October 22, 2017

映画:まぼろしの邪馬台国

 
 
まぼろしの邪馬台国
Where the Legend Lives
 
 
監督:堤幸彦
原案:宮崎康平
脚本:大石静
音楽:大島ミチル
出演:吉永小百合
   竹中直人
 
 
   2008年   日本、東映
 
 
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「まぼろしの邪馬台国」。
戦後の九州・島原地方で地元鉄道会社の経営に取り組み、更に在野の古代史研究家として名を馳せ、全国に邪馬台国論争/ブームを巻き起こした宮崎康平と、その妻・和子の半生を描いた映画です。

歴史書「三国正史」の内、「魏書」に記された倭国。 中でも魏の使節が訪れたという邪馬台国。 その場所については未だ謎となっています。
一体、日本の何処に在ったのか? そして卑弥呼とは?・・・・永遠に解き明かされることのない古代史のロマンですね。

1967年に出版されたベストセラー。 古代史研究家・宮﨑康平を天下に知らしめた著書(映画と同名の)「まぼろしの邪馬台国」については、かつて私の父の書棚にも在った(生憎と私は未読でありますけれど)筈。 ハードカバーの本(ドラマ中にも出版シーンがあります)の装丁など、微かに記憶していますし。
かつて、ひとつの社会現象にまでなったんですね。

        ▽▲▽▲▽▲

さてこの宮崎康平という人ですけれど、なにしろ滅っ茶苦茶に熱かった!
この映画では、竹中直人がまことに竹中直人らしい、イイ演技をして見せてくれています。 すなわち、超ウザい(笑)オヤジぶりを発揮!
圧倒的なバイタリティで、島原鉄道の経営を牽引する一方で(社長の道楽も同然の)古代史の研究にのめり込んでゆきます。

病気によって視力を失うも、そのハンディをものともせず、ところ構わず歩き廻り、そして怒鳴り散らす。
想ったことは何でも大声で口にするし、事あるごとに忽ち激昂する瞬間湯沸かし器ぶりを発揮!
それも白杖を(周囲を威嚇するかのように)ブンブン振り回しながらなんですから、とにかくウザい! もう、徹底的にウザい!!(笑)

そうは言っても根っから人情味/人間味に溢れる宮崎社長(竹中直人)です。
現場の社員らには妙に人気がありまして、地元で彼のことを悪く言う人は居ません。(と言うか、時に社員から激しい反発を喰らうことはあっても、その実、深~く愛されているんですね)
そんな宮崎康平(竹中直人)が奥さんに迎えたのが和子(吉永小百合)でした。

家庭に在っても昭和の雷オヤジぶり/亭主関白ぶりを遺憾なく発揮する竹中直人。
もちろん、小百合さんだって負けてはいませんよ!
ともあれ、見ているこちらとしてはビックリです。
今時の映画で(それも、あの小百合さんを相手に)よくもまァこんな性格設定を通したよなあって感じで。
まことに、竹中直人でなければ成り立たないキャラですし、また吉永小百合でなければ実現不可能な役でしょう。

        ▽▲▽▲▽▲

盲目の夫と、その眼となって導く小百合さんと。
こうして暮らし始めた二人ですけれど、夫婦として歳月を経る中で、次第に小百合さんのポジションが変化してゆきます。
映画の終盤。
小百合さんは、初めの頃の貞淑な「堪える妻」から、いつしか立ち位置を変えて(相変わらずワガママ一杯な)竹中直人の慈母のような存在になっているではありませんか。

無論のこと、小百合さんは古代史学者ではありません。
そもそも、邪馬台国がどこにあろうが(ぶっちゃけ)大して興味はなさそうですし。(笑) 唯一途に、目の見えぬ夫の手を曳いて歩む妻です。

康平自身、邪馬台国を訪ねて九州各地を歩く中で、ふと漏らすのでした。
邪馬台国が何処にあったかとか、卑弥呼の事なんかより、こうして和子と二人、あちこち旅をしていることそのものが、自分にとってなによりの幸せなんだと。(ある意味、ウラヤマシイ人生だわ~)叶うならば、永遠に続いて欲しい旅、とも。

そんな宮崎が、晩年に至って遂に特定した邪馬台国の場所は、どうやらハズレっぽいんですけれど、でも、どこまでも(その最期まで)手を取り、付き添ってあげる慈母・小百合さんでした。

        ▽▲▽▲▽▲

とっても好い映画でした。
島原に暮らす人々の人情がユーモアを交えて描かれますし、島原近辺の人々の暮らし、それから自然の描写も好かった。
とりわけ、夫婦で九州各地を廻る調査旅行のシーンで、その風景を捉えたカメラが実に(見ていて唖然とするくらい)見事だったし。
鉄道員(窪塚洋介)とバスガール(柳原可奈子)の不器用で一途な恋もまた好し。
それから、エンドクレジットでの九州各地の自然を捉えた写真が、もうすっごい綺麗。
加えて大島ミチルの音楽がまた素晴らしかった。

とても素晴らしい作品だけれど、ただ、序盤の小百合さん少女時代と、終盤の(幻想の中の)邪馬台国シーン。 そこいらは、いらなかったと想うな。
 
 

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October 15, 2017

映画:007/ドクター・ノオ

 
 
007/ドクター・ノオ
Dr. No
 
 
監督:テレンス・ヤング
原作:イアン・フレミング
出演:ショーン・コネリー (007:ジェームズ・ボンド)
   ウルスラ・アンドレス(ボンドガール:ハニー・ライダー)
   ジョセフ・ワイズマン(ドクター・ノオ)
   ジャック・ロード  (CIA:フェリックス・ライター)

   バーナード・リー  (MI6:M)
   ピーター・バートン (MI6:ブースロイド少佐(後のQ))
   ロイス・マクスウェル(MI6:マネーペニー)
 
       1962年   英米
 

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ご存知007であります。
長~く続いた(というか今もって続いている)シリーズの、これが第一作目。
娯楽映画として押しも押されもしない位置をキープし続けている007ですけれど、すべては1962年製作のこの作品から始まりました。

