December 01, 2016

演劇:ホイップアーウィルの鳴く時

 
 
劇団 蚊帳の海一座 第25回公演
 
 
 ホイップアーウィルの鳴く時
 
 
  日時:2016年11月26日(土) 18:30
           27日(日) 13:00、16:00
 
  場所:菊田公民館
 
 
午前中、谷津コミュニティセンターを訪れた折に、上記公演のポスターが目に留まりました。
会場の菊田公民館と言えば、確か京成津田沼駅の辺り。 拙宅からならば、徒歩で通う事の出来る位置にあります。
夕刻からの公演ならば、今から出掛けて丁度良い按配でしょう。 見知らぬ劇団ではありますけれど、地元の劇団のようで、俄然興味の湧きはじめた私。
一旦我が家へと戻りまして、それから(いそいそと)京成谷津駅方面へと向かいました。

        ▽▲▽▲▽▲

初めて訪れた菊田公民館のホール。 こじんまりとした内部は、小さな舞台とアリーナ(?)状の客席とから構成されていました。
会場へと入ってみれば、お見事!満員御礼ですよ。

ベンチ式の座席は、一見して既にお客さんで埋まっているようですけれど、そこに更にスペースを造って、未だ席の定まらないお客さんを詰め込んでいくわけです。
こうなると客席のお互いが詰め合い、寄せ合わねば始まらないわけで、自然(ホールの客席のように)廻りに無関心(?)ではいられなくなりますよね。
僅かな空きスペースを詰めていって、そこに、どうにか一人分の空間を造ってゆく。
客席が、文字通りの鮨詰め状態となる、こういう形式は初めてで、私としては中々面白かったです。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、劇のストーリーの方ですけれど、これが、かな~り難解でした。 ボンヤリ観ていたもんだから、すっかり置いてかれちゃいましたよ。
判る奴だけ付いて来いってコトなんですかね。 でも、こういうスタンス、嫌いじゃありません。

客席を埋めたその殆どが常連さんたちとして、これだけ難解なストーリーを提示して、尚かつ満員御礼を保っていると言う事実。 素直にスゴイと想いました。

ドラマは幾つもの小さなエピソードから成っています。 最初それらは互いに無関係かと想えたのですけれど・・・・

・「幸運」と言うキーワード。
・抽象的な世界に棲んで「幸運」を身籠る産婦たち。
・「幸運」の訪れを、ただひたすらに待つ人々。
・旅の男が隠し持つ荷物の中身は?
・若夫婦は好奇心が旺盛。
・慎ましく暮らす家族の居た、その住まいは・・・・
・楽団を結成する労働者たちは、やがて賑々しく演奏をはじめる。
 
演劇ド素人の私が言うのもナンですけれど、舞台のクオリティはとても高いです。
個々のストーリー、その脈絡が掴み難くとも、芝居がハイレベルなので面白い。 なにより説得力があって、そこに誘われるように、見入ってしまいます。

それぞれが抽象的であったり、また現実的であったりと、雑多に見えたエピソード(?)たちですけれど、それぞれの繋がりが暗示される中盤以降から、俄然面白くなって来ました。

ワケが判んないよと匙を投げたりせずに、頑張って(笑)ここまでお話しに喰らいついて来て、やっぱりヨカッタ。 そう想わせられましたね。 私、既にして、一座の術中に嵌まっていたと想われます。

これが自宅でDVDや動画でも観ているのであれば、再生を一旦中断して、コチラの態勢を立て直す(考えたり、関連情報を検索してみたり)ところです。
が、舞台ではそうもゆかず。 舞台が真剣勝負の場ってことを、微塵も考えず、観劇に臨んだ結果ですなぁ。

斯くも難解なお芝居でしたけれど、ラストは唄で締めくくって、お陰で満足度がとても高かったです。
これぞ音楽の力。(ベースが素敵でした)

        ▽▲▽▲▽▲

我が地元でハイブロウな演劇が催されていることを知った一夜でした。

ちなみに表題の「ホイップアーウィル」と言うのは、ヨタカのことなのだそうで。

機会があれば、また観に行きたいと想っています。
 
 

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April 18, 2012

春愁 (駄文)

 
 
