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October 28, 2011

徳川家康 第10巻 無相門の巻

 
 
「徳川家康」 第10巻 無相門の巻


     山岡荘八 著    講談社文庫
 
 
 
山岡荘八版の「徳川家康」、久方ぶりのお目見えであります。
それにしてもまた随分と長いこと抛りっ放しにしておいたもんで。 あまりといってあんまりな気紛れぶりには、自分でも呆れるしかないですけれど、ともあれこれまでの続き(2007年の1月以来!)、第10巻から再開してみます。
よろしかったら(例によって(!)超長文 & 駄文ですけれど)お付き合い下さいませ。

        ▽▲▽▲▽▲

天正11年(1583年)。 賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を下し、故織田信長の後継者としてポジションを固めた羽柴秀吉の眼が、遂に徳川へと向けられようとしています。
やがて繰り広げられる抗争は、表向きは織田信長の遺子・信雄と秀吉の確執から起こる戦いながら、実質的には家康VS秀吉の代理戦争に他なりません。
秀吉一代の負け戦、小牧・長久手の戦いの始まりです。

        ▽▲▽▲▽▲

戦はまず、前哨戦とも言うべき外交合戦から。
徳川方としては、まずは秀吉が(例によって必ず)仕掛けてくるであろう老獪な懐柔政策のあの手この手、情報戦の諸々を、ここでしっかりと防ぎ切っておかねばなりません。

がしかし、剛勇無双をもって鳴らす徳川家中にして、日本一の人たらし、羽柴秀吉を相手の交渉ごととなると人材は払底気味。 心もとないばかりなのです。
この当時、既に一大勢力へと成長していた徳川家といえども、実のところ、時勢を読み尽くして大名家間の交渉ごとに臨める者、外交センスを持つ家臣には事欠いていたのですね。
 
 
※.本巻では、アタマにくるほど偏狭、頑固で保守的な・・・・しかしまた泣けてくるほど律儀で辛抱強く、クソまじめな・・・・三河侍/三河人気質(ゆくゆくはこれが、日本人気質のプロトタイプとして定着ってことになるのでしょうか)というものが、終始徹底して描かれています。
 
 
さて、そうはいっても、ここは家中の誰かがこの難役を引き受け、そして外交合戦の矢面に立って貰わねばならぬ局面です。
しかし立てばあの(!)秀吉と一対一の関係が成立することとなり、それは徳川家臣としての我が身を滅ぼす結果ともなりかねないのを承知の上で、です。
これから取り組まねばらぬ、天才・羽柴秀吉を向こうに回したやりとりは、こちらの打つ手に一つのミスも許されない、ギリギリの外交ゲームなのでした。
 
 
※石川数正が寄越した使い(家老・渡辺金内)を屋敷に迎える本多作左衛門。
数正が持たせた密書を一読した作左衛門は何を想ったか、金内を相手に碁を打ちはじめます。
  
本多作左衛門 「それでよいのか。 それではその石は生きまいぞ」
渡辺金内    「いいや、これで戦いましょう」
本多作左衛門 「待ったをせよ待ったを。 そこで討ち死にするようでは若い。
          それでは数正についてはゆけぬぞ」
渡辺金内    「では、仰せのとおり待ったをいたしまする」
本多作左衛門 「ハハハ・・・・・・考えたな。 考えろ考えろ。
          よく考えて、誤った石は打たぬものじゃ」
 
 
こうして動き始めた、石川数正と本多作左衛門(同じ家中にあって、水と油の如く正反対の気質を持つ二人)による、奇妙なミッション/共同作戦。
大きなターニングポイントに立たされつつある智将・石川数正。
このやりとりはやがて、戦国きってのヘッドハンティングへと展開するのですが。

        ▽▲▽▲▽▲

池田勝入(恒興)という武将。
この「徳川家康 第10巻」の作品世界にあっては、もはや時代遅れの漢として描かれるのです。
なにしろ、その人生でもっとも輝いていた時期 = 織田信長の覇業盛んなりし頃と重なるという・・・・これはまた、なんという判りやすさでしょう。
前巻(第9巻 「碧雲の巻」)での柴田勝家と同様、この古強者からは戦国乱世を生き抜いて来た猛者の世渡り、出処進退などといった事柄について考えさせられます。

今や天下人として諸将の上に君臨する秀吉に対し、信長配下の同輩として苦楽を共にした当時の気分を未だ忘られぬ池田勝入。
かつて戦友として共に戦った相手から、今現在は持ち駒の一つとしか見られていないとしたら・・・・、これはまた、切なくも酷なハナシですね。
頂点に立った者と、そのかつての同輩との、現ポジションの違いから来る意識の(もの凄まじいまでの)ギャップ。

