May 19, 2019

読書:京都ぎらい

 
 
京都ぎらい

 
    井上章一 著
 
       2015年  朝日新書
 
 
  一 洛外を生きる
  二 お坊さんと舞妓さん
  三 仏教のある側面
  四 歴史のなかから、見えること
  五 平安京の副都心
 
 
なんかドキッとする標題でしょ?(笑)
言ってしまった(決して語っちゃイケナイことを)感、タブーに触れちゃった感ありありじゃないですか。(笑)
京都とはナンの関わりも持たない私でけれど、興味を持って読み始めました。

        ▽▲▽▲▽▲

そもそも「京都」と聞いた時に(そのエリアについて)私なんかがイメージするのと、実際に彼の地に住まう方々のそれとは、全然異なるんだそうで。

京都というのはかつての平安京、碁盤の目の内を指すのであって、その周辺部、つまり洛外は(行政区域とは別に)京都と名乗っちゃイケナイって意識が根付いているらしいですね。

そうは言っても、京都府の内だったら、そこは京都でしょ。
ワタシなんかそう想っちゃうワケですけれど、でもこれはあくまで余所者(他都道府県の者)の感想。 京都にあって京都と名乗れるのは洛中のみ、ってことらしいです。 この歳になるまで、ま~ったく知らなかったです。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

本書は、京都市嵯峨(洛外)に育って宇治市(こちらも洛外)に住まう著者が、そんな、古都に根強く底流する洛中洛外の差別意識(!)について語った一冊。

嵯峨とか宇治とか、関東者のオレからしたら雅そのものなイメージなんですが。 洛中の人士からすれば「嵯峨は京都とちがうんやで」ってことのようです。
とはいえ、それを相手に告げる段に、オブラートに包んだような独特の嫌味でもって相対するのが京都流。

誰しも子供の頃には(小学校教育などで)郷土愛を育まれるもの。
著者もまた、京都の子という意識を育みつつ成長したわけですけれど、大学にまで進んで初めて、そのシビアな現実(洛中洛外の差別意識)と向き合ったと言います。 人には言えない類のショックですよね。(>_<)

時に京言葉を交え(洛中とそれ以外とでは、アクセントに微妙な違いがあると言われるそうな)愛憎の入り混じった、他所の者には理解し難いキモチを怜悧に、そしてユーモラスに、時に自虐的wに吐露してくれます。
なんだか、念の入った意趣返しって気もしますけれどw、嫌味な感じの少しもないのは著者の卓越した文才のなせる業。

        ▽▲▽▲▽▲

以上が第一章の「洛外を生きる」。
その後の章では寺社の経営努力(!)、花街で遊ぶ仏僧(!)、歴史に翻弄された京都などなど、興味深い論考が続きます。

それにしても著者の文筆力には参りました。 頭の良い人ってスゲエや。(笑)
あまりの面白さに、読み終えると直ぐに、頭からまた読み返してしまった一冊でした。

 

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April 30, 2019

小説:神去なあなあ日常

 
 
神去なあなあ日常
 
 
   三浦しをん 著
 
 
       2009年  徳間書店
 
 
三浦しをんワールド。 今回は都会育ちの主人公が、山で木を切って働く羽目に!w

※ 横浜の高校を卒業して、進学/就職するでもなく(これといって目標もないまま)とりあえずコンビニのバイトでもやって喰いつなぐか、くらいに考えていた主人公が、無理矢理(!)に三重県の神去村へと放り込まれます。
そこは、主人公の見も知らぬ山奥の里。 林業を生業とする人々の世界でした。

        ▽▲▽▲▽▲

カントリーライフへの関心の高まる中、如何にも時宜を得た企画って感じですね。(^ァ^)

意に沿わぬ仕事に就かされて、当初は反発する主人公。
チェーンソーの扱いをはじめ山仕事のあれこれに戸惑い、ダニ/ヒルなど山の住人たちの襲撃にビビリ(笑)ながらも、やがて山仕事の先輩/ベテランたちの熟練した仕事ぶり/山暮らしの知恵、その深さ/豊かさに傾倒してゆくのでした。

つまりこれ、都会育ちのガキが山仕事を通じて男になってゆくという、そういうお話しです。
まぁ、ありがちではありますけれど。

そこに山暮らし/山仕事のトリビア、百年先を見越して樹を育ててゆく林業という生き方、そしてアミニズム的な描写、などなどが彩りを添えます。

主人公の(如何にも今時の)若者らしい言動と、この著者ならではの暖かさ/慈しみに満ち満ちた文章も魅力です。

作品全体からは、林業で暮らす人々への理解/リスペクトが篤く感じられ、これは執筆に当って、さぞ入念な(林業周辺への)取材を重ねたであろうと察せられます。

        ▽▲▽▲▽▲

それにしても、好きだなぁ。 この、神去村の世界。
読んでいて、子供の頃、大好きなお話を読んでいて度々想った感覚・・・・この小説の世界に入ってみたい。(^ァ^) そうして中村林業(株)の中村精一班に加わりたい。(^ァ^)
そんな衝動を(実に久々に)味わいました。

読んで大満足の一冊でした。
 
 

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April 06, 2019

読書:時代劇は死なず!

