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November 08, 2019

読書:少年の名はジルベール

 
 
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少年の名はジルベール
 
 
     竹宮惠子 著
 
 
        2016年   小学館
 
 
 
  ・ 缶詰旅館
  ・一人暮らし
  ・少年愛の美学
  ・大泉サロン
  ・少女たちの革命
  ・不満と焦り
  ・男の子、女の子
  ・ライフワーク
  ・悲観
  ・ヨーロッパ旅行
  ・契約更新
  ・プロデューサーの仕事
  ・新担当編集者
  ・読者アンケート
  ・大学でマンガを教えるということ
 
 
 
その夜。 午後も、既に十時を廻った頃合い。
当時、デビューして間もない新進少女漫画家・竹宮惠子は、突然湧き出した漫画の構想。 その奔流に、昂ぶりを抑え切れずにいました。

舞台は十九世紀末、フランスの田舎。 寄宿制の男子校で・・・・

汲めども尽きぬ構想。 アイデアは次から次へ、爆発的に溢れ出て止まりません。

「少年の名はジルベール。 絶対に、それ以外じゃない」

突如降りてきた漫画の着想を、誰かを相手に語らずにはいられなくなった竹宮。
彼女が最も信頼する漫画仲間、増山法恵に(こんな時間ですけれど)電話します。

それは、当時の少女漫画の禁忌に触れざるを得ない、というより、その常識を根底からブチ壊すかのような、あまりに過激なアイデアでした。
なにしろ、これまで誰もやってこなかった少年同士(!)の恋愛漫画。 少年愛の世界を描こうというものです!

なんと言っても「BL」、「腐女子」などと言った言葉の現れる、はるか昔のこと。
現在とは、状況が違い過ぎます。

今でこそ、広辞苑の見出し語にまで「BL」が加えらる時代です。


・ビー・エル【BL】①(bill of landing)船荷証券。②ボーイズ・ラブ。


・ボーイズ・ラブ(和製語 boys love)男性同士の恋愛を描く、主に女性向けの小説・漫画などのジャンル。BL


それが、竹宮が少女漫画を発表し始めた1970年代。
少年愛をテーマに漫画を描く、などということ。
ましてや、それを少女漫画雑誌へ連載する(そこまで、竹宮は意識していました)なんて、とても考えられない時代でした。

しかし、卓越した少女漫画の読み手であった増山は、この、当時としては斬新過ぎとも言える構想に、すぐさま深い興味を示し、しかしながら、至ってクールに受け取めます。

ふん、ふん。
それから? それから?

とうとう、明け方まで続いた長電話。
竹宮は、この時のドライブ感/高揚感を、生涯に一度の体験であったと言います。

学生たちの間では、政治談議/革命論議の盛んであった時代です。
同じ若者として、それに大きな刺激を受けずにいられない竹宮。
ならば、と決意します。
「私の革命は漫画でする」

この時、竹宮の志した革命が、少女漫画「風と木の詩」となって実を結ぶのは、もっとずっと後のこと。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、本書は少女漫画家・竹宮惠子の自伝。
主として、デビュー当時の体験/苦心談が熱く語られます。

徳島から上京して来たばかりの若手少女漫画家・竹宮惠子は、出版社の担当編集者から、同世代の少女漫画家として萩尾望都を紹介されます。
やがて、萩尾のファンであり友人でもあった音大浪人生(当時)増山法恵とも知り合って意気投合。

増山は少女漫画のみならず、文学・音楽・映画・美術と、表現の全般に渡って驚くほど造詣が深く、なにより卓越した審美眼の持ち主でした。
竹宮・萩尾の二人にとっては、歯に衣着せぬアマチュア評論家として、他の誰よりも(それこそ、プロの編集者顔負けの)厳しく的確な判断を(一片の容赦もなしに)下して来る存在です。

        ▽▲▽▲▽▲

やがて竹宮・萩尾は(萩尾の上京を機会として)増山家の斜向かいに共同で家を借ります。

それは、若い女性が好んで住まうとも思えぬ、古く質素な木造家屋(つまり、ボロイ借家 (^^ゞ )でしたけれど、ともあれ、この場所で、若手少女漫画家二人の共同生活がスタート。
そして(そこに増山を加えた)三人の濃密な関係が、ここから始まります。

この家で、竹宮・萩尾は各々の少女漫画作品を描き、そして増山は毎日のように(なにしろ自宅が目の前です)通い詰めることに。

少女漫画家二人が互いに刺激を与え合い、そこに、担当編集者以上にシビアな(舌鋒鋭い)批評家である増山が、付っきりで創作に関わるカタチです。

        ▽▲▽▲▽▲

新人漫画家二人と熱心な読み手が、ひとつ屋根の下、好きなことに思いっきり打ち込む共同生活。
なんかもう、若い漫画家にとっての夢みたいな空間を実現させてますね。(^ァ^)
云わば「トキワ荘」の少女漫画版。
漫画だけに集中して、漫画漬けになって仲間と暮らす日々。
こんなの、愉しくないワケがないですよ。(笑)

