September 21, 2009

ヱヴァ破、ふたたび

 
 
絶賛ロングラン公開中の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」に続いて、エヴァンゲリオンの新劇場番二作目となるこの映画もヒットのようです。

一度観ただけでは飽き足らず(いずれDVD化されることは無論承知の上で)二度、三度~更にさらにと、何度も映画館へと脚を運ぶ熱心なファンの少なくないのが、他のヒット映画とは違うところです。

で私も、映画館のスクリーンで見ることの出来る今のうちに、と想ってまた観てきましたよ。
やっぱり今度も面白かったです。 二回目ともなると、台詞のひとつひとつをよく噛み締め、映像の細かい描写まで確認出来る分、映画をより一層愉しむことが出来ますからね。 リピーターさんの大勢いることも、大いに納得がゆくのです。

俯き加減の中学生・碇シンジ君の登場から、壮大なヤシマ作戦に至るまでの作品世界、その台詞/カットの一々について(まるで神話の語り部の如く)「新世紀エヴァンゲリオン(以下、前作)」に忠実になぞらえてみせた「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」に対して、前作の世界感を構成してきたキーポイントを次々に書き換えて来た本作、破の段。

         ▽▲▽▲▽▲

今回観て私がオモシロいと感じたのは(本筋とはまったく関係のないところですけれど)背景に描き込まれた電力設備の描写でした。

SFものでは大概、電子/機械工学、そしてコンピュータ関連の映像が多い、というかSFものの製作者がもっともハリキルのがこういった部分の描写ですよね。 前作だと、エヴァンゲリオンとシンクロする際のサイバー・パンクな描写も印象的でした。

それが、新劇場版では背景に電力関係の描写が多々見られます。 ええ、電子ではなくて電力。 電子装備満載の近未来世界に、なぜかプリミティブな部分が目立つんです。

それは思えば、序の段のクライマックスに描かれたヤシマ作戦でも顕著でした。
日本中の電力全てを一本のビームに収束させて一大血戦に臨むという、燃える(!)クライマックスの描写は巨大電力設備の大集合。 人力と電力を掻き集めての総力戦でした。

で、本作の舞台となる第3新東京市の描写では、街中に張り巡らされた配電線。 電柱と建物を行き来するアレの描写が印象的です。

従来、景観を破壊するとされ、また諸外国(といっても主として欧米でしょうけれど)と比較されて・・・・こんなのは日本だけみっともない・・・・みたいに言われてきた街中の電柱とその間を複雑に行き交う架空電線。
とても近未来の日本、それも使徒迎撃専用要塞都市としては似つかわしくないと想うんですけれど。
でもそれを、わざわざ描きこ込んできたのはとても興味深いこと、とこう想ったわけです。

街中の電線たち。 改めて眺めると景観の一部として、なんだか人々の暮らす生活圏に張り巡らされた血管のようにも見えてきます。 そんな生命観を、新劇場版の作品世界にも持ち込みたかったのでしょうか。
ところで私、こういった街の配電線や電柱。 実を言うと、これはこれで嫌いではないのですよ。
こうして電線の張り巡らされた風景を、ある意味キレイとさえ想う、そんな感覚があります。

そういえば前作では、従来のアニメでは極力避けられていた日本語の文字表記(特に明朝体)をスクリーン上で多用して、そのカッコよさを世界にアピールしたものでしたね。
工場萌えが認知され出しているご時勢ですから、今度は電気関係がクルかもしれませんよ。
なんて、勝手にあれこれ考えて愉しんでます。
 
 

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August 29, 2009

お台場 ガンダム (1/1スケール)

 
  
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この夏話題の、お台場のガンダムを見てきました。
というか、見下ろされて来ました。 なにしろアニメの設定通り身長約18m、縮尺率1/1のリアルサイズ・機動戦士ガンダム立像ですからね。

この夏、ガンダムが大地に立ったのはお台場の潮風公園。
会期は2009年7月11日~8月末の期間限定です。
いずれは他所へと移設されるのかもしれませんけれど、海辺の公園に立ち、そして自然光に照らされる彼を見ることの出来るのは今しかないかもしれない、と思い至ったら是非とも見ておきたくなったのです。

不肖、お台場は始めてでアクセスも覚束なかったのですけれど、ここは(自分にとって)判りやすく、JRで一旦新橋駅まで出、そして「ゆりかもめ」を利用して新橋駅から最寄りの台場駅まで往く事に。
「ゆりかもめ」には初めて乗りましたけれど、海を臨みつつ走る実に気分の好い路線でした。
台場駅周辺は、予想通りなかなかの人出。

今に続く一連のガンダム・シリーズの祖、「機動戦士ガンダム」の世に出たのが1979年。 つまり今年で30年目になるんですね。
私もテレビでこの初代ガンダムの、少なくとも何話かは見ている筈ですけれど、もはや、ほとんど覚えていません。
ともあれ、歴代のモビルスーツの中から、あえて初代ガンダムを選んでくれたのが嬉しいよなあ。

台場駅で「ゆりかもめ」を降り、人の流れに沿ってそのまま潮風公園へと歩いてゆくと、やがて木立の間から見えてきました。 RX-78-2 MOBILE SUIT GUNDAM の勇姿。
 
 
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「あれが連邦のモビルスーツか!」
 
 
いやはや驚きました!
スゴイとは聴いていましたけれど、360度どこから見ても、本当に細かい部分まで、呆れるほど精緻に、リアルに造りこんであります。 我々は、30年目にして遂にガンダムそのものと出会うことが出来ました!