暫く更新を滞らせておりました。
 
先日(3月25日)所属オケの定期演奏会を済ませてからこっち、どうにも意気が揚がりません。
職場でも、どうにもクッダラナイ失敗を連発するし。 はぁ。
虚脱感? それもあるし、欲がなくなっちゃってる、とでも言うのか。 中々積極的に出れないんですね。
今年は、夏を目安として心機一転を図るってのが年頭からの目論見ですけれど、果たしてこんなことで上手くコトを運べるのかしら。
 
このところずんずん暖かくなって来ていて、カラダが戸惑ってるってことは確かにあると想う。
我ながら、気温の変化についてはおっそろしく順応性に乏しいんです。(毎年のことですけれど)
 
気が弛んで、よろず後手に廻ってる状態ってのは、快適とは言えないワケですが。
でも今は、このポカポカした陽気の中で感じるカルーイ憂いってのを、ちょっと愉しんでいたりします。(現金な奴)

ともあれ、休める時はしっかり休む。
自宅での時間は、牛乳飲んで、それから沢山眠るよう心掛けてます。(赤んぼかよって感じですけれど)
 
今、所在無くネットを彷徨っていたら、能村登四郎の句
 
 
    春愁の中なる思ひ出し笑ひ
 
 
というのを見付けまして。 読み返しては独り悦に入ってます。
俳句、イイねぇ。
 
駄文でありました。
 
 

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May 29, 2010

谷津バラ園

 
 
やっとこ風邪から開放されたようなので、晴れ間を見つけて近所の谷津バラ園に行ってきました。
時あたかも五月の半ば。
薔薇も丁度見頃を迎えている筈ですからね。 この機会を逃しては一大事(昨年見逃してますし)!というわけです。
 
   
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習志野市内、野鳥の飛来地として有名な谷津干潟に隣接する谷津バラ園。
最寄り駅は京成谷津駅なのですけれど、例によって私はJR津田沼駅方面から歩いて向かいました。

700種、7,000株のバラが咲き競う園内は、一望するとなかなか壮観な眺めです。
中には高名な品種、銘花、珍品などもあるんでしょうけれど、花にまったく疎い私としては、植えてあるものを順に観て周るのみです。
驚くほど多彩な品種それぞれの違いや、花壇のレイアウトの妙を眺めつつ、バラ園の回廊を歩けば、それだけでも充分に愉しめますから。
 
 
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但し、ごく至近距離から見てみると、生憎あまり綺麗なもの、状態の好いバラの花ばかりとは言えないですね。
花弁の付き具合や樹の姿勢など、いちいち完全無欠を所望するのは野暮かもしれませんけれど、これならばむしろ、我がご近所にも何軒かある、自宅の庭でひとつひとつ大切に栽培されているバラの方が・・・・・
ここは一度に沢山の花々、数々の品種を咲かせるゴージャスさを愛でるべきなんでしょうね。

帰り掛けには名物のバラ・ソフトクリームを食し(去年のカタキ討ちです!)て、満足して帰路に着きました。
 
 
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October 08, 2009

五輪逃がして台風一過

 
 
台風18号。 各地で被害が出ているようですね。
当地でも、昨夜来の豪雨に続いて、今日午前中はものすごい強風でした。
皆様お住まいの地域は大事ありませんでしたか? お見舞い申し上げます。

         ▽▲▽▲▽▲

さてさて、東京都が名乗りを上げていた2016年夏のオリンピック招致レースですけれど、先日の国際オリンピック委員会(IOC)総会でリオデジャネイロに決まりました。 南米では初となる五輪開催です。

結局のところ空振りに終わった二度目の東京五輪については、その招致運動を通じて、賛否いろいろと取沙汰されてきましたね。 私は今回の結果は、これはこれで好かったのではないかと考えています。
そして南米初の五輪。 これこそは、快挙といって好いのではないかと想うのです。

テレビで見た、招致の決定した瞬間のリオ市民の歓喜、その盛り上がりは正直ウラヤマシかったですね。
あのパッション! やはり、本来五輪は成長拡大のピークを疾う打っている国での開催よりも、まだまだこれから主要先進国に伍して・・・・という気概ある国での開催が望ましいと想います。