オープニングはお馴染み007テーマから。
しばらくすると「スリーブラインドマイス」(のカリプソ風味)へと切り替わるんですけれど、おかしな三人組登場と想わせておいて、実は非情な殺し屋でしたとさって言う面白ブラックな導入部。
のっけから大胆な演出です。
そして、今作の舞台は南海に浮かぶ楽園ジャマイカなのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

それにしても霧の都ロンドン(MI6本部の所在地)と南国ジャマイカと。 この両者のギャップってスゴイよね。
陽光ギラギラと降り注ぐジャマイカの風景を見ていると、英国人らの南洋への憧れが少しは判る気がして来るよ。
そう言えば、ここはまた大英帝国の版図の一部ではあったんですね。
晴れ渡る空、青い海と緑溢れる木々。 娯楽映画の舞台として、この地が選ばれたのもむべなるかなって感じです。
南国的なのんびりした明るさ。 微か~に漂う倦怠感。
マンゴ バナ~ナ アン タンジェリ~ン♪

        ▽▲▽▲▽▲

某組織が米国の月ロケット打ち上げを妨害するという。 これを阻止せよ!
007に出動命令が下されました。

007テーマの名調子と共に颯爽と現れるボンド、厳格なM、生真面目な(後の)Q、そして美人秘書はマネーペニー、とシリーズ第一作にして既にMI6の設定も出来上がっていたんですね。 テンポあくまでも軽快! なんとも粋な導入部です。

007と言えば秘密兵器が付き物ですけれど、未だこの第一作には現れません。
本部詰めのブースロイド少佐(後のQ)から渡されるのは、ごく普通(?)の拳銃。(ワルサー社製PPK)
それと、現地から注文したらしい放射能測定機なんですけれど、どちらも市販の製品っぽいですね。
て言うか、女王陛下から殺人許可証を託された00ナンバーにして、メイン・ウェポンが官給品とはね。 さすが、しっかり銃規制のある英国のスパイです。

        ▽▲▽▲▽▲

この007シリーズって、基本男性向けに造られていますよね。
オトコの欲望(!?)のままにっていう世界。
そして、この映画の登場人は皆(ボンドも含めて)感情って言えるほどのものを持っていません。(?!)
だから、ボンドはナンの躊躇いも無く敵を倒してゆくし、ボンドガールたちはオトコ(主としてボンド)の意のままに動かされるし。
徹底した娯楽作品ですから、まぁイイ(?)んだけれど、普通に考えれば酷い話ではあります。

そんな中で、唯一と言える例外がマネーペニー。
はい、MI6所属、ボンドの上司M付きの秘書です。
導入部の、わずかしか出番のない彼女だけは、知性・感情の豊かな女性として描かれます。(だからボンドとの関係も賢く自重して、決して進展させないんだと想います)

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、前半がとりわけ素晴らしいんです。
南国ジャマイカを舞台にして、ロンドンから来たスパイが事件の謎を追い、敵の野望を阻止するべく奮闘。 ドラマはとにかくテンポよく進みます。

海から上がって来たボンドガール。
マンゴ バナ~ナ アン タンジェリ~ン♪


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ここで、ボンドガールをして(南国の海と空、そして砂浜を背景に)白いビキニを着せたセンスは素晴らしいです。
当時としては相当過激だったであろう水着(未だ伸縮性が無くって窮屈そう)、時代を感じさせらるねぇ。

その後、ジャングルに分け入り川を遡上するボンド一行。
でも映画がサイコーなのはここらまでなのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

実は、ボンドガールが身の上話を始める辺りからイマイチと感じ始めてしまったんですね。
でそれは、前半とは一転してSF仕立てとなる、後半の間ず~っとなのです。

敵の首魁ドクター・ノオの手下に捉えられたボンドたち。 秘密基地の中に幽閉されてしまいます。
アメリカの月ロケット打ち上げを妨害するんだってさ。 時あたかも宇宙時代だもんね。
巨大で未来的な施設の中で、キビキビと立ち働く大勢のスタッフ(こいつら全員悪人です)。
捕らわれのボンドたちを弄ぶ(優雅にして冷酷な)ドクター・ノオの、如何にもお金の掛かってそうなライフスタイル。 どれもスゲエや。

通気用のダクトを通り抜けて脱出し、そこから一発大逆転。 巧みに敵の裏をかくボンド。
どれもこれも、どっかで見たような(笑)展開だけれど。 でも、きっとこの映画がオリジナルなんでしょうね。 みんな007を見て育った。

これ、映画の後半も(あれこれ文句を言いながらも)勢いで見ちゃうね。 前半が魅力的だし、後半もやっぱり愉しいし。 そして、やっぱり面白い、見て満足度の高い映画です。
マンゴ バナ~ナ アン タンジェリ~ン♪
 
 

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October 02, 2017

映画:パシフィック・リム

 
 
パシフィック・リム
Pacific Rim
 
 
  監督:ギレルモ・デル・トロ
  出演:チャーリー・ハナム
     菊地凛子
 
       2013年  米国
 
 
出ました! ハリウッド版の超本格怪獣映画!!