 
 
時代劇は死なず! <完全版>
 
   京都太秦の「職人」たち
 
 
     春日太一著
 
 
         2015年 河出文庫
          (初出は 2008年 集英社)
 
 
かつて、我が国において、娯楽の王様であった映画。
昭和の頃、日本全国に映画館が建てられ、国民的エンタメとしての地位を得てから、やがて、テレビにそのポジションを奪われるまでの間、邦画にとっての黄金期というものがあったわけですね。
とりわけ、時代劇の人気は圧倒的でした。
そして時代劇と言えば、その発信元は京都太秦。

        ▽▲▽▲▽▲

戦前からの松竹京都撮影所。
大映京都撮影所は、大映の倒産後、スタッフが結集して映像京都を名乗ることになります。
そして戦後生まれの東映京都撮影所。

太秦の地では松竹・大映・東映の三社がしのぎを削り、それぞれ時代劇を撮り続けたわけです。

        ▽▲▽▲▽▲

諸行無常。 全盛期を謳歌していた邦画界が、斜陽期へと差し掛かったのが1970年代。
家に帰ればお茶の間にテレビ、という風景がもはや当たり前となって、これじゃ映画を観る人も減りますよね。 テレビはタダなんだし。w
当然、映画館に掛けられる時代劇、撮られる新作も激減するというもの。
つまり(映画人にとって)仕事が無くなるということ!

この、映画産業低迷期/先の見えないどん底の時代を、各映画会社/撮影所はどう乗り切ったのか?
各々の撮影所(で働く人々)は(それぞれ独自のやり方で)テレビ時代劇造りへと活路を求めました。

映画界からテレビ界への転身。
当初は、随分と抵抗があったらしいですね。
この当時の映画人の多くに、映画 > テレビ という根強い意識があったようで。
(なにせ草創期のテレビです、モノクロ~初期のカラー/小さな画面/低解像度の画面と来ていますし)

ともあれ、当時のテレビ時代劇では、長年映画の世界で鍛えられたスタッフが、映画のやり方(それより他に知らなかったですから)で撮った、言わば劇場用映画クオリティの作品が毎週オンエアされていたということ。 なんてゼータクなんでしょう。w

        ▽▲▽▲▽▲

それにしても本書、子供の頃にテレビで観知ったタイトル(再放送も含めて)が続々現れます。 懐かしい~(^ァ^)
大川橋蔵の意向で東映作品になった「銭形平次」、市川昆と「木枯らし紋次郎」、そのカウンター番組として企画された「必殺シリーズ」、そしてカツシンの「座頭市」。
そうそう、昔は夜のゴールデンタイムとか、当たり前のように時代劇が流れてましたよね。

そしてその製作裏話。
こちらは(そこは子供のことで)な~んも考えず、只々ダラダラと眺めていただけですけれど、ブラウン管の向こうでは、時代劇のプロたちが、生き残りを賭けた渾身のドラマ造りを続けていたんですね。

        ▽▲▽▲▽▲

本書が上梓されたのは2008年。 (その後、2015年に改定されて文庫化)
既に往年の勢いを失い、苦戦を続けていたテレビ時代劇。
が、しかし、未だ一縷の希望のあった時代ではありました。

時代劇、未だまだいけるぞ! と。

そんな中で、本書は好評を持って迎えられたそうで。
そのことは、一読して充分に理解出来ました。

若者からすれば、知られざる(そして驚くべき)歴史ですし、昔を知るオールドファンや古参の映画人からすれば、よくここまで調べてくれた/よくぞ書いてくれたと快哉を叫びたくなる内容。
そして、若い世代の著者が時代劇に寄せる情熱が、全編に渡って迸っています。 とにかく熱い!

往年の映画スターや監督を語る本は、評論・評伝・自伝まで含めて数々ありますけれど、その他の映画スタッフ、脚本・キャメラ・照明・美術・編集などにまでスポットを当てた本書。
極めてユニークでかつ興味深く、読み応えのあるものでした。
 
 

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March 03, 2019

小説:西の魔女が死んだ

 
  
西の魔女が死んだ
 
 
    梨木香歩 著
 
 
        1994年   楡出版
 
 
なんとまぁ、秀逸なタイトルの小説だこと。(^ァ^)
図書館の書棚に置かれているのを見つけた瞬間、そう想って手に取った一冊です。

これって、西と東に魔女が居たのが、西側の魔女の死を契機として、新しい時代が始まろうとしているってコトなのか?
それとも、東西のパワーバランスが崩れてしまい、世界が乱れようとしているのか?
新しい時代の到来、変革の始まりなのか?
タイトルを見た途端、いろいろと妄想しちゃったワケ(^^ゞですけれど、小説を読んでみたら、そのいずれでもなかった。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

ここで、西の魔女と言われているのは、主人公の祖母のコト。
主人公の少女が、訳あって(不登校)田舎のお祖母ちゃんの家に寄宿して過ごす日々を、淡々と描いた短編です。

イギリスに生まれ、日本人と結婚して、以来日本で暮らしているお祖母ちゃん。
世間一般の風潮/価値観や、常識/大勢などに流されることの無い、女丈夫とでも言いたくなるお方でした。
主人公の母(つまり、お祖母ちゃんの娘)は、こんなお祖母ちゃんのことを、あの人は魔女よと言ってのけます。

        ▽▲▽▲▽▲

それにしても、田舎の一軒家(ホントに居心地良さそうです)を独りで切り回す、お祖母ちゃんの諸事丁寧な暮らしぶり。 その美しさ。
イイなぁ。 手づから摘んだ、野いちごで造ったジャム。(笑)

ロハスとか、スローライフ、スローフードなど、世の中で語られるようになったのは、二十一世紀に入ってからだったでしょうか。
九十年代半ばに発表された本書は、これらを先取りしたカタチですね。

