August 02, 2008

北京故宮 書の名宝展

 
 
北京故宮 書の名宝展
 
  場所:江戸東京博物館
  期間:2008年7月15日(火)~9月15日(月)
 
 
北京故宮博物館に収蔵される名筆の数々を展示するこの展覧会。
ワタクシめも、漢字の国に生を受けたからには是が非でも、何がなんでも観ておかねば! な~んて、妙に勢い込んで行って参りました。
 
唐、宋、元、明、清の各時代に書かれた、名立たる名筆が六十五作品。
一書家に一作品ずつが選ばれているため、バラエティーに富んで飽きさせない。
 
その内容も楷書、行書、草書、隷書と様々。 中でも篆書の面白さに感心した。
もちろん全てが漢文だし、字のひとつひとつを取っても大概は読めないものばかり。 だがしかし、そのフォルムの、なんとスタイリッシュでカッコイイことよ!・・・・などと、実にもうミーハーと言うかケーハクな感動に浸っておりました。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
さて、この会の目玉となっているのが、書聖と称えられる王羲之の最高傑作として名高い「蘭亭序」(八柱第三本)
無論、これは真跡ではない。 ホンモノは王羲之の書を愛してやまなかった唐の皇帝太宗が、死後自分の墓に収めさせてしまったから。
太宗の生前に造られた何点かの模写の内、最良とされているのが、今回展示されている八柱第三本である。
最近いろいろなメディアで眼にする機会もあるけれど、その実物は想いの外小さく、展示の仕方も相まって、少々見難いことになっている。

「蘭亭序」は、王羲之が内々で開いた詩会を記念して編んだ詩集の序文の草稿であり、酔いに任せて筆を執ったと言う、極めてパーソナルなものだけに、気負いなく、武人の筆とは思えぬ典雅なタッチで魅せる。
筆先のひょいと跳ねたところ、そのモヤシのヒゲのようなのが、なんかもう艶っぽいのですよ。
当然のことながら、会場でもここが一番混雑していて、ゆっくり見ている余裕のなかったのが残念至極。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
「蘭亭序」の他に、取り分け心残った作を記しておくものなり。
 
   趙宦光 「篆書李白楽府句軸」
 
   朱耷  「行書抄録蘭亭序軸」
 
   梁詩正 「行書元人五言律詩軸」
 
   梁同書 「行書七言絶句二首軸」
 
 
ワタクシ、書というものを、かつてこれほどまでに一所懸命、夢中になって鑑賞した経験がない。
で、判ったのかい? 書というものが少しは理解出来たのかい? なんて問われると、弱ってしまうのだけれど。 でも、結構夢中になって、小さな会場を、都合3~4周してしまった。
 
 

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July 24, 2008

書のこころ

 
 
  書のこころ

     榊莫山 著

        NHKライブラリー  1996年


昔から、どうしてもその世界に立ち入ることが出来ず、もう悔しくて堪らないものの一つに書がある。
そこに宝物が埋まっていると判ってはいるのに近づけない、判らない。 と言うか、そもそも書かれている字をマトモに読むことすら叶わない。
生涯近寄れないまんまなのかなあ、などと想うと切ないばかりである。

ほんの数十年前までは、必須の教養であった書が、今ではごく一部の学者、好事家でもなければまるで縁のない、判らなくて当たり前のものになってしまった。
千数百年続いた書の伝統というものが、今日ここに絶たれようとしている。

        ▽▲▽▲▽▲

本書「書のこころ」は、元々NHKのテレビ番組「人間大学」(1992年放送)のテキストとして用意されたもの。
私は、残念ながらその番組を見ていないのだけれど、番組から派生したこの本を何気に読んでみたら滅法面白かった。
もう、何年も前に買い求めた本なのだけれど、爾来折に触れ手にする、愛読書の一つとなっている。

本の内容はと言えば、書家の榊莫山さんが、平安の昔から近代まで、書の歴史に残る名筆の数々を紹介し、書家それぞれの人生を語ると言うもの。
専門用語に頼らず、また章一つひとつが短いので、とても読みやすい。
書の図像も豊富に掲載されているけれど、新書サイズの簡易な装丁の本なので、印刷の方もあまり良い状態ではなく、実のところ、見て良く判ると言うものではない。
でも、莫山先生の型にはまらない解説がとにかく痛快で、何度読み返してみても面白いのである。

        ▽▲▽▲▽▲

王羲之の書法に学んだ生真面目な最澄の「久隔帖」に、それに飽き足らず当時のニューモード、顔真卿の書法を取り入れた空海の「灌頂記」。
それぞれ愛弟子に宛てた手紙だったり、イベントのためのメモ書きだったりする。 つまり公式の作品ではない、極々プライベートな文書なのだけれど、そういう、気取らず「何気に書いた」ような書が後世に残り、傑作として高く評価されているというのが実に面白い。

平安の宮廷に生きた書家、小野道風の「屏風土台」は屏風に漢詩を書いた際の、これも下書きである。 (道風って、柳の葉めがけてジャンプする蛙と、傘をさしてそれを見下ろす貴人の図の、アレですね)

そして、そのマイペースな性質ゆえ宮中では浮いた存在であった書の天才、藤原佐理が関係各方面へ向け書きまくった華麗なる「詫び状」の数々。

時代は下って日蓮や一休ら、激しい生涯を送った傑僧の書からは、圧倒的なパワーを感じさせられる。

江戸時代の名僧白陰、仙厓、慈雲ら。 共通するのは、時の権力におもねらず、己の信じる道のみを往く、その姿勢を生涯貫いたこと。

良寛が出て来ればもう幕末も近い。 俗世と関わりを持たず、自由闊達に生きた良寛さまへの、莫山先生の入れ込みぶりがなんとも微笑ましい。

明治の男と言えば、気骨ある人というイメージがあるけれど、莫山先生によれば、書に関しては無気力、安穏に陥っていると言う。
その中にあって硬骨漢は、マリア・ルース号事件で諸外国に向け気を吐いた副島種臣。 書と近代史が結びつく。