担当編集者からは、漫画家の共同生活なんてものが上手くゆく筈無いと言われ(トキワ荘との違いを説かれて)猛反対されます。
が、そこは若い彼女ら。
止めることなど、誰にも出来ません。

少女漫画作品の創作に打ち込み、互いの作品を批評し合い、更に(他の少女漫画作品・映画・音楽など)興味を持ったあらゆる分野について、大いに語り合う日々。
「少女マンガを変えようよ。 そして少女マンガで革命を起こそうよ」

木造の質素な借家は、やがて(その地名から)「大泉サロン」と呼ばれることになります。

        ▽▲▽▲▽▲

三人の意向もあって、「大泉サロン」は訪れる者を拒まぬ、ウェルカム/オープンな雰囲気に保たれていました。
それに惹かれ、熱心なファン・漫画家志望の若手・更には編集者さえ出入りしはじめます。

それは、「サロン」と言う名称から来るイメージとは程遠い、およそ質素な木造家屋でしたけれど、しかし、夢と活気に溢れる少女漫画創作の場でした。

        ▽▲▽▲▽▲

竹宮らが「大泉サロン」に暮らした期間中、「大泉サロン」の住人三名 + 漫画家仲間一名で、ヨーロッパへ取材に出掛けています。
当時としては珍しい、若い女性四人の欧州旅行。

ヨーロッパを舞台、あるいはイメージの源泉とすることの多い少女漫画家として、一度は本場を見ておかなければと考え、思い切って旅立ったわけです。

少女漫画作品に生かすべく、1970年代のヨーロッパの姿(今となってみれば、実に貴重な体験でした)を、その眼に焼き付けました。
彼女ら、旅先のトラブル・言葉の壁・更には体調不良ですら若さで乗り切ります。 と言うか、その珍道中ぶり。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

若き日の竹宮。
自分の現状に満足することなく、絶え間なくダメ出してゆくタイプの天才でした。
満足するということを知らないその創作活動は、ですから、厳しく辛いものとならざるを得ません。

その竹宮惠子が、かねて天才と認め、(自分に足りない要素の、すべてを手にした者と見え)意識して来た萩尾望都。
やがて、彼女に対し、嫉妬に近い感情が芽生え始めるのを抑え切れませんでした。

自分自身では、どうにもコントロールし切れない、イライラの募る竹宮。
そんな天才・萩尾と、ひとつ屋根の下に住んでいるという重圧・・・・

意外なほど早く訪れた、「大泉サロン」の終焉。
少女漫画に捧げた青春でした。

        ▽▲▽▲▽▲

さて竹宮には、「少年愛の世界を少女漫画化し、発表する」という大きな目標がありましたね。
やがて竹宮は、担当編集者と談判した上で、少女漫画雑誌の人気投票で竹宮の作品が一位を獲得しさえすれば、「風と木の詩」を連載させるという条件を引き出します。(やった! (^ァ^) )

さてこうなったら、なにが何でも、例えどんなことをしてでも(笑)人気投票で一位を獲らねばなりません!(これまでは、下位の辺りで低迷していたことも度々でした)

「一位の取り方教えてよ! 作戦立てなきゃ」
竹宮は、百戦錬磨の少女漫画通、少女漫画を誰よりも知り尽くしている増山に協力を請います。 最強の軍師/作戦参謀ですね。(笑)

増山は、設定・ストーリー・シリーズ構成・そしてファンサービス(ファンクラブの組織、サイン会の開催)などなど。 ウケる少女漫画を描くための戦略的アドヴァイスを、次々と授けました。
それに応える(これまでは、増山の意見に抗うこともあったのですが)竹宮。
すべては「風と木の詩」の連載を勝ち取るためです。

人気投票で首位を獲る目的の下、描きはじめた新作漫画「ファラオの墓」に猛然と取り組む竹宮。
その中で、かつてない漫画家としての充実を実感し、更に熱心なファン層の存在を意識しはじめます。

こうして、少女漫画家として覚醒してゆく竹宮惠子。(この辺り、読んでいて実に痛快でした)
そして遂に・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

パイオニアの軌跡というのは、なんであれ(どれほど時代を経ても)決して疎かに出来ない、意義深いものです。
まして、この世代の少女漫画家の(少女漫画における表現技法の開拓、そして少女漫画家の地位向上に務めた)奮闘ぶり!

「風と木の詩」は、やがて少女漫画雑誌上に連載され、当然、大きな話題に!
少女漫画が、他の様々な分野(学者/評論家/文化人なども含め)から、広く語られる嚆矢となります。

革命は成し遂げられました。

        ▽▲▽▲▽▲

本書は、昭和を駆け抜けた一女性の手記として、読む者をして夢中にさせます。
少女漫画に付いてなにも判らず、この手の漫画を未読の私でも、充分に愉しむことの出来た、そして刺激に満ちた、少女漫画家一代記でした。

 
 

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