November 27, 2020

映画:コブラ

  
  
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コブラ
Cobra
 
 
監督:ジョージ・P・コスマトス
脚本・出演:シルヴェスター・スタローン
 
 
      1986年   米国
 
 
 
随分と昔のことですけれど。(^^ゞ
その当時、同じ合唱団で唄っていた友人が(折りしも公開中の)この「コブラ」を観て来て、スタローンの映画で凄~く好かったって、感想を熱く語ってくれたことがありましてね。

当時のボクは、この映画にも、そしてスタローンに対しても興味もなんも無くって「あ、そーなんだ。 ふ~ん」って具合の無反応ぶり。w(「ロッキー」(1976年)は観てたのにね)
それでもホンのちょっとだけ w 興味が湧きはしましたけれど、でも映画館に脚を運ぶまでには至らなかったです。

さてこの度、そのシルヴェスター・スタローン主演の映画「コブラ」のDVDを観てみました。
なんか、ものスゴイ後追いの視聴なんですけれど。(笑)
とにかく、オレもちゃんと観たからね!

        ▽▲▽▲▽▲

1986年公開の米映画「コブラ」。
観ての第一印象はと言うと、これってつまり「ダーティーハリー」のスタローン版だよねぇ? ってコトです。(笑)

映画「ダーティーハリー」(監督:ドン・シーゲル)が公開されたのは1971年。
クリント・イーストウッド演じるサンフランシスコ市警の刑事は、己の信念/正義を貫く為には手荒な、場合によってはダーティーな行動に及ぶことをも辞さない。 そんな型破りな男でした。

「ダーティーハリー」で観る者に強烈な印象を残したのは、魔都(!)サンフランシスコの渇いた空気感と(それに相応しい)淡々とした描写。
そして大胆な(しかし抑制の効いた)バイオレンス表現や(犯行の)陰湿な猟奇性。
更には、主人公の抱く孤独や執念等など。

それは、ある意味ドライで、そして、やや殺伐とした世界観ではありました。

        ▽▲▽▲▽▲

そしてこちら、スタローン映画「コブラ」の舞台はロサンゼルス。
同じ北米西海岸ではあっても「ダーティーハリー」とは一味違った熱さ! そしてまた、幾分のウエットさ/叙情性も感じさせます。

なにしろ、銃なんてド派手に(もうキモチ良いくらい w)バンバン撃ちまくるし、カーチェイスも思いっきり派手!
その上、ヒロインとのロマンスも(ここンとこは「~ハリー」になかった)。
これって、観る者をしてとにかく判りやすく、どこまでもストレートに愉しませますってタイプの映画ですね。(^ァ^)

スタローン。 ロサンゼルス市警きっての超ヤバい刑事を演じるにあたって(黒ずくめの)革ジャン+グラサンという(絵に描いたような w)ラフでマッチョなキャラクターを用意して来ました。
愛車はクラシックな流線型の(改造車と思しき)クルマ。
ま、オレ的に、ここまでやられると流石にベタ過ぎかナって想うけれどね。(笑)

スタローンとイーストウッド。
どちらの方が良い悪いではなしに(そもそもが比較するようなモンじゃありません (ーー;))ここはアクションスターそれぞれの、個性を愉しむのが吉ではないかと。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

映画冒頭で主人公が披露する(いわゆる掴みの)アクション!
その演出の見事さ/テンポの好さは、「ダーティーハリー」の、あの(!)素晴らしい序盤を髣髴とさせて、特に好かったねぇ。(^ァ^)

そして、中盤以降からはストーリー/アクションとも、ハッキリと変化してゆきます。
つまり、あのイーストウッド作品とは完全に一線を画すんですね!

激しい銃撃戦で、大勢の悪者たちをバッタバッタと(ホントこの男、お終いまでに一体何十人撃ったんだろう? (^^ゞ)一掃してゆくスタローン。 痛快無比!

観ている途中から、あゝこれはもう(「ダーティーハリー」の亜流なんかじゃあない)スタローンならではの映画だなって、ハッキリ直感出来る仕掛けです。(笑)

やっぱコレだよねぇ。(^ァ^)
結局こういうのに落ち着くんだよ、スタローンの映画は。(笑)
豪快なアクション路線がサイコーだよねって(イーストウッドとは違うんだし w)納得させられます。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
多作の映画スター、シルヴェスター・スタローン。

この「コブラ」(1986年)で見せたバイオレンス刑事路線は、でも、これ以降は続けなかったようですね。
それで正解なのかと想います。(^ァ^)

痛快無比のアクション作品。 尺も短くスッキリしていて、スゴク見やすかったです。

 

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November 15, 2020

映画:ゴジラ対ガイガン

 
 
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地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン
Godzilla on Monster Island
 
 
監督:福田純  (本編)
   中野昭慶 (特撮)
出演:石川博
   菱見百合子
   藤田漸
   西沢利明
 
 
       1972年    日本・東宝
 
 
ずっと以前から観たかったんです。
この「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」ってタイトルの、ゴジラ・シリーズ第十二作目。
なにしろ東宝怪獣の中でも特に人気のアイツ。 ガイガンがタイトルロールを務めてます。(^ァ^)

一方、今作で宇宙からやってきたガイガンたちを迎え撃つゴジラはと言えば・・・・お眼目をパッチリさせた、いささか漫画っぽいお顔で登場します。w


  ゴジラ   「おい! アンギラス」
  アンギラス 「なんだい?」
  ゴジラ   「すぐていさつにゆけ」
  アンギラス 「OK!」
  ゴジラ   「いそげよ!」


劇中、相棒のアンギラスとこんな台詞(こいつら、大怪獣なんですけど w)まで交わしちゃうんですから、怪獣の擬人化もここに極まれりですね。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

この映画では、特撮シーンに、これまでに公開された数々の東宝怪獣作品からの映像の流用/使いまわしが多用されています。(音楽もまた同様です)
もちろん、こういった特撮の再利用ってのは、過去にも度々やっていたことではあるんですけれど、本作ではそれが取り分け顕著に。(^^ゞ

この当時、東宝も(怪獣ブームの真っ只中とはいえ)余程、台所事情が厳しかったって事なんでしょうか?
確かに、特撮映画ってのはうんとお金が(それこそ尋常でなく)掛かるに違いありませんし、だったら徹底したローコスト化を図って臨まざるを得ないのも判りますけれど。
でも、こんなことをやっていて、お客が離れちゃわなかったの? なんて、観ているコッチが心配になって来ちゃいました。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

今作がデビューとなるガイガン。
その造型(着ぐるみの)は中々お見事でした。(^ァ^)