そして石川啄木。 ここまで来て、やっと現代に通じるスタイルの字体を見る。 でも、副島種臣の次が啄木とはね。 いきなりセンシィティブになりましたねえ、莫山先生。

昭和に入って會津八一。 またしても気骨の人だ。 そして飄々として生きた熊谷守一。

        ▽▲▽▲▽▲

この本は、もうこれまでに何度も読み返していて、その度に愉しいのだけれど、では書というものが少しは理解出来て来たのかと言えば、依然として判らんちんな私なのである。 もちろん、より一層の興味を掻き立てられはしますけれどね。

本書に収録された書、そして書家のチョイスからは、権威におもねらない莫山先生の人柄や、自由闊達な人生観が伺え、読んでいて誠に気分がヨロシイ。 (だからこそ、何度でも読み返しちゃうんでしょうね)
書が判らなくても愉しめる書の本、と言ったところでしょうか。
書、その豊穣の地平は相も変わらず、自分から遠いとおいところに拡がっている。 書のこころ ふうっ。
 
 

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April 03, 2008

山下清の世界

 
  裸の放浪画家・山下清の世界
 
    <貼り絵と日記でたどった人生>

        池田満寿夫
        式場俊三
 
          1993年  講談社カルチャーブックス

  
ちょっとした野暮用があって、千葉県は我孫子市まで往く。
JR常磐線に乗り換え、我孫子駅で降りた。
この駅のホームに店を構える立ち食いそば屋が「弥生軒」。

「弥生軒」はその昔、同じ屋号を使って駅弁屋をやっていた時代に、あの山下清画伯が働いていたことで知られる。
画伯が寄宿していた八幡学園を度々抜け出し、各地を放浪した末、また学園へと戻るその合間に、度々ここで職を得ていたらしい。
特段、風光明媚を持って知られるような当地柄ではない我孫子駅の界隈である。 そこにある駅弁屋が、何ゆえ画伯の気に入ったのかは好く知らない。 余程、居心地の好い、気さくな店だったのかもしれないね。

「弥生軒」の名物は裸の大将ばかりではない。
唐揚げ蕎麦と言うのがメニューにあって、これがすごいコトになってるんだよ。 どデカイ鶏の唐揚げが丼の真ん中にデデデンと沈んでいる。 駅蕎麦好きの間では、結構有名な存在らしい。
もちろん、私も頂きましたよ。 なかなかに食いでがあったけれど、しっかりと完食して参りました。

マクラが長くなった。
後日、図書館で借りて来たのが本書、「裸の放浪画家・山下清の世界」である。
爾来、毎夜パラパラと頁を捲っては愉しんでいる。
素朴なタッチの貼り絵で名高い画伯の作品。 その初期から晩年まで。
貼り絵ばかりではない、素描や水彩画などが多いのも意外だった。 その他、日本各地、そして巴里でのスケッチ。
そこには、世間一般には専ら童画的な作風で知られる画伯の、旅した日々を真摯な視線で見詰め、迷いのない筆致で綴った、多彩な作品の数々があった。
 

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February 24, 2008

天璋院篤姫展

 
 天璋院篤姫展
 
    場所:江戸東京博物館 1階企画展示室
    期間:2008年2月19日(火)~4月6日(日)
 
 
春一番が吹き荒れる中、江戸東京博物館で開催中の天璋院篤姫展を見て来ました。
今年のNHK大河ドラマ「篤姫」とのタイアップ企画であります。

現在第八話まで放送されている「篤姫」。 開始早々から高視聴率を上げているとのことで、さぞ混雑するであろうと覚悟していたのだけれど、午前中の、開館して間もない時間に入ったからなのか、それとも折からの強風で電車の運行に影響の出ているためか、さほど混雑はしておらず、割合にゆっくりと見て廻ることが出来た。

NHK大河の登場人物とは言え、さすが、幕末~明治の人だけに、衣装や身の回り、調度品など、状態良く残っているのに感心する。
嫁入り道具。 奉納の刀。 輿入れの際、薩摩を想い起こすよすがにと、島津斉彬公が篤姫のために誂えた風景画。 香道や貝合わせの道具に見る、呆れるほど精緻な細工などなど。
初めて目にした「錦の御旗」には感涙。
斉彬公や篤姫ら、大河ドラマに登場する人々の書簡も多く、興味深かった。 いえ、当時の草書なんてまるで読めないんですけれどね。

一体、こういう企画展では、その人の持つ薀蓄の差で、どれほど楽しめるかに大きな差が出るわけで、本展では自分の書見力の無さが切ないばかりであった。
でも、篤姫その人の署名が、「敬子」あるいは「あつ」などと記されているのを見つけて、ちょっと感激しましたね。
それにしても、文面ばかりか筆致からも、当人の人となりが後世に伝わってゆく。 書とは奥深くも、コワイものですな。
  

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February 05, 2006

大(Oh!)水木しげる展

 「大(Oh!)水木しげる展」
     -なまけものになりなさい-

           川崎市市民ミュージアム

ここのところずっと休日出勤が続いて、だから週末もなかなか出掛ける事が出来なかった。
そこで今回は、もう昨年の話しになるけれど、近所の川崎市市民ミュージアムで催していた「大(Oh!)水木しげる展」のことなど書いてみようと思う。

題名に「大!」の字が付くに相応しく、これは、漫画家水木しげるの大回顧展である。 神童と呼ぶしなかい少年時代の早熟な作品から、戦地でのスケッチ。 さらには妖怪マンガの大家となり世界の妖怪を探訪し、故郷に「水木しげるロード」が造られるまでになった今日までの作品が年代順に展示される。

