November 27, 2018

映画:X-メン

 
  
X-メン
X-Men
 
 
監督:ブライアン・シンガー
出演:ヒュー・ジャックマン   (ウルヴァリン)
   パトリック・スチュワート (プロフェッサーX)
   アンナ・パキン      (ローグ)
   イアン・マッケラン    (マグニートー)
 
 
     2000年    米国
  
   
Xmen_1
 
 
みんな大好きX-Men! (^ァ^)
これはその、2000年になって造られた実写映画版です。

原作の方の「X-Men」。 1963年から出版され続けているアメコミについては私、子供の頃から、その存在だけは知っていました。

当時、熱心なSFファン(未だ少数派と言える時代の事です)であった父が定期購読していた「SFマガジン」誌上で、度々アメコミヒーロー特集みたいな企画がありまして、その中でこのX-Menも紹介されていたんです。

大の大人がアメリカの漫画(!)を収集して、原文(英語)のまま愛読/研究し、そしてそれが、日本のSF専門誌で紹介される。 そんな状況。

豊富な英語リテラシーと、アメリカのサブカルチャーを分析するインテリジェンスを兼ね備えた趣味人(今風に言えば、アメコミオタクってところですね (^^ゞ )の世界ってものの存在を意識させられて、子供心に、大いに興味を掻き立てられたモンです。

中でも、X-Menの一員サイクロップスの、目から光線を放つ図が鮮烈に印象に残っています。
水中眼鏡みたいに(^ァ^)ゴツいゴーグルから、凄ぇ破壊光線を放っているカット。 その圧倒的なパワー感/豪快さが、もうアメリカそのものって印象でね。(笑)

とはいえ、その後「X-Men」が日本のマンガ雑誌に転載されたり、ましてアニメ化されたりすることは遂に無く。 私とX-Menとの関わりはそれ切りでした。
 
 
Xmen
  
※ こちらはアメコミ版(映画ではなく)「X-Men」のカット。 センターの一番ヤバそうなのがウルヴァリンさん、目からビームがサイクロップス先輩
 
 
Cyclops

※ これも先輩(違)の勇姿 
 
        ▽▲▽▲▽▲

アメコミヒーローとして長年頑張って来たX-Men。
それが、2000年になって遂に実写映画化!
本作が造られた後も(現在に至るまで依然)アメコミ版・映画版共々シリーズは継続しているわけですから、実に息の長いヒーロー達と言うことになりますね。
素ン晴らしい。(^ァ^)

今回、遅れ馳せながら(今頃になって (^^ゞ )実写映画版の方の「X-Men」を鑑賞してみた私。
子供の頃に抱いたX-Menへの好奇心。 それがここへ来て漸く満たされることになったワケです。
これまた、とても気の長い話しと言う他ありません。(笑)

そんな実写の「X-Men」(相変わらずアメコミ原作の方は未読のままの私ですけれど)、とても面白かったです。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

X-Men。 突然変異によって、常人には持ち得ない(ヤバイくらいの (^^ゞ )能力を得てしまったミュータント達の集団 。
歴代の構成メンバーはかなりの人数に上り、度々メンバーチェンジもなされているようですけれど、本作ではウルヴァリン(ヒュー・ジャックマン)を主人公に据えたところが実に好かった。
経歴不詳の一匹狼にして百戦錬磨のファイター。 人間社会はおろか、X-Menの中にあってさえ周囲と馴染む事の出来ない漂白のミュータントです。

序盤のクラ~い展開と雪景色が、この孤独なミュータントの心象風景を窺うかのようで印象的です。
あまりにも不本意な超能力を得てしまった薄倖のミュータント少女(アンナ・パキン)との絆も好い。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、チビ助の頃の私がスゲ~気になっていたキャラ、サイクロップス。
この男、ウルヴァリンと同じチームに居ながら、彼とはことごとく反目し合う中だったんだね。
でも、今回の映画ではウルヴァリンが主人公と言う事もあり、ドラマ的にあまり見るべきトコロがなく、アクションシーンの他ではあんまり印象に残らなかったですねぇ。(^^ゞ

って言うか、この実写版サイクロップス。 グラサン(これは彼の設定上不可欠なもの)掛けて突っ立ってる姿が、なんかマヌケっぽいんですが。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、あまりイイ関係には見えないX-Men達よりも、敵役であるマグニートー一味(ブラザーフッド・オブ・イビル・ミュータンツ と言うらしいですね)の方が魅力的に映ってるよなぁ(笑)。

とりわけ、リーダーであるマグニートーの悲惨な出自とか、ミュータント迫害を企てる政治家への仕打ちとかには、「盗人にも三分の理」的なものを感じてしまいます。

正義のX-Menと悪のマグニートー一味と、どちらも己の超能力に振り回されて生きるしかないミュータントであって、その本質はさほど変わらぬ、気の毒な運命を背負った者たちです。

この他、X-Menの指導者・プロフェッサーX(パトリック・スチュワート)と、悪の首魁・マグニートー(イアン・マッケラン)のジジイ同士の因縁、示唆させられる人生の陰影が特に素晴らしい。 冒頭からラストまで絡み合い、そしてその先まで引っ張ります。
 
        ▽▲▽▲▽▲

そうして遂に突入するクライマックス、「自由の女神」の胎内バトルは、ハリウッド超大作の割に今ひとつこじんまりとした印象・・・・イヤイヤこれぐらいが丁度好いかナって気がします。(笑)

因みにX-Menの皆さんって、戦闘用コスチュームが地味過ぎ & クラ過ぎ。 っていうか、どう見ても動き難そう & 着心地悪そうなんですが。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

アメコミ的らしく、派手なドンパチの始まる大味なドラマ(はい、我ながら偏見でしかありません orz)かと予想していたら、それどころかとても細やかな心理描写、演出と映像、そして小気味好いアクションで実写「X-Men」の一作目としてとても優れた映画。 たいへん結構な逸品でした。
 
 

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October 19, 2018

映画:テッド

 
 
テッド
Ted
 
 
監督 ・ 脚本 ・ 出演(テッド):セス・マクファーレン
出演:マーク・ウォールバーグ (ジョン・ベネット)
 
 
    2012年  米国
 
   
Ted_50
 
 
本人のアタマの中にだけ存在する、想像上の友だち。
心理学/精神医学上の現象で「イマジナリーフレンド」って呼ぶそうですね。
実在しない故、直接言葉を交わしたり、一緒に遊んだりは叶わないものの、心の中の彼または彼女は(脳内で)どんな話しでも聴いてくれ、そして意見を返してくれるわけです。

幼い頃、ままみられる現象らしいですね。
ナイーブな子供のハートに穿たれてしまった傷、心の欠損を埋めるための自衛作用として生まれ出でるのが「イマジナリーフレンド」ってコトなんでしょうか?

