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November 23, 2019

映画:東京オリンピック(1964年大会)

 
 
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公式記録映画:東京オリンピック (1964年大会)
Tokyo Olympiad
 
 
監督:市川崑
撮影:宮川一夫
 
 
    1965年公開   日本・東宝
 
 
 
ワタクシ、最近はた(!)と気のついたことがありまして。
市川崑が監督を務めた、東京オリンピック(1694年大会)の映画ってありますよね。
公開の当時、「芸術か記録か」論争を巻き起こしという問題作です。

これ、前々から観ておきたいと想っていた映画のひとつ(市川崑作品ですし)ではあるんですけれど。 でも、ボヤボヤしていられなくなりました。
だって、今の内に(さっさと)観ておかないと、もうすぐ次の東京オリンピックが始まっちゃうじゃありませんか!(笑)

そんな謎の危機感(笑)から、手に取った公式記録映画「東京オリンピック」のDVD。
1964年・第18回東京大会の公式記録映画です。(公開は1965年)

        ▽▲▽▲▽▲

その日、1964年10月10日の(旧)国立競技場。

この日を、ついに我が国は迎えることとなりました。
秋晴れの下、東京オリンピックの開会式が始まります。
 
 
「1964年10月10日午後2時。
いよいよ選手団入場行進開始であります。
先頭はオリンピックを生んだ栄光の国ギリシャ・・・・」
 
 
こうして過去の大会の開会式を見ても、やはり感動します。
胸の高鳴りを抑えられなくなる。 それがオリンピック。

世界各国からトップアスリート/観客を迎えての、この開会式。
敗戦後十九年を経て、ここまで立ち直った日本の姿を、世界に向けて訴えます。
当時の日本人が共有していたであろう晴れがましさ。
あるいは、ちょっと恥じらいも(そこはシャイな日本人です)あったかも。

そして、航空自衛隊の F-86 戦闘機が、東京上空に描いてみせた、壮大な五つの輪。
戦後日本を象徴する、クライマックスのひとつですね。

数々の想い出と記録の詰まった、この素晴らしい国立競技場も、取り壊されてしまい、今はもうありません。(って言うか、次のが建っちゃってます) このままにしといて好かったのにねぇ。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

「芸術か記録か」
この映画、公開時(オリンピックの開催された翌年です)は、その内容が記録映画に相応しくないと言われ、物議を醸したそうですね。

なにしろ、勝ち負けがつきものの競技種目で、あえて勝者をハッキリとさせない編集がなされていたりします。
そして選手のクローズアップを多用し、試合の様子をちゃんと(!)見せてくれなかったりも。
それは表現を重視し、競技/選手の姿をアートとして捉えようとした結果なんでしょうね。

なのでこの映画、普通にスポーツ競技を観戦する積もりで鑑賞に臨むと、ストレスの溜まりまくる仕組みです。(^^ゞ
勝負の行方を追うよりも、むしろ競技者/観客/競技場そのものなどなど、オリンピックというイベントを表現しようという作品。

なにしろこの当時、競技の映像を見ようったって、そう簡単には行きません。(今でこそ、ハイクオリティな映像が無数に提供されますけれど) テレビはまだまだ白黒が主流の時代。 中継技術も未発達です。

そこで、映画館のカラー大画面/大音響で、各競技/名勝負がまとめて観戦出来る! なんて期待に胸膨らませつつ映画館に入ったら(試合の結果/勝敗にはこだわらない)芸術性重視のこの作品です。orz
観る者の期待にそぐわなかったという意味では、確かに問題だったかもしれませんね。(^^ゞ

ともあれ、スポーツ観戦を愉しむ気分でこの映画に接したら、ガックリ来ることは必定。
だって監督を任せた相手が市川崑なんですから、そりゃ、こうなりますよ。(笑)

でも果たして、映像メディアの発達した現在ならどうでしょう。
個々の競技の克明な映像など、テレビやネットを通じて幾らでもチェック出来ますからね。
公式記録映画「東京オリンピック」。
今となっては、芸術側に振っておいて大正解だったのかも、なんて考えさせられます。

        ▽▲▽▲▽▲

さあ、競技の始まりです。 まずは陸上競技から。

表現/芸術性の重視。 観る側としては(レース競技にも関わらず)時に順位をハッキリと示さない場合もある、そんな演出スタイルを受け入れなくちゃなりません。 (これに乗り損ねると、このあとツマラナイ時間を過ごすことになります (^^ゞ )

従来のテレビでは捕らえきれなかった、選手の細やかな動き/表情。
アスリートたちの一瞬を、超望遠で切り取りました。
陸上競技/トップアスリートの走りを観て愉しむなんて発想が未だ一般的ではなかった時代に、これを世に問うた監督/撮影スタッフの鑑識眼/審美眼。(^ァ^)

陸上競技を終える(マラソンを除く)あたりで、映画全体の半分が終了です。

 
 
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ONも観戦してました。(^ァ^)
 