鬼太郎、目玉親父、ねずみ男など水木しげる世界の住人達の活躍する漫画作品の展示もさることながら、マンガを通して描く、水木しげるの自分史が展覧会の中心となっている。 その水木しげるの半生は、流石漫画家らしくと言うべきか、時代毎にクッキリと「色分け」をする事が出来るように思う。
ガキ大将として自由奔放に暮らす中で、妖怪たちと親しんでいった少年時代を懐かしいセピア色とすれば、第二次世界大戦で目にした、南方の世界は極彩色である。 ここで負傷して左腕を切断。 ジャングル、現地の人々との交流、そしてやはり現地の妖怪たちに感応する。 そして、戦後の日本で漫画家としてデビューするも、長く苦しいジリ貧時代を過ごす。 この時期は重苦しい鈍色であり、世間とかお金と言う、現代の妖怪たちと相対することになるのである。
水木しげるワールドの代表的キャラクター達が、作品の中に姿を現すのはこの時期のことである。 私が漫画家水木しげるを知るのは、これからずっと後の事。 既に大ヒット作「ゲゲゲの鬼太郎」をものしていた。
この人の漫画のさらりと乾いた語り口と、そこはかと哀愁漂うウェットな画風には、少年時代や、戦時中の南方での暮らし、そして戦後の混乱を生き抜いて来た体験の各々が生きているのだと想う。

展示会場の出口付近にはあの鬼太郎ハウスが実物大で再現されていて、その手垢のついた素晴らしいリアルさにはまったく感激してしまった。

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August 07, 2005

ドレスデン国立美術館展[世界の鏡]

国立西洋美術館で開催中の、ドレスデン国立美術館展[世界の鏡]を観た。

自分の場合は基本的に一点豪華主義を好む傾向にあって、だから幕の内弁当よりも一品料理が好き。 美術展なども、各国各ジャンルに及ぶよりも、どれか一つにまとまっていた方がありがたいのである・・・なんてぼやきつつ、フェルメールひとつが目当てでこの展覧会に脚を運んだのである。
そもそもドレスデン国立美術館の歴史は、ザクセン選帝侯のコレクション「美術収集室」(1560年)から始まる。 以来、16世紀~19世紀に渡って収集されたコレクションの内容は膨大なかつ多岐に渡っており、今回の展示では全体が7つのセクションに分けられている。

<セクション1:ドレスデンの美術収集室>
様々な地球儀や製図用具など、当時のドレスデン宮廷の、科学技術への強い感心が伺われる。 宮廷の美術館に、こういったものが収蔵されていることに驚きを感じた。

<セクション2:オスマン帝国-恐怖と魅惑>
トルコからは軍事関係一色の展示である。 「やっぱりね~」と言頷きながら、それぞれに見入ってしまった。
当時強大で、ドレスデン宮廷にとっても脅威であったろうオスマン・トルコの美術。 トルコの軍隊の図や人形、さらに宝剣や鎧などの装飾的な武具が多かった。

<セクション3:イタリア-芸術の理想像>
イタリアの風景画と言えば、色々な美術展で観る機会が多くて、毎度お馴染みの感がある。 それだけ人気ジャンルで、作品の需要も多かったのではないかと想像される。 そんなイタリアの風景画の数々もさることながら、イタリアの様式で描いた、ドイツの風景画の方が一層興味深い。

<セクション4:フランス-国家の表象と宮廷文化>
これも美術展の定番と言える、フランス宮廷文化の粋。 フランスへの憧れは、ドレスデン宮廷でも例外ではなかったと見える。

<セクション5:東アジア-驚嘆すべき別世界>
中国と日本の磁器を中心として、さらにそれを模倣する処から初めて独自の様式を開花させたマイセン磁器の精華を紹介する。 日本からの輸入品で、図柄の中に大きく「B(ベー)」と記された磁器など、本で読んだ事はあっても、実際に目にするのは始めてで、ちょっと感慨深いものがあった。

<セクション6:オランダ-作られた現実>
個人的には、この展覧会の白眉がこのセクションであった。 レンブラントに代表されるオランダ絵画は、当時のドレスデン宮廷をも席巻していた訳だ。

フェルメール「窓辺で手紙を読む若い女」:  想っていたよりも、かなり大きな絵であった。 穏やかな、そして、少しくすんだような色合いが、何とも魅力的である。 構図の素晴らしさに加えて、全体に漂う静謐さが、観る者をして言葉を失わしめる。 堪能した。

レンブラント「ガニュメデスの誘拐」:  この絵は、子供の頃、親に連れられて一度観ている筈である。 いや、もしかしたら、全く同じ構図の別の絵かもしれないけれど、ともあれ幼いガニュメデスの苦悶の表情。 失禁しながら桜桃を握り締めている姿など、今も記憶に残っているのである。 画題に相応しい表現ではないだろうけれど、なんとも雄渾な一幅であると想う。

<セクション7:ロマン主義的世界観>
ロマン派の絵画には、かねて興味があったのである。 フリードリヒ「エルベ渓谷の眺め」やダール「満月のドレスデン」など、高度な写実性と文学性の調和した逸品が並んで、セクション6共々、大変に見応えのある展示であった。

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July 24, 2005

縄文VS弥生 ガチンコ対決!!

国立科学博物館で開催中の特別展「縄文VS弥生 ガチンコ対決!!」を観て来た。

この特別展のポスターを、暫く前からあちこちで目にする。 縄文時代と弥生時代、それぞれの衣装を身に付けたおねーちゃん二人の立ち姿。(別バージョンで格闘シーンも) モデルも、それぞれ縄文顔、弥生顔と言う基準で選んだらしい。 笑顔を押し殺した、なんだか不機嫌そうな表情はしかし、女性向けファッション雑誌のグラビアばりのハイセンスな感じで、この手の展覧会にあっては斬新なデザインと想う。 (もとよし的には弥生ちゃん萌えである)

さて、特別展の中味はと言えば、結構大掛かりに宣伝を打っていた割りには、至ってこじんまりとした規模であった。 でも、夏休みと言うことで、親子連れで観に来たりするのであれれば、ちょうどこの位が、親は疲れなくて、子供も飽きなくて丁度好いのかもしれない。

