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October 28, 2011

徳川家康 第10巻 無相門の巻

 
 
「徳川家康」 第10巻 無相門の巻


     山岡荘八 著    講談社文庫
 
 
 
山岡荘八版の「徳川家康」、久方ぶりのお目見えであります。
それにしてもまた随分と長いこと抛りっ放しにしておいたもんで。 あまりといってあんまりな気紛れぶりには、自分でも呆れるしかないですけれど、ともあれこれまでの続き(2007年の1月以来!)、第10巻から再開してみます。
よろしかったら(例によって(!)超長文 & 駄文ですけれど)お付き合い下さいませ。

        ▽▲▽▲▽▲

天正11年(1583年)。 賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を下し、故織田信長の後継者としてポジションを固めた羽柴秀吉の眼が、遂に徳川へと向けられようとしています。
やがて繰り広げられる抗争は、表向きは織田信長の遺子・信雄と秀吉の確執から起こる戦いながら、実質的には家康VS秀吉の代理戦争に他なりません。
秀吉一代の負け戦、小牧・長久手の戦いの始まりです。

        ▽▲▽▲▽▲

戦はまず、前哨戦とも言うべき外交合戦から。
徳川方としては、まずは秀吉が(例によって必ず)仕掛けてくるであろう老獪な懐柔政策のあの手この手、情報戦の諸々を、ここでしっかりと防ぎ切っておかねばなりません。

がしかし、剛勇無双をもって鳴らす徳川家中にして、日本一の人たらし、羽柴秀吉を相手の交渉ごととなると人材は払底気味。 心もとないばかりなのです。
この当時、既に一大勢力へと成長していた徳川家といえども、実のところ、時勢を読み尽くして大名家間の交渉ごとに臨める者、外交センスを持つ家臣には事欠いていたのですね。
 
 
※.本巻では、アタマにくるほど偏狭、頑固で保守的な・・・・しかしまた泣けてくるほど律儀で辛抱強く、クソまじめな・・・・三河侍/三河人気質(ゆくゆくはこれが、日本人気質のプロトタイプとして定着ってことになるのでしょうか)というものが、終始徹底して描かれています。
 
 
さて、そうはいっても、ここは家中の誰かがこの難役を引き受け、そして外交合戦の矢面に立って貰わねばならぬ局面です。
しかし立てばあの(!)秀吉と一対一の関係が成立することとなり、それは徳川家臣としての我が身を滅ぼす結果ともなりかねないのを承知の上で、です。
これから取り組まねばらぬ、天才・羽柴秀吉を向こうに回したやりとりは、こちらの打つ手に一つのミスも許されない、ギリギリの外交ゲームなのでした。
 
 
※石川数正が寄越した使い(家老・渡辺金内)を屋敷に迎える本多作左衛門。
数正が持たせた密書を一読した作左衛門は何を想ったか、金内を相手に碁を打ちはじめます。
  
本多作左衛門 「それでよいのか。 それではその石は生きまいぞ」
渡辺金内    「いいや、これで戦いましょう」
本多作左衛門 「待ったをせよ待ったを。 そこで討ち死にするようでは若い。
          それでは数正についてはゆけぬぞ」
渡辺金内    「では、仰せのとおり待ったをいたしまする」
本多作左衛門 「ハハハ・・・・・・考えたな。 考えろ考えろ。
          よく考えて、誤った石は打たぬものじゃ」
 
 
こうして動き始めた、石川数正と本多作左衛門(同じ家中にあって、水と油の如く正反対の気質を持つ二人)による、奇妙なミッション/共同作戦。
大きなターニングポイントに立たされつつある智将・石川数正。
このやりとりはやがて、戦国きってのヘッドハンティングへと展開するのですが。

        ▽▲▽▲▽▲

池田勝入(恒興)という武将。
この「徳川家康 第10巻」の作品世界にあっては、もはや時代遅れの漢として描かれるのです。
なにしろ、その人生でもっとも輝いていた時期 = 織田信長の覇業盛んなりし頃と重なるという・・・・これはまた、なんという判りやすさでしょう。
前巻(第9巻 「碧雲の巻」)での柴田勝家と同様、この古強者からは戦国乱世を生き抜いて来た猛者の世渡り、出処進退などといった事柄について考えさせられます。

