March 16, 2019

映画:SR サイタマノラッパー2

 
 
SR サイタマノラッパー2
 
    女子ラッパー☆傷だらけのライム
 
 
監督・脚本:入江悠
出演:山田真歩 :アユム (蒟蒻屋の娘)
   安藤サクラ:ミッツー(旅館の娘)
   桜井ふみ :マミー (ソープ嬢)
   増田くみ :ビヨンセ(市議会議員の娘)
   加藤真弓 :クドー (走り屋娘)

   駒木根隆介:MC IKKU(埼玉県から来たラッパー)
   水澤紳吾 :MC TOM (     〃     )
 
 
         2010年   日本
 
 
 Sr2
 
 
地方(ここでは埼玉県)に在住する若者の抱える悩み/焦りを、ラップを通して痛烈に描いてみせた「SR サイタマノラッパー」(2009年)の続編です。
そう、痛烈でしたね。 ホント、あの前作は痛かったよ。 心に刺さったモン。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

※ 家業の蒟蒻屋をテキトーに手伝う主人公が、折々想い出すのは高校時代の経験。
たった一度参加した地元のライブ、そして高校の文化祭でステージに立ったことでした。
ある日、埼玉県から来た二人組みラッパーに、道を訊かれるのですが・・・・

あの時の高揚感を、また味わってみたい。
そんな、叶わぬ想いを胸に抱いて、日々悶々と過ごす山田真歩。
小柄で健気、そして子供っぽい、ダサ可愛い主人公です。w
どうしても応援したくなる。(^ァ^)

その親友に、この後(今現在、正に現役の!)朝ドラ・ヒロインを努めることになる安藤サクラ。

前作で共感を呼んだ、埼玉のラッパー二人組が、狂言回しとして登場するのもウレシイ。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

前作で供覧された、(不本意ながら)地方に燻って生きるしかない主人公たちの陥った閉塞感、その出口の見えなさ/情けなさ、なによりトホホ感(笑)。
そして、そこから紆余曲折の末(傷つきながら、ようやく)辿り着いた、本音の自分語り。 そのカタルシス!

主人公らの、なりふり構わぬギリギリの姿が、お終いには深い感動を呼んだワケですけれど、今作ではその造りを(意図的に)丸々踏襲しています。w
つまり、同じような設定と展開。w でも、そこがスゴク好くって。ww
ここに、名作「~のラッパー」の女子版&群馬版ともいえる「~のラッパー2」が誕生しました。

        ▽▲▽▲▽▲

いったい、映画のパート2と言うもの。
フツーは、前作をどう越えているか、今度はどんな趣向で来るかって点が、まずは大きなポイントですよね。 映画の造り手たちだって、だから、なによりも、そこのところに腐心するワケです。

では、どうパワーアップして来るのか。 質でくるのか、それとも量で来るか、新たなキャラ(著名スターを招いたり)を投入することもあるでしょう。

それがこの「SR サイタマノラッパー2」の場合は、前作「SR サイタマノラッパー」で好かったところを(およそ恥ずかしげも無く (^^ゞ)そのまんま踏襲してみせます。

すなわち、舞台は埼玉県からお隣、同じ北関東の群馬県へと移動。
主人公の(かな~りヘタレな)ラッパーたちは、野郎どもからガールズへとチェンジ!

お話しの構成だって、そう。
・思い通りには行かない日常 ・折々に差し挟まれるラップ(愉しい!) ・なんとも恥ずかしい初舞台w ・グループの分裂、・そして遂に爆発する自分語り(感涙)! と、埼玉のラッパーたちと同じような道を辿ってゆきます。

        ▽▲▽▲▽▲

地方に生きる若者たちの息苦しさは前作以上。
なにしろ、女性がラッパーになるってだけで、諸事ハードルが上がってしまうワケです。(その意味では前作よりパワーアップされている、と言えるかもしれませんね)

家庭の事情、世間の眼、人間関係、なにより年齢(刻々と迫る三十の壁)の問題などなど。 容赦なく描かれる、女性の人生のシビアなこと。
女はつらいよ、なのです。

        ▽▲▽▲▽▲

ワンパターンの美学を貫いて(未だ二作目ではありますが)みせる本作。
でもそれでイイ。
観る側は、そこが観たいんだから。w
「そのまんま」を愚直なまでに通してみせて、パート2の美学というものを、改めて、ここに問うているような造り。
前作同様、ラストに感動の待っている素晴らしい映画です。
 
 

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February 17, 2019

映画:怪獣大戦争

 
 
怪獣大戦争
Invasion of Astro-Monster
 
 
監督:本多猪四郎 (本編)
   円谷英二   (特撮)
出演:宝田明
   ニック・アダムス
    (声:納谷悟朗)
   久保明
   水野久美
   土屋嘉男
音楽:伊福部昭
 
 
     1965年   東宝・日本
 
  
 Photo
 
 
「怪獣大戦争」。 これは東宝六作目のゴジラ映画です。

地球の二大大怪獣、ゴジラ・ラドンがタッグを組んで、宇宙からの侵略者・キングギドラを迎え撃つ。 この構図はシリーズ五作目「三大怪獣 地球最大の決戦」とそっくり。 というか、前作からモスラが抜けたカタチですね。
怪獣の座組だけ見れば、パワーダウンの感がありますし、なにしろ怪獣プロレスの展開が前作と似通ってしまいそうです。

でもこの映画、それだけではなかった。
無論、怪獣映画なんですから、怪獣が暴れてナンボなはずですけれど、それよりも、ここでは地球VS侵略宇宙人の攻防が、何よりの見ものになっています。

        ▽▲▽▲▽▲

映画の公開された60年代半ばと言えば、米国が次々と打ち上げた宇宙船(ジェミニなどの)が地球を周回・ランデブー・ドッキングから宇宙遊泳までしてのけた時代。
当時の人々、とりわけゴジラ映画に駆けつける観客層(子供たち)にとって、米NASAから届けられる映像がどれほど刺激的であったことか。
東宝さん、実に良いところを突いて来たナ、と想うわけです。

そして、今回のゴジラ映画に登場する宇宙旅行が(今日の目で見ると)すごく愉しいんです。
謎の衛星の探査に向かう宇宙船P-1号や、宇宙飛行士の出で立ちの(古風な、この時代でしか在り得ない)レトロ・フューチャーなデザインがなんともイイ感じですし、P-1号が宇宙を翔る姿、惑星間を往く疾走感や、大宇宙のスケール感がとっても素敵です。

