July 26, 2008

おちおち死んでられまへん

 
 
  おちおち死んでられまへん
    <斬られ役ハリウッドへ行く>


    福本清三、小田豊二著

        集英社文庫  2007年


不肖なんであれ、その道一筋に生きて来たプロと言う存在に弱い。 今風に言えば、リスペクトする傾向にある。

己の役どころを心得ていて、やるべきことをきっちりと勤めあげる。 必ずしも陽の当たらない位置居たりするけれど、でも、その人が居なければ始まらないプロ。

本書の著者、東映京都撮影所に大部屋俳優として半世紀近く勤める福本清三さんもそんなプロ中のプロの一人である。
長年に渡り映画、テレビドラマに脇役として出演して来た福本さん。 中でもテレビ時代劇のラスタチ(番組クライマックスの大立ち回り)では、主演俳優に絶妙の呼吸で斬り掛かり、逆にバッサリ斬り倒される、そんな斬られ役の第一人者である。

本書は、福本さんが柔らかな関西弁で語るのを、小田豊二さんが聞き書きする形式で通しているため、福本さんの腰の低い、そしてユーモラスな人柄が直に伝わって来る。

特筆すべきは福本さんの慎ましさ、礼儀正しさ、優しさ、なにより感謝の心。
役者と言う仕事につき物の華やかな、敢えて言えば虚飾のイメージに反して、驚くほど謙虚で実直なのです。
かつての映画黄金時代から、長年に渡り脇役一筋に勤めてきたこの役者さんのその人生観、斬られ役としての経験談からは、愚痴や他人への悪口が一切出ない。 この本は、だから読んでいて、実に気分が良い。

長年に渡り、名斬られ役で鳴らした福本さんのファンは少なくなく、近年は東映太秦映画村で催される殺陣ショーでも活躍している。

        ▽▲▽▲▽▲

2002年。 定年を間近に控えた福本さんに、思いも掛けぬビッグチャンスが廻って来た。
トム・クルーズ主演のハリウッド作品、「ラスト・サムライ」への出演オファーである。
福本さんに振られたのは、主人公の警護/監視役を忠実に勤める寡黙な老侍、サイレント・サムライ役。

以下の引用は、40年を超える大部屋俳優人生の文字通りクライマックス・シーンとなった撮影風景。
映画「ラスト・サムライ」ご覧になった方もおられると思います。 出来得れば、映画のシーンを思い起こしながら読んでみて下さい。
 
 
 <<< 引用はじめ
 
一番印象に残っているのは、私がトムさんを武士の家に案内するシーン。私が先にあがって、そのあとをトムさんが続く。私はこの時、胸の奥がじーんとしましたわ。
だって、そうでっしゃろ。
このシーン、トムさんを私が案内するんでっせ。
トムさんと私、ふたりだけですわ。ただ、歩いていく。
ただそれだけのシーンなんやけど、これ、私にとってはものすごいことなんですわ。
わかりますか。これまで私がやってきたことと言えば、スターさんとからんだシーンは立ち回りやないですか。それがただふたりだけで歩くんですわ。それも、世界のトム・クルーズと。
五台のキャメラがトムさんと私を追うんでっせ。
こんなこと、あってええんかいなって思いましたわ。
 
 引用おわり >>>
 
 
万感胸に迫りますね。
福本さんの謙虚な姿勢はしかし、ハリウッド・デヴューを飾った後もまったく変わらない。
そこのところが、なにより凄いと想う。
 
 

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May 27, 2008

逆境ナイン

  
逆境ナイン
 
  監督:羽住英一郎
  出演:玉山鉄二
     堀北真希
     藤岡弘、
  原作:島本和彦「逆境ナイン」
 
     2005年 日本
 
 
島本和彦の同名の高校野球スポ根ギャグ(?!)マンガを実写映画化!!
弱小野球部を率いるキャプテンで投手の不屈闘志(って名前なんです)が、襲い来る数々の逆境にもめげず、甲子園を目指す姿を描く。 高校野球マンガのパロディと、ナンセンス・ギャグの要素を併せ持つ青春ドラマである。

なんたってこの映画、原作者・島本和彦の描くマンガの世界感をそのまんま、無理矢理に実写映画化してしまった。 そのこと自体のバカバカしさに、まずは笑うしかないでしょ。

ナンセンスなギャグの連続するドラマなんだけれど、それをつなぐ映像の一々を、カメラが本格的に捉えている。
キッチリ映画しているのである。
それゆえ、登場人物たちがバカをやる中で、映像だけは唯もう純粋に美しいのだ。 そのお陰で、笑いの場面が余計に可笑しくなってるね、絶対に。

主人公の投手・不屈闘志役に玉山鉄二。
この役者のことを私は好く知らなかったのだけれど、彼の演じる島本和彦ワールド的熱血漢ぶり。 純情無比で、暑くるしく、そしておバカな高校球児の姿に惹きつけられた。 まずはハマリ役と言って好いのではないか。
不屈以外のナインも皆好演するけれど、いずれも小粒で印象は薄い。 やはりこの映画、玉山鉄二の独り舞台の感があるね。
そして、マネージャー役・堀北真希の可憐さ。
重厚な雰囲気で島本和彦ワールドを支える、校長役・藤岡弘、。

おバカで熱い青春ドラマに散々笑い転げさせられて、お終いは岡村孝子の「夢をあきらめないで」に思わずジンと来ちまう映画です。
 

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May 11, 2008

HINOKIO

 
 HINOKIO
 
   監督:秋山貴彦
   出演:中村雅俊
      多部未華子
      本郷奏多
      堀北真希
      林原めぐみ(声)
 
         2005年 日本
 
 
テレビのニュースだったか、それともコマーシャルでかは忘れたけれど、本田技研工業のASIMO。 あの二足歩行ロボットが歩く姿を初めて見た時は、いやもう、ぶったまげたもんである。

普通、ロボットの歩きと言えば機械的な、ギクシャクとした動きを想像しがちだけれど、その先入観に反してスタスタと歩く、その動きのあまりな人間っぽさ。
これは絶対中に人間が入って歩いているんだろうそうだそうに違いない!って、どうしても疑惑の目を向けてしまうんだけれど、その形状から見て、人間が収まるとは考えられず、改めて驚いてしまう。
あれを見た人の反応は、まずは誰しも一様にクチあんぐりと驚いて、次いで顔をほころばす。 ってところじゃあないだろうか。
人類史上初の本格的二足歩行ロボットは、誰からも愛されるナイスな奴であった。
 
 
※ロボット研究者を父に持つ小学生のサトルは、交通事故により母を亡くし、自身も車椅子の生活を余儀なくされる。 また心に負った傷により、他者とのコミュニケーションを拒否するようになり、自宅から一歩も出ない日々を送っている。
その頃、様々な理由から登校出来ない児童に、本人が遠隔操作するロボットによる代理登校をさせる試みが始まった。
 
 
サトルの操るH-603(HINOKIO)は、ASIMOと同様子供サイズで、ちょっとたどたどしい足取りの二足歩行ロボット。
HINOKIOの動くシーンは専らCGで描かれるのだけれど、それがとても自然で虚構と言う感じがまるでしないのは、ASIMOを見ていての学習効果に拠る処が大きいと思う。

お芝居の方は、ジュン役の多部未華子をはじめ、子役の縁起が素晴らしく上手い。
堀北真希が小学生に見えないのは、ま、ご愛嬌か。
我が子との距離が縮まらず悩む、お父さん役に中村雅俊。 ラスト近くで見せる会心の笑みが好印象。

子供たちの友情、勇気、母への慕情、淡い恋心。
そしてイジメ、非行、嫉妬、父への反目、親の再婚など。
子供たちとロボットの触れ合いということで、ほのぼのしたストーリーかと思えば、子供なりに結構重いものを含んでいるのだ。

昔、千住に実在した「おばけ煙突」の使い方の上手さ。
現実の世界とコンピューター・ゲームの電脳世界とがリンクしているという設定は、随分とっぴだけれど、ここは大人の常識で判断するのではなしに、学校の怪談を真剣に論じあう子供の感覚で、率直に受け取れば好いのだと想う。

