June 06, 2020

映画:ゴジラ対ヘドラ

 
 
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ゴジラ対ヘドラ
Godzilla vs. the Smog Monster
 
 
監督:坂野義光
脚本:馬淵薫、坂野義光
音楽:眞鍋理一郎
出演:柴俊夫  (若者)
   麻里圭子 (その恋人・ゴーゴーガール)
   山内明  (駿河湾を調べる海洋生物学者)
   川瀬裕之 (その息子・研)
   木村俊恵 (その妻)
 
 
      1971年   東宝
 
 
ゴジラ映画の十一作目は「ゴジラ対ヘドラ」です。
あ~、とうとうこの作品が来ちゃいましたね~!
シリーズきっての問題作(!)を俎上にするその時が。(笑)

なにしろ怪獣映画ですから(映画の)造り手は本来、子供たちが喜びそうな娯楽作品に仕上げて来る筈。
街を壊して廻る怪獣、それへと反撃する自衛隊、そして怪獣同士のプロレス (^ァ^) などなど。

ところがこの作品、その(怪獣映画の)常識を見事/痛快無比なまでに打ち破って見せました。
すなわち、当時の社会問題から目を背けず、世相に鋭く切り込んでいるんです。

        ▽▲▽▲▽▲

過激(!)とも言える<攻め>の姿勢で造らている本作。(それこそ、シリーズ第一作「ゴジラ」(1954年)ばりの)
思えば「ゴジラ」は本邦初の特撮怪獣映画であり、それ故のパイオニア精神/創意工夫で満ち満ちていました。
ストーリーの方も、核兵器/世界大戦への恐怖というものが通低していましたし。

それが本作「ゴジラ対ヘドラ」(1971年)では(この当時、タイムリーであった)ヘドロ、光化学スモッグなどの公害問題と真正面から取り組んでみせています。

また、演出技法の方も、前作(「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」)で試みた子供視点の明朗路線から、当世若者風俗を取り入れたアングラ路線へと、アッと驚く(笑)大転換を見せます。

難解な(ちょっと、子供に判るとは想えないような)シーンや、前衛的な表現、ブラックな笑いをも織り交ぜて来ていて、こんなの、シリーズ中で他に類を見ないですよ。
正に問題作/意欲作!

        ▽▲▽▲▽▲

深刻な公害問題と戦い続けた六十~七十年代の日本。
静岡県の富士市・田子の浦を中心に、その極めて深刻な被害がクローズアップされたヘドロ公害や光化学スモッグなどは、静岡/清水市(当時)で少年時代を過ごしたワタシの記憶にさえあります。

て言うかワタクシ、そもそも「田子の浦」という地名からして(「田子の浦ゆ打ち出でてみれば~」って万葉集の歌からではなく)先ずはこのニュースで覚えた筈です。(^^ゞ

その、無残に汚染された海の姿。 映画にも登場しますけれど、これが(美術スタッフによって)正視に耐えない程のリアルさで再現されています。(>_<)
「ゴジラ対ヘドラ」。 正にあの時代/あの地域の公害問題をテーマとした、辛口の社会派怪獣映画でした。

        ▽▲▽▲▽▲

そして本作は、当時の(カウンターカルチャーとしての)若者文化を大胆に取り入れてもいます。(以前から、エレキブームを取り入れていたゴジラ・シリーズではありますけれど)

地下のゴーゴー喫茶(その、サイケデリックなファッション!)にこもって踊り狂う、イカレタ若者たちを捉えた前衛的な演出。
主人公(と思しき)若者・柴俊夫の抱え込む閉塞感。
酒でもロックでも癒すことの出来ない、もって行き場のない焦り。
彼はやがて、憎っくきヘドラに一矢報いるべく、ある行動に出るのですが・・・・

主題歌は、麻里圭子唄う「かえせ!太陽を」。
サイケデリックな映像をバックに、泥沼に咲く一輪の花のような感じがして、これも好きだなァ。
前作(「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」)の時以上に吹っ切れており、メッセージ性の強さを感じさせられます。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、まるで当時の公害問題を体現して見せたかのような怪獣ヘドラ。
全身がヘドロで出来ているらしく、ヨレヨレになるまで使い込んだ雑巾かモップのような、捉えどころのないデザインです。
工場の煙突からモクモク吐き出される黒煙を、スパスパと旨そうに吸い込む姿は、これもブラックユーモアなのか・・・・

静岡県富士市、田子の浦から上陸して、辺り構わず暴れ廻り始めるヘドラ。
なにしろ汚物の塊のような怪獣ですから、行く先々で周囲に硫酸ミストを撒き散らして金属を腐食させますし、光化学スモッグを浴びせられた人々は、バタバタその場に倒れてゆくばかり。
ヘドラ。 ただ、そこを居るだけで周囲に被害が及ぶという、まことにタチの悪い奴でした。(>_<)

        ▽▲▽▲▽▲

そして、そこに突然現れるゴジラ。(研くんの、心の叫びが通じたんでしょうね)
待ってました!
ここに、シリーズ最悪(!)の敵、ヘドラとの一騎打ちが始まります。

が、これが、いつもの怪獣映画とは一味違ったアクション・シーンでした。
なにしろヘドラは有害物質の塊です。
相手に触れただけで、こちら(ゴジラ)の身体が傷ついてしまいますから。
こんな奴とは、組み合うのもイヤでしょ。(^^ゞ
ホント、「こっち来ンな」って言いたくなるよ。(笑)

蹴ったり殴ったりしてもノーダメージ。 放射能火炎も効かないヘドラを相手に、それでも、傷つき・ボロボロになりながら戦うゴジラの姿が、いっそ痛々しい。(>_<)
でも、これが公害問題の深刻さってコトなんだと想います。

それこそ、シリーズ上かつてない、もう、なりふり構ってられない程の、どろんこのラフ・ファイトがスクリーンに(それも長々と)展開しまして、見るのが実にしんどかったァ。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、主人公は柴俊夫かと想って観ていたら、どうやら違ってたみたいですね。(だって、その扱いが (>_<) )

因みに、海洋生物学者・矢野の奥さん(研君のお母さん)を演じたのが木村俊恵。
この女優さん、どっかでお見掛けしたような、と想ったら「仁義なき戦い」(1973年)で、金子信夫(山守親分)の奥さん役を演ってた方なんですね。
あれ、スゴク好かったです。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

今度のゴジラ。 前作と同様、なんかもっさりとしたデザインで、その演技も、なんか妙に人間っぽかったですねぇ。
この辺は、昭和ゴジラの楽しさでしょうか。w

そして、このゴジラ。 
今回こそ、ヘドラと闘ってくれましたけれど、海や空をここまで汚してしまった人類に対して、これはもう明らかに(!)怒ってます。
未だ、激オコにまでは至っていないようですけれど。(^^ゞ
 
 

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May 27, 2020

映画:苦役列車

 
 
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苦役列車
The Drudgery Train
 
 
監督:山下敦弘
原作:西村賢太
出演:森山未來 (貫多)
   高良健吾 (正二)
   前田敦子 (康子ちゃん)
 
 
      2012年   東映
 
 
2010年(下半期)の芥川賞を受賞した、西村賢太の小説「苦役列車」。
その後映画化されまして、こちらも高い評価を得ているようですね。 好きかな。(^ァ^)
監督は名作「リンダ リンダ リンダ」の山下敦弘。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 主人公・貫多(森山未來)は、日雇い仕事で糊口をしのぐ十九歳。
安アパートに天涯孤独の独り暮らし。 友人は居らず、彼女も無し。
港湾の肉体労働で得た金も、稼いだ先から(酒とフーゾクで)たちまち浪費してしまう始末。 見ているこちらがあ然となるくらいの、アッパレ自堕落な暮らしぶりです。