全身を銀ラメっぽくキラつかせ (@_@) て、なんだかヤンキーっぽい風体(笑)の大怪獣。
お腹にはでっかいチェーンソー(!)を抱え込み、両手両足は、それぞれが一本のカギ爪になっている(つまり、指先に相当する部分が無い)等、日常生活(怪獣ナンですけど w)上の利便性を一切放棄!
戦う/破壊すること、それのみに特化した生き物です。
一切の表情をうかがわせない真っ赤な一つ目は、もはやグラサン掛けてイキがってるお兄さんとしか見えません。w
全身が凶器で構成された、飛びっ切りのヒールぶりを期待させてくれる、見るからにヤバそうな奴です。

        ▽▲▽▲▽▲

ホント、今回の新怪獣の造型はまことに秀逸。(^ァ^)
あるいは、映画全体に渡ってあちこち節約しておいて、でも、この怪獣のスーツにだけは、惜しまず注力したのかも。
ある意味、一点豪華主義の映画だったのかもしれないって、ワタシは(勝手に)想像してます。(笑)
東宝、頑張りました。w
そしてその甲斐あってか、ここにガイガンという新たなスター怪獣(!)が誕生したわけですから、これは東宝にとって悪い選択ではなかったってトコロでしょう。

        ▽▲▽▲▽▲

そんな映画「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」。 じゃあ、そのストーリーはと言うと・・・・これが思いっ切りシンプルで、そして判りやすかったです。(^ァ^)

なにより、横溢する高度成長期のエネルギー!
そして、教育ママ・ヒッピー・内ゲバ・開発などなど、この時代の空気をビビッドに感じさせる要素も豊富。
昭和の怪獣映画って、やっぱ愉しい~。(^ァ^)
  
 
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東宝の特撮というと、毎回ほぼ決まったメンバーが繰り返し出演する事の多い(またそこが愉しい (^ァ^) )ものナンですけれど、本作ではどうしたワケか(怪獣映画で)毎度お馴染みの顔ぶれが登場しません。(って言うか、菱見百合子・村井国夫あたりを除いて、そもそも有名なスターが不在)
これまで怪獣映画とは縁のなかった役者さんを中心としたキャスティングは、東宝としても、心機一転を期したものだったんでしょうか?

が、そうは言っても、この映画の役者陣。
その数は少ないけれど、なかなかイイ役者が揃って愉しめました。

個性的な美声が印象に残る西沢利明。 今で言うイケボだねぇ。(^ァ^)
石川博のどこかすっとぼけた明るさ/軽さ。 藤田漸は(口元をへの字に結んだ)若者らしい一途さがイイ。(お二人とも、不思議と他の作品でその名を聞かないけれど)

        ▽▲▽▲▽▲

さぁて、お話しが単純明快な分プロレス・・・・じゃなかった怪獣たちの対戦シーンの方は長尺になってます。(皆これが見たいんでしょ?(^ァ^) だったら長く愉しんで貰いましょうってワケです)

正義の地球怪獣はゴジラ・アンギラス、相対しますは悪の宇宙怪獣ガイガン・キングギドラ組。
なんだか、プロレスのタッグマッチみたいなんですけど。(^ァ^)
って言うか、絶対に意識したでしょ。 これ(笑)

でも、悪役怪獣プロレスラー(違)のガイガンって、見た目が余程派手な割りには、それほど強くはないんだよね。
不利になると(卑怯にも)凶器攻撃に及ぶも、結局は逆襲にあって負かされちゃう昭和の悪役レスラーみたい。(笑)

普段より長丁場のファイトシーンを持たせる為なのか、本作ではなかなか放射能火炎を吐かないゴジラです。
安易に火力に頼らず、取っ組み合いで勝負する。 この方向性はすごくイイと思う。
まぁ、火なんか使ってたら、すぐに決着が付いちゃいそうですしね。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

劇中、ゴジラの前に現れたのは、侵略宇宙人の造り上げた悪のテーマパーク(!)の象徴として佇立するゴジラ・タワーでした。
なにしろ身大、1/1サイズのゴジラ像です。 その存在感は圧倒的!
(因みに、この映画の公開は大阪万博から二年後。 万博会場やパビリオンの造型からの影響を、随所に感じますね)

ここでゴジラは(後の映画での、メカゴジラの登場を待たずして)自分自身の姿と、初めて対峙することになります。 そして・・・・

 
気合の入った怪獣プロレスを堪能しました。
  
 

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November 03, 2020

映画:アベンジャーズ

 
 
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アベンジャーズ
Marvel's The Avengers
 
 
監督、脚本:ジョス・ウェドン
原作:スタン・リー
   ジャック・カービー
出演:クリス・エヴァンス   (キャプテン・アメリカ)
   ロバート・ダウニー・Jr (アイアンマン)
   スカーレット・ヨハンソン(ブラック・ウィドウ)
   マーク・ラファロ    (ハルク)
   クリス・ヘムズワース  (ソー)
   ジェレミー・レナー   (ホークアイ)

   サミュエル・L・ジャクソン(ニック・フューリー)
   トム・ヒドルストン    (ロキ)
   スタン・リー       (市民)
 
 
        2012年    米国・マーベル
 
 
2012年公開の映画「アベンジャーズ」です。
その英題に(わざわざ)原作出版社の名前が冠されている(Marvel's The Avengers)んですね。 なんかオモシロい。(笑)
これって、米国の出版社「マーベル・コミックス」が、その長い歴史の中で創造し、育てて来たヒーローたちが、一堂に会して活躍するお話しなのだそうで。
だから、わざわざ「マーベルの~」って付けてるんですね。 いわば、マーベル版アメコミ・ヒーローのオールスター感謝祭。(笑)

それにしても、マーベルのヒーローって、実は(!)みんな同じ作品世界に棲んでいて、それぞれが個別に悪と闘ってたんですね! まぁ、その辺は薄々勘付いていましたけれど。(笑)

ともあれ、そこは同じ出版社のことですから、事務所の壁(みたいなもの w)もなく、こうして皆を集めて、一つの(お祭り的な)作品に投入することが出来るというワケ。(^ァ^)

でもそこは、一人一人がクセの強~いヒーローの皆さんのこと。
目的はひとつ(正義のため)とは言っても、一つのチームとしてまとまるまでがタイヘンなんですけれど。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

これって、我が国で言えば、往年のゴジラ・シリーズみたいな位置付けでイイんでしょうか? え、違う?(笑)
でも、「ゴジラ」(1954年)から始まって、いろんな怪獣映画が続々と造られ、怪獣人気の沸騰したところで公開された「怪獣総進撃」(1968年)を連想しちゃうんですよね。
夢のオールスター映画って感じで。(笑)

東宝の、「ゴジラ」(1954年)から「怪獣総進撃」(1968年)に至るまでの道も長かったけれど、マーベルの場合も気宇壮大なプロジェクトでした。
これって「アヴェンジャーズ」と言うアメリカ製コミック/架空のお話しばかりではなしに、現実の、映画会社と出版社が連携したプロジェクトとして見ても、巨大なスケールと言えますね。(@_@)