あまり期待もせずに見始めたのだけれど、映画が終わってみれば、夢中になって見入っている自分がいた。
あくまで子供中心のドラマながら、大人の視線で見ても十分に愉しむことの出来る佳品です。
 

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May 03, 2008

玉川上水

 
明日から連休ということで、開放感ありまくりの金曜日の夜(というか、もう土曜)。
グラス片手にタモリ倶楽部を見始めたら、今回のテーマは玉川上水ですと。

その昔、私がサイクリングに凝っていた頃。 近くにあった多摩川の両岸に設置されているサイクリングコースに、足繁く通ったものである。
始めたばかりの頃は手近なエリア、川を渡る東横線と東海道線の間辺りを走っていたのが、何度もサイクリングを重ねるうち、次第に行動範囲が広がってゆき、最終的には下流は多摩川の河口付近、羽田空港の傍まで。 上流は羽村取水堰とそして阿蘇神社まで達した。

玉川上水は江戸時代、市中の水源を確保するため造られた水道である。 工事にあたった庄右衛門、清右衛門兄弟は、その功績により玉川の姓を賜る。
タモリ倶楽部でもちらと映った、その玉川兄弟の銅像(これが、なかなかカッコイイのですよ)の据えられているのが羽村取水堰である。

番組では生憎と、羽村取水堰そのものは取り上げず、都心部にあって、現在は使用されていない上水道の跡、その多くは暗渠化されている部分をタモリ一行が辿る、と言うことをやっていた。

玉川上水沿いには部分的に遊歩道が整備されていて、私は羽村取水堰から神田川のあたりまで、何度か自転車を走らせたことがある。
遊歩道の全てが一本の道で繋がっているというわけではなく、(それは多摩川のサイクリングコースも同じだけれど)あちこちで、市街の一般道に出なければならない。 けれど、わずかに残った上水道跡の、両岸に樹木の生い茂る中、ゆっくりとペダルを漕ぐのは、まことに気持ちの好いものであった。

番組の方では、折りしも満開の桜をバックに、薀蓄を披露しながら、ゆっくりぞろぞろと歩を進めるタモリ一行。
そのゆる~いノリを愉しんでいる内に、ほっこりと眠気がやって来た。
 

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April 16, 2008

ドクター・ドリトル2

 
 ドクター・ドリトル2
 Dr.Dolittle2
 
   監督:スティーブ・カー
   出演:エディ・マーフィ
 
      2001年 米国
 
 
エディ・マーフィのトーク、そして、動物たちと組んでのギャグで人気を呼んだ「ドクター・ドリトル」の続編。

前作「ドクター・ドリトル」で沢山の動物達と関わったドクターだけれど、今作では特に熊のアーチーをメインにすえた。

思えば前作では、登場する人間も動物も、それぞれに悩みを抱えつつ、精一杯に世渡りをしていた。
動物たちなど、ネズミみたいに小さな奴ほど気が強かったり、また逆に、トラみたいに大きな多き奴ほど繊細だったりする。 そんなところに、ヒネリの利いた風刺を感じたし、また、人間社会の世知辛さを、動物に託して表現していたのも面白かった。

それが今回は、サーカスで育ったシティ熊、アーチーの野生回帰という、ある意味、正攻法なテーマに焦点を絞ってみたと言うわけ。
なにしろ絵本、童話、動物園やサーカスでも人気者の熊さんが主になるわけだからして、まずは大人から子供まで、誰にでも親しみやすい路線を目指したのであろう。

エディ・マーフィの繰り出すジョークも、前作に比べてずっとソフトになった。
これもやはり、ファミリー向けということを意識しているのじゃあないかと思う。 ポリティカルコレクトネスって言うんですか。 ヤバげな台詞など、あまり聴かれなかったし。 ご家族で安心して楽しめるようになってます。

リラックスして、のんびりと愉しむにはおあつらえ向きの映画だけれど、でも、総じて前作の面白さには及ばないかな、と想いました。
 

   「ドクター・ドリトル」
 
 

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April 09, 2008

UDON

 UDON

  監督:本広克行
  出演:ユースケ・サンタマリア
     小西真奈美
     トータス松本
     小日向文世
     木場勝己
     鈴木京香
 
       2006年  日本
 
 
うどんと言えば香川県。 本場のうどんは讃岐うどん。 押しも押されもしないソウルフード。
その地に生まれ育ち、日々うどんを打って、喰らう人々。
四国に渡ったことのない私が、うどん文化圏の一端を知ることの出来た映画であります。

舞台となる讃岐地方の風景の見事さ、素晴らしさ。
日頃、みいさんのブログで美しい写真を見せて頂いている、讃岐富士を中心とした明朗な田園風景と、そこに住まう人々の暮らし。 見ているだけで、もうニコニコである。

但し、地元タウン誌の取材をきっかけに巻き起こる、うどんブームの顛末を描く映画の前半が、私としてはイマイチの感があった。
タウン誌の編集スタッフが県内各地に点在するうどん屋を取材するシーンなど、いろいろと演出を工夫しているのが、テレビの旅グルメ番組などで、芸能人がレポートしている風に見えて、どうにもシラけてしまうのだ。

主人公の松井香助役にユースケ・サンタマリア。
その型破りな言動、押しの強い無責任男ぶりは、見ていて憎めない奴と笑う人と、許せない奴と怒る人に分かれるのではないだろうか。 で、私は後者の側と。
なにしろ表情がコワイ(眼が、決して笑わないのだ)。 人気男優ながら、私とは余程相性が悪いのかもしれない。

ライターの宮川恭子役に小西真奈美。
童顔で、終始カワイイ表情を保つばかりで・・・・・でも、それだけ。 こちらも、私とは相性が好くないのかなあ。 随所に差し挟まれる、この人のナレーション(自己愛が、少しばかり鼻に付く)はいらないと想うな。
 
そして後半は、讃岐の小さなうどん屋、松井製麺所一家の後継者問題へと話しが移る。
こちらは好い役者が揃った。
松井家の老父、頑固一徹なうどん職人の拓富役に木場勝己。 その娘、しっかり者の万里に鈴木京香。  気の優しい婿、良一役に小日向文世。 この一家に、前述の香助が絡むことになる。

いっそ前半の、タウン誌編集部の活躍編はバッサリ切り捨ててしまい、後半の松井製麺所一家のストーリーひとつでまとめてくれれば、この映画は佳作に成り得たと想うのだけれど。

ラストの香助の選択に、私は納得がいかないのだけれど、この映画を造った本広監督をはじめ、大挙カメオ出演した香川県出身の俳優・タレント諸氏、つまり故郷を離れて都会に出て行った人々に重ねて考えてみれば合点がゆく。 でも、そうだとすると、これも一種の自己愛に見えてしまって、共感し辛いんだよね。
上映時間134分が、矢鱈と長く感じた。

いろいろと文句を垂れたけれど、すっかりうどん気分になってしまった私。 映画を観たその翌日、いそいそとうどんを喰いに出掛けたのは言うまでもない。
いつか讃岐へ、ソウルフードを喰いに行ってみたいモンです。
 

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March 23, 2008

バタリアン

  
 バタリアン
 Return of the Living Dead
 
  監督、脚本:ダン・オバノン
  出演:クルー・ギャラガー:バート
         (医療機器販売会社の社長)
      ジェームズ・カレン:フランク
         (同社のベテラン社員)
      トム・マシューズ:フレディー
         (同社の新入社員)
      ドン・カルファ:アーニー
         (葬儀屋、バートの旧友)
      ベヴァリー・ランドルフ:ティナ
         (フレディーの恋人)
 
         1985年 米国
 
 
私は、映画を好む者である。 しかしながら、ホラーものだけは一切見ないことにしている。
なにしろこちとら、筋金入りの超怖がりと来ていますからね。 誰が好き好んで、お金と時間を費やして、わざわざ怖い想いをしますかって。
それが、この春の凶悪な花粉症のおかげで何処かのネジが吹っ飛んでしまったものか、生涯縁のない筈のホラー映画に手を出してしまった。
 