ある日現場で、同い年の青年(高良健吾)と知り合う森山未來。
アルバイトだと言う彼は、専門学校に通っており、カノジョも居る様子。
年齢が同じという他は、なにからなにまで主人公とは正反対の(つまり、どこにでも居そうな)高良健吾です。
が、そこは若者同士。 二人はすぐに打ち解けあうのですが・・・・
 
        ▽▲▽▲▽▲

現場では与えられた力仕事をテキトーにこなし、終われば即、酒とフーゾクに逃れる主人公。(それでも文学好きのようで、古本屋通いは日々絶やしません)

全てにやる気の無い彼が、只漫然と(という表現が正に相応しい)送る、やさぐれた日々。
こんな生活、若いからこそ耐えられるんでしょ? と言うか、若さを浪費しているとしか見えません。

この、過酷でまったく先の見えない日々を、エンドレスに走り続ける列車に例えた原作「苦役列車」ですが。 この映画では、そこに更に映像の魅力(?!)が加わります。

主人公の、どうしようもないクズ/サイテーっぷりが、あんまり見事(?!)で、ココまで来ると、そこにある種の興趣(?)を感じてしまう程。
決して綺麗とは言えないその映像からも、視ていて強烈に惹かれるものがあります。

        ▽▲▽▲▽▲

この映画で、どうしようもないクズ主人公に扮する森山未來。
あり得ないほどの粗野で下品な男を演じていて、これはもう、原作の貫多そのもの。(笑)
汚く/ショボクレた風貌、面構えなんだけれど、でも一体ナンなんでしょう? その所作や台詞、そして全身から発散する魅力は。

観客の視線を逸らさぬ不思議な魅力と、豊かな説得力がお見事。
そして、山下敦弘監督の(情け容赦ない程の)長回しにも耐え得る素晴らしい役者でした。
ついつい(その所業に呆れ返りながらも)このクズ主人公を観続けてしまうんですよね。

        ▽▲▽▲▽▲

原作には無い、映画版だけのオリジナルキャラ、康子ちゃんを演じるのは前田敦子。
このお方。 私なんか、AKB出身のアイドルとしてしか知らなかったんですけれど。
でも、意外と言っては失礼だけれど、これが好かった。
というか、本当に素晴らしかったです。 参りました。m(__)m
ホント、大当たりのキャスティングじゃないですか。(^ァ^)

彼女の存在を通して(友達なんか要らないとうそぶく)主人公の、しかし「女性」への止み難い希求 (^^ゞ が情けなくも w(しかし原作と比べて、余程品好く)時にユーモラスに描かれます。

        ▽▲▽▲▽▲

但しこの映画、終盤がイマイチでしたかねぇ。(^^ゞ
(マキタ・スポーツが(主人公・貫太の思いもしないところで)夢を叶えていましたってところから先、ワタシは不要と思いました)

シビアな境遇から抜け出せない主人公を、どこまでも悲惨に描くことに徹した原作。(それは、文字通りの「苦役列車」でした)

それと比べて、この映画版の主人公を待つ運命・・・・その将来を予感させるような演出は(ワタシ的に) ????? でした。
そもそも、<いつ終わるとも知れない過酷な生活>から抜け出せないから「苦役列車」なんでしょう?
そこにファンタジー要素を加えてしまったら、それはもう「苦役列車」と呼べないと想うんです。
(原作がそうであったように)徹底的に「苦役列車」を貫くってのは、映画と言うメディアでは難しかったんでしょうかネ?

        ▽▲▽▲▽▲

演出と映像は(基本的に)ヘヴィー、そしてリアル。 時にコミカル/青春映画的な側面をも併せ持つ映画「苦役列車」です。
巧みな配役で、その役者陣の魅力を見事に生かし切った素晴らしい作品なんですけれど、でも(原作にあった)文学味には、いささか欠けますかねぇ。
 
 

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May 18, 2020

映画:天使にラブ・ソングを・・・

 
 
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天使にラブ・ソングを・・・
Sister Act
 
 
監督:エミール・アルドリーノ
出演:ウーピー・ゴールドバーグ
   ハーヴェイ・カイテル
 
 
    1992年  米国
 
 
 
愉しい映画を観て、今日もコロナを乗り切ろう! d(^ァ^)b

ウーピー・ゴールドバーグ主演の大ヒット作にして、その魅力を見事生かし切った傑作です!
それにしても、この「天使にラブ・ソングを・・・」って邦題はヨカッタねぇ。

        ▽▲▽▲▽▲

※ ウーピー・ゴールドバーグは、米国ネバダ州は(カジノで有名な)リノにあるナイトクラブで働く無名の歌手。
地元を縄張りとするギャングの親分、ハーヴェイ・カイテルの愛人でもあります。
ある日、ハーヴェイ・カイテルが殺人を犯す現場を目撃 (@_@) してしまったウーピー。 彼に消されることを恐れ、警察に駆け込みます。
担当の警部補は、ウーピー・ゴールドバーグをギャングの手から保護する為、彼女をカトリックの修道院に預けることにしました。
ここに隠れてさえ居れば絶対に大丈夫ですヨ。(^ァ^)
誰だって(歩くネオンサインみたいにド派手な)クラブ歌手が、修道院に隠れているなんて想わないでしょ?
とは言えあのウーピーが、厳格をもって知られる修道女の暮らしに耐えてゆけるんでしょうか?(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

サンフランシスコ市内に鎮座まします聖キャサリン修道院。
かつては広く信徒を集め、盛名を馳せたものの、今は治安の悪い歓楽街の中、忘れ去られたかのようにポツンと建つ(それでも建物そのものは随分とデカイ)随分と古びた修道院です。

修道院の周囲は、荒れ果てていました。
路上に放置されっぱなしのゴミ・ガラクタや、処構わず残されたイタズラ書きなどがそこらじゅうに。orz
風紀もまた乱れています。
たむろする、身を持ち崩した酔っ払い。 行き場を見失って彷徨う不良少年/少女ら。 辺りに漂う倦怠感。

そんな中、修道院のゲートは訪れる者を拒むかのように固く閉ざしたままです。(その塀にも、品の無い落書きをされていました orz )

そしてこの修道院の内だけは、常に清貧が保たれ、厳しい戒律によって支配されていました。
ここだけ、時間が中世で止まってしまった(新大陸のサンフランシスコですけど (^^ゞ )かのように。

        ▽▲▽▲▽▲

そういうワケで、今や地域社会から完全に浮き上がってしまっている聖キャサリン修道院です。
ミサにもさっぱり人が集まらず、温厚な司教をして、天を仰いで嘆かせてしまう始末。orz

一応、修道院付きの聖歌隊を持っているものの、その歌声は決して巧みとは言えず(つまりヘタ (^^ゞ )もはや鑑賞に耐えないレベル。orz
でも、それをどうこう言う者さえ居ない現状です。
と言うか、聖歌隊の歌なんて誰も聴いちゃいません。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

さて、生まれてこの方、勝手気ままに生きて来たウーピーです。(^ァ^)
修道院の禁欲的な暮らしに耐えられるハズもなく、日々トラブルを連発。(>_<)
やがて、修道院付きの聖歌隊の指導を任されることになりました。

さぁこうなれば! そこは長年音楽で飯を喰って来たプロの歌手です。
彼女一流の親しみやすく、ツボを得た指導の下、聖歌隊の実力は目覚しい勢いで向上!

