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December 31, 2013

今年の第九

 
 
さ~て今年はどの第九を聴いて往く年を送ろうか?
なんて思案しながら、動画サイトを捜して見つけたのがこれです。

小澤征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラによる2002年、長野県松本文化会館でのライブ動画。
 
 
  ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 op.125 「合唱付き」

   合唱  :東京オペラシンガーズ
   管弦楽 : サイトウ・キネン・オーケストラ
   指揮  :小澤征爾

 
 
    http://www.youtube.com/watch?v=MDwiLX8U-Go
 
 
第一楽章。 のっけからハイテンション! 気合十分の演奏に圧倒されてしまいます。
やっぱり第九の第一楽章はイイね。 聴いていて気持ちがシャキッとなります。

それ以降の楽章も、颯爽として如何にも現代的なイメージが共通しています。
重厚さや格調などといった要素は、ここでは窺えませんけれど、でも、二十一世紀初頭の第九としては、こんな演奏が相応しいと想う。

世界レベルの名手が集まったオケですから、奏者それぞれの姿を追っ掛けるのもまた愉しいものです。
とりわけ凄いのが第四楽章での合唱団。 これだけ充実した響きの第九の合唱というのは、なかなか聴けるモンじゃあありませんって!

一年を振り返りつつ耳傾ける筈が、いつしか夢中になって聴き入って居りました。
長年に渡ってこの曲を愛し続け、国民的年中行事・年末の風物詩としてきた、これぞ日本の第九です!

        ▽▲▽▲▽▲

さて、大過なく/ノートラブルで仕事を進めようってのが、私のこの一年のテーマみたいなもん(こうして書き記すと、なんか消極的な印象ですね)でしたけれど、まぁまぁ、どうにか、上手く運ぶことが出来たようです。
来年は、もっともっと欲張ってゆかないと。 後手に廻って、イイ事はないですからね。
というわけで、来年も頑張ります。
 
2013年の「問はず語り」は、ここまでとさせて頂きます。
この一年、拙ブログを訪問して下さった皆様方に、心より御礼申し上げます。
 
 
 
    2007年の第九
 
    2008年の第九
 
    2009年の第九
 
    2010年の第九
  
    2011年の第九
  
    2012年の第九
 
 
 

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December 29, 2013

チェロが入院しました

 
 
先日、2013年最後の練習が終わった直後のことでした。
いつものように床に(横にして)寝かせておいたチェロを、私の不注意で倒しちゃった!
そりゃあもうビックリしましたよ。 ドォーンンンン!と盛大な音が出ましたから。
流石は弦楽器、倒れても好く鳴るもんだ・・・・などと感心している場合じゃあないですね。(その節は、周囲の皆さんにご迷惑をお掛けしました)

何はさておき被害状況の確認。 外傷は、まぁ軽微のようです。
転倒の衝撃で、駒の立つ位置がズレていました。 駒の台座が移動した分、表板のニスが剥げています。
それよりも、外からは判断し難い内傷(?)の方が気になります。
その場でチェロのエキスパートに診て貰い(大変お世話になりました)、とりあえず大事はないとの見立てでしたけれど、やはり心配です。

ここは、専門家に点検と修理をお願いするしかない。
と言うわけで、チェロを担いで楽器屋の工房へと持ち込みました。

まずは全体を軽く診て貰って、予算と相談した上で、しかるべき措置をお願いしました。
少々時間が掛かるとの事でしたので、その日は手ぶらで帰宅です。

私のチェロ。 入院して年を越す事とあいなりました。
 
 

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December 27, 2013

映画:続男はつらいよ

 
 
続男はつらいよ
Tora-san's Cherished Mother
 
 
監督:山田洋次
脚本:山田洋次、小林俊一、宮崎晃
出演:渥美清     (寅次郎)
    倍賞千恵子  (さくら)
    森川信     (おいちゃん)
    三崎千恵子  (おばちゃん)
    前田吟     (博)
    太宰久雄    (タコ社長)
    津坂匡章    (登)
    佐藤蛾次郎  (源公)
 
    東野英治郎  (坪内散歩先生)
    佐藤オリエ   (坪内夏子 <マドンナ>)
    ミヤコ蝶々   (お菊)
 
 
         1969年   日本
 
 
 
Zoku_otoko_wa_tsuraiyo
 
 
  
