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October 01, 2014

映画:ゴジラ(1954年版)

 
 
ゴジラ
Godzilla
 
 
 監督:本多猪四郎
     円谷英二
 音楽:伊福部昭
 出演:宝田明 (尾形)
     河内桃子(山根恵美子)
     平田昭彦(芹沢博士)
     志村喬 (山根博士)
 
 
       日本   1954年
 
 
 
 6
 
 
 
公開中のハリウッド製ゴジラ映画が大評判のようですね。
そちらについては未見なんですけれど、私としてはこの際、原点たるファースト・ゴジラの方を確かめておきたくなって、1954年公開の国産「ゴジラ」を観賞しました。 ご存知、元祖怪獣映画です。 
        ▽▲▽▲▽▲
 
戦後の混乱期を経て、高度成長期へ突入しようという頃の日本。
ここに、三人の若い男女が居りまして。
 
※ 芹沢博士(平田昭彦)
少壮気鋭の科学者として、碩学の老博士・山根(志村喬)に私淑。
その将来を嘱望され、博士の愛娘・恵美子とも親しかったものの、戦争で負傷したことが総てを変えてしまいました。
娘に対して距離をおくようになり、地下の研究室で独り研究に没頭する内、原水爆に匹敵する程の破壊力を持つ究極兵器を(偶然に)発明してしまいます。
 
※ 山根恵美子(河内桃子)
山根博士の令嬢。
芹沢とは幼い頃より親しく、このまま順当にゆけば結婚へと進んだのでしょう。
が、研究室に篭もってしまった芹沢と疎遠になる中で、若々しく健康そのものの尾形と出会います。
風にも耐えぬ風情の楚々とした美人。
 
※ 尾形(宝田明)
若いサルベージ技術者。
単純明快にして明朗闊達な海の男。 恵美子との仲は、あとひと押しというところまで来ている模様です。
 
この映画、のっけから男女三人の煮詰まった関係が提示され、視る者をして戸惑わせる仕掛けとなっています。
これが、例えば、一般的なドラマの展開であれば、まずは戦争で心身に傷を負った芹沢が、それまで親しかった恵美子を遠ざける。 その恵美子は、やがて若く健康そのものの尾形と出会う。 二人は次第に親密になってゆく。 といった過程が描かれると想うのですけれど。
それがこの映画の場合、その辺りがそっくりカットされているんですね。
ですから視聴者は、現在の三人各々の立ち位置。 そのいささかイビツな形から、ことここに至るまでの道筋/相関図を理解せざるを得ないわけです。
 
さて、この映画は何故かように(観る側を煙に巻くような)唐突なはじまり方をするのか?
戦争によって人生を狂わされた芹沢博士は、戦争の陰を引きずって生きてゆく他ない男です。
科学者として、続々と造られる原水爆の脅威についても看過出来ません。(その当人が新たな究極兵器を、図らずも発明してしまったという皮肉)
一方、戦争と関わっていない尾形青年は、高景気の到来に沸く日本の将来だけにしか視野が及ばず、(戦争というものを知らぬ故の)至極楽観的な人生観の持ち主と言えます。
 
一見して戦争とは関係の無さそうなこの映画ですけれど、戦前・戦中派と戦後派の価値観の対立を描こうとしている。 戦後十年にして早くも忘れ去られようとしている戦災の記憶を、今一度想い起こさせ、警鐘を鳴らそうという意図があるのでは・・・・なんて、私は考えていますけれど。 映画を見終わった今も、結論は出せないままです。
 
当事、俳優としてキャリアの出発点に居た宝田明さんのフレッシュさ。
後々の、粋で品のあるおじさん役しか知らない私にとって、まったくの驚きでした。
 
平田昭彦さんの、苦悩する科学者像。 映画の後、博士役ならば平田昭彦、というのがお定まりとなりましたね。
 
己の信念を貫く古生物学者を好演する志村喬さん(おそらくは「七人の侍」に出演した直後でしょうか)は、その圧倒的な存在感がドラマ全体に重みを与えています。
 
そしてなにより、ヒロイン河内桃子さんの綺麗なこと。
その清楚で品のある立ち居ふるまい、スレンダーな容姿は、現代の審美眼にも十二分に堪え得ますね。 実を申せば、この映画でもっとも目を見張らされたのが、この女優さんの魅力でした(おい)。
 
