« September 2019 | Main | November 2019 »

October 29, 2019

映画:スパイダーマン

 
 
Photo_20191029194201 
 
スパイダーマン
Spider-Man
 
監督:サム・ライミ

出演:トビー・マグワイア  (ピーター/スパイダーマン)
   ウィレム・デフォー  (グリーン・ゴブリン)
   クリフ・ロバートソン (ベン叔父さん)
   ローズマリー・ハリス (メイ叔母さん)
 
   スタン・リー     (カメオ出演)
 
 
     2002年   米国
 
 
「スパイダーマン」。
アメコミ界を代表するスーパーヒーローだけに、これまでに度々、映画/テレビ/アニメ化の機会に恵まれてきました。

そんな中、この作品はCG時代を迎えて久しい2002年に満を持して(当時最高レベルのCGを駆使しまくって (^ァ^) )実写映画化されたもの。

題名も、超ストレートに「スパイダーマン」ですって。
その単純明快さから、造り手の意気込み/自信の程が窺えますね。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

映画の内容は、早い話、スーパーヒーロー・スパイダーマンの誕生編。
アメコミの実写映画化としては良くある、手硬くオーソドックスなやり方ですね。

但し、この手のヒーロー誕生譚って、往々にしてストーリーが詰まらなかったりしますから油断がなりません。(^^ゞ (いつまで待っても、ヒーローが出てこなかったりしてね orz )

それがここでは、ドラマパートとアクションパートのバランスが巧み(グリーン・ゴブリン役、ウィレム・デフォーの怪演!)でハイクオリティ。
観ていてまったく飽きませんでした。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 普段は目立たぬ(いまひとつパッとしない (^^ゞ )男子高校生で、しかも苛められっ子 (>_<) のピーター。
そんな彼が、図らずも(奇跡的に)蜘蛛のスーパーパワーを得た時・・・・
彼はスパイダーマンとなって(世を忍んで)世の人々のために戦う道を選びました。

あえて、一文のトクにもならない(しかも命懸けの)道を選択したわけですね。
その行動原理となっているのが、育ての親・ベン叔父さんの教えであり、メイ叔母さんの人柄でした。

ここでこの映画では、叔父さん/叔母さん役に大ベテランの名優を起用。(それぞれが、アカデミー賞/トニー賞俳優)
映画の造り手の側が(「スパイダーマン」というドラマにおける)叔父さん/叔母さんの存在を、どれだけ重要視しているかが、このキャスティングひとつからでも判ります。

        ▽▲▽▲▽▲

映画の前半(スパイダーマンの誕生に至るまでの顛末)なんて、取り分け優れたドラマでした。 ホント、隅から隅まで隙のない作品。 素晴らしかった。

では、CG/特殊効果の方はどうか。
公開されて十数年を経た現在、観ていて若干辛い (^^ゞ ところも、ないではないですかねぇ。 けれど(演出の巧みさもあいまって)充分に愉しめます。

取り分け、スパイダーマンが蜘蛛の糸を次々に繰り出して、ビルからビルへ、摩天楼から摩天楼と飛び移ってゆくシーンなんて、実に素晴らしい。(^ァ^) オレ的に、CGサイコー・CG万歳です!

        ▽▲▽▲▽▲

原作は60年代から続くアメコミ。 長~い歴史を誇る、ご存知「スパイダーマン」です。

それにしても、このヒーロー。 今時の(現代的な)ビルが似合わないですねぇ。(笑) 親和性がないって言うのかな。
それよりも、アールデコの古風な摩天楼に映えるスーパーヒーローです。

そもそも、古い壁や、ビルとビルの狭い隙間、光の届かぬ陰のある空間にこそ、このヒーローの活躍の場があるわけで。
ビルの外壁を這い登り、クモの糸を張って移動する。 このヒーローには、やはり、古風なビル(レンガ造りだったり、外壁に非常階段が設置してあるような)が似合います。

それと、映画に写ったシーンで見る限り、アメリカって歴史を経た建物が多く残っていますね。 地震は無いし、戦災も経ていないしで、古いビルが沢山あるんでしょうか。
使い勝手はともかく、風情がありますね。(笑)

アメリカを代表するスーパーヒーローに相応しい傑作でした。

 
 

| | Comments (0)

十月の通院

 
 
雨降る中、いつもの病院へ行って参りました。

ここ数日、イマイチ意気が上がりません。orz
こんな、調子の良くないまんまで診察を受けるってのも、どうかと想うんですけれど、既に前回の診察から日数が経っているしねぇ。
いろいろ考えると、今日受けといた方が絶対イイわけです。
でも、やっぱ雨は嫌だなぁ。(>_<)

検査の結果は・・・・調子の悪さが、数字にも影響して来ていそうです。
あ、今回、ひとつ薬が替わりました。
実は、今日でひとつ減らされるものと期待してたんですが(減らされるんでなしに)その種類が替わっただけでした。orz

もうこうなったら、意地でもウェイトコントロールを成功させてやる。(謎)

それにしても雨、止みませんねぇ。

 
 

| | Comments (0)

October 26, 2019

映画:グラン・トリノ

  

Photo_20191026180401

 

グラン・トリノ
Gran Torino
 
 
  監督/主演:クリント・イーストウッド
 
 
       2008年    米国
 
 
クリント・イーストウッドが自ら監督を務め、更に(一旦はこれで)俳優業のラストと位置づけていた2008年の作品。 あの「ダーティーハリー」から三十七年後の映画です。
 
 
※ 米国ミシガン州デトロイト。 地元フォードの自動車工場で、長年働いて来たクリント・イーストウッド。
既に現役を退いた元熟練工ですけれど、その風貌/振る舞いからは、かつては自信に満ちた腕利きの職業人であったことが察せられます。

その彼も齢を重ねました。
映画は、長年連れ添った妻の葬儀シーン(最高の女性であったと述会します)から始まります。

かつて繁栄を極めたデトロイトの自動車産業も、今では零落の一途。 すっかり低迷しています。
気が付けば、路上には日本車が氾濫。
息子の一人など、あろうことかトヨタのディーラー勤めです。

