January 20, 2021

読書:英語は動詞で生きている!

  
 
英語は動詞で生きている!
 
 
    晴山 陽一(著)
 
 
       2005年    集英社新書
 
 
 
 
  ・序章   コーパスは語る!
  ・第1章  英語は何で出来ているか
  ・第2章  "名詞的なるもの" と "動詞的なるもの"
  ・第3章  動詞は文のエンジン
  ・第4章  英語動詞ニカワ論
  ・第5章  人生と3大動詞(be、have、do)
  ・第6章  「動詞句」の3段構造(動詞句コントローラーの話)
  ・第7章  英語動詞「口慣らし」トレーニング
  ・第8章  足の先から頭の先まで(からだ動詞リスト365)
  ・第9章  「句動詞」のとらえ方
  ・第10章 動詞を作る(英単語マトリックス)
  ・第11章 英語動詞クロニクル
  ・第12章 英文法の旅路
  ・第13章 ゾウリムシと5文型
  ・第14章 動詞中心「英単語の覚え方」
  ・第15章 今日も動詞は生まれてる!
 
 
 
 
「英語は動詞で生きている!」 なんとか、辛うじて、やっとこさ通読です。 (これを読破、あるいは精読したなどとは、断じて・・・・ ^_^;)

こないだ、私が初めて手に取った英語関連の本「英語の心」(マーク・ピーターセン著)が、意外なくらい愉しめたもんだから、調子に乗って本書に取り掛かったんですけれど。 それがマチガイのもとでした。 (>_<)

完敗です。
不覚にも、まるで付いてゆくことが出来ませんでした。
途中で置いてかれちゃいましたよ。(笑)

著者は英語教育研究家なる肩書きの方。

英語という言語を支配しているのは「動詞」であるという持論を展開する本書。
著者の英語学習についての豊富な経験・知見から、「英語」について多角的に語るエッセイには違いなんですけれど、でもこれ、オレにとってレベルが高すぎました。^_^;

        ▽▲▽▲▽▲

英語は、その発達・変遷の歴史(それは国家・民族の歴史でもある)を抜きにしては語れないと著者は言います。
フムフムなるほど。 言語ってそういうものかも。(^ァ^)

でも、その内に ”接頭辞” や ”接尾辞” なんてのが現れるじゃありませんか。
学生時代以来、久々に眼にするコトバなんですけど。^_^;

更には、5文型とか出て来ちゃった!
5文型?って・・・・なんだっけ?(爆)

そうそう、S+V+Cとか、S+V+O+Cとか、いろいろあったよねぇ。
朧気な記憶を掘り返してみるんですけれど・・・・やはりダメでした。(笑)
この本を理解するには(マジに ^_^;)学生時代の英語の教科書からやり直さないと。orz
これが現実なのね

それでも、載っている英語の文例とか、ひとつひとつ読んでゆくのは面白いんですけれどね。(^ァ^)
でも、それがどういった基準、意味や目的から選ばれているのかってのが、私にはまるで理解出来ませんでした。orz

        ▽▲▽▲▽▲

どうやら、この本を手に取るには、私はまだまだ相応しくない。
準備が出来ていなかったってことのようですね。

じゃ、いつ読むんだい? ってワケなんですけれど。w
いえ、特段、これから英語をちゃんと(今更ねぇ w)勉強しよう、なんて予定も持たないですし。
いつの日か、面白く読めることを期待して(なんて言い訳と共に ^_^;)退散するしたなかったです。

撤退も已む無し。
でも、サスガにちょっと悔しい。w
 
 

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January 02, 2021

読書:アメリカの歴史

 
 
~ 世界の流れがよくわかる ~
 
   アメリカの歴史
 
 

       島崎晋 著
 
  
         2017年   実業之日本社
 
 

 
米国大統領選挙は昨年 12月14日 に選挙人団投票が行われ(ご存知の通り)バイデン候補が過半数の票を獲得しています。
どっちが勝ってんのかで未だスッキリせず、いろいろとモメていますけれど。^_^;

後は 1月6日 に米上下両院での選挙人団投票があって、どうやらそこで(やっとこさ w)決着が付くようですね。
まぁ、そこから更にドタバタが始まるのかもしれませんけれど。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

本書は、2016年の米国大統領選挙、つまり前回の大統領選で共和党のトランプ候補が当選したのを受けて出版されたようですね。
つまり、今となっては完全に賞味期限切れの本というワケです。w
酔狂にもワタクシ、そんな本を今頃になって読んでみました。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

この本、読んでみて判ったんですけれど、特段トランプ大統領と関わりのある内容ってワケではないんですね。
アメリカ合衆国の、植民地時代から現在に至るまでの歴史を概観していて、これって時の大統領なんかに関わり無く、何時だって書くことの出来る内容だと想うんですが。^_^;

新大陸に入植が始まった当時から、やがて建国を果たし、そして現在の形に至るまでの(領土が拡大してゆく)歴史。
アメリカの歩んだ道程が、新書一冊分のボリュームの内にざっくり w 記してあります。

で、ワタシ的には対外的な貿易・戦争・諸外国への介入(世界戦略)なんかよりも、独立戦争や南北戦争を経て、現代に至る経緯なんかの国内問題が特に興味深かったです。

        ▽▲▽▲▽▲

ところでこの本、どこをどう見てもトランプ大統領誕生に併せて出版されたものと見えますけれど、その(2016年の)大統領選に付いての記述が見当たりません。
ヒラリーを差し置いて(マサカの)当選を果たした理由とか、何故この時点で共和党から大統領が生まれたのかとかの解説が無いのは片手落ちと言えるでしょう。

