March 03, 2019

小説:西の魔女が死んだ

 
  
西の魔女が死んだ
 
 
    梨木香歩 著
 
 
        1994年   楡出版
 
 
なんとまぁ、秀逸なタイトルの小説だこと。(^ァ^)
図書館の書棚に置かれているのを見つけた瞬間、そう想って手に取った一冊です。

これって、西と東に魔女が居たのが、西側の魔女の死を契機として、新しい時代が始まろうとしているってコトなのか?
それとも、東西のパワーバランスが崩れてしまい、世界が乱れようとしているのか?
新しい時代の到来、変革の始まりなのか?
タイトルを見た途端、いろいろと妄想しちゃったワケ(^^ゞですけれど、小説を読んでみたら、そのいずれでもなかった。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

ここで、西の魔女と言われているのは、主人公の祖母のコト。
主人公の少女が、訳あって(不登校)田舎のお祖母ちゃんの家に寄宿して過ごす日々を、淡々と描いた短編です。

イギリスに生まれ、日本人と結婚して、以来日本で暮らしているお祖母ちゃん。
世間一般の風潮/価値観や、常識/大勢などに流されることの無い、女丈夫とでも言いたくなるお方でした。
主人公の母(つまり、お祖母ちゃんの娘)は、こんなお祖母ちゃんのことを、あの人は魔女よと言ってのけます。

        ▽▲▽▲▽▲

それにしても、田舎の一軒家(ホントに居心地良さそうです)を独りで切り回す、お祖母ちゃんの諸事丁寧な暮らしぶり。 その美しさ。
イイなぁ。 手づから摘んだ、野いちごで造ったジャム。(笑)

ロハスとか、スローライフ、スローフードなど、世の中で語られるようになったのは、二十一世紀に入ってからだったでしょうか。
九十年代半ばに発表された本書は、これらを先取りしたカタチですね。

ですがこの小説、一通り読んではみたんですけれど、あんまり印象に残らないんですね。(^^ゞ
文章は平易で、なにより短編ですし、スゴク読み易い筈なんですけれど。
読み終えるまでに、意外なくらい時間が掛かってしまった。
タイトルの絶妙さに、期待し過ぎちゃったのかもしれませんね。(^^ゞ
 
 

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February 24, 2019

読書:学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方

 
 
学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方
 
 
   サンキュータツオ 著
 
 
      2013年   角川学芸出版
 
 
広辞苑によれば「●●●●●」(という言葉の意味)は・・・・なんて風な書き出しと共に始まる文章とか、TV番組のナレーションとか、ありますよね。

そう、辞書と言えばなんたって広辞苑。 これ世間一般のジョーシキ。
昨年(2018年)、第七版が刊行された国語辞典の代表的存在ですけれど、あれって国語辞典の中でも中型サイズなんですってね。 あんなにデカくて滅っ茶重たいのに、それでも大・中・小の「中」ですよ。

それじゃあ我々が学生時代、散々お世話になってきた標準的/フツー(?)なサイズの奴はっていうと、これが小型なんだとか。
いや「小」って言われてもねぇ、あれでもまだ重かったし、なにより存在感ありまくりだったじゃん。(笑)
(更に小さなポケット判もありましたよね。 確かに学生鞄や、それこそポケットにだって入りそうな手軽さでした)

本書は、国語辞典大好き・学者芸人のサンキュータツオ、「広辞苑 第七版」の執筆陣にもその名を連ねるタツオさんが、国語辞典に捧げる(ありったけの)愛と情熱を吐露してみせた、正しく入魂の一冊です。

        ▽▲▽▲▽▲

判りやすく二部構成をとっている本書。
前半は(学生時代以来、すっかりご無沙汰してしまっている)国語辞典の再入門編です。
各出版社が、その威信を掛けて造り上げた知の集積と、どうやって付き合うかをガイドしてくれます。
辞書とは単に調べるだけではない。 むしろ読むもの、そして愉しむ(時には比較対照さえして)ものだった!
 
 
サンキュータツオ 「辞書やことばに、『なにが正しい』という答えはない」
 
 
各出版社から刊行されている国語辞典。
一見して、どれも似たように見えますけれど、各々の個性・特徴は(そのスタンスに応じて)様々です。 同じ出版社が、何種類かの(用途/ニーズに応じた)辞書を刊行していることもありますし。

広く世の中にアンテナを張り巡らし、流行語/最新のワードにも敏感で、アップデートを絶やさない辞書。
逆に、時流に振り回されることなく、右顧左眄しない(あえて保守本流を目指す)辞書。
あるいは、言葉のニュアンスに鋭く斬り込んだ辞書(ワタクシ、目下このタイプが気になっています (^ァ^) )。 などなど。

各々の特徴/セールスポイントは勿論として、その編纂哲学から、果ては文法問題(σ(^^)自分的にチョー苦手とする分野です)まで語り尽くすあたり、日本語学者である筆者ならではと想います。

        ▽▲▽▲▽▲

さて本書の後半は、筋金入りの辞書オタク・サンキュータツオが、各社の中型国語辞典からお勧めをセレクト。
編集方針や個性・主張について、(マンガ・小説などの登場人物の紹介風に)ひとつひとつの性格や風貌に至るまで(一歩踏み込んだ!)紹介をしてくれます。

辞書を比較する際のベンチマークとし得る言葉(「虫」とか)に付いても触れていて、とっても面白いんですけれど、でも、本当に気になる言葉は人それぞれ。
本書を読んでいると、自分の気になる言葉について、あれこれと引いてみたくなります。(笑)

それにしても、国語辞典って面白いよね。(って、すっかり本書に感化されているワタクシ(笑))
国語辞典マニアともなると、何冊もの辞書を手元に集めてしまうそうですけれど、その気持ち、判る気がして来ました。

とはいえ、なにかにつけコンサバ、スタンダード好みのワタクシ。 頑なに保守本流のスタンスを貫く岩国くん(岩波国語辞典)に惹かれています。
 
 

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February 02, 2019

読書:カレーライスを一から作る

 
 
カレーライスを一から作る
 
   ~岡野吉晴ゼミ~
 
 
    前田亜紀 著
 
      2017年  ポプラ社
 
 
みんな大好きカレーライス!(^ァ^)
本書は武蔵野美術大学・岡野吉晴先生の授業、その一年間を追い掛けた同名のドキュメンタリーを書籍化したものです。
岡野先生の授業、その内容は一食のご飯(ここではそれがカレーライス)すべてを自分たちの手で一から作ってみるというユニークなもの。
美術とはあんまり関係は無さそうですけれど、ともあれこれも美大の授業のひとつ。
岡野ゼミに集まった、それぞれ専攻(絵画、デザインなど)の異なる学生さんたちが、一皿のカレーライス作りに取り組みました。