ガンダムらしさを特長付ける四角い腕や胴部分の他、ふくらはぎの丸みなども好い感じに再現されています。
両手足とそれから手首など微妙にひねりの効いたポーズがついているのも、ガンダムに躍動感を与えて効果的です。
そして、全身至る所に取られたメンテナンス用のハッチや注意書き(英文)の数々。 1/1サイズともなると、オリジナルのアニメでは描き切れなかった細部まで表現されて「ホンモノっぽさ」を盛り上げます。
 
 
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ガンダムの身長18mというのは、現実のジェット戦闘機と丁度同じくらいですね。 航空自衛隊のF-4EJやF-15Jが約19m。 こうして見上げると、その巨大感に圧倒されますけれど、「乗り物」としてみれば案外と妥当なサイズなのかもしれません。
でも、二本脚で立っている分、目立つよなあ。 戦場ではそこいら中から狙い撃ちされちゃいそうです。
 
 
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このお台場ガンダム。 素晴らしい出来ではありますが、やはりどこまでも立像なのであります。
各部に仕込んであるギミックや電飾などあるものの、あくまで1/1のフィギュア(!)であって、飾っておく以外、特に何かの役にも立つってモンでもない。
でも、それをここまで真剣に、完璧に造り上げてしまった、ある種バカバカしさ(!?)・・・・それって、なんて素敵なコトなんでしょうって想いましたよ。
これは愛、それも数多のファン、製作サイドの想いが実体化した30年目の奇跡です。
 
 
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July 30, 2009

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破

 
 
 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破
 Evangelion: 2.0 You Can (Not) Advance
 
 
    総監督:庵野秀明
    出演 :緒方恵美  (碇シンジ)
        林原めぐみ (綾波レイ)
        宮村優子  (式波・アスカ・ラングレー)
        石田彰   (渚カヲル)
        坂本真綾  (真希波・マリ・イラストリアス)
        三石琴乃  (葛城ミサト)
        山口由里子 (赤木リツコ)
        山寺宏一  (加持リョウジ)
        立木文彦  (碇ゲンドウ)
 
            2009年 日本
 
 
 
公開中の映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を観て来ました。

オリジナルのテレビアニメ、新世紀エヴァンゲリオン(全26話)の放映されたのが1995年~1996年のこと。
その後、新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2(1997年)、新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に(1997年)と続き、これらは未だ評価の高い超人気コンテンツです。

そして、新たな再構築の始まりとして前作 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 の公開されたのが2007年の夏。 掛け値なしの傑作でした。(私は二度劇場に脚を運びましたっけ) あれから2年経ったんですね。

今回も素晴らしい出来ですよ。 待ち続けた甲斐は、十分にありました。
オリジナルのテレビ版や前作映画のテイストを残していた序の段(再構築、リビルド版として新たに始まった物語の「序」として、それは実に正しい方向付けなのですけれど)とは異なり、今回は物語の造り諸々をこれまでとは異なるカタチに改めています。 まさに破の段。

映画館の巨大なスクリーンをフルに生かした画面構成。 ド派手なアクション・シーンや精緻な描写により、堂々たる娯楽作品として誰にでも(コアなファン限定ではなく)愉しめる映画に仕上がっています。
ヱヴァンゲリヲンと言えば、今ではアニメ界のみならず邦画の大看板。 見込める市場が大きく、注目度も高い作品ですから。 興行的にも、絶対に失敗できないでしょうしね。

従来、エヴァの魅力の大きな部分を占めていたある種の難解さ、物語としての収集のつかなさ(?!)、無節操なまでの衒学趣味など、それらは幾分矯められてきている(今のところは、ですけれど)と言って良いのではないかと想います。
だからといって、エヴァならではの魅力は尽きないのですけれど。
 
 
さて、ここから先の内容はネタバレになります。
映画を未見の方はご注意下さい。
 
 
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前作(テレビ版~映画)に時折差し挟まれた大胆な、いっそ前衛的ともいえる心象風景的シーンは、今回は少ないのですけれど、そんな中で、黄昏の中をガタンゴトンと往く電車は健在です。 このコダワリ。 あるいは、庵野総監督の原体験なのでしょうか?。
BGMや劇中歌に「翼をください」やら「三百六十五歩のマーチ」を使う(それも、凄惨な戦闘シーンの中で!)など、また、往年の特撮怪獣映画へのリスペクトなど、作者の世代を感じさせられ、個人的にハゲシク共感するのです。
 
 
 ・渚カヲル君、今回もイイ場面で登場
そういえば、序の段でもイイトコで登場していましたね。 今回も未だまだ謎を引っ張り続けますよ。
その台詞から、この世界(新劇場版)がテレビ版+前作映画の内容をまた繰り返している、リピート/ループの中にあることをそれとなく暗示。
そう、新劇場版はリメイクではなく、また2(続編)というのでもなく、再構築、リビルドということなのだと想います。
 
 
 ・碇シンジ君、強し!
初号機の鬼気迫る闘いぶり、リミッターの振り切れたラフ・ファイトは、シンジ役・緒方恵美さん入魂の熱演も相まって、シリーズ中でも最高レベルに達しています。

これまで、闘うことに意義を見出せず悩んできたシンジ君。
その彼が<ただ綾波のため>に渾身の力を振り絞って闘い抜きます。
そして綾波レイの名台詞「私が死んでも替りはいるもの」に対して、今回はあの(!)シンジ君がダメを出すのです。
不肖はこの瞬間こそ未来への希望、破の段のクライマックスと確信致しました、はい。
 