元々トランプ大統領とは無関係に書いてあった原稿を、トランプ新大統領誕生のタイミングで出版したの?
あるいは別の機会に造ってあった本を、この当時のトランプ旋風に併せて(ちゃっかり w)再出版したんじゃないの? とか、いろいろと邪推しちゃうんですケド。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

本書には特典(?)として、歴代大統領や要人(キング牧師など)の演説の抄訳が(原文付きで)載っています。

これこそ解説とか欲しいところですけれど、無いんですよね、それが。orz
なので、折角の(米国の歴史に残る)名演説ではあっても、オレとしては、あんまり関心を持てなかったですねぇ。^_^;
 
 

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December 20, 2020

読書:英語のこころ

 
  
英語のこころ
 
 
    マーク・ピーターセン著
 
 
 
        2018年   集英社インターナショナル
 
 
 
  1.diversity が表す多様な世界
  2.「原子力問題」を考察する
  3.性と愛をめぐる英語表現
  4.英語に見る「老人力」への意識
  5.英語に訳せない小津映画の巧妙なセリフ
  6.「第3の場所」の役割を果たす本屋の力
  7.「資本主義の走狗」の英訳の不可思議さ
  8.『こころ』の文体に見られる英語の影響
  9.英語の語彙に定着した tsunami
 10.日本語の人間味あふれる擬態語世界
 11.英語と日本語の世代間ギャップを考える
 12.『細雪』と The Makioka Sisters
 13.死を表すおすすめの婉曲表現

 

なんと!! もとよし が英語学習に関係した本を手に取るですと?!
英語の勉強なんて、決して人並み以上にはして来なかった私。
果たして、読み切ることが出来るのか?!
もはや暴挙と呼ぶしかないんですけれど。(笑)

ともあれ本書は米国生まれ、著名な英語の先生が書いた、英語にまつわるエッセイ集です。

        ▽▲▽▲▽▲

英語の先生が日本語で書いた本。
当然英語の文例も紹介されていますけれど、その辺は(当然!)チンプンカンプン。(@_@)
判らないながらも、興味を感じて(ガンバリました σ(^ァ^))読んでみました。

        ▽▲▽▲▽▲

日本の大学で、長年に渡り英語教師を務めてきたという著者ならではの視点から、翻訳というものの面白さ、難しさを語ります。
 
自身の親しんできた英米文学への愛着はもちろん、谷崎潤一郎の小説や小津安二郎の映画などの台詞に見られるやりとりの妙、言い回しのテクニック(こればっかりは上手く英訳出来ないらしいです (^ァ^))に感心する著者。
夏目漱石の文体から、英語表現からの影響を嗅ぎ取るのは、英語を母国語とする人ならではの考察ですね。
オレ的に眼からウロコでした。 スゲエ。(^ァ^)
 
        ▽▲▽▲▽▲

最後まで好く判らないまんま(笑)それでも、本書に好感を抱いた私。

試みに、ネットで本書の評判を覗いてみたら、意外や賛否両論なんですね。
否の方の内容はというと、「英語学習の参考にはならないじゃないか! (>_<)」って内容が多かったんですけれど。
でもこの本、英語の学習に役立てるって類のモンじゃあないと想うよ。(笑)

米国生まれ。 英語ネイティブの著者の興味の赴くまま。
ご自分の好きなものに絡めて、いろんな考察を書き記してゆくスタイルになってますから。

文例に、往年のミュージカル、ジャズやポップスの歌詞が出てくるあたり、著者の世代ってこともあるでしょうけれど。
好い趣味、教養人だね。

初めて読んだ、英語に関する本。
オマエに判ったのかって訊かれたら「いや~ ^_^;」って誤魔化すしかないですけれど。(笑)
 
 

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December 15, 2020

読書:怪獣人生

 
 
Photo_20201215220001  
                               (画像はwikiから)
  
 
怪獣人生
 
 
   ~ 元祖ゴジラ俳優・中島春雄 ~
 

 

        中島春雄 著


 
            2014年    洋泉社
 
 
 
  第一章  一九五四 円谷英二との出会い・「ゴジラ」
  第二章  一九二九~一九五〇 生い立ち・戦争・東宝入社
  第三章  一九五五~一九七二 栄光のゴジラシリーズ
  第四章  一九五六~一九七〇 東宝特撮怪獣の世界
  第五章  一九六六~一九七〇 ブラウン管の中の中島怪獣
  第六章  一九五〇~一九七二 大部屋俳優として
  第七章  一九七〇~ 円谷英二の死・引退・そして現在
 
 
 
 
ゴジラの「中の人」として、初期のゴジラ映画を支えた俳優・中島春雄の一代記です。

本邦初の本格怪獣映画「ゴジラ」が公開されたのが1954年。
今に続くゴジラ・シリーズの始まりでした。

特撮シーンの撮影は、特撮の神様・円谷英二に託されます。
怪獣の造型から街並みやクルマ・飛行機などミニチュアの作成、そしてそれらを縦横に駆使した演出に至るまで、何もかもが暗中模索/試行錯誤の連続です。
そしてもちろん、怪獣の演技(!)だって初めてのこと。

