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August 28, 2011

習志野シティフィル第52回定期

 
 
習志野シティフィルハーモニック 第52回定期演奏会
 
 
  2011年8月21日 (日曜日)
    習志野文化ホール
      14:00開演
 
    演奏:習志野シティフィルハーモニック
 
 
 
        指揮:田久保裕一
 
  G.ヴェルディ:
     歌劇「ナブッコ」序曲
 
  G.ボッテシーニ/小室昌広編曲:
     コントラバスとクラリネットのための二重奏曲
           クラリネット:友永信吾
           コントラバス:小室昌広
 
  W.A.モーツァルト:
     歌劇「後宮よりの逃走」序曲
 
  小室昌広:
     コントラバス協奏曲
      「この美しい御手のために」 の旋律に基づくモーツァルト風協奏曲
        ~ コントラバスとオーケストラの為の ~
           コントラバス:小室昌広
 
 
        ▽▲▽▲ 休憩 ▲▽▲▽
 
 
        指揮:小室昌広
 
  小室昌広:
     映画音楽メドレー
        「カレイド・スクリーン」 (1989年版)

  I.F.ストラビンスキー:
     バレエ組曲 「火の鳥」 (1919年版)
 
 
 
 
先日、習志野シティフィルハーモニックの第52回定期演奏会がありました。
前回、第51回定期演奏会は3・11の震災直後のこととて、開催の直前になって中止の英断がなされたのでしたね。
ですから今度のは久々のステージ。 場所はいつもの習志野文化ホールでした。
 
         ▽▲▽▲▽▲ 
 
ヴェルディの「ナブッコ」序曲。
はい、ご案内の通り、指揮者がいつものヒトとは違いますね。
のっけから想い切りの好い鳴らしっぷりのナブッコでした。
指揮って不思議なもので、棒振りが替わることで、こうも響きの変わるものかと実感させられます。
闊達で、ドライブ感がある音の流れ。 根っから明るい陽性、動の音楽造りと知れます。

途中現れる「金色の翼~」の旋律は、これこそは大震災後の日本、災厄を乗り越えてゆかねばならぬ時代に相応しい音楽じゃありませんか。 陰鬱な暗雲を突き抜け、やがて青空に。
コンサートの劈頭を飾るに相応しい序曲でした。
 
 
 
ボッテシーニ/小室「コントラバスとクラリネットのための二重奏曲」。
ソロ楽器の組み合わせとして、コントラバスとクラリネットというのは、随分とまた異色の組み合わせですよね。
作曲者はヴェルディと同時代のコントラバスの名手(今ぐぐった!)。 なるほど、そうであれば、この楽器の旨味を知り尽くしているのも当然か。

このオケを知る人には今更ご紹介するまでもなく、ソリストは団内から。
オケ内に名手が揃うと、斯様なユニークな企画が実現するんですね。
 
 
 
「後宮よりの逃走」序曲。
異国への憧れってありますね。
モーツァルト時代のヨーロッパにあってはオスマン帝国。 爛熟期のトルコ・イスラム文化がその対象だったりする。
オペラの方は、そのトルコが舞台。
打楽器も賑々しい、陽性の歌舞音曲。
 
 
 
コントラバス協奏曲。
コントラバス奏者による、コントラバス奏者のためのコンチェルトはモーツァルトの楽曲がベース。
なので、聴き覚えのある旋律が入れ替わり立ち代り登場して愉しいことこの上なし、です。

コントラバス(それからチェロも、ですね)のように縦に構える弦楽器の場合、弦を押さえる左手の位置は、奏でる音が高くなるほど、ネック上のより低い位置に移動させることになります。
出したい音の<高さ>と、棹上で弦を押さえる<高さ>が、相反する関係にあるのですね。 言葉の綾ですけれど。
ですから合奏の練習やらレッスンの場などで、<もっと高く>と指示された時は、左手を今より<もっと低い>位置に移動させねばならなりません。(この件、慣れるまでは結構手を焼きました)

この日のコントラバス協奏曲では、ソロ楽器の旋律が想いっ切り<高い>音程へと駆け上がるシーンが再三再四見られました。
即ち、奏者は大きな楽器の背後から覆い被さるようにして、想いっ切り<低い>位置へと左手を差し伸べます。 超絶技巧なるかな。

しかしながら、惜しむらくはこのホール、音響的にいまひとつなところがあります。 客席最後部に座った場合、独奏楽器の音が充分には届いて来ないんですね。
取り分け、独奏者がコンバスに覆い被さった時などそれが顕著に。 すなわち高音域になるほど、音が霞みがちになってしまって。(無論のこと、そんな場所に席を取った自分の責任なわけですけれど) もっと前に座っておけばと後悔しています。
 
 
        ▽▲▽▲ 休憩 ▲▽▲▽
 
 
「カレイド・スクリーン」(1989年版)
映画音楽のメドレー。 いろんな映画音楽が入れ替わり立ち代り現れては、やがてお次と取って代わるところがミソです。
但し書きに1989年版とあるのを見て合点のゆくのは、ちょっと懐かしい選曲/編曲なんだというところ。 もし今造ったならば、きっともっと違う内容になるのでしょうね。
次の映画音楽へと切り替わるプロセスが、凝った造りになっています。
 
 
 
「火の鳥」。
「カレイド・スクリーン」の後、オケはステージから引っ込まず。 そのまま「火の鳥」の演奏が始まりました。
今さっき映画音楽メドレーを弾いたそのカラダで、休憩もなしにすぐさまこの大曲ですよ!
これはもう、気力/体力的に大変なボリュームであります。
「ご苦労さまです」としか言葉が見つかりません。 (なんという他人事発言!)
ストラヴィンスキーのバレエ音楽。 激しい、爆発的な部分がクローズアップされがちですけれど、でもそれよりも、弱音のナヨヤカな箇所にこそ惹かれますね。 弛緩せずにお終いまで。
 
 
 
お終いにアンコール「この道」。
なんだかこのオケの、いつものアンコールとは雰囲気が違うではないですか。 (以前は「ハンガリー舞曲」とか、やってましたね)
管楽器メンバーが客席をぐるりと取り囲むような形へと、大胆に配置換えしての演奏効果も興味深かったですけれど、それよりも私には、総奏する弦楽器陣の渋い、底光りのする響きが何より聴きものでございました。
余韻の残るアンコール。 お疲れさまでした。
指揮者の持ち味、ソリストの個性などハッキリと現れて、倍愉しめるコンサートでした。
 
 
        ▽▲▽▲▽▲
 
と言うわけで私は、今回も(また)客席の人でした。
いろいろとあって、この日は会場へ聴きに来る事さえ儘ならないものと、以前からそういう積もりで居たのですけれど、でも結局のところ午後になって体が空いて、こうして会場へ聴きに来ることが出来ました。
こうなることが、もっと以前から判っていれば・・・・・とか想わないでもないのですけれど、でもこのところ毎週末、身動きがとれないでいましたからね。 私としては今度の演奏会、これ(客席詰め)が妥当な選択であったかと。

でもね。 まだまだ、マダマダの筈。
まだまだここ暫くは、一杯イッパイな日々の続くであろうヤツガレなんであります。
 
 
 
 
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