        ▽▲▽▲▽▲

アメリカ製コミックの映画化作品。 ワタシも、これまでにいろいろと観てきました。
その中には、今作に登場するヒーローを、それぞれ主人公に据えた作品群も、一通り含まれています。
つまり、映画「アヴェンジャーズ」の鑑賞をするにあたっての態勢は、バッチリ整っていると言うワケ。

準備はOK! どこからでも掛かってきなさい! です。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、ヒーロー達(を演じる役者陣)もイイんですけれど、アヴェンジャーズと戦う敵役が、また素晴らしかった。
「マイティ・ソー」(2011年)にも(やっぱ、観といてよかったネ w)同役で出演していたトム・ヒドルストン(ロキ)が、このゴージャスな映画の悪役を(ほぼ一人で)引き受けてくれています。

人を食った態度ふるまい。 終始浮かべるニヤニヤ笑い・・・・いわゆるワルイ笑顔。(笑)
優雅・貴族然とした物腰で姿を現し、周囲の人々を(ねっとりと)睥睨してみせるあたり、ワルモノの魅力全開です。(でも、どこかビミョーに抜け切れない小者ぶり w)

        ▽▲▽▲▽▲

当初は互いを信頼し合うことが出来なかったアヴェンジャーズの面々。 つまり、皆でギスギスしてた。(笑)
でも、それも無理ないですよね。
これまでは、それぞれが独りひとりで、個別に悪と戦って来たんだから。
そんな、決して一枚岩とは言えない正義の味方たちでした。

我がまま放題、なんでもオレがオレがの アイアンマン。
周囲から自己チューと評される彼が、最後に採った行動は・・・・

キャプテン・アメリカ(もとよし のイチ推し (^ァ^) )はバリバリの戦中派!(だから、最初 アイアンマン とは犬猿の仲なのでした w)
その彼が、初めてリーダーシップを発揮する場面がもの凄くヨカッタ~。
ここンとこ、私が本作「アヴェンジャーズ」で一番好きなシーンです。

普段は至って物静かで、でもカッとなったら誰の手にも負えない ハルク。
神様のスタンスをあくまで崩さずにいる ソー。

あと、ブラック・ウィドウ(スカジョ)の、誘導尋問の名手という設定の生かし方も気が利いてます。。
神さま さえも手玉に取ってみせるオンナ。 イイね。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

はじめ、仲間同士で散々バトルし合うも、クライマックスでは一致団結して悪と向き合う。
これって、ヒーロー集結もの(?!)ドラマの王道を踏襲してますね。
それも、ありがちなベタな展開を、極めて高度なレベルで巧みにまとめています。 スゲェや。(^ァ^)

ともかく、ストーリーがとっても好く出来ていて、観ていて感心させられっぱなしでした。
なんかこう、スッゴク頭の良い人が考えに考えて練り上げましたってな風で。(なんか、スッゴク頭の悪そうな感想ですケド(爆))

それに、台詞のひとつひとつが凄くイイ。
それぞれが意味深くって、そして粋なんです。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

尺のことについて言うと、アヴェンジャーズの面々が反目し合った末にスクラムを組み、そして反撃に出る。 そこまでに、全体の三分の二ほどを費やしています。

つまり、お話しの本筋(悪との戦い)が、なかなか動き出さない。
これって本来、オレのニガ手なパターンの筈なんですけれど。(^^ゞ

普段ならば、もどかしく/ジレッタク感じそうなこの展開ですけれど、でも(こんな、せっかちなワタシが)イラつく間も、そして飽きる暇もなく、時の経つのを忘れて愉しむことが出来ました。

        ▽▲▽▲▽▲

この映画で残念に感じた点を強いて上げれば(ワタシの好きな)キャプテン・アメリカの衣装が気に入らない (^^ゞ ってトコロでしょうか。

今回のコスチューム。 キャプテンがアヴェンジャーズに加盟するに当って、わざわざ新調して貰ったって設定らしいんですけれど、これがイマイチな仕上がりでねぇ。(>_<)

「キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー」(2011年)の作中で着ていた星条旗コスチューム。 あちらの方が、ずっと素敵でしたのに。
 
 
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今回、私はDVDで愉しんだんですけれど、日本語吹き替え版の出来もスゴク良かったです。

こういった、鳴り物入りの超大作映画を誉めるのって、なんかシャクなんですけれど(笑)でも、この作品は素晴らしかったです。

滅法面白くって、そして隅から隅まで、およそスキの見当たらない。
正しく傑出した一本でした。
 
 

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June 06, 2020

映画:ゴジラ対ヘドラ

 
 
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ゴジラ対ヘドラ
Godzilla vs. the Smog Monster
 
 
監督:坂野義光
脚本:馬淵薫、坂野義光
音楽:眞鍋理一郎
出演:柴俊夫  (若者)
   麻里圭子 (その恋人・ゴーゴーガール)
   山内明  (駿河湾を調べる海洋生物学者)
   川瀬裕之 (その息子・研)
   木村俊恵 (その妻)
 
 
      1971年   東宝
 
 
ゴジラ映画の十一作目は「ゴジラ対ヘドラ」です。
あ~、とうとうこの作品が来ちゃいましたね~!
シリーズきっての問題作(!)を俎上にするその時が。(笑)

なにしろ怪獣映画ですから(映画の)造り手は本来、子供たちが喜びそうな娯楽作品に仕上げて来る筈。
街を壊して廻る怪獣、それへと反撃する自衛隊、そして怪獣同士のプロレス (^ァ^) などなど。

ところがこの作品、その(怪獣映画の)常識を見事/痛快無比なまでに打ち破って見せました。
すなわち、当時の社会問題から目を背けず、世相に鋭く切り込んでいるんです。

        ▽▲▽▲▽▲

過激(!)とも言える<攻め>の姿勢で造らている本作。(それこそ、シリーズ第一作「ゴジラ」(1954年)ばりの)
思えば「ゴジラ」は本邦初の特撮怪獣映画であり、それ故のパイオニア精神/創意工夫で満ち満ちていました。
ストーリーの方も、核兵器/世界大戦への恐怖というものが通低していましたし。

それが本作「ゴジラ対ヘドラ」(1971年)では(この当時、タイムリーであった)ヘドロ、光化学スモッグなどの公害問題と真正面から取り組んでみせています。

また、演出技法の方も、前作(「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」)で試みた子供視点の明朗路線から、当世若者風俗を取り入れたアングラ路線へと、アッと驚く(笑)大転換を見せます。

難解な(ちょっと、子供に判るとは想えないような)シーンや、前衛的な表現、ブラックな笑いをも織り交ぜて来ていて、こんなの、シリーズ中で他に類を見ないですよ。
正に問題作/意欲作!