ですがこの小説、一通り読んではみたんですけれど、あんまり印象に残らないんですね。(^^ゞ
文章は平易で、なにより短編ですし、スゴク読み易い筈なんですけれど。
読み終えるまでに、意外なくらい時間が掛かってしまった。
タイトルの絶妙さに、期待し過ぎちゃったのかもしれませんね。(^^ゞ
 
 

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February 24, 2019

読書:学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方

 
 
学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方
 
 
   サンキュータツオ 著
 
 
      2013年   角川学芸出版
 
 
広辞苑によれば「●●●●●」(という言葉の意味)は・・・・なんて風な書き出しと共に始まる文章とか、TV番組のナレーションとか、ありますよね。

そう、辞書と言えばなんたって広辞苑。 これ世間一般のジョーシキ。
昨年(2018年)、第七版が刊行された国語辞典の代表的存在ですけれど、あれって国語辞典の中でも中型サイズなんですってね。 あんなにデカくて滅っ茶重たいのに、それでも大・中・小の「中」ですよ。

それじゃあ我々が学生時代、散々お世話になってきた標準的/フツー(?)なサイズの奴はっていうと、これが小型なんだとか。
いや「小」って言われてもねぇ、あれでもまだ重かったし、なにより存在感ありまくりだったじゃん。(笑)
(更に小さなポケット判もありましたよね。 確かに学生鞄や、それこそポケットにだって入りそうな手軽さでした)

本書は、国語辞典大好き・学者芸人のサンキュータツオ、「広辞苑 第七版」の執筆陣にもその名を連ねるタツオさんが、国語辞典に捧げる(ありったけの)愛と情熱を吐露してみせた、正しく入魂の一冊です。

        ▽▲▽▲▽▲

判りやすく二部構成をとっている本書。
前半は(学生時代以来、すっかりご無沙汰してしまっている)国語辞典の再入門編です。
各出版社が、その威信を掛けて造り上げた知の集積と、どうやって付き合うかをガイドしてくれます。
辞書とは単に調べるだけではない。 むしろ読むもの、そして愉しむ(時には比較対照さえして)ものだった!
 
 
サンキュータツオ 「辞書やことばに、『なにが正しい』という答えはない」
 
 
各出版社から刊行されている国語辞典。
一見して、どれも似たように見えますけれど、各々の個性・特徴は(そのスタンスに応じて)様々です。 同じ出版社が、何種類かの(用途/ニーズに応じた)辞書を刊行していることもありますし。

広く世の中にアンテナを張り巡らし、流行語/最新のワードにも敏感で、アップデートを絶やさない辞書。
逆に、時流に振り回されることなく、右顧左眄しない(あえて保守本流を目指す)辞書。
あるいは、言葉のニュアンスに鋭く斬り込んだ辞書(ワタクシ、目下このタイプが気になっています (^ァ^) )。 などなど。

各々の特徴/セールスポイントは勿論として、その編纂哲学から、果ては文法問題(σ(^^)自分的にチョー苦手とする分野です)まで語り尽くすあたり、日本語学者である筆者ならではと想います。

        ▽▲▽▲▽▲

さて本書の後半は、筋金入りの辞書オタク・サンキュータツオが、各社の中型国語辞典からお勧めをセレクト。
編集方針や個性・主張について、(マンガ・小説などの登場人物の紹介風に)ひとつひとつの性格や風貌に至るまで(一歩踏み込んだ!)紹介をしてくれます。

辞書を比較する際のベンチマークとし得る言葉(「虫」とか)に付いても触れていて、とっても面白いんですけれど、でも、本当に気になる言葉は人それぞれ。
本書を読んでいると、自分の気になる言葉について、あれこれと引いてみたくなります。(笑)

それにしても、国語辞典って面白いよね。(って、すっかり本書に感化されているワタクシ(笑))
国語辞典マニアともなると、何冊もの辞書を手元に集めてしまうそうですけれど、その気持ち、判る気がして来ました。

とはいえ、なにかにつけコンサバ、スタンダード好みのワタクシ。 頑なに保守本流のスタンスを貫く岩国くん(岩波国語辞典)に惹かれています。
 
 

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February 02, 2019

読書:カレーライスを一から作る

 
 
カレーライスを一から作る
 
   ~岡野吉晴ゼミ~
 
 
    前田亜紀 著
 
      2017年  ポプラ社
 
 
みんな大好きカレーライス!(^ァ^)
本書は武蔵野美術大学・岡野吉晴先生の授業、その一年間を追い掛けた同名のドキュメンタリーを書籍化したものです。
岡野先生の授業、その内容は一食のご飯(ここではそれがカレーライス)すべてを自分たちの手で一から作ってみるというユニークなもの。
美術とはあんまり関係は無さそうですけれど、ともあれこれも美大の授業のひとつ。
岡野ゼミに集まった、それぞれ専攻(絵画、デザインなど)の異なる学生さんたちが、一皿のカレーライス作りに取り組みました。

        ▽▲▽▲▽▲

学生たちにはカレーの素材、お米・野菜・お肉・スパイスから更には食器に至るまで、既製品に頼ることなく、自分たちの手で<一から作る>ことが課されます。

普段我々があたりまえに食しているご飯、それが供されるまでには、一体どれほどの仕事が必要であることか。
ご飯の材料・食材について、出来上がったものを買い求めることがアタリマエになっている現代人に、食に付いて改めて考えてもらおうという課題。