これってしかし、現代にあっても通じそうなハナシで(前巻の柴田勝家のエピソードと同様)かつてこの「徳川家康」がビジネスマンを中心に広く愛読されたというのが好く理解出来る気がます。
前巻と同様、やはり読んでいて共感と哀れを誘う一編なのです。
 
 
※勝てば尾張一国を与えよう、という秀吉の(気前の良過ぎる)言葉にすっかり感激してしまった池田勝入。
膠着しきった戦況を打破すべく、精鋭をもって敵の本拠地を急襲する「中入れ」戦法を秀吉に進言します。
自ら一軍を率い、夜陰に乗じて敵地に潜入する馬上の勝入とその次男輝政は・・・・
 
池田勝入 「このあたりはな、その昔、右府さまのお供をして、
        さんざん遊び歩いた村じゃ。
        フフフフ」
池田輝政 「何がおかしいのです妙な笑い方で」
池田勝入 「う・・・・・・想い出したのじゃ。
        右府さまや、筑前どのと、村々を踊り歩いた昔のことをな」
 (クシャミする勝入)
池田勝入 「噂している者があるらしい」
池田輝政 「誰が・・・・・・でござります」
池田勝入 「村人たちよ。 おもしろいものだ・・・・・・
        わしは、前例のない、よい領主になってやるぞ
池田輝政 「は・・・・・・何と仰せられましたので」
池田勝入 「その昔と同じようにな、戦が済んだら、村人たちと踊ってやろう。
        領主と領民がひとつになって踊りまくる・・・・・・
        愉快なものじゃ。 今でも眼に見える」
池田輝政 「父上・・・・・・」
池田勝入 「何じゃ」
池田輝政 「勝ってからの話、まだ早うござりましょう」
池田勝入 「ハハハ・・・・・・ここまで来ればもう早くはない。
        われらの馬は三河へ向かってすすんでいるわ」
 
 
池田勝入、「死亡フラグ」を立ててしまいましたね。 今風に言うとするなら。
史実を前提にしなくとも、勝入のこの後の運命は容易に予見出来そうです。
老将・池田勝入の言動は不吉で堪らぬのに、でもどこか可笑しみ、そして哀れみさえ漂わせて。
これぞ山岡ストーリーテリングの妙なり。

        ▽▲▽▲▽▲

小牧・長久手の戦いも終盤へと来て、秀吉が図らずもさらした戦略上の隙。
ここを一気に攻め立てれば秀吉勢を討ち取れるやも、という局面で、しかしあえて動こうとはしない家康です。
本多忠勝をはじめとする諸将は納得しかねるのですが・・・・
平時は商人としての顔を持つ武将・茶屋四郎次郎(松本清延)にだけ、そっと真意を漏らす家康でした。


家康 「よし、では言おう。
     わしは信長や筑前とは違うた行き方で天下を狙おうと思うている」
茶屋 「違うた行き方で天下を・・・・・・!?」
家康 「そうじゃ。 信長も筑前も・・・・・・
     いや、武田も明智も、みな力だけに頼って、あまりに事を急ぎすぎた。
     分るかそれが・・・・・・」
茶屋 「分るような、気がいたしまする」
家康 「この急ぎすぎたところに大きな隙があった。
     信玄も信長も光秀も、その隙のため倒れていった。
     筑前もどうやらそれによく似ているでの」
茶屋 「なるほど・・・・・・」
家康 「わしは急がぬ。
     急いで今夜夜襲を許し、小さな局面で勝ってみてどれほどの利益があろう。
     もし万一攻め損じて、忠勝や忠重を失うようなことがあったら、
     それこそ大きな損害じゃ。
     大きな損害を賭けて、小さな利を得る・・・・・・これは算盤に合わぬことじゃ」
茶屋 「と、仰せられまするが、もしも秀吉の首級を挙げ得ました節は・・・・・・」
家康 「あとの難儀はわし一人の身にふりかかる。
     それゆえ、これも算盤にはずれて来る」


この小説「徳川家康」での徳川家康その人は、仏門にご執心という設定になっています。
ですから家康、非道な振る舞いを嫌う、あくまで有徳の士として描かれるんですけれど。 それがここでは、
自らの行動原理を、大義ではなしにあくまで利をもって、ビジネスセンス(家中では数少ない)を持つ茶屋四郎次郎に語り聞かせています。
クール家康。
掴み所がないと言うのか、懐が深いとでも言うべきか。
そうそう簡単に捉え切ることの出来る男ではありませんね、やはり。
読んでいて、ハッとさせられた場面でした。