「男はつらいよ」のヒットに応えて造られた、シリーズ第二段です。
今度の映画は、「男はつらいよ」の前にあったオリジナルのテレビ・シリーズをベースにしているようですね。
高校時代の恩師との再会。 京都への旅。 瞼の母を訪ねる寅さん。 そしてもちろん、マドンナとの出会い。

        ▽▲▽▲▽▲

ここで、リタイアした元英語教師の坪内散歩先生を演じるのが東野英治郎さん。
私など、東野英治郎(カラー画像で見た場合) = テレビの水戸黄門 のイメージがあまりにも強烈ですからね。
この映画でも <現代劇に黄門さま登場> としか見えなくて、どうにも違和感があります。

が、ここに描かれる散歩先生がとっても味わい深い人柄でした。
曲がったことが大嫌いで、弱きを助け強きを挫く(タイプの)硬骨漢。 世の中の不正が許せぬ激情家でもあります。
ドラマの進む内、東野英治郎さんの散歩先生像に、すっかり納得させられたのでした。

散歩先生は寅さんが高校時代の恩師です。
あの寅さんが大人しく勉強していた、なんて筈もなく、悪さをしては散歩先生にこっぴどく叱られていたようです。
とはいえ散歩先生は、不良生徒ではあっても心根の善良な寅次郎のことが可愛かったようですね。
再会した寅さんのことを、よく憶えていてくれたばかりか、母を知らぬ寅さんの境遇に涙する人情家の先生でした。

その散歩先生のお嬢さんが今回のマドンナ(佐藤オリエさん)。
清楚なのは前作「男はつらいよ」のマドンナと同様。 でも、あの、どこか浮世離れした(敢えて言えば)罪作りなタイプともまた違う、なんと言うか、善意に溢れた人柄。 いえもう、実によく出来たお嬢さんですよ。

        ▽▲▽▲▽▲

この「続男はつらいよ」(一作目「男はつらいよ」からしてそうでしたけれど)、とにかく映像が綺麗ですね。
それは、豪華絢爛と言うのとは違います。 衣装やセット、背景にしたって、そこは寅さんの世界ですから、質素で庶民的です。
ただ、スクリーン上に役者さんたちを配置する、そのバランスや動かし方があんまりキレイで、一旦それに気付いてからは、そんなところばかりを追い掛けて観ている自分がいます。 ウットリしますなぁ。
山田監督。 造化の秘密を知り尽くしているのでしょうか。

散歩先生宅や とらや 店内でのやりとり(おいちゃん、やっぱりサイコーです)など、地味なシーンですけれど、そこに展開する芝居空間。
役者さん同士のアンサンブルが、実にもうお見事で。 お芝居を観るシアワセに浸ることが出来ますね。
1作目「男はつらいよ」は隠れもない傑作でしたけれど、2作目「続男はつらいよ」もまた実にイイ映画です。

それにしても、お終いにぜ~んぶ持っていってしまったミヤコ蝶々さん。 さすがです。
 
 
   男はつらいよ (シリーズ一作目)
 
 

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December 24, 2013

忘年会でした

 
 
以前(2009年の前半あたり)一緒だった人たちとの忘年会がありました。
場所は、千葉駅すぐ傍の居酒屋さん。 そういえば、今年の新年会も、確かこの辺りでやっていますね。

皆さん、ご多忙の故か、参加メンバーは想っていたよりも随分と少な目。
こういうのは、やはり、年々参加者が段々と減ってゆくものなんでしょうかね。 ちょっと寂しい気がしますけれど。(かく言う私も、これまでに何度も欠席しています)

ともあれ、久方ぶりの再会を喜ぶと共に、互いの近況を語り合いました。
人生いろいろ。
それぞれの職場のこと/ご苦労を伺ったり、勤務を替わった方がいてビックリしたり。新たに資格をゲットしたという方も居て、こういう話しを聴くと刺激になりますね。
私の場合、この年末に大きな仕事がひとつ片付いたところで、ホッとしていたところですけれど、ちょっとノンビリし過ぎかであったと思い知らされた次第です。

忘年会シーズンってことで、お店は大繁盛。
こちらの会話も、その活気に乗せられるように盛り上がります。
それにしても久々に(!)咽を通る麦酒の美味さよ。
(若い頃のようには)呑み喰い出来なくなっている身にとって、質・量ともに文句なしと言える酒・料理の数々。
飲食は無理せず愉しく。 適量で満足することを覚えて、暴飲暴食は厳に戒めねばなりませんね・・・・食べ過ぎちゃいました。 ハイ。