さらに、聖歌にウーピーならではのモータウン・サウンド風アレンジを(こっそりと(笑))加えてしまい、それを(大胆にも w )ミサの折りに披露!
この愉しい聖歌隊が大評判となって、数多くの善男善女がミサに参列し始めます。

さァ、この映画はここからが愉しい!
シスターたちの快進撃がチョー気持ちイイんです。 (^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

聖歌隊の人気で、今やミサは満員御礼。(?)

シスターらは歌うばかりではなしに、率先して街を清掃し、積極的に住民とのコミュニケーションを図ります。
やがて、すべてが(修道院が、街が、人々が)大きく変化し始めました。
拭いて、掃いて、手づからペンキを塗って、更にはオンボロ車まで修理する修道女たち。w
聖キャサリン修道院。
いつしか地域になくてはならない存在となっていました。(^ァ^)

が、好事魔多し。
ウーピーの所在が、リノのギャングのボス(ハーヴェイ・カイテル)の知るところとなり・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

この映画。 音楽がサイコーなのは勿論のこと、お話しがハートウォーミングで素敵。
その上、修道女らの(個性溢れる)キャラが楽しいし、随所に差し挟まれる小気味好い風刺もオモシロイ。w
でも何より、ウーピー・ゴールドバーグという女優の素晴らしさ、その魅力/人間力が光る傑作でした。
 
 

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May 16, 2020

映画:超高速!参勤交代

 
 
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超高速!参勤交代
Samurai Hustle
 
 
監督:本木克英
出演:佐々木蔵之介  湯長谷藩主・内藤政醇
   西村雅彦    湯長谷藩家老・相馬兼嗣
   伊原剛志    忍者・雲隠段蔵
   深田恭子    飯盛り女・お咲
 
 
       2014年   松竹
 
 
休日に家でマッタリと時代劇を楽しみました。(^ァ^)
映画「超高速!参勤交代」。
2014年公開の作品ですから、比較的最近の時代劇ということになりますね。
映画/テレビで時代劇の製作がすっかり下火となってしまい、その存続さえ危ぶまれている今日、この「超高速!参勤交代」は限りなく貴重な存在であり、また、是非とも成功させなくてはならない一本でもあります!

        ▽▲▽▲▽▲

※ 江戸時代。 八代将軍吉宗の頃。
陸奥国磐城(現在の福島県いわき市)の湯長谷藩(一万五千石)は、小藩ながら藩主・内藤政醇(佐々木蔵之介)の下、家中の結束も固く、文武に秀でた家臣たちに恵まれていました。
四年前に飢饉を経験しており、未だそのダメージから回復し切っていませんが、貧しいながらも平和を謳歌しています。

その湯長谷藩。
幕府から、藩内に所有する金山の調査結果について、あらぬ疑惑を持たれてしまいます。
このままでは、藩主が処罰されるどころか、藩そのものがお取りつぶしに!
幕府に釈明し、嫌疑を晴らす為には、藩主・佐々木蔵之介自らが五日(!)の内に江戸まで出向かなければなりません。

が、なにせお大名です。 江戸までの参勤となれば、身一つで赴くワケにもゆかず、大名行列を仕立てなけりゃなりません。
そうは言っても、ついこの先日レギュラーの(一年おきの)参勤交代を済ませたばかりの湯長谷藩。
目下のところ、財政が逼迫しており、スポットの(臨時の)参勤に割くだけのお金はありません(逆さにして振ったって出て来ません w )し、なにより、江戸までの距離を考えると、五日以内に江戸まで来いってのは、どうあってもムリゲーなのですが・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

主人公の湯長谷藩主を演じるのは佐々木蔵之介。
気さくな人柄/人徳で臣民から愛され、なおかつウデも立つというお殿様。(^ァ^)
佐々木蔵之介ならではの鷹揚な立ち居ふるまいがステキでした。
その上、ちょっとした<愛すべき欠点>も持ち合わせていて、よく考え抜かれた巧みなキャラ造り。

家老の西村雅彦は湯長谷藩の頭脳。
ワイドな視野を持ち、統率力もある一方でボヤキ屋でもある。(笑)
未だ若いお殿様を助け、懸命になって藩を運営する苦労人です。
この手の物語りにありがちな<補佐役ポジション>の人ですね。

その他、いずれも一騎当千(自称ですけれど w )の重臣たち。 
皆さん個性的でとってもイイんですけれど、でも時代劇慣れしていないっていうのか、イマイチしっくりと来ない感じは否めなかったです。(コッチの見方が古いのかもしれませんけれど (^^ゞ )

但し、各々(ここは佐々木蔵之介のお殿様も含めて)の台詞に「方言」という要素を盛り込んで来ていて、それが全てをカバーする効果を上げています。
皆さんの台詞が方言的に正しいかどうかとか(私にはまったく)判らないけれど。
ともあれ、聴いていて心地好かった。(^ァ^)

フリーの忍者(?!)をやってるらしい好漢・伊原剛志は儲け役。 カッコ好かった。

佐々木蔵之介が宿場町の旅篭で出会った(やたら気の強い)飯盛り女・深田恭子は、そのキャラがステキ。(^ァ^) この映画の空気にピッタリ合っています。

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、リアリズム路線のハードな殺陣とか、時代描写とか。 そういった要素は、これっぽっちもありません。
それよりも、見ていてキモチの好い時代劇を目指したようですね。(^ァ^)

「時代劇」=「ファンタジー」という公式が成り立つとして。 だったら、その時代劇の中でどんなコトが起ころうが少しもオカシクはないワケです。(笑)
たとえ何を盛り込んでも、その作品の<世界感に適ったもの>であればOKってコト。(^ァ^)

でも、佐々木蔵之介が乗馬が得意って設定。 これは余計だったカナ? って想います。
いえ、馬で時短しちゃうってのは、また随分と安易な気がして。orz
ここは 馬嫌い or ニガ手 って事にした方が・・・・(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、当初は低額予算映画かと想って気軽に見始めたら、クライマックスには大立ち回り (^ァ^) が待っていて、全然そんなことなかったです。

ゆるりと楽しめた時代劇でした。
 
 

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May 11, 2020

映画:バック・トゥ・ザ・フューチャー

 
 
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バック・トゥ・ザ・フューチャー
Back to the Future
 
  
監督:ロバート・ゼメキス
出演:マイケル・J・フォックス (マーティ)
   クリストファー・ロイド  (ドク)
   リー・トンプソン     (母・ロレイン)
   クリスピン・グローヴァー (父・ジョージ)
 
 
       1985年   米国
 
 
 
 
  Lorraine (At the age of 17)
     : Marty, will we ever see you again?
 
  Marty : I guarantee it.
 