今や天下人として諸将の上に君臨する秀吉に対し、信長配下の同輩として苦楽を共にした当時の気分を未だ忘られぬ池田勝入。
かつて戦友として共に戦った相手から、今現在は持ち駒の一つとしか見られていないとしたら・・・・、これはまた、切なくも酷なハナシですね。
頂点に立った者と、そのかつての同輩との、現ポジションの違いから来る意識の(もの凄まじいまでの)ギャップ。

これってしかし、現代にあっても通じそうなハナシで(前巻の柴田勝家のエピソードと同様)かつてこの「徳川家康」がビジネスマンを中心に広く愛読されたというのが好く理解出来る気がます。
前巻と同様、やはり読んでいて共感と哀れを誘う一編なのです。
 
 
※勝てば尾張一国を与えよう、という秀吉の(気前の良過ぎる)言葉にすっかり感激してしまった池田勝入。
膠着しきった戦況を打破すべく、精鋭をもって敵の本拠地を急襲する「中入れ」戦法を秀吉に進言します。
自ら一軍を率い、夜陰に乗じて敵地に潜入する馬上の勝入とその次男輝政は・・・・
 
池田勝入 「このあたりはな、その昔、右府さまのお供をして、
        さんざん遊び歩いた村じゃ。
        フフフフ」
池田輝政 「何がおかしいのです妙な笑い方で」
池田勝入 「う・・・・・・想い出したのじゃ。
        右府さまや、筑前どのと、村々を踊り歩いた昔のことをな」
 (クシャミする勝入)
池田勝入 「噂している者があるらしい」
池田輝政 「誰が・・・・・・でござります」
池田勝入 「村人たちよ。 おもしろいものだ・・・・・・
        わしは、前例のない、よい領主になってやるぞ
池田輝政 「は・・・・・・何と仰せられましたので」
池田勝入 「その昔と同じようにな、戦が済んだら、村人たちと踊ってやろう。
        領主と領民がひとつになって踊りまくる・・・・・・
        愉快なものじゃ。 今でも眼に見える」
池田輝政 「父上・・・・・・」
池田勝入 「何じゃ」
池田輝政 「勝ってからの話、まだ早うござりましょう」
池田勝入 「ハハハ・・・・・・ここまで来ればもう早くはない。
        われらの馬は三河へ向かってすすんでいるわ」
 
 
池田勝入、「死亡フラグ」を立ててしまいましたね。 今風に言うとするなら。
史実を前提にしなくとも、勝入のこの後の運命は容易に予見出来そうです。
老将・池田勝入の言動は不吉で堪らぬのに、でもどこか可笑しみ、そして哀れみさえ漂わせて。
これぞ山岡ストーリーテリングの妙なり。

        ▽▲▽▲▽▲

小牧・長久手の戦いも終盤へと来て、秀吉が図らずもさらした戦略上の隙。
ここを一気に攻め立てれば秀吉勢を討ち取れるやも、という局面で、しかしあえて動こうとはしない家康です。
本多忠勝をはじめとする諸将は納得しかねるのですが・・・・
平時は商人としての顔を持つ武将・茶屋四郎次郎(松本清延)にだけ、そっと真意を漏らす家康でした。


家康 「よし、では言おう。
     わしは信長や筑前とは違うた行き方で天下を狙おうと思うている」
茶屋 「違うた行き方で天下を・・・・・・!?」
家康 「そうじゃ。 信長も筑前も・・・・・・
     いや、武田も明智も、みな力だけに頼って、あまりに事を急ぎすぎた。
     分るかそれが・・・・・・」
茶屋 「分るような、気がいたしまする」
家康 「この急ぎすぎたところに大きな隙があった。
     信玄も信長も光秀も、その隙のため倒れていった。
     筑前もどうやらそれによく似ているでの」
茶屋 「なるほど・・・・・・」
家康 「わしは急がぬ。
     急いで今夜夜襲を許し、小さな局面で勝ってみてどれほどの利益があろう。
     もし万一攻め損じて、忠勝や忠重を失うようなことがあったら、
     それこそ大きな損害じゃ。
     大きな損害を賭けて、小さな利を得る・・・・・・これは算盤に合わぬことじゃ」
茶屋 「と、仰せられまするが、もしも秀吉の首級を挙げ得ました節は・・・・・・」
家康 「あとの難儀はわし一人の身にふりかかる。
     それゆえ、これも算盤にはずれて来る」