どいつも、こいつも・・・・(-_-メ)
今や世間は、アメリカ人としての誇り(かつて彼の世代が共有していた)を失って恥じない者たちによって大勢を占められています。
息子/嫁/そして孫たち(このところ、介護とか遺産の中身ばかり気にしている)に至るまでも、彼をイラつかせます。
身内さえ、ダメな奴ばかりなのか・・・・
すっかり偏屈な老人になっちまったクリント・イーストウッドです。(^^ゞ

彼の住む街もまた老いました。
住まい(郊外の瀟洒な住宅街)は押し並べて老朽化、次々と立ち去ってゆく昔からの住民。
なんか、主人公を取り巻く周辺の落日感がスゴイです。

そんな中、空き家となった隣家に越して来たのは、東南アジア系の移民一家でした。

        ▽▲▽▲▽▲

この映画で、保守的にして頑固一徹、徹底した外国人嫌いの老人を演じるクリント・イーストウッド。
言語も習慣も異なる隣人と、親しく近所付き合いしようなんて、ハナから考えていません。
新参の東南アジア系移民だって(彼の抱く)アメリカ人の誇りなんて、まるっきり理解出来ませんし。
一方彼の方も、若い頃朝鮮戦争に参加した(アジアを戦場にしてしまった)という負い目を(心密かに)抱えています。
慣れぬ(そして不器用な)者同士の相互理解。 中々容易ではありません。

        ▽▲▽▲▽▲

やがて、隣家の息子が彼の愛車(フォード往年の名車、グラン・トリノ)を盗みに入ったのを撃退(今時の若者じゃあ彼の相手になりません w)したり、移民不良グループから救ってやったのを切っ掛けに、東南アジア系一家の姉弟とやり取りするようになります。

老イーストウッド。 しっかり者/諸事ポジティブな姉から是非にと懇願され、ボンヤリして前途の思いやられる弟君を仕込むことに。(彼は毅然として前向き、ガッツ溢れるこの姉のことを、他の誰よりも気に入ったと見えます)

あちこちが草臥れて久しい家屋のメンテ、荒れ放題になっている庭の手入れ/掃除、昔馴染みの床屋の主人とのラフなやりとり、などなどを通じて、少年を男へと鍛え上げる。 イーストウッド流レッスンの始まりです。
かつての誇り高きアメリカ、彼の信じるアメリカ人としてのあるべき姿を(息子でも孫でもない)東南アジア系移民の弟君に、ひとつひとつ教え込んでゆきます。
 
 
クリント・イーストウッド:
「まず、この3つから始めるんだ。
こいつを持ってけ。 WD-40(潤滑剤のスプレー缶)とバイスグリップ。
それからこいつだ。 ダクトテープの一巻。
この3つがありゃ、まともな男なら家の中の大抵のものは自分で修理出来る」
 
 
映画を見終わって、洗面台の下に放り込んだままの工具入れを確認しに向かったワタシです。(笑)
 
        ▽▲▽▲▽▲

ある日、隣家の東南アジア系移民一家が催したパーティーに招かれたクリント・イーストウッド。
この男、これまで外人嫌いで通して来た頑固者なんですが。w
その彼が、一歩隣家の敷居を跨ぐと、この家の息子がお世話になった恩人として、完全にヒーロー扱いです。(笑)
根っから世話好きの、東南アジア系一族のオバちゃんたち(こういう親族のネットワークってスゴイ w)に、寄ってたかって給仕される彼。
酒も料理も慣れないものばかりだが・・・・ウン、悪くない。(笑)

かつて確かに在った「アメリカ」というもの。
クリント・イーストウッドが生涯を通して愛して来た「アメリカ」を構成する要素が、次々と姿を消してゆく代わり、気が付けば実の子/孫たちよりも、隣家の東南アジア系姉弟に心が傾き始めている自分が居ました。
俺の何より大切にして来たものを受け継ぐのは・・・・

そんな中、街に巣食う移民不良グループの乱暴狼藉が激化して、遂に最悪の事態に。
体調の悪化、そして病院での診察から、自分に残された時間の、そう長くないことを悟った彼は・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

若き日にカウボーイ/ガンマン役で頭角を現し、その後バイオレンスな刑事役でブレイクを果たしたクリント・イーストウッドという大スター/名監督の、越し方を振り返る時・・・・そして、その果てにあるのがこの映画と想うと、万感胸に迫るものが。(/_;)
 
大スター/名監督の手掛けたとも思えぬ、驚くほどシンプルな、しかし心にずしりと響く傑作でした。

 
 

| | Comments (2)

October 24, 2019

映画:怪獣島の決戦 ゴジラの息子

 

6
 
  
怪獣島の決戦 ゴジラの息子
Son of Godzilla
 
 
 本編監督:福田純
 特技監督:有川貞昌
 特技監修:円谷英二
 音楽  :佐藤勝
 出演  :久保明
      前田美波里
      平田昭彦
      土屋嘉男
      高島忠夫
      佐原健二
      西條康彦
 
 
         1967年   日本・東宝
 
 
東宝8作目のゴジラ映画、「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」です。
この映画、副題(?)の「ゴジラの息子」ってトコが肝心なだけに、「怪獣島の決戦」って文言は、なんか余分って気が。(笑)

公開当時は怪獣ブームの真っ只中。
東宝としては(そこに乗っかった形で)集客のターゲットとして、ファミリー層に狙いを定めたんでしょうね。
パパ・ママご一緒に、ご家族で観に来てね~♪ (^ァ^) ってところでしょうか。

大怪獣ゴジラ。 思えばデビューの当初(「ゴジラ」(1954年))なんて、東京を壊滅寸前にまで追い込んだ暴れん坊ですけれど、それが今やお父さんですよ。
怪獣の擬人化もここに極まれり。 もはや、来るところまで来たかってな感があります。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

にしても、今回のゴジラ親子の造型に付いちゃ、いささか引っ掛かるものが。(笑)
元々、映画が造られる度に微妙な変化を見せているゴジラの造型ですけれど、この映画では面長でお眼目パッチリ。 全体的に、いささかぬーぼーとした雰囲気を漂わせます。(^ァ^)
まぁ、大怪獣とは言え、そこはお父さんですから。 これはこれでアリなのかも。(笑)