実はオレにも居たりして(小っちゃい頃)ね?(笑)
大人になって、忘れちゃってるだけかも。
とか、いろいろ考えるワケです。

        ▽▲▽▲▽▲

この映画「テッド」もその類かと想って観てみたら、そうではなかった。


※ 友達の居ないジョン坊やの唯一の遊び相手は、クリスマスプレゼントに貰ったぬいぐるみのテディベアでした。
ある朝、奇跡が起こります。
少年の祈りが通じ、テディベアに命が吹き込まれたんです!
ボク、もう寂しくなんかないよ!


自由気侭に動いて、その上お喋りまでするぬいぐるみ。
これ、すべて空想の世界ではなしに、実際に起きたことなんだって!
なんかもう、ものスゴイ無理矢理な設定ですけれど、とにかくそういうお話し。(笑)

さて、このままならば心温まるイイお話し。 素敵な童話/おとぎ話ですけれど。
でも、そのまんま歳月が経過したとしたら・・・・
それも、この無理くり設定のまんま。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

あれから二十七年。
馬齢を重ね、今ではりっぱなオジサンとなっている主人公。
未だ少年の心を持ち続けている彼ですけれど、そこはオトナの男性。 イケないことのあれこれ(お酒とか、エロイこととか、お薬とか)も、しっかり覚えちゃってるわけです。

まぁ、もうイイおっさんですからね。
一方、ぬいぐるみは歳を取らない・・・・ってワケにもいかず、外見はテディベアのまま、中身は、こちらも(かなり困ったちゃんの)おっさんと化していました。

子供の頃のまんま、二人して(時には、仕事そっちのけで)遊びまくるワケです。
更に(二人が潜り抜けてきた)80年代文化、サブカル関係にどっぷりハマり込んで、そこから一歩も抜け出せないで居る。

因みにテッド、どんなにおいたをしようが、お下品な振る舞いに走っても、外見はあくまでテディベアのまんまです。
見た目はカワイイぬいぐるみで、だけど中身は(悪いこと(笑)ばっかり考えてる)オジサン。
その倒錯した可笑しさが、もう溜まりません。(^ァ^)

この映画で監督・脚本そして主演(テッド役)まで努めたセス・マクファーレン。
その豊かな才能に驚かされると共に、若い頃親しんだであろう文化にどっぷりとハマったまま、そこから抜け出せないでいる様子に、ある意味共感を覚えました。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

主人公らが多感な思春期を過ごした、80年代ネタを中心としたギャグ(それも想いっ切りクッダラナイやつ (^^ゞ)の波状攻撃。
中には、私にも判るものもありますけれど、一方で、よく判らないネタもありで、そういうのは(やっぱり)ちと悔しいです。(^^ゞ

判った方のネタの代表が、1980年の映画「フラッシュゴードン」。
実は私も昔、五反田の名画座で見たことがあります。 懐かし~。
あの映画は、ウン、滅っ茶愉しかった。(笑)
また観たくなっちゃいましたね。 クイーンの音楽もサイコーだったし。
 
 

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September 29, 2018

映画:必殺! THE HISSATSU

 
 
必殺! THE HISSATSU
 
 
Photo
 
 
 監督:貞永方久
 脚本:野上龍雄、吉田剛
 製作:山内久司、櫻井洋三、野村芳樹
 出演:藤田まこと
    三田村邦彦
    鮎川いずみ
    ひかる一平
    中条きよし
    山田五十鈴

    片岡孝夫
    芦屋雁之助
    研ナオコ

    中井貴恵
    中田浩二

    菅井きん
    白木万理
 
 
        1984年    日本・松竹
 
 
ご存知「必殺シリーズ」の映画版です。 尺も堂々の二時間超!

1972年にスタートした、この「必殺シリーズ」。
その製作は、京都映画撮影所でした。

低迷していた当時の日本映画界。
時代劇もおしなべて勢いを失い、京都太秦の映画人(東映・大映・そして松竹などの)たちも(それまで電気紙芝居と呼び軽んじていた)テレビの世界に、もはや活路を求めるしかなかったようです。

そんな状況の中から生まれた京都映画撮影所の「必殺シリーズ」は、しかし(ご存知の通り)目出度くヒット & 長寿シリーズに成長!
テレビの放送開始から十数年を越え、話数も六百回を数えて、遂に映画版の「必殺」が造られるまでになります。
この時の彼ら、テレビから映画へと返り咲いた製作陣(つまり元映画人)たちのキモチ、果たして如何ばかりだったでしょう?

        ▽▲▽▲▽▲

「必殺シリーズ」。 当時テレビで放送していたのは「必殺仕事人IV」でした。
子供の頃、テレビで時々眼にした「必殺」って、ちっとも好いと想わなかったんですけれどね。 でも今、こうして映画版を見てみると、もの凄くイイです。 ホント素晴らしい。

とりわけ映画の序盤~中盤、仕事人たちが依頼人の真意を試し、敵の存在を意識する辺りの演出。
光と影のコントラストの表現がこんなにもハイレベル/芸術性豊かであったとは。 子供の頃に見た時とか、ちっとも判らなかったなぁ。

ここで優れたアート感覚/職人芸を見せてくれる映画の製作スタッフ。 江戸の街々、時代劇の世界を造り上げる、時代劇のプロたち。

私はこれまで、映画を見る際など、監督の他には撮影担当者の名前くらいしか気に止めませんでしたけれど、今では照明とか美術とか、その他の各担当者にも関心を持つようになりました。 ホント、素晴らしい仕事をしてくれています。

それでいて、ストーリーの方は(お話しも後ろにゆくほど)トンデモ展開をみせます。 あーんなことや、こーんなことが起きて、やっぱ「必殺」ってこんなモンだったよなぁって激しくナットク(?!)させられます。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