この小説「徳川家康」での徳川家康その人は、仏門にご執心という設定になっています。
ですから家康、非道な振る舞いを嫌う、あくまで有徳の士として描かれるんですけれど。 それがここでは、
自らの行動原理を、大義ではなしにあくまで利をもって、ビジネスセンス(家中では数少ない)を持つ茶屋四郎次郎に語り聞かせています。
クール家康。
掴み所がないと言うのか、懐が深いとでも言うべきか。
そうそう簡単に捉え切ることの出来る男ではありませんね、やはり。
読んでいて、ハッとさせられた場面でした。

        ▽▲▽▲▽▲

この第10巻 「無相門の巻」。 岡崎城を預かる石川数正と、そこへ訪れた茶屋四郎次郎との対話が、小説の序盤と終盤、すなわち小牧・長久手の戦いの前後に配置されており、この巻だけで独立した一編として読めそうな具合に、バランス好くまとめられています。 構成の巧みさ。

それにしてもこの巻の石川数正、終始その周囲に諦念を漂わせているのが、この後の彼の運命を暗示しているようで。 なんとも割り切れぬ気分の残るラストです。


<徳川家>
徳川家康:徳川家当主
於義丸:家康の次男

<徳川家家臣>
芦田下野守信守
安藤彦兵衛直次:池田紀伊守元助を討ち取る
伊井直政
井伊兵部少輔直政:万千代、赤備え
磯部某:大久保七郎右衛門の家臣、池田勝入の目前で戦死
永井伝八郎:小姓組
永井伝八郎直勝:家康の旗本、池田勝入を討ち取る
奥平信昌:家康の娘婿
岡部長盛
久野三郎左衛門
高木主水
高木主水清秀
高力与惣左衛門清長
榊原小平太康政
三浦九兵衛
三宅宗右衛門康貞
柴田七九郎重政
酒井河内守重忠:雅楽助正家の嫡男、織田信雄のもとへ使いする
酒井左衛門尉忠次:かつて信長のもとへ使いした、宴会芸は蝦すくい
酒井忠次
松平家忠
松平家忠
松平主殿家清
松平周防守康重
松平又七郎
松平又七郎家信
水野十郎勝成:水野忠重の子
水野惣兵衛忠重
水野惣兵衛忠重:刈谷城主
水野忠重
水野藤十郎勝成:水野惣兵衛忠重の子
菅沼大膳
菅沼定盈
石川伯耆守数正:岡崎城の城代
康長:石川数正の嫡男
勝千代:石川数正の次男、於勝
半三郎:石川数正の三男
渡辺金内:石川数正の家臣、本多作左衛門のもとへ使いした、囲碁の名手
荒川惣左衛門:石川数正の家臣
佐野金右衛門:石川数正の家臣
村越伝七:石川数正の家臣
中島作左衛門:石川数正の家臣
伴三右衛門:石川数正の家臣
本田七兵衛:石川数正の家臣
石川日向守家成
大久保七郎衛門忠世:かつて信長のもとへ使いした
大久保忠隣
大久保平助:小姓組
大須賀康高
丹羽勘助氏次:岩崎城主
丹羽勘助氏重:氏次の弟
丹羽氏次
茶屋四郎次郎:松本四郎次郎清信、武将ながら、京の呉服商人に身をやつして家康の密偵を務める
鳥居松丸:小姓組
鳥居彦右衛門元忠
津田弥太郎
渡辺半蔵守綱:足軽大将
徳姫:家康の長子故信康の妻
内藤四郎左
内藤四郎左衛門正成
服部半蔵
服部平六:森武蔵守の下に潜り込ませたスパイ
平岩七之助親吉
米沢梅干之助:水野惣兵衛の家臣
牧野右馬亮康成
牧野惣次郎
本多慶孝
本多康重
本多佐渡守正信:家康の本陣で雑用主管を勤める
本多作左衛門重次:「一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ」
仙千代:本多作左衛門の嫡男、「一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ」のお仙
本多八蔵:大久保七郎右衛門の家臣、森武蔵守を討ち取る
本多平八郎忠勝:「家康に過ぎたるものが二つあり唐の頭に本多平八」
本多豊後守広孝


<織田家>
織田信雄:信長の次男
中川勘左衛門貞成:犬山城主
清蔵主:中川勘左衛門の伯父
津川玄蕃允義冬:信雄の三重臣
岡田長門守重孝:信雄の三重臣
浅井田宮丸長時:信雄の三重臣
滝川三郎兵衛雄利:信雄の家老
土方勘兵衛雄久:信雄の家老
生駒八右衛門:信雄の生母の兄
飯田半兵衛正家
森久三郎春光
神戸正武
佐久間正勝
山口重政
天野景利
織田信孝:信長の三男、姦計に掛かり大御堂寺で非業の死を遂げる
太田新右衛門:信孝の家臣