そして、今回が初お目見えとなるゴジラの息子ミニラ。
ハッキリ言わせて頂いて・・・・ブサイクな坊ちゃんでした。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

この映画が公開されたのは、1967年(昭和42年)の師走。
併映(二本立て興行があたり前だった頃のことです)は「君に幸福を センチメンタル・ボーイ」。 当時のスター! 舟木一夫主演の青春歌謡映画でありますよ!! (^ァ^)

ところで私は、これら二本の映画を公開の折りに見ている筈(!)なんです。
モヤ~っとした、微かな記憶。 イメージの断片みたいなものが、辛うじてアタマに残っていますし。

お目当てだったゴジラ映画の方で、ミニラがゴジラの尻尾を使って縄跳び(?)に興じるシーンとか、オヤジに尻尾踏ンずけられてガオーってシーンとか、なんとなく覚えています。

なにより、併映の「君に幸福を センチメンタル・ボーイ」の方。
主題歌のサビのところのメロディーが、今も記憶にあります。
「ボクは~、ボク~は~、センチ~メンタル・ボーイ~♪」
(これ、どう見ても、子供の興味をひきそうに無い映画なんですけれど (^^ゞ )

人間の記憶って、不思議なもんです。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

さて、今回、私が久々にまみえた映画「怪獣島の決戦 ゴジラの息子」は、果たして・・・・
 
 
※ 南海の孤島で、気象コントロール技術を研究している「ゾルゲル島シャーベット計画」。 常夏の島の気温を、極地並みに下げようというプロジェクトです。
高島忠夫率いる研究チームは、謎の怪電波に悩まされながらも実験を続けていました。
研究のためとは言え、退屈な島での暮らし。
そこに、押し掛けカメラマンの久保明(やたら陽気でポジティブな男)が加わります。
しかしこのゾルゲル島、怪獣の出没する極めて物騒な場所です。
スタッフの一人、土屋嘉男は長期に渡る研究生活で、遂にストレスフル状態に・・・・
 
 
一つ前(7作目)のゴジラ映画「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」に引き続いての南洋ものです。
南の島、熱帯のジャングル、怪獣プロレス(笑)、そして南洋美女(^ァ^)・・・・
7作目と、この8作目で、設定があちこち被ってるんですけれど、こんなんでイイんでしょうか?(笑)

まぁ、無人島が舞台なら(怪獣映画に付き物の)ミニチュアとか、用意するのもラクですからね。(^ァ^)
怪獣に壊される街並みとか、造る手間も省けますし。 (逃げ惑う)群衆シーンを撮影する為に、大勢のエキストラを手配したりする必要も無いわけです。

さては、前作で上手くやったのに味を占めたか?(笑) って言うか、予算が苦しかったってトコでしょうね。

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、舞台となる南洋に相応しく、なんとも楽天的な作風です。
音楽の方も、なんかこう、すっとぼけた(笑)印象で。
(「南洋ボケ」というワードがアタマに閃きました (^^ゞ )

只しこの映画、少ない登場人物でドラマを廻していながら、ひとりひとりのキャラがイマイチ詰まンないんですよね。(久保明が頑張ってはいるけれど)

そんな中、興味を惹かれるのは(孤島暮らしの辛さから心を病んでしまう)土屋嘉男でしょうか。 その展開もまぁ、中途半端に終わっちゃうんですけど。(^^ゞ

さて、前作「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」では、現地に暮らす(ワイルドな)女性の存在が印象的でした。
本作では、島に生まれ育った娘役として前田美波里が登場!

ミニチュアの街並みとか、悪役の存在とか、あちこち省略しまくった印象のあるこの映画ですけれど、しかし、ここンところだけは(他はあちこち省いても)外せないってところでしょうか。(^ァ^)
前作の島娘役は水野久美でしたけれど、さァ、あなたはどっちがタイプ?(笑)

  
4
 
 この映画、ゴジラの演技(!)が想いの外細やかでした。 なかなかデリケート。

わが子を思いやる親の心情を表現する、その動作/動きなんか、完全に怪獣離れしてますし。(笑)

でも今度のゴジラ、ちょっと背丈を伸ばし過ぎじゃないですか? (^^ゞ
(ミニラとの身長差を表現したかったらしいんですけれど)
なんか、スーツアクターさんの顔が、ゴジラの肩甲骨から首の辺りに位置しているのがミエミエで(それが雑念を呼んで)ドラマに集中し辛いんですよね。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

南の島に、雪が降る。
クモンガとの一騎打ちから、ゴジラ親子の冬眠へ。
怪獣親子の情愛の伝わって来る、感傷的で美しいラストシーンでした。

ここ、今観ると、劇中でもっとも印象深い場面なんですけれど、でも、子供の頃の記憶にはまるで残っていないんです。
どうやら、当時のもとよし坊やの心には、まったく刺さらなかった模様。

記憶って、やっぱ不思議なモンです。(笑)

 
 

| | Comments (0)

October 22, 2019

「今年の新語」が愉しみ

 
 
毎年の師走、通信教育会社がスポンサーとなって発表される「新語・流行語大賞」ってのがありますね。
どういうワケか(年の瀬の時事ネタとしてイイ塩梅なんでしょうか?)ニュースで取り上げられることが多くって、でも、特にココ十年間くらいに選ばれたワードが、どれもイマイチだなって感じています。orz 例年の事ながらネ。(笑)

大概の場合、あんまり感心しないっていうか、納得がゆかない。
流行語とか言いながら、初めて聞くような言葉もありますし。
(いえ、まぁ、そこは、オレが時代から置いてかれてるってだけのコトかもしれませんけれど (^^ゞ )

ともあれ、それにしても、センスがねぇなぁ! と想うワケです。
こんなの一体何処の誰が選んで、そして決めてんの?
(個人的には選考委員が少な過ぎ/狭過ぎだって想うんだよね)

wikiで過去の受賞語を調べていたら、時事芸人のプチ鹿島曰く

「「そんなの流行ってねーよ」とSNSからツッコミが発生するまでが流行語大賞」

なんだそうで、これは言い得て妙って感じましたです。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、それとは別に、「今年の新語」ってのがありますね。
こちらは(株)三省堂の主催するキャンペーン。