「バタリアン」。 そのタイトル(あんまり、好い邦題ではないと想う)だけは、以前から私も聞き知っているくらいだから、さぞかし名作なのであろう。
ホラーのマスターピースと来れば、コワさの方も、また超絶級に違いない。 この手のものに対して、まったく免疫力を持たない私などが観て、果たしてダイジョーブなのであろうか。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
結果から言ってしまうと、コワさはなんとか許容囲内に留まってくれ、最後まで鑑賞し切ることが出来た。 ふぅ。
それどころか、笑っちゃいそうな展開さえあり、ドラマとしても優れた、予想外に楽しめる映画だったのである。
 
出演の役者、特に医療機器販売会社の三人と葬儀屋の演技が秀逸。 映画の冒頭部あたり、バートとフレディーの絡みがとても好かった。
社員二人が社長のいない間に交わすヨタ話し、その怪談ネタを切っ掛けに好奇心を煽られ、(止せば好いのに!)ある事情から永く地下室に仕舞い込まれている、決して開けてはならないと言われるカプセルに手を掛けてしまい・・・・・・
 
如何にもホラーっぽい雰囲気を醸して、さあさあ恐怖シーンが来るぞ始まるぞと、見る側を煽るあおる。 さあ、いよいよ怖くなるかとドキドキさせておいて、いつか可笑しささえ込み上げて来る造りには、してやられたって感じです。
 
いずれも等身大に描かれる登場人物らは、ちょっと頼りないオトナたちに、80年代風イカレタ若者たち。 あんまり立派なのは出てこない。
大の男が、Living Deadを目の当たりにして、恐さと気持ち悪さで半泣きになってしまうあたりが、いっそリアルで、ホラー&(やや)コメディと言うばかりでなしに、人の織り成すドラマとして良質だと想う。
ロックを多用した音楽も、ホラーらしさと時代の雰囲気を伝えて、実に好い感じ。

監督、脚本のダン・オバノンは、あの「エイリアン」(1979年)でも脚本を担当していた。
そのためであろう、細かいところで「エイリアン」のセルフパロディーをやっているのが興味深い。
・Living Deadを封じ込めていたカプセルは、エイリアンの卵そっくり。 地下室には同型のカプセルが幾つか眠っていて、これもエイリアンの産卵場に似ている。
・身体を寸断されたLiving Deadを拘束して、なぜ人を襲うのかを聞きだすシーン。 やたら饒舌なLiving Deadは「エイリアン」の船医、あの悪夢のようなシーンを髣髴とさせる。

ホラー映画ってことで、ビビリながら観始めたものの、怖いのがまったくダメな私でも十二分に愉しめる映画になっている。 ほっ。

と想ったら、衝撃のラストシーンが私を待っていた。
 

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March 08, 2008

かもめ食堂

  
 かもめ食堂
 ROUKALA LOKKI
 Kamome Diner
 
  監督:荻上直子
  脚本:  〃
  出演:小林聡美
     片桐はいり
     もたいまさこ
 
        2006年
 
 
小林聡美はホント綺麗になりましたな。
この映画の撮影当時で、そろそろ四十台に乗っかったあたりだろうか。
若い頃に比べ、ドガチャカしたところが抜けて、本来持っていたボーイッシュな雰囲気に、適度な円満さが加わった。 過ごして来た日々の充実を感じさせられる。

「かもめ食堂」は、北欧、フィンランドの首都、ヘルシンキで三人の女性が小さな日本食堂をやるという、大人のための童話とでも言いたくなるお話し。
ドラマ全体が、どこか浮世離れしてファンタスティックなのも、ヘルシンキと言う土地柄、その夏の淡い色彩感と良く合っていると想う。

小林聡美 と共にかもめ食堂を切り回すことになるのは もたいまさこ と 片桐はいり。
どうです? このラインナップ。
室井滋はいないの? なんて突っ込んでみたくなるのは、あながち私だけではあるまい。

それぞれに違う事情を抱えて北都ヘルシンキへとたどり着き、縁会ってこの地で知り合った三人。
各々の来歴について、一応紹介はするものの、詳しいところは良く知らないまま。
特段、我が身について多くを語りもせず、また殊更他人の事情について深く知ろうともしないのである。

他人に優しく、己をしっかりと律して生きる。 かもめ食堂の主人で、武道家の娘という設定のサチエ役に小林聡美。

マサコ役に もたいまさこ。 三人の中では年長で、その慇懃な物腰からは、なにやら人生の修羅場を潜って来たらしく察せられる、ある種スゴミを漂わす。 やっぱり猫が好きなのか・・・・・

ミドリ役に 片桐はいり。 他の二人に比べて幼さを残す言動は、いささか繊細さに欠けるようでいて、でも、三人のハーモニーを乱すことはないのである。

その他、かもめ食堂の常連で日本オタクのトンミ・ヒルトネン青年をはじめ、登場するのは穏やかでシャイな好人物ばかり。
暖かで、でも、人さまの領域には必要以上に立ち入らない。 絶妙の距離感を保つことの出来る人たちと、共に居ることの心地好さ。
いつまでも、そのドラマの中に浸っていたくなる、丁度好い湯加減の映画です。
この作品にすっかりハマった私は、一週間の間に四度観てしまった。 いくらなんでも、これはやりすぎだろう、と想って、以降は自粛しているけれど。 でも、もうしばらくしたら・・・・・

三人の小気味好いやりとりから、陽水の「クレイジーラブ」へとつなげる、ラストシーンがまた粋だ。
 

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February 16, 2008

潮騒

 
  潮騒

    監督:谷口千吉
    原作:三島由紀夫
    音楽:黛敏郎
    出演:久保明 (新治)
        青山京子(初江)
        沢村貞子(とみ)

           1954年 日本


ちょいとした野暮用があって、以前住んでいた川崎市中原区へゆく。
用事は午前中に済ませたので、午後から、以前ここに住んでいた頃よく訪れた川崎市民ミュージアムに、久々に入ってみた。

折しもミュージアム内の映像ホールでは、昨年亡くなった映画監督、谷口千吉の特集をやっていて、その監督作品のうちの一本、1954年製作の「潮騒」を観ることが出来た。
「潮騒」の映画は今日までに、なんと5本も造られている。


 <製作> <監督>  <新治>  <初江>
1.1954年 谷口千吉  久保明   青山京子
2.1964年 森永健次郎 浜田光夫  吉永小百合
3.1971年 森谷司郎  朝比奈逸人 小野里みどり
4.1975年 西河克己  三浦友和  山口百恵
5.1985年 小谷承靖  鶴見辰吾  堀ちえみ


邦画界の人気コンテンツと言うわけだけれど、その嚆矢となるのがこの54年作品である。 その後、10年を超さずにリメイクされ続けていて、でもここ20年間は造られていない。

鄙びた漁村の風景や、貧しくも地に足が着いた漁師の生活など、明朗で判りやすい作風は、谷口監督の特徴なんだろうか。 二人の前に立ちはだかる、村社会の旧弊さの描写なども、あまり陰湿にならないのが好い。

そしてなにより、主役の二人の瑞々しさに好感が持てる。 新治はひたむきで謙虚な滅茶好い奴だし、フレッシュでしかし浮ついたところのない初江。 脇役陣もしっかりしている。 気骨のある新治の母、とみに沢村貞子。
音楽は黛敏郎。 伊勢湾にフランス近代を持ち込んだ。

最初はうんと地味な文芸作品と想っていたのだけれど、いつしか夢中になって観ている自分があった。
私は5本ある「潮騒」の映画をどれも観ていないし、三島の原作も未読なので、純情一筋な二人(平成の日本にあっては絶滅危惧種に指定されそうな)の恋路をハラハラしながら見守ってしまったのである。
あまり期待せずに臨んだから、余計にそう想うのかもしれないけれど、見終えての満足度の、ものすごく高い映画だった。