 
 ・綾波レイのキャラ、ややチェンジ
嬰児のように無垢で、未だ情というものを知らずにいる少女、綾波レイ。
その彼女の、前作(テレビ版)では終盤にまで及んだ情緒の覚醒が、今回は早くから始まります。

打ち解けられない碇父子の仲を取り持とうと(不器用ながらも微笑ましく)画策さえする綾波。 あるいは、母性の目覚めさえ始まっていたかもしれません。
前作(テレビ版)でも、シンジ君らとの交流により人間らしい情緒や自我を獲得しかけて、でも、あとわずかというところで、闘いの中に果てたのでしたね。 それが綾波レイ、薄幸の少女。

破の段での綾波からは、そんな前作よりも幾分、悲劇の色合いが薄らいでいるような印象を受けます。
綾波レイと言えばオリジナル(テレビ)版の放映以来、数多のスピンアウト作品に描かれてきたアニメ回屈指の人気キャラですけれど、しかしそこでは、落ち着いて佇む姿、あるいは和やかに微笑む姿などが多く、必ずしも悲劇のヒロインとしては描かれていませんでしたからね。
なにしろ年季の入ったファンの多いエヴァです。 取り分け好きなキャラには、情も移ろうというもの。
今回の変節は、あるいはそんなファンの想いが通じてのこと、ということもあるのではないでしょうか。
 
 
 ・アスカもまた
今回、ホントに思い切ったことをしてきたもので、エヴァ人気の一翼を担ってきた人気キャラ。 アスカの扱いを換えてきました。
それ故にでしょうか、姓も「惣流」から「式波」へと換わっています。 おそらくは前作(テレビ版)で描かれた彼女の出自/トラウマなども、なかったことにされるんじゃないでしょうか(と私は見ています)。

前作(テレビ版)の後半から終盤に掛けてあった彼女の疑心暗鬼~自我崩壊の顛末はもはや、ストーリーから外されたようですね。(ある意味エヴァで一番クラく、また現実的なテーマと言えますし)
こちらも綾波と同様、十数年を経てのキャラ変節といえるでしょうか。

綾波とアスカ、両ヒロインがやがて迎える結末は、案外と明るいものになるのかもしれない(破のラストでは、二人とも大変なことになっているんですけれど)、そう予感させられます。
ところで彼女、今回はいささか出番が少ないんですよね。 そこのところが残念至極。
 
 
 ・真希波・マリ・イラストリアス
今回初登場の新パイロットはシンジ君らとは違い、謎の多いネルフやゼーレの内情あれこれを知っている模様。 カヲル君と同様、謎のチルドレンです。
そして、戦うことについて一点の疑いも持たぬ、根っからの戦士タイプ・・・・というか命知らずで、しかもアスカとは違い、メンタル面もタフで隙のない様子。
でも、そこはヱヴァの登場人物ですからね、そう単純なキャラではない筈と想うのですけれど・・・・
 
 
 
さてもヱヴァンゲリヲン新劇場版:破の段、ファンがこれまでに体験してきたヱヴァの世界を大胆に掻き回してくれました。
この先、例えば人類保管計画なんて一体どんな形でケリをつけるんでしょう。
とまれ、残すは「Q」(「急」ではなかった!)と、そして「?」。
この続きが、とても愉しみです。
いくらだって待ちますよ。
 
 

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July 08, 2009

いけちゃんとぼく

 
 
  いけちゃんとぼく
 
     西原理恵子 著

       2006年 角川書店
 
 
西原理恵子さんの絵本「いけちゃんとぼく」を読みました。
それは偶々、病院の待合室に備えてあったもの。
診察を待つ間の時間つぶしには、丁度お誂え向きのボリュームでしたからね。

著者の西原理恵子さんと言えば、毎日新聞の日曜版に連載中の私小説風マンガ、「毎日かあさん」の お母さん その人ですよね。
男女二児の母親が、家族に寄せる愛情、毒気の効いたユーモアもさることながら、男の子の世界と女の子の世界それぞれを、地に足の着いたクレバーな観察眼で捉えていることに感心させられます。

で本書、「いけちゃんとぼく」の主人公 ぼく もまた男の子。 やはり、「毎日かあさん」の おにいちゃん を連想させられるのです。 そういえば いけちゃん のデザインは、おにいちゃん の描いたマンガ(?)を元にしているのだそうな。
一応、絵本のカテゴリーに入れられていますけれど、その内容は西原さんの描く漫画とさして変わるところがありません。

物語は主人公の小学生、ぼく とその ぼく だけに見える不思議な生きもの、いけちゃん との対話で綴られてゆきます。
ここで特筆すべきは西原さんの示す、男の子の世界への深い受容力です。
それは、世間一般的意味合いの母親視点から、男の子はこうあれかし、というのとはいささか異なる、西原さんならではの人生観から来るもの。(だからこそ、「毎日かあさん」とは違う世界観ながら、共通の視点/語り口を感じさせられるのだと想います)

子供時代・・・・それは、誰にとっても懐かしい、キラキラと輝いていた日々。
手がつけられないくらいにデリケートな、少年の心の移ろいを、純朴な絵とシンプルな台詞で綴ってゆきます。
この絵本に関して私は、作品全体を満たす静謐な空気感に反応しちまって、深く読み込むよりも先に、さっさと大満足レベルに達してしまったことを、ここに白状しておきます。 ハイ。

絵本だけに、とても短いのですけれど、これは一読して、すぐさまもう一度始めから読み直さずにはいられない佳品です。
 
 

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October 07, 2007

機動戦士ガンダム00

 
 
