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October 31, 2008

頭痛の顛末

 
 
昨夜の夕食後、なんかもう矢鱈とダルくて、いつになく早目に床に就いた。
で、朝起きたらまだ続いてる。 あれだけ寝ても、まだ、ダルい。 と言うかモヤモヤする。 リセットされません。

モヤモヤはその後ぐんぐんと膨らんでいって、お昼近くになってやっとこさ、これは頭痛なんだなと諦めをつける。 ハイ、今日は頭痛です。 カクゴ、決めました。

まあ、なんにも手につかないですね。
それでも常日頃、病院のお世話になることなどなく、また薬を呑むということもないもんだから、通院とか薬に頼るという発想が出て来なかった。 まったく仕様もない奴です。

午後も遅くなってから、頭痛薬でも呑んだら少しはラクになるかも・・・・と思いつき(遅すぎだって)、秘蔵の頭痛薬(使用期限? 確かめてません)を探し出して即、嚥下。 ごくっ!

夕方になるころには、頭痛は嘘のように退いてくれました。 あゝ、たすかった。
薬が効いたのか、それとも自然に回復する時期だったのか、いずれにせよ、もっと早く薬を呑んでおくべきだったと反省してます。 お薬、通院はお早めに。
 
 

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October 29, 2008

必勝軒

 
 
津田沼のラーメン屋さんシリーズ。 今回はいよいよ必勝軒をご紹介の番となった。
ここは津田沼を代表するラーメン店、というより、文句なしに県下きっての人気店であります。

JR津田沼駅を北口に出、千葉工業大学横のマロニエ通りをまっすぐに進むとやがてこの必勝軒が現れる。 あまり目立たない構えだけれど、決して尽きることのない行列(それも長~い)ですぐにそれと判ることになっている。
そう、この店は行列がつき物。 今度ばかりは、並ばずに入るのはまず不可能なのである。 已むなく日頃のポリシーをまげ、行列の末尾に着いた。

待つこと暫し。 ようやくありついたラーメンは・・・・手打ちの麺はプリプリッとして食感好く、スープは素晴らしく濃厚(表面にみるみる皮膜が出来てゆくのだ)で旨みに満ちて、他店のラーメンをことごとく圧倒する。 思いっ切りヘヴィーで、そのパワーに押し切られてしまいそうな気分になってしまった。 この内容ならば、行列に並ばねば喰えないというのも納得、と思いますね、サスガに。

一方トッピングは、こりゃあなんかの間違いですか? なんて言ってみたくなるくらいに寂しい。 チャーシュウなど、とても上質なんだけれどね。
まぁ、トッピングに然程拘らない方針の自分からすれば、ここはスープと麺に集中すれば好いわけで、これで好いや、とも思うのだけれど。
とまれ、全体的なクオリティーの高さから、県下きっての評判店の位置をキープしていることを納得させられる内容である。

ところで、この評判店はまた、キヨホーヘンのとても多い店でもある。
その濃厚な味わいへの真摯な批判というのもあるだろうけれど、やはり人気から来る期待、そしてその期待に僅かでも外れた時の反発の強さというのがあると思う。

またサービス面では、妙に明るく積極的な接客方針が、かえってこの店の初心者にとってハードルを高くしてしまう結果となることも、ないではない思う。 一見さんが運悪く店の流儀(ローカルルールとでもいうか)に外れる所作をみせれば、カウンター居並ぶ常連客らから「これだから素人は・・・・」視線の十字砲火に晒らされる羽目ともなるし。

地元にあるナンバーワン店。 ならば常日頃通うか、常連さんに連なるかっていうと、然ニ非ズ、そういう気にはならない。 ズボラな自分としては、いつでも思いついたときにふらっと入れる気軽な店が好い。 そういうのが自分向きだよな、などとと思うのである。
 
 

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October 27, 2008

谷津コミュニティセンター

 
 
日曜日の午後、用あって谷津コミュニティセンターへと向かった。
ここは習志野市営の公共施設で、谷津図書館が併設されているため、かねて一度は行ってみなければと思っていた場所でもある。

