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January 06, 2020

読書:あかんやつら

 
  
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あかんやつら
 
  ~ 東映京都撮影所血風録 ~


    春日 太一 著

        2013年 文藝春秋

 


  序幕:小指のない門番

第一部:時代劇黄金期

  第一幕:東映京都を創った男
  第二幕:親父に捧げる「赤穂浪士」
  第三幕:鬼の岡田

第二部:混乱する撮影所

  第四幕:時代劇の凋落
  第五幕:集団時代劇の興亡
  第六幕:岡田茂の改革

第三部:暴力とエロスの都

  第七幕:仁侠映画、快進撃
  第八幕:女の世界を覗き見る
  第九幕:「仁義なき戦い」

第四部:必死のサバイバル

  第十幕:高岩淡所長と映画村
  第十一幕:迷走する大作映画

  終幕:逆風の中で・・・・・・



「あかんやつら」って。(^^ゞ
また、真摯なノンフィクションとも思えぬタイトルですが。(笑)
しかし、これが至ってマジメな本。
若い著者が情熱を注ぎ、体当たり取材でものした、正しく真剣勝負の一冊でした。

私が本書を初めて読んだのは、二年前、人生で初めての入院を体験した病院のベッドの上でのことでした。
入院中の無聊をかこつ中、病院の図書室にあったのを見つけ、俄然興味を持って借りてみた次第。
そして、これが実に面白かったです。
退屈を忘れ、一気読みしてしまいました。

その「あかんやつら」。
今また手に取って(今度は地元図書館で借りて)みました。

        ▽▲▽▲▽▲

著者は新進気鋭の時代劇研究家。
元々は映画の製作を志すも、しかし挫折。
手詰まりとなった著者が活路を見出したのが(同世代の誰もやっていなかった)時代劇の研究/ライター業と言います。

        ▽▲▽▲▽▲

その全盛期を、直接には体験して来なかった若い世代による時代劇の論評は、かつて時代劇に熱狂したオールドファン、そして当時を知らない若い世代から好表裏に迎えられ、なにより、かつて時代劇の製作に携わった関係者の多くから歓迎を受けました。

著者の仕事は、映画の(タイトルロールの下の方に、まとめて記される)スタッフらにまでスポットを当てたことが画期的でした。
彼らスタッフなくして映画は、なかでも時代劇(という、造るにおっそろしく手間の掛かるシロモノ)は成り立たないですからね。

時代劇を支えてきた数多のスタッフの仕事ぶりを、よくぞここまで詳しく調べ/書き記してくれた。 って言うところでしょうか?
言い換えれば、これまで(こういったカタチでは)誰ひとり書き残してこなかったと言うこと。

もちろん、同世代の先行者/同じ事を試みた者など他に無く、若い著者にとしては上手くニッチを捉えた形です。
映画製作の世界であれこれ模索を続けた末、ようやく見出した仕事が、今や高く評価されている著者。
ライターとして、金の鉱脈を掘り当てたってところですね。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

「モーレツ社員」なる言葉を、耳にしなくなって久しい令和の世。
政府は「働き方改革」を進め、世間ではブラック企業の存在が取り沙汰される昨今です。
しかし、50~60年代の邦画全盛期、東映時代劇の製作に携わったスタッフらの仕事ぶりは、猛烈どころではない、壮絶極まりないものであったと言います。

戦後の新興映画会社であった東映。
その発足の当初から、酷い資金難に苦しめられ、失速寸前の苦しい経営状況でした。
なにしろ、資金が足りません。
そこで、東映京都撮影所が採った戦略。 それは、数多くの映画を提供して、映画館から客を絶やさないというテでした。

        ▽▲▽▲▽▲

その為に、とにかく次々と(それこそ、息を継ぐ暇もないほどのペースで)時代劇を撮り続けたんです。
当時は(娯楽の少ない時代だけに)映画館に幾らでもお客の入る時代。
新作映画を造り/公開し続け、その度、なにがしかの利益を確保して、生き延びてゆくしかなかったんですね。

おっそろしくタイトな撮影スケジュールが敷かれる中、撮影所のスタッフにもハードワークが要求されました。
名優/映画スターについて、その仕事ぶり/忙しさについて語られることは多々ありますけれど、本書では数多居るスタッフ。 監督や脚本家はもとより、製作・キャメラ・照明・編集などなど。 中でも、制作進行というポジションの重要さ(タフさ (^^ゞ )について触れているところがユニークです。

        ▽▲▽▲▽▲

撮影にあれこれ手間の掛かる時代劇を、滅多矢鱈と急ピッチで、次から次へと造り続け、眼の回るほど忙しかった東映京都撮影所。
ですから、無茶もしました。(^^ゞ

撮影所のスタッフにオーバーワーク/無理難題を強いるばかりでなしに、ロケ先でも超ハードな撮影を敢行したり、またその為に現場の準備/現地との交渉を行ったり、時には裏社会と関わったりすることも。(^^ゞ(このあたりは、制作進行の腕の見せ所!)
と言うか、この人たちって、やる事なす事が無茶なこと/ブッ飛んだことの連続で、文字通り「あかんやつら」です。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

売れると見れば(どんな映画であろうと)すかさず飛びつく。 そして、それがヒットしたと見るやパート2・3と(節操もなく)柳の下の泥鰌を狙いに(笑)いくのが東映です。

東映が我が世の春を謳歌した時代劇全盛期を経て、やがて、その人気が凋落を迎えたと見るや(時代劇をアッサリと諦めて)今度は任侠映画へと転進します。
生き残るためには、なりふり構わぬ東映でしたけれど、その基本はあくまで娯楽映画。
お客さんが楽しめる映画を提供することですから、その姿勢は一貫していると言えます。

ともあれ、それまでスタッフ一同が心血を注いで造り続けていた映画のジャンルを、号令一下で進路変更させるんですから、本当に思い切ったコトをする会社ですね。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

やがて、東映ばかりではなしに、映画全体/邦画界そのものが低迷する時代が訪れます。
各映画会社とも業務を縮小、こぞって合理化が始まりました。

東映(その全盛期は、あまりにも短かかったです orz )も、また例外ではなく、苦心惨憺するわけです。
が、東映京都撮影所は、どんなに苦しくとも撮影所を手放すことなく、大規模リストラにも手をつけませんでした。
オレたちには映画造りしか無い!って言う、映画人としての矜持。 そこのところを、深~く自覚してたんですね。

さて、苦戦を続ける中で、京都撮影所内を一般に開放する試み(テーマパーク化ですね)が予想外の大ヒット!
今に続く、東映太秦映画村の始まりです。

いやぁ、なんとも逞しい人々です。(^ァ^)
生き残りを掛けて、どんなことでもやって来た東映京都撮影所。
その行き着いたところが、時代劇の世界で遊べるテーマパークとは。(^ァ^)

こういった場で、若い時代劇ファンを育て、ベテランが後進を指導する。
なんて具合に世代交代を進めてゆけば、時代劇の灯も消えることなく、次世代へと引き継がれるんじゃあないでしょうか。

本書で語られるのは、東映京都撮影所にまつわるエピソードのあれこれですけれど、これって芸談というより、むしろ一種の経営論になっていますね。
東映時代劇愛溢れる一冊でした。
 
 

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