諸般の事情(無論、お金とスケジュールが足りないため ^_^;)から、新作映画「ゴジラ」に登場する怪獣は、人がスーツの中に入って演じることに。(そして、このことが、日本の怪獣映画の方向性を決定付けることになります)
この、怪獣のスーツのことを、当時は「縫いぐるみ」と呼んだのだそうな(現在は「着ぐるみ」って言いますね w)。

無論、ゴジラの縫いぐるみもゼロから創り上げねばなりませんでした。
スタッフらの労苦の結晶。 初代(!)ゴジラの縫いぐるみというのは、しかし(中に入った力自慢が音を上げるほど w)途方も無く重かったそうです。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

円谷英二は、ゴジラを演じる役者として、東宝撮影所の大部屋俳優の中から中島を指名。
中島春雄。 戦時中に海軍で鍛えた身体の頑健さを買われ、ここに、本邦初の怪獣映画にタイトルロールとして出演することとなりました。

人生何があるか判らないもの。 男優を志して東宝の大部屋に入った青年が、図らずも(今で言う)スーツアクターになったわけですね。

中島は「ゴジラ」(1954)から始めて「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」(1972)までの十二作品。 昭和で言えば二十九年から四十七年までの間、ゴジラ役者として「縫いぐるみ」に入り、この大怪獣を演じ切りました。

        ▽▲▽▲▽▲

東宝映画「ゴジラ」は1954年に公開されます。 空前の大ヒットでした。(^ァ^)
気を良くした東宝は、怪獣映画を量産します。
そして作品を重ねる毎、東宝特撮は飛躍的な進化を遂げ(当初は戸惑い気味であった)中島もゴジラを演じることに魅入られてゆきます。

次々に造られるゴジラ映画。
中島のスタンスはいつも単純にして明快でした。
与えられたポジションで、役者としてベストを尽くす。 只それだけ。
どんな作品で、何をどう演じようと、変わるものではありません。 
怪獣スーツの中であっても、生身で演技する際も、それは変わらぬポリシーでした。

        ▽▲▽▲▽▲

本書では中島がゴジラを演じた映画の一本一本について、その撮影時のエピソードを語ってゆきます。ゴジラ(の中の人)視点から語られる、当時の特撮スタジオの様子。 実に愉しいです。(^ァ^)

ちなみに俳優・中島春雄。
特撮シーンでゴジラを演じる合間に、役名の付かない端役としても出演していた(私は映画を観ていて気付かなかったんですけれど ^_^;)そうですね。(もちろん、そこは人間として(笑))

        ▽▲▽▲▽▲

やがて、怪獣ブームはテレビ界へと移行。
中島にも特撮テレビ番組での仕事が増えてゆきます。
こちらは映画と比べ、スケジュールは短く、予算も少ないし、その上撮影所は狭いと来ています。orz
しかし、そんなテレビ番組の特撮現場でも、いつだって一生懸命の中島。
例え演じる怪獣がゴジラではなくとも、その真摯なスタンスに変わりはありませんでした。

        ▽▲▽▲▽▲

初代ゴジラの「中の人」として高名を得た中島春雄。
俳優/スーツアクターを引退した後も、海外のイヴェントからスペシャルゲストとして招かれるなど、ゴジラ役者としての老後を愉しんだようです。(^ァ^)

時は移り、平成ゴジラの時代(無論この頃には、中島を先輩/師と仰ぐ若者が「中の人」を勤めていました)となっても、若い世代に媚びたりするなど一切無く、硬骨漢を通す中島でした。

        ▽▲▽▲▽▲

そういえば、2019年に公開されたハリウッド映画「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」でも、エンドタイトルに中島春雄へのリスペクトが(偉大な先駆者として)込められていましたっけ。(あれには俺も、グッと来ました (/_;))

 
 

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December 05, 2020

読書:そばですよ

 
 
そばですよ
 
    ~ 立ちそばの世界 ~
 
 
 
     平松洋子 著
 
 
          2018年   本の雑誌社  
 
 
 
B級グルメ大好き。(^ァ^)
まして、立ち食いそばと来れば大好物なんですが、でも、この所トンと喰わなくなったナァ。(^^ゞ

本書「そばですよ」は、食文化に詳しいエッセイスト・平松洋子による立ち食いそば屋案内。
都内で営業する立ち食いそば屋の中から(大手チェーン店ではなしに)独立系の名店27をチョイス。 ひとつひとつ念の入った取材で、丁寧に紹介してくれています。

        ▽▲▽▲▽▲

通勤途上のビジネスマンらを主要な顧客とする立ちそば屋だからして、その朝はとても早いもの。

出汁を採り、天麩羅を揚げるところから始まるお店の一日。
イイねぇ。 こういう昔ながら、独立系の立ち食い。
(無論、チェーンにも沢山良い店があるのを知っていますけれど)

著者の取材は、その味やお店の印象などはもちろん、一度や二度立ち寄ったくらいではまず判らない深~いところにまで至ります。
店主(とその一家)の仕事ぶりはもとより、お店の来歴(時には一家の歴史も)、その人生観/そばに掛ける情熱まで、次々に引き出してゆく著者の取材力は見事なもの。
というか、著者の飾らぬフランクな人柄が、お店をしてそこまで語らせるんでしょうね。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

でも、27店も巡るうち、だんだんと、一風変わったお店の紹介も。

メニューに一工夫も二工夫も加えた(これが立ち食いそば?(^ァ^) って言いたくなるような)お洒落/ファッショナブルなお店。 
遅い時間にはお酒や、気のきいたおつまみも愉しめて、もはやニューウェーブ系とでも言ってみたくなります。(笑)
でも、これもまた(決して居酒屋じゃあなく)立ち食いそばなんだねぇ。(@_@)