 
 
 
こんな時ですから、愉しいこと保証つきの映画をば。(^ァ^)

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)。
問答無用! 稀代の名作ですよね。

でも、私がこの作品を初めて見たのって、つい最近のコトです。
傑作中の傑作として、その標題のみ知りつつ、でも、ず~っと長い間、未見を通して来ました。
なにしろ三十五年も前の映画ですし、テレビで放送されたことも度々なんでしょうけれど、どうやら、それも全部すり抜けて来た。(笑)
また、随分とヘソ曲がり(得することはナンにもない (^^ゞ )だったんですね。w

        ▽▲▽▲▽▲

※ 舞台は米国・カリフォルニア州、ヒル・バレーという落ち着いた雰囲気の田舎街です。
1985年(映画の公開年)、世は変革の時期を迎えつつありました。

時の合衆国大統領は(元俳優の)ドナルド・レーガン。
そして、目下ヒル・バレーの市政を預かっているのは(当地では初となる)黒人市長。
こちらは再選を目指し、選挙活動の真っ最中です。

何でもかんでもアメリカが一番。
誰しもそう信じていたのが、いつしか(こんな片田舎であっても)身の回りを、日本製品が埋め尽くしています。
気が付けば、ここにも、あそこにも。 クールなものは皆 made in japan 。(主人公が目下欲しくて堪らないのもトヨタのハイラックス)

地元の高校に通う主人公のマイケル・J・フォックス(マーティ)。
ロックとスケボー、そして女の子に夢中の日々です。

街の発明家。 変わり者の老人・ドクとは特に親しくしていて、日頃から勝手に彼の研究室に出入りする仲。

ある日、興奮したドク(まぁ、普段からエキセントリックな御仁なんですけれど (^^ゞ )に呼び出された主人公。
彼から、遂に(!)タイムマシンを発明したんだと明かされます! (@_@)

そして(ドクに変わって)期せずして三十年前(1955年)のビル・バレーへと時間旅行してしまうマイケル・J・フォックス!

因みに、タイムマシンの動力源として用意してあった(ある物質)は片道分だけ!
え?、還ってくるのに必要な分が無いんですが。(@_@)

いや、そんなことよりもマイケル・J・フォックス。
三十年前の両親と、マサカの(運命的な)邂逅を果たします!

この当時、高校生だった(奇しくも主人公と同じ年齢です)パパとママ。
絵に描いたような悲モテの父 w 、意外にも奔放だった母 (^^ゞ。
こんな二人が、ホントに結婚まで進むんだろうか?
なんて案じていたら、あろうことか、母親から恋されてしまう主人公マイケル・J・フォックスです。(爆)

え、ちょっと待って! このままじゃ、ボクが生まれてこないよ!

        ▽▲▽▲▽▲

娯楽映画の金字塔「バック・トゥ・ザ・フューチャー」。
(SFとしてあまりにも定番と言える)タイムマシンを扱ったSFコメディ映画でした。

その感想はと言うと「あ~オモシロかった (^ァ^) 」って至極単純な、しかし説得力充分な一言で終わりそうなんですケド。(笑)
それにしても、隅から隅までホントに好く出来ているナと。w
もう、言うことなしです。 全面降伏。
時間ものSFの愉しさを、ひとつに凝縮したような素晴らしい作品でした。

        ▽▲▽▲▽▲

主人公のマイケル・J・フォックスも好いんですけれど、この映画で最も私の印象に残ったのは、主人公の両親を演じたリー・トンプソン(母役)、クリスピン・グローヴァー(父役)でした。

二人は(配役の上で)高校生とミドル世代とを兼務。 ですから、三十年の歳月を往ったり来たり。w
コレ、老若それぞれの世代を、別々の役者に演じて貰うって手もあったんでしょうけれど、この映画では単独で(若作り/老けメイクを駆使して)頑張ります。(^ァ^)

すなわち、若さではち切れんばかりの少年少女と、倦怠期を通り越して人生お疲れ気味。 コケの生えた中年カップルとを、巧みに演じ分けて見せるんです。(^ァ^)
俳優さんたちの実年齢は(おそらく)高校時代の方に、ずっと近いんでしょうね。
造りこんだ老けメイクの面白さ、考え抜いた演技の巧みさがホントに見事です。

        ▽▲▽▲▽▲

それから、街の発明家(マッドサイエンティスト?)のドク(クリストファー・ロイド)の持つ、独特の(笑)存在感。
可笑しなものばかり造るズッコケ発明家なのに、しっかりとした哲学を持った、云わば信念の人・・・というより、その偏執ぶりが大好きな私。(^ァ^)

例えばこの映画、ドクの視点で観てみるのも面白そうです。
※ ある日、老発明家の家を訪ねて来たのは見知らぬ若者。
若者は三十年後の未来からやって来たと言い張り、いろいろと証拠を上げて見せます。(@_@)
しかも「タイムマシンはあんた(ドク)が開発したんだよ (^ァ^) 」なんて言い出します。
そうか、三十年後、俺はタイムマシンの開発に成功するのか!
意を強くしたドクは、元の時代に帰りたいと願う若者に、全面協力することに。
若者はドクの将来に、なにやら危惧を抱いている様子なのですが・・・・
 (こんな感じでしょうか? (笑) )

        ▽▲▽▲▽▲

タイムマシンの登場するSFにも、いろいろとあるんでしょうけれど、これは、その場所から動かない、云わば定点型(?)の時間旅行。
なので1955年から1985年に渡るアメリカ社会、そしてヒル・バレーという田舎街の変遷。 更には主人公一家の運命の変転などなどが巧みに、そしてまた小粋 w に描かれます。

自分と同い年のママから恋されちゃうコメディで笑って/ドキドキして、時間旅行にワクワクする一方で、時間をテーマとしたドラマならではの切なさまで描き切っています。

そう、時間もの/タイムものSFって、とっても切ないものなんです。(涙)
って、映画「メンインブラック3」の時にも同じようなことを言った気が。w

        ▽▲▽▲▽▲

 母  「また会える?」
 息子 「保障するよ (^ァ^) 」

のシーンが万感胸に迫ります。

さて、映画を観ている私が居るのは2020年の日本。
1985年のマーティー達から見ても(また随分と)フューチャーに居るワケです。w
タイムマシンは未だ出来ていないけれど。(たぶんネ(笑))
 
 

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May 06, 2020

映画:座頭市兇状旅

 
 
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座頭市兇状旅
Masseur Ichi, the Fugitive
 
 
監督:田中徳三
脚本:星川清司
原作:子母沢寛
音楽:伊福部昭
撮影:牧浦地志
出演:勝新太郎   (座頭市)
   高田美和   (おのぶ)
   万里昌代   (おたね)
   村瀬幸子   (おまき)
   成田純一郎  (① 下仁田の佐吉)
   松居茂美   (② 小幡屋島蔵)
   安部徹    (③ 矢切の東九郎)
   北城寿太郎  (④ 棚倉蛾十郎)
 
 
      1963年   大映
 
 
座頭市シリーズ四作目。
この映画、冒頭からステキです。(^ァ^)
街道を独り往く座頭市の姿とか、村祭りの賑わいぶりとか。
相変わらず(惚れ惚れする程の)見事なカツシン、そして大映クオリティでした。

但しこの映画、ストーリーがいささか掴み難かったです。(^^ゞ
ホント、中盤以降になると、もうワケが判んなくなって、アタマがこんがらがりました。orz
コッチは座頭市シリーズを、既に前三作までを視聴済みなんで、なんとなく(笑)そのまんま観続けちゃいましたけれど。
とにかく終えてから、ちょっとナットクのゆかないところが。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

※ 旅の途中、三下ヤクザに後ろから斬り掛かられる座頭市。
もちろん、難なく返り討ちにしてのけたワケですけれど。
ともあれ、そこから出来た縁(?)で、折りしも祭りで賑わう下仁田を訪れることになります。

(因みにこの映画、人間関係がちょっとフクザツなんですワ。w
それも、単純明快な時代劇という態で始まって、でも観続けてゆくうちに、実はややこしいストーリーだった orz って判るタイプのお話しです (^^ゞ )

