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September 18, 2017

映画:のぼうの城

 
 
のぼうの城
THE FLOATING CASTLE
  
 
監督:犬童一心、樋口真嗣
原作、脚本:和田竜
出演:野村萬斎(成田長親)
   佐藤浩市(正木丹波守)
   山口智充(柴崎和泉守)
   成宮寛貴(酒巻靭負)
   榮倉奈々(甲斐姫)
   前田吟 (多兵衛)
   上地雄輔(石田三成)
   山田孝之(大谷吉継)
   平岳大 (長束正家)
 
      2012年  日本、東宝
 
 
「のぼうの城」と言う映画。 また実に感じの好い題名じゃあありませんか?
このセンスの良さは、演出の隅々、セリフの端々にも現れており、また、映像のクオリティも図抜けていると想います。

がしか~し、そのイイ感じも映画の全部がぜんぶというわけにはゆかなくて、そこかしこで、マダマダじゃって気にもさせられます。(笑) 随所に光るところがあるとは言え、あちこちに隙が見て取れるんですね。 好いところはもの凄く好い、が、そうではないところも所々ある。(笑) そういう映画。 でも、総体とっても楽しむことが出来ました。

        ▽▲▽▲▽▲

時は戦国の末期。
物語の舞台になった忍城(周囲を水に囲まれた、その様子から「浮城」とも呼ばれるそうな)が水郷地帯/田園地帯の真ん中に位置する様子が、実にイイ感じに造り込まれています。
まぁ、CGを使いまくった成果なんでしょうけれど、そうと感じさせない上手さです。
現在の埼玉県行田市の辺り。 往時の関東平野に幾らもあったであろう、水郷地帯の中に位置する村と城。 田圃に囲まれた城郭は、領主一族が農民と一体となって堅実に暮らしを立てているということの証ですね。

        ▽▲▽▲▽▲

猛将揃いの豊臣家中にあって、己の武名の無さに根強いコンプレックスを抱えていた石田光成。
そこは戦国武将ですから、光成も強い武将と認められたいわけです。 中でも、主君秀吉が備中高松城攻めの時にやってのけた大規模な水攻めを、自分でもやってみたくて仕方がない。
見れば、目の前に鎮座する忍城は周囲を豊富な水に囲まれており、水攻めで落としてみよと言わんばかりなのですが・・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

この監督ら、場面・場面の構図が実に好く、そしてスタイリッシュ。 実にセンスが好いんですね。
もう、惚れ惚れするようなカッコイイ構図/カットがそこかしこに頻発するワケですよ。(そうではない残念なカットも、あるにはあるんですけれど)
そのセンスの好さがハマると、その結果が凄くイイものとなるのがこの監督らの強みと想いました。

        ▽▲▽▲▽▲

主人公「のぼう様」役に狂言師・野村萬斎。
主役として俳優ではなしに、あえて狂言師を起用した所に、この映画のユニークさがあります。

つまり、野村萬斎を含む複数人が芝居をする場面で、そこに明らかな違和感が発生するんですね。 いずれ劣らぬ達者な俳優陣の中にあって、独り野村萬斎だけ、他の誰とも違う方法論に基づいて演技しているのが見て取れるんです。

他の役者たちが、いわゆる(時代劇の伝統的な様式美と、現代的なリアリティーとに裏打ちされた)時代劇を演じているのに対して、ひとりこの人だけは(おそらくは)狂言のやり方で芝居をしている。
ともかく、その違和感が一種の化学反応(?)を招来しまして、一種独特の面白い効果を生んでいる、と想いました。 だからといって、全体のバランスを崩しはしていませんし、決して見苦しくもならない。 実にオモシロイんです。

        ▽▲▽▲▽▲

その他の出演者の内、成田家の重臣たちなど、主演クラスに関しては、丹念に描かれて好感が持てる反面、その他の脇役たち、つまり端々の人間の描き方が簡単で、かなり適当に片付け過ぎの感があります。 演出的に、そういうところがマダマダだな、と。(笑)
そんな脇役陣の中では、このドラマ中で唯一の悪役、なかなか難しい役どころを演じてのけた平幹大が好かったです。