ここであえて「怪獣映画」と呼ぶに相応しく、この映画、日本製の特撮・アニメに対するリスペクトを随所に見ることが出来ます!
巨大ロボット対巨大怪獣の戦いはしかし、(昔ながらの)着ぐるみなどに頼らない、フルCGによるものでした。
でも、ここまで上手く表現出来るんなら、もう特撮に拘ることもないや。 CG万歳だな。

お話しの方は、単純にして明快!
異次元の彼方から続々と送り込まれて来る凶悪怪獣たちを、主人公らが巨大なロボットに乗り込んで倒してゆくんです。

けれど、この相手怪獣が滅っ茶苦茶強かった!
こっちは子供の頃から怪獣を観続けて、こと怪獣に掛けては擦れっ枯らしになっているとは言え、それは主として日本の、30分番組で片のつく程度の奴ですよ。
それがここでは、正義の巨大ロボットが次々と倒され、仲間のパイロットたちがバタバタ容赦なく命を落とすんです。 これは観ていてキツイよ、厳し過ぎる。 まぁその分だけ余計に、手に汗握らせられることになるんだけれど。

パシフィック・リム。 ドラマとして、かな~りハードなものでした。
それにしても、怪獣映画もハリウッドが本腰を入れて造るとなると、ここまでのモノになりますか。

        ▽▲▽▲▽▲

決戦の主要な舞台が香港ってのがまた(「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」(1995年のアニメ映画)の1シーンみたいで)この映画を滅法面白いものにしていますね。
近代的な高層ビルの合間に潜むダウンタウンの猥雑さ。 横溢するエネルギーでムンムンの街々。 そして、降り止まぬ雨・・・・このサイバーパンク臭が溜まんないです。 

商魂逞しい人々(そりゃあもう呆れるくらいに)。 って言うか地元の香港人たち。

古来、漢方では様々な生き物を素材に薬を得て来ましたよね。 中にはヘビやトカゲ、サソリなんてのも・・・・
ましてや大怪獣の身体です。 滋養強壮・精力増強(笑)に、さぞや効果絶大って想うじゃあないですか?

なので、倒した怪獣はそのままにしておくんじゃあなく、何処からか闇業者が現れて遺骸を漢方薬(のようなもの)その他にしてしまうって言うんですけれど、それってマジですか?

実際、怪獣の身体は内臓からホネから、どの部位にも使い道があって、もはや捨てるところが無いらしいですね。
そんな怪獣の遺骸の所有権は? そんなん誰が知るか!状態です。(それに怪獣の身体って、闇ルートでかなりお金になるらしいんですワ)

防衛チームが巨大ロボットに乗り込んで決死の闘いを繰り広げ(機体と、パイロットの尊い犠牲を払いながら)怪獣を倒しているその傍らで、(いろんな意味でブラックな)業者らが速攻で死骸に群がり、その漢方薬化(?)に取り掛かる姿・・・・

だって、ついさっきまでガオーって暴れまわっていた大怪獣ですよ。
既に息絶えたからといって、身一つでその体内に潜り込んで(相手は大怪獣なんで、骨とか内臓とかのひとつひとつがまたビッグサイズ)貴重な部位に群がる業者らの姿の、なんて命知らずなこと。 いや、実に逞しい!

などと呆れていたら、防衛チームに属する(怪獣オタクな)学者までが、業者らと一緒になって怪獣の遺体に(研究材料欲しさから)群がっているじゃないですか。 もう、人間とはどこまで浅ましい・・・・

風刺の効いたこの切り口、滅っ茶面白くて素晴らしい。
こっちも(日本の)怪獣ものを随分見てきたけれど、米映画でここまでやってくれるとは。 いやもう参りました。
っていうかギレルモ・デル・トロ監督、もう本田猪四朗ばり。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、前述の怪獣オタク学者ですけれど、その捨て身の行動が、結局人類を救うことに繋がるんですから、正にオタクは世界を救うの図ですね。 いやもう素ン晴らしい。 ぱちぱち。

登場人物では、前述のオタク学者たち、かなりイカレた怪獣解体業者のボス、そして意外にアメリカナイズされていない菊池凛子もとても好かったです。
 
 

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September 25, 2017

映画:ハルク

 
 
ハルク
Hulk
 
 
監督:アン・リー(李安)
出演:エリック・バナ    (ブルース・バナー/ハルク)
   ジェニファー・コネリー(ベティ・ロス)
   サム・エリオット   (ロス将軍)
   ニック・ノルティ   (デヴィッド・バナー)
 
 
     2003年  米国・マーベル
 
 
出たな、緑の怪人!
いえいえ、これでも歴としたスーパーヒーローですってば。
ハルク。 米国発、人気コミックからの実写映画化ですよ。
アメコミのヒーロー、中でもこの ハルク ってのは、これまでに何度もドラマ化されています。 色々と沢山あって、もはや「どれから見たらイイのか判んない」状態ですけれど。 これは2003年の実写化。

因みにハルクって、昔テレビでもやってましたよね。 緑色のスーツを着込んだ実写ドラマ。 当時民放のあまり映らない、民放不毛地帯の静岡市でさえも「超人ハルク」のタイトルで放送していたはず。 でも、なぜか自分とは縁がなくって、ほとんど見た覚えがないんだな。 面白そうだったのに、残念也。
CG全盛の今、そのハルクを実写映画化したとのことで、今更ながらですけれど見てみることに。

        ▽▲▽▲▽▲

さてそのハルク。
これはこの映画版に限ったことなのかもしれませんけれど、ストーリー展開がとにかくスローモーで、途中で飽きちゃいましたよ。
肝心のハルクが中々現れないし。
画面はマルチ・スクリーン方式(ちょっと落ち着きがないです)を多用した意欲的な演出。 いろいろと頑張ってはいるけれどいまひとつ、ってところです。

そして登場人物についてもイマイチと思いました。
消極的って言うのか、終始巻込まれ型で、いまひとつ魅力を感じさせない主人公。
ここはむしろ悪役である主人公の父(マッドサイエンティスト)と、主人公を追い詰める米軍大佐(恋人の父でもある)の人物像が面白いし、また役者も上手かったですねぇ。

この映画、全体的に真面目に作り過ぎちゃったんじゃあないですかね?
こういう古典(的なアメコミ)と真摯に向き合う姿勢。 例えばスーパーマン(1978年の実写映画版)の時はそれが成功したと想うんです。
本来、荒唐無稽なアメコミの原作を、アメリカを代表するコミックスのヒーローとして、時に格調高く取り上げて、それで見応えがありましたから。
でもハルクって、正義漢、愛と勇気の正統派ヒーローというよりは、どちらかって言うと(「怒り」を動機にした)ダークなタイプのヒーロー(この映画で見た限りは)だしなぁ・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

