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May 28, 2015

映画:プリンセス トヨトミ

  
 
プリンセス トヨトミ
PRINCESS TOYOTOMI
 
 
   2011年  日本
 
 
監督:鈴木雅之
原作:万城目学 著 「プリンセス トヨトミ」
出演:綾瀬はるか (鳥居忠子)
   中井貴一  (真田幸一)
   堤真一   (松平元)
 
 
 
先日読んだ小説「プリンセス トヨトミ」(万城目学 著)。 
大阪でしか成し得ない、意表を突いたアイデアの快作でした。
これが既に映画化されているとのこと。 小説の読後感、未だ鮮明な私ですけれど、早速観てみる事にしました。

一般的に、原作(小説はじめ各種メディア)のヒットに応えて撮られた映画というのは、過剰に期待してしまうせいもあって、観てみたらガッカリというケースが少なくないと想うんですけれど、その点この映画「プリンセス トヨトミ」は、これまでに例のないくらい(ワタシ的に)満足度の高い作品でした。 ホント、面白かったよ!

        ▽▲▽▲▽▲

奇想天外かつ壮大なアイデアがウリの原作を映画化するにあたり(当然のことながら)幾つかの改変がなされています。

その内のもっとも大きなポイントとして、会計検査院からやって来た三人の検査官の内、鳥居と旭の性別が逆転しているってのがあげられます。
wikiを参照してみると、原作における旭(外見は女優と見紛う長身痩躯の白人女性で、中身は超切れ者の日本人キャリアウーマン)を演じ切ることの出来る女優が見当たらないからなんだって。 さもありなん、ですね。

その結果、鳥居には原作で果たしたギャグ担当/トラブルメーカーという役割に加えて、事件の傍観者というポジションが与えられています。
それによって、バランス的に鳥居(綾瀬はるか)に掛かる比重が(原作と比べて)かなり大きくなりましたね。
でも、綾瀬はるかの持つ無邪気さ・善良さ・不思議ちゃん要素・それから食いしん坊(ポイント高いぞ)などなどのお陰もあって、これはこれで構わないと想っちゃう。(他の女優では、こうはいかないかもしれません)

ともあれこの改変によって、人っ子ひとり居なくなった大阪の街を独り彷徨う(観客の視線とひとつになった)綾瀬はるか・・・・あの、映画全体を象徴する名シーンが実現するわけですね。 素晴らしい!

それから中井貴一の存在感が素晴らしい。
苦悩するリーダーの姿、その説得力が圧倒的です。
この壮大なフェイク/イカサマ(マジメに見てゆけば幾らでも突っ込み処のある)映画・・・・いっそファンタジーと呼んだ方が良いのかも・・・・に現実味を付与し、フィクションとして成り立たせているのは、この人の功績でしょう。

演出も巧みで、観ていて商い・・・・じゃなかった飽きない。
多彩な脇役陣がまた好し。
明日の大阪を担う少年少女らも好かった。 しかし、スカートめくりって。(笑)
それからモブシーンが凄く上手い。 大阪人のノリの好さ故でしょうか。

一方、主人公ポジションの松平(堤真一)は、いまひとつ物足らなかったですね。
台詞はともかく、表情や仕草が付いてゆかない。 会計検査院の名物男<鬼の松平>に成り切れていないっていうか。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
この映画、ビジュアル的な満足度がとても高いんですね。
大阪夏の陣 での合戦シーンや、大阪城の地下、そこへと続くトンネル、大阪城公園を目指し続々と集まる大群衆などなど、原作を読んでいて「ここは是非とも映像で見てみたいゾ」と想った部分は、漏らさず見せて貰ったかの感があります。
 
 
 
   小説 「プリンセス トヨトミ」   万城目学 著 (映画の原作です)
 
 

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May 25, 2015

津田沼散歩:鷺沼東跨線橋

 
 
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散歩は愉し。
足の向くまま、気の向くまま。 興に任せて歩いている間に、いつしか見も知らぬエリアに踏み込んでいたりすると、自分の中でテンションの上がるのを感じます。
当地に移り住んで早数年が経つ私ですけれど、未だまだ知らない処があるようで。
 
  
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今回はJR総武本線を越えて南下し、一旦は幕張ICのすぐ傍まで近づいた辺りから、今度は北東方向へ向かいます。
再び総武本線の見えて来る辺りで、突然、広々とした田園風景と遭遇しました。

畑の間を真っ直ぐに伸びる農道(?)を往けば、やがて見えて来るのが総武本線に掛かる鷺沼東跨線橋。
シンプルこのうえない橋です。

好きなんですよ。 こういう、穏やかで只々ダダっ広い景色。 
そこに陽の光が斜めに差し込んで、陰影がクッキリとして見えるのもイイ感じです。
 
 
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好い処だなァ、ここは。
また、来るとしましょう。
 
 
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May 19, 2015

小説:プリンセス・トヨトミ

 
 