        ▽▲▽▲▽▲

学生たちにはカレーの素材、お米・野菜・お肉・スパイスから更には食器に至るまで、既製品に頼ることなく、自分たちの手で<一から作る>ことが課されます。

普段我々があたりまえに食しているご飯、それが供されるまでには、一体どれほどの仕事が必要であることか。
ご飯の材料・食材について、出来上がったものを買い求めることがアタリマエになっている現代人に、食に付いて改めて考えてもらおうという課題。

こんなこと、同世代の若者であっても、普段からやり慣れている人に掛かれば、ナンてことも無いんでしょうけれど。
でも、ここは美大。 集まった学生さんたちの大半は、包丁すら握らず、土いじりひとつした事もありません。

慣れない農作業・調理に驚き戸惑う学生さんたちの姿。
この先の展開、おおよそ読めてきました。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

さて授業は、これから作るカレーライスを一体「なにカレー」にしようかって相談から始まりました。 わくわく。(^ァ^)

若者たち、お肉の入っていないカレーなんて承知しません。(ベジタブルカレーにしておけば、まだラクチンなのにね (^^ゞ )
で、協議の末にチキンカレーを選択。(この決定が後々、学生さんたちのカレー作りのハードルを一気に上げてしまうワケですが、あるいはこれは吉野先生の狙いだったかもしれません)

美術とはまるで縁の遠い内容で、戸惑い気味に始まった吉野ゼミですけれど、まぁ読んでいるコチラとしては、この先の展開/授業の狙いが判り易いです。

ともあれ、これをやるのが芸術系の大学ですよ。
それぞれが他に絵を描いたり、専門分野を持っている学生さんたち。
そこでこういう授業を設ける武蔵野美大。 なかなかヤルな、と想うワケです。

そして、この岡野吉晴ゼミで課題に取り組む学生さんたち。
皆さんそこそこにマジメで、意欲的(意識ばかり高く (^^ゞ )で、でもちょっとヘタレで、まるで自分の学生時代を見ているようでした。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

さて、お米作りです。
今回、学生さんたちが鳩首協議した末に選んだ品種は、カレーライスに特に適した希少種なんだそうで、でもその分、栽培は難しいんだそうな。
なんで素人が(生産性とか失敗のリスクとか重視せずに)イバラの道を歩もうとするのかって想っちゃうんですけれど、でも皆さん妙に意識(だけ)が高い、この辺が学生さんだねぇ。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

カレーに投入する野菜作り。
ニンジン、ジャガイモ、スパイス等など。
が、そこは意識高い(^^ゞ学生さんたちです。 無農薬に拘るもんだから、想うように育たなかったり、雑草相手に苦戦したり・・・・
そう、最初は有機肥料さえ与えずに始めちゃうんです。
菜園の前で首をひねる学生さんたち。
そうして、無農薬栽培で一番大変なことは草むしり、と思い知るのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

そして(問題の!)お肉です。
来ました。
やっぱココでつまづくんですね。
早速トリ(ウコッケイとホロホロ鳥)の飼育に取り掛かった学生さんたちですけれど、数ヵ月の後、直面する事になる大問題(!)を予期し得なかったのか?

ここで学生さんたち、スーパーで清潔(!)なパック入り、グラム幾らのお肉を買い求めていては、決して知ることのない、シビアな現実と向き合うことになります。
つまり、お肉を得るためには、雛から大切に(ある意味、愛情を持って)育て上げ、そしてお終いにはシメて、羽をむしらなくちゃならないってコト。

いざ屠るという段階になって、躊躇・尻込みしてしまう学生さんが続出。
・トリたちはこのまま(ペットとして)飼い続けて、カレーはもう肉無しでイイのでは?
・そう言うけど、じゃあ家畜とペットとの違いって何?
学生たちの間で議論が交わされます。
このテーマ、重過ぎて(どうかすると)本全体を支配してしまいそうなほど。
 
食肉用の家畜に、名前を付けちゃダメ。
学生の自由にやらせる主義の先生から、珍しく指導が入りました。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
食器も自前で作ります。
土をこね、焼いてお皿に。 スプーンは竹を削って。
皆さん、なにしろ美大生ですからね。 こんなのお手の物でしょ、と想ったら意外や苦戦しています。 陶芸のクラス、授業って無かったんでしょうか?
それと、美大生ならではの斬新なデザインの食器とか造りだすかと期待したんですが・・・・
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
数ヶ月を掛けて、素材のすべてを用意し終え、いよいよ調理に取り掛かる吉野ゼミ・カレー。
田植え、除草の労苦、あれこれ工夫して育て上げた野菜、そしてトリさん・・・・
 
こうして出来上がったカレーライスのお味、果たして如何ばかりであったでしょう。
因みに、二種作ったカレーの内、片方は調理に失敗したってことで、オチまで付きました。(笑)
 
とっても好い授業になったと想います。
本来、それぞれ他に専攻を持つ美大生たち。
そこで、こういう授業をしてくれる大学って良いナ。 と羨ましく想いました
本編のドキュメンタリーの方も、是非観てみたいところですけれど、生憎とそちらは未見です。
 
休日の午後、一気に読み通してしまった好著です。
 
 

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November 25, 2018

読書:もっとヘンな論文

 
  
もっとヘンな論文
 
 
   サンキュータツオ 著
 
     2017年   角川学芸出版
 
 
サンキュータツオのヘンな論文集第二弾です。

まことに慶賀すべきことに、前作「ヘンな論文」は好評裏に迎えられているようで。
あちこちで紹介され/取り上げられて、実にイイ感じで受容されているみたいですね。
今回も、他の誰もが顧みることのなかった、世にもユニークな論文の数々が紹介されました。

前作「ヘンな論文」で、取り上げた論文を面白おかしく(そこは芸人と言う、本書執筆者のキャラクター上)紹介したことで、これは著者から嫌がられるカモ、といった懸念もあったみたいですね。
でも、こうして取り上げらることで、対象の専門分野に限らず、各界から注目されることもあるなど、論文執筆者側からも喜ばれているみたいです。
ウィンウィンの関係が出来上がっているようで。 好きかな、よきかな。(^ァ^)

今回も例によって各章毎の表題と、そのネタとなった論文の題名・著者名・掲載誌を併記した上でコメントさせて頂きマ~ス。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

<一本目> プロ野球選手と結婚する方法

 向井裕美子(2008)
  「プロ野球選手と結婚するための方法論に関する研究」

   明治学院大学 卒業論文


まずは女子大生の卒論からですよ。
女の子ならば当たり前に夢見る/時に想い悩む、結婚ということ。
その理想の相手としてプロ野球選手を想定して、その実現方法について考察するって、テーマがド直球過ぎでしょ。(笑)
でも、プロ野球選手と結婚する方法くらい私にさえ判る。 まずは女子アナになれってことですよねぇ。(違)

ともあれこの研究、古くは王・長島。 ちょっと以前ならばイチロー、松井といったスーパースターは別格として、ここでは一般的(?)な野球選手の暮らし/人生模様を分析。

プロ野球選手の皆さんがどんな相手とどうやって出会い、ゴールインするかについて究明してみせます。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
<二本目> 「追いかけてくるもの」研究