この1954年版「潮騒」。 残念ながら、現在のところDVDなどは市販されていないらしい。 この日の上映はフィルムの状態が良くなかったのだけれど、この素晴らしい映画、なんとかDVD化して貰えないだろうか。

思いがけず、ホントに好い映画を観ることが出来て嬉しい。
清々しい気分に満たされて、川崎市民ミュージアムを後にした。
  

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February 05, 2008

NHK大河 篤姫

 
NHK大河ドラマ「篤姫」。 とりあえず見てみっか、くらいな気分で見始めたのが、いつしか、しっかりとハマってます。

第五回まで来た、これまでのところは青春編という趣で、この時代の幕府や薩摩藩の状況を説明すると共に、後に維新の主役となる人々の若き日々を描く。

於一(のちの篤姫、天璋院)に宮崎あおい。 無邪気な笑顔が思いっきりカワイイです。
お姫様ものの王道を往くお転婆ぶりで、周囲を掻き回すも、様々な階層の人々との出会いを体験し、世の中について、人生について学んでゆく。 「篤姫」序盤はそんな於一の青春ストーリーというところ。 なかなかにハッチャケた演出もあって、ギャグも愉しめる。

於一ら若者たちを取り巻く大人たちが好い。 島津のお殿様(斉彬)の懐深さ、調所広郷の奥深さ、堅物だが好人物の父、賢い母、主家想いな乳母の菊本。

そして若者たち。 世に出る前の西郷や大久保など、後に維新の立役者となる有為の下級武士ら。
そして、彼らと交わる肝付尚五郎(瑛太)、のちの小松帯刀。 この人が「篤姫」のもう一人の主人公になる模様。 今のところ文武共にパッとせず頼りない尚五郎だけれど、この時代にあって人の身分に拘泥しないという美質を持つ彼は、下級武士たちとの間にコネクションを広げてゆく。
若者たちのなかでは、西郷吉之助(小澤征悦)がすごく好い。

音楽もなかなか好い感じです。 テーマ曲など、大河にしては随分と爽やかな印象で、クリムト風のタイトルバックとは、ちと合わない気もするけれど、でもなかなかの佳曲で、まずは一年つきあってゆけそう。
 

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January 08, 2008

シムソンズ

 
 シムソンズ
 
  監督:佐藤祐市
  出演:加藤ローサ
     藤井美菜
     高橋真唯
     星井七瀬
     大泉洋
 
       2006年
 
 
ずっと以前、私がバイクであちこちを走り回っていた頃、独りで夏の北海道を旅したことがある。 東京や神奈川を走るライダーにとって、北海道という処はなににもまして魅力的な土地なのですよ。
北の大地を夢中で駆け抜けた中には、サロマ湖を見下ろす道、この映画の舞台となる常呂町の辺りもあった。 もちろん、当時はそこがカーリングの町だなんて知らなかったわけだけれど。
サロマ湖岸のキャンプ場でテント泊。 関東では考えられぬほど、しつこい藪蚊の襲来に悩まされた。 砂地に無くしたペグの一本は、今も砂中に刺さったままだろうか。

後に2002年ソルトレークシティ・オリンピック日本代表なったシムソンズ。 四人の女子高生の青春ストーリーを見ながら、遠い日の旅のことどもに想いを馳せてしまった。
どこまでも真っ直ぐに伸びる路。 ゆるやかに起伏する台地。 遮るものとて無い広々とした景色。 それらを包み込む広い空。 映画のシーンと、記憶の中の北の大地がオーバーラップしてゆく。

「シムソンズ」は小説と映画で、基本的な設定は共通なのだけれど、各々の展開はかなり異なる。
つまり、小説では夏季の基礎練シーンがメインで、試合はほんの少し。 主人公の心境を叙述する部分が多かったのに対して、映画の方はいきなりリンクでの練習、そしてゲームが始まるなど、ヴィジュアルに訴える。 小説では難しく感じたカーリングのルールも、CGを多用して判り易く解説されるのである。 なにより、四人のうち三人までが素人ながら、みるみる強くなってゆくシムソンズ。 映像と文章での、この見せ方の違いはそれぞれ正しい選択と言える。 「シムソンズ」は小説版、映画版で内容が異なっていて、そのどちらもが、それぞれに面白い。

シムソンズの主たる移動手段たる自転車や、軽トラの荷台とか、そのユルイ速度感に共感してしまう。
何度か顔を出すテレビ取材クルーのシーンは、話しが生臭くなる気がして、ここは不要と想うな。
アニメのシンプソンズがカメオ出演していないかなと、ちょっぴり期待していたのだけれど。 そこのところだけが残念。
シムソンズの四人がみんなカワイイし、子連れやもめのコーチ、大らかな和子の母の他、ガミさんやしゃべりたいのマスターら、脇役陣も好い。 
映画「シムソンズ」。 爽やかで、そしてなんとも気分の好い佳品です。
 
   小説版 シムソンズ
 

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January 06, 2008

のだめカンタービレ 新春SP欧州

 
 のだめカンタービレ 新春スペシャル in ヨーロッパ
 
 
2006年にフジテレビで放送した、同名のコミックを原作とするテレビドラマの続編。 正月特番として、1月4日~5日に掛けて放送された。

のだめ役・上野樹里と千秋役・玉木宏をはじめ、その他の主要メンバーも健在で、一昨年の放送と同様、とっても面白かったです。

二回に分けられた新春スペシャルの第一夜は千秋の挑戦編。
渡欧して、まず手始めに指揮者コンクールに挑戦する千秋。 今回の千秋は、日本に居た頃、時に自暴自棄となっていたのに比べて、とにかく溌剌としてカッコイイ。 念願叶ってヨーロッパの地に来た喜び、高揚感が伝わってくる。 指揮ぶりも上手になったね。 コンクールのシーンでは、他のコンクール参加者や、オケとの確執などを描いて面白い。 が、その最中に彼らしくもない挫折を体験する。
リハーサルでオケに無茶な要求を押し通し、一旦はオケを敵に廻してしまう千秋。 この辺の演出には、一昨年のシリーズで造り上げた千秋像、そのオレ様ぶりの設定が上手く活かされている。 そこからの巻き返しの過程が省略されていて、これではちょっと簡単に勝ち過ぎの感もあるけれど、尺の中に収めねばならない関係もあるだろうし、まあ仕方ないか。

第二夜はのだめの挑戦編。
なんとまあ、名高いパリのコンセルヴァトワールに入学してしまったのだめ。 (建物や、その内部など、あれは実物なんでしょうか?) 変態パワーを発揮して、超短期間でフランス語を習得するも、今度はアナリーゼの授業で周囲のレベルの高さにまるで付いてゆけない。 留学生活の早々に味わう挫折。
音楽家が、自分の楽器を演奏すること以外の音楽諸々については意外に弱く、例えば市井の音楽ファンの方が余程詳しい、なんていうのは往々にしてあり得ることですが。
自身を失ったのだめは、演奏の方もダメになってしまうけれど、やがて本来の自分を取り戻すことで立ち直る。 例によってギャグとシリアスを交えた、この挫折から立ち直りへの過程は、今回のスペシャル編中で最も面白かった。 音楽ドラマとして楽しめたと言う点では、一昨年の放送で最も高水準と想った、モーツァルトの二台ピアノのエピソード以来、出色の出来と想う。
 
私は原作を読んでいないけれど、もしもこの先のストーリーがあるのなら、年に一度くらいのペースで好いから、その後ののだめや千秋の活躍ぶりも見せてもらえればと想う。
 

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December 20, 2007

ALWAYS 続・三丁目の夕日

 
 ALWAYS 続・三丁目の夕日
 
  原作:西岸良平
  監督、脚本:山崎貴
  出演:吉岡秀隆
      堤真一
      薬師丸ひろ子
      小雪
      堀北真希
 
       2007年 日本
 
 
その当時を知らぬ世代が見てさえ、何故か郷愁を覚える昭和三十年代という時代。 その当時を生きる庶民の哀歓を、VFXを駆使して美しくリアルに描き、大ヒットをみた前作の続編であります。
 