それは、アジアでの開催に限ってみても、1964年の東京/1988年のソウル/2008年の北京と、各々が成長発展している時期にハマっていますから。 だから今度はブラジルで、ということでイイと想う。 だから東京の出番ではないですよ、ここは。

リオデジャネイロも社会基盤、治安の問題とか聞き及びますけれど、それは五輪という国を挙げてのビッグイヴェントを迎える内、一気に変わってゆくことが期待できるもの。 五輪開催には、そういう変革の勢いを期待したいと想うのです。 (もちろん、善いことばかりではなしに、弊害も必ず伴うことでしょう。 ですから、清濁併せ呑まねばならないのですけれど)

ともあれ、2016年には南米ブラジルの文化を前面に押し出したオリンピックを見せてくれることでしょう。 初の南米五輪に、大いに期待したいと想います。
 
 

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August 29, 2009

お台場 ガンダム (1/1スケール)

 
  
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この夏話題の、お台場のガンダムを見てきました。
というか、見下ろされて来ました。 なにしろアニメの設定通り身長約18m、縮尺率1/1のリアルサイズ・機動戦士ガンダム立像ですからね。

この夏、ガンダムが大地に立ったのはお台場の潮風公園。
会期は2009年7月11日~8月末の期間限定です。
いずれは他所へと移設されるのかもしれませんけれど、海辺の公園に立ち、そして自然光に照らされる彼を見ることの出来るのは今しかないかもしれない、と思い至ったら是非とも見ておきたくなったのです。

不肖、お台場は始めてでアクセスも覚束なかったのですけれど、ここは(自分にとって)判りやすく、JRで一旦新橋駅まで出、そして「ゆりかもめ」を利用して新橋駅から最寄りの台場駅まで往く事に。
「ゆりかもめ」には初めて乗りましたけれど、海を臨みつつ走る実に気分の好い路線でした。
台場駅周辺は、予想通りなかなかの人出。

今に続く一連のガンダム・シリーズの祖、「機動戦士ガンダム」の世に出たのが1979年。 つまり今年で30年目になるんですね。
私もテレビでこの初代ガンダムの、少なくとも何話かは見ている筈ですけれど、もはや、ほとんど覚えていません。
ともあれ、歴代のモビルスーツの中から、あえて初代ガンダムを選んでくれたのが嬉しいよなあ。

台場駅で「ゆりかもめ」を降り、人の流れに沿ってそのまま潮風公園へと歩いてゆくと、やがて木立の間から見えてきました。 RX-78-2 MOBILE SUIT GUNDAM の勇姿。
 
 
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「あれが連邦のモビルスーツか!」
 
 
いやはや驚きました!
スゴイとは聴いていましたけれど、360度どこから見ても、本当に細かい部分まで、呆れるほど精緻に、リアルに造りこんであります。 我々は、30年目にして遂にガンダムそのものと出会うことが出来ました!

ガンダムらしさを特長付ける四角い腕や胴部分の他、ふくらはぎの丸みなども好い感じに再現されています。
両手足とそれから手首など微妙にひねりの効いたポーズがついているのも、ガンダムに躍動感を与えて効果的です。
そして、全身至る所に取られたメンテナンス用のハッチや注意書き(英文)の数々。 1/1サイズともなると、オリジナルのアニメでは描き切れなかった細部まで表現されて「ホンモノっぽさ」を盛り上げます。
 
 
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ガンダムの身長18mというのは、現実のジェット戦闘機と丁度同じくらいですね。 航空自衛隊のF-4EJやF-15Jが約19m。 こうして見上げると、その巨大感に圧倒されますけれど、「乗り物」としてみれば案外と妥当なサイズなのかもしれません。
でも、二本脚で立っている分、目立つよなあ。 戦場ではそこいら中から狙い撃ちされちゃいそうです。
 
 
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このお台場ガンダム。 素晴らしい出来ではありますが、やはりどこまでも立像なのであります。
各部に仕込んであるギミックや電飾などあるものの、あくまで1/1のフィギュア(!)であって、飾っておく以外、特に何かの役にも立つってモンでもない。
でも、それをここまで真剣に、完璧に造り上げてしまった、ある種バカバカしさ(!?)・・・・それって、なんて素敵なコトなんでしょうって想いましたよ。
これは愛、それも数多のファン、製作サイドの想いが実体化した30年目の奇跡です。
 