        ▽▲▽▲▽▲

深刻な公害問題と戦い続けた六十~七十年代の日本。
静岡県の富士市・田子の浦を中心に、その極めて深刻な被害がクローズアップされたヘドロ公害や光化学スモッグなどは、静岡/清水市(当時)で少年時代を過ごしたワタシの記憶にさえあります。

て言うかワタクシ、そもそも「田子の浦」という地名からして(「田子の浦ゆ打ち出でてみれば~」って万葉集の歌からではなく)先ずはこのニュースで覚えた筈です。(^^ゞ

その、無残に汚染された海の姿。 映画にも登場しますけれど、これが(美術スタッフによって)正視に耐えない程のリアルさで再現されています。(>_<)
「ゴジラ対ヘドラ」。 正にあの時代/あの地域の公害問題をテーマとした、辛口の社会派怪獣映画でした。

        ▽▲▽▲▽▲

そして本作は、当時の(カウンターカルチャーとしての)若者文化を大胆に取り入れてもいます。(以前から、エレキブームを取り入れていたゴジラ・シリーズではありますけれど)

地下のゴーゴー喫茶(その、サイケデリックなファッション!)にこもって踊り狂う、イカレタ若者たちを捉えた前衛的な演出。
主人公(と思しき)若者・柴俊夫の抱え込む閉塞感。
酒でもロックでも癒すことの出来ない、もって行き場のない焦り。
彼はやがて、憎っくきヘドラに一矢報いるべく、ある行動に出るのですが・・・・

主題歌は、麻里圭子唄う「かえせ!太陽を」。
サイケデリックな映像をバックに、泥沼に咲く一輪の花のような感じがして、これも好きだなァ。
前作(「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」)の時以上に吹っ切れており、メッセージ性の強さを感じさせられます。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、まるで当時の公害問題を体現して見せたかのような怪獣ヘドラ。
全身がヘドロで出来ているらしく、ヨレヨレになるまで使い込んだ雑巾かモップのような、捉えどころのないデザインです。
工場の煙突からモクモク吐き出される黒煙を、スパスパと旨そうに吸い込む姿は、これもブラックユーモアなのか・・・・

静岡県富士市、田子の浦から上陸して、辺り構わず暴れ廻り始めるヘドラ。
なにしろ汚物の塊のような怪獣ですから、行く先々で周囲に硫酸ミストを撒き散らして金属を腐食させますし、光化学スモッグを浴びせられた人々は、バタバタその場に倒れてゆくばかり。
ヘドラ。 ただ、そこを居るだけで周囲に被害が及ぶという、まことにタチの悪い奴でした。(>_<)

        ▽▲▽▲▽▲

そして、そこに突然現れるゴジラ。(研くんの、心の叫びが通じたんでしょうね)
待ってました!
ここに、シリーズ最悪(!)の敵、ヘドラとの一騎打ちが始まります。

が、これが、いつもの怪獣映画とは一味違ったアクション・シーンでした。
なにしろヘドラは有害物質の塊です。
相手に触れただけで、こちら(ゴジラ)の身体が傷ついてしまいますから。
こんな奴とは、組み合うのもイヤでしょ。(^^ゞ
ホント、「こっち来ンな」って言いたくなるよ。(笑)

蹴ったり殴ったりしてもノーダメージ。 放射能火炎も効かないヘドラを相手に、それでも、傷つき・ボロボロになりながら戦うゴジラの姿が、いっそ痛々しい。(>_<)
でも、これが公害問題の深刻さってコトなんだと想います。

それこそ、シリーズ上かつてない、もう、なりふり構ってられない程の、どろんこのラフ・ファイトがスクリーンに(それも長々と)展開しまして、見るのが実にしんどかったァ。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、主人公は柴俊夫かと想って観ていたら、どうやら違ってたみたいですね。(だって、その扱いが (>_<) )

因みに、海洋生物学者・矢野の奥さん(研君のお母さん)を演じたのが木村俊恵。
この女優さん、どっかでお見掛けしたような、と想ったら「仁義なき戦い」(1973年)で、金子信夫(山守親分)の奥さん役を演ってた方なんですね。
あれ、スゴク好かったです。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

今度のゴジラ。 前作と同様、なんかもっさりとしたデザインで、その演技も、なんか妙に人間っぽかったですねぇ。
この辺は、昭和ゴジラの楽しさでしょうか。w

そして、このゴジラ。 
今回こそ、ヘドラと闘ってくれましたけれど、海や空をここまで汚してしまった人類に対して、これはもう明らかに(!)怒ってます。
未だ、激オコにまでは至っていないようですけれど。(^^ゞ
 
 

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May 27, 2020

映画:苦役列車

 
 
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苦役列車
The Drudgery Train
 
 
監督:山下敦弘
原作:西村賢太
出演:森山未來 (貫多)
   高良健吾 (正二)
   前田敦子 (康子ちゃん)
 
 
      2012年   東映
 
 
2010年(下半期)の芥川賞を受賞した、西村賢太の小説「苦役列車」。
その後映画化されまして、こちらも高い評価を得ているようですね。 好きかな。(^ァ^)
監督は名作「リンダ リンダ リンダ」の山下敦弘。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 主人公・貫多(森山未來)は、日雇い仕事で糊口をしのぐ十九歳。
安アパートに天涯孤独の独り暮らし。 友人は居らず、彼女も無し。
港湾の肉体労働で得た金も、稼いだ先から(酒とフーゾクで)たちまち浪費してしまう始末。 見ているこちらがあ然となるくらいの、アッパレ自堕落な暮らしぶりです。

ある日現場で、同い年の青年(高良健吾)と知り合う森山未來。
アルバイトだと言う彼は、専門学校に通っており、カノジョも居る様子。
年齢が同じという他は、なにからなにまで主人公とは正反対の(つまり、どこにでも居そうな)高良健吾です。
が、そこは若者同士。 二人はすぐに打ち解けあうのですが・・・・
 
        ▽▲▽▲▽▲

現場では与えられた力仕事をテキトーにこなし、終われば即、酒とフーゾクに逃れる主人公。(それでも文学好きのようで、古本屋通いは日々絶やしません)

全てにやる気の無い彼が、只漫然と(という表現が正に相応しい)送る、やさぐれた日々。
こんな生活、若いからこそ耐えられるんでしょ? と言うか、若さを浪費しているとしか見えません。

この、過酷でまったく先の見えない日々を、エンドレスに走り続ける列車に例えた原作「苦役列車」ですが。 この映画では、そこに更に映像の魅力(?!)が加わります。

主人公の、どうしようもないクズ/サイテーっぷりが、あんまり見事(?!)で、ココまで来ると、そこにある種の興趣(?)を感じてしまう程。
決して綺麗とは言えないその映像からも、視ていて強烈に惹かれるものがあります。

        ▽▲▽▲▽▲

この映画で、どうしようもないクズ主人公に扮する森山未來。
あり得ないほどの粗野で下品な男を演じていて、これはもう、原作の貫多そのもの。(笑)
汚く/ショボクレた風貌、面構えなんだけれど、でも一体ナンなんでしょう? その所作や台詞、そして全身から発散する魅力は。