荒野を舞台にした ハルク vs 米軍 の戦いは、この映画の中で一番の見せ場でした。
これが日本ならば、栃木県の採石場でロケして済ませそうなところですけれど、やっぱアメリカは広いわ~。
広大な砂漠と荒地、その荒地の中にポツンと遺されたゴーストタウン、米軍の巨大な地下秘密基地、と次々に舞台を替えながら、スケール雄大な戦いを繰り広げます。 今更ながらですけれどアメリカってデカいですね。 ホント、今更な感想ですけれど。

それにしても米軍も、現役または最新鋭の兵器を惜しげもなく投入とはまた太っ腹!
F-22ラプター ステルス戦闘機とか、M1 エイブラムス戦車、RAH-66 コマンチ戦闘ヘリからクラスター爆弾などなど、最新鋭/現役兵器の大盤振る舞いです。 ていうか、よくぞここまで米軍が許可してくれたなと。

で、それだけ投入しても平気の平左なんだよな、この男は。
ハルク強し! 天下の米軍が束になっても歯が立たないよ。

        ▽▲▽▲▽▲

終盤のクライマックスは、ハルク対その親父(!)。
人間を越えた、壮大な親子喧嘩を展開。
これにはちょっとガックリでした。(んなもん、犬も喰わね~から) 長い映画の最後がコレですか?
イイ加減にしなさいって。 ったくこの親子、お互いに譲るってこと、歩み寄るってことを知らないんだから。

全体的に、アクションはスゴイんだけれど、この主人公、あんまり好きになれなかったなぁ。 終始受け身に回っていてサ。
で、その彼がいざスーパーヒーローになる際の行動原理が「愛」でも「義」でもなく「怒り」ってのが、どうもね。
アメコミって、オレが想っている以上にフクザツなものなのかも。
 
 

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September 22, 2017

映画:スーパーマンⅡ 冒険篇

 
 
スーパーマンⅡ 冒険篇
Superman Ⅱ
 
 
監督:リチャード・レスター
出演:クリストファー・リーヴ(スーパーマン/クラーク・ケント)
   マーゴット・キダー  (ロイス・レーン)
   ジーン・ハックマン  (レックス・ルーサー)
 
   テレンス・スタンプ  (ゾッド将軍)
   サラ・ダグラス    (アーサ)
   ジャック・オハローラン(ノン)
 
        1980年   米国
 
 
米国の国民的ヒーロー、スーパーマンの劇場映画実写版、その続編です。
アメリカを代表するヒーローの中のヒーロー。 その実に久々の登場として格調高く描かれた前作に比べ、1980年の今作ではずっとカジュアルな印象。 と言うか、地に足の着いた面白さ。 その分、スケールは幾分小さく、こじんまりとなったかもしれませんけれど。 まぁ、これがアメコミ本来の愉しさなのかもしれません。

俳優陣の中では(クリストファー・リーブ演じるスーパーマンの素晴らしさはいわずもがなとして)ロイス・レーンを演じるマーゴット・キダーがとにかくサイコーですね。 この映画の真の主役と言えるのではないですか?
憧れのスーパーマンを前にした時の可愛さ(♪)、一方でクラークを扱う際のぞんざいさ(!)。 ホント素敵!

        ▽▲▽▲▽▲

さてさて、スーパーマンには第一作から引っ張り続けている設定がありますね。
最強の男、およそ不可能なことなど無い筈のスーパーヒーローにもひとつ、ままならぬ悩みがあって、それは想う女性(それも市井に住まう、ごく普通の)のハートであったっていう、ある意味ロマンティックな設定。

そんな、スーパーマンを転がす女、ロイス・レーンですが、彼女が愛しているのはあくまでスーパーマンであって、残念ながらクラークその人ではなかったという現実。 ちょっと切ないですねぇ。 嗚呼。

        ▽▲▽▲▽▲

ロイス・レーンが危機一髪という時、必ず現れて彼女を救うスーパーマン。
その正体は秘密のヴェールに覆われているわけですけれど、そもそも黒縁メガネひとつで正体を隠し通せる筈もなく(笑)ここでは(実写映画版2作目にして)ロイス・レーンがスーパーマン=クラーク・ケント、つまり彼の正体に気付くという、原作からの設定を根底から覆してしまいそうな、まさかの展開をみせます。

そのロイス・レーン。 時にクラークに向かってシビアな人生訓を垂れたり、ピューリッツァー賞やノーベル賞を受賞する自分を夢見たり、そして搾りたて100%のオレンジジュースに拘ったりもする意識高い系女子ですが、今作ではスーパーマンの正体について疑惑を抱き、それを確かめるため(身体を張って!)クラークを試したりする、ある意味スーパーマンよりも強そうなオンナっぷりを見せつけます。

ロイスと結ばれるためには、そのスーパーパワーを手離さなければならないという条件を突き付けられたスーパーマン。 ここで彼は親から授かった大切な超能力を捨ててしまう決意を固めます。(なんとまぁ、思い切ったことを・・・・)

なにしろクラークにとって、ロイスとの恋はなによりも大切なことですからね。 悪と戦えなくなることくらい、この大問題の前では、どうということはないんです。(キッパリ)

我らがスーパーヒーローにこんなスゴイことまでさせちゃう、シリーズ第二作目です。

地球人で唯一人、スーパーマンの秘密を知っちゃったロイスですけれど、ドラマのラストでは二人で過ごした甘~い、そしてエキサイティングな記憶をすべて消され(吸い取られ?)無事シリーズは続くのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

ちなみに今回の3人の敵、残念ながらあんまり魅力を感じさせられません。 っていうか随分と安っぽいよなぁ。 そのコスチュームと言い、アクションと言い、どこかテレビの特撮番組っぽいです。 それはそれでコチラの好物ですし、愉しませて貰ったんですけれど。

        ▽▲▽▲▽▲

エピローグにて、街のワルを懲らしめるクラーク。
取り戻した(無事に取り戻せたんだ?!)スーパーパワーを発揮しての意趣返しです。

う~ん。 ここはひとつ痛い目みせてやりたいって気持ちは判らないではないけれど、でもそれってヒーローの(人間体の時とはいえ)やることじゃあないと思うよ。
私にはヒーローらしからぬ振る舞いと感じられてしまって、見ていてちょっときまりが悪いシーンでしたね。
 
