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December 31, 2007

今年の第九

 
ベートーヴェン:交響曲第九番 d-Moll op.125
 
  アンドレ・クリュイタンス指揮
  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  グレ・ブルーウェンスティーン(S)
  ケルスティン・マイヤー(A)
  ニコライ・ゲッダ(T)
  フレデリック・ギュトリー(B)
  ベルリン聖ヘドウィッヒ教会合唱団
 
     録音1957~60年
 
 
年々、我ながらオソロシイ勢いで音楽離れが進んでいるけれど、ともあれ今年も、世間並みに年末を迎えられた。 と言うわけで、第九を聴かねばならぬ。
と言っても、演奏会に出掛けるわけじゃなし、エアチェックするわけでもなし。 手持ちのCDの中から第九の一枚を選んで、聴き流すだけなんだけれどね。

で、今年の一枚がコレ。 クリュイタンスがベルリン・フィルを振った、ベートーヴェンの交響曲全集からの一枚。
ベートーヴェンの、それも第九だからと言って、深刻さや大仰なところはこれっぽっちもない。 ほの白く静かに燃えて、聴くのに無駄なエネルギーが要らないって感じ。
なにもかも安定していて、格調高く、それでいて粋だ。 旧い録音にも係わらず、とても瑞々しい響きのするのも好い。

録音年が1957~60年と、やけにアバウトだけれど、実はネットで探しても年度まで特定出来なかったのである。 試しに「クリュイタンス、ベートーヴェン、第九」で検索しても、ヒットするサイトは少ない。
この録音、どうやら当今では、さっぱり流行らぬ、ということのようだけれど、第九のエバーグリーンとして、私はいつまでも支持したいな。

さて、今年の「問はず語り」はここまで。
訪ねて来て下さる皆様。 一年間、ありがとうございました。
どうぞ、好いお年を。
 

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December 26, 2007

大地の歌

 
  グスタフ・マーラー:交響曲「大地の歌」
  Gustav Mahler  :Das Lied von der Erde
 
   フリッツ・ライナー(指揮)
   モーリン・フォレスター(MS)
   リチャード・ルイス(T)
   シカゴ交響楽団

     録音:1959年11月9日
 
       第1楽章 : 大地の哀愁を歌う酒の歌
       第2楽章 : 秋に寂しき者
       第3楽章 : 青春について
       第4楽章 : 美について
       第5楽章 : 春に酔えるもの
       第6楽章 : 告別
 

年の瀬にもなってもう、とか言われそうな気がするけれど、その年が変わらない内に、去る秋に聴き耽ったCDのことをば。

秋口に、ふと「大地の歌」を聴きたくなってしまって、ご近所のタワーに駆け込んだ。
「大地の歌」は、1908年に作曲された、マーラーの9作目の交響曲である。 二人の独唱者。 テノールとアルトが交互に独唱を勤める、交響曲としては異色の形式を持つ。 その歌詞は李白ら、中国・唐時代の厭世的な詩をドイツ語に訳したもの。

さて、人気交響曲作家の代表作の一つとしては意外にも、店頭に「大地の歌」のCDは少なく、数点を数えるのみであった。 選択肢のほとんどない中で、結局のところ買い求めたのが、このライナー指揮、シカゴ響のRCA盤。 ステレオ初期にRCAが出したLP、リビング・ステレオの内の一枚である。 これを、秋中聴いていた。

このレコードは、必ずしも名盤の誉れ高いってモノじゃあない。 むしろ、巨匠ライナーの仕事の中では、あまり注目されない録音ではないだろうか。 とは言え、演奏はライナーらしく、シャープにして緻密なもので、マーラー作品の演奏によくありがちな、むせ返るような濃厚さが、ここにはない点がユニークである。
シカゴ響は相変わらず極上のサウンドを聴かせるし、メゾ・ソプラノのフォレスターも好い。 テノールのルイスは端整だが、ちょいとカル目かな。 マーラー作品の演奏にしては、ライトに過ぎるという批判も、あるかもしれないけれど、細身の筆でクッキリと、輪郭を際立たせた絵でも眺めるようで、私はこういうマーラーも好きだな。

この秋の夜長を共にした「大地の歌」。 59年録音のライナー盤は、すっきりとして、端麗辛口。 芳醇さには、ちと欠けるうらみがあるかもしれぬ。
 

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December 23, 2007

黒門亭 07年12月22日 夜席

 
  黒門亭
    2007年12月22日 (土曜日)   夜席
 
 
小雨降る土曜日の夜。 お客で一杯の黒門亭。
私は開演の十分くらい前に入ったのだけれど、既にほぼ満員の入りになっていて、ちょっと焦った。 わずかに残った空席を探して、割り込ませて貰う。
 