主要キャスト(と端役の何人か)が前作と同じなのが嬉しい。 懐かしい三丁目の人々に再会した気分にさせられるから。
子役の二人が大きくなってしまって(子供さんの成長、それ自体は目出度いわけですが)、それぞれの配役には、いささか旬を過ぎているかもしれない(特に淳之介)。 それでも、あえて前作と同じキャストを押し通したのは英断でしょう。
 
前作が、原作のマンガのエピソードを巧みにつないで成り立っていたのに対して、今作では、前作の内容を引き継ぎつつも、淳之介の親権争いから茶川先生の芥川賞挑戦に至る一本の流れがあって、ドラマ性を高めている。
茶川先生は、ヒロミと淳之介との暮らしを夢見て奮起する。 一方、怒髪天を衝く昭和の雷オヤジ、鈴木オート社長はかつての戦友を懐かしみ、そして奥さんは初恋の想い出を秘めた日本橋を歩むのである。
 
その日本橋。
前作と同様、旧き好き時代を描くという姿勢を貫いたためであろう。 この映画に描かれる日本橋の上には、未だ首都高速道路が見当たらない。 (「もうすぐ、この上に道路が出来るんだぜ」なんて、無邪気に喜ぶ一平) 私が初めて目にする、日当たりの好い日本橋。 その光景は、前作で瞠目させられた、建築中の東京タワーに負けないくらい新鮮だ。

今、中央区の日本橋を渡るとするなら、その頭上すれすれを横切る、首都高速道路の姿を見上げて嘆息する破目になる。 高度経済成長期、オリンピックを前に急造された、この高架のあまりに強引なレイアウトは、下手な現代美術などよりも余程、あの時代の狂気を今に伝えていると想う。

映画のラスト。 出来得れば、竣工して間もない東京タワーの展望台から見下ろす、昭和三十年代の都内の俯瞰を、CGで精緻に再現して欲しかったところ。
高層建築の未だ一つもない(東京タワーを除いて)頃の東京。 それは、私が切に眺めてみたい、しかし今では決して見ることの叶わぬもののひとつなのだ。

実写版の「三丁目の夕日」。 東京オリンピック絡みで、もう一作くらい造れそうな気がする。 開会式の興奮など、三丁目の人々の視点で見てみたいではないか。 でも、ダメか。 なにしろ、その頃には首都高速が完成して、変わり果てた様子の日本橋を見届けねばならないもの。 想い出はあくまで美しくが、この映画のお約束なのだから。 三丁目の世界はここまで。
 

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December 18, 2007

NHK大河 風林火山 最終回

 
今年のNHK大河ドラマ「風林火山」が最終回を迎えた。
軍師山本勘助(内野聖陽)を中心に、武田家の興隆をじっくりと描き切った。
それにしても、一介の浪人に過ぎなかった勘助の登場から、川中島の決戦まで、一年過ぎることの速いことはやいこと。
勘助と信玄、由布姫らの関係など、大河では原作と異なる設定を選んだけれど、山本勘助と言う男の最期を感傷的に描いた最終回については、原作に通じるものがあると想った。

風林火山は、武田家と上杉家の戦いだけではない。 今年の大河では、武田家に仕える以前の真田氏や、後北条氏、今川氏など、諸将のドラマにも力が入った。 とりわけ今川義元など、既成のイメージを見事に覆したイケメンぶりが痛快至極。

戦国ドラマらしくイカツイ男優陣が、また魅力であった。 武張った中に、優しさや、ユーモアさえ垣間見せる男たち。
内野聖陽演じる山本勘助は、天晴れなハマリ役。 ワイルドな風貌に野太い声音。 若い頃から晩年までの、歳相応に施したメイクが、どれも格好イイですな。
市川亀治郎の武田信玄も、カリスマ性を感じさせて良かったと想う。 上杉Gackt、当初はどうかと思ったけれど、斬新さを楽しめた。 板垣信方という武将に、俳優人生の総決算を託した千葉真一。 緒方拳演じる宇佐美定満は、流石に年齢を感じさせ、しかし貫禄十分。

さて、来年の大河ドラマは幕末もの、将軍家の御台所「篤姫」ですと。 やべぇ、まったくの守備範囲外だわ。
 

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December 02, 2007

ALWAYS 三丁目の夕日

 
 ALWAYS 三丁目の夕日
 
  原作:西岸良平
  監督、脚本:山崎貴
  出演:吉岡秀隆
      堤真一
      薬師丸ひろ子
      小雪
      堀北真希
 
        2005年 日本
 
 
私が未だ親元に暮らしていた学生の頃、居間のTVで、母親と一緒にドラマや映画を見るのがニガ手であった。
なにしろ母親は、TVを見ながらあれこれと感想を述べるし、一方の私は、のめり込んで見るタチなので、母親の言葉が一々五月蝿くて溜まらず、終いには怒りだすこともしばしばであった。

2005年の劇場公開時に大ヒットし、今また続編が上映中の「ALWAYS 三丁目の夕日」。 この映画はCGを駆使したかつてない映像のリアルさでもって、その冒頭から、見る者をして昭和三十年代の世界に連れ去ってしまう。 私はこの時代を見知っているわけではなく、時代の残り香をかすかに覚えている程度だけれども、「ALWAYS」のタイトルが出た時点で、すっかり感激してウルウルきてしまったよ。

私は今、この映画を、本当は亡き母と見てみたかったものだと、切に想う。
一緒に見て、そして好きに語って欲しい。 あの頃はみんなこうだった・・・結婚した頃に住んだのがあんな場所だった・・・・・・・・・・・・大阪はこうやなかった・・・あんたらも、ああいう処で生まれたんやで・・・幾らでも、好きなだけ喋って好い。 怒らずに、みんな聴くからサ。

聴くところによれば、この「ALWAYS 三丁目の夕日」。 映画館で上映中は、客席での話し声が多かったのだそうな。 私は、客席での私語については、とりわけ耐えられない方なのだけれど、でも、この映画に関しては、こればっかりは、そういう映画なんだと想う。 過ぎし日を懐かしみ、しばし感傷に浸る。 そんなための(最先端の技術を駆使した)映画があっても良い。

緻密に再現された、昭和三十年代の東京の街並み。 取り分け、建築途中で半分までしかない東京タワーの映像が、もの凄いインパクトである。
この作品について好く言われるように、想い出は美しくとばかり、昭和三十年代の世界が、実際よりも美化されているきらいはある。 ドラマと言うよりも、昭和三十年代を舞台にしたファンタジーとでも言うべきかもしれない。
でも、批判はあるかもしれないけれど、現存する古い町並みでのロケや、往事の記録映像ではない、造りものの、セットやCGで造りこまれた虚構の世界だからこそ、アソビ心が活きるのだと想う。

茶川先生を演じる吉岡秀隆は、髪かきむしるショボクレ加減が見事なハマリ役。
鈴木オートの社長に堤真一。 昭和のカミナリオヤジという性格設定は、原作とはまったく異なる。 この人については、「ローレライ」での悪役の印象が強かったけれど、ここでは短気でコワくて、でも人の好いお父さんを好演する。
その奥さん役に薬師丸ひろ子。 クリスマスの夜、眠っている一平の枕元にこっそりプレゼントを置いて、階下に引き返す社長の背中に、そっと添える手が好い。 それからラスト間際、上野駅に向かって走り出すオート三輪の荷台に立って、運転席の屋根をバンバンって叩く手も。 母の手、妻の手の力強さ、暖かさに参った。 (ついでに言うと、この後、走ってゆくオート三輪の、テールランプがあまりにも赤く輝く、そのギミックが心に沁みた)
子役にも人を得た。 小柄な一平役、小清水一揮クンの利かん気。 そして淳之介役、須賀健太クン「万年筆です」。 こんなに喜んでくれる、プレゼントの送り主になってみたいよね。

もしもし・・・・こちら二十一世紀です。
一平くん、淳之介くん。 今なら五十代のオジサンってところですね。 一平くんの夢見た五十年先の夕日は、あの頃と変わらず、綺麗に照り映えています。 更に五十年後の夕日は、見る人の目に、どんな風に映ることでしょう。
 