最近の考古学研究によって、弥生時代の始まりは、これまでの通説よりも500年程遡ることになったらしい。 素人的には「だから何なの?」で済ませてしまいそうな話しだけれど、考古学的には大事件なのであって、この500年が意味するのは、つまり、縄文文化から弥生文化への移行はある時期に一気呵成に進んだ訳ではなく、至ってゆっくりとしたものであった筈、と言う事になるのだそうな。
その移行に絡めて言うと、「弥生文化を築いたのは誰か」なるテーマに、未だ定説を得ないらしい。 弥生人は、縄文人の子孫(在来系弥生人)なのか、それとも、その当時大陸からやって来た人々(渡来系弥生人)なのか、そこいらもハッキリとは判っていないのである。
素人的には、「縄文」対「弥生」と言うと、装飾過多の縄文式土器に、装飾無視の弥生式土器と言う両極端のイメージがあまりに強い(まったく、なんて極端な違いだろう!)のだけれど、それ以外にも、身体的な特徴やら生活文化全般に渡って、数多くの違いが見られるのである。 この特別展では、縄文人と弥生人の肉体的な違いを好く示すものとして、発掘された人骨が数多く展示されていた。 素人目には違いが中々見極められないけれど、これなど、骨相とか、見る目のある人であれば大変に面白いであろうと想う。

特別展のポスターのおねーちゃん二人の着ていた衣装(縄文娘の黒い上着の素材はレザー。 白いのは子安貝)をはじめ、当時の衣服も展示されている。 勿論、どれも学術的に推定、再現したものなのだけれど、服飾や繊維関係に詳しい方が見れば、さぞ興味深いのではないかと想う。

「ガチンコ対決!!」とは銘打っているけれど、縄文と弥生、どちらが優れているかなどを論じる訳ではない。 衣・食・住・心・戦などなど、様々な素材を、あくまで公正、真面目に比較して、こちらに投げ掛けて来る。 それについてどう考えるか、それは観る側に委ねると言う訳であろう。 例えば、縄文から弥生に移行して得たもの、そして失ったものなどをもテーマに加えてくれたならば、文明史的な見所が得られたような来もするけれど、まあ、これはこれで、まとまりの良い特別展となっていると思う。
本当のガチンコ対決は、考古学者対人類学者間の論戦のようで(副題に「考古学と人類学もガチンコ対決」とある)、その辺はこの特別展で販売されている図録の方に詳しい。 (未だ、読んではいないのだけれど)

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May 22, 2005

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展(再訪)

国立西洋美術館で開催中のジョルジュ・ド・ラ・トゥール展を再び観て来た。

二回目となると、展覧会事態の構成を呑み込めているので要領よく観て回れるし、なにより最初観た折に比べて
細かな描写や絵の構成がずっと好く観えるようになっているのが嬉しい。

こうして、気に入った展覧会に二度通うと言うのは、実はごく最近になって覚えた絵の愉しみ方である。 もちろん、時間とお金が倍掛かる、ちょっと贅沢なやり方だから、自分の本当に好きな画家の、気に入りの作品が出展されている場合に限るけれど、やってみれば必ずそれだけのことはあるのだ。

今回は、展覧会もそろそろ終了日に近付いたせいもあってか、前回よりもずっと人出があった。
「ダイヤのエースを持ついかさま師」、「聖ペテロの否認」、「犬を連れたヴィエル弾き」、「荒野の洗礼者ヨハネ」、「蚤をとる女」、「聖トマス」などなど・・・ 前回観て感銘の深かった絵の数々が、細部までより深く観賞することが出来たのに満足している。

前回、それ程好くは観て来なかった模作の数々も、今回は一々興味深く観て回って、それぞれが価値の高い作品(ラ・トゥールじゃないから駄目と言うことで無しに)との認識を新たに出来たのは大きな収穫と思う。

会場を去り極、ちらと振り返ると、大勢の人だかり越しに「ダイヤのエースを持ついかさま師」が伺えた。 このイカサマ一味(及び被害者)を直に観るのは、きっと、これが最後なのだと思うと、少し感傷的になってしまった。
 

  芸術新潮 三月号
 
  ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展
 

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May 17, 2005

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展

国立西洋美術館で開催中のジョルジュ・ド・ラ・トゥール展を観た。
この展覧会は以前から楽しみにしていて、もっと早く観に行きたかったのだけれど、何かとタイミングが悪くて今頃になってしまった。 すっかり出遅れてしまった感がある。

夜の静謐を描いたフランスの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの事を、自分は堀田善衛の「美しきもの見し人は」と言う本を読んで知った。 取り分け夜の絵が素晴らしい。 闇の中に一筋灯った灯りからは静寂そのものが伝わって来るようで、堪らない魅力を感じるのだ。 たとえその画中の人物から言葉が発せられたとしても、それは呟き以上のものではないだろう。

今日まで伝わるラ・トゥールの真作は僅か四十枚あまりで、(その内の一枚「聖トマス」は、国立西洋美術館が所蔵する)今回はそのほぼ半数が展示されていると言う。 意外にもそれ程混雑していなかっので、割合にゆっくりと観て廻る事が出来た。

「聖トマス」、「聖ペテロの否認」
ラ・トゥールのものした肖像画の数々は、描かれる誰もが皆、直向きな顔をしているのが好い。 どれも大袈裟な表現は一切無しの自然体で、あるいは画家は、そこいらにいるオジサン達を捉まえ来て、あれこれポーズを取らせたのじゃないか。 そんな風に想像してしまう。

「犬を連れたヴィエル弾き」
貧しさや老いを、これでもかと描き尽くして止まない画家の眼差しからは、厳しさを突き抜けた末の慈しみを感じる。 小柄な犬が蹲って、丁度鑑賞者を見上げる格好の瞳がとても可愛らしい。

「聖ヨセフの夢」
たった一本の蝋燭の明るさを描くためには、なによりその周囲を覆い尽くす闇の存在が必要なのだと知らされる。
現代人には最早理解し得ない「闇」という魔物を感じてみたくなったなら、ラ・トゥールの夜の絵を眺めると好い。