        ▽▲▽▲▽▲

怪獣ものというより、クラシックなSF映画として見所の多い本作。
 
主演は宝田明、そして米国・ハリウッドから招いたニック・アダムスがあい務めます。
宝田明は1954年の「ゴジラ」、1964年の「モスラ対ゴジラ」に続いての登場。(ゴジラとの関わりは長く、今日までに都合七本(カットシーンへの出演も含めて)ものゴジラ映画に登場しています)
とは言えここまでの宝田明、そのキャラは一作毎に大きく異なるんですね。

・「ゴジラ」(1954年)での、戦後世代の価値観を体現するかのような若者
・「モスラ対ゴジラ」(1964年)での、ゴジラ対策をモスラに委ねようとする姿勢に懐疑的な新聞記者。

などに対して、ここでは未知の衛星を探検する宇宙飛行士、粋な好漢を演じて見せます。
見ているこちらは、ハリウッド俳優と完全に対等に振舞う、その演技に頼もしさを感じさせられますね。

そして、その宝田明とバディを組むニック・アダムスがとっても好い感じなんです。 チームにすっかり溶け込んでいて。

なにしろ60年代の半ばです。
この時代に、戦勝国からスターを招いて、邦人俳優と競演して貰おうというわけです。
では、誰と組ませるか?
そこで宝田明ですよ。

この役者、こうしてアメリカ人俳優と組ませても、引け目ってものを(この時代にあって)これっぽっちも感じさせません。
若干のキザ、バタ臭さを感じさせながら、しかし、ここでの宝田明はホントに素晴らしい。
ニック・アダムスと息の合った(文字通りの)バディを演じていて、ホントにお見事。
過去二作のゴジラものへの出演と比べても(宝田明らしさという意味で)圧倒的にイイですね。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、謎の衛星を探検する途中(マサカの!)宇宙人との邂逅を果たした宝田明とニック・アダムス。 その反応は(宇宙飛行士らしく)極めて冷静でした。

宇宙人側の代表者・執政官(土屋嘉男)いわく。
なんでもキングギドラが出没して困っているから、地球の大怪獣ゴジラとラドンを貸して欲しいんですって。

立場が異なれば、その見え方だって違ってくるもの。
宇宙人からしたら、ゴジラ・ラドンも人類に危害を加える厄介者どころか、地球を守る超兵器くらいに見えたのかもしれません。
(本心では、怪獣たちさえ地球から除いてしまえば、人類など恐れるに足らず。 くらいに目論んでいたのカモ (^ァ^) )

ともあれ前作以来、ゴジラのスタンスが 悪 → 善(敵 → 味方)へと大転換をし始めているのは確かです。
ところでこの宇宙人、二頭の大怪獣をリースする際の代償として、ガンの特効薬の製法を教えてくれるって言うんですけどマジですか?

        ▽▲▽▲▽▲

ともあれ宝田明たち、そこは沈着な宇宙飛行士です。
いくら破格の好条件(ゴジラ・ラドンを引き取ってくれて、その上ガンの特効薬までゲット)だからって、その場でホイホイと請合ったりはしません。
というかこの執政官(土屋嘉男)、どこからど~見てもアヤシ過ぎるでしょ。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

執政官の持ち掛けてきた、なんだかウマ過ぎる話・・・・
宝田明とニック・アダムス、この場は

「ひとまず地球に持ち帰りまして、前向きに検討させて頂きます」

的な回答をしておき、案件を携えて帰還します。

一方地球では、いよいよ(人類史上初の)異星人との交流が始まる! とか、持て余していたゴジラ・ラドンを向こうが引き受けてくれる! 更に、ガンの特効薬が得られる! などなど、宝田明たちが願っても無い(都合のイイ)話しを持ち帰って来たんで、皆さん無邪気に浮かれちゃうワケです。(^^ゞ

しかし、二人の宇宙飛行士(宝田明とニック・アダムス)は、執政官(土屋嘉男)への疑いを解いてはいませんでした。
つまり、こんなウマ過ぎる話しに簡単に飛びつくってのは、あまりにもアブナイのではないかと。
まぁ、土屋嘉男扮する執政官の、見るからにアヤシイ様子からして無理もないですね。(笑)
(ストーリーはトンでもな割に)至極現実的な判断力を持つ主人公たち。

一方ニック・アダムスは、水野久美の仕掛けたハニートラップに他愛も無く引っ掛かるのでした。(笑)

さて、ゴジラ・ラドンを(まんまと)宇宙人に奪われてしまった、地球の運命は如何に・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

執政官役・土屋嘉男の他、水野久美も古典的な宇宙人スタイルで登場し、この映画のイメージを決定付けています。 この衣装がまたレトロ・フューチャーなシロモノで、一度目にしたら忘れられない、とっても素敵なもの。 当時の人々の、宇宙開発に対する期待が伝わって来ます。

この映画、ラストには(お約束の)三大怪獣のバトルがあるものの、やっぱり、地球人対宇宙人の攻防が面白く描けていて、そこがとっても愉しいんです。
 
 

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January 04, 2019

映画:007/ロシアより愛をこめて

 
 
007 ロシアより愛をこめて
From Russia with Love
 
 
監督:テレンス・ヤング
出演:ショーン・コネリー   (MI6 007:ジェームズ・ボンド)
   バーナード・リー    (MI6 部長:M)
   ロイス・マクスウェル  (MI6 秘書:マネーペニー)
   デスモンド・リュウェリン(MI6 装備主任:Q)
   ペドロ・アルメンダリス (MI6 トルコ支局長:ケリム)
 
   ダニエラ・ビアンキ   (ソ連スメルシュ
           <ボンドガール>:タチアナ・ロマノヴァ)
   ロバート・ショウ    (スペクター:グラント)
   ロッテ・レーニャ    (スペクター:クレッブ大佐)
 
 
       1963年   英米
 
 
007_10
 
  
「ロシアより愛をこめて」。
この素敵な邦題について私は、随分と前から、それこそ子供の頃から聴き知っていました。 テレビで放映された折り、見た覚えもありますし。
で、今回試聴し直して、いろいろと思い出しました。
私が原作まで読んだ唯一の007もの。 中身はまるで覚えていないけれどね。(^^ゞ 生憎と、当時は少しも面白いと想わなかったんですワ。

