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July 08, 2007

ダ・ヴィンチ・コード

 ダ・ヴィンチ・コード
 THE DA VINCI CODE


    監督:ロン・ハワード
    出演:トム・ハンクス
       オドレイ・トトゥ
       イアン・マッケラン
       ジャン・レノ
       ポール・ベタニー

          2006年 米国


つい先日、ベストセラーの原作に文句を垂れたところなのに、やっぱり観てしまった。
文庫版で3巻になる原作を、能う限り変更、省略なしに映像化しようとしている、その手際の好さには感服した。 但し、150分間にぎゅっと詰め込んだ分、抒情的側面、余韻みたいなものは端折られる傾向にある。
例えて言えば、強行スケジュールの海外観光ツアー。 これ見たらあっち行って、はい次はこっち。 時間がないから立ち止まらないで下さい! と言う感じだろうか。
原作を読んだ後から鑑賞に臨んだので、予備知識無しで見たら果たしてどうなのかは判らない。

世界的にベストセラーとなった原作を映画化するということで、映画の方もヒットが見込めることから、制作費をふんだんに掛けることが出来るのであろうけれど、その反面、原作から離れた独自の解釈を持ち込んだりする自由はなかったりするんだろうか。 ともあれ映画の製作サイドに、原作を超えた映画を撮ってやろうとかいった野心は、多分ない。 あくまで原作に忠実に。 宗教方面からのバッシングは、事前に回避して、とか。 きっと。

主人公ラングドンの慎重居士ぶりはトム・ハンクスにぴったりと想った。
オドレイ・トトゥのソフィーは、聖女ぽく(?)して来るかと想っていたら、やり手のキャリア・ウーマン風で、これは原作にとても近いイメージ。
ファーシュ警部役、ジャン・レノは何故か腰が引けていて、存在感が薄い。 原作にあった野心家、やり手の警部という感じがしないのである。
そしてアリンガローサとシリス。 この二人にもっとスポットを当てていれば、もっと奥の深いドラマになったのに。 でも、原作でもこの二人の扱いは不遇であったと想う。

「ダ・ヴィンチ・コード」の題名の由縁たる、最後の晩餐についての図解は、言葉のみでなく映像付きで説明されるため、実に判りやすかった。 映画化のメリットである。
一方、ソニエールの遺した暗号の方は、小説よりも更に判り難く、というより適当にスルーされているの感があるけれど、まあ、これは止む終えないことと想う。

原作で特に面白かったのが、ラングドンとティーピングによるキリスト教暗黒史の解説のくだり。 宗教象徴学者対聖杯オタクの薀蓄合戦の場面なのだけれど、映画では、NHKの歴史教育番組のような歴史再現映像が差し挟まれるなど、なかなか凝った描写がワクワクさせる。 これも映画化のメリット。
一方、音楽は荘重な雰囲気を醸して、映画をムリやり格調高く持ち上げようとするきらいがある。

この作品、キリスト教暗黒史を扱うと言うことから、いっそ破天荒なB級映画にしても好かったのかもしれない。 この手のテーマは野次馬根性全開で迫るのが相応しいものを、原作の虚構部分に説得力を与えようとしてか、無理やりに品好く、格調高い作品に仕立て上げようとている。

監督や俳優に文句はないけれど、大ヒットした小説の緊急映画化、ということの難しさを実感させられた作品であった。

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