 
前座 林家たい木  「寿限無」
 
 
三遊亭あし歌  「宮戸川」
あし歌さんの、凛として張りのある声の畳み掛けて来るのが痛快。
叔父さんに、無理やり二階間に上がらされたお花半七。 ここから先は、じっくりと思わせぶりな語り口で来られるより、すらすらと語ってゆくスタイルが好きだ。 この日の「宮戸川」は、さらさらっと進めてストンと粋にサゲたのがあし歌さんらしい。
 
 
桂才賀  「金庫破りの源蔵」
新作。 聴いていて、先々の展開が読めるんだけれど、でもその先が聴きたくなってしまう、ストーリーの面白さ。
才賀師匠は噺を進めてゆく呼吸が好くて、剽軽さと凄みとを、表裏一体にした語り口が小気味好い。 昔気質の金庫破りがする、如何にもな仕事の手つきが可笑しかった。
 
 
林家のん平  「禁酒番屋」
噺に出てくる「水カステラ」ってのは、その気になれば、造って造れないことはないのではないか。 ブランデーケーキの清酒版みたいな奴。 まあ、液状ではなくなるわけだけれど。 こうすれば禁酒番屋もしっかり通過出来る・・・・・けれど呑ん兵衛侍の近藤氏を納得させられるかって言うと、難しいか、やはり。
 
 
柳亭市馬  「宿屋の富」
年末ジャンボ宝くじを意識しての噺の選択だろうか。 もっとも、市馬師匠は私と同様、買わない人なのだそうだけれど。
市馬師匠のマイルドで鷹揚とした語り口からはα波が出まくり。 聴くほどに気持ちの好くなってゆく落語だった。
 

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December 20, 2007

ALWAYS 続・三丁目の夕日

 
 ALWAYS 続・三丁目の夕日
 
  原作:西岸良平
  監督、脚本:山崎貴
  出演:吉岡秀隆
      堤真一
      薬師丸ひろ子
      小雪
      堀北真希
 
       2007年 日本
 
 
その当時を知らぬ世代が見てさえ、何故か郷愁を覚える昭和三十年代という時代。 その当時を生きる庶民の哀歓を、VFXを駆使して美しくリアルに描き、大ヒットをみた前作の続編であります。
 
主要キャスト(と端役の何人か)が前作と同じなのが嬉しい。 懐かしい三丁目の人々に再会した気分にさせられるから。
子役の二人が大きくなってしまって(子供さんの成長、それ自体は目出度いわけですが)、それぞれの配役には、いささか旬を過ぎているかもしれない(特に淳之介)。 それでも、あえて前作と同じキャストを押し通したのは英断でしょう。
 
前作が、原作のマンガのエピソードを巧みにつないで成り立っていたのに対して、今作では、前作の内容を引き継ぎつつも、淳之介の親権争いから茶川先生の芥川賞挑戦に至る一本の流れがあって、ドラマ性を高めている。
茶川先生は、ヒロミと淳之介との暮らしを夢見て奮起する。 一方、怒髪天を衝く昭和の雷オヤジ、鈴木オート社長はかつての戦友を懐かしみ、そして奥さんは初恋の想い出を秘めた日本橋を歩むのである。
 
その日本橋。
前作と同様、旧き好き時代を描くという姿勢を貫いたためであろう。 この映画に描かれる日本橋の上には、未だ首都高速道路が見当たらない。 (「もうすぐ、この上に道路が出来るんだぜ」なんて、無邪気に喜ぶ一平) 私が初めて目にする、日当たりの好い日本橋。 その光景は、前作で瞠目させられた、建築中の東京タワーに負けないくらい新鮮だ。

今、中央区の日本橋を渡るとするなら、その頭上すれすれを横切る、首都高速道路の姿を見上げて嘆息する破目になる。 高度経済成長期、オリンピックを前に急造された、この高架のあまりに強引なレイアウトは、下手な現代美術などよりも余程、あの時代の狂気を今に伝えていると想う。

映画のラスト。 出来得れば、竣工して間もない東京タワーの展望台から見下ろす、昭和三十年代の都内の俯瞰を、CGで精緻に再現して欲しかったところ。
高層建築の未だ一つもない(東京タワーを除いて)頃の東京。 それは、私が切に眺めてみたい、しかし今では決して見ることの叶わぬもののひとつなのだ。