なにしろあの三省堂。 数々の国語辞典を世に送って来た出版社のすることです。
同社の誇る辞書編集者の皆さんが選考委員を務めるって言うんですから、こいつぁ心強い。(^ァ^)

その上、選ばれた語は「新明解国語辞典」/「三省堂国語辞典」/「三省堂現代新国語辞典」/「大辞林」の各辞書に、その語釈が(各辞書毎に、相応しいスタイルで)載せられるんだそうで、新語の採集にも役立てているわけですね。 流石は辞書の三省堂。(笑)

こちらもwikiを調べたんですけれど、各年の受賞ワードの中でも、「今年の新語2016」に選ばれた「ほぼほぼ」ってのが(一体どこで見掛けたのやら(笑))記憶に残っています。
「上手ぇなあ~」って。(^ァ^)
この年の選考は、まさに慧眼! 絶妙の言語センスと想います。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、こうなると2019年・令和元年の「今年の新語」が、今からとっても楽しみです。
(オレ的に、「新語・流行語大賞」の方は、まぁ、どうでもイイっす(笑))

 
 

| | Comments (2)

October 15, 2019

小説:影との戦い(ゲド戦記1)

  
  
影との戦い (ゲド戦記 1)
A Wizard of Earthsea
 
 
  アーシュラ・K・ル=グウィン 著
 
 
         1968年  米国
 
 
1968年に発表されてこの方、その独特の世界観が、広く各方面に影響を与えてきたファンタジーの名作「ゲド戦記」。 その第一巻が本書「影との戦い」です。

この本、地元図書館では児童図書の置かれている書棚に在りました。
児童文学の扱いですね。 でもこれ、充分大人の鑑賞に耐える逸品と想います。

そしてこれ、なんでまた「ゲド戦記」なんて副題を付加したんでしょう?
あくまで魔法使いの活躍するお話しであって(戦いこそすれ)決して戦記ものじゃあないですし。 いや、この題も嫌いじゃないですけど。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

私、実はこの小説を初めて読んだ折りは、全然面白く感じられ無かったんです。
とんと惹かれるものがなかった。

とはいえ、ファンタジーの名作として誉れ高い本書です。
これは絶対、自分の読み方が好くない/間違ってるに違いない。 ウン、絶対そうだ。(笑)

そう確信しまして、しばらく経ってから、二~三度(我ながらシツコイことに (^^ゞ )に渡って読み返してみまして、そしてようやく、その好さが実感出来るまでになりました。

時間を置いて、過度な期待は持たずに(気を落ち着けて、じっくりと)作品と対峙する事で、はじめて、その愉しさ/奥深さに触れることが叶ったかと想います。
「影との戦い」とは、私にとってそういう小説。

        ▽▲▽▲▽▲

※ とある小島の寒村に、鍛冶屋の息子として生まれた少年ゲド。
魔法使いとしての類稀な資質を見出され、島の魔法使いの下で修行に入ります。

ゲドにとって最初の師匠となったオジオンは、強大な魔法の力を持ちながら、ひっそりと隠遁者のようにして暮らす、穏やかで寡黙な人物。
その指導は、ゲド少年にとって地味で退屈に過ぎました。
(若者らしい)強烈な野心/抑えようの無い好奇心を満たすような、自由自在/派手やかな魔法など、なかなか教えてくれません。

そんな、島の魔法使いオジオン。
後に旅に出て、世界屈指の偉大な魔法使いの門下で研鑽を積むことになるゲドですけれど、それでも、オジオン師匠のことは決して忘れませんでした。
彼にとって一番大切な人。
後に各地を遍歴して、様々な(驚くべき)経験を積んだ末、最初の師匠の下に帰って来るゲド・・・・ この流れが素敵です。

        ▽▲▽▲▽▲

※ ある日、薬草を摘みに山中へと分け入ったゲド少年。
花咲く野原で、不思議な女の子と出会いました。

女の子はゲドに、魔法を見せてくれるよう熱心にせがみます。
雛にも稀な美少女の前で(すっかりイイ気になってしまい(笑))覚えたての魔法を次々と披露してみせるゲド。
お終いに女の子が出したリクエストは、死者の魂を呼び出してみせて欲しい、というものでした。

「あんた、こわいんでしょ。」
「こわくなんか、あるもんか。」

無論のこと(!)死者を呼び出す術というものは、みだりに試してはならない禁断の魔法に属します。
しかし未だ若く、およそ分別など持ち合わせないゲドです。
師匠の眼を盗んで、こっそり、この魔法を使ってしまうのですが・・・・

       ▽▲▽▲▽▲

それにしても、なんと奥深い設定/構成からなる作品でしょう。
後にこの「ゲド戦記」が、数多のファンタジー小説に多大な影響を与えたというのも、充分にうなずけるところ。 (「ハリー・P」のシリーズなど、「ゲド戦記」の影響下で書かれているのがハッキリ判ります)

多島海と呼ばれる、無数の小さな島々から構成される(瀬戸内のような(笑))地域。
文明レベルは中世ヨーロッパのそれ。
しかし各地に魔法使いが棲んで居り、自在に力を揮う世界です。
庶民/市井に住まう人々と、魔法との距離の、極めて近い社会。
人々は魔法というものと、日々、ごく当たり前に接しています。

        ▽▲▽▲▽▲

でも、いくら魔法だからって、どんなことでも出来るってワケじゃあないんです。
この作品世界には確たる大原則が在って、それが物語りのリアリティを高め、奥深いものにしています。

何事かを成すにあたっては、その代償を支払わねばなりません。 魔法も然りです。
陰と陽。 光あればこそ、影もあり。
そして魔法を行使するには、その物の「真の名」を知らねばなりません。(ココ重要!)