こんなこと、同世代の若者であっても、普段からやり慣れている人に掛かれば、ナンてことも無いんでしょうけれど。
でも、ここは美大。 集まった学生さんたちの大半は、包丁すら握らず、土いじりひとつした事もありません。

慣れない農作業・調理に驚き戸惑う学生さんたちの姿。
この先の展開、おおよそ読めてきました。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

さて授業は、これから作るカレーライスを一体「なにカレー」にしようかって相談から始まりました。 わくわく。(^ァ^)

若者たち、お肉の入っていないカレーなんて承知しません。(ベジタブルカレーにしておけば、まだラクチンなのにね (^^ゞ )
で、協議の末にチキンカレーを選択。(この決定が後々、学生さんたちのカレー作りのハードルを一気に上げてしまうワケですが、あるいはこれは吉野先生の狙いだったかもしれません)

美術とはまるで縁の遠い内容で、戸惑い気味に始まった吉野ゼミですけれど、まぁ読んでいるコチラとしては、この先の展開/授業の狙いが判り易いです。

ともあれ、これをやるのが芸術系の大学ですよ。
それぞれが他に絵を描いたり、専門分野を持っている学生さんたち。
そこでこういう授業を設ける武蔵野美大。 なかなかヤルな、と想うワケです。

そして、この岡野吉晴ゼミで課題に取り組む学生さんたち。
皆さんそこそこにマジメで、意欲的(意識ばかり高く (^^ゞ )で、でもちょっとヘタレで、まるで自分の学生時代を見ているようでした。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

さて、お米作りです。
今回、学生さんたちが鳩首協議した末に選んだ品種は、カレーライスに特に適した希少種なんだそうで、でもその分、栽培は難しいんだそうな。
なんで素人が(生産性とか失敗のリスクとか重視せずに)イバラの道を歩もうとするのかって想っちゃうんですけれど、でも皆さん妙に意識(だけ)が高い、この辺が学生さんだねぇ。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

カレーに投入する野菜作り。
ニンジン、ジャガイモ、スパイス等など。
が、そこは意識高い(^^ゞ学生さんたちです。 無農薬に拘るもんだから、想うように育たなかったり、雑草相手に苦戦したり・・・・
そう、最初は有機肥料さえ与えずに始めちゃうんです。
菜園の前で首をひねる学生さんたち。
そうして、無農薬栽培で一番大変なことは草むしり、と思い知るのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

そして(問題の!)お肉です。
来ました。
やっぱココでつまづくんですね。
早速トリ(ウコッケイとホロホロ鳥)の飼育に取り掛かった学生さんたちですけれど、数ヵ月の後、直面する事になる大問題(!)を予期し得なかったのか?

ここで学生さんたち、スーパーで清潔(!)なパック入り、グラム幾らのお肉を買い求めていては、決して知ることのない、シビアな現実と向き合うことになります。
つまり、お肉を得るためには、雛から大切に(ある意味、愛情を持って)育て上げ、そしてお終いにはシメて、羽をむしらなくちゃならないってコト。

いざ屠るという段階になって、躊躇・尻込みしてしまう学生さんが続出。
・トリたちはこのまま(ペットとして)飼い続けて、カレーはもう肉無しでイイのでは?
・そう言うけど、じゃあ家畜とペットとの違いって何?
学生たちの間で議論が交わされます。
このテーマ、重過ぎて(どうかすると)本全体を支配してしまいそうなほど。
 
食肉用の家畜に、名前を付けちゃダメ。
学生の自由にやらせる主義の先生から、珍しく指導が入りました。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
食器も自前で作ります。
土をこね、焼いてお皿に。 スプーンは竹を削って。
皆さん、なにしろ美大生ですからね。 こんなのお手の物でしょ、と想ったら意外や苦戦しています。 陶芸のクラス、授業って無かったんでしょうか?
それと、美大生ならではの斬新なデザインの食器とか造りだすかと期待したんですが・・・・
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
数ヶ月を掛けて、素材のすべてを用意し終え、いよいよ調理に取り掛かる吉野ゼミ・カレー。
田植え、除草の労苦、あれこれ工夫して育て上げた野菜、そしてトリさん・・・・
 
こうして出来上がったカレーライスのお味、果たして如何ばかりであったでしょう。
因みに、二種作ったカレーの内、片方は調理に失敗したってことで、オチまで付きました。(笑)
 
とっても好い授業になったと想います。
本来、それぞれ他に専攻を持つ美大生たち。
そこで、こういう授業をしてくれる大学って良いナ。 と羨ましく想いました
本編のドキュメンタリーの方も、是非観てみたいところですけれど、生憎とそちらは未見です。
 
休日の午後、一気に読み通してしまった好著です。
 
 

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November 25, 2018

読書:もっとヘンな論文

 
  
もっとヘンな論文
 
 
   サンキュータツオ 著
 
     2017年   角川学芸出版
 
 
サンキュータツオのヘンな論文集第二弾です。

まことに慶賀すべきことに、前作「ヘンな論文」は好評裏に迎えられているようで。
あちこちで紹介され/取り上げられて、実にイイ感じで受容されているみたいですね。
今回も、他の誰もが顧みることのなかった、世にもユニークな論文の数々が紹介されました。

前作「ヘンな論文」で、取り上げた論文を面白おかしく(そこは芸人と言う、本書執筆者のキャラクター上)紹介したことで、これは著者から嫌がられるカモ、といった懸念もあったみたいですね。
でも、こうして取り上げらることで、対象の専門分野に限らず、各界から注目されることもあるなど、論文執筆者側からも喜ばれているみたいです。
ウィンウィンの関係が出来上がっているようで。 好きかな、よきかな。(^ァ^)