「ダイヤのエースを持ついかさま師」。
この可笑しな絵のことは、「美しきもの見し人は」でも語られていたのである。 何しろ画題がすこぶる付きに面白いし、堀田善衛の文章も楽しくて、すっかり気に入ってしまった。
以前・・・横浜美術館のミュージアムショップだったか・・・この絵のポストカードを買い求めて、以来、フルートを持ち歩く鞄の中に飾ってある。 まさかこの絵を実際に見る日が来るとは想ってもみなかったので、流石に感無量である。
ところで実物は、自分が漠然と想像していたよりも、ずっと大きかった。(106X146cm)それにしてもこれは、「いかさま師」にしては一寸デカ過ぎるのじゃあないか? 白昼堂々だよ? なんて、余計な事まだ考えてしまう。
なにしろ「美しきもの見し人は」は文庫本だったし、長年この絵のポストカードを見慣れているしで、自分のイメージの中では、文庫本サイズ~ポストカードサイズで存在していた訳だ。 いつか、犯行現場を覗いているような気分になっていたらしい。
ここ十数年(?)来、画面中央の、葡萄酒を給仕する女性の視線が気になって、気になって、仕方なかったのだけれど、今回それをとくと見届ける事が出来て、まずは本懐を遂げた気になっている。

帰り、お土産に「ダイヤのエースを持ついかさま師」のクリアファイルを買い求めた。 「ダイヤのエース~」関連グッズとしてはこの他に、クリアファイル、メモ帳、ポストカードの3点を組み合わせた「いかさま師セット」があって、
こちらの方がお買い得のようであった。 メモ帳は日頃使う事がないし、ポストカードは既に持っているしで購入は見合わせたのだけれど、「いかさま師セット下さ~い!」と言ってみたかったのも確かなのである。
 
 
 芸術新潮 三月号
 
 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展(再訪) 
 

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May 05, 2005

木村伊兵衛写真賞の30年

川崎市民ミュージアムで開催中の企画展を観た。

時代を切り開くまなざし
 -木村伊兵衛写真賞の30年- 1975 - 2005

30年に及ぶ木村伊兵衛写真賞の歴代受賞作品が公開される。 これは、そのまま我が国の写真史であり、写真家の眼を通してみた社会史でもあり得るのだろう。 まさに、「時代を切り開くまなざし」である。

自分はもともと写真というものに付いて疎いし、まして木村伊兵衛、そして木村伊兵衛写真賞と言うと、自分とはまるで縁のない気がしていたけれど、展示されていた中に見覚えの写真が結構あったのには、少し驚いたのである。
なにぶん、展示作品が膨大なので駆け足気味で観て回る事になった。 見落としがあるかもしれないし、もしかしたら宝物の前を、知らず素通りしているかもしれない。

1979年受賞の岩合光昭、1987年受賞の中村邦夫、1989年受賞の星野道夫らは、それぞれネイチャーフォトの第一人者として以前から良く作品を目にしていた。 木村伊兵衛賞・・・やはり貰っていたのか、と言う感じである。

山野を切り崩す工事現場を淡い色調で撮った1992年受賞、小林のりおの作品からは、薄っすらとした哀しみが伝わって来る。 それは一体、誰の哀しみだろう。

大規模な工場、近代的なプラントをまるで巨大な生物のように捉えた1993年受賞、畠山直哉の作品。 この人の眼は凄い。 増殖する事しか知らぬプラントは、最期は何処に行き着くのだろう。

2003年受賞の澤田知子。 この人のことは、藝術新潮の三月号を読んで知っていた。 前向きで、力強い。 思わず笑いを誘う、明るくてエネルギッシュなこの人の世界は大好きだ。 もっと沢山観たいぞ。

一番新しい、2004年受賞の中野正貴。 都市空間を研ぎ澄まされた感性で鮮やかに切り抜いて見せた作品である。 この企画展中で一番気に入った写真家は?と問われたら、自分は躊躇無くこの人を選ぶことだろう。

木村伊兵衛その人の作品も展示されていて、その中にも見覚えの写真が幾つかあった。 1954~55年にパリで撮影したカラー写真が取り分け味わい深い。 約400点に及ぶという今回の展示作品は、どれもみな時代を切り開くまなざしなのである。

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March 08, 2005

芸術新潮 三月号

雑誌の芸術新潮の三月号を買った。 普段は買わない。 習慣にない事をするのは、ラ・トゥールの特集が組まれていたからである。 題して「特集 神秘の画家 ラ・トゥールの夜へ」とある。 折りしも3月8日~5月29日と、国立西洋美術館で「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール 光と闇の世界」展が開かれるので、それに併せての企画と思う。(読売オンラインに拠れば、初日開門前から行列が出来たとの事)
ラ・トゥールは自分の好きな画家の一人である。 この人の事は、確か、堀田善衛の著作を読んで知った筈である。  その本に影響されて、自分がフルートを持ち歩く際に使う鞄には、横浜美術館で買い求めた「ダイヤのエースを持ついかさま師」のポストカードを飾ってある。 だから、今度開催される展覧会も楽しみにしていた。 (奇しくも、「ダイヤのエースを持ついかさま師」が展示されるのだ!) とは言え、ラ・トゥールに関しては、堀田善衛経由で得たほんの少しの知識しか持ち合わせがないときている。 だから、芸術新潮のこの特集は、自分にとって大変にありがたいのである。 題材も、宗教的なものと世俗的なものとバランス良く紹介している。 所々、絵の中の見所をクローズアップして見せてくれて、読む者を飽きさせない。 それにしても、絵に付された「イエスぷにゅぷにゅ」とか「いけずな眼差」とか言ったキャプションは、一体誰が考えるんだろう。

特集ではこの他、「如来から隅鬼まで 唐招提寺の多士済々」と題して唐招提寺展も紹介されていた。 先日、東京国立博物館で参拝して来たばかりの盧遮那仏の他、帝釈天、持国天、それから勅額の写真もあって、あの時の感激を思い返す。 この中で盧遮那仏の写真など、実物の荘厳さにはまるで及ばないけれど、まあ無理もない。
この特集で特筆すべきは隅鬼がクローズアップされている事である。 そう言えば、この隅鬼さんたち、会場でも人気を集めていたようである。 そもそも自分がこの雑誌を買う切っ掛けは、のばちゃんさんのブログでこの事を知った事による。 深謝です。> のばちゃんさん その、のばちゃんさん曰く「沢山あった展示物の中から、4ページの特集記事の中で隅鬼を結構大きく扱ってくれたのは芸術新潮の英断!」には自分も同感であります。