スチャラカ同心で家ではダメ亭主、その裏では仕事人と、二つの顔を使い分ける円熟の 藤田まこと。
イケメン枠・三田村邦彦 は、折角の勝負服がイマイチなんですけど。(笑) 忍者なみの身体能力が、いくらなんでもチート過ぎ。(笑)
もうひとり、男の色気枠(?)の中条きよし もハマリ役ですね。
女優では 研ナオコ がお若い! と言うかカワイイ。
そして峰不二子枠(!?)の 中井貴恵 の存在が、お話しをオモシロくしていますね。
あと、大物ゲスト(!)の 片岡孝夫 が超カッコイイです。
菅井きん、白木万理 の嫁姑コンビに付いては言わずもがな。

        ▽▲▽▲▽▲

「必殺シリーズ」ってクライマックス前の、道行のシーンが粋でカッコ好いんですよね。
窮地に立たされ、いよいよ決戦に立ち上がるまでの、仕事人たちの葛藤。 ボヤくおじさん、藤田まこと。
皆、なんだかんだで情に篤いんだからぁ。(笑)

その後にクライマックス。 殺しのシーンが控えているワケですけれど、私にとっては、あんまり面白くなかったですねえ。
映画版ってことで、かなり頑張って造り込んでくれているんです(つまり長過ぎ & 凝り過ぎ (笑) )けれど、この辺はテレビ並みに、サラッと済ませてくれて好かったのに。

ともあれ人気コンテンツ「必殺シリーズ」十数年の精華を堪能しました。
 
 

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September 22, 2018

映画:永遠の0

 
 
永遠の0
THE ETERNAL ZERO
 
 
 監督:山崎貴
 原作:百田尚樹
 出演:岡田准一
    井上真央
    新井浩文
    濱田岳
    染谷将太

    三浦春馬
    吹石一恵
    風吹ジュン
    夏八木勲

    平幹二朗
    橋爪功
    山本學
    田中泯
 
 
        2013年   日本・東宝
 
 
原作小説が売れたとなると、その映画化作品だって応分のヒットが見込めますよね。
そこで製作にあたっては、充分な予算を注ぎ込めるというもの。
潤沢なバジェットの下、映画造りに臨める。
それって映画の製作陣にとって、またファンから見ても、全くもって歓迎すべきことです。

この「永遠の0」もまた、そのパターンを辿っているのかなって想って、調べたら総制作費十八億円ですってスゲェ!
でも、これって邦画としてどれ程の額なのか・・・・私には好くワカリマセ~ン。(^^ゞ
そうは言ってもこの映画、造る側の意欲/創意に満ち満ちた、実に中身の濃い作品と感じました。

        ▽▲▽▲▽▲

ともかくこの映画、ストーリーとは別に(笑)太平洋戦争の時代を描いた再現映像として、もう素ン晴らしく出来が好いんです。

おそらくは、時代考証・軍事研究(ミリオタ)・往時の航空機好き(ヒコーキオタ)などなど。 こだわりスタッフが結集して、細部まで凝りに凝りまくった映画なんではないか、なんて私は勝手に妄想を逞しくしちゃってます。(笑)

CGを駆使して実現した映像の見事さは、とにかく圧巻でした。
なにせ戦争映画/ヒコーキ映画って、CGの発達をもっとも享受できる分野ですからね。
ホント、隅から隅まで精緻に造り込んである。
これが兵器と言うことはよく判っています。 が、見る者が強く引き付けられてしまう、タマラナイ魅力がそこにはあります。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 戦後60年。 祖母の他界を切っ掛けに、祖父の戦死の顛末を調べようと、かつての戦友たちに祖父の戦いぶりを聴いて廻る姉弟。 やがて、意外な真実に突き当たるのですが・・・・

戦後パートの主人公姉弟が、かつて零戦に乗った元パイロットたちの下を、次々に訪問して廻ります。
平幹二朗、田中泯、山本學、そして橋爪功。
彼らの演技/面構えが、いずれも見事でした。
戦争中共に戦った彼らも、戦後六十年を経て、今では立場も違えば、身の処し方も大きく異なります。
しかし、そんな彼らが等しく抱いているのは、かつて零戦を駆って戦ったという誇り/気概でした。 戦争によって大きく揺り動かされた、それぞれの人生に想いを馳せさせられます。

中でも、病床の橋爪功が昔語りを始めるシーン。
病身をおして身を乗り出し、零戦について熱く語り始める。 そこから太平洋戦争開戦前夜のシーン(戦前~戦時パート)へと映像が切り替わる演出の巧みさ。

悠然と飛翔する零式艦上戦闘機。 大空にしなやかな曲線を描きつつ、空母着艦のアプローチに入ります。
次々と、飛行甲板に舞い降りるのは、いずれ劣らぬ海軍の精鋭たちなれど、未だどこかのんびりとした空気感が漂っていまして、これは平時の姿と言う事が判ります。

この空母「赤城」が画面に映ったところで、ワタクシのハートは完全にノックアウトされちまいました。(笑)

大日本帝国海軍、航空母艦「赤城」。
人間、どんなに見たくとも絶対に叶わぬはず(と想い込んでいた)のものが、突如として目の前に現れると、ホント言葉を失いますね。
CGによって造り込まれた画像ってのは重々承知の上で、しかしCG赤城があんまりリアルなものだから。 ワタクシきっと、あんぐり開けたまんまの口が、しばらくは閉じられなかった筈です。(笑)

そんな赤城はしかし(あり得ないくらい、真に迫って見えるのと同時に)なんかこう、儚くも感じられるんです。
この後、南海に沈む定めと知っているからでしょうか。
でも、当時の日本は、この赤城(をはじめとする艦艇)に(文字通り)国運を賭けていたんですね。
こんなにもあえかなフネに・・・・
 
 
2_2
 
 
そして後半、戦いの中で精神的に病んでしまった主人公が、いよいよ特攻に出ると決まって後、つかの間訪れた静謐な時間。
祖国の山々を仰ぎ、そして清流のせせらぎに耳を澄ます主人公。 こういう描写は本当に素晴らしい。