        ▽▲▽▲▽▲

そのややこしいお話し w の、主な(座頭市以外の)登場人物は以下の通り。

① 下仁田の街を仕切るヤクザ一家の若親分・佐吉。
父(故人)から一家を引き継いで、未だ間もない様子。
気弱な性格で、ヤクザの親分向きのタイプとは見えません。
根っからマジメな男ゆえ、日々立派なヤクザ w になるべく頑張っているところ。
小幡屋の おのぶ ちゃんとは恋仲。(^ァ^)

② 下仁田の旅籠の親父、小幡屋島蔵。
(一見すると堅気ですが)かつては地元の貸元を務めていたという老人。
佐吉の(亡)父親によってその地位を追われたことを今も恨みに想い、あわよくば返り咲こうと画策しています。 ひとり娘の おのぶ は、若親分・佐吉 ① とラブラブ。(^^)♪

③ 矢切りの東九郎。
下仁田八幡宮の祭りの間、若親分・佐吉 ① の下にワラジを脱いでいるヤクザの親分。
兄弟分を斬られた私怨から、座頭市を付け狙います。
(判りやすいくらいの)根っからのワル。w

④ そしてスゴ腕の浪人、棚倉蛾十郎。
破滅タイプ(自らの死に場所を捜して歩いて廻るような)の剣客です。
座頭市の強さを知ると、彼を斬る事に執着し始めます。

        ▽▲▽▲▽▲

若親分・佐吉 ① は、筋金入りの穏健派。
(親から引き継いだ)ヤクザの親分なんて、まるで似合わない、まだまだ半人前の若者でした。

そんな 佐吉 ①。 目下、彼の下にワラジを脱いでいる(海千山千のワル)矢切りの東九郎 ③ に、あれこれイジめられたり、威されたり。 遂には命まで狙われます。(@_@)
そしてその度、市に助けて貰った 若親分・佐吉 ②。
更には市に(なかなか進展しない)おのぶ との恋仲を応援されたりも。w

そんな気弱な若親分・佐吉 ①。
矢切りの東九郎 ③ にそそのかされ(恫喝され)、とうとう市を陥れる陰謀に加担してしまいます。

え~、命の恩人・・・・って言うか、今や 佐吉 ② にとって、唯一の味方と言える市をワナにはめるなんて!
ホントに困ったもんですが、映画を観ているコッチもまた、佐吉 ② の思惑/振る舞いが理解し切れなくて困惑します。orz
  
 
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今回、クライマックスのチャンバラはロケ中心でした。(^ァ^)

斬り掛かってくる敵の多勢を、次々に斬って伏せながら、廃屋の室内(光と影のコントラスト。 美術の仕事が見事です)から、パッと明るい屋外へ。 降り注ぐ陽光の下でみせる殺陣もヨカッタ。(^ァ^)

そこから、ボスキャラの凄腕浪人・棚倉蛾十郎(北城寿太郎)④ との一騎打ちにつなげる展開もサイコーです。

        ▽▲▽▲▽▲ 
 
さて、ラスト・シーンです。

佐吉親分 ① は、この先ダイジョウブなんでしょうか?
市への裏切りを(一応)詫びてはいるんですけれど。
いや、これ、謝られた程度じゃナットクゆかないって気が・・・・(>_<)
それよりこの若者、今のままじゃ親分として(ヤクザ渡世を)生き残っていけるとも想えないんですが。(^^ゞ

別れ際に、ひょうげて踊り出す市。(^ァ^)
この時のカツシンの所作が、ホントに素晴らしいです。

その、愛嬌たっぷりの笑顔が、やがて哀しげな表情へと代わったのは、死んだ(かつての)想い人のことを偲んでのことか?
それとも・・・・それとも若者 ① の前途が、決して明るいものではないことが、座頭市には「見える」んでしょうか?

そんなことを考えると、尚のこと、味わい深いエンディングです。
 
 

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May 04, 2020

映画:カメラを止めるな!

  
 
カメラを止めるな!
ONE CUT OF THE DEAD
 
 
監督、脚本:上田慎一郎
 
 
     2017年   日本
 
 
映画「カメラを止めるな!」。
この、大ヒットした低予算インディーズ作品については、既にあちこちで存分に語りつくされているところですけれど。

で、幾ら世評の高い映画って言ったって、そこは高評価だけではなしに、否定的な感想も(そりゃ映画ですから)あるワケです。
でも、いろいろ言われる中で、その(ほぼ)全てにおいて共通する意見(こんなの滅多に無いコト)があります。 それは・・・・

この映画は <予備知識をなにも仕入れずに観るべき> ってこと!

ホント、これまでに私が見てきた、この映画に付いてのいろんな感想/評論で、ココだけは一致を見ています。
映画「カメラを止めるな!」の予告編とか、事前に観なくて好い! いいですね? ( ー`дー´)キリッ.

出来得れば、この映画がヒットした/高評価を得たっていう予備知識すら持たない方がイイかも。w
でも、そうすると途中で見限られちゃう(鑑賞を中断されてしまう)キケンがあります(そういう内容の映画なんです (^^ゞ )。w
(事前の知識無しに観るべきと言いつつ、この「問はず語り」に、こんな駄文を書いてしまうのも、そういうワケからです)
ともあれこの映画は、知識ゼロのまんまで鑑賞に臨むこと。 これが一番。 シツコイ (^^ゞ

でもこれ、曲がりなりにも<ゾンビ映画>なんですよね。(笑)
ですから、死体やら殺人やら、更に人体の大胆な損壊 (@_@) とか、血が盛大にドバーッ (>_<) とかもあるんですケド。(^^ゞ

あの、そういう映画はニガ手って仰るアナタ。( σ(^^) もですが)
ここンとこだけは、ガマンして、なんとか乗り越えて下さい。(笑)

映画のラスト迄には必ず、めげずに観続けて好かった~ (^ァ^) ってなりますから。

        ▽▲▽▲▽▲

役者陣と製作スタッフが集い、様々な困難を乗り越えて一つの作品を撮る姿。 そのエネルギーと情熱、つまりはヤル気!
そこからは(低予算で造った分、なお更)純粋な映画愛が伝わって参ります。

映画を観ながら、ゾンビ映画にしちゃ、なんかユルイな。 隙ダラケの演出だな。 なんて想っていたら・・・・
あ~、すべてにワケがあったんですね。 私が舐めてました。(>_<) 参りました。orz 完全に降参です。m(__)m

最初、俺が見始めたのは(血まみれの)ゾンビ映画だった筈・・・・
それが、いつしか笑って、堪らなくワクワクして、そしてウルウル感動している自分が居ます。

新型コロナ過で引きこもる中、まったりと愉しんだゾンビ映画でした。
 
 

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May 03, 2020

映画:男はつらいよ 寅次郎恋歌

 
 
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男はつらいよ 寅次郎恋歌
Tora-san's Love Call
 
 
監督:山田洋次
脚本:山田洋次
   朝間義隆
音楽:山本直純
出演:渥美清     (車寅次郎)
   倍賞千恵子   (さくら)
   森川信     (おいちゃん)
   三崎千恵子   (おばちゃん)
   太宰久雄    (タコ社長)
   前田吟     (博)
   志村喬     (諏訪ひょう一郎 <博の父>)

   池内淳子    (六波羅貴子 <マドンナ>)
 