行きは電車を利用。
甲羅(チェロケースとも言う)を背負って、最寄りの新津田沼駅から京成津田沼駅を経由、谷津駅まで行く。
駅を北側(谷津干潟とは反対側)に出たら、そこからは徒歩で。 住宅街のややこしい小路をしばらく歩きつないで谷津コミュニティセンターへと到着。
ここは住宅街の外れとでも言う辺りか。 公共施設というのに、また随分と閑静な地域にあるモンですね。
 
        ▽▲▽▲▽▲
  
さて、用を済ませて帰途についたのは、もう夜分になってから。
でも、さっき来たルートを逆に辿るんじゃあ、オモシロクないよねえ。
それに、コミュニティセンターの玄関に立てば、そこから津田沼駅前に林立するビル群のネオン看板がくっきりしゃっきりと見えるではないか。 津田沼駅は、ここから思いの他近かったわけだ。

そこで、コミュニティセンターから津田沼駅前、そこから更に我が家まで、甲羅を背負って歩いてみることにする。
幸いなことに、幹線道路が傍を通っており、それを辿って津田沼駅へのルートを見出すことが出来た。
午前中幾分雨もよいだったせいか、夜分に至り未だ微妙にウェットな大気が肌に心地好い。

谷津から津田沼まで、電車に乗れば二駅の区間だけれど、そこはくねくねと折れ曲がった京成線のこと。 直線距離にすれば、実は大して離れているわけではなく、甲羅を背負って歩いても、どうということはなかったですねえ。
こんなことならば、来るときも歩きにすれば好かったかな、なんて、今になって調子の好いことを考えている。
 
 

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October 24, 2008

セイタカアワダチソウ

 
 
我が家の近所を走るJR総武線の線路際に、セイタカアワダチソウの群落がほんのりとした黄色い花を咲かせている。
穏やかな秋の日差しを浴びてゆったりと揺れる姿など、季節を感じさせられてなかなか好いものである。

けれど言うまでもなく、これは我が国本来の植物ではない。 北米原産で、戦後になって川原や空き地、そして線路際などに多く見掛けるようになったもの。
こういう帰化植物とか外来種というと、圧倒的な繁殖力でフィールドを席巻し在来種を駆逐し去る、侵略者的なイメージがあるけれど、このセイタカアワダチソウもまたご他聞に漏れず、生育圏の競合するススキなどを追い出したりしているようである。

先日、新潟へ日帰り出張した折も、道路沿いにセイタカアワダチソウの花の絶えることが無かったし、みいさんのブログ「ふくろうの三十一文字」でも先日の記事で紹介されていて、この花は最早日本の各地に広がっているのが判る。

ところでそんな「セイタカアワダチソウ」。 文芸の世界では一体どんなポジションにいるのか。 例えば季語になっているのか。 セイタカアワダチソウ/背高泡立草を詠み込んだ句というものを目にした覚えが無かったので、ネットで検索してみたら、無いではないけれど、まだまだ少ないようである。
セイタカアワダチソウを詠んで人口に膾炙した、代表句と呼べるようなものを寡聞にして知らない。
だったら、まだまだこれからの分野なんだ。 いわばニッチ市場。 これからの季語として結構狙い目かもね、などと思うのである。
 
  

    こととひは背高泡立草越し

 
 
    したたかなセイタカアワダチサウ斬る

 
 
    逆光に泡立草のほつれ髪
 
 
                            もとよし
 
 

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October 19, 2008

新潟行

 
 
新潟まで日帰り出張ということになった。 諸般の事情により、移動はクルマである。
因みに不肖、営業畑を経てこなかったせいもあってか、出張の経験というものをほとんど持たない。
見知らぬ土地に赴くことへの期待にワクワクしつつ、また強行軍を覚悟のスケジュールにはかなりビビリつつ、トヨタ・ハイエース助手席の人となる。
そういえば昔、社員旅行でスパリゾートハワイアンズへ行ったのを別にすれば、私、本州の栃木県以北へと侵入するのはこれが始めてとなる。

さて早朝、柏インターから常磐自動車道に乗って、ぐんぐんと北上を開始する。
日立あたりで右手に海を見る。 お天気で好かった。 道路はこのまま、しばらくの間海岸線沿いを進むのである。
いわきに至って左折し、磐越自動車道へと乗り入れる。 この路は、福島県の太平洋岸から新潟県の日本海岸へと、列島をほぼまっすぐに横切るコースだ。