 機動戦士ガンダム00
   第1話 「ソレスタルビーイング」


TVの秋の新番組。 懐かしや、ガンダムではありませんか。
休みの過ごし方を考えてなかったので、こんなのばかり見ている。

昔のガンダムでは巨大なスペースコロニーが印象的だったけれど、今度のガンダムの作品世界では軌道エレベーターが建造されていて、大規模に運用されているのが面白い。
天空に聳え立つ柱。 こればっかりは、生きてる内に、実用化された姿を見上げてみたいもんだ。

ガンダムそのもののデザインは、昔のやつとあまり違わない。 けれど、主要キャラたちの瞳がやたら大っきいんだよね。 そして、アムロがそうであったような、思春期の男の子的な昏さがない。 こういうのは、ターゲットとする視聴者層を意識してのことと想うけれど、とまれ、昔のガンダムとは隔世の感がありますなあ。
 

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October 06, 2007

ULTRASEVEN X

 
 
 ULTRASEVEN X 
   Episode1 DREAM
 
 
開放感ありまくりで、なかなか眠くならない金曜日の夜。 TVでウルトラの新番組が始まったので、しっかりと見てしまった。 なんで、セブンかって言うと、今年はウルトラセブンが放送されて40年目になるから。
今度のウルトラは思いっきり深夜枠(2:25)の放送。 完全にオトナ向きということですな。

舞台になる近未来の東京は、徹底した管理社会という設定で、そのクラ~イ描写は、なんちゃってブレードランナーってところ。 主人公も、ハリソン・フォードを意識してるかのようなイメージ。 格闘シーンは、マトリックスを髣髴とさせる。

ULTRASEVEN Xの造型はなかなか凝っていて、これまでのウルトラヒーローにはないマッチョな体系、そして小顔。 顔つきも精悍に・・・・と言うか、目付き悪いゾ。
それにしても頭部、小っさ過ぎないか。 この容積の中に、どうやってスーツアクターが収まるのやら、心配になっちまう。 ともあれ、40年の間にスーツも、かく進歩したということ。

ウルトラの主人公といや、世を欺く仮の姿として、防衛チームの一員に身をやつすのが常なわけだけれど、今回は、エイリアンを追う秘密組織のエージェントと言う設定。 但し、基地も、制服も、戦闘機もなし。 特撮シーンの街並みは、ミニチュアのセットではなしに、実写と合成しているらしいし、 深夜枠に相応しく(?)、低額予算ウルトラマンって感じ。 それはそれで、面白そう。

役者は、若手を揃えたのは好いけれど、凄んでばっかりで、その割りに緊迫感がない。 第一回を見た限りでは、ウルトラセブンの持っていた一見して明朗な、でも深いドラマ(回によっては、救いのない)とは、方向性を異にしたカタチを目指しているのは確かと想う。
BGMはなんだかメタルっぽくて・・・・あちゃ、こういうのニガ手なんだよな。
 
 

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October 04, 2007

ヱヴァ序、ふたたび

またも、見て来ました。 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」

初めて見た折に比べて、新鮮味は薄くなる代わり、二度目ともなると、細部まであちこち見て取ることが出来(=よりアタマに入って)、ヱヴァのように、細かい部分をつつきまくって愉しむことの出来るドラマの場合、より深く楽しめるってことがある。

序について、一回目で見落とし、または勘違いしていた点を書き留めておこうと想う。
・冒頭の海辺のシーンは、旧作のラストシーンを引き継いでいるのか? この後、それを暗示するような描写が続出。
・半ば廃墟と化した都市の中に、使徒との戦いがあったかのような、巨大な人型の白線。 多分、これが第三使徒で、この時点で既に殲滅済みなのかもしれない。 (でも、どうやって?)
・ゲンドウがゼーレに提出した人類補完計画の中間報告が、TV版の第17次から第27次へとカウントアップされている。
・ネルフの地下で磔刑に処せられている巨人の名はリリス。
・月面で目覚めたカヲル君曰く、碇シンジ君は「また、三番目」だって。

なにはともあれ、ヤシマ作戦は何度見ても燃えますな。 今回、CGを多用した細かな描写を、しっかり見ることが出来たと想う。 シンジ君が零号機のエントリープラグのハッチをこじ開けてからの、綾波とのやりとりは、やはり泣かせます。

次回は、ヱヴァ弐号機以降が続々登場する模様。 前作では、5号機以降は全て同じデザイン(スナメリみたいな頭部を持つ)の量産型だったけれど、破の段では、まったく新たな展開になりそう。
アスカ登場編のTV版第八話は、弐号機八艘飛びの名場面があって好きなんだけれど、その辺りはカットされてしまうのだろうか。 ちと、気懸りではあるな。

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September 24, 2007

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序

 
 
 
 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序
 Evangelion: 1.0 You Are (Not) Alone
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
 
         2007年 日本
 
 
自民党の総裁選挙が行なわれた日、現在公開中の標題作品を観て来た。
1995年にTV放送されて以来、未だ人気の衰えを見せぬエヴァの、十年ぶりのリメイク作品であり、個人的に、ここ一ヶ月余りの間続いたエヴァ・フィーバーの、これがひとまずの総決算となる。

私の場合、つい最近になってエヴァを見始めた、にわかファンだからして、リアルタイムで見た来たファンの、エヴァとの十年ぶりの邂逅、と言った感慨を持つことが出来ないのが、ちと寂しい気もする。
でもその代わりに、前作の「THE END OF EVANGELION Air/まごころを君に」を見た直ぐ後に、十年の歳月を一揆に飛び越えて、このリメイク作を見ることが出来たわけで、それはそれで興を覚える。