 
       1971年   松竹
 
 
寅さん八本目。

誰しも、あれこれのしがらみに束縛された窮屈な日常、退屈で替わり映えの無い日々から解き放たれたい・・・・いっそ、逃げ出してしまいたい。
なんて、心のどこかで想っているもの。 ですよね?(^^ゞ

もちろん、そんな望みの実現するハズも無く。
そこは賢く w 踏み止まって、現実のイロイロと折り合いを付けながら暮らしているワケです。

とは言え、もしも叶うなら・・・・



  <<<<<< 以下はネタバレを含みます >>>>>>>



今回のプロローグは、どこか(?)地方の寂れた港街から。

とある雨の日、寅さんが訪れたのは、また随分と草臥れた芝居小屋。(と言うか、地元漁協の施設)
まぁ寅さんも、この雨じゃ商売もままならないでしょうし。

折りしも、ココで芝居を打っていた(但し、この雨で本日休演 (^^ゞ )のは、大衆演劇の坂東鶴八郎一座。
旅から旅へ。 全国あちこちを巡っている旅芝居の一座です。

なんかイイ感じで、座長さんと互いの身の上話しに興じる寅さん。
役者さんたちの、時代掛かった雰囲気がとってもステキでした。(^ァ^)
なにしろ<旅回りの一座>って設定だけで、もう堪んなく旅情を刺激させられますよね。(笑)

そりゃ、旅している当人たちからすれば、日々大変なんでしょうけれど。(^^ゞ
でも、旅暮らしへの憧憬を掻き立てる、秀逸なシーンでした。

そして、このプロローグのイメージ。 後々重要なポイントとなってきます。

        ▽▲▽▲▽▲

旅芝居の一座との出会いで、すっかり里心が付いた寅さん。
そうなれば当然、葛飾柴又の「とらや」へと脚が向かいます。

これまで「とらや」に帰って来る度、必ずトラブルを引き起こして来た寅さん。
そこで、今回こそは寅さんをソフトに迎えたいと、ポンコツな小芝居 (^^ゞ を企む「とらや」の面々でした。
この、ワザとらしい対応に腹を立てた寅さん。
例によってひと悶着が持ち上がります。orz

それにしても皆さん、今回は特に沸点が低いって言うか、感情に火の付くのが早いこと早いこと。(^^ゞ
寅さんと おいちゃん のケンカも、いつにも増してヒートアップ。
寅さんも酷いや。 さくら まで怒らせちゃったよ~。(>_<)
とらや を飛び出してゆく寅さん。
ったく、帰って来て一日と持たないんだから。orz

        ▽▲▽▲▽▲

博に「ハハキトク スグカエレ」チチ」との電報が届きました。
早速、実家のある岡山県・備中高梁へと急ぐ博・さくら夫婦ですが、とうとう間に合いませんでした。

その後、葬儀を済ませて、亡母の想い出話しを始める父(志村喬)と息子たち。

 志村喬「あれは何と言うか、欲望の少ない女だったな」

亡妻(母)は禁欲的で、ひたすら辛抱強く、我を通さないタイプの女性であったと。
また、夫や子供たち為に尽くすばかりの人生だった。 などなど・・・・
父と兄たちの話しを聴いて、その(博から見て、あまりにも)ドライな言葉に激昂する博!

末っ子の博だけは知っていました。
母さんは、父さんや兄さんたちの言うような、決してそんな性格の女性じゃあなかった。
夢見がちな性格で、大きな船に乗って外国を旅してみたかった。 そんな人なんだ。
そして綺麗なドレスを着て、舞踏会で踊って・・・・
そんな夢を(夫にも明かさず)ずっと抑えていた、寂しい一生であったことを。

        ▽▲▽▲▽▲

ところで、葬儀の場でさくらを驚かせた(慌てさせた w )のは、そこに居た寅さんの存在でした。

 倍賞千恵子「何しに来たのよ、こんなところへ?! (@_@) 」

まぁ、博・さくらの結婚式(第一作「男はつらいよ」の時)で、博の両親とは面識が出来ていたものね。

その寅さん。 葬儀を済ませた後も、博の実家にしばらく留まっていました。
え、志村喬が独り住まいで寂しいだろうから、居てやってるって? 寅さん調子好過ぎ。(笑)

一方、志村喬の方も、屈託無く、およそ遠慮と言うものを知らない寅さんのことが、余程気に入ったと見えます。

一つ屋根の下で寝食を共にする内、やがて、碩学の老学者・志村喬から人生について諭される寅さん。
旅の暮らしは愉しいか? と訊ねられ、また、人間は絶対に一人では生きていけないと教え導かれます。

 志村喬「本当の人間の生活とは・・・・」

なにしろ、こういうことに滅法染まり易く出来ている寅さんです。(笑)
すっかり志村喬の言葉(と、庭に咲く竜胆の花)に感化されちゃって。w

        ▽▲▽▲▽▲

「とらや」へと戻った博・さくら夫婦。
最近「とらや」の近所に開店したという喫茶店「ローク」のママ(池内淳子)が挨拶に来ています。(もちろん、今作のマドンナです (^ァ^) )

年の頃なら三十凸凹。 夫と死別して母一人子一人。 控えめな物腰。 そしてイ~イ女。(^ァ^)
寅さんがこの場に居ないでくれてヨカッタ。(^ァ^) と安堵する「とらや」の面々。

なんて想っているところへ、ふらり帰って来た寅さんでした。(やっぱり (^^ゞ )
それにしても、寅さんと池内淳子ってのは、年恰好と言い、その境遇と言い、これはもう、傍目にもお似合いの・・・・(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

さて、「とらや」の面々を前にして、さっそく志村喬の教えを開陳する寅さん。
でも、なかなか理解はされません。orz
そりゃそうですよね。
なにしろ、志村喬の提唱する「本当の人間の生活」って、他ならぬ おいちゃん・おばちゃん たちの暮らし方そのものなんですから。
寅さんのご高説も、「とらや」の面々からすれば極々当たり前のことに過ぎません。(^^ゞ

ともあれ、これまでの漂泊の暮らしから定住へと、生き方を切り替えようと決意した寅さんでした。

        ▽▲▽▲▽▲

その内に、とうとう喫茶「ローク」のママ(池内淳子)と出会ってしまう寅さん。(^^ゞ(まぁ、狭い街ですし)
偶々遊んでやった「デコ坊」が、池内淳子の息子と判って意気投合です。

気さくで、ユーモアがあって、そして偶に見せる男気。
なにより小学生の息子を導く、好き父親役となってくれます。
今や、すっかり寅さんを頼りにしている池内淳子。

アレ?! なんか、これまでにないイイ雰囲気なんですけれど。
これはひょっとして、今回こそは・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

でも聴いてしまったです、寅さんは。
女一人、喫茶「ローク」を切り回し、子育ても頑張っている池内淳子が、心中密かに抱えている本音を。

 池内淳子「あー、羨ましいわ。 私もそんな(寅さんみたいな)旅がしたいなぁ」

このキビシイ日常から解き放たれたい。 なにもかも捨てて、旅に出てみたい。
池内淳子もまた、寅さんのような旅暮らしに憧れていました。
若い頃など、旅役者を夢見たこともあると言います。

志村喬に諭され、一つ処に居を定めること。 定住者となることを目標にした寅さん。
そして、それとは対象的に、旅暮らしに憧れているマドンナ。

二人の想うところは対象的でした。

独りその場を立ち去る寅さん。
でも、今回はふられなかったんだね。

        ▽▲▽▲▽▲

マドンナの家を辞去して、「とらや」へと帰ってきた寅さん。
もはや、ここにも寅さんの居所はありません。

「また、ふられちゃったよ」と、さくら に(笑って)告げる寅さんです。

旅から旅の兄ちゃんの暮らし。
こんなのを羨ましいって想うこと、あるかい?