ともあれ「ロシアより愛をこめて」。 007二本目の映画です。
しかもこれ、シリーズ最高傑作と評価されることもある逸品なんだそうで。
いや参ったね。
いえ、別に参るコトでもないんですけれど。(^^ゞ
じゃ、なにに途惑うのって、幾つも造られてきた007の中で一番って言われても、これまだシリーズ二作目じゃないですか。
以降の007で、これを凌駕するのって出て来ないの? ダメなの? 撮れないの? って。

では後に続く作品とドコが違うのかって言うと、それは演出/ストーリー展開の巧みさも然ることながら、やはり、いたく旅情を刺激されるってトコロに尽きると想います。
(その後の007はSF的設定/超兵器/気宇壮大なアクション路線へと舵を切りまして、「ロシアより~」みたいのは出て来ない模様)

イスタンブールの寺院、疾走するオリエント急行と車窓の風景、そして水の都ベニスまで。
どれもが、もう溜息が出るほど綺麗でした。

ともあれ、沢山ある007ものの中でも、アタマひとつ抜きん出た名作が、この「ロシアより愛をこめて」。

そしてお話しは、トルコの古都イスタンブールから始まります。

        ▽▲▽▲▽▲

その、イスタンブール。
昔も今も、西と東の出会うところ。
東西の両陣営が、互いに諜報活動を(騙し騙され的に)展開し合って、鎮まることがありません。
それに加えて、地元に根付いたジプシーの集落も、独自の文化を築いていおり、情勢は混沌としています。

歴史を物語る寺院、古風な街並み、そそり立つ尖塔、地下には過去の権力者が残した迷宮のような水路。

ここでは地元の実力者、海千山千のMI6トルコ支局長ペドロ・アルメンダリスが好かった。 実に素晴らしかった。 もうサイコーのハマリ役とさえ感じました。
ボンドとの、如何にも古くからの付き合い/戦友と察せられる、男の友情がとても味わい深いです。
 
 
007_20
 ※光と影の綾なすこのシーンが凄く好き。
 
 
情感溢れるオリエント急行(未だ蒸気機関車が引っぱっていた時代です)が登場。
クラシックで素敵過ぎます。
こんな鉄道の旅、してみたくない人っていますか?
そして、供に旅するはダニエラ・ビアンキ。 歴代ボンドガール中トップとの評価も聴きます。


007_1
 ※なにをやっても美人は美人的構図


Qから秘密満載アタッシュケース(スパイにはつきもの!)を渡されるなど、今回から秘密兵器も登場。
ゴチャゴチャしてはいるけれど、どの仕掛けもちゃんと役に立ちますよ。 因みにボンド、与えられたリソースは使い切る主義みたいです。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

終盤、オリエント急行から降りてからの展開が、ストーリー的にやや失速気味ですかね。
でも、すご~く景色が良いんだね。 どのカットも絵葉書みたいで。(笑)
そして、それを背景にアクションを繰り広げる。

お終いは、ロッテ・レーニャとの闘いを経て、水の都ベニスを満喫。
旅情を刺激されまくりの一巻でした

        ▽▲▽▲▽▲

観終わってから気付いたんですけれど(西側から見た)ソ連を体現したような女性軍人。 宿敵スペクターの怖~いおばさん役のロッテ・レーニャって、あの(!)ロッテ・レーニャなんですね。
クルト・ワイルの奥さんじゃん。
音楽史上の人だよ。 戦前ドイツの歌姫。 「三文オペラ」を唄ったお方。

私の中で、マット・モンローの唄う「ロシアより愛をこめて」と、ロッテ・レーニャ唄う『三文オペラ』の「海賊ジェニー」がつながりました。


※ ロッテ・レーニャの唄う三文オペラ
https://www.youtube.com/watch?v=LSPxZVaor_c


※ おもしろい動画を見つけました
  007にエヴァとの因縁があったとはね(笑)
https://www.youtube.com/watch?v=2kACUvrjJSI
 
 

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January 03, 2019

映画:テッド2

 
 
Ted2_2
 
  
テッド2
Ted 2
 
 
監督:セス・マクファーレン
出演:マーク・ウォールバーグ(ジョン)
   セス・マクファーレン (テッド)
   アマンダ・セイフライド(サマンサ)
   ジェシカ・バース   (タミ・リン)
   モーガン・フリーマン (ミーガン弁護士)
 
 
     2015年  米国
 
 
周囲に仲の良い子の居ない、ひとりぼっちのジョン坊や。
そんな彼にとって、唯一の友だちであった縫いぐるみのテディベアが、ある日突然動きだし、喋りはじめました!
おバカでお下劣なギャグを連発させた「テッド」(2012年)の続編です。

前作「テッド」は、すったもんだの末に、それでも目出度くハッピーエンドに終わった筈。
それを、この映画では冒頭からひっくり返してみせます。

つまりロリーとは別れ、既に離婚まで済ませ、傷心の日々を送るジョン。 ってところから始まるんです。
前作は一体なんだったのか?(笑)

一方、テッドの方はと言えば、前作で冗談みたいな(人間とテディベアとの)熱々バカップルだったタミ・リンと、まさかの結婚式を挙行!
早速パーティ(バカ騒ぎ)を繰り広げます。 まぁ、この映画なら、これは普通か。(笑)

で、話しは飛びまして、それから一年後、
やっぱり来ました倦怠期。 可笑しいねぇ、この強引な展開。

オレたちが夫婦喧嘩を繰り返す原因は? そりゃ子供が居ないからでしょ。 って同僚からアドヴァイスを貰うテッド。 やっぱ子は鎹ですよ。

養子縁組の手続きを試みるも、関係機関によって失格を告げられると共に、政府はテッドの人権を否定し、国民としての権利すべてを剥奪。

これからは、テッドを人間ではない「物」として扱うことを宣告してきたのです。
彼が、縫いぐるみのテディベアだという、たったそれだけの理由で!!