        ▽▲▽▲▽▲

ちなみに、合戦シーンはアレですね。 中国の時代劇ばり(三国志ものとかの)の無双ぶりです。 千切っては投げ×2の超人的な大奮闘!
特殊効果を多用して、いくらなんでもやりすぎちゃってる感もあるけれど、これはこれで華々しくて面白いんだから、まぁイイや。(笑) なんたって、娯楽作品なんだし。

        ▽▲▽▲▽▲

鑑賞の前、映画の惹句に、クライマックスで「のぼう」の打ち立てる、ある計略/奇策がスゴイと、如何にも自信ありげに書いてあったのを見て期待して臨んだんですけれど、ここは更にもうひとヒネリ欲しかったかなぁ。(もう二三発、詭計でもって天下の豊臣勢をギャフンと言わせるとか)
一見して曲者、天下の鬼才らしく現れる「のぼう」だけれど、映画を観終わってみると、実はそれほどでもなかったって気がします。
でも、そうは言っても超痛快だし、見せ場もたっ~ぷりとあって、いや実に面白かったです。
 
 

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September 16, 2017

また通院日

 
 
ほぼ一ヶ月ぶりに病院へ。
昔は、病院嫌いっていうのか、病院と聴いただけで拒否反応みたいなものがあった私ですけれど、それがいまでは癒しどころ、我が心のオアシスみたいな位置付けになっちゃってます。(笑)

検査の結果があんまり思わしくなくってですね、担当医の先生と相談の結果、今服用しているお薬の一つを増量することに。
一方で、今回から減ったお薬もある(複数を併用しています)ので、まぁトントンですね。(笑)

処方箋を貰ったら、支払いを済ませて(結構掛かる)薬局へ。(薬局って、どうして病院内に無いんでしょうか?)
処方箋に書かれた薬を出すだけなのに、結構時間を取られるモンなんですね。 待ち時間、持て余しちゃいました。 そのうちに(病院とも薬局とも長い付き合いになりそうです)慣れると想いますけれど。
 
 

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September 11, 2017

映画:カーズ

 
  
カーズ
Cars
 
 監督:ジョン・ラセター & ジョー・ランフト
 
    2006年   米国、PIXAR
  
  
 Lightning_mcqueen
 
  
子供の頃、我が家にあった絵本の中に、クルマたちを主人公にした一冊がありました。 登場するクルマたち、それぞれに人格を与え、いわゆる擬人化させた作品。 それは、私が余程幼くて、未だ字も読めない頃のことです。

絵本の内容が一体どんなであったかとか、今となってはまるで記憶にないんですけれど、でも、確か外国(欧米?)のお話しであった筈。
今も微かに覚えているのは、クルマのフロントガラスの部分が眼になっていたということ。
フロントガラスの中央に(そこは昔のクルマのことで)縦枠がはいっていまして、それが丁度、左右の瞳を形作っているんです。

母親が晩年になって(ある日つれづれに、よもやま話として)話してくれたところによると、幼い頃の私は、その絵本がお気に入りで、母親にその絵本を読んでくれるよう、度々せがんだらしいです。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、そんな懐かしい想い出の中の車たちと、なんだかそっくりなデザインで現れるのが、このアニメ映画「カーズ」に登場する、こちらも擬人化されたクルマたちです。

「カーズ」でも車たちのフロントガラスが両目になっていますし(他の、車が主人公ものによくあるような、ヘッドライトが目になるタイプではなかった)一方、口はと言うと、ラジエーターグリルがその役を果たします。
このアニメ、人間は一人も出て来ず、その代りに全ての生き物をクルマが(それなりにアレンジされた姿で)演じてみせるんです! そんな世界感。

如何にもよく有りがちな設定だけれど、それをCGを駆使して徹底的にリアルに推し進めてみせたのが、ピクサーのフルCGアニメ「カーズ」なのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

その昔は随分と流行ったであろう(=で、今はすっかり寂れているというワケ)ロードサイドのモーテル、ダイナー、ガスステーション、ガレージなどなど。
このドラマでそれらを経営するのは旧式で随分と草臥れた、しかし人情味溢れる(擬人化された)クルマたちです。
ここら辺り、モータリゼーション全盛期を過ぎた米国の姿。 古き良き時代(「アメリカングラフィティ」とかの)への思慕の念が感じ取れる気がします。
っていうか、この手のクルマの擬人化って、その対象がクラシックな車である程綺麗にハマるんですよねぇ。