 

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September 18, 2017

映画:のぼうの城

 
 
のぼうの城
THE FLOATING CASTLE
  
 
監督:犬童一心、樋口真嗣
原作、脚本:和田竜
出演:野村萬斎(成田長親)
   佐藤浩市(正木丹波守)
   山口智充(柴崎和泉守)
   成宮寛貴(酒巻靭負)
   榮倉奈々(甲斐姫)
   前田吟 (多兵衛)
   上地雄輔(石田三成)
   山田孝之(大谷吉継)
   平岳大 (長束正家)
 
      2012年  日本、東宝
 
 
「のぼうの城」と言う映画。 また実に感じの好い題名じゃあありませんか?
このセンスの良さは、演出の隅々、セリフの端々にも現れており、また、映像のクオリティも図抜けていると想います。

がしか~し、そのイイ感じも映画の全部がぜんぶというわけにはゆかなくて、そこかしこで、マダマダじゃって気にもさせられます。(笑) 随所に光るところがあるとは言え、あちこちに隙が見て取れるんですね。 好いところはもの凄く好い、が、そうではないところも所々ある。(笑) そういう映画。 でも、総体とっても楽しむことが出来ました。

        ▽▲▽▲▽▲

時は戦国の末期。
物語の舞台になった忍城(周囲を水に囲まれた、その様子から「浮城」とも呼ばれるそうな)が水郷地帯/田園地帯の真ん中に位置する様子が、実にイイ感じに造り込まれています。
まぁ、CGを使いまくった成果なんでしょうけれど、そうと感じさせない上手さです。
現在の埼玉県行田市の辺り。 往時の関東平野に幾らもあったであろう、水郷地帯の中に位置する村と城。 田圃に囲まれた城郭は、領主一族が農民と一体となって堅実に暮らしを立てているということの証ですね。

        ▽▲▽▲▽▲

猛将揃いの豊臣家中にあって、己の武名の無さに根強いコンプレックスを抱えていた石田光成。
そこは戦国武将ですから、光成も強い武将と認められたいわけです。 中でも、主君秀吉が備中高松城攻めの時にやってのけた大規模な水攻めを、自分でもやってみたくて仕方がない。
見れば、目の前に鎮座する忍城は周囲を豊富な水に囲まれており、水攻めで落としてみよと言わんばかりなのですが・・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

この監督ら、場面・場面の構図が実に好く、そしてスタイリッシュ。 実にセンスが好いんですね。
もう、惚れ惚れするようなカッコイイ構図/カットがそこかしこに頻発するワケですよ。(そうではない残念なカットも、あるにはあるんですけれど)
そのセンスの好さがハマると、その結果が凄くイイものとなるのがこの監督らの強みと想いました。

        ▽▲▽▲▽▲

主人公「のぼう様」役に狂言師・野村萬斎。
主役として俳優ではなしに、あえて狂言師を起用した所に、この映画のユニークさがあります。

つまり、野村萬斎を含む複数人が芝居をする場面で、そこに明らかな違和感が発生するんですね。 いずれ劣らぬ達者な俳優陣の中にあって、独り野村萬斎だけ、他の誰とも違う方法論に基づいて演技しているのが見て取れるんです。

他の役者たちが、いわゆる(時代劇の伝統的な様式美と、現代的なリアリティーとに裏打ちされた)時代劇を演じているのに対して、ひとりこの人だけは(おそらくは)狂言のやり方で芝居をしている。
ともかく、その違和感が一種の化学反応(?)を招来しまして、一種独特の面白い効果を生んでいる、と想いました。 だからといって、全体のバランスを崩しはしていませんし、決して見苦しくもならない。 実にオモシロイんです。

        ▽▲▽▲▽▲

その他の出演者の内、成田家の重臣たちなど、主演クラスに関しては、丹念に描かれて好感が持てる反面、その他の脇役たち、つまり端々の人間の描き方が簡単で、かなり適当に片付け過ぎの感があります。 演出的に、そういうところがマダマダだな、と。(笑)
そんな脇役陣の中では、このドラマ中で唯一の悪役、なかなか難しい役どころを演じてのけた平幹大が好かったです。

        ▽▲▽▲▽▲

ちなみに、合戦シーンはアレですね。 中国の時代劇ばり(三国志ものとかの)の無双ぶりです。 千切っては投げ×2の超人的な大奮闘!
特殊効果を多用して、いくらなんでもやりすぎちゃってる感もあるけれど、これはこれで華々しくて面白いんだから、まぁイイや。(笑) なんたって、娯楽作品なんだし。

        ▽▲▽▲▽▲

鑑賞の前、映画の惹句に、クライマックスで「のぼう」の打ち立てる、ある計略/奇策がスゴイと、如何にも自信ありげに書いてあったのを見て期待して臨んだんですけれど、ここは更にもうひとヒネリ欲しかったかなぁ。(もう二三発、詭計でもって天下の豊臣勢をギャフンと言わせるとか)
一見して曲者、天下の鬼才らしく現れる「のぼう」だけれど、映画を観終わってみると、実はそれほどでもなかったって気がします。
でも、そうは言っても超痛快だし、見せ場もたっ~ぷりとあって、いや実に面白かったです。
 
 

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September 11, 2017

映画:カーズ

 
  
カーズ
Cars
 
 監督:ジョン・ラセター & ジョー・ランフト
 
    2006年   米国、PIXAR
  
  
 Lightning_mcqueen
 
  
子供の頃、我が家にあった絵本の中に、クルマたちを主人公にした一冊がありました。 登場するクルマたち、それぞれに人格を与え、いわゆる擬人化させた作品。 それは、私が余程幼くて、未だ字も読めない頃のことです。