実写版の「三丁目の夕日」。 東京オリンピック絡みで、もう一作くらい造れそうな気がする。 開会式の興奮など、三丁目の人々の視点で見てみたいではないか。 でも、ダメか。 なにしろ、その頃には首都高速が完成して、変わり果てた様子の日本橋を見届けねばならないもの。 想い出はあくまで美しくが、この映画のお約束なのだから。 三丁目の世界はここまで。
 

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December 18, 2007

NHK大河 風林火山 最終回

 
今年のNHK大河ドラマ「風林火山」が最終回を迎えた。
軍師山本勘助(内野聖陽)を中心に、武田家の興隆をじっくりと描き切った。
それにしても、一介の浪人に過ぎなかった勘助の登場から、川中島の決戦まで、一年過ぎることの速いことはやいこと。
勘助と信玄、由布姫らの関係など、大河では原作と異なる設定を選んだけれど、山本勘助と言う男の最期を感傷的に描いた最終回については、原作に通じるものがあると想った。

風林火山は、武田家と上杉家の戦いだけではない。 今年の大河では、武田家に仕える以前の真田氏や、後北条氏、今川氏など、諸将のドラマにも力が入った。 とりわけ今川義元など、既成のイメージを見事に覆したイケメンぶりが痛快至極。

戦国ドラマらしくイカツイ男優陣が、また魅力であった。 武張った中に、優しさや、ユーモアさえ垣間見せる男たち。
内野聖陽演じる山本勘助は、天晴れなハマリ役。 ワイルドな風貌に野太い声音。 若い頃から晩年までの、歳相応に施したメイクが、どれも格好イイですな。
市川亀治郎の武田信玄も、カリスマ性を感じさせて良かったと想う。 上杉Gackt、当初はどうかと思ったけれど、斬新さを楽しめた。 板垣信方という武将に、俳優人生の総決算を託した千葉真一。 緒方拳演じる宇佐美定満は、流石に年齢を感じさせ、しかし貫禄十分。

さて、来年の大河ドラマは幕末もの、将軍家の御台所「篤姫」ですと。 やべぇ、まったくの守備範囲外だわ。
 

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December 15, 2007

北海道ラーメン好旭川

 
北海道ラーメン好旭川。
当地では珍しい、塩味をメインにしているラーメン屋さんであります。 「好」はKOOと読むのだそうな。
「問はず語り」では既に「九十九」、「なりたけ」という、どちらも我が家の近辺にあって行列の絶えない人気ラーメン店をご紹介した。 それが、この「好」の場合は、いつ入ろうと、すぐさま席に着くことが出来る。
前出の二店との人気の差は、味わいの違いよりも、立地によるところが大きいのではないか。 好みの問題には違いないけれど、私はこれらご近所ラーメン三名店の中では、この「好」が一番美味いと想っている。 とまれかくまれ、ゆけば待たされずに座れる、というのは、気の向いたときにふらりと立ち寄ることの多い、地元のファンにとっては頼もしい限り。
 
店内はカウンターのみだけれど、ゆったりとしたレイアウトで落ち着く。 隅っこに点けっぱなしの小さなテレビ。 彩色された壁には、魚介類や赤穂の天塩など、素材を選び抜いた旨の文句が踊る。
 
さて、「好」のウリである塩ラーメンだけれど、これは、私にとっての塩ラーメンの常識、概念とは随分と異なる。 なにしろ塩味の澄んだスープ、ではない。 おそらくは様々な食材、エキスを投入し、試行錯誤を重ね尽くしたであろう濃厚さで、なんとも複雑な味わいを湛えるしろものなのだ。 この店には、もう何度も通っているけれど、食べる度に、脳内分析結果が違い、したがってその感想も変わる。 よって、まだまだ落ち着いた感想が書けそうもない。
 
メインになる塩の他に、醤油と味噌もあり。 麺は、通常の他に太麺も用意されています。 私は普段あまり食べないつけ麺も、ここのはとても旨いと想った。
 

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December 04, 2007

第9回三遊亭あし歌勉強会

  
  第9回三遊亭あし歌勉強会
 
     ギャレー美舟
 
        2007年12月02日(日)  15:30
 
 
三遊亭あし歌 「やかん」
知らないことなんてない、などと日頃から豪語する知ったかぶりさんの噺。
そも、「やかん」をなぜ「やかん」と呼ぶのか。 そいつを説明するために、信玄VS謙信の大一番が始まっちゃうから、さあ大変。 折りしもNHK大河の「風林火山」では、これから川中島の合戦が始まるところで、正しくグッドタイミングな噺であった。
講談調の言い立ての場面は、あし歌さんの本領発揮。
 