        ▽▲▽▲▽▲

この第10巻 「無相門の巻」。 岡崎城を預かる石川数正と、そこへ訪れた茶屋四郎次郎との対話が、小説の序盤と終盤、すなわち小牧・長久手の戦いの前後に配置されており、この巻だけで独立した一編として読めそうな具合に、バランス好くまとめられています。 構成の巧みさ。

それにしてもこの巻の石川数正、終始その周囲に諦念を漂わせているのが、この後の彼の運命を暗示しているようで。 なんとも割り切れぬ気分の残るラストです。


<徳川家>
徳川家康:徳川家当主
於義丸:家康の次男

<徳川家家臣>
芦田下野守信守
安藤彦兵衛直次:池田紀伊守元助を討ち取る
伊井直政
井伊兵部少輔直政:万千代、赤備え
磯部某:大久保七郎右衛門の家臣、池田勝入の目前で戦死
永井伝八郎:小姓組
永井伝八郎直勝:家康の旗本、池田勝入を討ち取る
奥平信昌:家康の娘婿
岡部長盛
久野三郎左衛門
高木主水
高木主水清秀
高力与惣左衛門清長
榊原小平太康政
三浦九兵衛
三宅宗右衛門康貞
柴田七九郎重政
酒井河内守重忠:雅楽助正家の嫡男、織田信雄のもとへ使いする
酒井左衛門尉忠次:かつて信長のもとへ使いした、宴会芸は蝦すくい
酒井忠次
松平家忠
松平家忠
松平主殿家清
松平周防守康重
松平又七郎
松平又七郎家信
水野十郎勝成:水野忠重の子
水野惣兵衛忠重
水野惣兵衛忠重:刈谷城主
水野忠重
水野藤十郎勝成:水野惣兵衛忠重の子
菅沼大膳
菅沼定盈
石川伯耆守数正:岡崎城の城代
康長:石川数正の嫡男
勝千代:石川数正の次男、於勝
半三郎:石川数正の三男
渡辺金内:石川数正の家臣、本多作左衛門のもとへ使いした、囲碁の名手
荒川惣左衛門:石川数正の家臣
佐野金右衛門:石川数正の家臣
村越伝七:石川数正の家臣
中島作左衛門:石川数正の家臣
伴三右衛門:石川数正の家臣
本田七兵衛:石川数正の家臣
石川日向守家成
大久保七郎衛門忠世:かつて信長のもとへ使いした
大久保忠隣
大久保平助:小姓組
大須賀康高
丹羽勘助氏次:岩崎城主
丹羽勘助氏重:氏次の弟
丹羽氏次
茶屋四郎次郎:松本四郎次郎清信、武将ながら、京の呉服商人に身をやつして家康の密偵を務める
鳥居松丸:小姓組
鳥居彦右衛門元忠
津田弥太郎
渡辺半蔵守綱:足軽大将
徳姫:家康の長子故信康の妻
内藤四郎左
内藤四郎左衛門正成
服部半蔵
服部平六:森武蔵守の下に潜り込ませたスパイ
平岩七之助親吉
米沢梅干之助:水野惣兵衛の家臣
牧野右馬亮康成
牧野惣次郎
本多慶孝
本多康重
本多佐渡守正信:家康の本陣で雑用主管を勤める
本多作左衛門重次:「一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ」
仙千代:本多作左衛門の嫡男、「一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ」のお仙
本多八蔵:大久保七郎右衛門の家臣、森武蔵守を討ち取る
本多平八郎忠勝:「家康に過ぎたるものが二つあり唐の頭に本多平八」
本多豊後守広孝


<織田家>
織田信雄:信長の次男
中川勘左衛門貞成:犬山城主
清蔵主:中川勘左衛門の伯父
津川玄蕃允義冬:信雄の三重臣
岡田長門守重孝:信雄の三重臣
浅井田宮丸長時:信雄の三重臣
滝川三郎兵衛雄利:信雄の家老
土方勘兵衛雄久:信雄の家老
生駒八右衛門:信雄の生母の兄
飯田半兵衛正家
森久三郎春光
神戸正武
佐久間正勝
山口重政
天野景利
織田信孝:信長の三男、姦計に掛かり大御堂寺で非業の死を遂げる
太田新右衛門:信孝の家臣