声優さん達が今も健在なのは、なにより嬉しい。 実写作品では、こうはゆかないよね。
それでもその声に、意地悪く(!)耳傾けてみれば、特に主役の三人(シンジ君、ミサトさん、綾波)の声音など、ほんの少うし変わっているのが聴いて取れる。
ミサトさんがヱビス缶を呑んでの「クーーーーッ」(に伸びがない)や、綾波の「なんで泣いてるの?」の幽けき声音など。
いや、突っ込んじゃいけない、ここは愛が必要なところと想うんですが、とまれ歳月を感じるなと。 勝手に感慨に耽ってます。 ハイ。
もちろん、演者の人生経験の積み重ねと共に、解釈の深まりが期待出来る、いやしなければならない。 若さと引き換えにね。

映画の内容は、TV版の第壱~六話プラスαと言ったところ。
TV版で素晴らしかった、日常風景の精緻な描き込みも健在。 シンジ君、未だDAT使ってるし。
ミサトさんの、ヱビス缶で「クーーーーッ」も楽しい。 TV版ではオールド・パーはじめ洋酒の空き瓶が転がっていた、酒豪ミサトさんの部屋だったけれど、今回は「獺祭」の一升瓶が何本も転がってる。 一緒に呑みたいねえ。

TV版で、私が気に入っていたシーンも幾つか取り入れられていて、今回はそれをリメイク版ならではのハイクオリティな映像で愉しむことが出来た。
第3使徒サキエル戦で暴走した初号機が、一足飛びに襲い掛かるところ。 アンビリカルケーブル(電源コード)のだらんと垂れてるのが不気味で好いんだ、これが。
それから、起動実験中の零号機が暴走して、壁にアタマをがんがん打ち付けるところ。 こいつ、ホントに苦しんでるよ。 なんて人間的な動きなんだろう。(ヘンなシーンばかり好きでスイマセン)

第5使徒ラミエル(◆のやつ)との闘い。 ヤシマ作戦を、映画のクライマックスに持ってきたのは上手かった。
難攻不落。 「攻守共に、ほぼパーペキ」な敵に対して、有効なのは超長距離からの陽電子砲の射撃のみ、と言う状況下。 その唯一つの目的に向かって、巨大プロジェクトを廻してゆく姿が、見ているこちらをワクワクさせるんだよね。
途方もない数の機材、多くの人材(各方面のプロ達)、そして日本中の電力の全てを掻き集めての、文字通り総力戦を、CGを多用した、細かなカットの畳み掛けで描いてゆく。

リメイク版ならではの、解釈の微妙な変化もあった。 印象に残ったのは・・・・
・第4使徒シャムシエル戦で、指揮官としてシンジ君を掌握仕切れなかったミサトさん。 苛立って、自分にビンタ。(自分の弱さに気付くのが早くなったね)
・ヤシマ作戦の直前。 病室で寝ているシンジ君の前で、ヤシマ作戦の要綱を暗誦する綾波(スゴイ記憶力?)
・3バカトリオの友情が、モチベーション不足のシンジ君を勇気付けた(初号機に搭乗するシンジ君に、クラスメイトのトウジ君、ケンスケ君から激励のメッセージが届きました・・・・ベタだけど、好きだな。 こういう演出)
・ヤシマ作戦のお終いで、綾波がシンジ君にゲンドウの面影をみるところはカットされた(この方が、シンジ君的に救いがあると想う)
・そしてこの時、溶解しかかった零号機のエントリープラグのハッチを、無理やりこじ開けたシンジ君のグローブが溶けていて、TV版のゲンドウの掌を髣髴とさせた。
・シンジ君が綾波のアパートを訪れたのは、ゲンドウの画策によるものらしい。(さてはゲンドウ、意図的に二人を近づけたな!) あと、あの殺伐としたアパートの外で、絶え間なく打ち続けるパイルの音がコン、コンとなんだか綺麗過ぎて、ちと興を削ぐんだな。

前作からのファンにそっぽを向かれてはいけないから、ストーリーや性格設定など、ヘタに替えられないであろうし、また、新しい観客を無視するわけにいかないから、一通りの説明的描写は欠かせない。 とくれば、いささか新鮮味に欠けるのは止む無し、か。
リメイク4部作の最初は、これまでの路線から大きく外れることのない、まずは無難な内容にせざるを得なかったのかと想う。 次回、破の段では、リメイク版らなではの新たな展開を見ることが出来そうで、楽しみたのしみ。
もちろん、三石琴乃さんの名調子で、次回の予告まで、しっかりと愉しんで来たのであります。
 

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September 17, 2007

エヴァンゲリオン Air/まごころを君に

 
  
 
 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
       宮村優子  (惣流・アスカ・ラングレー)

         1997年 日本


新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2に続いて造られた、エヴァ2作目の映画。
時系列的には、1995年~1996年に掛けてTV放送された新世紀エヴァンゲリオンの第24話以降の出来事となる。

全ての使徒を倒したNERVにとって、最後の敵は(皮肉にも!)同じ人間だった。
エヴァをはじめ、NERVが独占している使徒に関する機密事項の引渡を要求して、NERV本部に戦略自衛隊の精鋭部隊が突入して来る。 銃弾を浴び、次々に倒れて行くNERV職員。 エヴァ史上もっとも凄惨な殺戮シーンの連続。 これに比べれば、これまでの対使徒戦なんぞカワイイもんである。
一方、第24話でカヲル君を殺してしまったショックから立ち直ることの出来ないでいるシンジ君は、この危急存亡の時にまたもや本領発揮! 座り込んでしまって、エヴァに乗り込もうとしない。