観客の視線を逸らさぬ不思議な魅力と、豊かな説得力がお見事。
そして、山下敦弘監督の(情け容赦ない程の)長回しにも耐え得る素晴らしい役者でした。
ついつい(その所業に呆れ返りながらも)このクズ主人公を観続けてしまうんですよね。

        ▽▲▽▲▽▲

原作には無い、映画版だけのオリジナルキャラ、康子ちゃんを演じるのは前田敦子。
このお方。 私なんか、AKB出身のアイドルとしてしか知らなかったんですけれど。
でも、意外と言っては失礼だけれど、これが好かった。
というか、本当に素晴らしかったです。 参りました。m(__)m
ホント、大当たりのキャスティングじゃないですか。(^ァ^)

彼女の存在を通して(友達なんか要らないとうそぶく)主人公の、しかし「女性」への止み難い希求 (^^ゞ が情けなくも w(しかし原作と比べて、余程品好く)時にユーモラスに描かれます。

        ▽▲▽▲▽▲

但しこの映画、終盤がイマイチでしたかねぇ。(^^ゞ
(マキタ・スポーツが(主人公・貫太の思いもしないところで)夢を叶えていましたってところから先、ワタシは不要と思いました)

シビアな境遇から抜け出せない主人公を、どこまでも悲惨に描くことに徹した原作。(それは、文字通りの「苦役列車」でした)

それと比べて、この映画版の主人公を待つ運命・・・・その将来を予感させるような演出は(ワタシ的に) ????? でした。
そもそも、<いつ終わるとも知れない過酷な生活>から抜け出せないから「苦役列車」なんでしょう?
そこにファンタジー要素を加えてしまったら、それはもう「苦役列車」と呼べないと想うんです。
(原作がそうであったように)徹底的に「苦役列車」を貫くってのは、映画と言うメディアでは難しかったんでしょうかネ?

        ▽▲▽▲▽▲

演出と映像は(基本的に)ヘヴィー、そしてリアル。 時にコミカル/青春映画的な側面をも併せ持つ映画「苦役列車」です。
巧みな配役で、その役者陣の魅力を見事に生かし切った素晴らしい作品なんですけれど、でも(原作にあった)文学味には、いささか欠けますかねぇ。
 
 

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May 18, 2020

映画:天使にラブ・ソングを・・・

 
 
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天使にラブ・ソングを・・・
Sister Act
 
 
監督:エミール・アルドリーノ
出演:ウーピー・ゴールドバーグ
   ハーヴェイ・カイテル
 
 
    1992年  米国
 
 
 
愉しい映画を観て、今日もコロナを乗り切ろう! d(^ァ^)b

ウーピー・ゴールドバーグ主演の大ヒット作にして、その魅力を見事生かし切った傑作です!
それにしても、この「天使にラブ・ソングを・・・」って邦題はヨカッタねぇ。

        ▽▲▽▲▽▲

※ ウーピー・ゴールドバーグは、米国ネバダ州は(カジノで有名な)リノにあるナイトクラブで働く無名の歌手。
地元を縄張りとするギャングの親分、ハーヴェイ・カイテルの愛人でもあります。
ある日、ハーヴェイ・カイテルが殺人を犯す現場を目撃 (@_@) してしまったウーピー。 彼に消されることを恐れ、警察に駆け込みます。
担当の警部補は、ウーピー・ゴールドバーグをギャングの手から保護する為、彼女をカトリックの修道院に預けることにしました。
ここに隠れてさえ居れば絶対に大丈夫ですヨ。(^ァ^)
誰だって(歩くネオンサインみたいにド派手な)クラブ歌手が、修道院に隠れているなんて想わないでしょ?
とは言えあのウーピーが、厳格をもって知られる修道女の暮らしに耐えてゆけるんでしょうか?(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

サンフランシスコ市内に鎮座まします聖キャサリン修道院。
かつては広く信徒を集め、盛名を馳せたものの、今は治安の悪い歓楽街の中、忘れ去られたかのようにポツンと建つ(それでも建物そのものは随分とデカイ)随分と古びた修道院です。

修道院の周囲は、荒れ果てていました。
路上に放置されっぱなしのゴミ・ガラクタや、処構わず残されたイタズラ書きなどがそこらじゅうに。orz
風紀もまた乱れています。
たむろする、身を持ち崩した酔っ払い。 行き場を見失って彷徨う不良少年/少女ら。 辺りに漂う倦怠感。

そんな中、修道院のゲートは訪れる者を拒むかのように固く閉ざしたままです。(その塀にも、品の無い落書きをされていました orz )

そしてこの修道院の内だけは、常に清貧が保たれ、厳しい戒律によって支配されていました。
ここだけ、時間が中世で止まってしまった(新大陸のサンフランシスコですけど (^^ゞ )かのように。

        ▽▲▽▲▽▲

そういうワケで、今や地域社会から完全に浮き上がってしまっている聖キャサリン修道院です。
ミサにもさっぱり人が集まらず、温厚な司教をして、天を仰いで嘆かせてしまう始末。orz

一応、修道院付きの聖歌隊を持っているものの、その歌声は決して巧みとは言えず(つまりヘタ (^^ゞ )もはや鑑賞に耐えないレベル。orz
でも、それをどうこう言う者さえ居ない現状です。
と言うか、聖歌隊の歌なんて誰も聴いちゃいません。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

さて、生まれてこの方、勝手気ままに生きて来たウーピーです。(^ァ^)
修道院の禁欲的な暮らしに耐えられるハズもなく、日々トラブルを連発。(>_<)
やがて、修道院付きの聖歌隊の指導を任されることになりました。

さぁこうなれば! そこは長年音楽で飯を喰って来たプロの歌手です。
彼女一流の親しみやすく、ツボを得た指導の下、聖歌隊の実力は目覚しい勢いで向上!

さらに、聖歌にウーピーならではのモータウン・サウンド風アレンジを(こっそりと(笑))加えてしまい、それを(大胆にも w )ミサの折りに披露!
この愉しい聖歌隊が大評判となって、数多くの善男善女がミサに参列し始めます。

さァ、この映画はここからが愉しい!
シスターたちの快進撃がチョー気持ちイイんです。 (^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

聖歌隊の人気で、今やミサは満員御礼。(?)