まぁ、オレなんて昔ながらの立ち食いで充分なんですけれどね。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

とにかくこの本は文章がイイ。 読ませます。(^ァ^)

あんまり口調が好いもんだから、中身を咀嚼しなくても(内容を読み取らなくとも)呑み込めちゃうほど。(笑)
(時にその口調だけで聞けてしまう、名人の語る落語みたいに)
 
 

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November 23, 2020

小説:高円寺純情商店街 本日開店

  
 
高円寺純情商店街 本日開店
 
 
 
    ねじめ正一 著
  
 
         新潮社   1990年
 


     ・大黒メロン
     ・八月のキャッチボール
     ・本日開店

 
 
昭和の東京。 商店街の乾物屋に生まれた少年の、心の機微と成長を描いた連作短編集。 「高円寺純情商店街」(1989)の続編。 楽しみです。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

昭和三十年代のこと。
高円寺駅北口の商店街に店を構える乾物屋さん「江州屋」は、両親に祖母、そして一人息子・正一君(中学生)の一家四人が懸命になって切り回す、削り節(お店で毎朝蒸かし/削ってますからね、奥さん! (^ァ^) )が評判の小さなお店でした。

ある日、あんなに元気だったお婆ちゃんが倒れてしまいました。
お婆ちゃんは即入院。 そこから、一家のきりきり舞いが始まります。

看護とお見舞い(洗濯物を携えて)で日々病院に通う他、お店を(とにかく残りの家族で)日々切り回してゆかねばなりません。
こんな時、率先して負担を引き受けるのはお母さんでした。(やっぱりね (ーー;) )

        ▽▲▽▲▽▲

そして、やって来ました、スーパーマーケットの出店話!(>_<)
庶民の暮らしを支える高円寺北口商店街にも、時代の荒波が押し寄せて来たんですね。

新規出店を目論むスーパー側としては、地元商店主らを対象に説明会(らしきもの)を催すんですが、そんなことで納得する筈も無く、早速持ち上がる出店反対運動! そりゃ当然だよねぇ。w

敵もさるもので、(お金と組織力を駆使して)あの手この手を使って商店主らを懐柔しに来ます。
早速、江州屋のおばあちゃんにはお見舞いの高級メロンが届けられ・・・・って、ナルホドこりゃヤリ手ですよ。(^^ゞ

その内に、商店主らの間で「●●屋は(スーパー側に)転んだらしいよ・・・・」なんて噂も飛び交ったりし始めます。 なにかとピリピリする商店街。

果たして(世の趨勢には逆らえず)高円寺駅前にもスーパーマーケットが出来るのか?
出店を巡って右往左往する周囲の大人達。
商店街の一大事を、江州屋の一人息子・正一君の視点から描きます。

        ▽▲▽▲▽▲

野球が大好きな正一君。
中学でも(受験勉強なんてそっちのけで)野球部で頑張ってます。
高校進学も、得意の野球でなんとか・・・・と目論んでいるようですけれど。 大丈夫なのか?(^^ゞ

プロ野球では、もちろん(!)当時全盛の読売巨人軍の熱狂的なファンでした。
「巨人・大鵬・卵焼き」
それにしても、これは(著者の)世代特有のものか、或いは当時の東京という当地柄故か。
ジャイアンツ愛。 中でも長嶋茂夫選手(当時)への想い入れって、ものスゴイものがありますね。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

商店街に暮らす人々の毎日を、抑えた筆致で、淡々と描いてゆきながら、それでも、あちこちにコメディ色が見られた前作と比べて、本作では(主人公の成長に合わせるかのように)徐々にシリアス度を高めていっているように想います。

そして、高円寺と言えばやっぱりコレでしょう!
「高円寺阿波踊り」も登場します。
江州屋の息子として、正一君も踊るんですよ。(^ァ^)
正一君たちの時代の「高円寺阿波踊り」、今日のと比べて余程素朴なイベントだったようですね。
それでも、少年の心に強烈な印象を残しました。

        ▽▲▽▲▽▲

小さなお店が肩寄せ合って暮らす商店街ですから、日頃から助け合うのは当たり前。
隣家の「魚政」が、スーパーの出店(未だそうと決まったわけでもないのに)を機に、ここらが潮時とみて「ラーメン屋に商売替えする」なんて言い出します。

え~! 商店街の魚屋がいきなりラーメン屋なんて始めて大丈夫かぁ?
なんだか、ラーメン屋という商売をナメて掛かってるような気もするんですけど。(>_<)

「魚政」が試作(それも次々と)するラーメンを試食させられるのは・・・・正一君はじめ江州屋一家でした。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

本書に収められた三篇。 どれもが、「本日開店」というタイトルから来る高揚感、期待感なんかを殆ど感じさせない、むしろ地味ぃ~なお話しでしたね。(^^ゞ
「~開店」という文言から来る明るさやトキメキなど、一切察せられませんでしたし、それよりもむしろ、シニカルな視線や幾ばくかの諦観を受け取りました。

この印象は、前作「高円寺純情商店街」の時から変わりませんから、著者ねじめ正一の持ち味なんでしょうね。
   
 

     高円寺純情商店街 (1989年)    本書の前作です
 
   

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October 30, 2020

読書:世界を歩いて考えよう!

 
 
社会派ちきりんの

   世界を歩いて考えよう!
 