前半「Air」の見せ場は、アスカの駆る弐号機が9体のエヴァ・シリーズを相手に孤軍奮闘するシーン。 闘争本能を剥き出しにして獅子奮迅の闘いを繰り広げる。
その実力は圧倒的で、一旦は敵を悉く殲滅するも、やがてエネルギー切れにより、活動限界を迎えてダウン。 エヴァ・シリーズの好餌とされ、お終いには、文字通りの満身創痍と成り果てる。
この辺りは、アスカが憤怒の形相で頑張るのが、いっそ憐れでならない。

思うにこの部分は、TV版の25~26話で、ロボット・アニメらしからぬ内省的展開を見せ、一部のファンに不興をかったことへの補完作業なんじゃないかと想う。 なんとなく、造り手側のある種、微妙な悪意を感じるんだよね。
「結局キミたちは、こういうアクションシーンがないと満足出来ないんでしょう?」
だから、主人公のシンジ君ではなしに、アスカが闘ってみせるし、初号機など、なんにもしないうちに、エヴァ・シリーズたちの虜となり果てるのではないか。

後半「まごころを君に」では、ついに起こってしまったサードインパクトの一部始終を描いて、TV版の25~26話と同様、一般的なロボット・アニメのお約束をことごとくひっくり返してゆく。

時空を超えて遍在する綾波。 いつか見た、ダリの絵の中に浮かぶかのようなエヴァ初号機。 シュルレアリズムを想起させる映像のシンフォニー。 見ている側は、庵野監督の創り出すイメージの奔流に巻き込まれてしまう。
全て人類はLCLの海に。 惑える群体から個体へと「進化」するのである。

こんな終局が待っていたとは、TV版の最初の方を愉しんでいた頃は、ゆめ想わなかったよねえ。 途中流れる音楽「Komm, susser Tod」も素敵だ。 パッヘルベルのカノンと同じく、カノン進行の曲。

そしてラストは、TV版の終わり方と同様、理解を拒むような内容。 こういうの、私は決して嫌いではない。 シンジ君とアスカがひしと抱き合って、「人間って、素晴らしいね・・・・・」なんて言ったら、エヴァにならないものね。

これは世界に誇ることの出来る、ホントに素晴らしい映画だけれど、でもあらかじめTV版のエヴァを見ておくなど、予備知識がないと、好く判らないと想う。 今はネットで、TV版の第壱話からこの「Air/まごころを君に」まで、手軽に鑑賞することが出来るので、興味(と時間)のある方は、是非とも見て頂きたい、これはJapanimationの問題作であり、掛け値なしの傑作です。

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September 16, 2007

エヴァンゲリオン DEATH(TRUE)2

 

  
 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2
 
 
  総監督:庵野秀明
  出演  :緒方恵美  (碇シンジ)
       三石琴乃  (葛城ミサト)
       林原めぐみ (綾波レイ)
       宮村優子  (惣流・アスカ・ラングレー)

         1997年 日本


1995年~1996年に掛けてTV放送された新世紀エヴァンゲリオンの映画版。
内容は、TV版全26回中、1回~24回の時系列が大胆にシャッフルされていて、単なる総集編とは言えない。 シンジ君のエヴァとの出会いから、カヲル君の死までを大きく俯瞰して、「新世紀エヴァンゲリオン」と言うドラマを総括する。
映像は、大部分がTV版からの流用のようだけれど、ところどころ、新たに書き下ろされた絵と差替えられたシーンもある。(ヤシマ作戦での綾波の笑顔など、よりオトナっぽくなっている)

映画化するに際して、スタンダード・サイズからビスタ・サイズへと、画面の縦横比が変更されている。 画面の上下をトリミングしているので、構図的にちょっと印象が違ってしまった、残念なシーンもある。

エヴァ名物、画像固定&台詞なし&長回しのシーンは、テレビ版でのあの緊張感を、なぜか感じられなかった。 TVほど時間をたっぷり取ることのできない映画の場合、この手法は無理があるのではないか。
1.小田急ロマンスカー(?)のホーム越しのシンジ君とミサトさん。(ホームのアナウンスなし)
2.エレベーターで二人きりになった綾波とアスカ。(画面のトリミングで、綾波の首から下が欠けちゃった)
3.初号機によるカヲル君握殺(!)。 音楽(第九終楽章)が雄弁に過ぎて、かえって緊張感を欠いてしまったように想う。 ここは無音にした方が好かったのではないか。

テレビ版本編ではチェロの独奏を披露したシンジ君。 映画では、随所に弦楽四重奏の練習風景が差し挟まれる。 そのメンバーは以下の通り。

  1st Vn. :渚カヲル
  2nd Vn. :惣流・アスカ・ラングレー
  Va.    :綾波レイ
  Vc.    :碇シンジ

このシーンは、シンジ君が第3新東京市に来る前の出来事であるにも関わらず、この時点では未だ出会っていなかったエヴァのパイロットたちが奏者として出て来る。 これは、シンジ君のイメージの世界、夢の中ということであろう。
三人の仲間を、誰ひとり欠けても成立しない、カルテットのメンバーになぞらえ、それぞれを「第一絃」、「第二絃」、「第三絃」、そして自らは「第四絃」と言う風に紹介している。

こうしてみると、シンジ君の中での、三人の位置付けというものが窺えて興味深い。
綾波がヴィオラと言うのが好いね。 なるほど、彼女はここ意外考えられない。
アスカが第一ヴァイオリンでないのは意外、と言うか、よくも第二ヴァイオリンで納得したなと。
「このア・タ・シが、どうしてセコバイなのよぉ!」
アスカでなく、カヲル君にストバイを取らせたのは、シンジ君の心中の采配であろう。(「アスカ、ごめんよ」)