それからもうひとつ、「今月のほれぼれ my favorite things」で紹介されている澤田知子<School Day/C>が面白かった。  この人は自分一人をモデルに起用して、女子高校の卒業アルバムのクラス写真を造り上げたのだ。 数十名からなるのクラス全員が(各々髪型や顔つきを変えた)澤田なら、先生もまた澤田である。 それに付けられたキャプションには「櫻の木の下にはサワダが並んでゐる!」、だって。 芸術新潮、なかなかヤルではないか。

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February 27, 2005

踊るサテュロス

東京国立博物館で開催中の特別展「踊るサテュロス 」を観た。
「踊るサテュロス 」は1998年、地中海はシチリア島沖で偶然漁船の網に掛かり発見された、およそ2000年前のブロンズ像。 本来であれば門外不出、イタリアの秘宝とでも言うべき逸品なのだけれど、今回は「愛・地球博」(愛知万博)への出展に併せて、一度限りの特別展示と相成った。
それにしても、「踊るサテュロス」と言う標題は、なんて魅力的なんだろう。 そもそも自分はギリシャ/ローマ神話には全く疎いし、なによりサテュロスに付いてなにも知らない。 それが、今回この展覧会に来る気になったのは、ポスターやテレビなどを観ての事ではなくて、「踊るサテュロス」と言う標題一発にシビレタから、なのである。(至極単純な奴・・・)

この展覧会、参考として模型や写真類も展示されるものの、主な展示品は「踊るサテュロス」が只一つ。 それが表慶館の中央に鎮座している。 好いね。 自信たっぷりの一点豪華主義って奴は大好きだ。
サテュロスを支える為の支柱や台座、そして照明なども好く配慮されていると思う。 色々の角度から観賞する事が出来て、それぞれに魅力的だ。 表慶館の内装とも素晴らしく好く合っていて、この建物自体、まるでこのサテュロス像一体の為に建てられたような気さえして来る。

2000年もの間海底に眠っていた事で、ブロンズ像は全体的に腐食が進んでおり、更に両手と右足、頭頂部が欠落、その他あちこちにも損傷が観られる。 この場合、両手と右足の欠けている事が、観る者の想像力を刺激して、本来製作者が意図していなかった魅力を生んでいると思う。 ミロのヴィーナスの失われた腕のようなものだろうか。

サテュロスとは、葡萄酒と享楽の神デュオニソス(バッカス)の従者。 つまり、高位の神様などではない野山の精と言う事なのだろう。 そのせいかもしれない、ここに描かれるのは雄々しさ、雄渾さよりも若さ、しなやかさであり、酔って踊りに我を忘れたサテュロスの躍動感である。(その一方で、表情には不思議な静謐を漂わす)
資料にあるサテュロスの図を見ると、右手に杖、左手には空の酒壺を持つ。 右足で立ち、左足は後ろに蹴り上げている。 踊りの一場面を捉えた像である。
それが、手足の欠落部分と、支柱によって宙に浮かんだ展示のお陰で、躍動感溢れる彫刻作品に生まれ変わっていると思う。 本来、大地を踏みしめていたであろう右足は、太股から下がないことで、まるで跳躍の瞬間のような、あるいは飛翔しているかのような印象を与える。 燃え立つ炎のように後方に靡く頭髪は、疾風の中を往くようなスピード感と若い情熱を象徴しているかのようだ。(巧みな照明が、それを強調している) 両の腕が鳥の翼のように美しく反りあがっていら・・・などと勝手に思いを馳せるのもまた一興ではないか。
サテュロス越しに見上げる表慶館の天井が、これまた美しくて見飽きる事がない。
一体のサテュロス像に、想いの外長居をしてしまった展覧会である。

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February 20, 2005

唐招提寺展(再訪)と親と子のギャラリー「仏像のひみつ」

東京国立博物館で開催中の唐招提寺展に再び行って来た。
この展覧会には先週も行って来たばかりなのだけれど、「ご本尊、最初で最後のお出まし。」のコピーはまさにその通りと思うので、是非とももう一度観ておかなければと思った次第。

この展覧会は大変に評判が良いらしく、今日は先週に比べてずっと混んでいたのである。 まだしも空いていた先週に一度来ていたのは正解だったようである。 二回目ともなると落ち着いて観賞する事が出来るもので、唐招提寺金堂を再現した展示室など、前回よりも余程落ち着いた気分で観て廻った。(前回は、いささかのぼせ上り気味だったかも・・・) 今回は東山魁偉の描いた障壁画や、出土品の瓦類などを特にゆっくりと時間を掛けて観る。 一番人気は金堂の四方を守る隅鬼さん達か。

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今回、東京国立博物館では唐招提寺展に併せて、親と子のギャラリー「仏像のひみつ」を開催している。 唐招提寺展を観終わった後は、こちらの方も覗いて来た。

二部構成となっており、第一部「盧舎那仏のひみつ」では、唐招提寺の盧舎那仏坐像や鑑真和上坐像にみるような脱活乾漆造りに付いて、その製造工程の模型、カットモデルを元に説明していた。 なるほど、木像などとは違い、脱活乾漆造りと聴いても、実際にはどうなっているのかピンと来なかったのだけれど、こうやって説明されると良く納得が行く。 しかも、スケールダウンこそしてあるものの、今さっき拝んで来たばかりの盧舎那仏坐像をモデルにしているのだから、受け取る印象も強烈である。

第二部「仏像のひみつ」では、仏像の様々な種類や製法、時代毎のデザインの変遷などに付いて、実際の仏像を例にして説明されていた。 こちらも、とても判りやすい展示である。 解説文(子供にも判りやすいよう配慮された)もオモシロくて、企画・展示に携わった人達のアソビ心が感じられる。 なにより、目の前にホンモノがあっての解説であるから、説得力も充分・・・と言うか、なんて贅沢な展示なんだろうと感心する。

こういった、教育効果抜群の展示は常設展に加えて良いのではないだろうか。 タイトルに「親と子の~」とあるのだけれど、子供よりも大人が熱心に見入っていたようである。 とても優れた企画、展示であったと思う。