 
     ちきりん著
 
 
        2012年   大和書房
 
 
(インターネットの)著名ブロガー(「Chikirinの日記」の管理人)による一冊。
ブログに書いた記事をまとめたってワケではなく、この本のために書き下ろしたようなんですけれど、そこは人気と実力で、こうして立派な本が出せちゃうんですね、 凄いです!(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

著者は、お若い頃から海外旅行が好きだったんだそうで、名立たる観光地から、観光客など滅多に訪れることのない辺境の地まで、世界各国を廻って(延べ50ヶ国を超すんだとか!)見聞を深めてきたのだとか。
そこは社会派をなのるだけあって、どこへ行ってもリクツっぽいですぞ。(笑) 語る、語る(笑)
そして、どこへ行っても/ナニを前にしても自然体。
その考察の、偏りの無いニュートラルさ(そして深さ)に感心させられます。

        ▽▲▽▲▽▲

お若い頃から、絶えずあちこち旅行している。
それも、同じ地域を何度も訪れている。
ってことは、その地を(特段その国/地域に暮らしているってワケでも無いのに)十年~二十年という長いスパンで俯瞰する(定点観測じゃあないですけど)ことにもなるんですね。

と言って、軸足はあくまで日本に置いている(そして我が国の政治・経済・社会への考察を日々欠かさない)ので、その視線は我々から見て極々自然な、深くナットクのゆくもの。

長い間には、社会体制が大変換するなど、激動を経ている国があります。
それとは逆に、十年一日の如く変化の無い国も。
そして、大小の変革のあった国。
中には、国家そのものの在りようが・・・・

ともあれ、長い時間を掛けて、その国/民族の歴史そのものに(日本に住みながら)立ち会って来たようなモンですね。
それってスゴイと(なんて単純な感想 w)想う。

        ▽▲▽▲▽▲

昭和の、まだまだ海外旅行の難しかった時代から、発展途上国にさえどんどん立ち入り、体感して廻るなど、ともかく大変な行動力です。

そんな、旅行の達人の著者ですけれど、でも、誰もが知るような著名な観光地も廻っていて(ここンとこはフツーの観光旅行者と変わらず)しっかりと愉しんで来てます。(^ァ^)
こういうトコ、好感が持てますね。w

あと、こういう方って、かえってアート関係は苦手なんじゃあ?
なんて(失礼ながら)勝手に想っていたら(ホント、私の偏見もいいとこですけれど (^^ゞ )美術館や遺跡なども、有名無名取り混ぜて幅広く見て(そして愉しんで)おられます。

        ▽▲▽▲▽▲

ともあれ、先へ先へと進む著者のパッションと知力/行動力にはホトホト感心させられます。
(オレだったら、どっか一箇所にひっ掛かってしまって、そこから先に進めなさそう(笑))
こういう旅の仕方(それは、人生の過ごし方でもある)もあるんだねぇ。(^ァ^)
 
 

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October 25, 2020

読書:なぜ時代劇は滅びるのか

 
  
なぜ時代劇は滅びるのか
 
 
 
    春日太一 著
 
 
        2014年   新潮社
 
 
 
  第一章 時代劇の凋落
    ・映画ブームの終焉
    ・主戦場はテレビへ
    ・レギュラー枠消滅の過程
    ・『水戸黄門』の終了
     他

  第二章 時代劇は「つまらない」?
    ・「時代劇=高齢者向け」という固定観念
    ・物語のパターン化
    ・そして高齢者だけが残った
    ・「時代考証の通り」は「正解」ではない
     他

  第三章 役者がいない?
    ・次世代の時代劇役者がいない
     他

  第四章 監督もいなくなった・・・・・・
    ・教養なき監督たち
     他

  第五章 そして誰もいなくなった
    ・余裕のないプロデューサーたち
     他

  第六章 大河ドラマよ、お前もか!
    ・大河の朝ドラ化
     他
 
 
 
同じ著者による『時代劇は死なず!』の出版されたのが2008年のこと。
それは、かつての邦画斜陽期、当時の時代劇映画人ら(製作スタッフ、出演者)が悪戦苦闘の末、テレビ界に活路を見出し、生き残りを賭けて闘い抜いた顛末を、熱く(しかし平易な筆致で)語ったもの。
時代劇全盛期を知らない世代に属する著者による、ありったけの時代劇愛を込めた一冊でした。
 
若い著者が、ではどのように時代劇に親しんだかと言うと、それは主として少年時代に観たテレビ時代劇の再放送からと言います。
つまり、学校から帰ってテレビのスイッチをひねれば、そこにはいつも、再放送の時代劇が映っていたのだそうで。
あ~、そういう時代だったんですね。 私なんか(著者よりも年上ではありますけれど)にも、まるで同じ記憶がありますよ。(^ァ^)

しかし、そんな(とりわけ初期の)テレビ時代劇の舞台裏では(当時、ボンヤリ眺めているばかりだった)僕なんかの想いも知らなかった「生みの苦労」というものがありました。
『時代劇は死なず!』に活写された、当時の時代劇スタッフらの悪戦苦闘/創意工夫の記録は、実に興味深く、またオモシロかったです。(^ァ^)

そしてそこには、衰えたりと言えども、まだやって行ける。 ダイジョウブ! という感触/実感があった!
そう簡単に参るような連中じゃあない。 時代劇、まだまだやれるゾと。
それが『時代劇は死なず!』(2008年)。

あれから六年が経過しています。
時代劇は、果たしてどうなっているのか?