        ▽▲▽▲▽▲

※ その後、オジオン師匠の下を巣立ち、海を越えて魔法学校に入学(やっぱ「ハリー・P」ですね(笑))したゲド。

向上心/野心の塊のようなゲド。 錚々たる大魔法使いたちの下で、様々なまじない・太古の言葉・古の英雄譚・そして何より大切な「真の名前」などなどを学びはじめます。

程なくして彼は、その卓越した資質から、開校以来の逸材として周囲の注目を集めました。
が、ある日、若気の至りから、習い覚えた魔法を駆使して「影」を呼び出してしまいます。

この世にあっては、実態を持たない「影」。
それ故「影」は、(実態を得て、この世に現れ出でる為)ゲドに取り付いて、その心身を喰らい(!)、彼を乗っ取ろうとします。(>_<)

        ▽▲▽▲▽▲

それは、若さゆえの過ち。(ベタな表現ですけれど (^^ゞ)
ゲドが好奇心・虚栄心(自分をより大きく/強く見せたいという)、つまり己の未熟さ/弱さ故に仕出かした、愚かな行為でした。

が、なにしろ、後に偉大な魔法使いとなる少年です。
その性格。 強い負けん気や探究心・好奇心などは、優れた魔法使いに不可欠な資質だったのかもしれませんね。
しかし、同時に野心・功名心・嫉妬・驕りといった(時に取り扱い注意となる)感情も、併せ持っていたゲドでした。

だから「影」なんか(ホント、止せばイイのに)呼び出しちゃったんですね。orz

        ▽▲▽▲▽▲

ここまでならば、如何にも若者にありがちな、修行中の失敗談ということになります。
しかし、この「影」ってのがシャレにならない、もう超絶にタチの悪い奴でした。

ゲドを喰らい尽くそうとして、どこまでも。
野越え・山越え・海までも越えて、ず~っと付いて来ます。
想像を絶する執念深さ。

魔法使いとしてのキャリアの、最初のところ(魔法使いの資格を得る以前)で土を付けちゃって、以来ず~っと、そいつを引っ張ってるカタチです。(>_<)

若気の至りから禁忌に触れてしまう。 誰にでもあり得ることですけれど、しかし、ゲドの場合、その代償はあまりにも高く付きました。

        ▽▲▽▲▽▲

浅はかな私は(^^ゞ、最初この小説を、若き魔法使いの大冒険/単純明快、痛快なエンタメくらいに考えていました。

なので、上記の展開には、大いにがっかりさせられたものです。
なにしろ、キャリアの最初に背負ったハンデが途方もなく重いですからね。
ガックリ来ちゃって、ホント、愉しむどころじゃあなかった。

けれど、小説を読み返してみて、感想が大きく変わりました。
つまり「影」って、もう一人の自分ってコトですよね。

誰しもが抱えている負の側面。
誰にも(あるいは自分にも)覚らせない裏側。
そのものと相対することは困難で、まして、それを乗り越えることなど、中々出来ないけれど。

まして、後に史上最も偉大な魔法使いと讃えられることになる少年ゲドです。
超弩級に優れた資質を持つ彼だけに、その「影」もまた超絶級でした。
乗り越えようったって、とてもじゃあないけれど御しきれません。 その前に喰われちゃいますって。(^^ゞ

読んでいる私は、痛快な冒険が始まるものとばかり想っていましたれど、これって実は、自分自身と対峙し、それを乗り越えよう/先に進もうとする、若者の成長物語だったんですね。

だから、終盤に至ってゲドは気付くんです。
「影」から逃げ回ってちゃダメってことに。

「影」と向き合い、戦いはじめてからのゲドの苦悩と成長。
ファンタジー小説で、かつて経験した類の無い感動を味わいました。

        ▽▲▽▲▽▲

なるほど深いワ。
単純明快なエンタメどころではなかったです。

この「影との戦い」。
私はこれから、何度も読み返すことでしょう。(多分 (^^ゞ )

ファンタジーの名作と呼ばれるに相応しい、素晴らしい逸品でした。

 
 

| | Comments (2)

October 13, 2019

台風一過

  
 
今回のはスゴイ! とか、過去最大級!! とか、とにかく鳴り物入り(?)で迎えた台風19号。
夜明け前に当地を過ぎ去りました。

今回も各地に、少なくないダメージを残していったようです。
被害に遭われた皆様に、お見舞い申し上げます。

        ▽▲▽▲▽▲

一夜明けて、自宅の周辺を歩き廻ってみた私。
強風と大雨に見舞われはしたものの、自宅・周辺とも、特に目立った被害は無かったです。

近辺にこれといった川や水辺のない当地。(深刻な事態から免れたのは、あるいはこれが大きいのかも?)
お昼過ぎにふらりと大柏川、そして第一調節池緑地までいってみました。

ここでも、被害と言うほどのものは無し。
台風一過でパキーンと晴れた秋空の下で歩き廻った緑地。 とっても結構で御座いました。
大雨の後だけに、足元がぬかるんでおり、靴がビチョビチョになっちゃいましたけれど。(笑)

あと、気が付いたんですけれど、今日の大柏川、なんか妙にサギが多く居たんですね。
普段はまず見掛けないのに。 どうした事なんでしょう。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

ニュースに寄れば、神奈川県は川崎市中原区で浸水が起きているとのことで。
以前、私の住んでいた場所から、そう遠くない辺りです。

お隣の武蔵小杉など、近年急速に人口が増えていて、インフラの整備が負い付いていないのかも。
なにしろ、すぐ傍を多摩川が流れていますし。
いろいろと気掛かりではあります。

        ▽▲▽▲▽▲

この19号。 (「ハギビス」って名称がどうしても馴染めません (^^ゞ )
今年何発目の台風直撃でしたっけ?