 
三遊亭歌五 「道灌」
前座の歌五さん。 この日は円歌師匠のお宅からこの会に駆けつけたとのこと。
 
 
三遊亭あし歌 「お血脈」
信州善光寺の縁起と、お血脈の印を盗み出すべく閻魔大王が送り込んだ地獄からの使者、石川五右衛門の盗みのテクニック。
お血脈は、実際には御印文頂戴と呼ぶ儀式に使われる印で、これを授かれば、所願成就、罪業消滅、極楽往生間違いなし、なのだそうな。 善光寺にはお参りしたことのない私。 五右衛門に習って、私も頂戴して来ようかねえ。
 

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December 02, 2007

ALWAYS 三丁目の夕日

 
 ALWAYS 三丁目の夕日
 
  原作:西岸良平
  監督、脚本:山崎貴
  出演:吉岡秀隆
      堤真一
      薬師丸ひろ子
      小雪
      堀北真希
 
        2005年 日本
 
 
私が未だ親元に暮らしていた学生の頃、居間のTVで、母親と一緒にドラマや映画を見るのがニガ手であった。
なにしろ母親は、TVを見ながらあれこれと感想を述べるし、一方の私は、のめり込んで見るタチなので、母親の言葉が一々五月蝿くて溜まらず、終いには怒りだすこともしばしばであった。

2005年の劇場公開時に大ヒットし、今また続編が上映中の「ALWAYS 三丁目の夕日」。 この映画はCGを駆使したかつてない映像のリアルさでもって、その冒頭から、見る者をして昭和三十年代の世界に連れ去ってしまう。 私はこの時代を見知っているわけではなく、時代の残り香をかすかに覚えている程度だけれども、「ALWAYS」のタイトルが出た時点で、すっかり感激してウルウルきてしまったよ。

私は今、この映画を、本当は亡き母と見てみたかったものだと、切に想う。
一緒に見て、そして好きに語って欲しい。 あの頃はみんなこうだった・・・結婚した頃に住んだのがあんな場所だった・・・・・・・・・・・・大阪はこうやなかった・・・あんたらも、ああいう処で生まれたんやで・・・幾らでも、好きなだけ喋って好い。 怒らずに、みんな聴くからサ。

聴くところによれば、この「ALWAYS 三丁目の夕日」。 映画館で上映中は、客席での話し声が多かったのだそうな。 私は、客席での私語については、とりわけ耐えられない方なのだけれど、でも、この映画に関しては、こればっかりは、そういう映画なんだと想う。 過ぎし日を懐かしみ、しばし感傷に浸る。 そんなための(最先端の技術を駆使した)映画があっても良い。

緻密に再現された、昭和三十年代の東京の街並み。 取り分け、建築途中で半分までしかない東京タワーの映像が、もの凄いインパクトである。
この作品について好く言われるように、想い出は美しくとばかり、昭和三十年代の世界が、実際よりも美化されているきらいはある。 ドラマと言うよりも、昭和三十年代を舞台にしたファンタジーとでも言うべきかもしれない。
でも、批判はあるかもしれないけれど、現存する古い町並みでのロケや、往事の記録映像ではない、造りものの、セットやCGで造りこまれた虚構の世界だからこそ、アソビ心が活きるのだと想う。

茶川先生を演じる吉岡秀隆は、髪かきむしるショボクレ加減が見事なハマリ役。
鈴木オートの社長に堤真一。 昭和のカミナリオヤジという性格設定は、原作とはまったく異なる。 この人については、「ローレライ」での悪役の印象が強かったけれど、ここでは短気でコワくて、でも人の好いお父さんを好演する。
その奥さん役に薬師丸ひろ子。 クリスマスの夜、眠っている一平の枕元にこっそりプレゼントを置いて、階下に引き返す社長の背中に、そっと添える手が好い。 それからラスト間際、上野駅に向かって走り出すオート三輪の荷台に立って、運転席の屋根をバンバンって叩く手も。 母の手、妻の手の力強さ、暖かさに参った。 (ついでに言うと、この後、走ってゆくオート三輪の、テールランプがあまりにも赤く輝く、そのギミックが心に沁みた)
子役にも人を得た。 小柄な一平役、小清水一揮クンの利かん気。 そして淳之介役、須賀健太クン「万年筆です」。 こんなに喜んでくれる、プレゼントの送り主になってみたいよね。

もしもし・・・・こちら二十一世紀です。
一平くん、淳之介くん。 今なら五十代のオジサンってところですね。 一平くんの夢見た五十年先の夕日は、あの頃と変わらず、綺麗に照り映えています。 更に五十年後の夕日は、見る人の目に、どんな風に映ることでしょう。
 

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