敗戦後、残された妻子の辿った労苦。 そして彼女らを救済すべく奔走する男(戦死した主人公が、かつて育てた元パイロット)。
終戦直後パートのメロドラマ部分も好かったです。
お芝居として、決して巧みとは言えないけれど、情景(終戦直後の大阪の混乱ぶり)の作り込みや演出が素晴らしく、素直に泣けました。

        ▽▲▽▲▽▲

これほど素晴らしい映画なんですけれど、でも終盤の演出に関しては、疑問符の捨て切れない私です。
ラストに至って、(戦後パートの)主人公の前に幻想の零戦が登場! そして、これまでの登場人物が入れ替わり立ち代り現れて、主人公に捧げるコメントを開陳するわけですけれど、この演出、私はまったく不要と想いました。

ここまで見せておいて、最後がこれかよって。orz
以前、ネット動画(バラエティ番組)で見掛けた原作者の、その饒舌ぶりとイメージが重なって来ます。

最後の、主人公の表情アップも要らないでしょう。
というか、特攻機の搭乗員の顔を覗き込むようなカメラワークには、不遜とさえ感じました。

(現代パートの)主人公一家が揃って、特攻で散った宮部久蔵に想いを馳せる。
書斎で子や孫に(これだけは話しておかなければならない)昔語りを済ませ、それぞれを家に返した後、縁側に独りたたずむ老人の姿・・・・そこで静かに終わる方が好かったんじゃあないかって、そう想います。

好い映画なんだけれど、ラストについては評価したくありません。
 
 

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September 08, 2018

映画:ロボコップ

 
 
ロボコップ (1987年版)
RoboCop
 
 
  監督:ポール・バーホーベン
  出演:ピーター・ウェラー
 
 
        1987年   米国
   
 
Photo
 
 
いわずと知れた1987年版の初代「ロボコップ」。 この夏(DVDですけれど)久々の再会を果たしました。
このテの映画って、その昔、夏休みなんかに<お楽しみ映画特集>みたいな形でテレビに掛かってたのをよく観た気がします。
 
ロボコップと言えばこの1987年版を皮切りに、その後二作目、三作目とシリーズ化され、そして2014年にはリメイクまで成された人気コンテンツですね。

この一作目は劇場公開当時(1987年)大きな話題となったものの、私は観逃してしまっています。
確か、日本が十八番とする特撮ヒーローもの(子ども向けの、チープなテレビ番組とかの)も、ハリウッドが本気を出して造ればここまで凄いことに・・・・みたいな紹介のされ方をされていましたっけ。

ずっと後になって、テレビ放映された折に観てみて、ナルホド確かにこれはスゲェや、と大いに納得したモンです。(^ァ^)

ロボット・スーツの出来も滅法好くって(お金掛けたんでしょうね(笑))、それがハリウッド映画ならではのド派手なアクションをキメルんですから、これはもう面白くないわけが無いですよ。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 近未来のデトロイト。 かつて繁栄を極めた工業都市も、今は斜陽化の一途を辿り治安も悪化する一方。 こうなると、もはや警察もお手上げです。
デトロイト市の慢性的な財政難のため、警察業務は既に民営化(!)されていますけれど、こんなことして大丈夫なんでしょうか?

警察業務を請け負った企業は案の定、強引な経費削減を進め始めます。
その結果、現場は深刻な人手不足に陥ってしまい、挙句ストライキに訴える(お巡りさんがストって?!)べきとか取り沙汰され始める勢いです。
そこへ現状打破の切り札として開発・現場に投入されたのがロボコップ。 機械のお巡りさんです。 スゲー!

なにしろ機械ですから疲れ知らずだわ、拳銃は百発百中だわで、警察官としてイイことずくめ。 なにより悪者に撃たれてもへっちゃらです。(殉職した警察官の死体をベースにロボット化してみましたっていう、なかなかエグイ・プロジェクトなんですけれど、そこんところは皆さんスルー (^^ゞ )
 
 
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この1987年版ロボコップ。 かつてはSFアクション映画という扱いであったのが、今ではポール・バーホーベン監督の(痛快なエンタメ作品と言うに留まらず)名作/風刺の効いた問題作として高い評価を受けています。

私も、昔テレビで観たときはアクション面ばかり追い掛けていたものです。
けれど今見直すと、監督の皮肉な、いっそ意地悪とさえ言って構わないような視線が判って来て、もう面白くってしょうがないです。 ホント、この映画の冗談はキツイよ!(笑)

これってスーパーヒーローもの(日本がお得意とする!)のフォーマットを利用してはいるものの、その実、皮肉な要素、ブラックな笑いで満ち満ちています。
近未来に対するクラーイ予感(デトロイトの辿る運命に付いては、ある程度当たっているわけですし(^^ゞ)と、警察を民営化し一民間企業に委ねてしまうことの怖さと。(汗)
SF近未来ディストピア映画だったんだなってことが、今頃になって判りました。

ハイレベルのアクションでもって観る者を満足させつつ、同時に監督のシニカルな視線が強く出たこの作品。
エンタメ作品として高いレベルを達成しながらも、ポール・バーホーベン監督がその作家性(!)を色濃く出して来た、素晴らしい映画と言うしかないですね。

そもそもロボコップって、決して正義を守る側が創り上げたヒーローじゃなかったんですね・・・・ってその設定、仮面ライダーとそっくりじゃん。(笑)
そしてそれ故、完璧な筈のロボコップにも、ある縛りが!(汗)

        ▽▲▽▲▽▲

大詰めの大バトルで、悪者と大立ち回りを演じたロボコップ。 強~い!

なんなら、ここでエンドロールを出しても良さそうなモンですけれど、ポール・バーホーベン監督、このままでは終わらせなかった。

真の悪者は他に居る。 映画「ロボコップ」を名作たらしめたラストシーンが、ここから始まります。

時に1987年。 コンピューターが、我々の周囲に当たり前に姿を見せる時代が、もうすぐそこまで来ています。 オンかオフか。 0か1かで全てを表現するコンピューターの世界。

正義感でなく、論理に左右されるロボット故、コンピューター的に行動せざるを得ないロボコップ。 だけど、あぁ、最後の最後まで来て引き金をひけないなんて! なんたる皮肉!!

