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March 05, 2007

今夜、すべてのバーで

 
  「今夜、すべてのバーで」   中島 らも 著

          講談社文庫  1990年
 
 
粋な題名に惹かれて手に取ってみたら、なんのことはない、アルコール依存症の闘病生活を描いた小説であった。 中島らもならではの、人を喰ったネーミングである。 小説の形を借りてはいるけれど、アル中で入院したこともある、本人の実体験が生かされているそうな。

飲んでのんで飲み続けたあげく、いつかアルコール依存症となっていた小島容。 酒の肴替わりに、アルコール依存症に関する文献を読み漁りつつ、酒を呑んでいたと言う屈折ぶりだけれど、これなど中島らも自身のエピソードなんだろうか。
小説は、そんな小島が酒で体をボロボロにしたあげく、ついに入院するシーンからスタートする。 担当医赤河の診察を受け、十数年ぶりに酒気なしで過ごす日々の始まり。
 
入院生活の徒然に語られる、酒徒小島容のアルコール漬け人生。 流石は中島らもで、思いっ切り機知に富んだ文章が、先へ先へと読み進ませる。
アルコールの害毒やドラッグに関するコアな記述が続くも、コワイもの見たさのような心理が働いて、次々頁をめくらせられるのである。 作者は小説中のそこかしこで豊富な知識を開陳し、スノッブなイメージを撒き散らしてくれる。
主人公による、何故自分は夜毎酒盃に向かい続けたのかと言う理屈には、一種の鋭利な切れ味があり、そして無闇に説得力があって、なにかにつけ暗示に掛かりやすい自分など、ついフムフムと感心して、主人公の肩を持ちそうになってしまう。

でも、ちょっと待った。 そのご立派な御託宣は、アル中でぶっ倒れた男が入院中のベッドの上で発してるんだよねえ?
この、ヒネたカッコ好さと、どうしようもないみっともなさの同居こそ、中島らもの真骨頂ではないだろうか、なんて、私は考えている。
アル中患者の小島容と、それを指導する立場の赤河医師と。 アルコール依存症と言う、カラダばかりではない、ココロの問題でもある病気を軸に、相対する二人を描き切る中島らものバランス感覚は見事と言う他ない。
   
  
   
小島容  「飲む人間は、どっちかが欠けてるんですよ。 自分か、
       自分が向かい合ってる世界か。 そのどちらか両方かに
       大きく欠落してるものがあるんだ。 それを埋めるパテを
       選びまちがったのがアル中なんですよ」
赤河医師「そんなのは甘ったれた寝言だ」
小島容  「甘ったれてるのはわかってるんですが、だからあまり
       人に言うことじゃないとも思いますが、事実にはちがい
       ないんです」
赤河医師「欠けてない人間がこの世のどこにいる」
  
   <中略>
 
赤河医師「あんた、自分が人とちがってる、と思ってるだろ」
小島容  「誰でもそう思ってるんじゃないですか」
赤河医師「いや。 どうも私には鼻持ちならんのだよ、はっきり言う
       とね。 たとえば、あんたは自分と他のアル中を比べて
       みて、どうだ。 自分はなにか特別にデリケートで、特別に
       傷つきやすくて、そのせいでアルコールに逃げたんだ、
       とか、そういう薄気味悪いことを考えてるんじゃないのか。 
       言やあ、天に選ばれしアル中、みたいな」
 
 
 
主人公、小島容の妙に斜に構えた思考、態度からは、ずっと昔に読んだ村上春樹の小説の主人公が思い起こされてならない。 村上春樹に中島らもというのも対極的な構図だけれど、それぞれの描く主人公の性格について連想を同じゅうするというのも興味深い話しではある。

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Comments

俺もコレ読んだよ。
やたら気取ったカッコいい題名なのに、実際は悲惨な話(笑

>村上春樹の小説の主人公が思い起こされてならない
なるほどね。
現実から浮遊していられる、ある種の特権階級の漫遊談かもしれません。

Posted by: 晴薫 | March 06, 2007 at 10:37 PM

>晴薫さん

これ、やっぱり素敵な題名ですね。>「今夜、すべてのバーで」 きっと、大概の読者がダマされたんじゃないかと想います。(笑) 


>現実から浮遊していられる、ある種の特権階級の漫遊談
>かもしれません。

命がけ、破滅の高等遊民ですからねえ。^_^;
さんざ好き勝手やるけれど、その代償はちゃんと払わされるのが中島らもワールドの掟です、多分。(笑)

Posted by: もとよし | March 07, 2007 at 12:31 AM

こんにちは!
これ私も、かなり前に読みましたよ。私も素敵な題名にダマサレテ(笑
彼、最期は、お酒に酔って駅の階段から転げ落ちて亡くなったのでしたよね。
確かに「破滅型・高等遊民」て感じします。悲惨です・・・

Posted by: みい | March 07, 2007 at 05:02 PM

こんちです。いやホント、このタイトルはすごくイイですね。内容の多くは中島氏の体験がもとになってるようですが、確かにこれは体験者でないと書けないかもね。特に幻覚症状の描写のあたり。天井を這う虫もすごいけど、洗面台の下からサルが出てきちゃうってのが・・・(^^;)。正常な神経だと耐えがたいだろうなあ。

Posted by: 屁爆弾 | March 07, 2007 at 07:13 PM

>みいさん

みいさんも、お読みになってましたか~。(^○^)
そうなんですよね。 らも氏、お気の毒にも階段から転げ落ちて亡くなってしまいました。 「今夜、すべてのバーで」の中で、無理して健康を保っても、人間何時事故に合うか判らない。(だから飲みたいだけ飲んだ方がイイ)なんていう理屈がありましたけれど、ホント、あの主人公を地でゆく作者でした。

Posted by: もとよし | March 08, 2007 at 12:30 AM

>屁爆弾さん

病院の、いずれもひと癖ある患者さんたちの描写が、またオモシロイですよね。 らも氏、きっとご自身の入院中も、あれこれと観察を続けたのじゃないかと想います。(笑)
それにしても、これだけアルコールやドラッグに関して知り尽くしておいて、それらとは決して縁を切ろうとはしなかったらも氏。 もはや酒仙の域ですね。

Posted by: もとよし | March 08, 2007 at 12:51 AM

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