        ▽▲▽▲▽▲

テッドは、意思を持って歩き廻り、会話し、社会性を持ってフツーに暮らす(そして悪いアソビも・・・・ (^^ゞ )ことが出来ます。
とはいえ、生物的特徴は他の人間とは違う。 だって、縫いぐるみのテディベアですから。

こんなテッドを人として認めるのかどうか、これって(フツーの人間にとっての)肌の色とか文化の違いと読み替えることも出来そうです。
すなわち「テッド」は、そのパート2にして人種・人権問題へとスルドク切り込んでいるんですね。
しかも登場人物に有色人種を絡めて(裁判シーンに登場する人種の多彩さ!)そして時には彼らがテッドを差別する側に廻ったりもするんですから、ドラマとして奥深いです。

それでいて連発するギャグの下らなさ、お下劣さは前作のまんま。
あくまでエンタメを貫いてみせるんです。 いやもう、実に素ン晴らしい。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

それにしてもテッドの奥さん、タミ・リン役のジェシカ・バースは大出世ですね。
前作「テッド」の頃は、何人もいる脇役の一人。 あだっぽく、上品とは言えぬ女性ぐらいに想っていました。
それがこのパート2では彼女の存在が、テッドが戦う理由/目的にまで重みを増しています。
ここまで重要な役どころになるとは、一体誰が想像し得たでしょう。

想いの他、素晴らしいパート2でした。
 
 

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November 27, 2018

映画:X-メン

 
  
X-メン
X-Men
 
 
監督:ブライアン・シンガー
出演:ヒュー・ジャックマン   (ウルヴァリン)
   パトリック・スチュワート (プロフェッサーX)
   アンナ・パキン      (ローグ)
   イアン・マッケラン    (マグニートー)
 
 
     2000年    米国
  
   
Xmen_1
 
 
みんな大好きX-Men! (^ァ^)
これはその、2000年になって造られた実写映画版です。

原作の方の「X-Men」。 1963年から出版され続けているアメコミについては私、子供の頃から、その存在だけは知っていました。

当時、熱心なSFファン(未だ少数派と言える時代の事です)であった父が定期購読していた「SFマガジン」誌上で、度々アメコミヒーロー特集みたいな企画がありまして、その中でこのX-Menも紹介されていたんです。

大の大人がアメリカの漫画(!)を収集して、原文(英語)のまま愛読/研究し、そしてそれが、日本のSF専門誌で紹介される。 そんな状況。

豊富な英語リテラシーと、アメリカのサブカルチャーを分析するインテリジェンスを兼ね備えた趣味人(今風に言えば、アメコミオタクってところですね (^^ゞ )の世界ってものの存在を意識させられて、子供心に、大いに興味を掻き立てられたモンです。

中でも、X-Menの一員サイクロップスの、目から光線を放つ図が鮮烈に印象に残っています。
水中眼鏡みたいに(^ァ^)ゴツいゴーグルから、凄ぇ破壊光線を放っているカット。 その圧倒的なパワー感/豪快さが、もうアメリカそのものって印象でね。(笑)

とはいえ、その後「X-Men」が日本のマンガ雑誌に転載されたり、ましてアニメ化されたりすることは遂に無く。 私とX-Menとの関わりはそれ切りでした。
 
 
Xmen
  
※ こちらはアメコミ版(映画ではなく)「X-Men」のカット。 センターの一番ヤバそうなのがウルヴァリンさん、目からビームがサイクロップス先輩
 
 
Cyclops

※ これも先輩(違)の勇姿 
 
        ▽▲▽▲▽▲

アメコミヒーローとして長年頑張って来たX-Men。
それが、2000年になって遂に実写映画化!
本作が造られた後も(現在に至るまで依然)アメコミ版・映画版共々シリーズは継続しているわけですから、実に息の長いヒーロー達と言うことになりますね。
素ン晴らしい。(^ァ^)

今回、遅れ馳せながら(今頃になって (^^ゞ )実写映画版の方の「X-Men」を鑑賞してみた私。
子供の頃に抱いたX-Menへの好奇心。 それがここへ来て漸く満たされることになったワケです。
これまた、とても気の長い話しと言う他ありません。(笑)

そんな実写の「X-Men」(相変わらずアメコミ原作の方は未読のままの私ですけれど)、とても面白かったです。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

X-Men。 突然変異によって、常人には持ち得ない(ヤバイくらいの (^^ゞ )能力を得てしまったミュータント達の集団 。
歴代の構成メンバーはかなりの人数に上り、度々メンバーチェンジもなされているようですけれど、本作ではウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)を主人公に据えたところが実に好かった。
経歴不詳の一匹狼にして百戦錬磨のファイター。 人間社会はおろか、X-Menの中にあってさえ周囲と馴染む事の出来ない漂白のミュータントです。

序盤のクラ~い展開と雪景色が、この孤独なミュータントの心象風景を窺うかのようで印象的です。
あまりにも不本意な超能力を得てしまった薄倖のミュータント少女(アンナ・パキン)との絆も好い。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、チビ助の頃の私がスゲ~気になっていたキャラ、サイクロップス。
この男、ウルヴァリンと同じチームに居ながら、彼とはことごとく反目し合う中だったんだね。
でも、今回の映画ではウルヴァリンが主人公と言う事もあり、ドラマ的にあまり見るべきトコロがなく、アクションシーンの他ではあんまり印象に残らなかったですねぇ。(^^ゞ

って言うか、この実写版サイクロップス。 グラサン(これは彼の設定上不可欠なもの)掛けて突っ立ってる姿が、なんかマヌケっぽいんですが。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、あまりイイ関係には見えないX-Men達よりも、敵役であるマグニートー一味(ブラザーフッド・オブ・イビル・ミュータンツ と言うらしいですね)の方が魅力的に映ってるよなぁ(笑)。

とりわけ、リーダーであるマグニートーの悲惨な出自とか、ミュータント迫害を企てる政治家への仕打ちとかには、「盗人にも三分の理」的なものを感じてしまいます。

正義のX-Menと悪のマグニートー一味と、どちらも己の超能力に振り回されて生きるしかないミュータントであって、その本質はさほど変わらぬ、気の毒な運命を背負った者たちです。

この他、X-Menの指導者・プロフェッサーX(パトリック・スチュワート)と、悪の首魁・マグニートー(イアン・マッケラン)のジジイ同士の因縁、示唆させられる人生の陰影が特に素晴らしい。 冒頭からラストまで絡み合い、そしてその先まで引っ張ります。
 
