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April 22, 2007

背負い富士

 
 背負い富士

   山本一力著

      文芸春秋
 
 
山本一力の描く、清水の次郎長の生涯。
廣沢虎造の浪曲、映画やテレビ時代劇の次郎長ものに代表される、古典的な清水の次郎長観とは一線を画した、平成の次郎長伝である。

生涯の盟友、音吉を狂言回しとして、次郎長の出生から晩年までが語られるのだけれど、話しが妙に飛びがちになる構成に、いささかムリがあると思う。
大勢の子分集の内で、詳しく描かれるのは大政と石松だけだし、娯楽色は薄くていっそ禁欲的、ストイックとでも言ってみたくなるくらいに、淡々と語られるスタイルは、まあ斬新と言える。
物語の中では、次郎長がまだ侠客となる前の十代の頃に、空見、籾の目利き、狼煙、韋駄天、怪力、乗馬など、在野のエキスパート七人を拾い集めて、米相場の先物取引に打って出るところが特に面白かった。 次郎長を名乗る以前のエピソードに、もっとも心惹かれるというのは、ちょっと皮肉な気がしないでもないけれど。

相手に舐められちゃ、生きてゆけない侠客の世界。 でも、首尾好く喧嘩に勝ったとしても、役人の来る前に逃げる算段。 と、なかなかカッコ好くはゆかないのである。 山本一力版の次郎長譚は、フィクションながら、ある意味リアルに徹していると言え、従来の次郎長ものがウリにして来たような威勢の好さ、痛快なところがあまりない。

作者の関心は、その分、人情の機微を描く方に向けられているわけなのだけれど、とは言え、自分の中では昔ながらの、痛快な娯楽作品を期待していたところがあって、だからこの小説、いささかもの足りなく感じてしまったところがあるのも確かなのである。

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Comments

山本一力には次郎長ものの小説もあったんですか。私は今ちょうど山本の『かんじき飛脚』を読んでいます。もとよしさんも書かれていますが、実は私もこの作者にはあまり惹かれないほう(^^;)。『大川わたり』を以前読んだのですが結末があまりに都合が良くて。『あかね空』も人物が後半になっていきなり豹変するんよ。どうしてそんなに急に人格が変わってしまうのか釈然としないんだよね。どれもそれなりに途中まではわりと面白いんだけど(笑)。

Posted by: 屁爆弾 | April 23, 2007 at 08:45 PM

>屁爆弾さん

当代の人気作家による次郎長ものってことで、期待して読み始めたんですけれど。 清水一家勢ぞろい、とか「スシ喰いねぇ」みたいな名場面、見ぜ場がないんですね。 あ~もったいない。(笑)
そういう通俗的な見せ場を、あえてカットしてしまった姿勢が斬新だったのは確かですけれど。

まあ、全然ダメっていうばかりじゃあなくて、森の石松の最期の場面なんかは、抑制の効いたストーリーが、これはこれで好かったとも思います。
これにメゲずに(^^;、「あかね空」など他の一力作品も、機会があれば読んでみようかと思っています。

Posted by: もとよし | April 24, 2007 at 05:33 PM

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