  三柴友太(2009)
  「「追いかけてくるもの」研究ー諸相と変容ー」

   『昔話伝説研究』第29号 昔話伝説研究会


独り夜道を歩いていると何者かが追い掛けて来る、的な伝説はあちこちにあるようですね。(なんか 水木しげる っぽい?)
各地に伝わる同様の伝説を収集(追い掛けて来るのが、車やバイクだったりするのが現代的!)、二十一世紀の伝説として分析してゆきます。


※ ここで、わたしの採取した事例をば。(笑)

ワタクシ、若い頃はバイクに夢中で、北海道へとツーリングに出掛けたりしたモンです。
その折に知り合ったライダーさんから聴いた話しで、「仮面ライダー」の噂を聴いた事があります。

なんでも、仮面ライダーがバイクで道道を走っているんだとか。(笑)
で、ツーリング中の他のライダーに「私は普段あまり走らないんだが。 (こうして出会うことの出来た)君は運が好いよ (^ァ^) 」的な意味のことを語って走り去って行くらしいです。
生憎と私は目撃出来なかったですけれど。 会ってみたかったねぇ。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

<三本目> 徹底調査! 縄文時代の栗サイズ

 吉川純子(2011)
  「縄文時代におけるクリ果実の大きさの変化」

   『植生史研究』第18号ー第2号


古代人が遺跡に残した食物の中に栗があったってのは、私も知識として知っていました。
でも、その<大きさの変化>に着目するとは!
筆者はここで「クリの大きさ指数」なる計算式を発案。
なんかヨク判んないんですけれど(笑)、ガチに理系の世界ですよ!
そして、一口に縄文時代と言っても長期(127世紀もの超長期間!)に渡るわけで、その間の気象の変化という事も関わって来る問題でしょうね。

        ▽▲▽▲▽▲

<四本目> かぐや姫のおじいさんは何歳か

 東崎雅樹(2012)
  「竹取の翁の年齢について」

   神戸学院大学人文学部 卒業論文
 
 
これも卒論です。
あの「竹取物語」に登場する竹取の翁。
翁とか言うから、私なんて漠然と、お年寄りとだけ想っていたんですけれど。 その具体的な年齢については、かねて学会でも論争のタネとなって来たらしいですね。 なんでも研究するモンだ。(笑)

卒業論文に取り掛かるに当って、著者はここで学生さん(初学者)らしい、常識に囚われないアプローチを取り入れました。
作品そのものを、改めて徹底的に読み込んだ結果、そこまでお年寄りじゃあなかったろうって結論に。
つまり千年前にこれを書いた作者って、話を結構大袈裟に「盛る」タイプだったんじゃあないかって勘ぐり始めます。(笑)
不詳となっている「竹取物語」作者の人間性までが浮かび上がって来ます。 お見事。

        ▽▲▽▲▽▲

<五本目> 大人が本気でカブトムシ観察

 佐々木正人(2011)
  「「起き上がるカブトムシ」の観察ー環境-行為系の創発」

   『質的心理学研究』第710号


子どもたち大好きカブトムシ。(^ァ^)
これ、オレも夏休みの自由研究でやってみたかったね。(笑)

たかがカブトムシですよ。
ひょいとひっくり返したヤツが、なんとか自力で起き上がるまでの工程を、大の大人がわざわざ研究しますか? したんだね。(笑)
捕まえて来たカブトムシを部屋に放して遊ぶ、みたいな行為から、研究論文をまとめるんですけれど、その文体が実にオモシロイ。

通常、我々がなんらかの文章を読解する場合(例えば横たわった体位から、立ち上がるまでの行為)その主体は(特別な例外を別として)両手両足を備えた者、という前提で読むわけですけれど、それがここでは、脚を6本(手は無い)持つ主体について、緻密な文章で描かれます。 これは、新しい文学/六本足文学の誕生だ。(笑)

それにしても、夏休みの自由研究みたいなこの論文から、唯一無二のオモシロさを見出したサンキュータツオの慧眼!

        ▽▲▽▲▽▲

<六本目> 競艇場のユルサについて

 安藤昌子(2007)
  「曖昧さが残る場所ー競艇場のエスノグラフィーー」

   『現代風俗学研究』第13号


ギャンブルの現場でなければ、見えないものがある。

我が家の近所には中山競馬場がありまして、開催日なんか、近所の路を競馬ファンが次々と通過してゆきます。
一方、近隣の船橋には船橋競馬場。 そして、その近くには(既に閉鎖されていますけれど)オートレース場もありました。
競艇なら、これまた近隣の新習志野(ボートピア習志野)ですね。
競輪場は無いですけれど、以前私が住んでいた多摩川沿いには京王閣競輪場ってのがありました。(^^ゞ
ともあれ、賭け事一通りが揃っている当地って、ひょっとしてギャンブル天国?(笑)

さて本稿の著者は、研究のフィールドとして選んだ競艇場に通う内、その魅力の虜となってしまい、ついには、そこの売店でバイトまでしたらしいです。(笑)
これは、熱心に研究を続ける内に、その対象に取り込まれてしまったパターンですね。(笑)

果たして、今の競艇場はお年寄りなど、他に行く所が無くなってしまった人々にとっての、オアシス的な存在となっているんだとか。 競艇場の懐深さ。
こういうのって競艇場に特有の現象で、他のギャンブルには見られないものなんだそうな。
研究対象に対する愛を感じさせられる論文。

        ▽▲▽▲▽▲

<七本目> 前世の記憶をもつ子ども

 大門正幸(2011)
  「「過去生の記憶」を持つ子供について ー日本人児童の事例ー」

  『人体科学』vol.20
 
 
あなた、生まれ変わりって信じますか?

え~、ここへ来てオカルトですかぁ?(違)
オレ的に、ちょっとばかり苦手なんですけれど。(^^ゞ

なんにせよ、事象を根拠もなしに否定することこそ、一番非科学的な行為。
反証する根拠無しに、「そんな馬鹿な」とか、「ありえない」とか、断定する姿勢それ自体、科学とは相反するってワケです。

そこで、筆者はこれを(ニガ手とか言わずに (^^ゞ )真っ向から研究するわけですね。
研究方法にも色々とあるけれど、これは研究対象となる相手、つまりサンプルがたった一人(=生まれ変わった少年)というパターン。
言わずもがなですけれど、とてもとても真面目で地道な研究です。

        ▽▲▽▲▽▲

<八本目> 鍼灸はマンガにどれだけ出てくるか

 有馬義貴ほか(2011)
  「マンガの社会学:鍼灸・柔道整復の社会認知」

  『健康プロデュース雑誌』第6巻 第1号


マンガを沢山集めまして、その中で鍼灸を扱っている作品がどれだけあるのかを調べるという研究です。
鍼灸というものを世に広めたい/盛り上げたいの一念から始まったのかもしれません。
けれどもこの論文、サンプルが極端に過ぎて、イマイチ納得出来なかったですねぇ。(^^ゞ
扱った数として充分かと言うと、マンガはまだまだ幾らでもあるわけで。
でも実は、サンプル中に幾つか読んでみたいタイトルもありまして。 (研究とはあまり関係ないんですけれど (^^ゞ )