 
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October 24, 2008

セイタカアワダチソウ

 
 
我が家の近所を走るJR総武線の線路際に、セイタカアワダチソウの群落がほんのりとした黄色い花を咲かせている。
穏やかな秋の日差しを浴びてゆったりと揺れる姿など、季節を感じさせられてなかなか好いものである。

けれど言うまでもなく、これは我が国本来の植物ではない。 北米原産で、戦後になって川原や空き地、そして線路際などに多く見掛けるようになったもの。
こういう帰化植物とか外来種というと、圧倒的な繁殖力でフィールドを席巻し在来種を駆逐し去る、侵略者的なイメージがあるけれど、このセイタカアワダチソウもまたご他聞に漏れず、生育圏の競合するススキなどを追い出したりしているようである。

先日、新潟へ日帰り出張した折も、道路沿いにセイタカアワダチソウの花の絶えることが無かったし、みいさんのブログ「ふくろうの三十一文字」でも先日の記事で紹介されていて、この花は最早日本の各地に広がっているのが判る。

ところでそんな「セイタカアワダチソウ」。 文芸の世界では一体どんなポジションにいるのか。 例えば季語になっているのか。 セイタカアワダチソウ/背高泡立草を詠み込んだ句というものを目にした覚えが無かったので、ネットで検索してみたら、無いではないけれど、まだまだ少ないようである。
セイタカアワダチソウを詠んで人口に膾炙した、代表句と呼べるようなものを寡聞にして知らない。
だったら、まだまだこれからの分野なんだ。 いわばニッチ市場。 これからの季語として結構狙い目かもね、などと思うのである。
 
  

    こととひは背高泡立草越し

 
 
    したたかなセイタカアワダチサウ斬る

 
 
    逆光に泡立草のほつれ髪
 
 
                            もとよし
 
 

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August 02, 2008

北京故宮 書の名宝展

 
 
北京故宮 書の名宝展
 
  場所:江戸東京博物館
  期間:2008年7月15日(火)~9月15日(月)
 
 
北京故宮博物館に収蔵される名筆の数々を展示するこの展覧会。
ワタクシめも、漢字の国に生を受けたからには是が非でも、何がなんでも観ておかねば! な~んて、妙に勢い込んで行って参りました。
 
唐、宋、元、明、清の各時代に書かれた、名立たる名筆が六十五作品。
一書家に一作品ずつが選ばれているため、バラエティーに富んで飽きさせない。
 
その内容も楷書、行書、草書、隷書と様々。 中でも篆書の面白さに感心した。
もちろん全てが漢文だし、字のひとつひとつを取っても大概は読めないものばかり。 だがしかし、そのフォルムの、なんとスタイリッシュでカッコイイことよ!・・・・などと、実にもうミーハーと言うかケーハクな感動に浸っておりました。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
さて、この会の目玉となっているのが、書聖と称えられる王羲之の最高傑作として名高い「蘭亭序」(八柱第三本)
無論、これは真跡ではない。 ホンモノは王羲之の書を愛してやまなかった唐の皇帝太宗が、死後自分の墓に収めさせてしまったから。
太宗の生前に造られた何点かの模写の内、最良とされているのが、今回展示されている八柱第三本である。
最近いろいろなメディアで眼にする機会もあるけれど、その実物は想いの外小さく、展示の仕方も相まって、少々見難いことになっている。

「蘭亭序」は、王羲之が内々で開いた詩会を記念して編んだ詩集の序文の草稿であり、酔いに任せて筆を執ったと言う、極めてパーソナルなものだけに、気負いなく、武人の筆とは思えぬ典雅なタッチで魅せる。
筆先のひょいと跳ねたところ、そのモヤシのヒゲのようなのが、なんかもう艶っぽいのですよ。
当然のことながら、会場でもここが一番混雑していて、ゆっくり見ている余裕のなかったのが残念至極。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
「蘭亭序」の他に、取り分け心残った作を記しておくものなり。
 
   趙宦光 「篆書李白楽府句軸」
 
   朱耷  「行書抄録蘭亭序軸」
 
   梁詩正 「行書元人五言律詩軸」
 
   梁同書 「行書七言絶句二首軸」
 
 
ワタクシ、書というものを、かつてこれほどまでに一所懸命、夢中になって鑑賞した経験がない。
で、判ったのかい? 書というものが少しは理解出来たのかい? なんて問われると、弱ってしまうのだけれど。 でも、結構夢中になって、小さな会場を、都合3~4周してしまった。
 