<追記>
前回、「仏像のひみつ」を覗いた時には、会場の入り口に13世紀鎌倉の文殊菩薩立像が展示されて、案内役のキャラクターを務めていた。 名付けて「もんじゅ君」と言う。
今回行ってみると、文殊菩薩立像はそのままだけれど、「もんじゅ君」のキャプションは外されてしまっていた。 自分的には、なかなか好いセンスと思っていたので、ちょいと残念ではある。
やっぱり、文殊菩薩に君付けってのはマズかったか? 大胆過ぎたのか?  いやいや、そうではなくて、運転再開計画の伝えられる高速増殖炉と同じ名前なので、無用な憶測や誤解を避ける為の措置って処なのかもしれない。

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February 13, 2005

唐招提寺展

東京国立博物館で開催中の唐招提寺展を観た。
唐招提寺金堂の平成大修理を機会に、盧舎那仏、梵天、帝釈天、四天王像、鑑真和上坐像他が東京で展示される運びとなったのである。 企画のコピー、 「ご本尊、最初で最後のお出まし。」は正にその通りだろう。

入場すると、いきなり唐招提寺金堂の中である。 すなわち、広い展示室の中に、盧舎那仏を中心として梵天、帝釈天、四天王の諸像が配置され、更に金堂の支柱や窓も造られて、金堂の空間を再現しようと言う趣向となっているのだ。
まずは自然、中央の盧舎那仏坐像に吸い寄せられる。 その荘厳さに圧倒されながらも、すぐ傍まで(おずおずと)近寄る。 唐招提寺展のポスター(これには素晴らしい写真が使われていた)で見たよりも、ずっと優しげなお顔であった。 感想として相応しい言葉を見付けられないままに、只々唖然として、じっと見上げる。 あんぐりと口を開いていたかもしれない。
梵天、帝釈天、四天王の諸像も素晴らしかった。 展示室の中をぐるぐると歩き回って、それぞれを拝見する。 金堂の空間を再現しようという、このレイアウトのお陰で、梵天、帝釈天、四天王のそれぞれ越しに、様々な角度から盧舎那仏を臨む、などと言った事も出来るのだ。
この展示方法は素晴らしいと思う。 それに、照明が好く工夫されているのか、諸像がとても美しく映えている。 何時までも、この部屋の中で過ごしていたかったくらいだ。 折角、金堂の支柱が再現されているので、柱の陰からそっと御仏を伺う、なんて事もやってみた。(ばか)
広い展示室が人々で埋まっているのを見て、こりゃあ~善男善女だねぇ、などと、しみじみ思う。 部屋の端っこ。 金堂で言えば入り口の辺りに佇んで、そこから部屋の反対側の盧舎那仏坐像を臨むと、まるで御仏の周りに衆生が集う図のようにも見えて来るではないか。 なんだか、感傷的になってしまった。

後半は、御影堂の再現である。 東山魁偉の描いた障壁画がずらりと並ぶ回廊を歩いたその奥に、鑑真和上坐像が安置されていた。
これは盧舎那仏坐像でもそう想ったのだけれど、写真に見るよりも余程優しいお顔である。 もっともっと、厳しくも逞しい雰囲気を想像していたのは「天平の甍」を読んで得た印象があるからかもしれない。 その表情、そして全身に漲る凛とした風格に打たれる。 少し離れた位置に陣取り、そこから和上像を窺って暫くの間離れる事が出来なかった。
和上像の背景には、東山魁偉の筆になる、和上の故郷揚州の風景画が配されていて、この事にも感じ入った。

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February 06, 2005

ミュシャ展

東京都美術館で開催中のミュシャ展を観た。
  ミュシャ財団秘蔵 「プラハからパリへ 華麗なるアールヌーヴォーの誕生」

ミュシャがチェコ出身と言うのを、これまで知らずにいたのである。 とは言え、ベルエポックの時代の芸術家の一人として意外ではなく、さもありなんとさえ思う。
モラヴィア地方に生まれたミュシャは幼少の頃より画才を発揮し、やがてドイツに学び、その後更にパリへ出て研鑚を積む。 この間に装飾の仕事を多く手掛けているのは、後の作品群を考えると興味深いと思う。
そのパリで描いた「ジスモンダ」のポスターによって、ミュシャの才能(そして評判も)は一機に開花する。 すなわち、縦長の画面一杯に女性モデルの立ち姿を淡い色調と明確な輪郭で描き、様式化された髪や植物に様々な意匠を絡ませた、現在良く知られるあのミュシャ作品の数々がこの頃続々と生まれていった訳だ。

展示されているポスターの中には、自分にとってはかつてお馴染みの作品もあって、特にゆっくりと時間を掛けて観て廻った。 高度に様式化された図柄の中で、女性そのものだけが妙にリアルと言うか肉感的で、ちょっとドキリとさせられるようなところがある。 あるいは、そんな処が、ミュシャのポスターが現代人にも強くアピールする所以なのではないかと思う。
同時に展示されているスケッチは取り分け興味深かった。 画家の狙った構図や大事にしているラインが良く判る(気がする)んだ。 その他、パステル画の数々も看過出来ない。

人気絶頂の只中のアメリカ時代。 作品的に、パリ時代から大きな進歩は見られなかったかもしれないけれど、この頃のミュシャは、もっとも人生を楽しんだのではないか。

ミュシャは晩年に至って故国に、文字通り錦を飾った。 功成り名を遂げて後の画家の関心が故郷へ、民族主義へと向かったのは、時代に呼応してと言う事なのかもしれない。 ここからは、自分の知らなかったミュシャのもう一つの面、と言うよりもチェコ人画家としての本領を見る事が出来る。 それにしても、複製で良いから「スラブ叙事詩」を見せて欲しかったなぁ。 ミュシャの最晩年に至って、故国はドイツに侵略されてしまう。 気の毒な最期と思うけれど、とまれチェコの画家として本懐を遂げる事は出来たのではないか。