        ▽▲▽▲▽▲

そうして遂に突入するクライマックス、「自由の女神」の胎内バトルは、ハリウッド超大作の割に今ひとつこじんまりとした印象・・・・イヤイヤこれぐらいが丁度好いかナって気がします。(笑)

因みにX-Menの皆さんって、戦闘用コスチュームが地味過ぎ & クラ過ぎ。 っていうか、どう見ても動き難そう & 着心地悪そうなんですが。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

アメコミ的らしく、派手なドンパチの始まる大味なドラマ(はい、我ながら偏見でしかありません orz)かと予想していたら、それどころかとても細やかな心理描写、演出と映像、そして小気味好いアクションで実写「X-Men」の一作目としてとても優れた映画。 たいへん結構な逸品でした。
 
 

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October 19, 2018

映画:テッド

 
 
テッド
Ted
 
 
監督 ・ 脚本 ・ 出演(テッド):セス・マクファーレン
出演:マーク・ウォールバーグ (ジョン・ベネット)
 
 
    2012年  米国
 
   
Ted_50
 
 
本人のアタマの中にだけ存在する、想像上の友だち。
心理学/精神医学上の現象で「イマジナリーフレンド」って呼ぶそうですね。
実在しない故、直接言葉を交わしたり、一緒に遊んだりは叶わないものの、心の中の彼または彼女は(脳内で)どんな話しでも聴いてくれ、そして意見を返してくれるわけです。

幼い頃、ままみられる現象らしいですね。
ナイーブな子供のハートに穿たれてしまった傷、心の欠損を埋めるための自衛作用として生まれ出でるのが「イマジナリーフレンド」ってコトなんでしょうか?

実はオレにも居たりして(小っちゃい頃)ね?(笑)
大人になって、忘れちゃってるだけかも。
とか、いろいろ考えるワケです。

        ▽▲▽▲▽▲

この映画「テッド」もその類かと想って観てみたら、そうではなかった。


※ 友達の居ないジョン坊やの唯一の遊び相手は、クリスマスプレゼントに貰ったぬいぐるみのテディベアでした。
ある朝、奇跡が起こります。
少年の祈りが通じ、テディベアに命が吹き込まれたんです!
ボク、もう寂しくなんかないよ!


自由気侭に動いて、その上お喋りまでするぬいぐるみ。
これ、すべて空想の世界ではなしに、実際に起きたことなんだって!
なんかもう、ものスゴイ無理矢理な設定ですけれど、とにかくそういうお話し。(笑)

さて、このままならば心温まるイイお話し。 素敵な童話/おとぎ話ですけれど。
でも、そのまんま歳月が経過したとしたら・・・・
それも、この無理くり設定のまんま。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

あれから二十七年。
馬齢を重ね、今ではりっぱなオジサンとなっている主人公。
未だ少年の心を持ち続けている彼ですけれど、そこはオトナの男性。 イケないことのあれこれ(お酒とか、エロイこととか、お薬とか)も、しっかり覚えちゃってるわけです。

まぁ、もうイイおっさんですからね。
一方、ぬいぐるみは歳を取らない・・・・ってワケにもいかず、外見はテディベアのまま、中身は、こちらも(かなり困ったちゃんの)おっさんと化していました。

子供の頃のまんま、二人して(時には、仕事そっちのけで)遊びまくるワケです。
更に(二人が潜り抜けてきた)80年代文化、サブカル関係にどっぷりハマり込んで、そこから一歩も抜け出せないで居る。

因みにテッド、どんなにおいたをしようが、お下品な振る舞いに走っても、外見はあくまでテディベアのまんまです。
見た目はカワイイぬいぐるみで、だけど中身は(悪いこと(笑)ばっかり考えてる)オジサン。
その倒錯した可笑しさが、もう溜まりません。(^ァ^)

この映画で監督・脚本そして主演(テッド役)まで努めたセス・マクファーレン。
その豊かな才能に驚かされると共に、若い頃親しんだであろう文化にどっぷりとハマったまま、そこから抜け出せないでいる様子に、ある意味共感を覚えました。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

主人公らが多感な思春期を過ごした、80年代ネタを中心としたギャグ(それも想いっ切りクッダラナイやつ (^^ゞ)の波状攻撃。
中には、私にも判るものもありますけれど、一方で、よく判らないネタもありで、そういうのは(やっぱり)ちと悔しいです。(^^ゞ

判った方のネタの代表が、1980年の映画「フラッシュゴードン」。
実は私も昔、五反田の名画座で見たことがあります。 懐かし~。
あの映画は、ウン、滅っ茶愉しかった。(笑)
また観たくなっちゃいましたね。 クイーンの音楽もサイコーだったし。
 
 

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September 29, 2018

映画:必殺! THE HISSATSU

 
 
必殺! THE HISSATSU
 
 
Photo
 
 
 監督:貞永方久
 脚本:野上龍雄、吉田剛
 製作:山内久司、櫻井洋三、野村芳樹
 出演:藤田まこと
    三田村邦彦
    鮎川いずみ
    ひかる一平
    中条きよし
    山田五十鈴

    片岡孝夫
    芦屋雁之助
    研ナオコ

    中井貴恵
    中田浩二

    菅井きん
    白木万理
 
 
        1984年    日本・松竹
 
 
ご存知「必殺シリーズ」の映画版です。 尺も堂々の二時間超!

1972年にスタートした、この「必殺シリーズ」。
その製作は、京都映画撮影所でした。

低迷していた当時の日本映画界。
時代劇もおしなべて勢いを失い、京都太秦の映画人(東映・大映・そして松竹などの)たちも(それまで電気紙芝居と呼び軽んじていた)テレビの世界に、もはや活路を求めるしかなかったようです。

そんな状況の中から生まれた京都映画撮影所の「必殺シリーズ」は、しかし(ご存知の通り)目出度くヒット & 長寿シリーズに成長!
テレビの放送開始から十数年を越え、話数も六百回を数えて、遂に映画版の「必殺」が造られるまでになります。
この時の彼ら、テレビから映画へと返り咲いた製作陣(つまり元映画人)たちのキモチ、果たして如何ばかりだったでしょう?