ところで、こういうのって事前にデータベースとか構築されていれば、即座に検索出きるんじゃないでしょうか?(それが文字による検索なのか、画像なのかは、好く判らないけれど)
ことマンガに関して、データのインフラ化ってのがまだまだ未開拓だなって想いました。

因みに著者の勤務校、私と遠~い縁のあるトコロでした。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

<九本目> 花札の図像学的考察

 池間里代子(2009)
  「花札の図像学的考察」

  『流通経済大学 社会学部論叢』第19巻 第2号


花札のデザインに関する研究です。
その遊び方とか、とんと判らない私ですけれど、図案の幾つかについては知っていました。 中々味わいのあるデザインですよね。

そんな花札の図像についての研究論文。
そもそも、花札のデザインってひとつと決まっているの? ってギモンがあります。
例えばこの論文の対象となるのって、任天堂とかから出ている花札一種類が対象のようですけれど、他にメジャーとなり損ねた図案とか、あるんじゃないでしょうか。

花札って、ホントはもっと多彩な種類があるのでは? なんて想うわけです。
そんな非主流派花札の由来とか、土地毎の特長とか、時代による変遷とかも、研究対象となるんでは? なんて、素人なりに考えちゃいました。

        ▽▲▽▲▽▲

<十本目> 「坊ちゃん」と瀬戸内航路

 山田迪生(2009)
  「「坊ちゃん」と瀬戸内航路」

   『海事史研究』第66号


今回の白眉はこの論文。

押しも押されもしない国民文学「坊ちゃん」。
その坊ちゃんが東京から松山へと向かった道程って、夏目漱石が松山に赴任した際に使ったコースと重なるんでしょうけれど、ならば具体的にどんな経路を辿ったのか?

通説では、広島経由の海上ルートで松山に渡ったとのことですけれど、船舶史の研究家である著者は、そこに(往時の客船事情に詳しい方ならではの)疑問を抱いて研究を開始。
漱石と言えば数多の研究者によって調べ尽くされている筈の文豪ですけれど、ここに未だ知られていない盲点があったワケです!

長年蓄えた専門知識を生かし、さらに研究者間のネットワークをも駆使して、従来の定説を見事にひっくり返して見せる著者。
文豪が東京から松山へと向かう旅、その(わずかな期間とはいえ)文学史上の空白を明らかにしてゆく過程のスリリングさ!

本当に見事で、ヘンな論文ハンターのサンキュータツオがすっかり惚れ込んでしまう程の、滅多に出会えない逸品と言える論文でした。
仕舞いには、人間・夏目漱石の存在感、その日常さえ浮かび上がって来る、素晴らしい研究。
と言うか、ホントに面白かった。
 
 

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November 04, 2018

読書:生協の白石さん 学びと成長

  
 
生協の白石さん 学びと成長
 
 
    白石昌則 著
 
  
        2012年  ポプラ社
 
 
 
Q.アルバイトが長続きしないんですが、こんな人間が就職して大丈夫なんでしょうか?

A.アルバイトと就職は別ものです。ご安心ください。しかし、もしバイトが長続きしない理由が「疲れたから」「面倒くさいから」という何となくの理由であれば、ご注意ください。社会で就くどの仕事もこれまで以上に疲れるし、面倒なのです。それを上回るやる気を求められた時、力を発揮できるようなお仕事をご選択くださいませ。
 
 
 
生協の白石さんシリーズ(?)の一冊で、これは2012年の著作。
 
白石さん、本書執筆の時点では東京インターカレッジコープ渋谷店の店長さんをなさっているのだとか。
 
一言カードを通じた会員とのやりとり。 今作は特に、ボリューム的に豊富! 沢山のQ&Aが収録されていまして、お徳感で一杯!(^ァ^)
でも、各々のクオリティ(要はオモシロさ)に付いて見てみると、イマイチなのも少なくないですかねぇ。(^^ゞ

第一作「生協の白石さん」(2005年)で驚かされたような、第三者(生協職員でも学生でもない)であるコチラが思わず唸ってしまう程の、秀逸なレベルのものは、以前よりも少なかったたですね。 打率として、若干苦しくなって来たってトコかな?

如何にも学生さん向けの(当たり障りの無い)生協のPR的な内容のものは多かったんですけれど。 でもまぁ、一言カードって本来こうしたものなのかも。
 
当初は自由気ままに(そうは言っても、白石さん一流の律儀さで)回答する事の出来たものが、こうして書籍になることで世間に注目される、つまりは有名になることで、一言カードを書くにしたって、各方面に気を配りつつやらなきゃならなくなって来ているんじゃあないか? 白石さん、ストレス溜まんないかなぁ、なんて案じてしまうわけです。
そうは言っても、今回も十分愉しんじゃったんですけれど。(笑)
 
 
 
Q.ロックな生き方に憧れています。内田裕也みたいになるにはどういすればいいですか?
 
A.生協は学生の皆さまにロックな生き方を提唱する機関ではございません。しかし、内田裕也さんを目指す時点で、と申すより、既存の誰かを目指すこと自体、ロックというよりPOPSではないでしょうか。
 音楽に限らず、オリジナリティの追求こそがロックな生き様かと存じます。ところで楽器につきまして、ウクレレはお取り寄せ可能です。
 
 

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September 08, 2018

読書:生協の白石さんとエコごはん

 
 
生協の白石さんとエコごはん
 
 
  白石昌則 + 東京農工大学出版会 著
 
 
    2009年   ソニー・マガジンズ
 
 
東京農工大学内の生活協同組合に勤務、店内の掲示板に張り出された(ユーザーとお店とを繋ぐ)「ひとことカード」欄に、当意即妙の回答を付けていた、あの生協の白石さん。

その後の配置換えによって東京農工大を離れ、今は別の職場に勤務されているらしいですね。
そうは言っても、ユーザーからのどんな無茶ぶりな質問にも、真摯かつユーモアに富んだ、絶妙のアンサーを見せてくれた「ひとことカード」の鬼才・白石さんですよ。

これほどの人材を首脳陣(?)が放って置く筈も無く、現在は農工大広報大使というものを拝命。
ここではソニー・マガジンズ編集部に寄せられた様々な(例によって、あまり脈絡の無い(笑))質問に答えてゆきます、それに簡単なお料理レシピ(今時珍しく文字オンリーの)を加えたのが本書。
テーマは(今らしく)「エコ」です。

        ▽▲▽▲▽▲

<白石さんに寄せられた質問>

Q.5
ロハスって、ドミニカから来た助っ人外国人ぽくないですか?
中日か広島あたりにいそうです。

A.(白石さんの答え)
何年も前のことですが実際に、ロペスという外国人バッターが広島にいました。チャンスに強かったと記憶しています。ただしドミニカではなく、アメリカ出身です。一方、ロハスの発想もアメリカ発祥のようです。思いがけず、同郷ですね。いずれにしてもCARPにはロペス。COOPにはロハスが収まり良いかと思われます。

        ▽▲▽▲▽▲

さてさて、本書が世に出たのは2009年のこと。
世は既にエコ、エコ、エコと、エコロジー大流行りでした。

次世代を担う若者たちにも、是非ともエコ意識/将来への危機感を持って欲しいもの。
ましてや、お仕事が学生さん相手の白石さんです。 「ひとことカード」のアンサーの方もエコ志向に。
加えて、若い人向けの/地球にもお財布にも優しく/手間も時間もかからない、豊富なレシピの数々を公開!