お天気のお陰で景色の良い山道が延々と続く。 とはいえ途中、片側一車線の区間や工事中(二車線化のため)の区間が少なくなく、思いの外時間を取られてしまった。
途中眼にする山間の小さな田圃は、どれもみな稲刈りを終えたところ。 実に久々に目にする、稲を干す風景に気分が和む。

クルマはやがて猪苗代湖、磐梯山を抜けて会津若松へと入る。 山間の路を抜けた途端、平らに開けた田園地帯がドラマチックに眼前に広がるのである。 初めて眼にする会津盆地の景観に、ちょっと感激してしまった。 ここも、冬季は地吹雪が吹いて大変らしいけれど。

盆地を一気に駆け抜け、再び山間の路を走らせて、安田インターでようやく一般道へと降りる。
そこからしばらく走れば越後平野。 一面に広がる田圃を、穏やかな初秋の風の吹く土地。 空はどこまでも広く、そして高い。

田園風景と、その後背にそびえる山々。 なんて平和な風景なんだろう。 初めての新潟。
道々、温泉の看板を沢山見た。 もしも一泊出来たならば、さぞ愉しい出張になったろうにね。 でも生憎と、今日中に帰らねばならないのである。

目的地に到着すると、もうお昼過ぎ。 午後の数時間を掛けて用事を済ませ、早速帰路についたわけだけれど、流石に疲れてしまった。
で、夜遅くなっての帰京後、まだまだ力仕事が待っていたんだよね。 ふう。
 
 

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October 12, 2008

裏我馬らーめん

 
 
JR津田沼駅を北口に出て「にぎわい横丁」へ向かう途上。 ついこの間まで、駅前でおそらく唯一の回転寿司屋が出ていた跡にラーメン屋が出店していたのを見つけて、ふらふらっと入ってしまった。 その名も「裏我馬らーめん」。
未だ開店二日目ということらしく、店頭に飾られた花輪も初々しい。

以前ご紹介した京成新津田沼駅の近くの「我馬らーめん」に対して、こっちは裏ですよ、裏我馬。
でも、裏っていうんで期待してしまったどこかアヤシイようなところは、今のところ確認出来ていない。

初回なんで、基本と思われる醤油ラーメンを食した。 表(?!)の「我馬らーめん」を喰ったのは大分以前で、もう記憶が薄れているのだけれど、あれから背油を取った感じの一杯であった。
その他に、裏独自のメニューみたいなのもあったようなので、そちらがとっても気になる。

店内はカウンターのみだけれど、本家「我馬らーめん」の窮屈なカウンター席に比べて、ゆったりと座れるのがありがたい。 私は、なにしろ狭い場所を苦手としていて、寿司詰め状態に置かれると、イイから早く喰えハヤク・・・・と急かされるような強迫観念が付いて廻るんだよね。
美味しいものは、やはりリラックスした雰囲気で頂きたいもの。
 
 

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October 09, 2008

麻婆豆腐の女房

 
 
 麻婆豆腐の女房

   ~「赤坂 四川飯店」物語~


    吉永みち子著

         2000年 光文社


我が国の食文化に数々の中華料理、中でも麻婆豆腐を紹介したことで知られる中華料理人、陳建民さんと洋子夫人の一代記であります。

中国は四川省に生まれた建民さんは、早くに父親をなくす貧しい生い立ちのなか、やがて料理人の道を歩み始める。 早くから頭角を現すも、生来の放浪癖もあって、職場の不当な悪条件やケンカ、また経営者に騙されるなど、なにかことある度に、職場を次々と渡り歩いていった。
四川省から上海へ出、さらに台湾から香港を経て、とうとう東京へと辿り着いたのが1952年のこと。

その建民さんと東京で知りあい結婚した洋子さんもまた、苦労の絶えない生い立ちの人であった。
また、国際結婚など珍しかった頃であり、洋子夫人の実家(いささか複雑な)から歓迎はされなかったという。

それにしてもこの時代にあって、国籍、民族、言葉や文化の相違からくる無数の障壁の一々に堂々と立ち向かい、常に正面突破してゆく洋子さんの力強さ、包容力、そしてなにより明るさには、読んでいて只もうひたすら圧倒されてしまう。
まさに、この人あっての「中華料理の神様」陳建民であり、四川飯店であったのだと言えるであろう。