        ▽▲▽▲▽▲ 
 
カッコ好いロボットの格闘・銃撃戦・カーチェイスなどなどで魅力たっぷりの映画ですけれど、監督の本意はそんなところにはないと判りました。 

そうは言ってもこの映画、アクションはアクションで滅っ茶面白いんですから、才能豊かな映画作家の仕事ってホントに凄いもんです。(笑)
 
 

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August 26, 2018

映画:男はつらいよ 奮闘篇

 
 
男はつらいよ 奮闘篇
Tora-san, the Good Samaritan
 
 
 監督:山田洋次
 音楽:山本直純
 出演:渥美清     (車寅次郎)
     倍賞千恵子   (さくら)
     森川信     (おいちゃん)
     三崎千恵子   (おばちゃん)
     前田吟     (博)
     太宰久雄    (タコ社長)

     榊原るみ    (花子・マドンナ)
     田中邦衛    (福士先生)
     ミヤコ蝶々   (寅の母)
 
 
       1971年  日本・松竹
 
 
Torasan_the_good_samaritan
 
 
  
「男はつらいよ」も七作目です。

突然ですが「感動ポルノ」なる言葉があるそうで。
未だ世に出て間もない言葉で、国語辞典にすら載っていないようですけれど。
なんでも、障害者がそのハンディを乗り越えて頑張る姿に対して、健常者が感動すること(テレビ等のメディアで)好んで視聴する行為を揶揄する、海外発の新しい言葉らしいんですね。
アイロニーと反骨、強固な精神性にユーモアさえ感じさせる、中々に「深い言葉」ではあります。(あるいは、ちょっと誤解してるかも σ(^^) ですが)

さて、よく(映画・小説なんかの批評などで)日本には未だまだ障害者を描いた作品が無くて・・・・とか言った(意識高い系?な)意見を見掛けることがありますけれど・・・・んなこたぁない!(笑)

なにしろ邦画を代表するシリーズと言って過言でない「寅さん」の中で、このテーマを真正面から取り上げているんですから。

        ▽▲▽▲▽▲

春未だ浅き新潟県、ローカル線の鄙びた駅舎から、この七作目は始まります。

待合室でストーブに当たりながら汽車(未だSLが現役でした)を待つ寅さん。
映画はここで、集団就職で都会に赴く少年少女と、それを見送る父母の姿(素人さんを起用した演出が素敵です)をドキュメンタリー風に描いて、故郷を遠く離れて働く若者の姿を強く意識させます。
それを暖かい、独特の(笑)視線で見守る寅さん。 これが、後々効いて来るんです。

こういう伏線のいちいちを丁寧に、そして判りやすく提示してくれる山田洋次監督。 用意周到 & 手抜かり無しです。

        ▽▲▽▲▽▲

七作目のマドンナはひとりぼっちで都会を彷徨う、それも発達障害を抱えているらしい薄倖の少女。
これを、当時デビュー数年目の榊原るみが好演します。

集団就職で故郷・津軽を後に都会へと出て来たものの、仕事に付いてゆけず、職場から逃げ出して来た様子。
寅さんとは場末のラーメン屋で出会い、沼津駅前の交番ですぐ再開。
お巡りさんからの矢継ぎ早の詰問(!)に、困り果てているところを、寅さんの口八丁手八丁に助けられる少女。 この辺から本編が動き始めます。

        ▽▲▽▲▽▲

生得の、不治の障害を抱えたマドンナ。
これ、現在やったとしても十分に過激な設定ですね。
むしろ、今こそ撮るべき作品なのかも。

貧しい人々・弱者に対しても、おしなべてフランクに、優しく接する自由人の寅さん。
ピンチを救われた少女が「寅ちゃん」って言って懐いて来るのは当然ですね。
保護欲、刺激されまくりの寅さん。(笑)

寅さんなりに、無力な少女の好き保護者であろうとする(例によってズッコケつつ)わけですけれど、案の定(笑)保護欲が恋愛感情へ替わってゆくのを停められません。
少女の方も、寅さんのことを打算も偏見も無しに、無条件に受け入れてくれる。
これは寅さん、舞い上がっちゃいますよね。(笑)
相手は年端のゆかない少女なんですが。(汗)
因みにこの映画での榊原るみ、ホントもう超絶にカワイイ(なんたる破壊力!)です。

とらやの面々も、障害を抱えた少女に対して親身に接するのは、寅さんと同様。
ですが、傍にピッタリ(不自然なくらい)貼り付いているのが寅さんですからねぇ。
またぞろビョーキが始まったか、と心配する一同。

        ▽▲▽▲▽▲

少女との未来を妄想して幸福の絶頂にある寅さん。
そこへ旧師・田中邦衛が上京、少女を迎えに来ました。 あちゃ~。

そりゃ、このまま「とらや」に居るよりも、田舎へ帰した方が少女の為って事くらい、寅さんだって・・・・
傷心の寅さん、どう現実と折り合いを付けるのでしょうか。

        ▽▲▽▲▽▲

大ショックの寅さん、どうやら少女の故郷まで追い掛けて行ったらしいんですよ。
突如として行方をくらました寅さん(自殺疑惑まで発生!!)を訪ね、後を追って津軽に向かう さくら。
それにしても、海岸線をガタゴト往くローカル線に、旅装で憂いに沈んだ表情の倍賞千恵子って何コレ?、もう絵になりすぎでしょ(笑)

今回も、お終いは兄妹の絆で締めます。 いいなあこの二人。
そして、どこへ行こうが寅さんは寅さん。 やっぱ寅さんはイイわー。
素晴らしい映画でした。
 
 

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August 10, 2018

映画:赤目四十八瀧心中未遂

  
 
赤目四十八瀧心中未遂
Akame 48 Waterfalls
 
 
 監督:荒戸源次郎
 原作:車谷長吉
 出演:大西滝次郎 :生島
    寺島しのぶ :綾ちゃん
    大楠道代  :お勢
    内田裕也  :彫眉
    新井浩文  :犀ちゃん
 