今回も例によって各章毎の表題と、そのネタとなった論文の題名・著者名・掲載誌を併記した上でコメントさせて頂きマ~ス。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

<一本目> プロ野球選手と結婚する方法

 向井裕美子(2008)
  「プロ野球選手と結婚するための方法論に関する研究」

   明治学院大学 卒業論文


まずは女子大生の卒論からですよ。
女の子ならば当たり前に夢見る/時に想い悩む、結婚ということ。
その理想の相手としてプロ野球選手を想定して、その実現方法について考察するって、テーマがド直球過ぎでしょ。(笑)
でも、プロ野球選手と結婚する方法くらい私にさえ判る。 まずは女子アナになれってことですよねぇ。(違)

ともあれこの研究、古くは王・長島。 ちょっと以前ならばイチロー、松井といったスーパースターは別格として、ここでは一般的(?)な野球選手の暮らし/人生模様を分析。

プロ野球選手の皆さんがどんな相手とどうやって出会い、ゴールインするかについて究明してみせます。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
<二本目> 「追いかけてくるもの」研究

  三柴友太(2009)
  「「追いかけてくるもの」研究ー諸相と変容ー」

   『昔話伝説研究』第29号 昔話伝説研究会


独り夜道を歩いていると何者かが追い掛けて来る、的な伝説はあちこちにあるようですね。(なんか 水木しげる っぽい?)
各地に伝わる同様の伝説を収集(追い掛けて来るのが、車やバイクだったりするのが現代的!)、二十一世紀の伝説として分析してゆきます。


※ ここで、わたしの採取した事例をば。(笑)

ワタクシ、若い頃はバイクに夢中で、北海道へとツーリングに出掛けたりしたモンです。
その折に知り合ったライダーさんから聴いた話しで、「仮面ライダー」の噂を聴いた事があります。

なんでも、仮面ライダーがバイクで道道を走っているんだとか。(笑)
で、ツーリング中の他のライダーに「私は普段あまり走らないんだが。 (こうして出会うことの出来た)君は運が好いよ (^ァ^) 」的な意味のことを語って走り去って行くらしいです。
生憎と私は目撃出来なかったですけれど。 会ってみたかったねぇ。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

<三本目> 徹底調査! 縄文時代の栗サイズ

 吉川純子(2011)
  「縄文時代におけるクリ果実の大きさの変化」

   『植生史研究』第18号ー第2号


古代人が遺跡に残した食物の中に栗があったってのは、私も知識として知っていました。
でも、その<大きさの変化>に着目するとは!
筆者はここで「クリの大きさ指数」なる計算式を発案。
なんかヨク判んないんですけれど(笑)、ガチに理系の世界ですよ!
そして、一口に縄文時代と言っても長期(127世紀もの超長期間!)に渡るわけで、その間の気象の変化という事も関わって来る問題でしょうね。

        ▽▲▽▲▽▲

<四本目> かぐや姫のおじいさんは何歳か

 東崎雅樹(2012)
  「竹取の翁の年齢について」

   神戸学院大学人文学部 卒業論文
 
 
これも卒論です。
あの「竹取物語」に登場する竹取の翁。
翁とか言うから、私なんて漠然と、お年寄りとだけ想っていたんですけれど。 その具体的な年齢については、かねて学会でも論争のタネとなって来たらしいですね。 なんでも研究するモンだ。(笑)

卒業論文に取り掛かるに当って、著者はここで学生さん(初学者)らしい、常識に囚われないアプローチを取り入れました。
作品そのものを、改めて徹底的に読み込んだ結果、そこまでお年寄りじゃあなかったろうって結論に。
つまり千年前にこれを書いた作者って、話を結構大袈裟に「盛る」タイプだったんじゃあないかって勘ぐり始めます。(笑)
不詳となっている「竹取物語」作者の人間性までが浮かび上がって来ます。 お見事。

        ▽▲▽▲▽▲

<五本目> 大人が本気でカブトムシ観察

 佐々木正人(2011)
  「「起き上がるカブトムシ」の観察ー環境-行為系の創発」

   『質的心理学研究』第710号


子どもたち大好きカブトムシ。(^ァ^)
これ、オレも夏休みの自由研究でやってみたかったね。(笑)

たかがカブトムシですよ。
ひょいとひっくり返したヤツが、なんとか自力で起き上がるまでの工程を、大の大人がわざわざ研究しますか? したんだね。(笑)
捕まえて来たカブトムシを部屋に放して遊ぶ、みたいな行為から、研究論文をまとめるんですけれど、その文体が実にオモシロイ。

通常、我々がなんらかの文章を読解する場合(例えば横たわった体位から、立ち上がるまでの行為)その主体は(特別な例外を別として)両手両足を備えた者、という前提で読むわけですけれど、それがここでは、脚を6本(手は無い)持つ主体について、緻密な文章で描かれます。 これは、新しい文学/六本足文学の誕生だ。(笑)

それにしても、夏休みの自由研究みたいなこの論文から、唯一無二のオモシロさを見出したサンキュータツオの慧眼!

