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March 31, 2007

ジム・ビーム・ライ

今日は本当のホントウに久々のお休みだった。
気がついてみれば、2月最後の日曜日からこっち、休日と言うものがなく、ずっと仕事に出ずっぱりで来た。 流石に疲れが溜まってしまって、取り分けここ一週間ばかりはかなりキツかったのである。
ようやく休みのとれた今日は、お昼過ぎに所要で近所に出掛けた以外、終日眠りこけていた気がする。

約一ヶ月に及んだ連投で疲れを取る暇のない中。 近所のジャスコで買い求めたウィスキーがジム・ビーム・ライ。 毎晩、眠る前に少うしずつ飲んでました。
ジム・ビームと言えばアメリカ産のバーボンだけれど、こちらは同じブランドのライ・ウィスキー。 ライはライ麦。 「ライ麦畑でつかまえて」(The Catcher in the Rye)のライ。 無論穀物の一種な訳だけれど、日本ではあまり馴染みがないのではないかと思う。
ジム・ビームのライはバーボンよりも味わい濃く、より個性的。 私が好んで飲んできたジャック・ダニエル(こちらはテネシー・ウィスキー)に比べると、余程あっさりとしているけれど。 ジャックも好いが、こちらの方もなかなか旨いと想う。

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March 21, 2007

シェルタリング・スカイ

 
 
 シェルタリング・スカイ

    ポール・ボウルズ著

       大久保康雄訳
           新潮文庫
  
  
いやはや降参、である。 このアメリカの作家の代表作にはまったく不覚を取った。
なにしろ文章がもの凄く読み難い。 延々と開陳される主人公の内面描写も、文体があんまりカタくて、読んでいてほとほとクタビレてしまった。 この小説については、テキトーに読み飛ばしてしまった部分が少なくないことを、白状しておかねばならない。

おっそろしく晦渋な文体は、元々の英文からそうなのかもしれないけれど、翻訳のせい、ということもあるのじゃないかと想う。 この日本語版は1955年に初出のものを、90年代、ベルトリッチ監督による映画化を契機に文庫化されたようである。 出来ればその機会に、現代の読者に向けて全面的にリファインするべきではなかったか。  これで読みやすい翻訳になっていれば、素晴らしい小説なのであろうに。

第二次世界大戦の直後。 ニューヨークの有閑階級に属する若い夫婦とその友人、いわばセレブの三人が、北アフリカの砂漠地帯を旅する。
その砂漠の、凝った情景描写はフォトジェニックなもので、ベルトリッチ監督の映画の方もいつか見てみたいと想わせられる。
労苦の絶えない辺境の旅を続けるうち、やがて、そのその過酷な風土の中に飲み込まれてゆく主人公ら。 単調な前半とは対称的に、後半からは思いも寄らぬ展開をみせて、かなり読ませる。 これで翻訳がもう少しこなれていてくれればなあと、惜しくてたまらない気分である。

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March 11, 2007

書店の多い街

拙宅の最寄り駅、JR津田沼の周辺というのは、大きな本屋さんが無闇矢鱈と沢山あるのである。 どの店も、広いフロアスペースと豊富な品揃えでもって、互いにしのぎを削っている。 こんなに店が多くて、果たして商売が成り立つのかしらと心配になってしまうくらい。
駅を中心軸にして本屋さん廻りをしたら、ゆうに一日は潰れそうだけれど、まだ試みてはいない。

書店が多いのは大いに結構だけれど、その反面、近所に図書館が見当たらないのが残念でならない。
以前住んでいた川崎市中原区の住まいは、最寄り駅の隣駅傍に図書館があって、そこは狭くて蔵書も少な目ながら、これはこれでとても重宝していた。
図書館にゆく時は電車に乗らず、いつも徒歩で向かったものである。 休日の午後のお散歩コースとしては、おあつらえ向きであった。 図書館までせっせと歩いて、ゆっくりと時間を掛けて本を選び、借り出した本を抱えて歩いて帰って来る。 帰宅するまで我慢出来ずに、途中で喫茶店に寄って本を開くこともあった。

ネットで図書館を探してみると、津田沼界隈では、船橋駅近くにある中央図書館が大きそうである。 そのうちに行ってみようと想う。 家からだと距離があるので、時間に余裕がないと通えないのが難点だけれど。
特段大きくなくて構わないから、近所に居心地の好い図書館が欲しいな。 この次、引越しの機会が来たら、その地の図書館事情をリサーチしてから住まいを定めるべし、と肝に銘じた。