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November 04, 2007

魔笛

 
 魔笛
 The Magic Flute
 Die Zauberflote
 
 
  監督:ケネス・ブラナー
  出演:ジョゼフ・カイザー:タミーノ
      エイミー・カーソン:パミーナ
      ベン・デイヴィス:パパゲーノ
      シルヴィア・モイ:パパゲーナ
      リューボフ・ペトロヴァ:夜の女王
      ルネ・パーペ:ザラストロ
      トム・ランドル:モノスタトス
      テゥタ・コッコ:第一の侍女
      ルイーズ・カリナン:第二の侍女
      キム=マリー・ウッドハウス:第三の侍女
  脚本:エマヌエル・シカネーダー
      スティーヴン・フライ
  作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
  指揮:ジェームズ・コンロン
  演奏:ヨーロッパ室内管弦楽団
 
       2006年 英国
 
 
これは魔笛のオペラ映画。 最寄りの映画館に掛かったのを見て来た。 (出演者欄が矢鱈と沢山だけれど、魔笛の主要な配役をあげるとこうなるわけですな)
実は、この日は風邪気味でちと辛かった。 それに、心なしか、夕べのが残っている気もするし。 そうは言っても、この機会を逃すと、もうしばらくは見られないかも知れないので、押して映画館まで出向いたという次第。

オペラ映画だからして、音楽は全てモーツァルトその人のスコアから。 但し、台詞も歌詞も英語による。
舞台を古代エジプトから、第一次世界大戦を思わせる、二大陣営の相対する塹壕戦の真っ只中に持って来た。 タミーノとパパゲーノは兵隊であり、三人の侍女は従軍看護婦である。 更に、ザラストロと夜の女王はそれぞれが両軍の指導者と言う設定。 ここでのザラストロは、民衆の好きリーダーとして描かれるのが印象的。 この演出が、フリーメイソンとどう関わりがあるのか、それともないのか、私には判らない。
CG使いまくりの、凝りに凝りまくった演出だけれど、こちとらの体調の悪さが災いしたか、途中ちと退屈してしまった。 残念至極。

ジェームズ・コンロン指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団による演奏は、颯爽としたなかに繊細さを併せ持つ、21世紀のオペラ映画に相応しい現代的なモーツァルトを表現。 これで低弦をもっと効かせてくれていれば尚好かったけれど、あるいは映画館の音響バランスがイマイチだったのかもしれない。
キャストでは特に女声陣が、夜の女王、三人の侍女、タミーナの順で素晴らしかった。

せっかくのオペラ映画、それも「魔笛」だというのに、今ひとつすぐれない体調のお陰で、充分に愉しむことが出来なかったのが残念である。 この映画は、そのうちに、DVDなどでじっくりと鑑賞し直したいところ。
 

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October 28, 2007

ミリオンダラー・ベイビー

 
  ミリオンダラー・ベイビー
  Million Dollar Baby
 
    監督:クリント・イーストウッド
    出演:クリント・イーストウッド
        ヒラリー・スワンク
        モーガン・フリーマン
 
           2004年 米国
 
 
クリント・イーストウッドの監督、主演で、女子ボクシングの世界を描いた映画。

落ちぶれた老トレーナーと、未だ無名のボクサーが出会い、トレーナーの老練さと、ボクサーの負けん気を武器に、勝ち進んでゆくと言う、ボクシング映画として好くありそうなシンデレラ・ストーリー。 その女子版。

老トレーナー役にクリント・イーストウッド。 そんな彼のことを、誰よりも好く理解する旧友の元ボクサー役にモーガン・フリーマン。 そして、30代と遅咲きだが、ボクシングに全てを捧げる一途なボクサー役に、ヒラリー・スワンク。

※トレーナーのフランキーに弟子入り志願するマギーは既に30代。 「女には教えない」、「今からでは遅すぎる」、「ボクシングはタフなだけじゃダメだ」と、すげなく断るフランクだが、マギーの覚悟は生半なものではなかった。 ようやく弟子入りを許可されたマギーは滅法強く、各地の試合で連勝街道を突っ走る・・・・

これが前半。 もしもここで終わっていたなら、この映画は女ロッキーになり得たろう。 それが、後半に至って驚天動地の展開を見せる。 いや、ホントにびっくりしました。 三人の演技が素晴らしくて、見終わってしばらくの間、シーンや台詞を心中で反芻してしまった。 そして、様々なプロットが絡み合って、因果関係を形造っている脚本も見事。
 
 
※以下はQ&A風に

面白かった?:とても面白うございました。

オススメ?:前半の痛快さに比べて、後半はおっそろしくへヴィーなので、誰にでも是非、とは言いません。

印象に残ったシーンは?:沢山ありますよ。
1.マギーの弟子入りを断った時、泣き出されるんじゃないかとうろたえたフランキー。
2.夜遅く、ボクシング・ジム帰りのバスの中でパン(?)を齧るマギー。 未来への希望に満ちて、充実した時間。
3.フランクから海外遠征の話しを告げられ、狂喜乱舞するマギー。
4.フランキーと盟友スクラップの友情。
5.マギー「ヒ・ゲ・の・ば・す・の?」
6.レモンパイ。

また、見たい?:また見るかもしれません。 でも、見るにはそれなりの覚悟が要ると想うので、機会は限られて来るでしょうね。

見終わって、どう?:とても好い映画を見たと言う充実感と共に、心の中に、なにか澱みたいなものが溜まっているのを感じます。

問題作と言える?:問題だけれど、なかなか答えが出せない類ですな、これは。

で、好い映画だった?:それはもう、間違いなく。
 
 

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October 21, 2007

善き人のためのソナタ

 
 
  善き人のためのソナタ
  DAS LEBEN DER ANDEREN
  THE LIVES OF OTHERS

 
    監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
    出演:ウルリッヒ・ミューエ

       2006年 独国


「ベルリンの壁」崩壊前夜の東ベルリンを描いたドイツ映画。
この邦題は素晴らしいと想う。

人気劇作家のドライマンは表向き、東独の体制に迎合しているかに振舞っているが、密かに芸術家仲間と反政府的な意見を語り合っていた。 その彼が、国家保安省からマークされ、自宅に盗聴器を仕掛けられる。
これは実は、劇作家の妻に横恋慕する悪徳大臣の差し金であった。 劇作家が反政府的な思想の持ち主との証拠を掴むことが出来れば、有無を言わさず彼を処断してしまえるからである。

盗聴者は、東独と言う国家に疑いを持つことを知らぬ、叩き上げの国家保安省局員、ヴィースラー。 孤独な中年男。 コードネームはHGW。
コチコチの愛国者であるHGWは、しかし、劇作家の部屋を盗聴するうちに、彼の交友関係(自由な思想を持つ芸術家ら)、文学、そして音楽について知ることとなる。

諜報活動を描くものの、普通のスパイ・アクション映画などとは違い、ここでは撃ち合いも、格闘も、逃走や追跡さえもない。 映画全編を貫く、寒色系の映像の中で、ベテラン盗聴者の己が信念に対する惑いを淡々と描いてゆく。

HGWを演じるウルリッヒ・ミューエが素晴らしい。
普通ならば、自由を語る劇作家のドライマンの方に惹かれそうなものだけれど、この映画ではむしろ、密室で独り盗聴器に取り付き、芸術家の生活に耳を傾け続けるHGWが、ついに国家に背き、善き人としての路を選ぶ姿の方に共感してしまうのである。
彼の、劇作家やその妻に寄せる想いと、無償の好意。 東独と言う国家の揺らぎと、その中で翻弄される人々。 劇作家とHGWとの奇妙な絆。

地味な映画だけれど、機会があれば、今一度、真剣に対峙してみたい作品である。
映画のラスト、HGWの一言が心に沁み入った。
 
 

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October 07, 2007

機動戦士ガンダム00

 
 