四人が弾いたのはパッヘルベルのカノン。(楽器編成が、ちと違うけれど、まあ好いか) バロック期に書かれた楽曲の常として、チェロは通奏低音を担当する。
「チェロは好いわよねえ」
アスカが羨む通り、チェロにとって、これ以上単純な曲はない。 シンジ君のチェロは単純な二小節のパターンを延々と繰り返し弾くのみである。 (但し、単純 イコール 簡単、というわけでは決してなく、チェロは同じテンポ/リズムを曲の始めからお終いまでキープし続けなければならない) そしてその通奏低音の上で、他の三人は各々思い思いの旋律を奏でてゆくのだ。
シンジ君がこの三人と実際にカルテットを組んだわけではないけれど、そのような関係であれかし、と言うシンジ君の願いを絵にしたのがこのシーンであろう。

映画のエンディングもまたパッヘルベルのカノン。 全てを弾き終えたシンジ君は、チェロを担いで去ってゆく。 やがて来るエヴァ、そしてそれに関わる人々との出会いを、未だ知らずに。

TVで印象的だった、綾波が雑巾を絞るシーンは健在で、これは好かった。 たたんだ雑巾を縦に持って、きゅっと絞るのが美しいんだよね。

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September 08, 2007

エヴァンゲリオン(TV版)

 
 
 新世紀エヴァンゲリオン (TV版)
 
 
  監督:庵野秀明
  出演:緒方恵美 (碇シンジ)
     三石琴乃  (葛城ミサト)
     林原めぐみ (綾波レイ)
     宮村優子  (惣流・アスカ・ラングレー)
 
     初放送:1995年~1996年(全26話)
 
 
 
今更説明の必要もない、Japanimationの金字塔。 放送されて、もう10年にもなるけれど、未だ人気の褪せない超優良コンテンツである。
折りしもリメイクされた新映画版、四部作中の序の段が公開中。 その原典とも言うべきTV版の全26話がネット上で配信されているとは、晴薫さんのご紹介で知った。 で、これまでこの金字塔を見る機会に恵まれなかった私も、放送後十年も経った今頃になって、ようやく鑑賞出来たと言うわけ。 いや~、ものすごく面白かったです。 ワクワクしながら、全26話を愉しみました。

1995年(製作年)の時点で描いた2015年(設定年)の日本というものを、こうして2007年に見るってのもまた一興。 緻密に書き込まれた近未来日本の日常風景など、実にリアルで、また絵として美しいのである。 そして、登場人物の心の内側を抉る大胆な表現など、オトナが楽しめるアニメになってます、これは。
基本的に悪と戦うロボットのアニメなのだけれど、放送回を重ねるにつれてヒーローものの約束事からズレてゆく。
人類補完計画だなんて大風呂敷を広げたけれど、畢竟は思春期の心の惑いと成長がテーマと言えるよね。 まあ、これも人類的に共通の主題には違いないし、時代や国境を超えて愛され続ける由縁かと想う。

シンジ君:エヴァンゲリオン初号機パイロット
14歳。 ヒーローものに相応しからぬ、内向きの性格。 そもそも彼はエヴァンゲリオンなんかに乗りたくなかった。
 「僕のこと好き?」 思春期のコなら死ぬほど気になって、でも(とりわけ男の子は)死んでも口にできない言葉。
それを、歯を食い縛って極限まで突き詰めてゆく、このアニメの最終回は好かった。

ミサトさん:シンジ君の上司にして保護者
謎の多いドラマだけれど、この人に関しては判りやすく出来ている。 美人で気性が激しく、仕事は誰にも負けない。 恋は不器用。 家事はまるでダメ。 アメリカのアクションものの女主人公にいなかったっけか、こんなヒト。

綾波レイ:エヴァンゲリオン零号機パイロット
世紀末に創造され新世紀を生き抜く、今や日経のコラムにも登場する国民的(かも?)美少女。

アスカ:エヴァンゲリオン弐号機パイロット
「ア・タ・シが一番!」でないと気の済まない、シンジ君のラブコメのお相手。
すべてにおいて、シンジ君とは逆張りの設定は、終幕に至って悲劇を呼んでしまう。 嗚呼。
アスカのことを考えていて、ふと想い出した歌がある。(記憶に頼っているので、実際と違っているかもしれないし、誰の作だったか思い出せないのだけれど)
 
 
 
  ママが嫌う私を私も嫌ってる公園通りルナ・カルナバル
 
 

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August 12, 2007

BAR レモン・ハート 第23巻

 
 
 BAR レモン・ハート 第23巻
 
    古谷三敏  ファミリー企画

       2007年
 
 
コンビニで「BAR レモン・ハート」の新刊コミックを見掛けて、思わず買い込んでしまった。
とあるバーを舞台にした、お酒にまつわる粋なお話しの数々。 薀蓄マスターに、常連の松ちゃんとメガネさん。

このマンガ。 第一話の発表以来、もう二十年も続いているとのこと。
現在23巻。 話数にすれば306話になる、とは言っても、二十年掛けてのことだから、まあ、割合にノンビリとしたペースでここまでやって来たわけだ。
スタートの頃に造ったお酒ならば、もう20年もののヴィンテージ。 円熟も極まったと言う辺りか。

古谷三敏の絵は、相変わらずシンプルこの上なく、しかし説得力は十分。 実に旨い絵と思う。 背景にスクリーントーンをほとんど使わないのも特徴で、それが独特のほのぼのとした空気感を醸し出している。 ただ、このスタイルだと、バーと言う空間に特有のほの暗さまでは表現しづいんだけれどね。