省エネや時短とか言っても、こうして本にまとめる以上は、余程お洒落な料理でも紹介するのかと想っていたら、あにはからんや、ホントの本当に滅っ茶簡単な内容でした。(笑)

レシピによってはこれ、私が日々拙宅のキッチンで生み出す、世にも怪しい・イイカゲンな、なんちゃって料理と、大して変わんなくない? ってのもありました。
読んでみて、ちょっと安心しちゃったワタシ。(笑)
まぁ、お金も技もない学生さん向けのレシピですものね。

例えば、お料理の途中で切り落とした野菜(身の方は無論、それはそれで美味しく頂くワケです)の皮やクズの部分は、捨てたりせずに溜めておいて、それはそれで別の一品の材料にする。 好きだなぁ、こういうの。(笑)

アブラを盛大に消費する揚げ物なんかは(なにしろ後始末がエコじゃないですし)なるべく避けるのは勿論として、魚やお肉の包装に使われたプラ・パックさえ調理に応用。 後片付けの簡便さや洗い物の節水にさえ気を配るんです。

今時文字だけでお料理レシピを発表しているという今時珍しい、果敢なチャレンジャーぶりです。

白石さんの回答的には「生協の白石さん」に及ばないものの、その後の白石さんの活躍ぶりを知るという意味で、愉しい読み物でした。
 
 
 
     生協の白石さん     白石昌則著  (白石さんの前著です)
 
 

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August 20, 2018

小説:海賊とよばれた男

 
 
海賊とよばれた男
Fueled: The Man They Called Pirate
 
 
   百田尚樹 著
 
 
       2012年   講談社
 
 
欧米先進諸国に追いつけ追い越せとばかり、急ピッチで近代化を進めていた当時の日本。
産業の振興を進めるには石油が不可欠ですが、そこは資源に恵まれない我が国故、輸入に依存するしかない訳です。
しかし諸外国の採った輸出禁止政策(が一因となって)により、追い詰められる日本。 遂に太平洋戦争へ・・・・

石油。 各企業は競ってその独占を計り、時に国際政治のカードともなります。
なにせ <石油の供給ストップ> イコール <近代国家として機能停止> みたいなモンですから。
石油の確保というのは国家の一大事でもあったわけですね。
お金さえ払えば売って貰えるってもんじゃあ無かった。(ココ、大事!)

戦後、国内石油会社は次々と欧米大手石油会社の傘下に入り、石油の安定確保を図ります。
しかし、それは自国のライフラインを外資に委ねてしまうってこと。
こんなことでマサカの事態(有事とか)に対処出来るんでしょうか?
だがここに、欧米メジャーの軍門に下ることを断固拒否した石油会社があった!!

        ▽▲▽▲▽▲

本書は、モデルとなった出光興産の創業者一代記、あるいは出光の社史みたいになっていますけれど、「石油」という視点から見た日本の戦前・戦中・戦後史でもあります。

石油の供給を巡る企業間、時には企業 VS 国家(!)の闘い。
初めて(世界に先駆けて!)中東まで自社タンカーを派遣し、イランから直に石油を買い付けたんだってぇ?! こんな大冒険、もはや世界史の一頁に記すべきイベントじゃあないですか。

それにしても戦後(自分が生まれる少し前に)日本がこれほどヤバイ綱渡りをしていたとは!
ま、こんなこと(オレがものを知らないだけで)ご存知の方にとっては、周知の事実なんでしょうけれど。
大河ドラマなんかより余程オモシロイじゃん。(笑)(ドラマとしてあんまり取り上げられた例を聞かないのは、モデルとなったのが実在の企業であり、ご存命の方も多い故ですかね)

石油業界を保護主義に導こうとする通商産業省(経済産業省)の護送船団方式とは逆に、自由化こそが正しいと反論する主人公。
これ、以前に読んだ小説「官僚たちの夏」(城山三郎)とは逆方向から眺めた昭和史ですね。
本書は軍人・政治家・官僚でなく、商人の側から見た戦前・戦中・戦後ということで、私にはとても新鮮でした。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、主人公(外資になびかず独立を貫こうとする気骨の人です!)の石油会社は途中何度か資金難、経営の危機に見舞われます。
が、その度に銀行等が援助を申し出て(交渉の末)会社はギリギリのところで救われる!
交渉相手のトップから、破格の好条件を引き出して見せる主人公の人間的魅力、凄すぎます。 って言うかこの小説、同じパターンを何度も使い過ぎ。(笑)

そんな主人公(の石油会社)の前には幾多のライバル会社が立ち塞がり、また役人から疎んじられたりもして、とにかく敵が多いんです。
その敵役というのが、揃いも揃って姑息で卑怯で、おまけに売国的な奴らに描かれていまして、なんか、とっても物足らなく感じました。
人間の描き方があんまり浅くって、なんかジュブナイルっぽいんですね。

また、全体的に感情表現や心理・内面の描写が下手過ぎですかね。
文章が稚拙に過ぎるのも気になりました。
以前、同じ著者の「永遠の0」を読んだ時はそうでもなかったのになぁ。

        ▽▲▽▲▽▲

ネットでこの小説の評判を調べてみたら、・主人公凄い。・この会社凄い。・自分もこんな会社で働いてみたい。 なんて、おそらくは若い人からの感想があがっていましたけれど、そうかぁ~?(笑)

小説では徒手空拳のスタート、何も無いところから自分の会社を立ち上げ、やっと中堅企業にまで育てたと想ったら、敗戦により全てパー。orz

戦後、どん底から這い上がって、艱難辛苦の末、遂に押しも押されもしない大企業となってメデタイわけですけれど、そこまでついて付いてゆくのって、大変だと想うよ~(笑)
って言うか、ゴール(未来)が見えないまま、ここまで突っ走れるってスゴイと想うわけです。

いろいろと文句を垂れてしまいましたけれど、本書は戦後の日章丸事件あたりから俄然、面白くなって来る。 手に汗握る展開!

