TV版で、私が気に入っていたシーンも幾つか取り入れられていて、今回はそれをリメイク版ならではのハイクオリティな映像で愉しむことが出来た。
第3使徒サキエル戦で暴走した初号機が、一足飛びに襲い掛かるところ。 アンビリカルケーブル(電源コード)のだらんと垂れてるのが不気味で好いんだ、これが。
それから、起動実験中の零号機が暴走して、壁にアタマをがんがん打ち付けるところ。 こいつ、ホントに苦しんでるよ。 なんて人間的な動きなんだろう。(ヘンなシーンばかり好きでスイマセン)

第5使徒ラミエル(◆のやつ)との闘い。 ヤシマ作戦を、映画のクライマックスに持ってきたのは上手かった。
難攻不落。 「攻守共に、ほぼパーペキ」な敵に対して、有効なのは超長距離からの陽電子砲の射撃のみ、と言う状況下。 その唯一つの目的に向かって、巨大プロジェクトを廻してゆく姿が、見ているこちらをワクワクさせるんだよね。
途方もない数の機材、多くの人材(各方面のプロ達)、そして日本中の電力の全てを掻き集めての、文字通り総力戦を、CGを多用した、細かなカットの畳み掛けで描いてゆく。

リメイク版ならではの、解釈の微妙な変化もあった。 印象に残ったのは・・・・
・第4使徒シャムシエル戦で、指揮官としてシンジ君を掌握仕切れなかったミサトさん。 苛立って、自分にビンタ。(自分の弱さに気付くのが早くなったね)
・ヤシマ作戦の直前。 病室で寝ているシンジ君の前で、ヤシマ作戦の要綱を暗誦する綾波(スゴイ記憶力?)
・3バカトリオの友情が、モチベーション不足のシンジ君を勇気付けた(初号機に搭乗するシンジ君に、クラスメイトのトウジ君、ケンスケ君から激励のメッセージが届きました・・・・ベタだけど、好きだな。 こういう演出)
・ヤシマ作戦のお終いで、綾波がシンジ君にゲンドウの面影をみるところはカットされた(この方が、シンジ君的に救いがあると想う)
・そしてこの時、溶解しかかった零号機のエントリープラグのハッチを、無理やりこじ開けたシンジ君のグローブが溶けていて、TV版のゲンドウの掌を髣髴とさせた。
・シンジ君が綾波のアパートを訪れたのは、ゲンドウの画策によるものらしい。(さてはゲンドウ、意図的に二人を近づけたな!) あと、あの殺伐としたアパートの外で、絶え間なく打ち続けるパイルの音がコン、コンとなんだか綺麗過ぎて、ちと興を削ぐんだな。

前作からのファンにそっぽを向かれてはいけないから、ストーリーや性格設定など、ヘタに替えられないであろうし、また、新しい観客を無視するわけにいかないから、一通りの説明的描写は欠かせない。 とくれば、いささか新鮮味に欠けるのは止む無し、か。
リメイク4部作の最初は、これまでの路線から大きく外れることのない、まずは無難な内容にせざるを得なかったのかと想う。 次回、破の段では、リメイク版らなではの新たな展開を見ることが出来そうで、楽しみたのしみ。
もちろん、三石琴乃さんの名調子で、次回の予告まで、しっかりと愉しんで来たのであります。
 

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