<羽柴家>
羽柴筑前守秀吉
羽柴秀長:秀吉の弟
羽柴秀勝:織田信長の四男、秀吉の養子
三好孫七郎秀次:秀吉の甥
朝日姫:秀吉の末の妹
佐治日向守秀政:朝日姫の夫
副田甚兵衛:朝日姫の前夫
大村幽古:秀吉の祐筆
茶々姫:浅井長政、お市の方の遺児
池田勝入:池田恒興、勝三郎、入道して勝入
池田勝九郎元助:紀伊守、勝入の嫡男
池田三左衛門輝政:勝入の次男
池田橘左衛門長政:勝入の三男
伊木忠次:池田勝入の家老
石坂半九郎:池田勝入の家臣
遠藤藤太:池田勝入の家臣
日置才蔵:池田勝入の家老
片桐半右衛門:池田勝入の家老
伊藤掃部助祐時
伊木清兵衛忠次
為井助五郎
一柳末安
稲葉一鉄
稲葉貞通:右京亮、稲葉一鉄の子
下村主膳:中村一氏の家臣
加藤虎之助清正
加藤作内光泰
梶村与兵衛
蒲生氏郷:忠三郎
関安芸守盛信入道万鉄
関一政:関万鉄の子
金森長近
九鬼嘉隆
高山右近
高畠孫次郎
黒田官兵衛:孝高
今井検校
佐々成政
細川忠興
細川藤孝
山内一豊:「山内一豊の妻」の夫
小西行長
小川祐忠
森長近:内久保山を守る。文庫版308ページに登場、金森長近の誤植ではないでしょうか? 
森武蔵守長可:鬼武蔵
鍋田内臓允:森長可の家臣
野呂助左衛門:森長可の家臣
生駒親正
石田佐吉三成
浅野長吉
浅野長政
前田利家
前田利長
前野長康
滝川一益
丹羽五郎左衛門:外久保山を守る
丹羽長秀
中川秀政
中村一氏
長曾我部元親
長谷川秀一
津田隼人
田丸具康
田中吉政:秀次の小姓頭
筒井定次:伊賀守
徳永寿昌
日根野弘就:備中守
白井備後
富田左近:平右衛門
福島正則:市松
保田安政
蜂屋頼隆:内久保山を守る
蜂須賀彦右衛門正勝
堀久太郎秀政
堀秀政
堀尾茂助吉春
木下利久
木下利匡
木下利直
木村隼人


<その他>
水野惣兵衛忠重
丹羽勘助氏次
佐竹次郎義重:太田城主
不破源六広綱
北条氏直
木曾義昌
上杉景勝
毛利輝元
松平清兵衛:かつて家康に「初花の茶壷」を献上した
保田の花王院:家康が対秀吉戦に備え、後方撹乱に用いる西国の勢力
寒川右太夫行兼:家康が対秀吉戦に備え、後方撹乱に用いる西国の勢力
畠山左衛門佐貞政:家康が対秀吉戦に備え、後方撹乱に用いる西国の勢力
管平右衛門:家康が対秀吉戦に備え、後方撹乱に用いる西国の勢力
千鶴:中村に住む、秀吉の幼馴染
森川権右衛門:羽柴方に加担する
村瀬作右衛門:羽柴方に加担する
北野彦四郎:羽柴方に加担する
長左衛門:勝入らの中入りを家康に報告する
納屋蕉庵
納屋蕉庵:堺衆
津田宗及:堺衆
万代屋宗安:堺衆
住吉屋宗無:堺衆
松井友閑
千宗易:堺衆、利休
紙屋:九州唐津の商人
大賀:豊前中津の商人
ソロリ新左:鞘師
阿吟


前巻での、柴田勝家最期の顛末もそうでしたけれど、(高度成長期を戦い抜いた)熟年企業戦士の身の振り方にも通じそうな本巻。
シリーズをここまで読み進めて来た中でも、とりわけ面白い一冊でした。
ストーリーテラーとしての旨さ。
現代の読者にも共感を呼ぶ、去り行く者達への感傷。
小牧・長久手の戦いの始末記として見ても、まとまりの好い一冊ですね。 久々の歴史小説を堪能しました。


天下統一まであと16巻。
 
 

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