プリンセス・トヨトミ
Princess Toyotomi
 
 
    万城目学 著
 
 
       2009年   文藝春秋
 
 
橋下徹大阪市長と大阪維新の会の掲げる大阪都構想。 先日の住民投票の結果は「反対」ってことになりましたけれど、しかしまた僅差でしたねぇ。
橋下さんはこれにてキッパリ引退されるとのこと。 会見に臨む橋下さん、なんだか吹っ切れた風に見えます。

それにしても「都構想」という言葉自体には一種の妙味がありますね。 なんか(そういう意味じゃあないと判ってはいても)革命にでも臨むような感じ(錯覚)を誘発させて。

        ▽▲▽▲▽▲

今、私は千葉県に住んで居るんですけれど(以前にも書かせて頂きましたけれど)元々は大阪の生まれなんです。
幼い頃(小学校へと上がる直前)一家が静岡へと引っ越しまして、以来ずっと関西文化圏の外で暮らしています。
ですから今の私は、どこから見てもコッチの人間なんですけれど、一方両親の方は筋金入りの大阪人です。
東京近郊に何年暮らそうと、喋る言葉は相も変らぬ大阪弁でしたし、ものの考え方や生活習慣、なにより家庭の味など、大阪のそれを引き摺っていました。
つまり、何処へ引っ越そうと、実家の内はず~っと大阪文化圏であり続けたわけですね。

ともあれ、当事(私が両親の元に居た頃)の我が家は当地の文化に上手く溶け込んでいまして、今時のネット上で時折り見受けられるような「東京 vs 大阪」みたいな意識はなかったように想います。

が、果たして両親の心中はどうだったんでしょう?
生まれ育った大阪を離れ、生活の基盤をこちらに築いて、関東で暮らしていた両親が、コッチの文化をどう感じていたのか・・・・
母から関東の文化についての違和感/不満といったものを聴いたのは私が小学生の頃。 一家が静岡に引っ越した当初だけだったような気がします。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
ずっと昔、私が大阪市内に住む伯父のところに遊びに行った時のこと。
伯父は大張り切りで、大阪城の周辺を案内してくれたんですけれど、私の大阪城に対する無関心さ/つれなさ(空気の読めない子だったんですね)が随分とショックであったらしく、普段気の好い伯父の不興を買ってしまいました。
大阪城については、そんな苦い想い出があります。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
※ 舞台は大阪市内。 東京の会計検査院から実地検査にやって来た辣腕検査官たち三人が市内各所で検査を続ける中、とある謎の団体と相対します。 その団体の目的/設立理由、そして歴史とは一体・・・・

これは大阪で無ければありえない、類のない壮大なお話し。
なんといってもアイデアが秀逸ですよ。 花丸、二重丸!

会計検査院から来た三人がそれぞれ個性的で愉しいし、登場人物の名前を戦国武将・姫らになぞらえる演出も(ミスリードを仕掛けて来るみたいで)オモシロイ。

やっぱり大阪城(そして太閤秀吉)って、大阪人のシンボルなんですね。
きっと、この辺の気持ちは大阪に生まれ育たないと判らない・・・・つまり、私なぞには理解の出来ないものなんだと想います。

ただ、中盤以降で若干ダレちゃいましたね。 グイグイと引っ張ってゆくような魅力/パワーに欠けるというのか。
大阪市内に暮らす庶民/市井の人々の描写。 それらが点景的に描かれるんですけれど、長ったらしくてあんまり巧みじゃあないですね。
それと、今ひとつ説得力に欠けるんですね。 アイデアが奇想天外なだけに惜しい(生意気な書き方かもしれませんけれど)と想った。

大阪夏の陣からこっち、首都ポジションを持っていかれたまんまでいる商都大阪の抱えるルサンチマンやら反骨精神やら・・・・と言ったコトは書いてなくって、そこにあるのは太閤家への愛惜。 大阪人のシンボルとしての大阪城と太閤秀吉。
そういうことどもについて、これまで考えたことが無かった者にとっては、実に新鮮な視点を提示する小説です。

その昔、情に厚い伯父御を怒らせてしまった記憶を蘇らせた(!)こともあり、私にとって読後感のややホロ苦い小説でした。
 
 

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May 12, 2015

津田沼散歩:GWの船橋港へ

 
 
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先日の黄金週間のこと、私は散歩へと繰り出していました。

そう言えば、このところあんまり歩いてないですね。
時間を掛けて、それなりの距離を歩くっていうのは、随分と久々のことです。

折からの好天です。 目的地・・・・今日は何処まで歩いてみようとか、特段想いつきもしなかったんですけれど、とりあえず(!)南へ。 すなわち、海側へと足を向けていました。
 
いろいろ歩き廻った末、いつしか船橋港へと出ます。
今日は人出もあんまりなくって、ヒッソリというかボンヤリとした睡たげな雰囲気が、如何にもGW中という感じ。
 
  
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ゆらりと凪いだ船橋の港。
 
 
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五月の空の下。 休日の港のノンビリとして、そしてなんだか茫洋とした雰囲気を愉しみました。
 