絵本の内容が一体どんなであったかとか、今となってはまるで記憶にないんですけれど、でも、確か外国(欧米?)のお話しであった筈。
今も微かに覚えているのは、クルマのフロントガラスの部分が眼になっていたということ。
フロントガラスの中央に(そこは昔のクルマのことで)縦枠がはいっていまして、それが丁度、左右の瞳を形作っているんです。

母親が晩年になって(ある日つれづれに、よもやま話として)話してくれたところによると、幼い頃の私は、その絵本がお気に入りで、母親にその絵本を読んでくれるよう、度々せがんだらしいです。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、そんな懐かしい想い出の中の車たちと、なんだかそっくりなデザインで現れるのが、このアニメ映画「カーズ」に登場する、こちらも擬人化されたクルマたちです。

「カーズ」でも車たちのフロントガラスが両目になっていますし(他の、車が主人公ものによくあるような、ヘッドライトが目になるタイプではなかった)一方、口はと言うと、ラジエーターグリルがその役を果たします。
このアニメ、人間は一人も出て来ず、その代りに全ての生き物をクルマが(それなりにアレンジされた姿で)演じてみせるんです! そんな世界感。

如何にもよく有りがちな設定だけれど、それをCGを駆使して徹底的にリアルに推し進めてみせたのが、ピクサーのフルCGアニメ「カーズ」なのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

その昔は随分と流行ったであろう(=で、今はすっかり寂れているというワケ)ロードサイドのモーテル、ダイナー、ガスステーション、ガレージなどなど。
このドラマでそれらを経営するのは旧式で随分と草臥れた、しかし人情味溢れる(擬人化された)クルマたちです。
ここら辺り、モータリゼーション全盛期を過ぎた米国の姿。 古き良き時代(「アメリカングラフィティ」とかの)への思慕の念が感じ取れる気がします。
っていうか、この手のクルマの擬人化って、その対象がクラシックな車である程綺麗にハマるんですよねぇ。

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映像は、ピクサーならではの、徹底したリアリズムに裏打ちされたもの。
フルCGによる動画は、精緻でかつスピード感溢れるものですし、擬人化されたクルマたちの(それはもう実に多彩な)デザインからは、クルマへの愛と、そして豊かな遊び心を感じさせられます。

映画の序盤あたり、主人公車(レーシングカー)の性格がかな~り悪くって(笑)ですね、その上お調子者と来たモンだ。 加えて、速い、スタイリッシュ、と最初から(クルマとして)なにもかも手にしている自信家タイプなのが、ちょっとなぁ。
観ていて応援したくなるような奴じゃあなかったです。 ちょっと共感し難い印象なのが、俺的には若干マイナスだなぁ。

そんな主人公車を導く師匠となるのが老練なレースカー。 なんか由緒ありげなアメ車です。 ともあれ、どのクルマも皆カッコイイぞ!
米国のクルマ文化って、ことのほか豊かなものだと、このアニメに改めて教えられた気分です。

それにしてもアメリカ人ってホントにクルマ好きなんだね。
そういう想いの伝わって来る、クルマ全般にさして思い入れの無い私でも、大いに愉しむことが出来たアニメでした。
 
 

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September 06, 2017

映画:マイティ・ソー

  
  
マイティ・ソー
Thor
 
監督:ケネス・ブラナー
出演:クリス・ヘムズワース
   ナタリー・ポートマン
 
   2011年  米国
 
 
米国の漫画=アメリカン・コミックス=いわゆるアメコミのヒーローたちってのは実に多士済々でありまして、それは、この道にはまったく疎い私のような者でさえそうと心得ているくらい。 でも、あんまり大勢居過ぎて、もはや、なにがなんだか。(笑)
ざっと上げてみようとしても、主要な何人か(スーパーマンとかバットマンとか)しか出てこない有様です。
旧い時代のヒーローを今尚大切にする姿勢、そして彼らが未だ健在ってのは本当イイ事と思うんですけれどね。

子供の頃、父の購読していた「SFマガジン」なるSF専門誌には毎号そのアメコミを紹介するページがありまして、だから、当時の私はこういう世界のあるのを既に認識してはいました。 そして、大人ながら、こういう世界にどっぷりと嵌まり込んでいる人たち(オタクって言葉は未だ無かった)が居ることも。

未だ、マンガは子供たちのものという意識の強かった時代です。 漫画に夢中になる大人が居るっていうのが、なんか変な気がしましたね。

ですが、当時のことで、対象となる漫画は全て原書、つまり輸入された(又は現地で買い求めた)英語のマンガであり、読むには相当のリテラシーが要求されたワケです。 だから、昔はアメコミって、ごく限られた大人の趣味ではあったんですね。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、ここにあげるソーなんか、私はこれまで、こんなヒーローが居るってことすら、全然知りませんでした。 当時の「SFマガジン」のアメコミ紹介ページにも出てこなかったしねぇ。
ともあれ、この映画は高名なアメコミ・ヒーローものの実写化ってことらしいです。

そのソー。 どんなヒーローかっていうと(所謂バイキング然とした)北欧系の力持ちです。
太古の(北欧の)人々が神と崇めた異星人らの住まう世界・アスガルドってのがあって、そこから遥々やって来たんだって。
怪力無双で、槌を振るって悪と戦います。
単純にして明快! 如何にもアメリカンな感じでイイじゃないスか!
未だ若く、建国神話をすら持たない国。 アメリカの漫画家は、遠くほの昏い北欧の神話にその出自、由来を求めたワケだ。

でも、はじめソーは手の付けられない乱暴者でした。
アスガルドの王子様なのに? やんごとないご身分なのに?
それにしては、あれやこれやと親身になって世話を焼く(そして気を揉んだりする)お付きの爺や(または婆や)とか居ないんだ? 人生の指標となる師匠にも恵まれないしね。 このへんの設定が、いかにも新興国家アメリカならではですね。

但し彼には何人かの得難い友が居ました。 気の置けない仲間たち。 そしてソーって、なによりも仲間を大切にする男でした。 ここですね! ここんとこがヒーローたる所以で、荒っぽいけれど根はイイ奴なんです。