        ▽▲▽▲▽▲

映像は、ピクサーならではの、徹底したリアリズムに裏打ちされたもの。
フルCGによる動画は、精緻でかつスピード感溢れるものですし、擬人化されたクルマたちの(それはもう実に多彩な)デザインからは、クルマへの愛と、そして豊かな遊び心を感じさせられます。

映画の序盤あたり、主人公車(レーシングカー)の性格がかな~り悪くって(笑)ですね、その上お調子者と来たモンだ。 加えて、速い、スタイリッシュ、と最初から(クルマとして)なにもかも手にしている自信家タイプなのが、ちょっとなぁ。
観ていて応援したくなるような奴じゃあなかったです。 ちょっと共感し難い印象なのが、俺的には若干マイナスだなぁ。

そんな主人公車を導く師匠となるのが老練なレースカー。 なんか由緒ありげなアメ車です。 ともあれ、どのクルマも皆カッコイイぞ!
米国のクルマ文化って、ことのほか豊かなものだと、このアニメに改めて教えられた気分です。

それにしてもアメリカ人ってホントにクルマ好きなんだね。
そういう想いの伝わって来る、クルマ全般にさして思い入れの無い私でも、大いに愉しむことが出来たアニメでした。
 
 

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September 09, 2017

千葉大学ゐのはな音楽部 第15回定期演奏会

 
 
発症してしばらくの間は、動かし難くなってしまった左手のことが懸念されましたけれど、いざ仕事に復帰してみれば、それほど障害にはならなかったです。 まぁ、好かったよかった。
それよりも、当初は甘く見ていた左足のことで、意外に悪戦苦闘させられました。
つまり、歩くことそのものが、より大きな課題だったんですね。 とりわけ、歩く度に(一歩毎に)視野が、ビデオカメラを手持ちで歩きながら写した画像のように、ガタガタ揺れるのには参りましたねぇ。
それが、最近になって歩きが余程スムーズになって来たのか、視野が落ち着いて参りました。 ホントに有り難い。
足が柔軟性を取り戻したのか、それとも自分自身そういう状態に慣れてしまったのか、どうにもハッキリとしなんですけれどね。 元々の(健常な頃の)歩き方とか、もはやよく想い出せないし。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

千葉大学ゐのはな音楽部 第15回定期演奏会
 
  2017年9月9日 (日曜日)
    習志野文化ホール
 
  サン=サーンス:歌劇「サムソンとデリラ」よりバッカナール
  リスト    :交響詩「レ・プレリュード」
  ブラームス  :交響曲第一番
 
      管弦楽:千葉大学ゐのはな音楽部
 
 
さて、本日は表題のコンサートを聴いて参りました。

午前中に、習志野文化ホールのHPで事前に開演時間を調べたら15:30開演とのことで、15:10頃に訪問したら、ホールの入り口で既にメロディが聴こえて・・・・あ、これは本日のメインディッシュ、ブラームス交響曲第一番の第一楽章の途中じゃないですか。
どうやら時間が違ったみたいです。
私、コンサートの半分以上を聞き逃したことになりますね。 残念無念なり。
気を取り直して、ブラ1の途中からアンコールまで愉しませて頂きました。
 
 

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September 06, 2017

映画:マイティ・ソー

  
  
マイティ・ソー
Thor
 
監督:ケネス・ブラナー
出演:クリス・ヘムズワース
   ナタリー・ポートマン
 
   2011年  米国
 
 
米国の漫画=アメリカン・コミックス=いわゆるアメコミのヒーローたちってのは実に多士済々でありまして、それは、この道にはまったく疎い私のような者でさえそうと心得ているくらい。 でも、あんまり大勢居過ぎて、もはや、なにがなんだか。(笑)
ざっと上げてみようとしても、主要な何人か(スーパーマンとかバットマンとか)しか出てこない有様です。
旧い時代のヒーローを今尚大切にする姿勢、そして彼らが未だ健在ってのは本当イイ事と思うんですけれどね。