シスターらは歌うばかりではなしに、率先して街を清掃し、積極的に住民とのコミュニケーションを図ります。
やがて、すべてが(修道院が、街が、人々が)大きく変化し始めました。
拭いて、掃いて、手づからペンキを塗って、更にはオンボロ車まで修理する修道女たち。w
聖キャサリン修道院。
いつしか地域になくてはならない存在となっていました。(^ァ^)

が、好事魔多し。
ウーピーの所在が、リノのギャングのボス(ハーヴェイ・カイテル)の知るところとなり・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

この映画。 音楽がサイコーなのは勿論のこと、お話しがハートウォーミングで素敵。
その上、修道女らの(個性溢れる)キャラが楽しいし、随所に差し挟まれる小気味好い風刺もオモシロイ。w
でも何より、ウーピー・ゴールドバーグという女優の素晴らしさ、その魅力/人間力が光る傑作でした。
 
 

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May 16, 2020

映画:超高速!参勤交代

 
 
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超高速!参勤交代
Samurai Hustle
 
 
監督:本木克英
出演:佐々木蔵之介  湯長谷藩主・内藤政醇
   西村雅彦    湯長谷藩家老・相馬兼嗣
   伊原剛志    忍者・雲隠段蔵
   深田恭子    飯盛り女・お咲
 
 
       2014年   松竹
 
 
休日に家でマッタリと時代劇を楽しみました。(^ァ^)
映画「超高速!参勤交代」。
2014年公開の作品ですから、比較的最近の時代劇ということになりますね。
映画/テレビで時代劇の製作がすっかり下火となってしまい、その存続さえ危ぶまれている今日、この「超高速!参勤交代」は限りなく貴重な存在であり、また、是非とも成功させなくてはならない一本でもあります!

        ▽▲▽▲▽▲

※ 江戸時代。 八代将軍吉宗の頃。
陸奥国磐城(現在の福島県いわき市)の湯長谷藩(一万五千石)は、小藩ながら藩主・内藤政醇(佐々木蔵之介)の下、家中の結束も固く、文武に秀でた家臣たちに恵まれていました。
四年前に飢饉を経験しており、未だそのダメージから回復し切っていませんが、貧しいながらも平和を謳歌しています。

その湯長谷藩。
幕府から、藩内に所有する金山の調査結果について、あらぬ疑惑を持たれてしまいます。
このままでは、藩主が処罰されるどころか、藩そのものがお取りつぶしに!
幕府に釈明し、嫌疑を晴らす為には、藩主・佐々木蔵之介自らが五日(!)の内に江戸まで出向かなければなりません。

が、なにせお大名です。 江戸までの参勤となれば、身一つで赴くワケにもゆかず、大名行列を仕立てなけりゃなりません。
そうは言っても、ついこの先日レギュラーの(一年おきの)参勤交代を済ませたばかりの湯長谷藩。
目下のところ、財政が逼迫しており、スポットの(臨時の)参勤に割くだけのお金はありません(逆さにして振ったって出て来ません w )し、なにより、江戸までの距離を考えると、五日以内に江戸まで来いってのは、どうあってもムリゲーなのですが・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

主人公の湯長谷藩主を演じるのは佐々木蔵之介。
気さくな人柄/人徳で臣民から愛され、なおかつウデも立つというお殿様。(^ァ^)
佐々木蔵之介ならではの鷹揚な立ち居ふるまいがステキでした。
その上、ちょっとした<愛すべき欠点>も持ち合わせていて、よく考え抜かれた巧みなキャラ造り。

家老の西村雅彦は湯長谷藩の頭脳。
ワイドな視野を持ち、統率力もある一方でボヤキ屋でもある。(笑)
未だ若いお殿様を助け、懸命になって藩を運営する苦労人です。
この手の物語りにありがちな<補佐役ポジション>の人ですね。

その他、いずれも一騎当千(自称ですけれど w )の重臣たち。 
皆さん個性的でとってもイイんですけれど、でも時代劇慣れしていないっていうのか、イマイチしっくりと来ない感じは否めなかったです。(コッチの見方が古いのかもしれませんけれど (^^ゞ )

但し、各々(ここは佐々木蔵之介のお殿様も含めて)の台詞に「方言」という要素を盛り込んで来ていて、それが全てをカバーする効果を上げています。
皆さんの台詞が方言的に正しいかどうかとか(私にはまったく)判らないけれど。
ともあれ、聴いていて心地好かった。(^ァ^)

フリーの忍者(?!)をやってるらしい好漢・伊原剛志は儲け役。 カッコ好かった。

佐々木蔵之介が宿場町の旅篭で出会った(やたら気の強い)飯盛り女・深田恭子は、そのキャラがステキ。(^ァ^) この映画の空気にピッタリ合っています。

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、リアリズム路線のハードな殺陣とか、時代描写とか。 そういった要素は、これっぽっちもありません。
それよりも、見ていてキモチの好い時代劇を目指したようですね。(^ァ^)

「時代劇」=「ファンタジー」という公式が成り立つとして。 だったら、その時代劇の中でどんなコトが起ころうが少しもオカシクはないワケです。(笑)
たとえ何を盛り込んでも、その作品の<世界感に適ったもの>であればOKってコト。(^ァ^)

でも、佐々木蔵之介が乗馬が得意って設定。 これは余計だったカナ? って想います。
いえ、馬で時短しちゃうってのは、また随分と安易な気がして。orz
ここは 馬嫌い or ニガ手 って事にした方が・・・・(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、当初は低額予算映画かと想って気軽に見始めたら、クライマックスには大立ち回り (^ァ^) が待っていて、全然そんなことなかったです。

ゆるりと楽しめた時代劇でした。
 
 

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May 11, 2020

映画:バック・トゥ・ザ・フューチャー

 
 
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バック・トゥ・ザ・フューチャー
Back to the Future
 
  
監督:ロバート・ゼメキス
出演:マイケル・J・フォックス (マーティ)
   クリストファー・ロイド  (ドク)
   リー・トンプソン     (母・ロレイン)
   クリスピン・グローヴァー (父・ジョージ)
 
 
       1985年   米国
 
 
 
 
  Lorraine (At the age of 17)
     : Marty, will we ever see you again?
 
  Marty : I guarantee it.
 
 
 
 
こんな時ですから、愉しいこと保証つきの映画をば。(^ァ^)

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)。
問答無用! 稀代の名作ですよね。

でも、私がこの作品を初めて見たのって、つい最近のコトです。
傑作中の傑作として、その標題のみ知りつつ、でも、ず~っと長い間、未見を通して来ました。
なにしろ三十五年も前の映画ですし、テレビで放送されたことも度々なんでしょうけれど、どうやら、それも全部すり抜けて来た。(笑)
また、随分とヘソ曲がり(得することはナンにもない (^^ゞ )だったんですね。w

        ▽▲▽▲▽▲

※ 舞台は米国・カリフォルニア州、ヒル・バレーという落ち着いた雰囲気の田舎街です。
1985年(映画の公開年)、世は変革の時期を迎えつつありました。

時の合衆国大統領は(元俳優の)ドナルド・レーガン。
そして、目下ヒル・バレーの市政を預かっているのは(当地では初となる)黒人市長。
こちらは再選を目指し、選挙活動の真っ最中です。

何でもかんでもアメリカが一番。
誰しもそう信じていたのが、いつしか(こんな片田舎であっても)身の回りを、日本製品が埋め尽くしています。
気が付けば、ここにも、あそこにも。 クールなものは皆 made in japan 。(主人公が目下欲しくて堪らないのもトヨタのハイラックス)

地元の高校に通う主人公のマイケル・J・フォックス(マーティ)。
ロックとスケボー、そして女の子に夢中の日々です。

街の発明家。 変わり者の老人・ドクとは特に親しくしていて、日頃から勝手に彼の研究室に出入りする仲。

ある日、興奮したドク(まぁ、普段からエキセントリックな御仁なんですけれど (^^ゞ )に呼び出された主人公。
彼から、遂に(!)タイムマシンを発明したんだと明かされます! (@_@)

そして(ドクに変わって)期せずして三十年前(1955年)のビル・バレーへと時間旅行してしまうマイケル・J・フォックス!