        ▽▲▽▲▽▲

<六本目> 競艇場のユルサについて

 安藤昌子(2007)
  「曖昧さが残る場所ー競艇場のエスノグラフィーー」

   『現代風俗学研究』第13号


ギャンブルの現場でなければ、見えないものがある。

我が家の近所には中山競馬場がありまして、開催日なんか、近所の路を競馬ファンが次々と通過してゆきます。
一方、近隣の船橋には船橋競馬場。 そして、その近くには(既に閉鎖されていますけれど)オートレース場もありました。
競艇なら、これまた近隣の新習志野(ボートピア習志野)ですね。
競輪場は無いですけれど、以前私が住んでいた多摩川沿いには京王閣競輪場ってのがありました。(^^ゞ
ともあれ、賭け事一通りが揃っている当地って、ひょっとしてギャンブル天国?(笑)

さて本稿の著者は、研究のフィールドとして選んだ競艇場に通う内、その魅力の虜となってしまい、ついには、そこの売店でバイトまでしたらしいです。(笑)
これは、熱心に研究を続ける内に、その対象に取り込まれてしまったパターンですね。(笑)

果たして、今の競艇場はお年寄りなど、他に行く所が無くなってしまった人々にとっての、オアシス的な存在となっているんだとか。 競艇場の懐深さ。
こういうのって競艇場に特有の現象で、他のギャンブルには見られないものなんだそうな。
研究対象に対する愛を感じさせられる論文。

        ▽▲▽▲▽▲

<七本目> 前世の記憶をもつ子ども

 大門正幸(2011)
  「「過去生の記憶」を持つ子供について ー日本人児童の事例ー」

  『人体科学』vol.20
 
 
あなた、生まれ変わりって信じますか?

え~、ここへ来てオカルトですかぁ?(違)
オレ的に、ちょっとばかり苦手なんですけれど。(^^ゞ

なんにせよ、事象を根拠もなしに否定することこそ、一番非科学的な行為。
反証する根拠無しに、「そんな馬鹿な」とか、「ありえない」とか、断定する姿勢それ自体、科学とは相反するってワケです。

そこで、筆者はこれを(ニガ手とか言わずに (^^ゞ )真っ向から研究するわけですね。
研究方法にも色々とあるけれど、これは研究対象となる相手、つまりサンプルがたった一人(=生まれ変わった少年)というパターン。
言わずもがなですけれど、とてもとても真面目で地道な研究です。

        ▽▲▽▲▽▲

<八本目> 鍼灸はマンガにどれだけ出てくるか

 有馬義貴ほか(2011)
  「マンガの社会学:鍼灸・柔道整復の社会認知」

  『健康プロデュース雑誌』第6巻 第1号


マンガを沢山集めまして、その中で鍼灸を扱っている作品がどれだけあるのかを調べるという研究です。
鍼灸というものを世に広めたい/盛り上げたいの一念から始まったのかもしれません。
けれどもこの論文、サンプルが極端に過ぎて、イマイチ納得出来なかったですねぇ。(^^ゞ
扱った数として充分かと言うと、マンガはまだまだ幾らでもあるわけで。
でも実は、サンプル中に幾つか読んでみたいタイトルもありまして。 (研究とはあまり関係ないんですけれど (^^ゞ )

ところで、こういうのって事前にデータベースとか構築されていれば、即座に検索出きるんじゃないでしょうか?(それが文字による検索なのか、画像なのかは、好く判らないけれど)
ことマンガに関して、データのインフラ化ってのがまだまだ未開拓だなって想いました。

因みに著者の勤務校、私と遠~い縁のあるトコロでした。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

<九本目> 花札の図像学的考察

 池間里代子(2009)
  「花札の図像学的考察」

  『流通経済大学 社会学部論叢』第19巻 第2号


花札のデザインに関する研究です。
その遊び方とか、とんと判らない私ですけれど、図案の幾つかについては知っていました。 中々味わいのあるデザインですよね。

そんな花札の図像についての研究論文。
そもそも、花札のデザインってひとつと決まっているの? ってギモンがあります。
例えばこの論文の対象となるのって、任天堂とかから出ている花札一種類が対象のようですけれど、他にメジャーとなり損ねた図案とか、あるんじゃないでしょうか。

花札って、ホントはもっと多彩な種類があるのでは? なんて想うわけです。
そんな非主流派花札の由来とか、土地毎の特長とか、時代による変遷とかも、研究対象となるんでは? なんて、素人なりに考えちゃいました。

        ▽▲▽▲▽▲

<十本目> 「坊ちゃん」と瀬戸内航路

 山田迪生(2009)
  「「坊ちゃん」と瀬戸内航路」

   『海事史研究』第66号


今回の白眉はこの論文。

押しも押されもしない国民文学「坊ちゃん」。
その坊ちゃんが東京から松山へと向かった道程って、夏目漱石が松山に赴任した際に使ったコースと重なるんでしょうけれど、ならば具体的にどんな経路を辿ったのか?

通説では、広島経由の海上ルートで松山に渡ったとのことですけれど、船舶史の研究家である著者は、そこに(往時の客船事情に詳しい方ならではの)疑問を抱いて研究を開始。
漱石と言えば数多の研究者によって調べ尽くされている筈の文豪ですけれど、ここに未だ知られていない盲点があったワケです!

長年蓄えた専門知識を生かし、さらに研究者間のネットワークをも駆使して、従来の定説を見事にひっくり返して見せる著者。
文豪が東京から松山へと向かう旅、その(わずかな期間とはいえ)文学史上の空白を明らかにしてゆく過程のスリリングさ!