メディアなんかで事前に、その大型なことや、対策の必要性を散々呼び掛けていたお陰でしょうね。 (職場でも注意喚起していましたし)
今回は流石に、磐石の態勢で臨みました。

何度でもやって来る自然災害。(今回、当地は被害無しでしたけれど)
これで終わりということは無いだけに、やはり、これくらいの危機感は必要と想いました。

 

| | Comments (2)

October 12, 2019

映画:滝を見にいく

 
 
 

Photo_20191012112002 
  
滝を見にいく
Ecotherapy Getaway Holiday
 
 
監督・脚本:沖田修一
撮影:芦澤明子
出演:根岸遙子
    ・根岸純子
    ・愛称:ジュンジュン
    ・穏やかな笑顔の絶えない温厚な人柄
    ・アウトドアスキルあり
    ・蛇に触れる(笑)
   安澤千草
    ・谷由美子
    ・愛称:ユーミン
    ・ハッキリ語らないけれど水商売
    ・最近男と別れたらしい
    ・愛煙家(これが諍いの元に・・・・)
   荻野百合子
    ・関本百合子
    ・愛称:セッキー
    ・飄々とした人柄
    ・趣味は太極拳
    ・バードウォッチャーでもある
    ・昨年、夫と死別
   桐原三枝
    ・桑田三枝
    ・愛称:クワマン
    ・歯に衣着せぬ文句言い
    ・腰に爆弾を抱える
   川田久美子
    ・田丸久美子
    ・愛称:クミ
    ・声楽畑の人
    ・クワマンと親しい
   徳納敬子
    ・花沢敬子
    ・愛称:師匠
    ・元教師で最年長
    ・カメラが趣味
    ・持ち前の人徳で、自ずとリーダー的存在に
   渡辺道子
    ・三角道子
    ・愛称:スミス
    ・師匠と同じくカメラが趣味
    ・その師匠に対して憧憬を抱く
    ・どこか子供っぽさを残した女性
 
 
         2014年   日本
 
 
今年も山々が紅葉に彩られる季節となりました。 豊穣の秋です。

今回の映画は沖田修一監督(「南極料理人」)の「滝を見にいく」(2014年)。
その内容はと言えば、秋の山で七人の女性が道に迷ってしまうというもの。 ホントに只それだけです。(笑)

これ、実にもうこじんまりとした小品であります。
なにしろ出演した主要キャストの七人は、全員が演技経験不問のオーディションで選ばれたという(ずぶの素人を交えた)中高年女性なんです。
ごく少数のキャストで臨んで、しかも映画スター不在。
(それでも、劇中での諍いや喧嘩、感情が昂ぶって激昂したりするような難しいシーンは、演劇経験者に任せたようですね)

こういったチームで活躍するドラマでは、往々にして中心人物だけにスポットがあたって、他のメンバーはテキトー(その他大勢扱い)に置いておかれたりしますけれど。
その点、この映画では、ひとりひとり、ちゃんとドラマ/見せ場が用意されています。
なにせスター不在ですから。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

なにしろこの映画、美男美女のロマンス、手に汗握るアクションや、涙腺を緩ませるなんてな要素がま~ったくありません。(笑)
ドラマは、あたかも落ち葉の舞い散るように淡々と、緩やかに、穏やかに進められます。
劇的な要素の、これっぽっちも無い作品。

でもね、これが素敵なんです。
紅葉をバックに、細やかな演出、機知に富んだ台詞、繊細な撮影なおなどを通して(人生の秋を迎えた)七人の女性たちの想い、不安、冒険(!)、心情の吐露と変化、そして連帯感の発生と高まりが描かれます。

        ▽▲▽▲▽▲

※ 秋たけなわ。 山々が色づく中を、一台のバスがのんびりと走ります。
この日、山奥に在る「幻の滝」を観光しようと(その後、温泉 (^ァ^) 付き)いう小さなツアーに参加したのは、総勢七人からなる中高年女性たち。

七人は、それぞれが単独の旅だったり、友人同士二人連れであったり。
そこは、おばちゃんたちです。(^ァ^)
バスの中はもちろん(ガイドさんそっちのけで (^^ゞ )山道を歩いていても、お喋りが止まりません。
ともあれこの時点では、まったくまとまりの無い七人でした。

途中からガイドの男性(イマイチ頼りなさげな)に率いられて、山道(ハイキングコース)へと分け入った七人。
山道を歩く間もお喋り(主に世間話し)しっぱなし。(ほら、ちゃんと景色見ないと(笑))

やがて、ルートを見失った様子のガイドさん。(やっぱり orz)
ちょっと道を確認して来ますと言い残し、ひとりで先行するんですけれど、行ったっきり(いつまで待っても)戻って来ません。(>_<)

        ▽▲▽▲▽▲

この映画、劇中で流される音楽は、全てモーツアルト他の名曲を張り合わせた形です。
つまりクラリネット五重奏曲やピアノソナタ18番などが断片的に使われているんですけれど、これが、素晴らしい効果をあげています。

豊穣の秋。 見渡す限り紅葉をまとった山々をバックにした、清澄/平穏な世界。 心に染み入ります。

まぁ、道に迷ってるシーンなんですけど。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

ガイドさんに置いていかれた女性たち。
携帯のアンテナも立っていませんから、手も足も出ない状態です。
このままでは、どうにもならないと、ついに歩き始める七人。
 
 
Photo_20191012112001 
 

が、なにしろ慣れぬ山道です。
手元には簡単な地図(というよりは、イラストと呼ぶのが相応しい)しかありませんし。
歩くうち、いつしか道に迷ってしまいます。
女性たちの不安とイライラは募るばかり。

やがて、ふとしたことから諍いが起こって・・・・おばちゃん同士のケンカ、そして激昂。(>_<)
この辺りの演出、持ってゆき方は巧みです。

        ▽▲▽▲▽▲

そうこうする内、陽が傾いて参りました。
「夜になっちゃう」
秋の日は釣る瓶落とし。

え、ここで一夜を明かすしかないの?
この時点で既にリーダー格となっていた師匠。 さすが果断の人でした。

野宿するんなら、大急ぎで(まだ明るいうちに)準備に取り掛からなければ。
(それにしても野宿って、未経験の人、まして女性ともなれば、かなり思い切った行為でしょうね)
ともあれ、山の中で一夜のサバイバルを余儀なくされた七人。
たちまちチームワークを発揮して、焚き火を熾し、野草/山菜など食料集めに奔走します。
(ここで想わぬメンバーがアウトドアスキルを発揮)

