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September 23, 2013

茜浜名人寄席 Vol.40

 
 
茜浜名人寄席 Vol.40
 
 
  茜浜ホール
 
     平成二十五年九月二十日(金)
 
 
  落語  :三遊亭左圓馬
        三遊亭絵馬
        柳家蝠よし
 
 
  特別出演:和太鼓衆 雷夢
 
 
 
九月に入って、漸く過ごし易い気候を迎えた中での茜浜名人寄席。
客席も隈なく埋まって、雰囲気も上々の第四十回です。
 
 
 
和太鼓衆 雷夢
篠笛の三重奏から始まったこの日の雷夢さんたち。 (篠笛は、前回もフィーチャーされていましたね)
フルートを吹く私にとって、こういった笛のトリオはとても近しいフォーマットであります。 嬉しく耳傾けました。

後半はお客さんの代表者数名にバチを渡して和太鼓教室。
なるほど太鼓を叩くこと自体は、誰でも容易に出来そうですものね。 こうしてその場で直ぐに参加出来るのは、なんといっても太鼓の強みです。
 
 
柳家蝠よし:やかん
端正で落ち着きのある前座さんでした。
 
 
三遊亭絵馬:紙切り
紙切りのお題のひとつが「ふなっしー」。
そう。 船橋市非公認ゆるキャラのあのコです。
が、絵馬さんはまったくご存じなかったらしく、お題を聴いて一瞬カタマッてしまいました。
私、紙切りの芸人さんがマジで困った姿を見たのは、多分これが初めてです。
知らないとは言えそこはプロ。 切れません、なんて言うワケにはゆきません。
リクエストされた方の持参した携帯ストラップを参考に、おもむろに切り始めるワケですが・・・・
ハサミを動かしながら、絵馬さん「ふなっしー、知ってる人います?」との問いかけには(そこは地元のゆるキャラだけあって)満場の客席ほぼ全員が挙手! 絵馬さん「うわっ!」
圧倒的なアウェイ感の中で切り上げた初ふなっしーはしかし、これが中々堂に入っておりましたよ。
 
 
三遊亭左圓馬:蛙茶番
左圓馬師匠は茜浜名人寄席の常連なのだそうですね。 そのせいでしょうか、殊更に力みのない、ストンと肩の力の抜けた自然体の一席でした。
淡々としているようで、でも味わい深い噺っぷり。
「蛙茶番」と言えば、もっと騒々しい(!)噺をイメージしていただけに、この日の高座は新鮮でした。

その昔、私が高校の文化祭で落研の部員が演るのを聴いた、つまり初めてナマで聴いた落語がこの「蛙茶番」。
素人芝居でみんな「勘平」を演じたがったり、定吉(丁稚)のこまっしゃくれた様子、半公の勘違い野郎っぷりなど、何度聴いても可笑しい。
 
 
 
   茜浜名人寄席 Vol.36
   茜浜名人寄席 Vol.38
   茜浜名人寄席 Vol.39
 
 

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September 19, 2013

小説:カレーソーセージをめぐるレーナの物語

 
 
カレーソーセージをめぐるレーナの物語
Die Entdeckung der Currywurst
 
 
   ウーヴェ・ティム 著
   浅井晶子 訳
 
 
     1993年   ドイツ
 
       河出書房新社
 
 
 
路上のスタンドで手早く調理したものを、その場で供するというのですから、我が国の「たこ焼き」みたいな位置付けでヨロシイのでしょうか。 カリーヴルスト(Currywurst)。 本書ではカレーソーセージと訳されています、戦後ドイツのB級グルメ。

ドイツ北西部の港湾都市ハンブルクで、長年に渡りカレーソーセージの屋台を切り回してきた老婦人レーナが、第二次世界大戦の末期から戦後に掛けて過ごした日々を、カレーソーセージ誕生秘話に絡めて昔語りします。

        ▽▲▽▲▽▲

戦争の末期。 ドイツの敗戦が目前に迫っていた当時のこと。
ふとした縁から、ドイツ海軍の脱走兵(息子ほども若い)を独り住まいのアパートに匿うことになった主婦レーナ。
秘密の(そして束の間の)同棲生活の始まりです。

若者は、脱走兵としての身分がもしもバレれたならば、重罪は免れません。
つまり、この戦争が続く限り、レーナの部屋から一歩も出る事が出来ないということ。
しかしながらレーナの幸せは、その一点により辛うじて保たれているとも言えるのでした。

程なくしてドイツは敗戦。
が、アパートの最上階に閉じこもって暮らす若者に、その事実は伝わりません。
若者との別れをおそれて、戦争の終結を告げることの出来ぬレーナでした。
やがて、最上階にあるアパートの窓から見下ろす街の様子が、これまでとは微妙に変わりつつある事に気付き、訝しむ若者。
そうは言っても、戦争は未だ続いていると信じていますから、これまで通りアパートに隠れているしかありません。
若者は、図らずも主婦レーナの虜囚のようなものになっていたのですね。

        ▽▲▽▲▽▲

世にも数奇なカタチの愛と、そしてそれを成り立たせる為に、お互いがつかねばならなかった幾つかの嘘。
去る者があれば、来たる者もあり。
何があろうと動ぜず、逞しく暮らしたレーナ・ブレッカー夫人の姿に、復興する戦後ドイツを重ねてみたくなります。

先行きの見えない戦時の不安、その後の敗戦による社会の激動、街の支配者たちの交代(ナチス関係者から連合軍士官へと)、などなど。 ドイツ庶民の視点から見た第二次世界大戦という面からも興味深かったです。