因みに、タイムマシンの動力源として用意してあった(ある物質)は片道分だけ!
え?、還ってくるのに必要な分が無いんですが。(@_@)

いや、そんなことよりもマイケル・J・フォックス。
三十年前の両親と、マサカの(運命的な)邂逅を果たします!

この当時、高校生だった(奇しくも主人公と同じ年齢です)パパとママ。
絵に描いたような悲モテの父 w 、意外にも奔放だった母 (^^ゞ。
こんな二人が、ホントに結婚まで進むんだろうか?
なんて案じていたら、あろうことか、母親から恋されてしまう主人公マイケル・J・フォックスです。(爆)

え、ちょっと待って! このままじゃ、ボクが生まれてこないよ!

        ▽▲▽▲▽▲

娯楽映画の金字塔「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。
(SFとしてあまりにも定番と言える)タイムマシンを扱ったSFコメディ映画でした。

その感想はと言うと「あ~オモシロかった (^ァ^) 」って至極単純な、しかし説得力充分な一言で終わりそうなんですケド。(笑)
それにしても、隅から隅までホントに好く出来ているナと。w
もう、言うことなしです。 全面降伏。
時間ものSFの愉しさを、ひとつに凝縮したような素晴らしい作品でした。

        ▽▲▽▲▽▲

主人公のマイケル・J・フォックスも好いんですけれど、この映画で最も私の印象に残ったのは、主人公の両親を演じたリー・トンプソン(母役)、クリスピン・グローヴァー(父役)でした。

二人は(配役の上で)高校生とミドル世代とを兼務。 ですから、三十年の歳月を往ったり来たり。w
コレ、老若それぞれの世代を、別々の役者に演じて貰うって手もあったんでしょうけれど、この映画では単独で(若作り/老けメイクを駆使して)頑張ります。(^ァ^)

すなわち、若さではち切れんばかりの少年少女と、倦怠期を通り越して人生お疲れ気味。 コケの生えた中年カップルとを、巧みに演じ分けて見せるんです。(^ァ^)
俳優さんたちの実年齢は(おそらく)高校時代の方に、ずっと近いんでしょうね。
造りこんだ老けメイクの面白さ、考え抜いた演技の巧みさがホントに見事です。

        ▽▲▽▲▽▲

それから、街の発明家(マッドサイエンティスト?)のドク(クリストファー・ロイド)の持つ、独特の(笑)存在感。
可笑しなものばかり造るズッコケ発明家なのに、しっかりとした哲学を持った、云わば信念の人・・・というより、その偏執ぶりが大好きな私。(^ァ^)

例えばこの映画、ドクの視点で観てみるのも面白そうです。
※ ある日、老発明家の家を訪ねて来たのは見知らぬ若者。
若者は三十年後の未来からやって来たと言い張り、いろいろと証拠を上げて見せます。(@_@)
しかも「タイムマシンはあんた(ドク)が開発したんだよ (^ァ^) 」なんて言い出します。
そうか、三十年後、俺はタイムマシンの開発に成功するのか!
意を強くしたドクは、元の時代に帰りたいと願う若者に、全面協力することに。
若者はドクの将来に、なにやら危惧を抱いている様子なのですが・・・・
 (こんな感じでしょうか? (笑) )

        ▽▲▽▲▽▲

タイムマシンの登場するSFにも、いろいろとあるんでしょうけれど、これは、その場所から動かない、云わば定点型(?)の時間旅行。
なので1955年から1985年に渡るアメリカ社会、そしてヒル・バレーという田舎街の変遷。 更には主人公一家の運命の変転などなどが巧みに、そしてまた小粋 w に描かれます。

自分と同い年のママから恋されちゃうコメディで笑って/ドキドキして、時間旅行にワクワクする一方で、時間をテーマとしたドラマならではの切なさまで描き切っています。

そう、時間もの/タイムものSFって、とっても切ないものなんです。(涙)
って、映画「メンインブラック3」の時にも同じようなことを言った気が。w

        ▽▲▽▲▽▲

 母  「また会える?」
 息子 「保障するよ (^ァ^) 」

のシーンが万感胸に迫ります。

さて、映画を観ている私が居るのは2020年の日本。
1985年のマーティー達から見ても(また随分と)フューチャーに居るワケです。w
タイムマシンは未だ出来ていないけれど。(たぶんネ(笑))
 
 

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May 06, 2020

映画:座頭市兇状旅

 
 
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座頭市兇状旅
Masseur Ichi, the Fugitive
 
 
監督:田中徳三
脚本:星川清司
原作:子母沢寛
音楽:伊福部昭
撮影:牧浦地志
出演:勝新太郎   (座頭市)
   高田美和   (おのぶ)
   万里昌代   (おたね)
   村瀬幸子   (おまき)
   成田純一郎  (① 下仁田の佐吉)
   松居茂美   (② 小幡屋島蔵)
   安部徹    (③ 矢切の東九郎)
   北城寿太郎  (④ 棚倉蛾十郎)
 
 
      1963年   大映
 
 
座頭市シリーズ四作目。
この映画、冒頭からステキです。(^ァ^)
街道を独り往く座頭市の姿とか、村祭りの賑わいぶりとか。
相変わらず(惚れ惚れする程の)見事なカツシン、そして大映クオリティでした。

但しこの映画、ストーリーがいささか掴み難かったです。(^^ゞ
ホント、中盤以降になると、もうワケが判んなくなって、アタマがこんがらがりました。orz
コッチは座頭市シリーズを、既に前三作までを視聴済みなんで、なんとなく(笑)そのまんま観続けちゃいましたけれど。
とにかく終えてから、ちょっとナットクのゆかないところが。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

※ 旅の途中、三下ヤクザに後ろから斬り掛かられる座頭市。
もちろん、難なく返り討ちにしてのけたワケですけれど。
ともあれ、そこから出来た縁(?)で、折りしも祭りで賑わう下仁田を訪れることになります。