本当に見事で、ヘンな論文ハンターのサンキュータツオがすっかり惚れ込んでしまう程の、滅多に出会えない逸品と言える論文でした。
仕舞いには、人間・夏目漱石の存在感、その日常さえ浮かび上がって来る、素晴らしい研究。
と言うか、ホントに面白かった。
 
 

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November 04, 2018

読書:生協の白石さん 学びと成長

  
 
生協の白石さん 学びと成長
 
 
    白石昌則 著
 
  
        2012年  ポプラ社
 
 
 
Q.アルバイトが長続きしないんですが、こんな人間が就職して大丈夫なんでしょうか?

A.アルバイトと就職は別ものです。ご安心ください。しかし、もしバイトが長続きしない理由が「疲れたから」「面倒くさいから」という何となくの理由であれば、ご注意ください。社会で就くどの仕事もこれまで以上に疲れるし、面倒なのです。それを上回るやる気を求められた時、力を発揮できるようなお仕事をご選択くださいませ。
 
 
 
生協の白石さんシリーズ(?)の一冊で、これは2012年の著作。
 
白石さん、本書執筆の時点では東京インターカレッジコープ渋谷店の店長さんをなさっているのだとか。
 
一言カードを通じた会員とのやりとり。 今作は特に、ボリューム的に豊富! 沢山のQ&Aが収録されていまして、お徳感で一杯!(^ァ^)
でも、各々のクオリティ(要はオモシロさ)に付いて見てみると、イマイチなのも少なくないですかねぇ。(^^ゞ

第一作「生協の白石さん」(2005年)で驚かされたような、第三者(生協職員でも学生でもない)であるコチラが思わず唸ってしまう程の、秀逸なレベルのものは、以前よりも少なかったたですね。 打率として、若干苦しくなって来たってトコかな?

如何にも学生さん向けの(当たり障りの無い)生協のPR的な内容のものは多かったんですけれど。 でもまぁ、一言カードって本来こうしたものなのかも。
 
当初は自由気ままに(そうは言っても、白石さん一流の律儀さで)回答する事の出来たものが、こうして書籍になることで世間に注目される、つまりは有名になることで、一言カードを書くにしたって、各方面に気を配りつつやらなきゃならなくなって来ているんじゃあないか? 白石さん、ストレス溜まんないかなぁ、なんて案じてしまうわけです。
そうは言っても、今回も十分愉しんじゃったんですけれど。(笑)
 
 
 
Q.ロックな生き方に憧れています。内田裕也みたいになるにはどういすればいいですか?
 
A.生協は学生の皆さまにロックな生き方を提唱する機関ではございません。しかし、内田裕也さんを目指す時点で、と申すより、既存の誰かを目指すこと自体、ロックというよりPOPSではないでしょうか。
 音楽に限らず、オリジナリティの追求こそがロックな生き様かと存じます。ところで楽器につきまして、ウクレレはお取り寄せ可能です。
 
 

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September 08, 2018

読書:生協の白石さんとエコごはん

 
 
生協の白石さんとエコごはん
 
 
  白石昌則 + 東京農工大学出版会 著
 
 
    2009年   ソニー・マガジンズ
 
 
東京農工大学内の生活協同組合に勤務、店内の掲示板に張り出された(ユーザーとお店とを繋ぐ)「ひとことカード」欄に、当意即妙の回答を付けていた、あの生協の白石さん。

その後の配置換えによって東京農工大を離れ、今は別の職場に勤務されているらしいですね。
そうは言っても、ユーザーからのどんな無茶ぶりな質問にも、真摯かつユーモアに富んだ、絶妙のアンサーを見せてくれた「ひとことカード」の鬼才・白石さんですよ。

これほどの人材を首脳陣(?)が放って置く筈も無く、現在は農工大広報大使というものを拝命。
ここではソニー・マガジンズ編集部に寄せられた様々な(例によって、あまり脈絡の無い(笑))質問に答えてゆきます、それに簡単なお料理レシピ(今時珍しく文字オンリーの)を加えたのが本書。
テーマは(今らしく)「エコ」です。

        ▽▲▽▲▽▲

<白石さんに寄せられた質問>

Q.5
ロハスって、ドミニカから来た助っ人外国人ぽくないですか?
中日か広島あたりにいそうです。

A.(白石さんの答え)
何年も前のことですが実際に、ロペスという外国人バッターが広島にいました。チャンスに強かったと記憶しています。ただしドミニカではなく、アメリカ出身です。一方、ロハスの発想もアメリカ発祥のようです。思いがけず、同郷ですね。いずれにしてもCARPにはロペス。COOPにはロハスが収まり良いかと思われます。

        ▽▲▽▲▽▲

さてさて、本書が世に出たのは2009年のこと。
世は既にエコ、エコ、エコと、エコロジー大流行りでした。

次世代を担う若者たちにも、是非ともエコ意識/将来への危機感を持って欲しいもの。
ましてや、お仕事が学生さん相手の白石さんです。 「ひとことカード」のアンサーの方もエコ志向に。
加えて、若い人向けの/地球にもお財布にも優しく/手間も時間もかからない、豊富なレシピの数々を公開!

