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October 20, 2012

日本万国博

 
 
~ 公式長編記録映画 ~
 
     日本万国博
 
 
        総監督:谷口千吉
        音楽 :間宮芳生
        語り :石坂浩二
 
           1971年   日本
 
 
 
Photo
 
 
我ながら真にラッキーであったと想うのですけれど、私は EXPO'70、あの日本万国博覧会を観ています。

小学生の頃でした。
当時、静岡に住んでいた私は、中学生の兄と、兄の親友との三人で万博を観に大阪へと出掛けたのです。
それは我が家としては初となる、子供たちだけで出掛けた旅行でもありました。
(大阪には我が家の親類が大勢住んで居ますから、宿泊先にはこと欠きません)
万博もさることながら、関西出身の両親としては、こうして私たち兄弟に大阪(父の故郷)体験を積ませておこうという意図も、あるいはあったかもしれません。

        ▽▲▽▲▽▲

この大阪万博は、なにしろスケールがデカかった。
超大国から小国まで、文字通り世界中の国々が集まったし、当時高度成長期の波に乗っていた国内企業の張り切りぶりもスゴイものが(大企業としての威信を懸けて!)ありました。

公式記録映画とはいえ、広い会場内に数多建てられたパビリオン、その一々を紹介してゆくだけでも大変なことです。
ですから各館を訪問するシーンは、概ね端折り気味・・・・じっくり見ていったら、時間が幾らあっても足りませんしね。
なかにはパビリオンの外観のみ、それもホンの数秒映っただけで終わってしまうところも。(ちょっとカワイそう)

私も当時、兄に連れられて幾つものパビリオンを見て廻っている筈ですけれど、展示の内用とか、もはや忘却の彼方。 ほとんど憶えていません。(爆)
それでも各パビリオンの個性的/未来的な外観など、数十年の歳月を経てなお、いちいち見覚えのあるものが少なくなかったですね。
子供の目には、万博会場そのものが、何よりも印象的な見ものだったようです。

        ▽▲▽▲▽▲

パビリオンの展示もさることながら、会場で披露される世界各国の民族音楽(もちろん、日本民謡も含めて)のシーンが素晴らしかったですね。 こういうものはエバーグリーン。 時が経過しても、少しも旧くならない。

それから会場に集まった人々のドラマ悲喜こもごも、パビリオンで働く各国のスタッフ、運営スタッフの辛苦なども、カメラは捉えています。 これらは、当時小学生であった自分など思いもよらなかった世界です。

凝った映像(時に象徴的/前衛的技法を交えて)、そして間宮芳生の音楽(シンフォニックだったり、如何にも「あの頃の現代音楽」っぽかったり)共々、繰り返し鑑賞して飽きないです。

        ▽▲▽▲▽▲

本来真面目な記録映画ですし、なんたって長い(173分!)。
途中、流石に退屈する部分もありましたけれど、全編を見終えて感無量となります。

映画冒頭の、万博会場を上空から俯瞰するシーン。
各パビリオンを繋ぐあの回廊を、少年の日のボクは確かに歩いたのです。
奇妙奇天烈なデザインのパビリオンを見上げながら。

それにしても1970年当時の日本が持っていたエネルギー! 万博で見せた熱さにはスゴイものがありますね。
もう後にも先にもあり得ない(かもしれぬ)高度成長期の真っ只中で催された日本万国博。
それを垣間見ることの出来た自分の仕合せ。
只、もうちょっと大人になってから見てみたかったですねぇ。 今更言ってみても詮の無いことですけれど。

映画を見終わって、そんなことをしみじみ想っています。
 
 
 

 
 

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Comments

同感ですねえ。
私も行きましたよ。
そして楽しかったです。

単にお金だけを基準にするなら、これ以上の時代、いくらでもあるのですが、その時代に充満した希望ということまで考えるとある種、日本の頂点の象徴ですよね。

Posted by: 晴薫 | October 21, 2012 at 08:02 PM

>晴薫さん

やっぱり! 晴薫さんもご覧になってましたか。(^ァ^)

展示の内容とか、憶えてますか?(^^ゞ

私の場合は、最初に入った三菱未来館で見た大津波のジオラマ。 これがもう、迫真の出来だったのが、数少ない万博の記憶のひとつです。
なにしろ迫力ありすぎ(もう、この世の終わり。 終末絵図かってくらいの)で、子供心にトラウマものでしたので。(^^ゞ

今回、数十年ぶりに映画で見直したら、アレは未来の気象コントロール技術を紹介するストーリーなんだと判りました。(笑)

Posted by: もとよし | October 21, 2012 at 10:53 PM

こんにちは~
 わたしも行った記憶が・・・
大阪に親戚宅があるのでそこに泊めてもらって。
あの太陽の塔と人の多さを思い出しましたcoldsweats01

ほんとね今だとじっくり観るのにね!
映画があるんですね~
観てみたいです。

Posted by: みい | October 22, 2012 at 01:10 PM

>みいさん

おぉ! みいさんもご覧になってましたか。(^ァ^)

映画では、親御さんに伴われた小さなお友達の姿も捉えていました。

その日一日、子供達が主役の子供day(?)の他、お年よりday、身体障害者dayなども設けられていて、万博会場ではバリアフリーの発想が実践されつつあったのが判ります。

太陽の塔って目玉がサーチライトになっていて、夕方になると光るんですよね。
あの頃は変なデザインだなぁ~って(^^ゞ想いましたけれど、今見ると素晴らしい造型だなってつくづく想います。 サスガは岡本太郎!

当時、小学校の学級新聞に「太陽の塔くん」ってマンガを描いたのを想い出しました。(笑)

Posted by: もとよし | October 23, 2012 at 06:13 AM

小学校時代に大阪で開催された日本万博に行かれたんですね。
ということは、もとよしさんは私の甥と同年代です。甥〔長姉の長男〕は万博に行って、異次元の世界に旅行したごとく興奮した様子で、みてきた限りのことを長々と手紙に書いてよこしたことを思い出しました。

あの時小学生だった貴男さまも我が甥も十分な年齢に達しましたね。。。

い、いいえ甥はさておいて、貴方さまはご立派な壮年となりましたようで。。。good


Posted by: おキヨ | October 23, 2012 at 12:01 PM

>おキヨさん

そうですか、甥御さんも万博へ!
異次元を見て来てのエキサイトぶり、好っく判ります。(笑)

馬齢を重ねて壮年となった今、画面を通して再びまみえる万博というのもまた心躍るものでして。
記憶の片隅にある光景を懐かしんだり、当時はまったく見落としていた事柄に気
が付いて感心したり・・・・

ところで私はアメリカ館で、アポロが月で採取して来た岩石、つまり「月の石」を見ている筈・・・・なんですけれど、どうしてもハッキリ思い出すことが出来ません。
ただそんな気がしているだけで、実際は妄想なのかもしれませんけれど。(^^ゞ
でも、「月の石」を収めたショーケースや、その背景の黒さなど、自分の中のイメージと、映画に見るアメリカ館の様子とが符合しているんですよね。
やっぱり、ホントに見ているんでしょうか。(悩)

Posted by: もとよし | October 23, 2012 at 09:36 PM

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