 
      2003年   日本
 
 
Akame2
 
 
炎暑の一日、じんわりと汗にじませながら観入った映画「赤目四十八瀧心中未遂」。

難解、と言うか寡黙なイメージの作品でした。
OK、無口なのは嫌いじゃないし。
 
因みに原作も、ずっと以前にですけれど読んでいます。
とても、面白かった。

映画の方も、また結構な出来なのです。
159分と長尺の作品。
その間(原作と同様)ねっとりと濃厚な死のイメージを、観る者に突き付けて来ます。

でも、原作小説が漂わせていた、あの只事ならぬ雰囲気。
どこがどうと具体的に指摘することの難しい、或る種のオソロシサには届いていなかったかと想います。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 世の全てに背を向け、何事も成さぬままいたずらに時を過ごして、各地を転々とした挙句、遂にアマ(と呼ばれる関西のある地域)へと辿り着いた主人公・生島(大西滝次郎)。

アマでは、お勢姐さんの世話になり、仕事とアパートの一室をあてがわれます。

日がな一日、独り部屋に閉じこもって(お勢姉さんの酒場で使う)臓物を串刺しにする事、只それだけに打ち込む、アマでの奇妙な日々の始まり。

アパートの住人達は、それぞれがどこか怪しいのですが・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

此の世とあの世とを行き来するかのような、儚い蝶々の飛翔。
それを追い掛けて廻る少年。

映画冒頭、これは此の世ならぬ彼岸の世界のこと、と観る者に告げるかのような演出で、見る者をして「赤目四十八瀧~」の世界へと迎え入れます。

でもこれ、私はちょっと意外に感じました。
なにしろ、この作品にはもっと現実的/現世的なイメージを抱いていましたので。
でも、作中に現出するアマと呼ばれる土地は、なるほど彼岸にあるような印象ですね。

        ▽▲▽▲▽▲

そんなアマに棲む面々。 いずれも素晴らしい役者さんです。

とりわけお勢姐さん役・大楠道代の、如何にも数々の修羅場を潜った末に得たと察せられる存在感がお見事。

そして、こちらも役にピタリとハマっている綾ちゃん(寺島しのぶ)、彫眉(内田裕也)、犀ちゃん(新井浩文)ら、いずれも好演。
あと、綾ちゃんのお兄ちゃんがお茶目。(笑)
この面々が、妖しいアマの世界を創り上げています。

因みに途中、寛ぐ彫眉一家(?)みたいな描写があるけれど、このシーン、映画には要らないナと私は想いました。

        ▽▲▽▲▽▲

映画の後半、アマから逃げ出した二人が、ローカル線のシートに並んで腰を下ろす。 このシーンが私は好きです。

迷いごとから解き放たれた時、人はもっとも美しくなる。
ふっきれた表情で寛ぐ綾ちゃんの綺麗なこと・・・・が、やがてそれも想い詰めた顔つきへと変わってゆくのですけれど。

二人してあてどもなく歩き廻り、ひなびた大衆食堂に立ち寄ってカツ丼とビール。

これが最後のメシか・・・・

やがて、引き寄せられるように赤目四十八瀧へと入ってゆく二人。 その奥へ、奥へと。

        ▽▲▽▲▽▲

実際は彼の地では名の通った観光地らしい、赤目四十八滝という所。
関東モノの私は、そのことをまるで知らない分、その情景から切々とした「あの世感」を感じ取ることが出来ました。

この作品で大きな意味を持つ(とワタシは想い込んでいる)迦陵頻伽の彫りもの。
それが映画では十分に生かし切れてはいなかったと想います。 そこが残念。

そして、やっぱり、お終いの蝶々のシーン。 あれは、私は要らなかったと想うナ。
なんなら最初の方も。(笑)

好い映画だけれど、でも、ちょっと長尺に過ぎましたかねぇ。

さて、この映画版の主人公。 お終い迄、救いの無い運命、とはゆかず。
なんかこの先の未来・・・・どこかずっと後になって、ベストセラーでもものしそうではあります。(笑)
 
 

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July 25, 2018

映画:仁義なき戦い

  
 
仁義なき戦い
Battles Without Honor and Humanity
 
 
 監督:深作欣二
 脚本:笠原和夫
 音楽:津島利章
 原作:飯干晃一
 出演:菅原文太
    松方弘樹
    金子信雄
    梅宮辰夫
 
 
          1973年   日本 (東映)
 
 
連日の猛暑にあてられた挙句、とうとうコイツに手を出しちまいました!
 
言わずと知れた、戦後広島で繰りひろげられる一大ヤクザ抗争劇。
邦画の最高傑作の内のひとつと、賞賛されることも少なくない逸品ですね。

燃え上がるように熱く、尽きることのない圧倒的なエネルギー。
触れれば、血の出るように生々しいドラマ。

これ、やっぱ夏。 今みたいな季節にこそ観るべき映画ですよ。

        ▽▲▽▲▽▲

ここには後に、日本映画界を牽引することとなる大スター、ビッグネームとなった男優たちの若き日の貌、パワー全開の姿が鮮烈に刻印されています。

東映・実録ヤクザ映画の先駆けとなった本作。 ストーリーは意外に難解、と言うか結構ヤヤコシイことになってます。

なにしろ(ドラマの進行に合わせて)刻々と移り変わる、ヤクザ組織の合従連衡、敵味方、親分子分、兄弟関係。

また、それらの繰り広げる虚虚実実の駆け引きが、激しくもエゲツないです。(^^ゞ
正直、何度か観返し観た今でも、ハッキリ理解出来ている自信がありません。orz

もっとも、この、わやくちゃさ。
世の中って大概そんなモンかもしれないって、妙に納得させられたりもします。
単純明快に、サッパリ割り切れる事なんて、世の中そうそうあるワケもないですしね。

まして、敗戦直後~朝鮮特需へと向かうこの時代。
物事、勧善懲悪の任侠もの的には、決してゆかないって言う、そこの処が、従来にはなかった斬新さ、リアルさってことで、映画ファンに広く受け入れられたのかも。 

        ▽▲▽▲▽▲

さて、それはともかく強烈、もう無類に面白いですね。 このヤクザ映画。

圧倒的なエネルギーと非情さ、更にはちょっとしたユーモアもありまして。 とにかく、もの凄い勢いで全編を押し切ります。

火を噴くように熱い演出は、映画の公開の後、各方面に影響を与えまくって、今これを観ると、オリジナルとは判っていても、どこか既視感が付き纏いますね。

なんかやたらと扇情的な音楽(津島利章)は、あんまりあちこちで取り上げら過ぎて、もはやギャグの域に入っちゃってるし。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