治めていたアスガルドから舞い降りて来たソーは(実は、あまりの乱暴狼藉ぶりに、ついに追放されたんだそうで・・・・って、そんな奴を解き放たれる地球の身にもなってくれ!?)地球でいろんな経験をし、試練を経る内に、王として相応しい人格・精神を備えるに至るんだけれど、つまりこのドラマってソーの成長物語、いわゆるビルディングスロマンだっんですか? そーですか。

親子兄弟のドロドロ愛憎劇は北欧神話由来。 やっぱ、こういうのがなくちゃね。
北欧神話をベースとしたスーパーヒーローの降りてくるのが、ニューメキシコ州の荒野ってのが、なんだか可笑しいし、また、そのギャップのお陰で如何にも現代の神話って感じがして来ます。

CGを多用したアクションシーンは迫力満点! で、お話しのほうは割と単純、と。 でもそれが好い。 アメコミなんだし。
 
 

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September 02, 2017

映画:三大怪獣 地球最大の決戦

 
 
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三大怪獣 地球最大の決戦
Ghidorah, the Three-Headed Monster
 
 
監督:本多猪四郎(本編)
   円谷英二 (特撮)
出演:若林映子(サルノ皇女、金星人の末裔)
   夏木陽介(進藤刑事)
   星由里子(進藤直子記者:新藤刑事の妹)
   
   小泉博    (村井助教授)
   ザ・ピーナッツ(小美人)
   志村喬    (塚本博士)
音楽:伊福部昭
 
     1964年   日本
 
 
東宝のゴジラ映画もこれで五作目。
お馴染みのゴジラ、ラドン、モスラの他、これがデビューとなるキングギドラも登場。 怪獣がなんと四頭も出て来る豪華版です。(表題には三大怪獣とか言っているので、これでは看板に偽り有りですけれど、題名と異なってはいても、それが増える方向になんですから、文句の出よう筈もないですね(笑))
ストーリーも大変オモシロいけれど、この映画からゴジラはじめ怪獣たちの擬人化が進みまくりました。 特撮アクションシーンがまた、随分とユルイ印象になりまして、これってもはやギャグですよ。(笑)

これを境として人類の味方となってゆくゴジラたちの、その転換点がこの映画。
そんなゴジラたち怪獣側にも当然「このまま人間の味方になっちゃうって、怪獣としてどうなのよ?」っていう、ある種の葛藤はあって、そういう意味では、この映画の時点では未だテーマと言えるだけのものが在ったと言えます。

        ▽▲▽▲▽▲

そう、この映画では彼ら三大怪獣がマジメに議論を戦わせるんです。(怪獣語(?)で交わされる会話の内容までは不明ですけれど(笑)) 地球を守るべく、ここはひとつ宇宙怪獣キングギドラを相手に共同戦線を貼るべきか、それとも・・・・

ですが、会談はなかなかまとまりません。
そもそも、ここで説得に当たるモスラは、怪獣ながら武闘派と言うよりは穏健派、人類擁護派の正義の怪獣です。 しかもこのモスラは未だ幼虫(そこは、小美人の後押しがあるとはいえ)。 これって、言ってみれば、大の大人が子供から道を説かれているようなものじゃあないですか。 ホント、いい大人が(大怪獣が)子供に諭されてど~すんのって。

業を煮やしたモスラ(幼虫)。 「もういいや、僕独りでも戦うモン!」と単独でキングギドラを迎え撃とうとするわけですけれど。 それを見せられたゴジラとラドンは、いつまでもワルぶって(?!)もいられず、おっとり刀でキングギドラ迎撃に参戦!
怪獣にだって見栄や面子があるとみえます。 この怪獣たち、ホント人間らしい連中だわ。

で、いざ戦いが始まってみれば、そこは根っから暴れん坊の二頭ですからね、大ハッスルして宇宙怪獣を撃退させるワケですよ。 後々に続く、正義の地球怪獣連合軍 対 悪の宇宙怪獣 の構図がこうして出来上がります。

大怪獣同士の競演って、華やかなのは確か。 でも、これ以降、東宝の怪獣映画はこのVSもの、そして怪獣の擬人化路線という泥沼に、長くハマってしまうのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

この作品でデビューを飾った宇宙怪獣キングギドラ。
キンキラキンの鱗で全身を包み、悠然と飛翔するさまはゴージャス!そのものです。
第一、地球産の怪獣がまとめて相手となっても、一歩も引けをとりませんからね。 その千両役者ぶりは流石です。
でも、特撮シーンは大分大味になったよなぁ。(笑)
ともあれ、この映画から悪役はキングギドラに一任することになりますね。
宇宙怪獣(宇宙人) VS オール地球 と言う対立の(ある意味日本らしい)構図もここから。

この映画、ヒロインは正統派美人・星由里子なんでしょうけれど、実質的な主人公はと言えば若林映子でしょう。
中東某国の気高い皇女から、ボーイッシュな出で立ちでしかし無表情な、どこか可笑しい宇宙人スタイルまでをも披露。

 若林映子 「わたくしは金星人」

公開当時(1964年)の上野公園・西郷さんの前でも、一席ぶちますぞ!
それを追い掛ける(お家騒動!)某国の悪者たちと、皇女を守り抜くべく奔走する正義の刑事とジャーナリスト、科学者たち。
この自称・金星人さんの逃亡劇と、怪獣たちの戦いと。 本来ならばストーリーが錯綜して面倒になりそうなところを、これが実にうまく並走していて、最後まで面白い!
サスペンス要素から、ローマの休日的な切ない要素まであって実に愉しい映画です。

        ▽▲▽▲▽▲

大団円を迎えるラスト・シーン。
一同に別れを告げ故国へと帰還する皇女・若林映子。 多くは語らず、であります。
それまで、隙さえあれば兄(夏木陽介)をからおうと待ち構えていたお転婆な妹(星由里子)さえ、ここは傷心の夏木をそっと・・・・ 「ローマの休日」(1953年)のラストシーンの、あの切ない余韻を、どうしてもやってみたかったんですねぇ、本多監督。
 