今回収録の13話。 どれも面白いけれど、ロックグラスにクラッシュドアイスを詰めたところにスコッチを注ぐ、スコッチ・ミストの登場する第300話が特にお気に入りかな。
バランタインのスコッチ・ミストに感じ入った老獣医師が、その翌日に再びレモンを訪れて、今度はマスターお薦めのスコッチを試せば、その味わいに若き日々、イギリス留学時代の切ない想い出が蘇る。
お酒を愛するお客と店との、阿吽の呼吸が愉しい一篇。

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November 27, 2005

陶芸やるゾ

「陶芸やるゾ  <コミックで楽しくわかる陶芸入門>」

   のがみけい著   集英社 2000年

器が好きなのである。 それも陶磁器。 あまり華美に走らない、どちらかと言えば渋めのものが好みだ。 少うし時代が付いていたりすると尚好い。 自分で収集をしたり、まして造ってみたりはしないけれど、陶芸というものにはかねて憧れを抱いている。

本書「陶芸やるゾ」は、女流漫画家のがみけいさんの実体験を元にした陶芸入門コミックである。 その方面には疎い私なので、これまでにのがみさんの作品を読んだことがなかった。 ネットで検索してみたら、随分とキャリアの永い人らしい。  本業の絵は如何にもの少女漫画風タッチだけれど、ここではそれを、ずっとくだけた親しみやすい画風に換えて、八ヶ岳山麓(標高1,100m)に猫たちと住まい、「歌って踊ってマンガも描ける陶芸家を目指す」と語る著者の、陶芸入門から窯焚き、そして個展を成功させるまでを漫画でガイドする。

土を捏ねるところから仕上げまでの、道具の使い方や様々な技法、陶芸のノウハウに付いては、のがみさんが漫画の中で丁寧に解説してくれるけれども、当面のところ実作する気の無いこちらとしてはむしろ、陶芸に憑かれたように取り組むのがみさんと周囲の人々との交流を描く辺りがもう堪らなく面白くて、だから大勢の人が関わる窯焚きや個展のシーンを専ら楽しんだのである。

のがみさんと言う人は、やりたい事ならば何であれガマン出来ないタイプのようで、目標に向かっては常に正面突破。 とにかく爆進あるのみである。 陶芸入門当初から自宅の裏に窯を作ってしまうし、土を捏ねていて徹夜することもザラ。 窯焚きに失敗して薪代がすっかりパアになったとしてもメゲたりしないのである。

そんなのがみさんの気さくな性格と、陶芸への直向きな情熱に、周囲の人々が次々と巻き込まれてゆく。
八ヶ岳山麓の自宅裏に築いた窯に火が点れば、のがみさんの苦戦苦闘振りを見かねたベテラン陶芸家が手伝いに来る。 「面白そうね!」と差し入れ持参で見に来るのは地元八ヶ岳山麓の友人ら。 故郷平塚からは旧友たちが馳せ参じる。 漫画家仲間のもりたじゅんさん。 ご飯の炊き出しをのがみさんの姉上たちが買って出れば、窯を中心にして人々が夜を徹して賑やかに過ごす。 のがみ流窯焚きはお祭なのである。

こうして作品が焼き上がると、早速個展を開いてしまう。 入門して未だ数年を経たばかりののがみさんである。 誰が考えても早過ぎな訳だけれど、とにかくこういう時ののがみさんは、もう誰にも止められないのである。
陶芸家デビューを果たした故郷の平塚での個展。 銀座の画廊での個展には本宮ひろ志・もりたじゅん夫妻も駆け付け、そして地元八ヶ岳と各地でも個展を成功させる。 その各々で、友人や姉上たちの力強いサポートを得たのは言うまでも無い。

陶芸を知らない私が言うのもナンだけれど、陶芸の入門書数多あるなかで、この陶芸入門コミックは痛快無比な存在である。 のがみさんの陶芸への愛情が感じられる丁寧な解説もそうだけれど、なにより前向きで明るい人生感と、それに応える周囲の人々との交流シーンが読んでいて気持ち好く、幸せな気分になれるのである。

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November 03, 2005

衝撃降下90度

「衝撃降下90度」 松本零士著
 戦場コミックシリーズ 小学館
  収録作品
   「衝撃降下90度」
   「晴天365日」
   「曳光弾回廊」
   「流星北へ飛ぶ」
   「爆裂弾道交差点」
   「富嶽のいたところ」

どれも短編マンガで、この作者得意のジャンルである、第二次世界大戦を戦った日本の軍用機とそれに関わる人々を描いている。 何れも70年代半ばから80年代初めに掛けての作品で、収録作品中の「曳光弾回廊」は私も読んだ覚えがあって、深く印象に残っていた。 先日ふと、復刻されたものを手に取って懐かしくなり、買い求めたものである。

ここでは、松本零士の描く航空機の画が実に素晴らしい。 何れも機械の鳥な訳だけれど、それが活き活きとして、パイロットと一体になって飛び、舞い、闘う。 あるいは、敵弾を浴びて断末魔の悲鳴をあげながら落ちてゆく。 こう言ったマンガを書く人は他に幾らもいるけれど、航空機を描いて、これほどまでに魅せる人は稀であろう。

戦争マンガだけれど、どれも悲劇的な、あるいは皮肉な結末を迎える。 勇壮さよりも、鎮魂としての色彩が色濃い。 その辺りがまた、松本零士らしいと想う。

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