 さくら「あるわ。 一度はお兄ちゃんと交替して、あたしのことを心配させてやりたいわ」

これまで漂泊者であった自分を反省し、一旦は定住を夢見た寅さんですが。
しかし意外にも、定住している側の中に、寅さんのような漂泊の生き方に、心密かに憧れている者が(それも、あちこちに)居たとは・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

さて、いろいろとあったようですけれど、やはり寅さんには旅の空が似合います。

エピローグでは、旅回りの一座とのマサカの再会。
これが、とっても好かった。(^ァ^)

なんとも気持ち好く、そして味わい深いラストです。
 
 

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May 01, 2020

映画:網走番外地

 
 
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網走番外地
Prison Walls of Abashiri
 
 
監督、脚本:石井輝男
出演:高倉健   橘  (傷害前科二犯)
   南原宏治  権田 (強盗強姦殺人未遂)
   嵐寛寿郎  阿久田(伝説の侠客・鬼寅)
   田中邦衛  大槻 (前科十三犯)
 
   丹波哲郎  妻木 (保護司)
 
 
       1965年   日本・東映
 
 
昔々、私がオートバイにハマっていた頃のこと。(また古~いお話ですが (^^ゞ )
北海道(ライダーにとって憧れの地!)へと、ツーリングに出掛けた事がありまして。
途方もなく広い大地、どこまでもまっすぐに延びる道を、無我夢中で走り廻ったモンです。(^ァ^)

時間の限られた旅先ってことで、そうあちこち、くまなく走り回ったというワケでもないんですけれど。 ともあれその道中で、私は網走の辺りを通過しています。

で、網走って言えば、誰しも「網走刑務所」とか「網走番外地」ってワードが(当時、映画は未見でしたけれど)閃きますよね。(笑)

旅先まで持参した北海道の観光ガイドブックを見ていると、かの有名な「網走刑務所」も、今は観光地化されていて、どうやら見学の一つも出来そうな様子じゃありませんか。(^ァ^)

 寄ってみようかな?

なんて、一瞬想いはしたんですけれど、でも結局、脚を延ばすことはありませんでした。
なにせ、他にも見たい土地/走っておきたい道が、あまりにも沢山ありましたので。

近くまで来ておきながら、とうとう訪れることのなかった土地。
それが、私にとっての網走というところ。

で、今頃になって初めて観てみる映画「網走番外地」です。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、健さんの出世作の一つ「網走番外地」。
昭和四十年のモノクロ作品です。

※1 厳冬の北海道、網走。
この地にあって、刑に服する犯罪者たちを収監するのが、泣く子も黙る網走刑務所です。

ある日、ここへ護送されて来た一群の新人(?)受刑者たち。
いずれもコワモテの男たちですけれど、皆虚勢を張っており、一抹の不安を拭い切れない様子。
そして、その中に健さんも。

刑務所で彼ら新人受刑者を待っていたのは、先に刑に服している(つまり、彼らから見て)先輩格にあたる、怖~い (^^ゞ 古参受刑者らでした。

囚人同士が交わす、なんともラフな挨拶(!)。
新人と先輩それぞれが、これまで娑婆で犯して来た、互いの犯罪歴を披露し合います。
このあたり、精一杯に見栄を張った囚人たちを演じる(いずれ劣らぬ芸達者の)東映男優陣の演技が愉しい(?!)です。

昼の間は、激しい労働に従事させられる囚人ら。
大雪の中、隊列を組んで網走の森林に分け入り、樹木の伐採/運搬に取り組むというハードな作業です。 モノクロの映像がホントに見事です。
 
 
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※2 さて、刑務所内では、この連中が忌み嫌う行為・・・・規律正しい行動ってモノが求められます。(^^ゞ
そして、それに真っ向から歯向かったのは・・・・健さんでした。

ところで、この映画での健さんは、決して寡黙を通す男ではありません。(まぁ他の者に比べ、無口ではありますけれど)
なにしろ、侠気を示すことに対してやたら積極的であり、ナメられたとみれば(簡単に)激昂するし。
その一方で、いきなり唄い・踊り出して、一座を盛り上げたりもします。w
もちろん、弱者/困った者が居ればそれを助け、受けた恩には感謝を惜しまない。(この辺は、従来の健さんイメージと同様)

さて、囚人たちに共通しているのは<隙あらば看守に反抗してやる!>というアナーキーな姿勢です。
中でも、皆が(健さんを中心に)突然、唄い・踊って盛り上がるシーン(東映男優陣の芸達者ぶり!)における生命感の横溢!!(^ァ^)
その愉しさと来たら無類でした!

        ▽▲▽▲▽▲

※3 以前から健さんの保護司を務めており、不幸な運命の彼の為、親身になって奔走する丹波哲郎(なかなかのイケメンぶりでした (^ァ^) )。
あと少し我慢すれば、お前にも仮釈放の許可が下りるゾ。 と、獄中で苦労する健さんを励まします。
そんな中、囚人たちの間に、脱走計画が持ち上がりました。

 俺たちと一緒に脱走しねぇか?(^ァ^)

なんて(いつに無く親しげに)誘われたって、囚人生活も既にゴールの見え始めている健さんです。
ハナから相手にしないワケですけれど。

しかし、そんな健さんの下に(これまで苦労ばかり掛けて来た)母親の病状が悪化したとの知らせが・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

映画はこの後、雪中脱走のスペクタクル・シーンが控えています。(^ァ^)

スクリーンに映し出される、白と黒のみで捉えた雪山・雪原の見事さ/壮麗さ。
その中を、手錠でつながれた男二人が助け合い、必死に、ヨレヨレになって歩む姿。
その綺麗なことと言ったら! モノクロは素敵だって、改めて想わされました。(^ァ^)

ここで、健さんにとって最悪のパートナー(笑)となる南原宏治がヨカッタ。
凶悪さ、下品さにユーモアを併せ持った、奥深い男優さんです。(^ァ^)

高倉健主演の大ヒット作品。 昭和四十年公開の「網走番外地」でした。
 
 

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April 29, 2020

映画:ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃



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ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃
All Monsters Attack
 
 
監督:本多猪四郎
脚本:関沢新一
音楽:宮内國郎  主題歌「怪獣マーチ」
出演:矢崎知紀(小学生の一郎君)
   佐原健二(父 国鉄マン)
   中真千子(母 料亭の仲居さん)
   天本英世(同じ団地に住むおじさん)
 
 
      1969年   日本・東宝
 
 
ゴジラシリーズの十作目は「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」。

なんか、イロイロくっつけてみました (^ァ^) 的な、でもその結果、ちょっと野暮なタイトルになっちまってるんですが。(^^ゞ (英題の方はシンプルなのにね)

ともあれこの映画、シリーズ中でも特にユニークな、本多猪四郎監督ならではの一本でした。

        ▽▲▽▲▽▲

お話しの舞台は、昭和四十四年の川崎。
我が国も、いよいよ高度経済成長期へと突入しようかってあたり。

仕事に追われる大人たち。 日々大忙しです。(@_@)
両親が共働きの団地住まい。 子供が学校から帰っても家には誰も居らず、独り親の帰りを待つ、なんてライフスタイルも登場。 いわゆる<鍵っ子>ですね。