子供の頃、父の購読していた「SFマガジン」なるSF専門誌には毎号そのアメコミを紹介するページがありまして、だから、当時の私はこういう世界のあるのを既に認識してはいました。 そして、大人ながら、こういう世界にどっぷりと嵌まり込んでいる人たち(オタクって言葉は未だ無かった)が居ることも。

未だ、マンガは子供たちのものという意識の強かった時代です。 漫画に夢中になる大人が居るっていうのが、なんか変な気がしましたね。

ですが、当時のことで、対象となる漫画は全て原書、つまり輸入された(又は現地で買い求めた)英語のマンガであり、読むには相当のリテラシーが要求されたワケです。 だから、昔はアメコミって、ごく限られた大人の趣味ではあったんですね。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、ここにあげるソーなんか、私はこれまで、こんなヒーローが居るってことすら、全然知りませんでした。 当時の「SFマガジン」のアメコミ紹介ページにも出てこなかったしねぇ。
ともあれ、この映画は高名なアメコミ・ヒーローものの実写化ってことらしいです。

そのソー。 どんなヒーローかっていうと(所謂バイキング然とした)北欧系の力持ちです。
太古の(北欧の)人々が神と崇めた異星人らの住まう世界・アスガルドってのがあって、そこから遥々やって来たんだって。
怪力無双で、槌を振るって悪と戦います。
単純にして明快! 如何にもアメリカンな感じでイイじゃないスか!
未だ若く、建国神話をすら持たない国。 アメリカの漫画家は、遠くほの昏い北欧の神話にその出自、由来を求めたワケだ。

でも、はじめソーは手の付けられない乱暴者でした。
アスガルドの王子様なのに? やんごとないご身分なのに?
それにしては、あれやこれやと親身になって世話を焼く(そして気を揉んだりする)お付きの爺や(または婆や)とか居ないんだ? 人生の指標となる師匠にも恵まれないしね。 このへんの設定が、いかにも新興国家アメリカならではですね。

但し彼には何人かの得難い友が居ました。 気の置けない仲間たち。 そしてソーって、なによりも仲間を大切にする男でした。 ここですね! ここんとこがヒーローたる所以で、荒っぽいけれど根はイイ奴なんです。

治めていたアスガルドから舞い降りて来たソーは(実は、あまりの乱暴狼藉ぶりに、ついに追放されたんだそうで・・・・って、そんな奴を解き放たれる地球の身にもなってくれ!?)地球でいろんな経験をし、試練を経る内に、王として相応しい人格・精神を備えるに至るんだけれど、つまりこのドラマってソーの成長物語、いわゆるビルディングスロマンだっんですか? そーですか。

親子兄弟のドロドロ愛憎劇は北欧神話由来。 やっぱ、こういうのがなくちゃね。
北欧神話をベースとしたスーパーヒーローの降りてくるのが、ニューメキシコ州の荒野ってのが、なんだか可笑しいし、また、そのギャップのお陰で如何にも現代の神話って感じがして来ます。

CGを多用したアクションシーンは迫力満点! で、お話しのほうは割と単純、と。 でもそれが好い。 アメコミなんだし。
 
 

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September 02, 2017

映画:三大怪獣 地球最大の決戦

 
 
2
 
 
三大怪獣 地球最大の決戦
Ghidorah, the Three-Headed Monster
 
 
監督:本多猪四郎(本編)
   円谷英二 (特撮)
出演:若林映子(サルノ皇女、金星人の末裔)
   夏木陽介(進藤刑事)
   星由里子(進藤直子記者:新藤刑事の妹)
   
   小泉博    (村井助教授)
   ザ・ピーナッツ(小美人)
   志村喬    (塚本博士)
音楽:伊福部昭
 
     1964年   日本
 
 
東宝のゴジラ映画もこれで五作目。
お馴染みのゴジラ、ラドン、モスラの他、これがデビューとなるキングギドラも登場。 怪獣がなんと四頭も出て来る豪華版です。(表題には三大怪獣とか言っているので、これでは看板に偽り有りですけれど、題名と異なってはいても、それが増える方向になんですから、文句の出よう筈もないですね(笑))
ストーリーも大変オモシロいけれど、この映画からゴジラはじめ怪獣たちの擬人化が進みまくりました。 特撮アクションシーンがまた、随分とユルイ印象になりまして、これってもはやギャグですよ。(笑)