        ▽▲▽▲▽▲

「必殺シリーズ」。 当時テレビで放送していたのは「必殺仕事人IV」でした。
子供の頃、テレビで時々眼にした「必殺」って、ちっとも好いと想わなかったんですけれどね。 でも今、こうして映画版を見てみると、もの凄くイイです。 ホント素晴らしい。

とりわけ映画の序盤~中盤、仕事人たちが依頼人の真意を試し、敵の存在を意識する辺りの演出。
光と影のコントラストの表現がこんなにもハイレベル/芸術性豊かであったとは。 子供の頃に見た時とか、ちっとも判らなかったなぁ。

ここで優れたアート感覚/職人芸を見せてくれる映画の製作スタッフ。 江戸の街々、時代劇の世界を造り上げる、時代劇のプロたち。

私はこれまで、映画を見る際など、監督の他には撮影担当者の名前くらいしか気に止めませんでしたけれど、今では照明とか美術とか、その他の各担当者にも関心を持つようになりました。 ホント、素晴らしい仕事をしてくれています。

それでいて、ストーリーの方は(お話しも後ろにゆくほど)トンデモ展開をみせます。 あーんなことや、こーんなことが起きて、やっぱ「必殺」ってこんなモンだったよなぁって激しくナットク(?!)させられます。(笑)

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スチャラカ同心で家ではダメ亭主、その裏では仕事人と、二つの顔を使い分ける円熟の 藤田まこと。
イケメン枠・三田村邦彦 は、折角の勝負服がイマイチなんですけど。(笑) 忍者なみの身体能力が、いくらなんでもチート過ぎ。(笑)
もうひとり、男の色気枠(?)の中条きよし もハマリ役ですね。
女優では 研ナオコ がお若い! と言うかカワイイ。
そして峰不二子枠(!?)の 中井貴恵 の存在が、お話しをオモシロくしていますね。
あと、大物ゲスト(!)の 片岡孝夫 が超カッコイイです。
菅井きん、白木万理 の嫁姑コンビに付いては言わずもがな。

        ▽▲▽▲▽▲

「必殺シリーズ」ってクライマックス前の、道行のシーンが粋でカッコ好いんですよね。
窮地に立たされ、いよいよ決戦に立ち上がるまでの、仕事人たちの葛藤。 ボヤくおじさん、藤田まこと。
皆、なんだかんだで情に篤いんだからぁ。(笑)

その後にクライマックス。 殺しのシーンが控えているワケですけれど、私にとっては、あんまり面白くなかったですねえ。
映画版ってことで、かなり頑張って造り込んでくれているんです(つまり長過ぎ & 凝り過ぎ (笑) )けれど、この辺はテレビ並みに、サラッと済ませてくれて好かったのに。

ともあれ人気コンテンツ「必殺シリーズ」十数年の精華を堪能しました。
 
 

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September 22, 2018

映画:永遠の0

 
 
永遠の0
THE ETERNAL ZERO
 
 
 監督:山崎貴
 原作:百田尚樹
 出演:岡田准一
    井上真央
    新井浩文
    濱田岳
    染谷将太

    三浦春馬
    吹石一恵
    風吹ジュン
    夏八木勲

    平幹二朗
    橋爪功
    山本學
    田中泯
 
 
        2013年   日本・東宝
 
 
原作小説が売れたとなると、その映画化作品だって応分のヒットが見込めますよね。
そこで製作にあたっては、充分な予算を注ぎ込めるというもの。
潤沢なバジェットの下、映画造りに臨める。
それって映画の製作陣にとって、またファンから見ても、全くもって歓迎すべきことです。

この「永遠の0」もまた、そのパターンを辿っているのかなって想って、調べたら総制作費十八億円ですってスゲェ!
でも、これって邦画としてどれ程の額なのか・・・・私には好くワカリマセ~ン。(^^ゞ
そうは言ってもこの映画、造る側の意欲/創意に満ち満ちた、実に中身の濃い作品と感じました。

        ▽▲▽▲▽▲

ともかくこの映画、ストーリーとは別に(笑)太平洋戦争の時代を描いた再現映像として、もう素ン晴らしく出来が好いんです。

おそらくは、時代考証・軍事研究(ミリオタ)・往時の航空機好き(ヒコーキオタ)などなど。 こだわりスタッフが結集して、細部まで凝りに凝りまくった映画なんではないか、なんて私は勝手に妄想を逞しくしちゃってます。(笑)

CGを駆使して実現した映像の見事さは、とにかく圧巻でした。
なにせ戦争映画/ヒコーキ映画って、CGの発達をもっとも享受できる分野ですからね。
ホント、隅から隅まで精緻に造り込んである。
これが兵器と言うことはよく判っています。 が、見る者が強く引き付けられてしまう、タマラナイ魅力がそこにはあります。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 戦後60年。 祖母の他界を切っ掛けに、祖父の戦死の顛末を調べようと、かつての戦友たちに祖父の戦いぶりを聴いて廻る姉弟。 やがて、意外な真実に突き当たるのですが・・・・

戦後パートの主人公姉弟が、かつて零戦に乗った元パイロットたちの下を、次々に訪問して廻ります。
平幹二朗、田中泯、山本學、そして橋爪功。
彼らの演技/面構えが、いずれも見事でした。
戦争中共に戦った彼らも、戦後六十年を経て、今では立場も違えば、身の処し方も大きく異なります。
しかし、そんな彼らが等しく抱いているのは、かつて零戦を駆って戦ったという誇り/気概でした。 戦争によって大きく揺り動かされた、それぞれの人生に想いを馳せさせられます。

中でも、病床の橋爪功が昔語りを始めるシーン。
病身をおして身を乗り出し、零戦について熱く語り始める。 そこから太平洋戦争開戦前夜のシーン(戦前~戦時パート)へと映像が切り替わる演出の巧みさ。

悠然と飛翔する零式艦上戦闘機。 大空にしなやかな曲線を描きつつ、空母着艦のアプローチに入ります。
次々と、飛行甲板に舞い降りるのは、いずれ劣らぬ海軍の精鋭たちなれど、未だどこかのんびりとした空気感が漂っていまして、これは平時の姿と言う事が判ります。

この空母「赤城」が画面に映ったところで、ワタクシのハートは完全にノックアウトされちまいました。(笑)

大日本帝国海軍、航空母艦「赤城」。
人間、どんなに見たくとも絶対に叶わぬはず(と想い込んでいた)のものが、突如として目の前に現れると、ホント言葉を失いますね。
CGによって造り込まれた画像ってのは重々承知の上で、しかしCG赤城があんまりリアルなものだから。 ワタクシきっと、あんぐり開けたまんまの口が、しばらくは閉じられなかった筈です。(笑)