今回の展覧会では、故国での無名時代から、華麗を極めたパリ時代、そしてチェコを代表する画家としての晩年の作品までを通して観る事で、激動の時代を生き抜いた画家の生涯にまで思い至って感銘を受けたのである。
ミュシャと来ればお洒落なポスター、と言う程度の認識しか持っていなかった自分にとっては、大変に刺激的な展覧会であった。 もちろん、お洒落なポスターの数々もしっかりと堪能して来たのである。 素晴らしい展覧会だった。

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January 21, 2005

ステレオグラム

別に真剣に悩む程の事ではないけれど、自分は昔からステレオグラム(ステレオ写真、立体写真などとも)を観賞するのがもの凄く不得手なんである。
で、昨日職場の同僚に教わったのが(今頃になってかよ!)ランダム・ドット・ステレオグラム(RDS)と言う奴である。 それまで観る度に梃子摺っていた、平行法とか交差法のステレオグラムなどとは違い、これは自分でも直ぐに楽しむ事が出来るのだ。 すっかりハマってしまった。
一見して不規則な点の集まりや、本題とは全く無関係な絵柄を見詰めていると、やがて立体が浮き出て来る。 正に、異世界を垣間見る感じだ。
平行法や交差法が、いろいろと試してきて駄目だったのに、ランダム・ドット・ステレオグラムだとどうして上手く観賞できるのか、自分でも良く判らないでいる。 そもそもが、どういった原理で立体的に感じているのか理解していないのだから、仕方ないけれど。

だんだんと、思い出して来たぞ。
そもそもステレオグラムの事を、自分は尾辻克彦の「カメラがほしい」と言う本で知ったんだ。 この本は、ずっと以前の事、北海道へ渡るフェリーの休憩所に置いてあったのを読んだ。 何しろ船中は暇である。
ステレオカメラ、立体写真と言うものは、一般にあまり知られていないにせよ、それこそ大昔から存在する。 「カメラがほしい」には、立体写真の作例として第二次世界大戦前に撮られた、歴史的に貴重な写真もあったと記憶している。 それは平行法だったと思うけれど、ともかく、どんなに頑張っても自分には立体視は出来なかったんだ。
だから、昨日になって突然、ランダム・ドット・ステレオグラムの世界にすんなりと入れてしまった事は、実に新鮮な驚きだった。 異世界を覗く扉の鍵を手に入れた、なんて言えば大袈裟に過ぎるけれども。

「カメラがほしい」を読んだ数日後、北海道から帰る際にも偶然に同じフェリーに乗った自分は、またしても同じ本を手に取った。 都合二回読んで立体写真もさんざ眺めたけれども、その時は、とうとう立体視は出来なかった。

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January 16, 2005

国芳・暁斎 ~なんでもこいッ展だィ~(再訪)

冷たい雨の降る日曜日。 先日観た東京ステーションギャラリーで開催中の「国芳・暁斎 ~なんでもこいッ展だィ~」があんまり好かったので、今日もう一度行って来た。 今回は午前中に入ったお陰で、ガラ空きとまでは言わないものの、ゆったりと観て廻る事が出来たのである。

「新富座妖怪引幕」には、相変わらず圧倒されてしまう。 思い切ったタッチで迷わずグイグイと書き殴って行ったであろう暁斎の気迫が伝わって来るんだ。
猫を描いた絵が好きで、今回も熱心に見入ってしまう。(1月9日のブログで暁斎の猫好きに付いて触れたけれど、国芳も負けず愛猫家のようある。 猫を擬人化した絵などすっかり気に入ってしまった。)今回はその他に武者絵や風景画、美人画などに絞って楽しんだ。 女性の着物の柄として書き込まれた細かな意匠など、観ていて呆れてしまうくらい凝りに凝ってをり、こんな処からも絵師達の飽くなき創作意欲を感じる。

午前中と言う事で入館者が少ないお陰で、国芳と暁斎とをゆっくり見比べてみると言う事も、今回は出来た。 浮世絵に付いては全く疎いので、どこがどうとか言う事は出来ないのだけれど。

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January 09, 2005

国芳・暁斎 ~なんでもこいッ展だィ~

東京ステーションギャラリーで開催中の浮世絵展を観た。 題して「国芳・暁斎 ~なんでもこいッ展だィ~」。 幕末の歌川国芳(1797-1861)と幕末~明治の河鍋暁斎(1831-1889)の作品を集めた浮世絵展である。 この二人の絵師の共通点は、とにかく画風の型破りな点に尽きると思う。 どちらも、観る者をしてアッ!驚かせるような痛快極まりない浮世絵の数々をものしている。 絵師として、動乱の時代に真っ向から向き合った軌跡とでも言うべきであろうか。 まさに、「なんでもこいッ展だィ」である。

伝統的な意匠の中に、時として非常に力強い線や大胆な構図を見つけて、その度にワクワクしてしまった。 画題も多岐に渡っていて、美人画や武者絵などの他、政治や風俗への風刺も忘れない。 個人的には、風刺画と言うのがイマイチ好きになれず、むしろ描く当人の趣味に走った絵などを面白く感じてしまう。(愛猫家である暁斎の描く猫の絵はなんとも粋だ) その他、暁斎の方は文明開化期の洋装の役者絵も描いていて、その柔軟さ驚かされる。

こじんまりとした東京ステーションギャラリーの中、惚れ惚れするような浮世絵の数々を眺めて歩くのが、とにかく楽しくて仕方なかった。 浮世絵って、こんなに面白いものだったのか! という驚きが(恥ずかしながら)本日の率直な感想である。 この日、自分の中で、以前はさほど興味の無かった日本画への感心が急速に高まっているのに気が付いた。

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November 19, 2004

都々逸

ここニ三日、都々逸に興味を持ち出している。 特に都々逸関連の本を読んだとかではなくて、偶々見つけた歴史系(江戸時代中心)サイトで都々逸を見つけて、すっかりハマッてしまったのである。 こうなると自分でも造ってみたくなる訳で、早速ピアノ絡みの(ピアノオフが近づいている事でもあるし)都々逸を捻ってみた。

 洋琴の蓋を開けるふりしてあなたの来るの待つてゐる

 家の洋琴と何処かが違ふ違ふ筈だよ蓋が開く

 ペダルに脚の届かぬふりはあなたがPrimo弾いたから

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