 機動戦士ガンダム00
   第1話 「ソレスタルビーイング」


TVの秋の新番組。 懐かしや、ガンダムではありませんか。
休みの過ごし方を考えてなかったので、こんなのばかり見ている。

昔のガンダムでは巨大なスペースコロニーが印象的だったけれど、今度のガンダムの作品世界では軌道エレベーターが建造されていて、大規模に運用されているのが面白い。
天空に聳え立つ柱。 こればっかりは、生きてる内に、実用化された姿を見上げてみたいもんだ。

ガンダムそのもののデザインは、昔のやつとあまり違わない。 けれど、主要キャラたちの瞳がやたら大っきいんだよね。 そして、アムロがそうであったような、思春期の男の子的な昏さがない。 こういうのは、ターゲットとする視聴者層を意識してのことと想うけれど、とまれ、昔のガンダムとは隔世の感がありますなあ。
 

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October 06, 2007

ULTRASEVEN X

 
 
 ULTRASEVEN X 
   Episode1 DREAM
 
 
開放感ありまくりで、なかなか眠くならない金曜日の夜。 TVでウルトラの新番組が始まったので、しっかりと見てしまった。 なんで、セブンかって言うと、今年はウルトラセブンが放送されて40年目になるから。
今度のウルトラは思いっきり深夜枠(2:25)の放送。 完全にオトナ向きということですな。

舞台になる近未来の東京は、徹底した管理社会という設定で、そのクラ~イ描写は、なんちゃってブレードランナーってところ。 主人公も、ハリソン・フォードを意識してるかのようなイメージ。 格闘シーンは、マトリックスを髣髴とさせる。

ULTRASEVEN Xの造型はなかなか凝っていて、これまでのウルトラヒーローにはないマッチョな体系、そして小顔。 顔つきも精悍に・・・・と言うか、目付き悪いゾ。
それにしても頭部、小っさ過ぎないか。 この容積の中に、どうやってスーツアクターが収まるのやら、心配になっちまう。 ともあれ、40年の間にスーツも、かく進歩したということ。

ウルトラの主人公といや、世を欺く仮の姿として、防衛チームの一員に身をやつすのが常なわけだけれど、今回は、エイリアンを追う秘密組織のエージェントと言う設定。 但し、基地も、制服も、戦闘機もなし。 特撮シーンの街並みは、ミニチュアのセットではなしに、実写と合成しているらしいし、 深夜枠に相応しく(?)、低額予算ウルトラマンって感じ。 それはそれで、面白そう。

役者は、若手を揃えたのは好いけれど、凄んでばっかりで、その割りに緊迫感がない。 第一回を見た限りでは、ウルトラセブンの持っていた一見して明朗な、でも深いドラマ(回によっては、救いのない)とは、方向性を異にしたカタチを目指しているのは確かと想う。
BGMはなんだかメタルっぽくて・・・・あちゃ、こういうのニガ手なんだよな。
 
 

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October 04, 2007

ヱヴァ序 再び

またも、見て来ました。 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」

初めて見た折に比べて、新鮮味は薄くなる代わり、二度目ともなると、細部まであちこち見て取ることが出来(=よりアタマに入って)、ヱヴァのように、細かい部分をつつきまくって愉しむことの出来るドラマの場合、より深く楽しめるってことがある。

序について、一回目で見落とし、または勘違いしていた点を書き留めておこうと想う。
・冒頭の海辺のシーンは、旧作のラストシーンを引き継いでいるのか? この後、それを暗示するような描写が続出。
・半ば廃墟と化した都市の中に、使徒との戦いがあったかのような、巨大な人型の白線。 多分、これが第三使徒で、この時点で既に殲滅済みなのかもしれない。 (でも、どうやって?)
・ゲンドウがゼーレに提出した人類補完計画の中間報告が、TV版の第17次から第27次へとカウントアップされている。
・ネルフの地下で磔刑に処せられている巨人の名はリリス。
・月面で目覚めたカヲル君曰く、碇シンジ君は「また、三番目」だって。

なにはともあれ、ヤシマ作戦は何度見ても燃えますな。 今回、CGを多用した細かな描写を、しっかり見ることが出来たと想う。 シンジ君が零号機のエントリープラグのハッチをこじ開けてからの、綾波とのやりとりは、やはり泣かせます。

次回は、ヱヴァ弐号機以降が続々登場する模様。 前作では、5号機以降は全て同じデザイン(スナメリみたいな頭部を持つ)の量産型だったけれど、破の段では、まったく新たな展開になりそう。
アスカ登場編のTV版第八話は、弐号機八艘飛びの名場面があって好きなんだけれど、その辺りはカットされてしまうのだろうか。 ちと、気懸りではあるな。

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September 24, 2007

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

 
 
 
 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
 
         2007年 日本
 
 
自民党の総裁選挙が行なわれた日、現在公開中の標題作品を観て来た。
1995年にTV放送されて以来、未だ人気の衰えを見せぬエヴァの、十年ぶりのリメイク作品であり、個人的に、ここ一ヶ月余りの間続いたエヴァ・フィーバーの、これがひとまずの総決算となる。

私の場合、つい最近になってエヴァを見始めた、にわかファンだからして、リアルタイムで見た来たファンの、エヴァとの十年ぶりの邂逅、と言った感慨を持つことが出来ないのが、ちと寂しい気もする。
でもその代わりに、前作の「THE END OF EVANGELION Air/まごころを君に」を見た直ぐ後に、十年の歳月を一揆に飛び越えて、このリメイク作を見ることが出来たわけで、それはそれで興を覚える。

声優さん達が今も健在なのは、なにより嬉しい。 実写作品では、こうはゆかないよね。
それでもその声に、意地悪く(!)耳傾けてみれば、特に主役の三人(シンジ君、ミサトさん、綾波)の声音など、ほんの少うし変わっているのが聴いて取れる。
ミサトさんがヱビス缶を呑んでの「クーーーーッ」(に伸びがない)や、綾波の「なんで泣いてるの?」の幽けき声音など。
いや、突っ込んじゃいけない、ここは愛が必要なところと想うんですが、とまれ歳月を感じるなと。 勝手に感慨に耽ってます。 ハイ。
もちろん、演者の人生経験の積み重ねと共に、解釈の深まりが期待出来る、いやしなければならない。 若さと引き換えにね。

映画の内容は、TV版の第壱~六話プラスαと言ったところ。
TV版で素晴らしかった、日常風景の精緻な描き込みも健在。 シンジ君、未だDAT使ってるし。
ミサトさんの、ヱビス缶で「クーーーーッ」も楽しい。 TV版ではオールド・パーはじめ洋酒の空き瓶が転がっていた、酒豪ミサトさんの部屋だったけれど、今回は「獺祭」の一升瓶が何本も転がってる。 一緒に呑みたいねえ。

TV版で、私が気に入っていたシーンも幾つか取り入れられていて、今回はそれをリメイク版ならではのハイクオリティな映像で愉しむことが出来た。
第3使徒サキエル戦で暴走した初号機が、一足飛びに襲い掛かるところ。 アンビリカルケーブル(電源コード)のだらんと垂れてるのが不気味で好いんだ、これが。
それから、起動実験中の零号機が暴走して、壁にアタマをがんがん打ち付けるところ。 こいつ、ホントに苦しんでるよ。 なんて人間的な動きなんだろう。(ヘンなシーンばかり好きでスイマセン)

第5使徒ラミエル(◆のやつ)との闘い。 ヤシマ作戦を、映画のクライマックスに持ってきたのは上手かった。
難攻不落。 「攻守共に、ほぼパーペキ」な敵に対して、有効なのは超長距離からの陽電子砲の射撃のみ、と言う状況下。 その唯一つの目的に向かって、巨大プロジェクトを廻してゆく姿が、見ているこちらをワクワクさせるんだよね。
途方もない数の機材、多くの人材(各方面のプロ達)、そして日本中の電力の全てを掻き集めての、文字通り総力戦を、CGを多用した、細かなカットの畳み掛けで描いてゆく。