そんな赤城はしかし(あり得ないくらい、真に迫って見えるのと同時に)なんかこう、儚くも感じられるんです。
この後、南海に沈む定めと知っているからでしょうか。
でも、当時の日本は、この赤城(をはじめとする艦艇)に(文字通り)国運を賭けていたんですね。
こんなにもあえかなフネに・・・・
 
 
2_2
 
 
そして後半、戦いの中で精神的に病んでしまった主人公が、いよいよ特攻に出ると決まって後、つかの間訪れた静謐な時間。
祖国の山々を仰ぎ、そして清流のせせらぎに耳を澄ます主人公。 こういう描写は本当に素晴らしい。

敗戦後、残された妻子の辿った労苦。 そして彼女らを救済すべく奔走する男(戦死した主人公が、かつて育てた元パイロット)。
終戦直後パートのメロドラマ部分も好かったです。
お芝居として、決して巧みとは言えないけれど、情景(終戦直後の大阪の混乱ぶり)の作り込みや演出が素晴らしく、素直に泣けました。

        ▽▲▽▲▽▲

これほど素晴らしい映画なんですけれど、でも終盤の演出に関しては、疑問符の捨て切れない私です。
ラストに至って、(戦後パートの)主人公の前に幻想の零戦が登場! そして、これまでの登場人物が入れ替わり立ち代り現れて、主人公に捧げるコメントを開陳するわけですけれど、この演出、私はまったく不要と想いました。

ここまで見せておいて、最後がこれかよって。orz
以前、ネット動画(バラエティ番組)で見掛けた原作者の、その饒舌ぶりとイメージが重なって来ます。

最後の、主人公の表情アップも要らないでしょう。
というか、特攻機の搭乗員の顔を覗き込むようなカメラワークには、不遜とさえ感じました。

(現代パートの)主人公一家が揃って、特攻で散った宮部久蔵に想いを馳せる。
書斎で子や孫に(これだけは話しておかなければならない)昔語りを済ませ、それぞれを家に返した後、縁側に独りたたずむ老人の姿・・・・そこで静かに終わる方が好かったんじゃあないかって、そう想います。

好い映画なんだけれど、ラストについては評価したくありません。
 
 

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September 08, 2018

映画:ロボコップ

 
 
ロボコップ (1987年版)
RoboCop
 
 
  監督:ポール・バーホーベン
  出演:ピーター・ウェラー
 
 
        1987年   米国
   
 
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いわずと知れた1987年版の初代「ロボコップ」。 この夏(DVDですけれど)久々の再会を果たしました。
このテの映画って、その昔、夏休みなんかに<お楽しみ映画特集>みたいな形でテレビに掛かってたのをよく観た気がします。
 
ロボコップと言えばこの1987年版を皮切りに、その後二作目、三作目とシリーズ化され、そして2014年にはリメイクまで成された人気コンテンツですね。

この一作目は劇場公開当時(1987年)大きな話題となったものの、私は観逃してしまっています。
確か、日本が十八番とする特撮ヒーローもの(子ども向けの、チープなテレビ番組とかの)も、ハリウッドが本気を出して造ればここまで凄いことに・・・・みたいな紹介のされ方をされていましたっけ。

ずっと後になって、テレビ放映された折に観てみて、ナルホド確かにこれはスゲェや、と大いに納得したモンです。(^ァ^)

ロボット・スーツの出来も滅法好くって(お金掛けたんでしょうね(笑))、それがハリウッド映画ならではのド派手なアクションをキメルんですから、これはもう面白くないわけが無いですよ。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 近未来のデトロイト。 かつて繁栄を極めた工業都市も、今は斜陽化の一途を辿り治安も悪化する一方。 こうなると、もはや警察もお手上げです。
デトロイト市の慢性的な財政難のため、警察業務は既に民営化(!)されていますけれど、こんなことして大丈夫なんでしょうか?

警察業務を請け負った企業は案の定、強引な経費削減を進め始めます。
その結果、現場は深刻な人手不足に陥ってしまい、挙句ストライキに訴える(お巡りさんがストって?!)べきとか取り沙汰され始める勢いです。
そこへ現状打破の切り札として開発・現場に投入されたのがロボコップ。 機械のお巡りさんです。 スゲー!

なにしろ機械ですから疲れ知らずだわ、拳銃は百発百中だわで、警察官としてイイことずくめ。 なにより悪者に撃たれてもへっちゃらです。(殉職した警察官の死体をベースにロボット化してみましたっていう、なかなかエグイ・プロジェクトなんですけれど、そこんところは皆さんスルー (^^ゞ )
 
 
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この1987年版ロボコップ。 かつてはSFアクション映画という扱いであったのが、今ではポール・バーホーベン監督の(痛快なエンタメ作品と言うに留まらず)名作/風刺の効いた問題作として高い評価を受けています。

私も、昔テレビで観たときはアクション面ばかり追い掛けていたものです。
けれど今見直すと、監督の皮肉な、いっそ意地悪とさえ言って構わないような視線が判って来て、もう面白くってしょうがないです。 ホント、この映画の冗談はキツイよ!(笑)

これってスーパーヒーローもの(日本がお得意とする!)のフォーマットを利用してはいるものの、その実、皮肉な要素、ブラックな笑いで満ち満ちています。
近未来に対するクラーイ予感(デトロイトの辿る運命に付いては、ある程度当たっているわけですし(^^ゞ)と、警察を民営化し一民間企業に委ねてしまうことの怖さと。(汗)
SF近未来ディストピア映画だったんだなってことが、今頃になって判りました。

ハイレベルのアクションでもって観る者を満足させつつ、同時に監督のシニカルな視線が強く出たこの作品。
エンタメ作品として高いレベルを達成しながらも、ポール・バーホーベン監督がその作家性(!)を色濃く出して来た、素晴らしい映画と言うしかないですね。

そもそもロボコップって、決して正義を守る側が創り上げたヒーローじゃなかったんですね・・・・ってその設定、仮面ライダーとそっくりじゃん。(笑)
そしてそれ故、完璧な筈のロボコップにも、ある縛りが!(汗)

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大詰めの大バトルで、悪者と大立ち回りを演じたロボコップ。 強~い!