一杯になったお腹を抱え、再会を約して、早めに帰路に就きました。
 
 

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December 19, 2013

映画:兵隊やくざ

 
 
兵隊やくざ
The Hoodlum Soldier
 
 
監督:増村保造
脚本:菊島隆三
原作:有馬頼義
出演:勝新太郎 (大宮貴三郎)
    田村高廣 (有田上等兵)
    淡路恵子 (音丸)
 
 
    1965年  日本
 
 
 Photo
 
 
太平洋戦争中の昭和十八年(1943年)。 日本軍が開戦当初の勢いを失って、この戦争もそろそろ雲行きの怪しくなり始めた頃のこと。

中国奥地に駐屯する陸軍の或る部隊に、日本から到着した初年兵たちが配属されました。
これから彼らは、祖国から遥か遠く離れたこの地で、猛烈な訓練と厳しい軍律のなかで暮らすわけです。 早い話が、上官の命令(それがどれほど不条理なものであれ)に従い、ビンタ/制裁を日夜喰らい続けるということ。

そんな中にあって、士官たちの頭痛のタネは大宮二等兵(勝新)でした。
なにしろ、上官のビンタを蚊の食う程にも感じないタフネスぶりです。
理屈よりも拳骨がものを言う軍隊にあって、ヤクザあがりのこの男にだけは暴力が通用しません。

そもそもこの大宮という男、いつだって、やりたいことをやり、言いたいことを言って来た。
悪気も邪心もなく、只々自分の欲望に正直なだけなんですね。
それが軍隊という、無理が通って道理が引っ込む、理不尽極まりない組織に放り込まれたことで、戸惑ったのは当人よりもむしろ周りの側でした。

この超問題児の教育係として(柔よく剛を制すとばかり)知恵者の有田上等兵(田村高廣さん)が付けられます。
誰の手にも負えない暴れん坊の大宮ですけれど、しかし、唯ひとり、そんな彼を偏見無しに扱う有田にだけは従順になるのでした。

        ▽▲▽▲▽▲

ところでこの映画、上官によるビンタ/制裁や、他部隊との喧嘩/乱闘のシーンが矢鱈とありまして。 (作品中、一体幾つ、いや何十発のビンタが鳴ったんだろう?) それこそゲップの出るくらい(!)沢山見せつけられるんです。
初見では、そこのところにウンザリしてしまったんですけれど、でも、もう一度観返してみたら、さほど気にはならなくなっていましたね。
どのファイト・シーンも、お芝居として成立しており、だから凄惨な印象を受けないで済んでいるんでしょうね。

        ▽▲▽▲▽▲

入隊前は裏社会で生きて来た大宮と、大学出のインテリ有田。
故国で正反対の生き方をして来たこの二人ですが、なぜかウマが合うとみえます。

滅法腕っ節の強い大宮が巻き起こす騒動を、その都度老獪な有田が収拾に奔走する。
反対に、窮地に陥った有田を、大宮が救いに駆けつけるということもありまして、二人はやがて信頼関係/友誼で結ばれてゆきます。
というか、この二人のラブラブ(?!)っぷり・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

勝新の圧倒的なバイタリティと男気。 時折り垣間見せるお茶目が素敵です。

でも、一見温厚なインテリと見えて、筋金入りの軍隊嫌い。 上官の納得のゆかぬ仕打ちに、凛とした態度で異を唱える田村高廣さんがもっと好かった。
田村さん。 軍服、坊主頭に丸眼鏡という格好をさせて、日本一カッコイイ男です!

        ▽▲▽▲▽▲

ここは地の果て。 兵隊よりも更に哀れなのが、軍人相手の芸者たちでした。
大宮・有田の運命よりも、私は音丸姐さんのその後の方が気に掛かりますよ。

        ▽▲▽▲▽▲

映画「兵隊やくざ」が公開されたのは60年代。 観る側に(また撮る側にも)未だ戦争の記憶が生々しかったであろう頃。
そんな時代にあって、軍隊というものを内側から活写したこの映画です。
タフな大宮と才気煥発の有田が、理不尽極まりない上官連中をギャフンと言わせ、軍隊にケツをまくる様子が、当時の映画ファンに快哉をもって迎えられたであろうこと。 想像に難くないですね。