 
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May 04, 2015

つだぬまや

 
 
ご近所に新しくお蕎麦屋さんがオープンしたとの情報を得まして、先日食って来ました。
 
美味い蕎麦屋って、中々出会うことがないように想います。(有名店/高級店は別として) 美味いラーメン屋を捜すより、余程難しいんじゃあないでしょうか・・・・って言うのは、昔このブログに書いた覚えがありますけれど、ここ津田沼にあっても事情は変わらぬようです。
さて、このたび開店した「つだぬまや」さんはどんなもんでしょう。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
お店に入ると、イキナリ馥郁たる香りに包まれまして、ちょっと狼狽!
見れば、百合とか蘭とか、開店のお祝いらしき花々が麗々しく飾られているんです。 こいつぁ場違いなところに来ちゃったかなって、一瞬ビビッたじゃあないですか。
 
真新しく、しかし木目を多用した趣味の好い店内。 居心地好し。
ここは無難に、基本のモリでも頼んでおきますか。
美味い! 久しぶりですねぇ、こういう専門店の味わい。
 
私が店内に居る間もお客さんも次々訪れまして、中々繁盛していそうです。
「つだぬまや」さん。 値段がイイので、そうしょっちゅう入るということもないでしょうけれど(普段使いにはお手軽価格の「津田沼そば」がありますし(笑))でも、時々は利用したいですね。
 
 

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May 03, 2015

小説:舟を編む

 
 
舟を編む
 
 
  三浦しをん 著
 
 
     2011年    光文社
 
 
国語辞典をはじめとする、辞典/辞書/字引の類。 気が付けば、これらが身辺から姿を消してしまって久しいですね。
学生の頃なんて、国語・漢和・英和・和英それから古語と、辞書一通りは常に手元に置いあったもんですけれど。
 
90年代の中頃、初めて我が家へ迎えたパソコンに、早速インストールしたのが国語辞典ソフトでした。
調べたい言葉を入力すれば、国語辞典の該当欄を一発で表示。 それだけの機能でしたけれど、あの当事はそれが痛快でね。 すっかり味を占めて、百科事典ソフトまで入れましたっけ。
いろいろと試した末に、でも一番便利だったのは Microsoft Office のオマケに付いていた簡便な国語辞典ソフト。 あれが、なにしろもの凄く軽くて使い易かった。
 
その後、インターネット環境の充実に併せて、PCの辞書ソフトを立ち上げる機会も激減しましたね。 今使っているPCには、もはや辞書ソフトのインストールすらしていません。
なにしろ、判らない言葉/気になる用語が現れても、即座に検索出来ちゃうんですから。
ネットからの情報ゆえ、出典とかは曖昧だったりしますけれど、そうは言っても便利なのは確か。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
さて、辞書を基にした文芸作品と言えば、赤瀬川源平さんの「新解さんの秘密」がありましたね。

権威ある国語辞典で(知的に)遊んじゃえ! みたいなスタンスが痛快でしたし、単に茶化すんではなしに、そこには文化論があり、かつ小粋であったが「新解さん~」の凄いところでした。

私など、この作品を読んで、数多ある辞書のそれぞれに、編者らの意見/主張から人生観までが込められていることを知りましたし。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
枕が長くなりました。
 
世に天職というものがあるとすれば、本書の主人公、玄武書房 辞書編集部・馬締光也にとっての国語辞典「大渡海」編纂と言う職務こそが、まさにそれなのでしょう。

星の数ほどある言葉のひとつひとつから、その正しい意味を汲み取り、分類/整理することに掛けては、余人の追随を許さぬ執念をみせるんです。

その名に偽りなしの超マジメ人間で、仕事となれば我を忘れて打ち込むものの、普段はボンヤリして・・・・と言うかあんまりにも世間ずれしていて、見てくれもパッとしません。

どうにも人望があるとは想えぬ男ですけれど、それでも辞書編纂の仕事を続ける内に、周囲の同僚(それまで辞書なんてものにはまるで無関心だった)達を、辞書造りという、おっそろしく地味で、神経を磨り減らし、なおかつ容易には結果の出ない(永遠に続くかのような)仕事の魅力に引きずり込んでしまう辺り、中々の人物かもしれません。

一冊の辞書を造り上げるまでには、とにかく途轍もない時間が要ります。
こういう、中々結果の出ない事業っていうのは、当節もっとも(社内的に)風当たりの強そうな分野ですですよね。
それでも、いろんな障害を乗り越え、少しづつ、着実に「大渡海」を完成へと近づけてゆく辞書編集部。

        ▽▲▽▲▽▲

一冊の辞書を出版するまでの顛末と、辞書編集部員らそれぞれの夢と人生までを、三浦しをん さんらしい、優しい視線で描いたこの小説。

途中巻き起こる、いろんな問題/トラブル、辞書造りにまつわるトリビアも豊富で読ませますし、なにより、軽やかな筆致(「辞書」からイメージされる重厚さとは対象的に)でグングンと読ませてくれるのが好かったですね。
 
 

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