<羽柴家>
羽柴筑前守秀吉
羽柴秀長:秀吉の弟
羽柴秀勝:織田信長の四男、秀吉の養子
三好孫七郎秀次:秀吉の甥
朝日姫:秀吉の末の妹
佐治日向守秀政:朝日姫の夫
副田甚兵衛:朝日姫の前夫
大村幽古:秀吉の祐筆
茶々姫:浅井長政、お市の方の遺児
池田勝入:池田恒興、勝三郎、入道して勝入
池田勝九郎元助:紀伊守、勝入の嫡男
池田三左衛門輝政:勝入の次男
池田橘左衛門長政:勝入の三男
伊木忠次:池田勝入の家老
石坂半九郎:池田勝入の家臣
遠藤藤太:池田勝入の家臣
日置才蔵:池田勝入の家老
片桐半右衛門:池田勝入の家老
伊藤掃部助祐時
伊木清兵衛忠次
為井助五郎
一柳末安
稲葉一鉄
稲葉貞通:右京亮、稲葉一鉄の子
下村主膳:中村一氏の家臣
加藤虎之助清正
加藤作内光泰
梶村与兵衛
蒲生氏郷:忠三郎
関安芸守盛信入道万鉄
関一政:関万鉄の子
金森長近
九鬼嘉隆
高山右近
高畠孫次郎
黒田官兵衛:孝高
今井検校
佐々成政
細川忠興
細川藤孝
山内一豊:「山内一豊の妻」の夫
小西行長
小川祐忠
森長近:内久保山を守る。文庫版308ページに登場、金森長近の誤植ではないでしょうか? 
森武蔵守長可:鬼武蔵
鍋田内臓允:森長可の家臣
野呂助左衛門:森長可の家臣
生駒親正
石田佐吉三成
浅野長吉
浅野長政
前田利家
前田利長
前野長康
滝川一益
丹羽五郎左衛門:外久保山を守る
丹羽長秀
中川秀政
中村一氏
長曾我部元親
長谷川秀一
津田隼人
田丸具康
田中吉政:秀次の小姓頭
筒井定次:伊賀守
徳永寿昌
日根野弘就:備中守
白井備後
富田左近:平右衛門
福島正則:市松
保田安政
蜂屋頼隆:内久保山を守る
蜂須賀彦右衛門正勝
堀久太郎秀政
堀秀政
堀尾茂助吉春
木下利久
木下利匡
木下利直
木村隼人


<その他>
水野惣兵衛忠重
丹羽勘助氏次
佐竹次郎義重:太田城主
不破源六広綱
北条氏直
木曾義昌
上杉景勝
毛利輝元
松平清兵衛:かつて家康に「初花の茶壷」を献上した
保田の花王院:家康が対秀吉戦に備え、後方撹乱に用いる西国の勢力
寒川右太夫行兼:家康が対秀吉戦に備え、後方撹乱に用いる西国の勢力
畠山左衛門佐貞政:家康が対秀吉戦に備え、後方撹乱に用いる西国の勢力
管平右衛門:家康が対秀吉戦に備え、後方撹乱に用いる西国の勢力
千鶴:中村に住む、秀吉の幼馴染
森川権右衛門:羽柴方に加担する
村瀬作右衛門:羽柴方に加担する
北野彦四郎:羽柴方に加担する
長左衛門:勝入らの中入りを家康に報告する
納屋蕉庵
納屋蕉庵:堺衆
津田宗及:堺衆
万代屋宗安:堺衆
住吉屋宗無:堺衆
松井友閑
千宗易:堺衆、利休
紙屋:九州唐津の商人
大賀:豊前中津の商人
ソロリ新左:鞘師
阿吟


前巻での、柴田勝家最期の顛末もそうでしたけれど、(高度成長期を戦い抜いた)熟年企業戦士の身の振り方にも通じそうな本巻。
シリーズをここまで読み進めて来た中でも、とりわけ面白い一冊でした。
ストーリーテラーとしての旨さ。
現代の読者にも共感を呼ぶ、去り行く者達への感傷。
小牧・長久手の戦いの始末記として見ても、まとまりの好い一冊ですね。 久々の歴史小説を堪能しました。


天下統一まであと16巻。
 
 

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October 22, 2011

地元の農産物直売所に立ち寄ってみたでござる

 
 
いつも通う地元図書館の直ぐ傍で、周辺農家の共同出店らしき簡易店舗が店を開いていまして、地元産の農産物を販売中でした。
なんかこういうのって、如何にも実りの秋到来って感じがしてイイもんですねぇ。