リメイク版ならではの、解釈の微妙な変化もあった。 印象に残ったのは・・・・
・第4使徒シャムシエル戦で、指揮官としてシンジ君を掌握仕切れなかったミサトさん。 苛立って、自分にビンタ。(自分の弱さに気付くのが早くなったね)
・ヤシマ作戦の直前。 病室で寝ているシンジ君の前で、ヤシマ作戦の要綱を暗誦する綾波(スゴイ記憶力?)
・3バカトリオの友情が、モチベーション不足のシンジ君を勇気付けた(初号機に搭乗するシンジ君に、クラスメイトのトウジ君、ケンスケ君から激励のメッセージが届きました・・・・ベタだけど、好きだな。 こういう演出)
・ヤシマ作戦のお終いで、綾波がシンジ君にゲンドウの面影をみるところはカットされた(この方が、シンジ君的に救いがあると想う)
・そしてこの時、溶解しかかった零号機のエントリープラグのハッチを、無理やりこじ開けたシンジ君のグローブが溶けていて、TV版のゲンドウの掌を髣髴とさせた。
・シンジ君が綾波のアパートを訪れたのは、ゲンドウの画策によるものらしい。(さてはゲンドウ、意図的に二人を近づけたな!) あと、あの殺伐としたアパートの外で、絶え間なく打ち続けるパイルの音がコン、コンとなんだか綺麗過ぎて、ちと興を削ぐんだな。

前作からのファンにそっぽを向かれてはいけないから、ストーリーや性格設定など、ヘタに替えられないであろうし、また、新しい観客を無視するわけにいかないから、一通りの説明的描写は欠かせない。 とくれば、いささか新鮮味に欠けるのは止む無し、か。
リメイク4部作の最初は、これまでの路線から大きく外れることのない、まずは無難な内容にせざるを得なかったのかと想う。 次回、破の段では、リメイク版らなではの新たな展開を見ることが出来そうで、楽しみたのしみ。
もちろん、三石琴乃さんの名調子で、次回の予告まで、しっかりと愉しんで来たのであります。
 

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September 17, 2007

エヴァンゲリオン Air/まごころを君に

 
  
 
 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
       宮村優子  (惣流・アスカ・ラングレー)

         1997年 日本


新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2に続いて造られた、エヴァ2作目の映画。
時系列的には、1995年~1996年に掛けてTV放送された新世紀エヴァンゲリオンの第24話以降の出来事となる。

全ての使徒を倒したNERVにとって、最後の敵は(皮肉にも!)同じ人間だった。
エヴァをはじめ、NERVが独占している使徒に関する機密事項の引渡を要求して、NERV本部に戦略自衛隊の精鋭部隊が突入して来る。 銃弾を浴び、次々に倒れて行くNERV職員。 エヴァ史上もっとも凄惨な殺戮シーンの連続。 これに比べれば、これまでの対使徒戦なんぞカワイイもんである。
一方、第24話でカヲル君を殺してしまったショックから立ち直ることの出来ないでいるシンジ君は、この危急存亡の時にまたもや本領発揮! 座り込んでしまって、エヴァに乗り込もうとしない。

前半「Air」の見せ場は、アスカの駆る弐号機が9体のエヴァ・シリーズを相手に孤軍奮闘するシーン。 闘争本能を剥き出しにして獅子奮迅の闘いを繰り広げる。
その実力は圧倒的で、一旦は敵を悉く殲滅するも、やがてエネルギー切れにより、活動限界を迎えてダウン。 エヴァ・シリーズの好餌とされ、お終いには、文字通りの満身創痍と成り果てる。
この辺りは、アスカが憤怒の形相で頑張るのが、いっそ憐れでならない。

思うにこの部分は、TV版の25~26話で、ロボット・アニメらしからぬ内省的展開を見せ、一部のファンに不興をかったことへの補完作業なんじゃないかと想う。 なんとなく、造り手側のある種、微妙な悪意を感じるんだよね。
「結局キミたちは、こういうアクションシーンがないと満足出来ないんでしょう?」
だから、主人公のシンジ君ではなしに、アスカが闘ってみせるし、初号機など、なんにもしないうちに、エヴァ・シリーズたちの虜となり果てるのではないか。

後半「まごころを君に」では、ついに起こってしまったサードインパクトの一部始終を描いて、TV版の25~26話と同様、一般的なロボット・アニメのお約束をことごとくひっくり返してゆく。

時空を超えて遍在する綾波。 いつか見た、ダリの絵の中に浮かぶかのようなエヴァ初号機。 シュルレアリズムを想起させる映像のシンフォニー。 見ている側は、庵野監督の創り出すイメージの奔流に巻き込まれてしまう。
全て人類はLCLの海に。 惑える群体から個体へと「進化」するのである。

こんな終局が待っていたとは、TV版の最初の方を愉しんでいた頃は、ゆめ想わなかったよねえ。 途中流れる音楽「Komm, susser Tod」も素敵だ。 パッヘルベルのカノンと同じく、カノン進行の曲。

そしてラストは、TV版の終わり方と同様、理解を拒むような内容。 こういうの、私は決して嫌いではない。 シンジ君とアスカがひしと抱き合って、「人間って、素晴らしいね・・・・・」なんて言ったら、エヴァにならないものね。

これは世界に誇ることの出来る、ホントに素晴らしい映画だけれど、でもあらかじめTV版のエヴァを見ておくなど、予備知識がないと、好く判らないと想う。 今はネットで、TV版の第壱話からこの「Air/まごころを君に」まで、手軽に鑑賞することが出来るので、興味(と時間)のある方は、是非とも見て頂きたい、これはJapanimationの問題作であり、掛け値なしの傑作です。

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September 16, 2007

エヴァンゲリオン DEATH(TRUE)2

 

  
 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
       宮村優子  (惣流・アスカ・ラングレー)

         1997年 日本


1995年~1996年に掛けてTV放送された新世紀エヴァンゲリオンの映画版。
内容は、TV版全26回中、1回~24回の時系列が大胆にシャッフルされていて、単なる総集編とは言えない。 シンジ君のエヴァとの出会いから、カヲル君の死までを大きく俯瞰して、「新世紀エヴァンゲリオン」と言うドラマを総括する。
映像は、大部分がTV版からの流用のようだけれど、ところどころ、新たに書き下ろされた絵と差替えられたシーンもある。(ヤシマ作戦での綾波の笑顔など、よりオトナっぽくなっている)

映画化するに際して、スタンダード・サイズからビスタ・サイズへと、画面の縦横比が変更されている。 画面の上下をトリミングしているので、構図的にちょっと印象が違ってしまった、残念なシーンもある。

エヴァ名物、画像固定&台詞なし&長回しのシーンは、テレビ版でのあの緊張感を、なぜか感じられなかった。 TVほど時間をたっぷり取ることのできない映画の場合、この手法は無理があるのではないか。
1.小田急ロマンスカー(?)のホーム越しのシンジ君とミサトさん。(ホームのアナウンスなし)
2.エレベーターで二人きりになった綾波とアスカ。(画面のトリミングで、綾波の首から下が欠けちゃった)
3.初号機によるカヲル君握殺(!)。 音楽(第九終楽章)が雄弁に過ぎて、かえって緊張感を欠いてしまったように想う。 ここは無音にした方が好かったのではないか。

テレビ版本編ではチェロの独奏を披露したシンジ君。 映画では、随所に弦楽四重奏の練習風景が差し挟まれる。 そのメンバーは以下の通り。

  1st Vn. :渚カヲル
  2nd Vn. :惣流・アスカ・ラングレー
  Va.    :綾波レイ
  Vc.    :碇シンジ

このシーンは、シンジ君が第3新東京市に来る前の出来事であるにも関わらず、この時点では未だ出会っていなかったエヴァのパイロットたちが奏者として出て来る。 これは、シンジ君のイメージの世界、夢の中ということであろう。
三人の仲間を、誰ひとり欠けても成立しない、カルテットのメンバーになぞらえ、それぞれを「第一絃」、「第二絃」、「第三絃」、そして自らは「第四絃」と言う風に紹介している。

こうしてみると、シンジ君の中での、三人の位置付けというものが窺えて興味深い。
綾波がヴィオラと言うのが好い