(因みにこの映画、人間関係がちょっとフクザツなんですワ。w
それも、単純明快な時代劇という態で始まって、でも観続けてゆくうちに、実はややこしいストーリーだった orz って判るタイプのお話しです (^^ゞ )

        ▽▲▽▲▽▲

そのややこしいお話し w の、主な(座頭市以外の)登場人物は以下の通り。

① 下仁田の街を仕切るヤクザ一家の若親分・佐吉。
父(故人)から一家を引き継いで、未だ間もない様子。
気弱な性格で、ヤクザの親分向きのタイプとは見えません。
根っからマジメな男ゆえ、日々立派なヤクザ w になるべく頑張っているところ。
小幡屋の おのぶ ちゃんとは恋仲。(^ァ^)

② 下仁田の旅籠の親父、小幡屋島蔵。
(一見すると堅気ですが)かつては地元の貸元を務めていたという老人。
佐吉の(亡)父親によってその地位を追われたことを今も恨みに想い、あわよくば返り咲こうと画策しています。 ひとり娘の おのぶ は、若親分・佐吉 ① とラブラブ。(^^)♪

③ 矢切りの東九郎。
下仁田八幡宮の祭りの間、若親分・佐吉 ① の下にワラジを脱いでいるヤクザの親分。
兄弟分を斬られた私怨から、座頭市を付け狙います。
(判りやすいくらいの)根っからのワル。w

④ そしてスゴ腕の浪人、棚倉蛾十郎。
破滅タイプ(自らの死に場所を捜して歩いて廻るような)の剣客です。
座頭市の強さを知ると、彼を斬る事に執着し始めます。

        ▽▲▽▲▽▲

若親分・佐吉 ① は、筋金入りの穏健派。
(親から引き継いだ)ヤクザの親分なんて、まるで似合わない、まだまだ半人前の若者でした。

そんな 佐吉 ①。 目下、彼の下にワラジを脱いでいる(海千山千のワル)矢切りの東九郎 ③ に、あれこれイジめられたり、威されたり。 遂には命まで狙われます。(@_@)
そしてその度、市に助けて貰った 若親分・佐吉 ②。
更には市に(なかなか進展しない)おのぶ との恋仲を応援されたりも。w

そんな気弱な若親分・佐吉 ①。
矢切りの東九郎 ③ にそそのかされ(恫喝され)、とうとう市を陥れる陰謀に加担してしまいます。

え~、命の恩人・・・・って言うか、今や 佐吉 ② にとって、唯一の味方と言える市をワナにはめるなんて!
ホントに困ったもんですが、映画を観ているコッチもまた、佐吉 ② の思惑/振る舞いが理解し切れなくて困惑します。orz
  
 
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今回、クライマックスのチャンバラはロケ中心でした。(^ァ^)

斬り掛かってくる敵の多勢を、次々に斬って伏せながら、廃屋の室内(光と影のコントラスト。 美術の仕事が見事です)から、パッと明るい屋外へ。 降り注ぐ陽光の下でみせる殺陣もヨカッタ。(^ァ^)

そこから、ボスキャラの凄腕浪人・棚倉蛾十郎(北城寿太郎)④ との一騎打ちにつなげる展開もサイコーです。

        ▽▲▽▲▽▲ 
 
さて、ラスト・シーンです。

佐吉親分 ① は、この先ダイジョウブなんでしょうか?
市への裏切りを(一応)詫びてはいるんですけれど。
いや、これ、謝られた程度じゃナットクゆかないって気が・・・・(>_<)
それよりこの若者、今のままじゃ親分として(ヤクザ渡世を)生き残っていけるとも想えないんですが。(^^ゞ

別れ際に、ひょうげて踊り出す市。(^ァ^)
この時のカツシンの所作が、ホントに素晴らしいです。

その、愛嬌たっぷりの笑顔が、やがて哀しげな表情へと代わったのは、死んだ(かつての)想い人のことを偲んでのことか?
それとも・・・・それとも若者 ① の前途が、決して明るいものではないことが、座頭市には「見える」んでしょうか?

そんなことを考えると、尚のこと、味わい深いエンディングです。
 
 

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May 04, 2020

映画:カメラを止めるな!

  
 
カメラを止めるな!
ONE CUT OF THE DEAD
 
 
監督、脚本:上田慎一郎
 
 
     2017年   日本
 
 
映画「カメラを止めるな!」。
この、大ヒットした低予算インディーズ作品については、既にあちこちで存分に語りつくされているところですけれど。

で、幾ら世評の高い映画って言ったって、そこは高評価だけではなしに、否定的な感想も(そりゃ映画ですから)あるワケです。
でも、いろいろ言われる中で、その(ほぼ)全てにおいて共通する意見(こんなの滅多に無いコト)があります。 それは・・・・

この映画は <予備知識をなにも仕入れずに観るべき> ってこと!

ホント、これまでに私が見てきた、この映画に付いてのいろんな感想/評論で、ココだけは一致を見ています。
映画「カメラを止めるな!」の予告編とか、事前に観なくて好い! いいですね? ( ー`дー´)キリッ.

出来得れば、この映画がヒットした/高評価を得たっていう予備知識すら持たない方がイイかも。w
でも、そうすると途中で見限られちゃう(鑑賞を中断されてしまう)キケンがあります(そういう内容の映画なんです (^^ゞ )。w
(事前の知識無しに観るべきと言いつつ、この「問はず語り」に、こんな駄文を書いてしまうのも、そういうワケからです)
ともあれこの映画は、知識ゼロのまんまで鑑賞に臨むこと。 これが一番。 シツコイ (^^ゞ

でもこれ、曲がりなりにも<ゾンビ映画>なんですよね。(笑)
ですから、死体やら殺人やら、更に人体の大胆な損壊 (@_@) とか、血が盛大にドバーッ (>_<) とかもあるんですケド。(^^ゞ

あの、そういう映画はニガ手って仰るアナタ。( σ(^^) もですが)
ここンとこだけは、ガマンして、なんとか乗り越えて下さい。(笑)

映画のラスト迄には必ず、めげずに観続けて好かった~ (^ァ^) ってなりますから。

        ▽▲▽▲▽▲

役者陣と製作スタッフが集い、様々な困難を乗り越えて一つの作品を撮る姿。 そのエネルギーと情熱、つまりはヤル気!
そこからは(低予算で造った分、なお更)純粋な映画愛が伝わって参ります。

映画を観ながら、ゾンビ映画にしちゃ、なんかユルイな。 隙ダラケの演出だな。 なんて想っていたら・・・・
あ~、すべてにワケがあったんですね。 私が舐めてました。(>_<) 参りました。orz 完全に降参です。m(__)m

最初、俺が見始めたのは(血まみれの)ゾンビ映画だった筈・・・・
それが、いつしか笑って、堪らなくワクワクして、そしてウルウル感動している自分が居ます。

新型コロナ過で引きこもる中、まったりと愉しんだゾンビ映画でした。
 
 

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