省エネや時短とか言っても、こうして本にまとめる以上は、余程お洒落な料理でも紹介するのかと想っていたら、あにはからんや、ホントの本当に滅っ茶簡単な内容でした。(笑)

レシピによってはこれ、私が日々拙宅のキッチンで生み出す、世にも怪しい・イイカゲンな、なんちゃって料理と、大して変わんなくない? ってのもありました。
読んでみて、ちょっと安心しちゃったワタシ。(笑)
まぁ、お金も技もない学生さん向けのレシピですものね。

例えば、お料理の途中で切り落とした野菜(身の方は無論、それはそれで美味しく頂くワケです)の皮やクズの部分は、捨てたりせずに溜めておいて、それはそれで別の一品の材料にする。 好きだなぁ、こういうの。(笑)

アブラを盛大に消費する揚げ物なんかは(なにしろ後始末がエコじゃないですし)なるべく避けるのは勿論として、魚やお肉の包装に使われたプラ・パックさえ調理に応用。 後片付けの簡便さや洗い物の節水にさえ気を配るんです。

今時文字だけでお料理レシピを発表しているという今時珍しい、果敢なチャレンジャーぶりです。

白石さんの回答的には「生協の白石さん」に及ばないものの、その後の白石さんの活躍ぶりを知るという意味で、愉しい読み物でした。
 
 
 
     生協の白石さん     白石昌則著  (白石さんの前著です)
 
 

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August 20, 2018

小説:海賊とよばれた男

 
 
海賊とよばれた男
Fueled: The Man They Called Pirate
 
 
   百田尚樹 著
 
 
       2012年   講談社
 
 
欧米先進諸国に追いつけ追い越せとばかり、急ピッチで近代化を進めていた当時の日本。
産業の振興を進めるには石油が不可欠ですが、そこは資源に恵まれない我が国故、輸入に依存するしかない訳です。
しかし諸外国の採った輸出禁止政策(が一因となって)により、追い詰められる日本。 遂に太平洋戦争へ・・・・

石油。 各企業は競ってその独占を計り、時に国際政治のカードともなります。
なにせ <石油の供給ストップ> イコール <近代国家として機能停止> みたいなモンですから。
石油の確保というのは国家の一大事でもあったわけですね。
お金さえ払えば売って貰えるってもんじゃあ無かった。(ココ、大事!)

戦後、国内石油会社は次々と欧米大手石油会社の傘下に入り、石油の安定確保を図ります。
しかし、それは自国のライフラインを外資に委ねてしまうってこと。
こんなことでマサカの事態(有事とか)に対処出来るんでしょうか?
だがここに、欧米メジャーの軍門に下ることを断固拒否した石油会社があった!!

        ▽▲▽▲▽▲

本書は、モデルとなった出光興産の創業者一代記、あるいは出光の社史みたいになっていますけれど、「石油」という視点から見た日本の戦前・戦中・戦後史でもあります。

石油の供給を巡る企業間、時には企業 VS 国家(!)の闘い。
初めて(世界に先駆けて!)中東まで自社タンカーを派遣し、イランから直に石油を買い付けたんだってぇ?! こんな大冒険、もはや世界史の一頁に記すべきイベントじゃあないですか。

それにしても戦後(自分が生まれる少し前に)日本がこれほどヤバイ綱渡りをしていたとは!
ま、こんなこと(オレがものを知らないだけで)ご存知の方にとっては、周知の事実なんでしょうけれど。
大河ドラマなんかより余程オモシロイじゃん。(笑)(ドラマとしてあんまり取り上げられた例を聞かないのは、モデルとなったのが実在の企業であり、ご存命の方も多い故ですかね)

石油業界を保護主義に導こうとする通商産業省(経済産業省)の護送船団方式とは逆に、自由化こそが正しいと反論する主人公。
これ、以前に読んだ小説「官僚たちの夏」(城山三郎)とは逆方向から眺めた昭和史ですね。
本書は軍人・政治家・官僚でなく、商人の側から見た戦前・戦中・戦後ということで、私にはとても新鮮でした。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、主人公(外資になびかず独立を貫こうとする気骨の人です!)の石油会社は途中何度か資金難、経営の危機に見舞われます。
が、その度に銀行等が援助を申し出て(交渉の末)会社はギリギリのところで救われる!
交渉相手のトップから、破格の好条件を引き出して見せる主人公の人間的魅力、凄すぎます。 って言うかこの小説、同じパターンを何度も使い過ぎ。(笑)

そんな主人公(の石油会社)の前には幾多のライバル会社が立ち塞がり、また役人から疎んじられたりもして、とにかく敵が多いんです。
その敵役というのが、揃いも揃って姑息で卑怯で、おまけに売国的な奴らに描かれていまして、なんか、とっても物足らなく感じました。
人間の描き方があんまり浅くって、なんかジュブナイルっぽいんですね。

また、全体的に感情表現や心理・内面の描写が下手過ぎですかね。
文章が稚拙に過ぎるのも気になりました。
以前、同じ著者の「永遠の0」を読んだ時はそうでもなかったのになぁ。

        ▽▲▽▲▽▲

ネットでこの小説の評判を調べてみたら、・主人公凄い。・この会社凄い。・自分もこんな会社で働いてみたい。 なんて、おそらくは若い人からの感想があがっていましたけれど、そうかぁ~?(笑)

小説では徒手空拳のスタート、何も無いところから自分の会社を立ち上げ、やっと中堅企業にまで育てたと想ったら、敗戦により全てパー。orz

戦後、どん底から這い上がって、艱難辛苦の末、遂に押しも押されもしない大企業となってメデタイわけですけれど、そこまでついて付いてゆくのって、大変だと想うよ~(笑)
って言うか、ゴール(未来)が見えないまま、ここまで突っ走れるってスゴイと想うわけです。

いろいろと文句を垂れてしまいましたけれど、本書は戦後の日章丸事件あたりから俄然、面白くなって来る。 手に汗握る展開!

石油から見た昭和史、なかなか読み応えがありました。
 
 

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