この界隈。 直ぐ目の前では「奏の杜」が絶賛建設中だったりして、住宅地が着々と押して来てはいますけれど、しかしまだまだ畑地が多いんですよ。

店舗の方は地元の若い農家の方の集まりみたいで、皆さん奥さん子供さん共々集まってのアットホームさ。
なので雰囲気もノンビリ和やかで、なにやらフリーマーケットの地元農家版ってなノリです。
売り物は、葉物根菜なんでもござれ。
どれも日頃見ている畑地から採れた野菜と想うと、親しみも湧きますね。

折角の機会ですし、千産千消に(ホントに微力ながら)寄与すべく、私もジャガイモとサツマイモを一袋ずつ買い求めました。
でも、駅付近の大型スーパーや近所の青果店(ご贔屓なんです)のそれと比べると、ちょいと値段が張るかな?(なんかケチくさい話しですけれど)

あ、写真撮り忘れた!
 
 

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October 20, 2011

新・三銃士

 
 
連続人形活劇 新・三銃士
 
 
  制作:NHK
  原作:アレクサンドル・デュマ著
       「ダルタニャン物語」のうち「三銃士」
  脚本:三谷幸喜
  出演:池松壮亮
      山寺宏一
      江原正士
      高木渉
      貫地谷しほり
      瀬戸カトリーヌ
      戸田恵子
      田中裕二 (ナレーション)
 
 
   全40話
    放送:2009年10月12日 ~ 2010年5月28日
 
 
NHK伝統の人形劇・・・・古いところでは「ひょっこりひょうたん島」がありましたね。 もはや憶えてませんってば!?
NHKの人形劇は無論それだけではなくて、他にもいろいろとあった筈ですけれど。 でも考えてみると、どれもこれも断片的な記憶しか残っていませんね。 まともに(シリーズを通して)見た作品って、結局のところ一つもなかったんだなぁ。

新・三銃士」はNHK教育テレビの50周年を記念して、2009年から2010年にかけ放送された連続人形活劇です。 私は地元図書館のAVライブラリーにあった全8巻のDVDを、一枚ずつマメに借りて来ては次々に視聴しました。

これ、大人の眼で見てもとっても面白いんですよ!
当初はあんまり期待もせずに入ったんですけれど、第一巻から夢中になってしまいましたよ。 ハハ。

        ▽▲▽▲▽▲

アレクサンドル・デュマの古典として名高い「三銃士」ですけれど、それ以上詳しい事となると何も知らない私です。 勿論、原作は未読のまんま。
認識しているのは、王政時代のフランスが舞台の西洋チャンバラ(?)で、この話し自体が、実は長い物語の序章部分にあたるらしい、ということくらい。

子供の頃、兄が「三銃士」のジュブナイル版を読んでいました。 まだ小さかった私には難しくて・・・・とうとう読まず仕舞いでしたね。
ある時、テレビの洋画劇場かなにかで三銃士の映画(実写の洋画)が放送されたことがあって、テレビの前で兄が父とストーリーや登場人物について愉しげに語り合うのでした。 そして傍の私はそれを、なにやら羨ましいような気持ちで眺めていたような記憶が。 あれって、一体何歳くらいのことだったんだろうか・・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

さて、こちら新・三銃士。
アニメや、それから実写であればCGを駆使して、どのような歴史的シーン/大スペクタクルさえも自在に表現可能なこの時代に、あえての人形劇ですよ。
でも、このアナログ感覚がもの凄~く愉しいんです。(一部、隠し味的にCGも活用しています)

まずは、登場する人形(棒遣い人形)たちが皆素敵!
なにしろ素ン晴らしく好く造られていまして、その造型の巧みさ可愛さに、毎回ウットリ見惚れました。

そしてそこに操演や照明の高度なテクニックが加わって、人形たちに血肉を与えますからね。
凝りまくった舞台装置の中に人形たちを立たせた姿ときたら、もう溜め息の出ちゃう見事さなんですわ。

そして何よりも、人形に声を当てる声優さんたち。
百戦錬磨のベテランを中心とした7人体制で臨みます。
これだけ手間暇の掛かっていそうなプロジェクトですから、声の出演だって必要に応じて幾らも集められそうなもんですけれど、そこをあえての少数精鋭主義!
小人数の声優チームゆえ、一人が何役もの声を掛け持つことになるわけなんですけれど、その結果、同じ人が声音を使い分け、ヒーローと悪役、更にサブキャラの数々まで演じ分けてみせるのが、アットホームで和やかな雰囲気(上質のラジオドラマみたいな)を醸しています。
それにしても、声優の皆さんの芸達者ぶり、引き出しの豊富さには改めて驚かされますね。
随所ではっちゃけたアドリブの(ゲリラ的に!)飛び出す、演出のフリーダムぶりも愉快ユカイ!