石油から見た昭和史、なかなか読み応えがありました。
 
 

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July 31, 2018

読書:声優魂

 
 
声優魂
 
 
  大塚明夫 著
 
 
    2015年  星海社
 
 
ご存じでしょうか?
当代人気声優のひとり、大塚明夫さんのこと。
 
例えご存じなくとも、ドラマやアニメでの吹き替えを一聴すれば「あぁ、あの声!」と、必ずやピンと来る筈。
 
そんな大塚明夫さんが、これまでに声を当てて来た、膨大な数に上るキャラ。
あなたなら、まずはなにを連想しますか?
 
アニメや、海外の映画/ドラマのキャラクター?
あるいは「Fate/Zero」のライダーか、「攻殻機動隊」のバトーさん?
はたまた大ヒットしたと言うゲームに登場するキャラクター(このジャンルばかりは、ワタシも判らないっす(^^;)?
それともムーミン・パパ?(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

例えば、功成り名を遂げた俳優や映画監督ならば自伝。
芸人ならば芸談。
そしてタレントならばエッセイと。(笑)
人は次代に向けて何等かのアウトプットを遺したがるもの。
では、声優さんはと言うと・・・・声優論って、まずは聴かないものですね。

それでは本書はどうか?
まずは現役バリバリの声優として極めて辛口の精神論(?)から始って、著名声優(あの大塚周夫さん)の息子として生まれた明夫さんが、紆余曲折を経て、遂に声優となるまでの変遷も。 ここは特に面白かった。

        ▽▲▽▲▽▲

大塚明夫、紛れもなく気骨の人です。

一体、声優とはファンが考えている以上に地道で苦労の絶えない作業らしく。
それでも若い声優志望者は後を絶たず、声優志望者の為の学校ってのがあって、それが今や大賑わいなんだとか。

そこで硬骨漢・大塚明夫、ここで声を大にして若者たちに教え諭します。
「声優だけはやめておけ」。

一見して過激だけれど、明快でかつ奥の深いアドヴァイス。
その深い部分については、本書の中でた~っぷりと語られます。

        ▽▲▽▲▽▲
 
 
 
大塚明夫:
「ガンダムを一機作るより、量産型ザクをたくさん揃える方が安上がりだし手間もいらない。しかしザクでは世界は変わらない」
 
 
 
昨今、誰も彼もが安易に声優を目指し、集まって来ると言う、そんな若者たちの風潮に対して、危機感を募らせている大塚さん。
 
ろくに社会を経験してもいない若者が、オレも/アタシもと安易に考える程、声優とはそんなにイイもんではないと言い切ります。
それどころか、そもそもワリに合うような仕事ですらないよ、とまで。
 
若い人向けの声優入門講座かと思いきや、声優になるなと言い切る本書。
安易な考えで声優を志望する若者が後を絶たず、それだけ事態は深刻ってことでしょうか。
アイツ等、これくらい言って聞かせないと、判んないだろうからナっていう。
 
でも、それでも尚、居るんでしょうね。 声優を志す若者。
どんなに止めろと言われようが、決して諦めようとしない、声優バカたち。
そうと心得た上での「~やめておけ」発言なのかと想います。
 
ゼロから始めて、唯一無二の存在へと辿り着いた人気声優の、超辛口声優論。
これからの活躍がますます楽しみなのと共に、過去の出演作、アニメ/映画の数々を、また見返してみたくなりました。
 
 

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July 29, 2018

読書:ヘンな論文

 
  
ヘンな論文
 
 
 サンキュータツオ 著
 

    2015年   角川学芸出版
 
 

サンキュータツオ:
「美しい夕景を見たとき、それを絵に描く人もいれば、文章に書く人もいるし、歌で感動を表現する人がいる。
しかし、そういう人たちのなかに、その景色の理由を知りたくて、色素を解析したり構図の配置を計算したり、空気と気温を計る人がいる。それが研究する、ということである。」

        ▽▲▽▲▽▲

世に数多あるの論文の中から、絶品、あるいは珍品とも呼べるこれらを掘り出した、この本の著者の嗅覚/眼力、スゴイと想います。

そして、これらの論文が図書館で、閲覧可能なように供されているっていう事実も素晴らしい。 宝物はすぐ傍に眠っていて、それを掘り起こすかどうかはアナタ次第と言う事。

以下、各章毎の表題と、そのネタとなった論文の題名、著者名、掲載誌を併記した上でコメントさせて頂きます。(ヘンな論文に、お堅い表題の取り合わせがオモシロくって(^^ゞ)

        ▽▲▽▲▽▲

一本目 「世間話」の研究

  「奇人論序説 ーあのころは「川原町のジュリー」がいたー」
     飯倉義之 2004年『世間話研究』第14号


「ジュリー」ってのは無論、あの沢田研二のこと。
かつて京都川原町に棲んで居た(故人)という伝説のホームレス、人呼んで「川原町のジュリー」(ソックリなのだとか)のことを、あらゆる伝手を辿って調べ上げました。

これだけなら噂話。 文字通りの世間話に留まりそうなもんですけれど、それをアカデミックにまとめ、こうして研究論文としてアウトプット。

テーマこそ街の雑学的なものながら、これ、至極まっとうな論文と想います。
まさに「川原町のジュリー」を通したひとつの郷土史、地域社会論となっている。

おそらくは、こういう伝説的な存在って、どこの街にも居るんでしょうね。
それは特定の人物だったり、場所であったり・・・・

「川原町のジュリー」的存在、必ずや我が街にも居るハズで。
でも、ここまでディープな「世間話」って、そこまで喰い込むのには、かなりハードル高そう。(笑)
子供の頃からずっとひとつ処に住んでいればなぁ、っとか想うのはこういう時です。

        ▽▲▽▲▽▲

二本目 公園の斜面に座る「カップルの観察」

  「傾斜面に着座するカップルに求められる他者との距離」
     小林茂夫、津田智史 2007年『日本建築学会環境系論文集』第615号


港の見渡せる(ロマンティックな(^ァ^))公園の斜面に座り込み愛を語らう、幾組かのアベックの、互いの距離感(場所の陣取り方)と、その振る舞いは?(笑)。

これって、確かに建築・都市デザインにまで応用出切るテーマなんですね。
その方面的に、貴重なデータなんでしょうけれど、それにしても、こんなテーマまで大真面目に論文になってしまう面白さ。(笑)

観察にあたっては、配下の学生たちに二人ずつ男女ペアを組ませて、件の公園に投入したらしいです。
これ、観察する側もアベックにせざるを得ないワケですね。(これが単独、特に男子学生に独りで観察なんかさせようモンなら、確実に覗きと誤解されちゃいますからね(笑))

学業の為とは言え、図らずも(?)ペアを組まされる男女学生たちが、周囲のアベックたちの行動を逐一観察/記録・・・・

まるで、これからラブコメでも始まりそうな、この設定からして、もう可笑しい。(^ァ^)
ちょっと羨ましいゾ?(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

三本目 「浮気男」の頭の中

  「婚外恋愛継続時における男性の恋愛関係安定化意味付け作業
     ーグランデッド・セオリーアプローチによる理論生成ー」
   松本健輔 2010年「立命館人間科学研究」21


浮気男の心理を研究したんですって。(^^ゞ
まずは、よくもまぁ研究が成り立つ程の、何人もの浮気男たちを見つけたものと感心させられます。
と言うか、ここに集められたのは、浮気男でかつ、その武勇伝(?!)を研究者に語ってしまう程のお喋りサンと言う共通点があるワケですね。

浮気男の心理と向き合う内、その深部に潜む、悔恨や満たされない心根までも探ってしまう研究者。

        ▽▲▽▲▽▲

四本目 「あくび」はなぜうつる?