それまでの任侠路線とは全く異なった、リアル志向の東映・実録ヤクザ映画が、ここから始まります。

旧来の侠気・義理と人情の価値観に対し、それらを全否定するかのような欲望・カネとチカラの世界を提示して、戦後日本=現代を描いてみせました。

その、一様にリアル・現代的な登場人物たちの中で、旧い価値観をかろうじて保ち続けているのが主人公・菅原文太。

新しい価値観で、想うがままに生きようとする松方弘樹とは、やがて対立せざるを得なくなります。

そうは言ってもこの二人、長年共に修羅場を乗り越えて来た朋友同士なのですが・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

登場するのは(どいつもこいつも)悪人ばかりのこの映画、その中でも The悪役 と言えば金子信雄。

世に「悪い奴だけれど、どこか憎めない・・・・」的な表現がありますけれど、その言い回しがこれほど似合う人物もいないでしょう。

舌先三寸で、乾分を意のままに操るふてぶてしさ。
腹の底の見えなさ(いや、観ているコッチには、まる判りだけれど(笑))と、持ち前の芝居っ気、それらが醸し出すそこはかとない可笑しさ。
独特の広島弁の言い回しも含めて、よくぞ魅力的なキャラを創造してくれたモンです。

この御仁に掛かると、旧いヤクザ気質を残した菅原文太(でもこの人、復員して金子信雄に拾われるまでは、カタギだったんですけれど(笑))なんか、コロリと嵌められちゃう。

        ▽▲▽▲▽▲

抗争って、要は酷い裏切りの仕掛け合いと、凄惨な殺し合い。
戦いは、生き残った者たちよって引き継がれ、どこまでも終わりの無いことが暗示されます。

暴力的なまでに暑い日、煮えたぎるように熱い映画を観ました。
 
 

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October 22, 2017

映画:まぼろしの邪馬台国

 
 
まぼろしの邪馬台国
Where the Legend Lives
 
 
監督:堤幸彦
原案:宮崎康平
脚本:大石静
音楽:大島ミチル
出演:吉永小百合
   竹中直人
 
 
   2008年   日本、東映
 
 
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「まぼろしの邪馬台国」。
戦後の九州・島原地方で地元鉄道会社の経営に取り組み、更に在野の古代史研究家として名を馳せ、全国に邪馬台国論争/ブームを巻き起こした宮崎康平と、その妻・和子の半生を描いた映画です。

歴史書「三国正史」の内、「魏書」に記された倭国。 中でも魏の使節が訪れたという邪馬台国。 その場所については未だ謎となっています。
一体、日本の何処に在ったのか? そして卑弥呼とは?・・・・永遠に解き明かされることのない古代史のロマンですね。

1967年に出版されたベストセラー。 古代史研究家・宮﨑康平を天下に知らしめた著書(映画と同名の)「まぼろしの邪馬台国」については、かつて私の父の書棚にも在った(生憎と私は未読でありますけれど)筈。 ハードカバーの本(ドラマ中にも出版シーンがあります)の装丁など、微かに記憶していますし。
かつて、ひとつの社会現象にまでなったんですね。

        ▽▲▽▲▽▲

さてこの宮崎康平という人ですけれど、なにしろ滅っ茶苦茶に熱かった!
この映画では、竹中直人がまことに竹中直人らしい、イイ演技をして見せてくれています。 すなわち、超ウザい(笑)オヤジぶりを発揮!
圧倒的なバイタリティで、島原鉄道の経営を牽引する一方で(社長の道楽も同然の)古代史の研究にのめり込んでゆきます。

病気によって視力を失うも、そのハンディをものともせず、ところ構わず歩き廻り、そして怒鳴り散らす。
想ったことは何でも大声で口にするし、事あるごとに忽ち激昂する瞬間湯沸かし器ぶりを発揮!
それも白杖を(周囲を威嚇するかのように)ブンブン振り回しながらなんですから、とにかくウザい! もう、徹底的にウザい!!(笑)

そうは言っても根っから人情味/人間味に溢れる宮崎社長(竹中直人)です。
現場の社員らには妙に人気がありまして、地元で彼のことを悪く言う人は居ません。(と言うか、時に社員から激しい反発を喰らうことはあっても、その実、深~く愛されているんですね)
そんな宮崎康平(竹中直人)が奥さんに迎えたのが和子(吉永小百合)でした。

家庭に在っても昭和の雷オヤジぶり/亭主関白ぶりを遺憾なく発揮する竹中直人。
もちろん、小百合さんだって負けてはいませんよ!
ともあれ、見ているこちらとしてはビックリです。
今時の映画で(それも、あの小百合さんを相手に)よくもまァこんな性格設定を通したよなあって感じで。
まことに、竹中直人でなければ成り立たないキャラですし、また吉永小百合でなければ実現不可能な役でしょう。

        ▽▲▽▲▽▲

盲目の夫と、その眼となって導く小百合さんと。
こうして暮らし始めた二人ですけれど、夫婦として歳月を経る中で、次第に小百合さんのポジションが変化してゆきます。
映画の終盤。
小百合さんは、初めの頃の貞淑な「堪える妻」から、いつしか立ち位置を変えて(相変わらずワガママ一杯な)竹中直人の慈母のような存在になっているではありませんか。

無論のこと、小百合さんは古代史学者ではありません。
そもそも、邪馬台国がどこにあろうが(ぶっちゃけ)大して興味はなさそうですし。(笑) 唯一途に、目の見えぬ夫の手を曳いて歩む妻です。

康平自身、邪馬台国を訪ねて九州各地を歩く中で、ふと漏らすのでした。
邪馬台国が何処にあったかとか、卑弥呼の事なんかより、こうして和子と二人、あちこち旅をしていることそのものが、自分にとってなによりの幸せなんだと。(ある意味、ウラヤマシイ人生だわ~)叶うならば、永遠に続いて欲しい旅、とも。

そんな宮崎が、晩年に至って遂に特定した邪馬台国の場所は、どうやらハズレっぽいんですけれど、でも、どこまでも(その最期まで)手を取り、付き添ってあげる慈母・小百合さんでした。