ストーリーの方は、登場人物の言動や主人公の成長過程、そして恋の行方などが今の時代らしい解釈で描かれます。
そこに脱力系/不条理系ギャグを絡ませる演出(これも今の時代ならでは)。 好きだなぁ、こういうの!
脚色により、オリジナルの「三銃士」とはかな~り異なっているであろうことを承知の上で、ドラマとして十二分に愉しむことが出来ました。

鬼才・三谷幸喜脚本に、ヴィジュアルの見事さ、声の名人芸と三拍子揃って、そこにひとつ突き抜けた遊び心の加わった連続人形活劇 新・三銃士、全40回。
あ~オモシロかった!
 
 

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October 16, 2011

電動アシスト自転車 その後

 
 
先日来、購入を検討していました電動アシスト自転車の件。
とりあえず試乗してみましたので、インプレッションみたいなもの(?)をば。

購入にあたって、ここでアドヴァイスを頂いたわけですけれど、スミマセン、いろいろとありまして、結局(試乗しないまま)ネットで買っちゃいました。
 
 
 Pasnl
 
 
ネットで散々調べ尽くした末に選定したのはヤマハの PAS ナチュラL(PM26NL) という機種です。
このジャンルの中でも売れ筋商品のようですね。
リチウムイオンバッテリーを積んで、当初承っていた要求仕様 = 走行可能距離30キロ以上 を大きく上回る、走行可能距離40キロ以上(オートエコ・モードの場合)ってのが選択の決め手。

電動アシストの部分については勿論のこと、自転車として隅々までしっかりと造られていまして(高価な自転車ではありますが)まずは納得の買い物ではなかったかと想います。
本来は自転車メーカーではないヤマハが造った自転車ってことですけれど、PASもデビューしてかなり経っていますからね。 専業メーカーに負けないだけのモノを造れるハズと踏んでの選択です。

競合他社(ってパナソニックのことですが)の電動アシスト自転車との差については、いろいろと比較研究した結果・・・・どちらも大して変わらんだろう(?!)って結論に。
電動アシスト自転車について、両社とも似たようなラインナップを造り上げていますし、完成度も十分なレベルに達している模様。
なのでヤマハ/パナソニックのどちらを選ぼうと、後悔はなかったと言えます。

さて、PASの電動アシストですけれど、アシストレベルの強い順に「強」・「標準」・「オートエコ」の3モードが用意されています。試しにかなり急な上り坂を「強」で駆け登ってみましたけれど、電動アシスト、確かに効いています!
軽いモーター音をさせながら、急坂をグイグイ進んでゆくのは痛快!!!

それから内装3段の変速ギア。 ここのところが、意外にポイント高いですよ。
自転車そのものが好く出来ているので、変速ギアを活用して走らせれば(上り坂を除けば)電動アシストなんて不要とさえ想いますね。 なんだか本末転倒みたいな話しですけれど。

至極当たり前のことながら、電源スイッチを切った状態(またはバッテリーの上がった状態)ですと、普通のママチャリ(但しモーターとバッテリーという荷物を積み込んだ)と変わりません。
それでも平坦な路ならば(電動アシストなしで)スイスイは走れちゃうのは、自転車そのものが未だ新しく、内装3段の変速ギアが効いているためでしょうね。
快適走行を末長く続けるためには、モーターやバッテリーの具合もさることながら、やはり車体そのもののメンテナンスが肝心かと想いました。
 
 

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October 14, 2011

ブレイブストーリー

 
 
ブレイブストーリー
BRAVE STORY
 
 
   宮部みゆき著
 
 
       2003年   角川書店
 
 
 
RPG(ロールプレイングゲーム)ってモノについては、それこそゲーム用コンピュータ/パソコンの普及する以前、未だ盤上で人手によって進められていた時代から、その存在だけは認識していました。
生憎私とは縁がなくて、実際にやってみたことはないんですけれどね。
でもRPGって、もしも私がやったら絶対に深くふかく、それこそ致命的に嵌っちゃいそうな気がしますね。
その昔、雑誌でロールプレイングゲーム(PC上ではなく盤上でやる方)について紹介した記事を読んで、これって絶対にオレ向きって想ったもん!
こういう壮大な世界観を背景にしたゲームが、コンピュータ上に移植されるなんて、未だ考えられなかった昔の話です。