  「行動伝染の研究動向 あくびはなぜうつるのか」
   本多明生、大原貴弘 2009年『いわき明星大学人文学部研究紀要』22


アクビって人に伝染しますよね。 ハイ、ごもっとも。
で、その研究論文なのだそうで。

ここでは被験者に、第三者が欠伸をするビデオを見せて、それがうつるかどうか確かめたりするんですけれど、それで大丈夫なのかなぁ?
オレが被験者だったら、緊張してしまって、アクビどころではないと想う。(笑)

この論文の、医学からでも、また動物学からでも無いアプローチは、なんか方向が違うのでは、と想わせられますけれど。
でも、一見して無駄とも想われる実験を繰り返して、可能性をひとつひとつ潰してゆき、真実に近づくのが学問と言うもの。

因みに、犬や猫の欠伸まで取り上げていますけれど。 イヌ・ネコのするアクビって彼(女)らにとって言語の一種なんじゃあ?(笑)
これって動物行動学の視点から眺めたほうが良かったのでは? なんて想いました。

        ▽▲▽▲▽▲

五本目 「コーヒーカップ」の音の科学

  「コーヒーカップとスプーンの接触音の音程変化」
   塚本浩志 2007年『物理教育』第55巻 第4号


日々の生活の中で、ふと湧いた疑問。 身近なテーマに自由な発想。 これ、夏休みの自由研究みたいなのが微笑ましい限りです。
実際、生徒のふとした疑問からスタートした、著者と生徒との共同研究らしいですね。

専門の計測機(お高いんでしょ?)を持ち出し、実験を重ねて精度の高いデータを求め、それらを解析した末、遂にナットクの研究成果をアウトプット。

研究の成果も然ることながら、幾つも仮説を立てて、実験を重ね、次第に核心に近づいてゆく姿勢に感動させられました。

研究課題を追い掛けて、突き詰めてゆく過程を知ることの出来た、素晴らしくスリリングな一章でした。

※ 因みに、表題の「~音程変化」は、「~音高変化」と記すのが適切ではないでしょうか?

        ▽▲▽▲▽▲

六本目 女子高生と「男子の目」

  「男子生徒の出現で女子高生の外見はどう変わったか
     ー母校・県立女子高校の共学化を目の当たりにしてー」
   白井裕子 2006年『女性学年報』第27号


世は男女共同参画社会に向かって邁進!
著者の出身高校も(卒業してから後に)女子高から共学へと切り変わったそうです。
男女共学? 大いに結構じゃないですか。

しかし、そのことで、女子高時代には確かに在ったと言う(傍に異性が居ないことで実現した)女たちの自主独立の気風/気概が失われてしまったそうな。

研究により明らかとなったのは、目の前に異性が居ることで、女の子は女らしくという風潮が自ずから現れるという現象。
それを受けて、今時の母校の女子たちはふがいない! と、この女子高(時代)出身の著者は義憤に駆られるのであります。

女性ならば、社会に出る前に一度、男抜きの社会、オンナ主体の社会というものを経験しておくことも、これはこれで貴重な財産足りうるのかも、ですね。
あるいは、これこそが女子高というものの存在価値であって、無論それは、男子校の場合にも言えることなのかも。
因みに私、男子校出身者です。

        ▽▲▽▲▽▲

七本目 「猫の癒し」効果

  「大学祭における「猫カフェ」の効果
    ー「猫カフェ」体験型のAAE(動物介在教育)が来場者に及ぼす影響ー」
   今野洋子、尾形良子 2008年『北翔大学北方圏学術情報センター年俸』


学園祭で猫カフェ。(^ァ^)
って、今時如何にもありそうな企画ですけれど。
これはその猫カフェを研究対象としてものした論文です。

但し、あんまり面白くはなかったですねぇ。(^^ゞ
データの取り方が、利用者の感想主体で、そこに科学を感じ難いんです。
当たり前な結果が出たとして、それはそれで(研究として)意義あるものなんでしょうけれど。
「カワイイは正義」は大正論として、でもワタシ的に、それのみでは論文として物足らないと想うのです。

        ▽▲▽▲▽▲

八本目 「なぞかけ」の法則

  「隠喩的表現において“面白さ”を感じるメカニズム」
   中村太戯留 2009年『心理学研究』第80巻 第1号 日本心理学会


なぞかけによって起こる笑いがテーマだって言う割りには、被験者に聴いて貰うなぞかけの内用がイマイチ面白くないのね。(^^ゞ
これ、調査対象を(手近な?)学生たちに絞っているのが原因かと想います。 その分、奥の浅いものになっちゃってる。
年齢や職業など、調査対象をもっと広く取ったら、果たしてどんな結果になったか、ちょっと興味アリマス。

なぞかけを聴いて、実際に笑いが起こるまでのスピード、所要時間に着目した点はとっても良かったと想います。

        ▽▲▽▲▽▲

九本目 「元近鉄ファン」の生態を探れ
  「オリックス・バファローズのスタジアム観戦者の特性に関する研究
   ー元大阪近鉄バファローズファンとオリックス・ブルーウェーブファンに注目してー」
   永田順也、藤本淳也、松岡宏高 2007年『大阪体育大学紀要』第38巻


プロ野球の近鉄とオリックスって合併してたんだ? え! いつの間に?(^^ゞ
恥ずかしながら、そんなことも知らなかった罰当たりなワタシです。orz

プロ球団の合併直後というタイミング。 その時に元の、各チームのファンの気持ちは果たして如何ばかりであろうか? また、統一後の新チームと、どう向き合うのか?