        ▽▲▽▲▽▲

この本の出版された2014年。 時代劇を取り巻く状況は、悪化の一途を辿っていました。
悪くなる一方。 なにしろ人気が振るいません。orz
映画の方は相変わらずで、時代劇作品は滅多に造られませんし、一方テレビもレギュラーの時代劇番組は激減。 年に何本かが(特番扱いで)放送されるのみというていたらく。

そりゃそうです。 なにしろ視聴者がゴッソリと離れてしまったし、そもそもスポンサーが付かないんですから番組の造りようが無い。
では、どうしてこんなことになったのか?

        ▽▲▽▲▽▲

かつて、人気コンテンツとしてテレビのレギュラー枠を得、やがて(試行錯誤を経て)確かな固定ファン層を掴んでいった時代劇。

一般的なイメージとして「高齢者が好む時代劇」という図式がありますけれど、でも「年配の時代劇ファン」と言っても、誰もが歳を重ねてから突然(!)時代劇好きになったってワケじゃありません。w
お若い頃、全盛期の時代劇に親しんで来て、それが愉しかったからこそ、今も時代劇を観続けてるってだけのハナシですよね。

        ▽▲▽▲▽▲

テレビでの時代劇製作も、長く続けてゆく間には、造り手(邦画全盛期から活躍しているような人々)が次第に第一線を退き/引退してゆきます。
しかし、時代劇と言う、かなり特殊な分野にあって、リタイアした人々の後を継いだのは、時代劇に決して詳しくない(時代劇に不可欠な「教養」を持ちあわせない)人々でした。
こうなると、俳優・スタッフ共々、クオリティの低下は避けられません。orz
でも、それを受け入れて、そのままやって来た結果が、今の時代劇と言います。

        ▽▲▽▲▽▲

そして『水戸黄門』のようなオバケ番組も登場。
これがヒット(それ自体は目出度いことですけれど)しちゃいました。

でも、そうなると、ドラマのフォーマットを、そっくり真似た作品が続々と現れるワケです。
なにしろ、現代に相応しい(よりリアルな)時代劇、(今の視聴者がナットクする程の)説得力あるドラマを創造するだけの人材(技量やパワーを持つ)がもう居ないんですから。(>_<)

こうなると、若い世代が寄り付かなくなるのは当然の成り行き。
こうして、時代劇を観る層 = 年配の時代劇ファン という構図が、より確かなものとなってゆくのでした。

若者の時代劇離れが進む分、視聴率が下がれば、番組のクォリティもまた下がる一方。
負のスパイラルの始まりです。orz

※ スポンサー離れに付いては、視聴率の調査手法が(家庭単位から個人単位へと)変更されたことも、その一因ではないかと著者は指摘します。

        ▽▲▽▲▽▲

要するに、時代劇のクオリティが、かつてに比べて(もう、壊滅的なまでに)下がってる。orz
この点については、誰しも異論の無いところと想います。

但しこうなると、もう若い世代は寄り付かなくなります。
だって、面白くないんですから。(そしてこの時代、オモシロいものなんて他に幾らでもある)(^^ゞ

これは、どんな分野にも言える事ですけれど、若い世代が入ってこないジャンルには、すべからく衰退した未来が待っている。 もう、これに尽きるワケです。(>_<)

変革を忘れ、年配の(全盛期の時代劇を知っている)視聴者に頼って来た、そのツケが廻ってきたって事でしょうけれど。
ともあれ、こうして「時代劇を観る層 = 年配の時代劇ファン」という構図が確かなものになってゆくのでした。
若者の時代劇離れが進み、視聴率も下がるとなれば尚の事、スポンサーは付かず、番組のクォリティも下がる一方ですし、有為の人材が(スタッフとして)入って来る事も無い。
なんとかして、この負のスパイラルから抜け出さなきゃならないんですが・・・・

『時代劇は死なず!』の時は、時代劇の未来に一縷の希望を繋いでいた著者ですけれど、今回ばかりはかな~り悲観的です。orz
 
 

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May 02, 2020

読書:4アウト

 
 
4アウト
 
  ~ある障害者野球チームの挑戦~
 
 
     平山譲 著
 
 
       2005年  新潮社
 
 
新型コロナ過のお陰で(とりあえず、今のところは)一年延期ってことになっちゃってる 2020年東京オリンピック/パラリンピック。
選手・関係者の皆さんの困惑と苦労は想像に難くないですけれど。
ホント、この先どうなっちゃうんでしょう?orz

        ▽▲▽▲▽▲

で、そのパラリンピックには、競技種目の中に「野球」って無いんですってね!
なんか意外でした。 まぁそこには、いろんな理由が(そもそも「野球」をする国が少ないとか)あるんでしょうけれど、ともかくオリンピックにはある(そして、我が国では特に人気の)「野球」が、パラリンピックにはありません。
私も(恥ずかしながら)つい最近知ったコトなんですけれど。(^^ゞ

ともあれ本書「4アウト」は、実在の障害者野球チーム「東京ブルーサンダース」の誕生と、その奮戦ぶりを描いたノンフィクション。
スポーツへの抑えきれない情熱、逆境に立ち向かう心、なにより野球愛の迸る一冊です。