           ▽▲

さて、聴くところによれば著者の宮部さんは筋金入りのRPGゲーマーでいらっしゃるそうで。
RPG好きの少年が、訳あって異世界を旅することになるこのファンタジー小説、さてはご自分の趣味に走ったお作だったりするんでしょうか?
だとすれば、こいつは楽しみですよ。
執筆に当たっては語り手(作家)がRPGへの薀蓄や情熱、愛情の全てを傾注。 腕によりを掛けて臨むに違いない、と想うからです。

           ▽▲

さて小説は、現実の世界が舞台の<現世パート>と、ファンタジー世界を舞台にした<幻界パート>が交互に語り進められる形です。

そのうち<現世パート>側では主人公(小学五年生男子)がのっけからへヴィーな、子供の身にはあまりに過酷と言える運命を突きつけられてしまいます。
辛い、つらいよこれは。 あんまり酷過ぎるじゃないか。
こんなにも重いテーマ、小学生の小ちゃなハートに乗っけちゃいますか? 宮部さん。

素敵なファンタジーを期待して読み始めというのにこの(シビア過ぎる)展開です。
先々どうなることやら、一体どう収集を付ける積もりなのかと、本気で心配し、ハラハラさせられました。
が、そこは宮部みゆき。 納得のラストに繋げてくれます。
途中で投げ出してしまわなくてホントに好かった。

           ▽▲

それから、もう一方の<幻界パート>。
こっちはアレですな。 如何にもRPGに好くありそうな(ってRPGをやらない私が言うのもナンですけれど)トカゲ人やネコ人やらの闊歩する、中世ヨーロッパ風の魔法世界。

なんか新味に欠けると言うか、どこかで読んだ/観たような世界観ですけれど、これってRPG好きな少年のイマジネーションから来ているって解釈で構わないんでしょうかね。

           ▽▲

ともかく長い小説(分厚い上下二巻!)です。
それでもって展開がゆっくりときていますから、話しが余計に長く感じられる。 ホントなが~い。
私は、序盤と中盤との二回、敢え無く挫折しそうになりましたよ。
もっとも、こういったジックリマッタリと進めてゆく感じが、またゲームっぽいのかも。(ゲームのことは好く知らないんですが)

でもね、終盤まで来ると、それまでのマッタリズムが嘘のような、壮絶&怒涛の展開に突入します。
これまでの冗長でマドロッコシかった部分が全て、ここに来て伏線として活き始め、俄然面白くなる!
とっても長編だけれど、四分の三までは我慢ガマンだ。 それだけのことは、必ずあるから。

           ▽▲

それにしても、なんて切ないラストでしょう。
ちょっと大袈裟かもですけれど、万感胸に迫りました。
こんな、ほろ苦い感情を受け止められるって、主人公ホントに小学生かい?
この手のファンタジー小説で感動するなんて、そして心にクルとは、ゆめ想わなかったな。

<幻界パート>の始まりで提示してみせた、あの「勇気」という言葉。
あれって、やっぱり全編を貫くテーマだったんだねと、永い小説のお終いまで来て、改めて納得させられました。

少年に勇気を。
だから、ブレイブストーリー。
 
 

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October 10, 2011

第27回習志野市民 白ばらのつどい

 
 
第27回習志野市民 白ばらのつどい

 
    平成23年10月8日(土)

       習志野市民会館
 
 
 
習志野市の選挙管理委員会、そして選挙推進協議会主催による上記の催しに行って参りました。

まずは小中学生を対象とした明るい選挙啓発ポスターと標語のコンクール、その入賞者の表彰式がありまして、お次が講演「習志野市の大震災発生状況と今後の計画」。
震災直後の様子と復興の上場が、写真やビデオで紹介されました。

3.11から、はや半年余りが経過。 おかげさまで、私の住む(海から距離のある)地域では震災の猛威もあまり届きませんでした。
けれど海に近い辺り~埋め立て地では大変な状況であったようです。
地面がひび割れ、湧き上がって来る土砂と水。 陥没したり、めくれ上がったりしたアスファルト。 次々に傾く電柱などなど。
生活圏の、本当にすぐ傍まで来ていた自然の猛威を、レンズで切り取った貴重な映像です。

それにしてもあの騒ぎの中、好くぞ撮っておいたもんですね。
東北の震災/津波の映像についてはテレビやネットを通じて散々見た私ですけれど、地元の事情については今ひとつ知らずに来ましたから。
これは後々まで残すべき貴重な映像記録として、高く評価されるべきものではないでしょうか。

震災から半年という節目にあたり、まことに時宜を得たテーマであったと想います。

        ▽▲▽▲▽▲

さてさて、催しのおしまいは落語を二席!