 

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July 24, 2008

書のこころ

 
 
  書のこころ

     榊莫山 著

        NHKライブラリー  1996年


昔から、どうしてもその世界に立ち入ることが出来ず、もう悔しくて堪らないものの一つに書がある。
そこに宝物が埋まっていると判ってはいるのに近づけない、判らない。 と言うか、そもそも書かれている字をマトモに読むことすら叶わない。
生涯近寄れないまんまなのかなあ、などと想うと切ないばかりである。

ほんの数十年前までは、必須の教養であった書が、今ではごく一部の学者、好事家でもなければまるで縁のない、判らなくて当たり前のものになってしまった。
千数百年続いた書の伝統というものが、今日ここに絶たれようとしている。

        ▽▲▽▲▽▲

本書「書のこころ」は、元々NHKのテレビ番組「人間大学」(1992年放送)のテキストとして用意されたもの。
私は、残念ながらその番組を見ていないのだけれど、番組から派生したこの本を何気に読んでみたら滅法面白かった。
もう、何年も前に買い求めた本なのだけれど、爾来折に触れ手にする、愛読書の一つとなっている。

本の内容はと言えば、書家の榊莫山さんが、平安の昔から近代まで、書の歴史に残る名筆の数々を紹介し、書家それぞれの人生を語ると言うもの。
専門用語に頼らず、また章一つひとつが短いので、とても読みやすい。
書の図像も豊富に掲載されているけれど、新書サイズの簡易な装丁の本なので、印刷の方もあまり良い状態ではなく、実のところ、見て良く判ると言うものではない。
でも、莫山先生の型にはまらない解説がとにかく痛快で、何度読み返してみても面白いのである。

        ▽▲▽▲▽▲

王羲之の書法に学んだ生真面目な最澄の「久隔帖」に、それに飽き足らず当時のニューモード、顔真卿の書法を取り入れた空海の「灌頂記」。
それぞれ愛弟子に宛てた手紙だったり、イベントのためのメモ書きだったりする。 つまり公式の作品ではない、極々プライベートな文書なのだけれど、そういう、気取らず「何気に書いた」ような書が後世に残り、傑作として高く評価されているというのが実に面白い。

平安の宮廷に生きた書家、小野道風の「屏風土台」は屏風に漢詩を書いた際の、これも下書きである。 (道風って、柳の葉めがけてジャンプする蛙と、傘をさしてそれを見下ろす貴人の図の、アレですね)

そして、そのマイペースな性質ゆえ宮中では浮いた存在であった書の天才、藤原佐理が関係各方面へ向け書きまくった華麗なる「詫び状」の数々。

時代は下って日蓮や一休ら、激しい生涯を送った傑僧の書からは、圧倒的なパワーを感じさせられる。

江戸時代の名僧白陰、仙厓、慈雲ら。 共通するのは、時の権力におもねらず、己の信じる道のみを往く、その姿勢を生涯貫いたこと。

良寛が出て来ればもう幕末も近い。 俗世と関わりを持たず、自由闊達に生きた良寛さまへの、莫山先生の入れ込みぶりがなんとも微笑ましい。

明治の男と言えば、気骨ある人というイメージがあるけれど、莫山先生によれば、書に関しては無気力、安穏に陥っていると言う。
その中にあって硬骨漢は、マリア・ルース号事件で諸外国に向け気を吐いた副島種臣。 書と近代史が結びつく。

そして石川啄木。 ここまで来て、やっと現代に通じるスタイルの字体を見る。 でも、副島種臣の次が啄木とはね。 いきなりセンシィティブになりましたねえ、莫山先生。

昭和に入って會津八一。 またしても気骨の人だ。 そして飄々として生きた熊谷守一。

        ▽▲▽▲▽▲

この本は、もうこれまでに何度も読み返していて、その度に愉しいのだけれど、では書というものが少しは理解出来て来たのかと言えば、依然として判らんちんな私なのである。 もちろん、より一層の興味を掻き立てられはしますけれどね。