        ▽▲▽▲▽▲

子供の頃から(折り折り、廻り道しながらも)野球一筋で来た矢本。
既に現役(社会人野球の)を退いている身ではありますけれど、目立った成績の一つも残すことが出来ないまま選手生活を終えたことが、彼の心中に深い悔恨の念を残しています。
そして今は、障害者施設で働きながら、かつて野球にぶつけた情熱を燻らせる日々でした。

そんな彼が、縁あって障害者野球チーム「東京ブルーサンダース」の創設に関わります。
なにしろ、ゼロからのスタートです。
「障害者野球リーグ」での優勝を目指し、矢本がまず取り組んだのは・・・・選手を募集することでした。(^ァ^)

共に、障害者野球に取り組んでくれる者は居ないか?
意外に難航するメンバー集め。 が、矢本監督は諦めません。
根気好く選手を募る内、徐々に選手が集まり始めました。

若いころ野球に夢中だったが、不幸にして障害を負ってしまい、以来スポーツを諦めている者。
あるいは、子供の頃から野球を見るのが好きだった/憧れていたけれど、生得の障害ゆえに、ずっと(野球の世界に)踏み出せずに居た者、などなど。
一人また一人と、様々な理由から障害者として暮らす(一旦は野球を、そして人生を諦めた)選手が集まり始めました。

これ、凄く好いプロットの小説だな、と想ったら、ノンフィクションだったんですね。
そろそろ読み終えようかって辺りになってから気が付きました。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

それぞれが障害を抱えながら、どうしても野球をやりたいと集まった「東京ブルーサンダース」選手たち。
聴覚や神経の障害、また片腕・片足を失った選手などなど、ハンディは人それぞれです。
彼らに共通するのは、病気や怪我の為に一旦は諦めていた、大好きな野球が出来るという喜び。
野球が出来るということ。
彼らにとって、それは一人の障害者として人生を歩んでゆく上での、大きな励みでもありました。

        ▽▲▽▲▽▲

一方、熱血監督の矢本が指導するのは、自分が現役の当時(健常者の野球チームで)やっていたのと同じ、徹底した勝利至上主義の野球です。
こんなの、健常者の世界でならば、当たり前すぎることですけれど。
でも、グラウンドで投げ・打ち・守るのは障害者ですよ!
そんな方針を立ててダイジョーブなの? って想っちゃいますよね。 (@_@)
でも、例えプレイするのが障害者であっても、こうしなければ、そもそも野球をやる意味が無い。(健常者と障害者の間に垣根なんて無い)
というのが、矢本監督の譲れない一線でした。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、我らが「東京ブルーサンダース」。
障害者リーグの老舗・常勝チームを相手に、なかなか勝たせて貰えませんでした。

なにしろ障害者野球って、結局<障害の度合い>の小さい選手が居るチームが有利なんだよね。(^^ゞ
より軽度の障害者をチームに入れるのが、勝利への近道・・・・私、このシビアな事実を知った時に、ちょっとばかりフクザツな気分になりました (^^ゞ

が、やがて「東京ブルーサンダース」も、剛速球を投げる(脳梗塞の)エースを迎え、チームはどんどん強くなって行きます。(結局、野球ってピッチャーなんですかねぇ (^^ゞ )

そして・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

これ、悪かない話なんだけれど、でもねぇ・・・・このノンフィクション「4アウト」の文章って、文体や措辞の選びが全く上手くありません。

って言うか、もう、おっそろしくヘタな文章で書かれているワケです。orz
こんなモン、巷のアマチュア小説家でも、もっとずっとフツーに、ちゃんと書けるでしょう?(^^ゞ

いえ、人のことをとやかく言える身じゃないってことは、重々承知していますけれど。(^^ゞ
そうは言っても、この本の文章は酷かった。
久々にハズレを引いちゃいましたね。orz
 
 

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January 06, 2020

読書:あかんやつら

 
  
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あかんやつら
 
  ~ 東映京都撮影所血風録 ~


    春日 太一 著

        2013年 文藝春秋

 


  序幕:小指のない門番

第一部:時代劇黄金期

  第一幕:東映京都を創った男
  第二幕:親父に捧げる「赤穂浪士」
  第三幕:鬼の岡田

第二部:混乱する撮影所

  第四幕:時代劇の凋落
  第五幕:集団時代劇の興亡
  第六幕:岡田茂の改革

第三部:暴力とエロスの都

  第七幕:仁侠映画、快進撃
  第八幕:女の世界を覗き見る
  第九幕:「仁義なき戦い」

第四部:必死のサバイバル

  第十幕:高岩淡所長と映画村
  第十一幕:迷走する大作映画

  終幕:逆風の中で・・・・・・



「あかんやつら」って。(^^ゞ
また、真摯なノンフィクションとも思えぬタイトルですが。(笑)
しかし、これが至ってマジメな本。
若い著者が情熱を注ぎ、体当たり取材でものした、正しく真剣勝負の一冊でした。

私が本書を初めて読んだのは、二年前、人生で初めての入院を体験した病院のベッドの上でのことでした。
入院中の無聊をかこつ中、病院の図書室にあったのを見つけ、俄然興味を持って借りてみた次第。
そして、これが実に面白かったです。
退屈を忘れ、一気読みしてしまいました。

その「あかんやつら」。
今また手に取って(今度は地元図書館で借りて)みました。

        ▽▲▽▲▽▲

著者は新進気鋭の時代劇研究家。
元々は映画の製作を志すも、しかし挫折。
手詰まりとなった著者が活路を見出したのが(同世代の誰もやっていなかった)時代劇の研究/ライター業と言います。