合併なんて何十年に一度? 滅多にはあり得ないコトだけに、研究者として、正に千載一遇のチャンスでありましょう。

セレブな元オリックスファンと、庶民派の元近鉄ファンという、あまりにも判り易い対立構造。
十二分に予想され得たコトながら、やはり、そういう結果になりますか。(笑)
着眼点が実にオモシロイ。

        ▽▲▽▲▽▲

十歩目 現役「床山」アンケート

  「現代に生きるマゲⅢ~大相撲現役床山アンケートから~」
   下家由紀子 2008年 『山野研究紀要』第16号 山野美容芸術短期大学


みんな大好き大相撲。(^ァ^)
中でも、床山さんの存在に着目したのは好かった。
でもアンケートの内容がちょっと物足らなかったですね。
これ、まずはアンケートのたて方が上手くないと想うんですね。
これでは、回答する側が飽きてしまいそうで。
実際、得られた回答も、ありきたりでイマイチ面白くなかったですし。(^^ゞ
アンケートの工夫次第で、もっと面白くなるハズ。 と想いました。

それにしても、もはやエンタメに対するような態度で、論文に臨んでいるワタシ。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

十一本目 「しりとり」はどこまで続く?
  「最長しりとり問題の解法」
    乾 伸雄、品野勇治、鴻池祐輔、小谷善行 2005年
   『情報処理学会論文誌:数理モデル化と応用』vol.46


世間的は意外ではあっても、コンピュータの世界では間々見られる、そんな現象ってあるよね。
才能に恵まれた天才/秀才が、好んでアホなジョークを頻発したり、(仲間にしか通じない)馬鹿なスラングを偏愛したり。

ここで言うしりとり。
確かにしりとりとしての定義を満たしてはいるものの、だからって、そこに面白さは見当たりません。
只、最長しりとりの解法なんて言う、どうでも好さげなことを導くのに才能とエネルギーを注ぎ込む。 そんなことに嬉々として(?)取り組むのって、如何にもコンピュータの世界の人々のやることっぽいと想う。(笑)

まぁ、定義さえ満たしていれば、コンピュータ・サイエンス的にはそれで一向に構わないってコト。 最長しりとりの解法も、ルービックキューブの攻略法だって、コンピュータ的には同じ扱いなワケです。

        ▽▲▽▲▽▲

十二本目 「おっぱいの揺れ」とブラのずれ

  「走行中のブラジャー着用時の乳房振動とずれの特性」
   岡部和代、黒川隆夫 2005年『日本家政学会誌』56 No.5

なんとま、よくもこんなテーマを。(笑)
でも、下着メーカーならば間違いなく注目するであろう有用な論文でもあります。

こういう地道な研究があってこそ下着の改良が進むワケで、そしてこれ、市場的に物凄く大きいでしょ。 だから研究する価値は十二分にありだと想う。

それにしても、こういうテーマが、他のアカデミックな論文と並んで現れる学会誌って
ホントに面白い。

        ▽▲▽▲▽▲

十三本目 「湯たんぽ」異聞

  「湯たんぽの形態成立とその変化に関する考察Ⅰ」
   伊藤紀之 2007年『共立女子大学 家政学部紀要』第53号


出ました!
サンキュータツオがヘンな論文を渉猟する中で釣れた大物!

たかが湯たんぽ、されど・・・・ です
湯たんぽの歴史、伝来、時代・地域差、形式の分類など等。
豊富な知識、見識、そして教養を総動員した湯たんぽ研究。
興味の赴くまま、研究テーマは様々に派生してゆき、留まることがありません。
素敵だナァ、こういうのって。

極めてユニークなテーマだけに、先行の研究など見当たらないらしいですね。
この著者がパイオニアとして、切り開いて来た分野です。
因みに、著者は我が国における家政学のパイオニアの一人でもあるそうな。

本書の白眉と言える論文がこれでした。
 
 

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July 21, 2018

読書:刑務所通いはやめられねぇ

 
 
刑務所通いはやめられねぇ
 
 ~笑わせて、泣かせる落語家慰問~
 
 
    桂 才賀 著
 
 
            2008年  亜紀書房
 
 
著者の七代目・桂才賀師匠は現役の落語家さん。

海上自衛隊勤務を経て、九代目(先々代)桂文治に入門、後に古今亭志ん朝門下へ。
なんでも、80年代には「笑点」の大喜利メンバーを勤めていたんだそうな。(知りませんでした)

この方の高座って、私は伺った経験がないけれども、全国各地の刑務所/少年院の慰問活動を続けて、もう(2008年の執筆時点で)25年にもなるそうで、気骨の人なのは間違いないやね。
        ▽▲▽▲▽▲

刑務所の慰問って、そんなのがあるんですね!
そういえば、かなり以前に伺った三遊亭歌武蔵師匠の高座で、そんなエピソードを聴いた事があるような。

ともかく才賀師匠、本業の寄席の合間に一座(「芸激隊」と言うそうで)を引き連れて各地を廻って来た、その方面では第一人者ってことらしいです。
しかもこれ、ギャラ(どころか交通費すら)なしの純粋なボランティア活動であります。
プロの落語家をして、なにがそこまで惹きつけられるんでしょう。

刑務所/少年院という世界。
果たして、そこにあるのは、寄席とはまったく違う客筋でした。
そりゃそうです。 片やわざわざ寄席まで脚を運んで、木戸銭を払ってくれるお客さん。
一方、こちらは罪を犯して収監された受刑者です。

数年から、場合によっては出口の見えない程の長期刑までの、外部とは完全に隔絶された世界に棲む受刑者たち。
それを笑わそせよう、頑なな心を解きほぐして、更正に向けて役立てても貰おうってんですから。
(なぜ受刑者に慰安が必要か?、この辺の師匠の考えは、読み応えありました)
ともあれ、容易には笑ってくれない受刑者たちと相対した時の、笑顔のハードルの高さと、それをクリアした時の達成感はかなりのものがあるんじゃあ?

        ▽▲▽▲▽▲

ここでは、慰問の際の演目とか構成とか、そして如何にウケたかなど。 こと細かに記されています。
それが、落語家・桂才賀のキャラクター上、やたらノリノリで自画自賛気味になっているんですけれど、これってワタシ的に(正直言って)あんまりオモシロイものではないと想う。
しかも長い。 つまり割かれているボリュームが多過ぎる。 この辺は、もっと簡単に紹介するだけで良かったと想うナ。

師匠も、そうは想わないんですかね?(^^;
だって、舞台に立つ人って大概言うじゃないですか。
自分らの高座(ライブ)ってものは、音や映像で見たって、その好さ(スゴサ)は伝わってこない。 だから、是非にも会場まで足を運んでくれって。
まして、それをこうして書籍という形で、文字で表現されてもねぇ。(^^ゞ

でも、普段とは勝手の違う客筋を相手に、芸人として、プロとしての意地。
意地でも笑わせてやる! ウケてやる! っていう試行錯誤と、この場での経験は、必ずや芸の肥やしになっているんでしょうね。

また、報われない刑務管の暮らしにスポットを当てたのも良かった。

        ▽▲▽▲▽▲

桂才賀師匠の他、三遊亭歌武蔵師匠、鏡味仙志郎師匠ら、寄席で見掛けた顔も登場する本書。
もちろん、才賀師匠と同様、手弁当で全国の刑務著/少年院を廻る仲間たちです。

普段寄席で見掛ける芸人さんの、もうひとつの顔がここにはありました。
 
 

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