  
 
Photo
 
 
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
怪獣映画の話をしようとしていたのでした。
 
なにせ黎明期の特撮です。 ゴジラの撮影には、さぞや苦労があったろうと想像できます。(当事、撮影ノウハウの蓄積がどれほどあったか、私は知りません)
ともあれ、大怪獣の姿をフィルムに収めるにあたって、様々な演出/アイデアが試されており、その一々に感心させられました。

鳥小屋越しに望むゴジラ。 トロリーバスの架線越しに見上げるゴジラ。 国鉄の操車場に踏み入るゴジラ。 実況放送中の電波塔に迫るゴジラ、などなど。 本邦初の怪獣映画を世に問うにあたって、造り手側の、ああも見せたい、こうもやってみたい、そんなチャレンジ精神が伝わって来るんです。

なにより、この1954年版「ゴジラ」で暴れまわる初代ゴジラ。 まったく持って凶悪無比な存在であります。
ゴジラの通り過ぎた後は、文字通りの瓦礫の山、そして死屍累々。(モノクロの画面と相まって、往時の記録映像かと見紛うほどのリアルさです)
大戦時の大空襲を髣髴とさせる暴れ廻りっぷりからは、ゴジラ = 戦禍 というイメージの重なりがハッキリと感じられます。
映画の公開時は、観客の多くに空襲/戦災の記憶が鮮烈に残っていたことでしょう。 こう造るしか、なかったんでしょうね。

それから祈り。
人類にはまるで歯の立たない、圧倒的な災厄の通り過ぎた後、人々は只々祈る他ありませんでした。
その後、陸続と造られた怪獣映画に、このように厳かなシーンがあったでしょうか。
この初代ゴジラ、映画史上、唯一無二の存在と言えるかと想います。
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
それにしても、哀れなのは芹沢博士です。
彼は、その怖ろしい発明の秘密を、愛する恵美子に明かすことで、対ゴジラ兵器として活用するべきか否かの判断を、戦後派の二人に託します。
 
芹沢の発明を使用すれば、人類にとっての新たな脅威、ゴジラを退治することが出来る。 そして(人類にとってあまりにも危険な)発明の秘密を消し去ることが出来、同時に恋敵である芹沢も・・・・
 
この筋書き(芹沢の発明を、対ゴジラ兵器として使用する)は、戦後派の若い二人にとってみれば、ある意味、まことに都合のよい(!)話しなわけです。
しかしながら、この行為は、あるいは芹沢からの、遠まわしな意趣返しだったのかもしれない・・・・なんて、未だあれこれと想いふけっている私です。
 
 

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Comments

ゴジラ・・・この映画は当時大ブームになり老いも若きも映画館に殺到したという記憶があります。
ゴジラだけが活躍するだけでなく、人間側にも立派な?ストーリーがあったのですね。あいにく私は当時洋画オンリーでしたのでこの手の日本映画は観ていませんでした。生意気にも(~_~;)
今は見たいですね。やはり当時の俳優たちの姿に気持ちが動きます。
怪獣ブームのはしりですかね、ゴジラは。。。

Posted by: おキヨ | October 02, 2014 at 12:11 PM

>おキヨさん
 
元祖怪獣映画、公開当事から大ブームでしたか。(^ァ^)
 
私も、ドラマパートがこれほど見応えのあるものとは(特撮パートを目当てに視始めただけに)想ってもいませんでした。(^^ゞ
黒澤作品の常連だった頃の志村喬さんが、重要な役どころを務めているんですから豪華ですよね。
デビューして間もなかった宝田明さん(お若い!)は、この後も特撮映画への出演が続きました。
 
あまりにも印象的な伊福部昭さんによる音楽、そして、一度聞けば忘れないゴジラの咆哮は、この頃から既に。
ゴジラの着ぐるみは、撮影の度に造り直されるそうで、映画毎にデザインの微妙に異なるゴジラが現れますけれど、この初代ゴジラは造形的に特に見事ですね。

Posted by: もとよし | October 02, 2014 at 10:27 PM

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