これを境として人類の味方となってゆくゴジラたちの、その転換点がこの映画。
そんなゴジラたち怪獣側にも当然「このまま人間の味方になっちゃうって、怪獣としてどうなのよ?」っていう、ある種の葛藤はあって、そういう意味では、この映画の時点では未だテーマと言えるだけのものが在ったと言えます。

        ▽▲▽▲▽▲

そう、この映画では彼ら三大怪獣がマジメに議論を戦わせるんです。(怪獣語(?)で交わされる会話の内容までは不明ですけれど(笑)) 地球を守るべく、ここはひとつ宇宙怪獣キングギドラを相手に共同戦線を貼るべきか、それとも・・・・

ですが、会談はなかなかまとまりません。
そもそも、ここで説得に当たるモスラは、怪獣ながら武闘派と言うよりは穏健派、人類擁護派の正義の怪獣です。 しかもこのモスラは未だ幼虫(そこは、小美人の後押しがあるとはいえ)。 これって、言ってみれば、大の大人が子供から道を説かれているようなものじゃあないですか。 ホント、いい大人が(大怪獣が)子供に諭されてど~すんのって。

業を煮やしたモスラ(幼虫)。 「もういいや、僕独りでも戦うモン!」と単独でキングギドラを迎え撃とうとするわけですけれど。 それを見せられたゴジラとラドンは、いつまでもワルぶって(?!)もいられず、おっとり刀でキングギドラ迎撃に参戦!
怪獣にだって見栄や面子があるとみえます。 この怪獣たち、ホント人間らしい連中だわ。

で、いざ戦いが始まってみれば、そこは根っから暴れん坊の二頭ですからね、大ハッスルして宇宙怪獣を撃退させるワケですよ。 後々に続く、正義の地球怪獣連合軍 対 悪の宇宙怪獣 の構図がこうして出来上がります。

大怪獣同士の競演って、華やかなのは確か。 でも、これ以降、東宝の怪獣映画はこのVSもの、そして怪獣の擬人化路線という泥沼に、長くハマってしまうのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

この作品でデビューを飾った宇宙怪獣キングギドラ。
キンキラキンの鱗で全身を包み、悠然と飛翔するさまはゴージャス!そのものです。
第一、地球産の怪獣がまとめて相手となっても、一歩も引けをとりませんからね。 その千両役者ぶりは流石です。
でも、特撮シーンは大分大味になったよなぁ。(笑)
ともあれ、この映画から悪役はキングギドラに一任することになりますね。
宇宙怪獣(宇宙人) VS オール地球 と言う対立の(ある意味日本らしい)構図もここから。

この映画、ヒロインは正統派美人・星由里子なんでしょうけれど、実質的な主人公はと言えば若林映子でしょう。
中東某国の気高い皇女から、ボーイッシュな出で立ちでしかし無表情な、どこか可笑しい宇宙人スタイルまでをも披露。

 若林映子 「わたくしは金星人」

公開当時(1964年)の上野公園・西郷さんの前でも、一席ぶちますぞ!
それを追い掛ける(お家騒動!)某国の悪者たちと、皇女を守り抜くべく奔走する正義の刑事とジャーナリスト、科学者たち。
この自称・金星人さんの逃亡劇と、怪獣たちの戦いと。 本来ならばストーリーが錯綜して面倒になりそうなところを、これが実にうまく並走していて、最後まで面白い!
サスペンス要素から、ローマの休日的な切ない要素まであって実に愉しい映画です。

        ▽▲▽▲▽▲

大団円を迎えるラスト・シーン。
一同に別れを告げ故国へと帰還する皇女・若林映子。 多くは語らず、であります。
それまで、隙さえあれば兄(夏木陽介)をからおうと待ち構えていたお転婆な妹(星由里子)さえ、ここは傷心の夏木をそっと・・・・ 「ローマの休日」(1953年)のラストシーンの、あの切ない余韻を、どうしてもやってみたかったんですねぇ、本多監督。
 
 

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