この映画。 男臭さの芬々とする名作と想いました。
モノクロの陰影を生かした映像は、時にドキュメンタリーフィルムのように生々しく映えて、当時の軍隊生活もかくやと想わせられます。
 
 

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December 13, 2013

小説:横道世之介

 
  
横道世之介
 
 
   吉田修一 著
 
 
       2009年   毎日新聞社
 
 
題名に、なにやら惹かれるものを感じまして、本書を手に取りました。

バブルの勢い盛んなりし80年代のこと。
故郷・長崎を離れ、東京の大学へと進学した青年がいまして、その名を横道世之介。
憧れの大学生活をスタートさせてはみたものの、特段勉学に励むワケでなし。 また、他にやりたいこととか、明確な目的意識など、これといってあるわけでもありません。
田舎出の、如何にもノンビリとした(し過ぎ、と言えるかもしれません)青年なんです。
右も左も判らず、戸惑うことばかりの中で始めた東京暮らしも、そこは若さ故の柔軟性と吸収力で、みるみる馴染んでゆきます。

大学ではサンバ・クラブに(行き掛かり上、仕方なく)入ってはみたものの、サボってばかり。 妙にリッチな彼女も出来るけれど、特に燃え上がるんでもなく、どこまでもスローなお付き合い。

およそ贅沢とは無縁に育って来て、基本、安上がりに出来ている世之介ですけれど、そうは言っても東京暮らしは何かとお金が要るもの。 先輩の紹介で、割りの好いアルバイトにありつきました。(挙句、シフトを入れ過ぎたりするわけですけれど) 当時絶好調にあったバブル景気の余禄は、かくもボンヤリした大学生にさえ及ぶとみえます。

世之介(こうみえて、コミュ力あり)の友人らの中には、作家を志す者、好んでセレブと付き合って廻る者、更には起業してお金儲けを試みる者などなど、若者らしい野心を抱いたり、或いはクラブ活動に熱心な者も、いるにはいるのです。 けれども世之介ときたら、これといって目的も持たず、只々漫然と過ごしているようにしか見えません。
あ、一度年上の(そして謎の)美女に恋したね。 あの時はばかりは必死だったっけ。

主人公のクセに、中々動き出さない世之介。 それに本書は、描かれるエピソードのそれぞれが短く、また(ブツ切りみたいに)唐突な形で終わるため、読んでいての <中途半端感> は相当なもの。
世之介のボンヤリぶりと併せて、結構ジレッタイところのある小説と感じましたね。 取り分け、読み初めの辺りは。

途中、世之介の友人たちひとりひとりの、20年後(つまり現在)のエピソードが差し挟まれます。
決して順風満帆とは言えない、それぞれの人生。
当初、お気楽でライトな小説とみえたのが、読み進めるにつけ、結構へヴィーなことになって来ました。

        ▽▲▽▲▽▲

それにしても、若い日々というのは能天気そのものであったよなぁ。
未ださしたる目標も持たず、背負うものも無くって。
いえ、これは世之介に限らず、自分自身を振り返って、そう想うんです。(今だってノーテンキだろうって突っ込みも、当然あるでしょうけれど)

若い頃は、人は誰しも歳を取ってゆくものという、自明で不可避の事実さえ、滅多に意識に上ることがなかったですねぇ。
でも、後々になって、過ぎ去りし日々を振り返った折りなど、もはや二度とは帰って来ないあの頃の想い出こそ、なによりも愛しい、心に留めておきたい宝物であったのだと気づかされる。

あの頃、一緒になってワアワア騒いだりして、しかし現在はすっかり疎遠になってしまっている、幾人もの知己朋友。
今となっては時折想いだすくらいですけれど、旧い記憶ひとつひとつの中に居る彼ら彼女らは今も(そしてこれからも)宝物ですね。
ボンヤリ暮らしていたように見えて、あれはあれで一所懸命だったのだし。

日々是好日。 毎日を大切に生きてゆけばイイんですね。
人生なんて、一体どこでどうなって、いつどんな風に終わるのか、誰にも判らないワケですし。
 
 

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December 04, 2013

津田沼散歩:赤坂味一

 
 
私がラーメン屋さんに入るのって、本当に久方ぶりですよ。(感涙)
健康のため(!)ず~っと自重していたのを、偶には好いカナって自分を甘やかしまして。

自宅からおよそ二駅分を(船橋大神宮経由、更にあちこち寄り道しながら)歩いて向かったのは、船橋駅南口から海側へと暫く往った辺りにあるラーメン屋さん「赤坂味一」。
ラーメン激戦区の船橋駅界隈にあって、何時入っても間違いなく混んでいるという人気店です。