で、食材が揃えば、そこは皆さん、人生のキャリアを積んで来た女性たちのこと。
「このキノコで炊き込みご飯とか作りたくない?」、「あと、お強とかね」(いや、こんな山の中じゃ無理です(笑))
段々と余裕が出て参りました。

決して悲愴になることなく、あくまで明るく乗り切ろうするおばちゃんたち。
自然と高まる連帯意識。(^ァ^)

そしてとうとう、山の夜を迎えました。
焚き火を囲んで(今や周囲は完全なる闇です)明るい内に収穫しておいた食料を味わいながら、他所では出来ないような身の上話/(過ぎし日の)恋バナで大盛り上がりの一堂。 これ、お酒入ってませんよね?(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

一夜明け、再び(足取りも力強く)歩きはじめた女性たち。
おや、この景色には見覚えが・・・・
ようやく昨日のスタート地点に戻って来たようです。
一体どこをどう歩いて、ぐるっと一回りしたのやら?(笑)

その時、ジュンジュンが・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

およそ派手な要素の無い映画なんですけれど、想いのほか、見終えての満足度は高かったです。
人生の秋を迎えた女性たちの豊かさ、明るさ、可愛らしさ。
この時季に観るに相応しい、良質の小品/佳品と想いました。

 
 

| | Comments (0)

October 08, 2019

妙見神社・御祭禮

 
 
Dscn1776__-18
 
 

偶さか休みの取れた今日。 お昼過ぎになって近所の妙見神社に寄ってみたら、見慣れない飾り物があれこれと。 どうやら御祭禮の日に来ちまったようです。
年に一度のことなので、これは中々のラッキーというべきでしょう。
無論、お参りをしまして、ここは一旦帰宅しました。

さて、暗くなってから、もう一度お宮へと出掛けました。
昼間、提灯が沢山揺れているのを見ましたから、そこに灯の点るところを見たかったんです。
なに、近所なんで歩いて直ぐです。


Dscn1776__-5
 
 
果たして、綺麗にライトアップ(違)されていました。


Dscn1776__-13 

普段とは一味違った姿を見せてくれた、近所のお宮さんです。

 
 

| | Comments (2)

映画:赤穂浪士 天の巻 地の巻

 
 
Photo_20191008083801
   
 
赤穂浪士 天の巻 地の巻
 
 
 監督:松田定次
 脚本:新藤兼人
 音楽:深井史郎
 原作:大佛次郎 「赤穂浪士」 (1929年)
 製作:東映京都撮影所
 出演:市川右太衛門 (大石内蔵助)
    東千代之介  (浅野内匠頭)
    薄田研二   (堀部弥兵衛)
    加藤嘉    (小野寺十内)
    中村錦之助  (小山田庄左衛門)
 
    月形龍之介  (吉良上野介)
    小杉勇    (千坂兵部)
 
    大友柳太朗  (堀田隼人)
    進藤英太郎  (蜘蛛の陣十郎)
 
    片岡千恵蔵  (立花左近)
 
 
       1956年   日本・東映
 
 
邦画史を通じ綺羅星の如く、数多の名作が造られて来た忠臣蔵というお話し。
本作はそんな忠臣蔵ものの内のひとつ、昭和三十一年に製作された「赤穂浪士 天の巻 地の巻」であります。
原作は(以前、私も読んだことのある)大佛次郎の「赤穂浪士」
当時の東映スター総出演の豪華絢爛、元禄時代絵巻ですよ。

そしてこの映画、そのタイトルの示す通り(一巻の映画ながら)「天の巻」と「地の巻」の二部構成となっています。

        ▽▲▽▲▽▲

・「天の巻」

吉良上野介への付け届けを(持ち前の潔癖さから)出し渋った挙句、彼に疎んじられてしまう浅野内匠頭。 ご存知、刃傷松の廊下の前段から、お話しは始まります。

事ある毎にイジワルを仕掛けてくる吉良上野介。
堪える内匠頭。
なにしろ五万三千五百石/三百名からの家臣を抱えた一国のお殿様です。
殿中で刃を抜いてしまったら何もかもお終いだと、重々承知している筈が・・・・

上野介への遺恨が積もりに積もった末、遂に爆発(!)して、刃傷へと至るまでの描写がとても丁寧です。(側近・片岡源五の忠臣/有能ぶり!)

映像は文句なしに豪華で、そして隅から隅まで細やかな演出。
当時の東映京都撮影所の確かな仕事ぶりが窺えます。

一方、音楽は深井史郎。
こちらは、いささかクラシックに寄せ過ぎており、こういった娯楽映画には合っていないのではと感じました。

          ▽▲

江戸城松廊下で起こったマサカの刃傷。
太平の世を揺るがす大事件を、しかし江戸市中に在ってニヒルに達観する一人の浪人がいました。


大友柳太郎(堀田隼人):
「一人の男が短気を起こした。 何百と言う人間が路頭に迷う」


一方、赤穂藩江戸屋敷からの急報を受けた赤穂城内は大騒ぎです。
忠誠を誓った殿様は(この時)既に亡く、赤穂藩は取り潰しが確定していますし、なにより城明け渡しの期限が刻一刻と迫っています。
恭順か抵抗か。 城明け渡しか篭城か、それとも・・・・ どうする赤穂藩?!

          ▽▲

ここで、原作を大佛次郎の「赤穂浪士」に求めた意味が明らかとなります。
従来の、単なる娯楽一辺倒/忠義一筋な仇討ちドラマに留まらない、政治的要素を強めた時代劇をやってみたかったんでしょうね。

徳川幕府という、抗いがたい強大な権力への精一杯の挑戦。 蟷螂の斧。
これ、今見てもナットクの魅力的なストーリーと想います。


市川右太衛門(大石内蔵助):
「重ねて申しあぐるが、我らの目的は上野介殿の御首級のみにはあらず! この度の片手落ちなる御講義の御処置に対し、天下のご批判を仰ぎ、以って武士道の意気地を明示することで御座る!」


刃傷から赤穂城開城までで、上映時間の約半分を費やします。
さあ、残り半分で討ち入りまでいけるのか?!