        ▽▲▽▲▽▲

とっても好い映画でした。
島原に暮らす人々の人情がユーモアを交えて描かれますし、島原近辺の人々の暮らし、それから自然の描写も好かった。
とりわけ、夫婦で九州各地を廻る調査旅行のシーンで、その風景を捉えたカメラが実に(見ていて唖然とするくらい)見事だったし。
鉄道員(窪塚洋介)とバスガール(柳原可奈子)の不器用で一途な恋もまた好し。
それから、エンドクレジットでの九州各地の自然を捉えた写真が、もうすっごい綺麗。
加えて大島ミチルの音楽がまた素晴らしかった。

とても素晴らしい作品だけれど、ただ、序盤の小百合さん少女時代と、終盤の(幻想の中の)邪馬台国シーン。 そこいらは、いらなかったと想うな。
 
 

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October 15, 2017

映画:007/ドクター・ノオ

 
 
007/ドクター・ノオ
Dr. No
 
 
監督:テレンス・ヤング
原作:イアン・フレミング
出演:ショーン・コネリー (007:ジェームズ・ボンド)
   ウルスラ・アンドレス(ボンドガール:ハニー・ライダー)
   ジョセフ・ワイズマン(ドクター・ノオ)
   ジャック・ロード  (CIA:フェリックス・ライター)

   バーナード・リー  (MI6:M)
   ピーター・バートン (MI6:ブースロイド少佐(後のQ))
   ロイス・マクスウェル(MI6:マネーペニー)
 
       1962年   英米
 

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ご存知007であります。
長~く続いた(というか今もって続いている)シリーズの、これが第一作目。
娯楽映画として押しも押されもしない位置をキープし続けている007ですけれど、すべては1962年製作のこの作品から始まりました。

オープニングはお馴染み007テーマから。
しばらくすると「スリーブラインドマイス」(のカリプソ風味)へと切り替わるんですけれど、おかしな三人組登場と想わせておいて、実は非情な殺し屋でしたとさって言う面白ブラックな導入部。
のっけから大胆な演出です。
そして、今作の舞台は南海に浮かぶ楽園ジャマイカなのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

それにしても霧の都ロンドン(MI6本部の所在地)と南国ジャマイカと。 この両者のギャップってスゴイよね。
陽光ギラギラと降り注ぐジャマイカの風景を見ていると、英国人らの南洋への憧れが少しは判る気がして来るよ。
そう言えば、ここはまた大英帝国の版図の一部ではあったんですね。
晴れ渡る空、青い海と緑溢れる木々。 娯楽映画の舞台として、この地が選ばれたのもむべなるかなって感じです。
南国的なのんびりした明るさ。 微か~に漂う倦怠感。
マンゴ バナ~ナ アン タンジェリ~ン♪

        ▽▲▽▲▽▲

某組織が米国の月ロケット打ち上げを妨害するという。 これを阻止せよ!
007に出動命令が下されました。

007テーマの名調子と共に颯爽と現れるボンド、厳格なM、生真面目な(後の)Q、そして美人秘書はマネーペニー、とシリーズ第一作にして既にMI6の設定も出来上がっていたんですね。 テンポあくまでも軽快! なんとも粋な導入部です。

007と言えば秘密兵器が付き物ですけれど、未だこの第一作には現れません。
本部詰めのブースロイド少佐(後のQ)から渡されるのは、ごく普通(?)の拳銃。(ワルサー社製PPK)
それと、現地から注文したらしい放射能測定機なんですけれど、どちらも市販の製品っぽいですね。
て言うか、女王陛下から殺人許可証を託された00ナンバーにして、メイン・ウェポンが官給品とはね。 さすが、しっかり銃規制のある英国のスパイです。

        ▽▲▽▲▽▲

この007シリーズって、基本男性向けに造られていますよね。
オトコの欲望(!?)のままにっていう世界。
そして、この映画の登場人は皆(ボンドも含めて)感情って言えるほどのものを持っていません。(?!)
だから、ボンドはナンの躊躇いも無く敵を倒してゆくし、ボンドガールたちはオトコ(主としてボンド)の意のままに動かされるし。
徹底した娯楽作品ですから、まぁイイ(?)んだけれど、普通に考えれば酷い話ではあります。

そんな中で、唯一と言える例外がマネーペニー。
はい、MI6所属、ボンドの上司M付きの秘書です。
導入部の、わずかしか出番のない彼女だけは、知性・感情の豊かな女性として描かれます。(だからボンドとの関係も賢く自重して、決して進展させないんだと想います)

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、前半がとりわけ素晴らしいんです。
南国ジャマイカを舞台にして、ロンドンから来たスパイが事件の謎を追い、敵の野望を阻止するべく奮闘。 ドラマはとにかくテンポよく進みます。

海から上がって来たボンドガール。
マンゴ バナ~ナ アン タンジェリ~ン♪


Drno22


ここで、ボンドガールをして(南国の海と空、そして砂浜を背景に)白いビキニを着せたセンスは素晴らしいです。
当時としては相当過激だったであろう水着(未だ伸縮性が無くって窮屈そう)、時代を感じさせらるねぇ。

その後、ジャングルに分け入り川を遡上するボンド一行。
でも映画がサイコーなのはここらまでなのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

実は、ボンドガールが身の上話を始める辺りからイマイチと感じ始めてしまったんですね。
でそれは、前半とは一転してSF仕立てとなる、後半の間ず~っとなのです。

敵の首魁ドクター・ノオの手下に捉えられたボンドたち。 秘密基地の中に幽閉されてしまいます。
アメリカの月ロケット打ち上げを妨害するんだってさ。 時あたかも宇宙時代だもんね。
巨大で未来的な施設の中で、キビキビと立ち働く大勢のスタッフ(こいつら全員悪人です)。
捕らわれのボンドたちを弄ぶ(優雅にして冷酷な)ドクター・ノオの、如何にもお金の掛かってそうなライフスタイル。 どれもスゲエや。

通気用のダクトを通り抜けて脱出し、そこから一発大逆転。 巧みに敵の裏をかくボンド。
どれもこれも、どっかで見たような(笑)展開だけれど。 でも、きっとこの映画がオリジナルなんでしょうね。 みんな007を見て育った。

これ、映画の後半も(あれこれ文句を言いながらも)勢いで見ちゃうね。 前半が魅力的だし、後半もやっぱり愉しいし。 そして、やっぱり面白い、見て満足度の高い映画です。
マンゴ バナ~ナ アン タンジェリ~ン♪
 
 

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