 
          ▽▲

映画中で二番手の競技は体操

この競技場面、映画としてはイマイチ(日本選手の見せ場こそ多いものの)と感じました。
なにしろ、BGMとして流される優雅なクラシック音楽が画像に合いません。
演者の汗や息づかいを無視して、ショーでも愉しむかのような目線に違和感を感じました。
(そこは、当時と今との、体操競技観の違いってことなのかもしれませんけれど)

          ▽▲

三番手は競泳

今時の競技中継なんかと比べても、見劣りのしない、優れた映像でした。
プールを真上から見下ろすアングルって、この頃からあったんですね。
(今の技術なら、もっとスタイリッシュに撮れたかもしれませんけれど)
これ、世の中が市川崑に追いついたってことでしょうか。(^ァ^)

          ▽▲

重量挙げ

私、チビ助の頃に「三宅選手ごっこ」をやって遊んだ、微か~な記憶があります。
ハタキかなんかを両手で持ち上げて、「ボクみやけせんしゅ~」って。(笑)
金メダリスト。 今見ると、実に男らしい、好いマスクを持った選手でした。

          ▽▲

レスリング

ここでも勝敗が判らない演出でした。
で、日本は決勝で勝てたの? どうなったの?
なんだかんだ言って、やっぱり気になってしまいます。(笑)

          ▽▲

フェンシング

こういう競技をオシャレに描いちゃうのって、表現として安易過ぎと想うんだよね。(^^ゞ

          ▽▲

そして柔道

ここで名勝負がありましたね。
日本を負かしたオランダのヘーシンクの名、オレでさえ知っているもの。
無差別級の攻防。
ヘーシンク選手って矢鱈とデカくて如何にも不器用そう、そしてイイ人そうに見えます。(^ァ^)

          ▽▲

この後、射撃を経てから自転車

八王子で開催されたロードレースの様子を描きます。
昭和の街々/近郊を、次々と駆け抜けるロードバイクの姿。
沿道で観戦する市民の大半が(おそらくは)初めて眼にした自転車競技というもの。
懸命に自転車を漕ぐ人。 それを興味深げに観る人。 周囲の風景。
郊外で催されたレース風景が素晴らしかった。
この競技のパート自体、一編の優れた短編映画になっています。

          ▽▲

映画はこの後、サッカー・馬術・バスケ・水球・ホッケーと描いて、そして、その後が女子バレーです。

東洋の魔女たちの奮戦。
決勝は 日本 対 ソ連。 名勝負でした。
映画はマッチポイントの一進一退を追って、本当にハラハラさせられます。
(「芸術か記録か」なんてこと、もはや忘れ果てていました (笑) )
そして感動させます。

          ▽▲

マラソン

もちろん、都内を走りました。(笑)
先頭を行く漆黒のランナーは、エチオピアのアベベ。
カメラはひたすら、彼の姿を追い掛けます。
誰か一人が独走して制するなんてこと、映画の撮影前は判らないワケですから、この絵面は、図らずして起こったことなんでしょうけれど、ともあれこのランナー、実に絵になる。(^ァ^)
独走するアベベの姿。 この五輪を代表する図となりました。
背後には、昭和の街並み。 現在と比べて、また随分とモノトーン気味です。

この映画では、先頭集団ばかりではなしに(テレビの中継と違って)後方のランナーにまでカメラを向けたのが好かったです。
給水所の点景。
トップ争いを演じる走者ならば(ボトルを掴むがはやいか)一瞬で通り過ぎるところです。
それが、後方の走者たちがやって来る頃になると、いろんなドラマが・・・・

新宿駅の南口を駆け抜け、やがて競技場に姿を現すアベベ。
そして、その後を円谷が・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

そして、1964年10月24日が来ました。

閉会式は競技場に、各国の選手が入り乱れ、各々自由に入場するスタイル。
これ、ノーサイド感があってフレンドリーです。(^ァ^)
とっても好い、ジンと来る閉会式でした。


さて来年、二度目の東京大会はどんなオリンピックになるんでしょう。
やっぱ、暑さとの戦いを制した者に、勝利の女神は微笑むんでしょうか?(笑)
(勝ちに来るようなアスリートは、今頃、暑さ対策をあれこれ講じているんでしょうね)

2020年大会の公式記録映画は、河瀬直美監督が撮る予定なんだそうですけれど、マラソンのコース変更騒ぎとかあって、気が気じゃないでしょうね。(^^ゞ

 
 

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Comments

あ~懐かしい!アベベとか、円谷とか三宅とか、ヘーシンク、東洋の魔女たち・・・。忘れられない名前ですね。
ONご両人も若かった!

私も20代半ばでしたしね。。。
〔ちゃっかり自分もふくめる厚かましさ(^_^;)〕

Posted by: おキヨ | November 24, 2019 12:52 PM

>おキヨさん
 
1964年の東京オリンピック。 おキヨさんはしっかりご覧になっていたんですね。(^ァ^)
私の場合、ヘーシンクや東洋の魔女の名は、ずっと後になって、少年漫画の中に出て来て知ったのが最初です。
王・長島を発見した時は(画面にテロップとか無しでしたので)ビックリしました。(笑)

Posted by: もとよし | November 24, 2019 06:53 PM

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