        ▽▲▽▲▽▲

・「地の巻」

いつの世も、市井の噂話とは口さがないもの。
取り潰された旧赤穂藩の浪人たちが、今に吉良家へ仇討ちを・・・・
そんな噂が立ちます。
吉良家とは縁戚関係にある上杉家が動き始めました。

ここで物語りの上に、大石内蔵助(赤穂家) VS 千坂兵部(上杉家) という対立構造が立ち現れます。

京のお茶屋で遊びほうける大石内蔵助。 愉しそう~。(^ァ^)
完全に緩みきっちゃってて、もう、この男に仇討ちなんて期待してもムリでしょ。(^ァ^)

が、千坂兵部もしたたかです。
大石という男の価値を、他の誰よりも認めており、その真意(他の赤穂浪士たちすら気付いていない)まで、しっかり汲み取っています。


小杉勇(千坂兵部):
「浅野の家老・大石内蔵助という男は油断が出来ない。 上野介様お一人の御首級獲りではない。 あわよくば米沢十五万石(上杉家)を取り潰そうと考えるやもしれんのだ」


大石(旧浅野家家老)と千坂(上杉家家老)の知恵比べ。
これ、政治ドラマとして見ても、スゴク面白いです。

そして終盤は(お待ちかね!)討ち入りシーン。
キメるべきところはしっかりとキメ、娯楽作品としての完成度を高めています。

          ▽▲

中村錦之助を当てた小山田庄左衛門のエピは、イマイチでしたかねぇ。
赤穂浪士と吉良方、沢山登場した中で好演組は

  片岡源五右衛門:原健策(超有能な側近ぶり)
  小野寺十内:加藤嘉(老臣の敢闘ぶり)
  堀部弥兵衛:薄田研二(老臣ならではの存在感)
  吉良上野介:月形龍之介(時代劇きっての悪役を好演)
  千坂兵部:小杉勇(クレバーな忠臣ぶり)


一方、イマイチ組は

  堀部安兵衛:堀雄二(人気役なれど・・・)
  小山田庄左衛門:中村錦之助(二枚目過ぎ (^^ゞ )
  毛利小平太:片岡栄二郎


あたりですかねぇ。
総じて、見所にこと欠かない娯楽作品です。 多いに愉しみました。

 

   「赤穂浪士」 大佛次郎著  原作小説です

 

| | Comments (2)

October 06, 2019

映画:ロボコップ2

 
_3
 
ロボコップ2
RoboCop 2
 
 
 監督:アーヴィン・カーシュナー
 出演:ピーター・ウェラー
    ナンシー・アレン
 
 
   1990年    米国
 
 
あの名作「ロボコップ」(1987年)の続編です。
監督はアーヴィン・カーシュナー。 パート1を撮った鬼才ポール・バーホーベンからバトンタッチされた形です。

主演の(ロボコップ役)ピーター・ウェラーをはじめ、共演者の端々(同僚の警察官/署長ら)に至るまで、ヒットした前作と同じ座組みで臨んだのだそうで これは・・・・大いに期待出来そうじゃないですか。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

じゃ、物語りの方はどんなものでしょう?
舞台となる近未来デトロイトの治安の悪さは、前作そのまんま。

パート1で街を荒らし回った凶悪なワルどもの退治は済ませても「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」じゃあないですけれど、犯罪者は後から後から・・・・ 相変わらず悪党たちの跳梁跋扈する街です。 (前作での、ロボコップの大活躍は一体なんだったのか? (^^ゞ )

前作「ロボコップ」(1987年)を傑作たらしめたのは、ポール・バーホーベン監督の迸る才気、強烈な個性、そして毒気(ある意味、意地の悪さ)・・・・
残念ながら今作は、あれには遠く及ばない、普通のSFアクション映画レベルに留まっちゃってますね。

まぁ、映画会社/製作者側としてはそれで好かったのかもしれませんけれど。
あえて作家性の強い監督に任せてリスクをとるよりも、ここは無難な娯楽作品に仕上げる方を選んだってところじゃあないでしょうか。

        ▽▲▽▲▽▲

このシリーズで描かれる近未来のデトロイトってのは、なにしろ警察業務が民営化(!)されているというディストピアです。
利潤を追求して止まらない大企業。 待遇(給与・人手不足など)への不満からストライキを敢行する警察官たち。
そんな中へ企業が送り出したのが、24時間休まずに働き、給与要らず、撃たれても死なない(!)、そして撃てば百発百中という、結構この上なしの警官ロボコップでした。

※ 因みにロボコップ。 あくまでロボットなんで、警察の備品って扱いになります。 法的にも、彼に「人権」は存在しないようです。 メーカー側も、彼に「意識」は存在しないと主張していますけれど、実は・・・・

あるいは、この辺の設定を更に掘り下げれば、もひとつオモシロイ映画(あるいは傑作の域にまで)となったかもしれませんけれど、本作はあくまで「SFアクション映画」に徹しています。

ただしロボコップ役のピーター・ウェラーにとってはどうだったのか?
役者的に、演じていてあんまり面白い役ではなさそうですけれど。
主演とはいえ、この役、不本意だったのでは? なんて、いろいろ想像してしまいます。

        ▽▲▽▲▽▲

パート1から引き続き、ヒロインのポジションに居るナンシー・アレン。

前作のラスト近くで撃たれちゃって(致命傷っぽかったし)次回作があるとすれば、女ロボコップ誕生編になるのか? とか想わされましたけれど。 結局一命を取り留め、無事に復職したようです。
うん、これで好かったね。 ロボコップが何人も居る設定にでもなったらヤだ。(笑)

ヒロインポジションに在りながら、しかし、殊更「女」を主張させない演出が好かったです。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、前作のラストでは、悪の首魁であった副社長を射殺したロボコップですけれど。 今回の悪は、その企業の会長です。

で、今回はその悪の親玉に、とうとう手が届かなかったね。
悪に天誅を下すのは次回に取っといたって感じでしょうか?(パート3へと繋ぎたいのが見え見えのラストでしたし)

ヒット作の続編造り、ということの難しさを考えさせられたパート2でした。

 
 
   ロボコップ (1987年版)    シリーズ第一作目
 
 

   

| | Comments (0)

« September 2019 | Main | November 2019 »