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September 15, 2011

橋の上の女

 
 
橋の上の女
 
   銭形平次傑作選 2
 
 
     野村胡堂著   潮出版社
 
 
     ・橋の上の女
     ・笛吹兵二郎
     ・橋場の人魚
     ・お六の役目
     ・一と目千両
     ・棟梁の娘
     ・髷切り
     ・たぬき囃子
 
 
 
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野村胡堂の銭形平次傑作選、第二集です。
数多ある作品の中からこの巻に選ばれたのは、日本橋や両国など、いずれも江戸市中の代表的なエリアを舞台とした事件ばかり・・・・らしいのですけれど、田舎モンの私にはそこのところ、どうにもピンとこない。 土地土地の風情/カラーとか、実感することが出来なかったです。 残念なり。

さて、そんな江戸にも捕り物にとんと疎い私ですけれど、銭形平次もの二冊目にして野村胡堂の文体に馴染んできたのでしょうか。 この巻は、読んでいてひたすら心地好かったです。
推理/サスペンスやアクションとして愉しむというより、文章を追ってゆくのが只々愉しいばかり。
好きなんですよ。 この原作版「銭形平次」の作品世界観が。
例えば表題作の「橋の上の女」では、いつものようにガラッ八が平次親分の住まいを訪ねて来た、こんな描写から始まります。


 (前略)
四月のある日、座っていると、ツイ居眠りに誘われるような、美しい日和です。桜は散ったが苗売りの声は響かず、この上もなく江戸はのんびりとしておりました。
平次 「頼むから日陰にならないでおくれ、貧乏人の日向ぼっこだ・・・・」
 (中略)
銭形平次は気のない顔を振り向けました。時鳥にも鰹にもないが、逝く春を惜しむ、江戸の風物は何となくうっとりします。


あぁ~好いです! 堪ンないです!!
この、今時の小説ではまず在り得ない文体。 春風駘蕩てのは、こういうコト。

テレビの「銭形平次」とはまた、チョイとばかり印象、勝手の違う世界ではあります。
ただしですねぇ、平次親分その人のイメージについちゃあ、その容子と言い語り口調と言い、ややもすると大川橋蔵さんのそれに脳内変換されそうになるワタシです。
まったく、子供の頃からの刷り込みってやつは馬鹿に出来ませんね。 困ったモンだ。

相変わらず、作者が腕によりを掛け趣向を凝らしたであろうトリック/推理の顛末に、私はあんまり興味が湧かずにいます。 なので、その辺はすらすら読み飛ばしちゃう。(おい)
それよりも平次親分とその八五郎のらちもない与太話が相変わらず愉しい。
この好い湯加減に、ず~っと浸かっていたいナと。

この巻を読んで私は、以前にもましてガラッ八のことが気に入っちゃった。
堅物の平次に対して、賑やかでお調子者で、誰とでもたちまち打ち解けてしまう八五郎。
二人で一人。 唯一無二の名コンビです。
常日頃はお堅い平次親分も、八五郎に対してだけは、例えばこんなクダケタ口調で受け答えが出来るようです。


八五郎 「ね、親分、あっしは、あの話を、親分が知らずにいなさる筈はねえと思うんだが・・・・」
平次  「何だい一体、その話てえのは? 横丁の乾物屋のお時坊が嫁に行って、ガラッ八ががっかりしているって話ならとうに探索が届いているが、あの娘の事なら、器用にあきらめた方がいいよ、町内の若い娘が一人ずつ片付いて行くのを心配していた日にゃ、命が続かねえぜ」


今回はアクションシーンと言えるほどの場面はなし。 だからして平次得意の投げ銭も抛らない。
もとより、飲む打つ買うは描かないのが「銭形平次」の世界。 これは作者のポリシーらしいですね。
罪を憎んで人を憎まず、の平次親分。
厳格な法の番人って訳では、決して・・・・いえねココだけの話し、真犯人の捕縛に存外拘ってなかったりしますし。(謎) ま、もとより名誉栄達には興味のない御仁ですから。

銭形の平次親分と八五郎。 花も実もある江戸っ子たちです。
 
 
 
     銭形平次傑作選 1   七人の花嫁
 
     銭形平次傑作選 3   鬼の面
 
 

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