肝心のカレーソーセージへとなかなか辿り着かないレーナの昔語りはしかし、終章に至って快進撃を始めます。
穏やかな筆致で綴られた小説が、お仕舞いへ来てブレイクする、この痛快さ!
全篇に渡る、端正で緻密な訳文も素敵でした。
 
 

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September 09, 2013

2020年東京五輪開催決定

 
 
2020年のオリンピック・パラリンピック開催地が東京に決まりましたね。
 
原子力発電所の事故・放射能(の風評)に対して強度のアレルギー気味であろう諸外国を相手に、東京だけはゼッタイに選ばれまいと、勝手に予想していた私。
早朝(9月8日)のニュースで東京に決定と知り驚きました。
 
2020年の時点で原発関連の諸問題が収束しているとは、まず考えられませんけれど。
それでも、放射能の害が東京にまで及ばなければイイのだ。 開催には差し支えないって判断なのでしょうか。
自分の中には、そういう(割り切った)発想がなかったですね。 軽~く、ショックを受けました。
まぁ、今度のオリンピック招致は、名乗りを上げた何処の都市もマイナス要因を抱えており、全体的にいまひとつ精彩を欠いていましたからね。

もともと私は、今度の東京招致にあまり感心を持っていませんでした。
原発・放射能の不安が拭い切れない中、広く諸外国から人を集めての開催は、果たしてどうかという想いがあり、そして、同じ場所で二回やるというのは、ちと野暮ではないかと(個人的に)想っていましたので。

想うに、「東京オリンピック」(1964年のそれです)という、この言葉には、なんと言ってもあの時代への憧憬がこもっているのではないでしょうか。
敗戦国であり、五輪史上初の非白人国家・日本の催した象徴的な大会。
高度経済成長期の高揚感やら、ここまでの復興を成し遂げたという自負。 海外の選手団、観光客を向かえることの晴れがましさ。 (自分で覚えている筈もないんですけれど・・・・万国博覧会のイメージとごっちゃになってますね。 多分)
更にさらに、今に残る先鋭的なデザインの建築(体育館)、大会ポスターや記念切手などは今見ても実にクールです。

それに対して、この度の2020年大会は、平和と繁栄の理想を掲げての開催というよりは、経済効果を期待しての、かな~りマネー絡みな招致というイメージ。
そこのところに、いささかの後ろめたさを感じてしまうんです。
 
 

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September 02, 2013

習志野シティフィル第56回定期


 
 
習志野シティフィルハーモニック 第56回定期演奏会
 
 
  2013年8月25日 (日曜日)
    習志野文化ホール   14:00開演
 
 
       指揮 :小室昌広
       管弦楽:習志野シティフィルハーモニック
 
 
 グリンカ:歌劇 「ルスランとリュドミラ」序曲
 
 ボロディン:交響詩 「中央アジアの草原にて」
 
 チャイコフスキー:イタリア奇想曲
 
 カリンニコフ:交響曲第一番 ト短調
 
 
   ※アンコール
     チャイコフスキー:組曲第4番
      「モーツァルティアーナ」から第3楽章「祈り」
 
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
 
残暑厳しい中、今年も上記の通り夏の定期演奏会がありました。
(アップするのが、ちょいと遅くなりました)
 
 
 ◆グリンカの「ルスランとリュドミラ」序曲
昔から折々聴いて来た曲ですけれど、よもやこれを自分が弾く日の来るとは。
 
 
 ◆ボロディンの「中央アジアの草原にて」
あたかも一幅の絵画のような管弦楽絵巻。
客席を挟む形に管の別働隊を配して、果てしなく続く中央アジアの大草原を立体的に演出しました。
 
 
 ◆チャイコフスキーの「イタリア奇想曲」
この曲のイタリアとか、他にはスペインとかもあったりして、ロシアの作曲家たちはどうやら南の国がお好きのようですね。
イタリアらしい要素を取り入れながらしかし、見紛うことないロシアの音楽。
 
 
 ◆カリンニコフの交響曲第一番
今回の定期演奏会プログラム中にあって異彩を放つのが、十九世紀ロシアの作曲家カリンニコフの交響曲第一番。
私にとって、これまでまるで馴染みのなかった曲です。
なにしろ今回の定期演奏会のための練習を始めるまで(恥ずかしながら)その存在を知りませんでした。 今では、お気に入りのシンフォニーのひとつに加わっていますけれど。

夭逝したカリンニコフ。 もっと永らえてくれていれば、更なる傑作をものしていた筈・・・・なんて考えると、切ないものがありますね。
交響曲デビューの若手作曲家が、やりたいことのありったけを(それこそ、ああもやりたい、こうもしたいと)一曲に詰め込んだかの感がある、これは若書きの交響楽。
 
 
 ◆アンコール
   チャイコフスキーの「モーツァルティアーナ」から「祈り」
モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を元に編曲された管弦楽曲。
かつて私は、この原曲を(テノールで)歌ったことがあります。 だから、ちょっと懐かしい。
弾いていて「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の歌詞を(旋律につられるように次々)想い出しました。
私が最後に唄ったのは、もう余程昔のことなんですけれど。
存外忘れずにいるものですね。
 
 
 
  
 習志野シティフィル第42回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第45回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第46回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第47回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第48回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第49回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第50回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第51回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第52回定期演奏会
   
 習志野シティフィル第53回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第54回定期演奏会
 
 習志野シティフィル第55回定期演奏会
 
 

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