        ▽▲▽▲▽▲

その全盛期を、直接には体験して来なかった若い世代による時代劇の論評は、かつて時代劇に熱狂したオールドファン、そして当時を知らない若い世代から好表裏に迎えられ、なにより、かつて時代劇の製作に携わった関係者の多くから歓迎を受けました。

著者の仕事は、映画の(タイトルロールの下の方に、まとめて記される)スタッフらにまでスポットを当てたことが画期的でした。
彼らスタッフなくして映画は、なかでも時代劇(という、造るにおっそろしく手間の掛かるシロモノ)は成り立たないですからね。

時代劇を支えてきた数多のスタッフの仕事ぶりを、よくぞここまで詳しく調べ/書き記してくれた。 って言うところでしょうか?
言い換えれば、これまで(こういったカタチでは)誰ひとり書き残してこなかったと言うこと。

もちろん、同世代の先行者/同じ事を試みた者など他に無く、若い著者にとしては上手くニッチを捉えた形です。
映画製作の世界であれこれ模索を続けた末、ようやく見出した仕事が、今や高く評価されている著者。
ライターとして、金の鉱脈を掘り当てたってところですね。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

「モーレツ社員」なる言葉を、耳にしなくなって久しい令和の世。
政府は「働き方改革」を進め、世間ではブラック企業の存在が取り沙汰される昨今です。
しかし、50~60年代の邦画全盛期、東映時代劇の製作に携わったスタッフらの仕事ぶりは、猛烈どころではない、壮絶極まりないものであったと言います。

戦後の新興映画会社であった東映。
その発足の当初から、酷い資金難に苦しめられ、失速寸前の苦しい経営状況でした。
なにしろ、資金が足りません。
そこで、東映京都撮影所が採った戦略。 それは、数多くの映画を提供して、映画館から客を絶やさないというテでした。

        ▽▲▽▲▽▲

その為に、とにかく次々と(それこそ、息を継ぐ暇もないほどのペースで)時代劇を撮り続けたんです。
当時は(娯楽の少ない時代だけに)映画館に幾らでもお客の入る時代。
新作映画を造り/公開し続け、その度、なにがしかの利益を確保して、生き延びてゆくしかなかったんですね。

おっそろしくタイトな撮影スケジュールが敷かれる中、撮影所のスタッフにもハードワークが要求されました。
名優/映画スターについて、その仕事ぶり/忙しさについて語られることは多々ありますけれど、本書では数多居るスタッフ。 監督や脚本家はもとより、製作・キャメラ・照明・編集などなど。 中でも、制作進行というポジションの重要さ(タフさ (^^ゞ )について触れているところがユニークです。

        ▽▲▽▲▽▲

撮影にあれこれ手間の掛かる時代劇を、滅多矢鱈と急ピッチで、次から次へと造り続け、眼の回るほど忙しかった東映京都撮影所。
ですから、無茶もしました。(^^ゞ

撮影所のスタッフにオーバーワーク/無理難題を強いるばかりでなしに、ロケ先でも超ハードな撮影を敢行したり、またその為に現場の準備/現地との交渉を行ったり、時には裏社会と関わったりすることも。(^^ゞ(このあたりは、制作進行の腕の見せ所!)
と言うか、この人たちって、やる事なす事が無茶なこと/ブッ飛んだことの連続で、文字通り「あかんやつら」です。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

売れると見れば(どんな映画であろうと)すかさず飛びつく。 そして、それがヒットしたと見るやパート2・3と(節操もなく)柳の下の泥鰌を狙いに(笑)いくのが東映です。

東映が我が世の春を謳歌した時代劇全盛期を経て、やがて、その人気が凋落を迎えたと見るや(時代劇をアッサリと諦めて)今度は任侠映画へと転進します。
生き残るためには、なりふり構わぬ東映でしたけれど、その基本はあくまで娯楽映画。
お客さんが楽しめる映画を提供することですから、その姿勢は一貫していると言えます。

ともあれ、それまでスタッフ一同が心血を注いで造り続けていた映画のジャンルを、号令一下で進路変更させるんですから、本当に思い切ったコトをする会社ですね。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

やがて、東映ばかりではなしに、映画全体/邦画界そのものが低迷する時代が訪れます。
各映画会社とも業務を縮小、こぞって合理化が始まりました。

東映(その全盛期は、あまりにも短かかったです orz )も、また例外ではなく、苦心惨憺するわけです。
が、東映京都撮影所は、どんなに苦しくとも撮影所を手放すことなく、大規模リストラにも手をつけませんでした。
オレたちには映画造りしか無い!って言う、映画人としての矜持。 そこのところを、深~く自覚してたんですね。

さて、苦戦を続ける中で、京都撮影所内を一般に開放する試み(テーマパーク化ですね)が予想外の大ヒット!
今に続く、東映太秦映画村の始まりです。

いやぁ、なんとも逞しい人々です。(^ァ^)
生き残りを掛けて、どんなことでもやって来た東映京都撮影所。
その行き着いたところが、時代劇の世界で遊べるテーマパークとは。(^ァ^)

こういった場で、若い時代劇ファンを育て、ベテランが後進を指導する。
なんて具合に世代交代を進めてゆけば、時代劇の灯も消えることなく、次世代へと引き継がれるんじゃあないでしょうか。

本書で語られるのは、東映京都撮影所にまつわるエピソードのあれこれですけれど、これって芸談というより、むしろ一種の経営論になっていますね。
東映時代劇愛溢れる一冊でした。
 
 

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