 

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August 19, 2017

映画:日本のいちばん長い日(1967年版)

 
 
日本のいちばん長い日
The Longest Day of Japan
 
 
監督:岡本喜八
脚本:橋本忍
原作:大宅壮一「日本のいちばん長い日 運命の八月十五日」
出演:三船敏郎(阿南惟幾:陸軍大臣)
   山村聡 (米内光政:海軍大臣)
   笠智衆 (鈴木貫太郎:総理大臣)
   宮口精二(東郷茂徳:外務大臣)
   志村喬 (下村宏:情報局総裁)
   加藤武 (迫水久常:内閣書記官長)
   北村和夫(佐藤朝生:内閣官房総務課長)
   神山繁 (加藤進:宮内省総務局長)
   戸浦六宏(松本俊一:外務次官)

   黒沢年男(畑中健二少佐)
   高橋悦史(井田正孝中佐)
   中丸忠雄(椎崎二郎中佐)
   佐藤允 (古賀秀正少佐)
   久保明 (石原貞吉少佐)
   井上孝雄(竹下正彦中佐)
   土屋嘉男(不破博大佐)
   田島義文(渡辺多粮大佐)
   島田正吾(森師団長)

   中谷一郎(黒田大尉)
   井川比佐志(憲兵)

   天本英世(佐々木武雄大尉)

   伊藤雄之助(児玉基地:野中俊雄大佐)
   田崎潤 (厚木基地:小園安名大佐)
   平田昭彦(厚木基地:菅原英雄中佐)
   堺左千夫(厚木基地:飛行整備科長)

   中村伸郎(木戸幸一)
   藤木悠 (清家武夫中佐)
   小林桂樹(徳川義寛:侍従)
   加東大介(NHK職員:矢部謙次郎)
   加山雄三(NHK職員:館野守男)
   小泉博 (NHK職員:和田信賢)
   新珠三千代(鈴木貫太郎邸女中:原百合子)

   仲代達矢(ナレーター)
 
 
       1967年8月    日本・東宝
 
 
今年もまた8月15日を迎えました。(って既に3日も過ぎていますけれど(^^ゞ) そこで、こんな映画を。

戦場の一切出て来ない、でも、隅からすみまで緊迫感に満ちみちた、素晴らしい戦争映画でした。
しかしながら(情けないことに)観ているこっちには当時の知識がまるで足りません。 ホンの70数年前の出来事なんですけれど、オレってホントに何ぁんにも知らなさ過ぎ。
ですからこの映画、一度観ただけじゃあ好く判らずに、何度か見直さねばなりませんでした。
DVDを借りて来まして(以前にもこんなことがありましたけれど)独り自宅のPCで観たので、判らないことがある都度一旦停止しましてwikipedia等で検索です。 お陰でいろいろと知ることが出来ました。 平和で便利な時代に感謝かんしゃです。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 太平洋戦争の最後の一日。 官邸で、宮中で、また軍事施設で、日本人らはどう行動したのか。

米英中の送って寄こしたポツダム宣言に、我が国はどう応えるべきか。
官邸には各部門のトップらが勢揃いしまして、会議に次ぐ会議会議会議アンド会議・・・・
でも各省庁には、各々の意見というものがありますからね。 会議は錯綜、紛糾して(特に戦争継続を主張する陸軍!)中々先へと進むことが出来ません。
激論の末に、ようやくこれを受諾すると決め(それでも尚、不満げな陸軍)それから原稿を練り、皆でチェックしたものを清書しまして、天皇の御名御璽。 玉音放送の録音、そしてそれを放送するまで。

とにかく、こなしてゆかねばならないイヴェントが多い! そして、慎重を期さねばならない(事がことだけに)のは判るけれど、どの局面も遅々として進行しない!!
けれども、そうは言っても戦場では、日々刻々と兵が戦い続け、傷つき死んでいるわけです。 観ているこちらとしては、もうジレッタイどころではないんですけれど。(焦)

次々と出撃してゆく特攻隊員ら。(涙なしには見られません) 喚声上げて見送る人々。
若者らを先導して首相宅を襲撃する狂信的な士官。 義憤に駆られ立ち上がる、しかしバカっぽい警備隊長を天本英世が超熱演。(本人が戦争当時、一番嫌ったタイプの指揮官役を、ノリノリで演じて見せる天本英世!)
そして、戦争の継続を画策(どんな手を使ってでも!)する陸軍の青年将校ら。
など等、この映画は主として実在の人物の足跡を、時系列でもって緻密に追ってゆくスタイルで通していますから、その姿がリアルそのもの(モノクロの画面もあいまって)だし、なによりもの凄い緊迫感で、見る者に迫って来るんです。

出演するどの役者さん(軍民共通して)からも、強い意気込み/気迫が、画面を通してビンビン伝わって参ります。 それは終戦の日をテーマとした、このドラマを造るからには、おざなりな芝居など出来ないと言った気持ち。 後世に伝え遺さねばならない、という使命感/覚悟とでも言いますか。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、敗戦など断じて認めることが出来ない、と激昂するのは陸軍の青年将校ら(黒沢年男らの圧倒的ハイテンション演技!)です。
当時、陸軍省のあった市ヶ谷。 その坂の多い道を、汗だくになりながら懸命に自転車を漕ぐ青年将校(モチロン軍服&帯刀で)の姿からは、彼らの焦燥感が痛いくらいに伝わって来ます。

純粋さゆえに、破滅へ向けて突っ走るその姿。 ある者は粛々と受け入れ、ある者は決起し、ある者は自決の道を・・・・・
軍人として純粋培養されて育った青年将校ら、その一途さがいっそ切ないです。

        ▽▲▽▲▽▲

名作の呼び声高い映画ですけれど、今回観てみて、確かにそう言われるだけのことはあると得心致しました。
また、近年になって、リメイクも成されましたね。 そちらの方も、その内に観てみたいと想っています。
 
 

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