なんなら、ここでエンドロールを出しても良さそうなモンですけれど、ポール・バーホーベン監督、このままでは終わらせなかった。

真の悪者は他に居る。 映画「ロボコップ」を名作たらしめたラストシーンが、ここから始まります。

時に1987年。 コンピューターが、我々の周囲に当たり前に姿を見せる時代が、もうすぐそこまで来ています。 オンかオフか。 0か1かで全てを表現するコンピューターの世界。

正義感でなく、論理に左右されるロボット故、コンピューター的に行動せざるを得ないロボコップ。 だけど、あぁ、最後の最後まで来て引き金をひけないなんて! なんたる皮肉!!

        ▽▲▽▲▽▲ 
 
カッコ好いロボットの格闘・銃撃戦・カーチェイスなどなどで魅力たっぷりの映画ですけれど、監督の本意はそんなところにはないと判りました。 

そうは言ってもこの映画、アクションはアクションで滅っ茶面白いんですから、才能豊かな映画作家の仕事ってホントに凄いもんです。(笑)
 
 

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August 26, 2018

映画:男はつらいよ 奮闘篇

 
 
男はつらいよ 奮闘篇
Tora-san, the Good Samaritan
 
 
 監督:山田洋次
 音楽:山本直純
 出演:渥美清     (車寅次郎)
     倍賞千恵子   (さくら)
     森川信     (おいちゃん)
     三崎千恵子   (おばちゃん)
     前田吟     (博)
     太宰久雄    (タコ社長)

     榊原るみ    (花子・マドンナ)
     田中邦衛    (福士先生)
     ミヤコ蝶々   (寅の母)
 
 
       1971年  日本・松竹
 
 
Torasan_the_good_samaritan
 
 
  
「男はつらいよ」も七作目です。

突然ですが「感動ポルノ」なる言葉があるそうで。
未だ世に出て間もない言葉で、国語辞典にすら載っていないようですけれど。
なんでも、障害者がそのハンディを乗り越えて頑張る姿に対して、健常者が感動すること(テレビ等のメディアで)好んで視聴する行為を揶揄する、海外発の新しい言葉らしいんですね。
アイロニーと反骨、強固な精神性にユーモアさえ感じさせる、中々に「深い言葉」ではあります。(あるいは、ちょっと誤解してるかも σ(^^) ですが)

さて、よく(映画・小説なんかの批評などで)日本には未だまだ障害者を描いた作品が無くて・・・・とか言った(意識高い系?な)意見を見掛けることがありますけれど・・・・んなこたぁない!(笑)

なにしろ邦画を代表するシリーズと言って過言でない「寅さん」の中で、このテーマを真正面から取り上げているんですから。

        ▽▲▽▲▽▲

春未だ浅き新潟県、ローカル線の鄙びた駅舎から、この七作目は始まります。

待合室でストーブに当たりながら汽車(未だSLが現役でした)を待つ寅さん。
映画はここで、集団就職で都会に赴く少年少女と、それを見送る父母の姿(素人さんを起用した演出が素敵です)をドキュメンタリー風に描いて、故郷を遠く離れて働く若者の姿を強く意識させます。
それを暖かい、独特の(笑)視線で見守る寅さん。 これが、後々効いて来るんです。

こういう伏線のいちいちを丁寧に、そして判りやすく提示してくれる山田洋次監督。 用意周到 & 手抜かり無しです。

        ▽▲▽▲▽▲

七作目のマドンナはひとりぼっちで都会を彷徨う、それも発達障害を抱えているらしい薄倖の少女。
これを、当時デビュー数年目の榊原るみが好演します。

集団就職で故郷・津軽を後に都会へと出て来たものの、仕事に付いてゆけず、職場から逃げ出して来た様子。
寅さんとは場末のラーメン屋で出会い、沼津駅前の交番ですぐ再開。
お巡りさんからの矢継ぎ早の詰問(!)に、困り果てているところを、寅さんの口八丁手八丁に助けられる少女。 この辺から本編が動き始めます。

        ▽▲▽▲▽▲

生得の、不治の障害を抱えたマドンナ。
これ、現在やったとしても十分に過激な設定ですね。
むしろ、今こそ撮るべき作品なのかも。

貧しい人々・弱者に対しても、おしなべてフランクに、優しく接する自由人の寅さん。
ピンチを救われた少女が「寅ちゃん」って言って懐いて来るのは当然ですね。
保護欲、刺激されまくりの寅さん。(笑)

寅さんなりに、無力な少女の好き保護者であろうとする(例によってズッコケつつ)わけですけれど、案の定(笑)保護欲が恋愛感情へ替わってゆくのを停められません。
少女の方も、寅さんのことを打算も偏見も無しに、無条件に受け入れてくれる。
これは寅さん、舞い上がっちゃいますよね。(笑)
相手は年端のゆかない少女なんですが。(汗)
因みにこの映画での榊原るみ、ホントもう超絶にカワイイ(なんたる破壊力!)です。

とらやの面々も、障害を抱えた少女に対して親身に接するのは、寅さんと同様。
ですが、傍にピッタリ(不自然なくらい)貼り付いているのが寅さんですからねぇ。
またぞろビョーキが始まったか、と心配する一同。

        ▽▲▽▲▽▲

少女との未来を妄想して幸福の絶頂にある寅さん。
そこへ旧師・田中邦衛が上京、少女を迎えに来ました。 あちゃ~。

そりゃ、このまま「とらや」に居るよりも、田舎へ帰した方が少女の為って事くらい、寅さんだって・・・・
傷心の寅さん、どう現実と折り合いを付けるのでしょうか。

        ▽▲▽▲▽▲

大ショックの寅さん、どうやら少女の故郷まで追い掛けて行ったらしいんですよ。
突如として行方をくらました寅さん(自殺疑惑まで発生!!)を訪ね、後を追って津軽に向かう さくら。
それにしても、海岸線をガタゴト往くローカル線に、旅装で憂いに沈んだ表情の倍賞千恵子って何コレ?、もう絵になりすぎでしょ(笑)

今回も、お終いは兄妹の絆で締めます。 いいなあこの二人。
そして、どこへ行こうが寅さんは寅さん。 やっぱ寅さんはイイわー。
素晴らしい映画でした。
 
 

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