相すいません。 私、今日はコレを目当てにやって来ました。(平伏)
落語が好きで、以前は寄席に通いもした私ですけれど、諸般の事情から、ここしばらくというもの、生の高座からすっかり遠ざかってしまっています。
落語といえばCDやDVD、ネットで聴くもの。 ということになってもう随分に。
ですから高座日照りって言うか、とにかく生の高座ってものにすっかり餓えちまってるんですね。
そんなところにこの催しですよ!
しかも出演は私の大好きな三三さんと来ていますから、これ正に千載一遇の好機なり!!


柳家ろべえ : 「代書屋」

ろべえさん。 聴くのはこれが始めてになりますでしょうか。
柳家喜多八門下・・・・とはいえ(?!)そこは若手らしく、元気一杯ですゾ。
語り口に落ち着きかつ味わいがあって、その辺、三三さんと通じるものがありますね。 とっても好かった。
とは言え、噺も終盤に来るとちょっと手詰まり気味になるというか、ドライブ感を失うというか・・・・この辺が師匠方との違いなんでしょうか。
でも、この語り口は好きだなぁ。 将来が実に楽しみな逸材と想いました。
 
 
柳家三三  : 「権助提灯」

都内からのアクセスが意外に不便な地元の足・京成大久保駅、それとカナ~リ草臥れちゃった・・・・いえいえ中々イイ感じに時代の付いた習志野市民会館について、軽~くイジったマクラでもって客席をほぐし、そして始まったのは「権助提灯」。
寄席以外で落語を聴いた経験のあまりない私ですけれど、ここ大久保のお客さんのレスポンスの好さには感服しました。 サスガは大久保、民度高いっす!

二つ目時代から好んで聴いていた三三師匠。 あ、師匠となってからの高座を拝見するのは、もしかしてこれが初めてかもしれません。
こうして地元まで来て頂けるとは、なんて嬉しい・・・・落語日照りの日々に、ふと手を差し伸べてくれた、みたいなモンですよ。
お判り頂けますでしょうか、この感慨 (落涙)。

大満足で足取りも軽く家路に就きました。
 
 

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October 03, 2011

かもめ食堂 (小説版)

 
 
かもめ食堂 (小説版)
ruokala lokki
 
 
    群ようこ
 
      2006年    幻冬舎
 
 
 
私がかつてDVDで鑑賞し、どっぷりとハマり込んでしまった映画「かもめ食堂」のこちらは小説版です。
図書館で偶々見付けて、もう反射的に手が伸びちゃいました。

小説とは言っても普通の意味での原作ではなし。 また、映画の後付けで書かれたノヴェライズというのでもなし。 これは、映画造りのためわざわざ書き下ろされた小説とのこと。
映画化が前提ってコトなか、映画をもって完成形とするってハナシなのか、ともあれ一風変わった出自の小説なんですね。

映画から「かもめ食堂」の世界に入った者としては、これは小説と言うよりも設定集/インサイドストーリー集として読めてしまいます。ですから小説単独で愉しむというよりは、あくまで映画とペアで、映画では語られる事のなかった部分の補完として愉しむ感じです。

内容の方は、映画とはあちらこちらが違っています。
多分、この小説(映画の製作に先立って書かれた)を素に映画が造られてゆく過程で、いろんな必然からあちこちが変えられていったんだと想う。 結果「かもめ食堂」の、あの素敵な世界が出来ました。 そう考えればこの小説、(例え映画と、どこがどう異なろうが)書いてあることに少しの無駄もないワケですね。

ここではかもめ食堂で働く三人の日本女性の来歴。 映画ではほとんど語られる事のなかった故国日本での暮らしぶりなども明かされます。
映画でその辺りをバッサリと大胆にカットしたのは、けだし英断ですね。 (もちろん、三人の過去というものが物語を創り上げる上での裏設定、バックボーンとして重要とは想いますけれど)
映画が(小説と比べ)少しも下世話に落ちず、大人の童話とでも呼びたいファンタジックな空気感を保っていられるのは、こうした(ある意味果断な)姿勢を貫いたお陰と想います。

一人ひとりの人生など一々説明されなくとも、女優さんたちの演技/存在感が、なにもかもを物語っていましたからね。 (この辺りはやはり映画の力ってスゴイ。 俳優さんの才能(とそれを引き出す監督の手腕)ってスゴイ、と想ってしまうのです)

因みに読んでいる間中ずっと、三人の女性の声音や容姿が逐一映画の女優さんたち(小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ)のそれへと脳内変換して再生されちまってですね・・・・これはこれで愉快な気分でした。
 
 
 
   映画 「かもめ食堂」     2006年  日本
 
 

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