前進あるのみの素晴らしく前向きな性格、ざっくばらんで誰とも直ぐに打ち解ける、明るく屈託のない人柄の洋子さんは、放浪癖の一向に治まらぬ建民さんを巧みに(時に強引に)操縦し、遂に「四川飯店」を興し東京の地に根を下ろさせる。
建民さんはやがて「麻婆豆腐」に代表される四川料理を日本風にアレンジして広く紹介する他、当時始まったばかりのNHKの料理番組では講師を務め全国的な人気をはくした。(私、生憎とこの番組は未見であります)

建民さんにとって洋子さんはなんだったのか、二人はどんな夫婦であったのか。 それは、本書のあとがきに記された、お二人のご子息であり後の「料理の鉄人」陳建一さんの言葉に集約されていると思うので、お終いに引用させて頂きます。
 
 
「母あっての親父だったと思いますよ。 もし母と出会ってなかったら、結婚していなかったら、陳建民の成功はなかったとはっきり言える。 それを親父はよくわかってたから。 ママは神様がくれた宝物ですっていうのが、親父の口癖だったものね」
 
 

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October 04, 2008

ハンドロールピアノ (ロールアップピアノ)

ちと思い付くところあって、ハンドロールピアノ(ロールアップピアノ)というものを買い込んだ。

ピアノを名乗ってはいても普通のピアノとはかなり違う。 これは大分前に山野楽器が売り出して話題にもなった、電子ピアノの一種と言えるものである。
横長の柔らかなゴムシート上に鍵盤の模様が描いてあって、そのキーのひとつひとつにセンサーが埋め込んである。 押せばそのキーが反応して、その高さに応じた音をボディ(鍵盤の右端に繋がっている)に内臓のスピーカーが発するというワケ。
机の上に広げて、そのままピアノと同じようなスタイルで弾くことが出来るし、弾き終えれば、ゴム製の鍵盤をぐるぐるっと丸めてコンパクトに仕舞うことが出来る。

もちろん、あくまでロール式であってアコースティックピアノの代用になる程の実用性はないし、ピアノの練習用としたってアヤシイ。 でも、音の出る紙鍵盤と思い、割り切って使えば、これはこれで便利なものではないだろうか。 なんたって場所を取らないしね。

さて、今度私が買ったのは話題になった山野楽器製ではない、その亜流品らしく、ボディおよび黒鍵の部分がピンク色で、そのうえディズニーのキャラクターが印刷されているという、なんだかトホホな49鍵。
大人が喜んで使うデザインとは考え難いのだけれど、子供向けのオモチャにしては鍵盤がフルサイズだし、対象ユーザーが読めないな。 まぁ、自宅で使う分にはどんなデザインであろうと一向に構わんワケだ。

ピアノとは言ってもそこは電子楽器なんで、本来のピアノの他、頼みもしないのにいろんな音が出せるようになっていて、用意されている音色は、なんとまあ100種類もある。
無駄だって。
そんなにあっても、使い切れるわけない。 第一、欲しい音色を探すだけで疲れてしまうよ。 ホントに使える音色が2~3種類あれば充分だろうに。

シートの鍵盤はリアルのそれとは違い、弾き応えのないのがなんとも頼りなく、「弾く」と言うよりも「タッチ」すると言う方が相応しい気がする。
やっぱり(例えオモチャ同然の貧弱なキーボードであっても)実際の鍵盤の方が好いや。 ま、あたりまえのことだけれど。

鍵盤の右端はボディと繋がっているのだけれど、その付近でシートが簿妙に浮き上がってしまい、最高音域はちょっと弾き難いことになっている。

内臓のスピーカーが小っさくて、どうかと案じていたけれど、使ってみると意外にそれっぽい音がする。 もちろん、充分と言えるレベルではないけれど、サイズの割にはまあまあの健闘ぶり。

とまれ、他の楽器などをお復習い中、基準にする音程が欲しくなったときなど、これは中々役に立つシロモノであるのは確かだろう。
合唱団に居た頃にこんなのがあれば、パート練習の時便利だったのになあ。(あのころは、ピアニカを使っていた)
あとは、シート部分にどのくらいの耐久性を期待できるのかが気になるところ。

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