本書に収録された書、そして書家のチョイスからは、権威におもねらない莫山先生の人柄や、自由闊達な人生観が伺え、読んでいて誠に気分がヨロシイ。 (だからこそ、何度でも読み返しちゃうんでしょうね)
書が判らなくても愉しめる書の本、と言ったところでしょうか。
書、その豊穣の地平は相も変わらず、自分から遠いとおいところに拡がっている。 書のこころ ふうっ。
 
 

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April 03, 2008

山下清の世界

 
  裸の放浪画家・山下清の世界
 
    <貼り絵と日記でたどった人生>

        池田満寿夫
        式場俊三
 
          1993年  講談社カルチャーブックス

  
ちょっとした野暮用があって、千葉県は我孫子市まで往く。
JR常磐線に乗り換え、我孫子駅で降りた。
この駅のホームに店を構える立ち食いそば屋が「弥生軒」。

「弥生軒」はその昔、同じ屋号を使って駅弁屋をやっていた時代に、あの山下清画伯が働いていたことで知られる。
画伯が寄宿していた八幡学園を度々抜け出し、各地を放浪した末、また学園へと戻るその合間に、度々ここで職を得ていたらしい。
特段、風光明媚を持って知られるような当地柄ではない我孫子駅の界隈である。 そこにある駅弁屋が、何ゆえ画伯の気に入ったのかは好く知らない。 余程、居心地の好い、気さくな店だったのかもしれないね。

「弥生軒」の名物は裸の大将ばかりではない。
唐揚げ蕎麦と言うのがメニューにあって、これがすごいコトになってるんだよ。 どデカイ鶏の唐揚げが丼の真ん中にデデデンと沈んでいる。 駅蕎麦好きの間では、結構有名な存在らしい。
もちろん、私も頂きましたよ。 なかなかに食いでがあったけれど、しっかりと完食して参りました。

マクラが長くなった。
後日、図書館で借りて来たのが本書、「裸の放浪画家・山下清の世界」である。
爾来、毎夜パラパラと頁を捲っては愉しんでいる。
素朴なタッチの貼り絵で名高い画伯の作品。 その初期から晩年まで。
貼り絵ばかりではない、素描や水彩画などが多いのも意外だった。 その他、日本各地、そして巴里でのスケッチ。
そこには、世間一般には専ら童画的な作風で知られる画伯の、旅した日々を真摯な視線で見詰め、迷いのない筆致で綴った、多彩な作品の数々があった。
 

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February 24, 2008

天璋院篤姫展

 
 天璋院篤姫展
 
    場所:江戸東京博物館 1階企画展示室
    期間:2008年2月19日(火)~4月6日(日)
 
 
春一番が吹き荒れる中、江戸東京博物館で開催中の天璋院篤姫展を見て来ました。
今年のNHK大河ドラマ「篤姫」とのタイアップ企画であります。

現在第八話まで放送されている「篤姫」。 開始早々から高視聴率を上げているとのことで、さぞ混雑するであろうと覚悟していたのだけれど、午前中の、開館して間もない時間に入ったからなのか、それとも折からの強風で電車の運行に影響の出ているためか、さほど混雑はしておらず、割合にゆっくりと見て廻ることが出来た。

NHK大河の登場人物とは言え、さすが、幕末~明治の人だけに、衣装や身の回り、調度品など、状態良く残っているのに感心する。
嫁入り道具。 奉納の刀。 輿入れの際、薩摩を想い起こすよすがにと、島津斉彬公が篤姫のために誂えた風景画。 香道や貝合わせの道具に見る、呆れるほど精緻な細工などなど。
初めて目にした「錦の御旗」には感涙。
斉彬公や篤姫ら、大河ドラマに登場する人々の書簡も多く、興味深かった。 いえ、当時の草書なんてまるで読めないんですけれどね。

一体、こういう企画展では、その人の持つ薀蓄の差で、どれほど楽しめるかに大きな差が出るわけで、本展では自分の書見力の無さが切ないばかりであった。
でも、篤姫その人の署名が、「敬子」あるいは「あつ」などと記されているのを見つけて、ちょっと感激しましたね。
それにしても、文面ばかりか筆致からも、当人の人となりが後世に伝わってゆく。 書とは奥深くも、コワイものですな。
  

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