一方、子供たちは・・・・元気一杯でした。(^ァ^)
この当時(既に、道路はクルマで溢れかえっているものの)子供らの遊び場(空き地/原っぱ/廃墟)には事欠きませんでした。

スマホ/ケータイ、ゲーム機もネットも未だ現れてはいないけれど、でも子供が道端で拾ったガラクタの真空管が宝物に成り得た、そんな時代です。(^ァ^)

映画を観ているコッチ(昭和生まれのおっさん σ(^^) )は、懐かしい昭和の風景に、激しく郷愁を掻き立てられました。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

※ 一郎君は、怪獣が大好きな小学生。(^ァ^)
団地住まいで両親共働きの、典型的な鍵っ子でした。

団地の同じフロアには、子供好きの おじさん(天本英世)が住んでいます。
日がな団地の一室に閉じこもって、次々に新しい玩具を考案する「玩具コンサルタント」をやって暮らしている様子。

天本英世おじさんの部屋は(子供の好奇心を刺激しまくる)不思議なモノ(開発中の玩具)で一杯!
普通(!)の大人たちの眼から見れば、変わり者かもしれませんけれど、一郎君にとってはオモシロクって優しいおじさんです。
不在がちの両親に替わって、一郎君の相手になってくれ、親の帰りが遅い日など、晩ご飯の支度までしてくれるんです。

おっと! 天本英世おじさんの部屋では、今まさにゲーム機の原型の原型にあたるナニモノか(?)が創られようとしているじゃありませんか?! (@_@)
でも、それって時代を先取りし過ぎじゃあ?(笑)(天本おじさん、生まれるのが早過ぎた天才って奴でしょうか? (^^ゞ )

さて、気弱な性格(それこそ、お父さんが心配するくらい)の一郎君。
原っぱを遊び場にする男の子たちのグループに、なかなか加わることが出来ません。
それどころか、道端で一郎君が拾った真空管を(男の子たちに、強引に)取り上げられてしまうことも。orz

イジメられっ子の一郎君。
グループのガキ大将格・三公のことを(心中で勝手に w )「ガバラ」と名付けていました。
怪獣みたいな名前を与えるあたり、流石は熱心な怪獣ファン。(笑)

まぁ、イジメって言ったって、ここに登場するのは、決して陰湿なソレではないようですけれど。
この年頃の少年たち同士の、幾分(ラフな)荒っぽいふるまいってところ。
この子ら、なにより一緒になって遊びたいんです。(^ァ^)

ある日、一郎君たちの住む街に、二人組みの銀行強盗が(大金を収めたボストンバッグと共に)逃げ込んで来ます。
警察の追跡を逃れる二人の潜んだ廃墟。 そこは一郎君の秘密の遊び場でもあったのですが・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

映画序盤は、昭和の男の子の日常を描いたドラマでしたけれど、では、ゴジラたち怪獣は、一体いつ出てくるのかと言うと・・・・遊び疲れて居眠りする、一郎君の夢の中に現れました。w

この映画、ゴジラシリーズの他の映画とは違って、そもそも怪獣なんてモノの存在しない、あくまで現実世界のお話しなんです。(^ァ^)

一郎君は、夢の中で怪獣島(!)を訪れます。
島には数々の怪獣たちが棲んでいました。
(この辺り、どっかで見た覚えが。 過去の怪獣映画の映像の使い廻しでしょうね。 (^^ゞ )
中でも、ミニラとはすっかり仲良しになります。(^ァ^)

なにしろミニラは一郎君と同じ背丈(!)で、しかも会話(!!)が成立します。w
一郎君にとってのミニラ。 どうやら、一種のイマジナリーフレンドとしての役割を果たしているようですね。

        ▽▲▽▲▽▲

怪獣島には、乱暴なイジメっ子怪獣のガバラが棲んで居て、ミニラを見つけるや即攻撃して来ます。
逃げ回ってばかりのミニラ。orz

これって、現実世界のガキ大将のガバラが、一郎君の夢の中で、怪獣の姿となって現れた格好ですね。

映画は、一郎君の夢に現れる、怪獣島に棲むミニラとガバラ(怪獣)。
そして、現実世界の一郎君とガバラ(ガキ大将)とを、交互に描いてゆきます。

        ▽▲▽▲▽▲

小さく非力なミニラ。
所詮、体力に勝るガバラの敵ではなく、簡単に一蹴されてしまいます。orz

が、ミニラは(現実世界の一郎君と比べて、ずっと)ガッツのある奴でした。
果敢にガバラ(怪獣)に反撃を試みるミニラ。
それを励ます一郎君。

 「頑張れ、ミニラ!」

コレ、無論のこと、一郎君が自分自身に向けて叫んでいるメッセージでもあるワケです。

怖いお父さん・ゴジラの教育方針(怪獣の世界もキビシイ (^^ゞ )もあって、やられても、やられても、なおガバラに戦いを挑むミニラ。

そして、ついに・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

翻って現実パートでは、廃墟に潜んだ二人組みの銀行強盗と、一郎君との追い掛けっこが繰り広げられます。

ミニラがやったんなら僕だって。
夢の中で、ミニラがガバラ(怪獣)に放射熱線を浴びせたのに倣い、銀行強盗たちに一泡吹かせる一郎君。 好いゾ!(^ァ^)

そして、その翌日。
再び、男の子たちのグループと対峙する一郎君。
勇気をふり絞って、ガバラ(ガキ大将)に反撃です!

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、従来のゴジラシリーズとは異なる、少年の小さな成長を描いたドラマでした。
出て来る怪獣たちは、全て一郎君の夢の中に現れるものばかり。
ですから、ゴジラシリーズ中でも唯一、SF要素ゼロという(いわば)小品です。

つまり、この映画「ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃」って、実は(フツーの意味の)怪獣映画じゃあない。(笑)

それにしても、ガバラ(怪獣)ってのはアレだな・・・・「ウルトラマン」とかに出て来そうな(あっちの世界から出張して来たかのような)デザイン。w
これまでのゴジラシリーズの怪獣たちとは、異なる生態系に属する生き物っぽいです。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

鍵っ子の一郎君ですけれど、決して周囲の大人達が子供に無関心ってワケじゃありませんでした。
日々、子供の健やかな成長を願う母親。
気弱な息子を案じる父親。
そして好き隣人、天本英世おじさん。w

また、主人公をイジメる男の子たちも、特段陰湿ってワケでもないですね。
一郎君が、夢の中での(イマジナリーフレンドの)ミニラの勇気に刺激されて、ガバラ(ガキ大将)と一戦交わした後・・・・あれから、どうやら一郎君もワルガキ軍団に(無事 w )加盟したっぽいしね。(爆)

ラストは、ちょっと感動させられます。(^ァ^)

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この映画、こういうユニークな構成ゆえ、賛否が分かれるらしいですけれど、私は好きだな。

昭和の怪獣映画として見ても(あまりに)トホホなアクション。(^^ゞ
なにより、少年とミニラが言葉を交わす(!)演出には賛否両論らしいですね。

特撮ファンの間では、必ずしも評判が好くは無いようですけれど。
でも、アクションがしょぼくたって、ミニラが喋ったって、ガバラ(怪獣)が幾らブサイクだって、別にイイんだよ。
小学生の男の子の見る夢の中のことなんだしサ。(^ァ^)

数多あるゴジラシリーズ中に、こんなのがひとつあっても好い。
少年の成長を描いたドラマとして、これは良作/佳作と想うな。
  
  

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