映画「コーラス」 (2004、仏)
監督: クリストフ・バラティエ
出演:ジェラール・ジュニョ(クレマン・マチュー先生)
フランソワ・ベルレアン(ラシャン校長)
ジャン=バティスト・モニエ(モランジュ)
標題の映画を観た。
かつて、合唱団で歌っていたことがる。 学生時代から始めて、社会人となってからも長く続けていた。 通算すると、かなりの年月を合唱に捧げてきたことになる。 今はやっていない。
一体、音楽に関わる映画と言うのは少なくないけれど、その中でも合唱が主役となると、とんと思い当たらない。 別に映画に詳しい訳ではないけれど、多分、殆んど存在しないのではないだろうか。 自分の合唱団時代を懐かしむような気分で、映画館へと脚を運んだ。
ニューヨークの、とあるコンサートホール。 楽屋で開演を待つフランス人指揮者モランジュ・・・ベテランの域から、巨匠への路を歩み始めたと言う辺りか・・・のもとへ届いた故国からの電話は、愛する母親の死を告げるものだった。
急ぎ帰国した彼は、葬儀を済ませた後、かつて寄宿舎で共に暮らした幼馴染のペピノと、半世紀ぶりの再開を果たす。 古いアルバムを挟んで、幼い日々を懐かしむ男たち。 指揮者として飛ぶ鳥を落とす勢いのモランジュの眼光の鋭さと、ペピノの人の良さ丸出しの顔つきからは、二人の過ごした、半世紀に渡る人生の相違を見て取ることが出来そうだ。 アルバムの集合写真に見入る二人の話題は、やがて、舎監のマチュー先生の想い出に・・・
巧みなイントロに導かれて、観客は第二次世界大戦後間もないフランスの片田舎、山中に建つ古城、と言うよりはまるで監獄のような寄宿舎へと誘われるのである。
その、山中の寄宿舎に舎監として赴任したマチュー先生が出会ったのは、殺伐とした環境の中で荒みきった少年たちと、体罰を信奉して止まない校長であった。
かつて音楽を志していたマチュー先生は、少年たちの悪戯に手を焼きながらも、彼らに合唱を教えることで、その荒みきった心を開かせることに成功する。 幼くて、未だみんなと声を揃えて歌うことの出来ないペピノ。 問題児だったモランジュは、マチュー先生からその音楽の才能を見出され、独唱者として抜擢される。
練習のシーンは、階名を教え、パート割けしたと想ったら、すぐに綺麗なハーモニーを響かせ始めるなど、至極あっさりとしたもので、先生や子供たちがどう苦労したかとか、猛練習したとか、その中で忍耐力や集中力を獲得していったかなど、語られることはないのである。 もっとも、自分は児童合唱と言うものをまるで知らないので、全然的外れのことを言っているかもしれない。
肝心(自分にとって)の合唱の方は、何れも初めて耳にする曲ばかりであった。 流石はフランス本国で大ヒットを記録し、音楽関係の賞を幾つも受賞したと言うだけあって、なかなか聴かせる内容である。 それも、音楽的に過度に洗練されきった風ではないので、その分、映像から浮き上がってしまうと言ったことも無いのである。
この映画は、ストーリー上ところどころに起伏があるものの、クライマックスらしきものはなく、どちらかと言えば淡々と進む。 コンサートを開くでもないし、コンクールに打って出るとか言う訳でもない。 慈善道楽の伯爵夫人を寄宿舎に招いての、言わば御前演奏会が、彼らにとっての唯一の晴れ舞台だったと言える。
そんな地味な展開の中での唯一のトキメキはと言えばマチュー先生の、モランジュの母親で寡婦のヴィオレットへの淡い恋心である。 中年男女、なかなか好い雰囲気ではないかと想っていたら、ヴィオレットはマチュー先生などまるで眼中になかったらしく、あっさりと他の男・・・自家用車を乗り回し、パリッとした身なりの伊達男と・・・再婚してしまう。
こんなオヤジは、やっぱり駄目ですか? ハゲだし(失礼)、デブだし(すまぬ)、でも優し、く誠実で、忍耐強く、あなたを愛し、その上子供たちの心をしっかりと掴んでいます。
ところで、ヴィオレットのこの選択は、後々モランジュのトラウマとなったのではないか? 彼の美貌と才能に惹かれる女たちは後を絶たなかったが、「オマエら、どーせ、見てくれだけが肝心なんだろ!?」 とばかりに、女性に心を開くことの無いモランジュは生涯を独身を通す・・・なんてね。 これは、もとよしの妄想ですが。
寄宿舎に札付きのワル、問題児が入って来た。 流石のマチュー先生も彼の心を開かせることは出来ず、挙句、最後には寄宿舎が放火されてしまう。 責任を問われたマチュー先生は職を追われる羽目に会う。
それから校長。 体罰の信奉者として登場した彼も、一旦は合唱団を始めたマチュー先生の理解者となったかと想うと、その合唱団の評判を我が身の出世に利用しようと立ち回ったりする。 寄宿舎への放火騒ぎに激怒して、マチュー先生を解雇したのも彼である。
同じく音楽教師と子供たちを描いた映画でも、例えば「ミュージック・オブ・ハート」(1999、米)などは、登場人物がみんな好い人・・・敵役で登場しても、ラストには主人公の頼もしいサポーターになっていたり・・・なのに比べて、ここでは、ワルは最後までワルなのである。 救いが無い、と言えばそれまでだけれど、ある意味リアルだし、観る側にも、それだけ懐の深さを要求していると想う。
この映画を観終わった後、実は若干の物足りなさが残ったのである。 やはり、盛り上がりには欠けましたからねえ。 でも、その翌日からじわじわと感動が湧き上がって来たのには、我ながら驚いている。 それは、今までに感じることのなかった、不思議な類の感動である。
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