今回はお昼時を外して行ったのですけれど、案の定カウンター席はほぼ一杯。 でも幾つもあるテーブルの方が空いていたので、そちらに着席しました。
その後すぐにお客が増えてゆきましたから、ラッキーでしたね。

        ▽▲▽▲▽▲

私、「なんでも屋」よりは「この道ひと筋」という姿勢に、より惹かれる傾向にあります。(なんて言いながら、自分自身はあれこれいろんな分野に首を突っ込んでいるワケですけれど)
兼業よりも専業。

例えば飲食店などで、メニューが矢鱈と豊富なところ。
あれもあります、これも出来ます、というのは、あんまり感心しない。 信頼出来ない。
それよりも、メニューを絞り込んで、得意分野に注力して呉れた方が余程有り難いと想うのです。 (私って、「孤独のグルメ」の五郎さんとは真逆のタイプなんですね)

ラーメン屋さんで言うならば、醤油・味噌・塩・トンコツなど各種取り揃えて来られるより、どれか一つのスープで勝負される方がより好もしい。 こちらも、受けて立とうじゃないかって気になります。
あくまでもスープで勝負。 なので、トッピングもシンプルが好し。

        ▽▲▽▲▽▲

で、ここ赤坂味一は、まさにそのタイプ。 醤油ラーメンだけのお店なんです。
メニューは中華ソバ、チャーシューメン、メンマラーメンの三種のみ。
スープは共通で、中華ソバ以外の二品は、それぞれチャーシュウ・メンマが増量されるだけという潔さ。

お店の構えも今時のお店とは違う、素朴な昔ながらのラーメン屋さんの風情です。
ドアを開けると、「いらっしゃい」の声と共に濃厚な煮干の香りが迎えてくれます。

煮干風味の中華ソバは、シンプルにして味わい深し。
麺の量はかなり多目ですけれど、飽きることなく(我ながら不思議なくらい)いつも一気に完食してしまいますね。
ほのかに漂うユズの香が、また嬉しいのです。
 
 

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December 03, 2013

小説:骨音

 
 
骨音
 
 
  ~池袋ウエストゲートパークⅢ~
 
 
    石田衣良
 
      2002年   文藝文春
 
 
       ・骨音
       ・西一番街テイクアウト
       ・キミドリの神様
       ・西口ミッドサマー狂乱
 
 
石田衣良さんの池袋ウエストゲートパーク・シリーズもこれで三冊目。
今回も面白い・・・・んだけれども、池袋界隈の不良少年集団Gボーイズたちと、そのキングであるタカシが一冊を通して出ずっぱりで、そこのところがちょっと引っ掛かりましたね。

なにしろGボーイズに組織力があり過ぎ、仕事(!)も出来過ぎだし、元々ミステリアスな雰囲気をまとって登場したタカシなのに、こうも度々現れては、当初まとっていた神秘性が薄れて来るってもんです。
IWGPの魅力・勢いも、三冊目にして若干ダウン気味ですかねぇ。

そうは言っても作品の主要な舞台、池袋駅周辺の魔窟ぶりをストリートボーイの目線で活写する、その筆致の魅力は相変わらずです。
なにより主人公マコトの人となりが健在。 元々のややシニカル性質に、ここへ来て人懐っこさが加わった気がします。

そんなマコトの強みは、度胸や腕っ節などではなしに、何処の誰であれ分け隔てなしに接することの出来る性質の持ち主であると言う事。 いわゆるコミュ力って奴ですね。
彼の場合誰とでも、それはもう老若男女貴賎の別なしに好んで関わりを持ち、(困っていたりすれば)進んで世話を焼く。 また、時には相手側からの(お返しに)力強い援助を受ける事もあって、それが事件の捜査、解決に繋がるというワケ。
この、主人公の妙な人付き合いの好さは、最初のエピソードからずっと変わらぬ美質です。

池袋ウエストゲートパーク・シリーズでは、(フィクションの中の)池袋という一大アンダーグラウンドに集まる種々雑多なマイノリティたちの哀歓を描いて読ませますけれど、それも、こういう主人公であってのことと想います。
 
 
 
   1.池袋ウエストゲートパーク
   2.少年計数機  ~池袋ウエストゲートパークⅡ~
  
 

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