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March 05, 2007

今夜、すべてのバーで

 
  「今夜、すべてのバーで」   中島 らも 著

          講談社文庫  1990年
 
 
粋な題名に惹かれて手に取ってみたら、なんのことはない、アルコール依存症の闘病生活を描いた小説であった。 中島らもならではの、人を喰ったネーミングである。 小説の形を借りてはいるけれど、アル中で入院したこともある、本人の実体験が生かされているそうな。

飲んでのんで飲み続けたあげく、いつかアルコール依存症となっていた小島容。 酒の肴替わりに、アルコール依存症に関する文献を読み漁りつつ、酒を呑んでいたと言う屈折ぶりだけれど、これなど中島らも自身のエピソードなんだろうか。
小説は、そんな小島が酒で体をボロボロにしたあげく、ついに入院するシーンからスタートする。 担当医赤河の診察を受け、十数年ぶりに酒気なしで過ごす日々の始まり。
 
入院生活の徒然に語られる、酒徒小島容のアルコール漬け人生。 流石は中島らもで、思いっ切り機知に富んだ文章が、先へ先へと読み進ませる。
アルコールの害毒やドラッグに関するコアな記述が続くも、コワイもの見たさのような心理が働いて、次々頁をめくらせられるのである。 作者は小説中のそこかしこで豊富な知識を開陳し、スノッブなイメージを撒き散らしてくれる。
主人公による、何故自分は夜毎酒盃に向かい続けたのかと言う理屈には、一種の鋭利な切れ味があり、そして無闇に説得力があって、なにかにつけ暗示に掛かりやすい自分など、ついフムフムと感心して、主人公の肩を持ちそうになってしまう。

でも、ちょっと待った。 そのご立派な御託宣は、アル中でぶっ倒れた男が入院中のベッドの上で発してるんだよねえ?
この、ヒネたカッコ好さと、どうしようもないみっともなさの同居こそ、中島らもの真骨頂ではないだろうか、なんて、私は考えている。
アル中患者の小島容と、それを指導する立場の赤河医師と。 アルコール依存症と言う、カラダばかりではない、ココロの問題でもある病気を軸に、相対する二人を描き切る中島らものバランス感覚は見事と言う他ない。
   
  
   
小島容  「飲む人間は、どっちかが欠けてるんですよ。 自分か、
       自分が向かい合ってる世界か。 そのどちらか両方かに
       大きく欠落してるものがあるんだ。 それを埋めるパテを
       選びまちがったのがアル中なんですよ」
赤河医師「そんなのは甘ったれた寝言だ」
小島容  「甘ったれてるのはわかってるんですが、だからあまり
       人に言うことじゃないとも思いますが、事実にはちがい
       ないんです」
赤河医師「欠けてない人間がこの世のどこにいる」
  
   <中略>
 
赤河医師「あんた、自分が人とちがってる、と思ってるだろ」
小島容  「誰でもそう思ってるんじゃないですか」
赤河医師「いや。 どうも私には鼻持ちならんのだよ、はっきり言う
       とね。 たとえば、あんたは自分と他のアル中を比べて
       みて、どうだ。 自分はなにか特別にデリケートで、特別に
       傷つきやすくて、そのせいでアルコールに逃げたんだ、
       とか、そういう薄気味悪いことを考えてるんじゃないのか。 
       言やあ、天に選ばれしアル中、みたいな」
 
 
 
主人公、小島容の妙に斜に構えた思考、態度からは、ずっと昔に読んだ村上春樹の小説の主人公が思い起こされてならない。 村上春樹に中島らもというのも対極的な構図だけれど、それぞれの描く主人公の性格について連想を同じゅうするというのも興味深い話しではある。

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March 01, 2007

春の雪

 春の雪

   監督:行定勲
   撮影:李屏賓(リー・ピンビン)
   出演:妻夫木聡、竹内結子
   原作:三島由紀夫

       2005年、日本
 
 
監督はセカチューの行定勲。 とはいえ、とても同じ人が撮ったとは思えない、こちらは本格文芸大作に仕上がっている。
原作がMISHIMAと言うだけで、若干のキンチョーを否めない自分にいささか後ろめたいキモチを抱きつつ見てみた。 因みに原作は未読である。

この映画、なにせ上映時間が滅茶長いし、屈託なしに楽しめる娯楽作品と言うんでもない。 映像美には溜息をつきっぱなしだったけれど、また同時に、見終わった頃にはうんと疲れ果てていたと言うのも確かである。 あまり、誰にでもオススメ出来る映画と、言うわけにはいかないと想う。

とは言えこの作品、文明開化期の浮世絵がお好きな方ならば、是非とも見て頂きたいのである。 当時の風俗、上流社会の贅を尽くした洋館やそこに群れ集う紳士淑女など、ここではそれらを素晴らしい実写で見る事が出来るのだから。

それにしても映像。 とにもかくにも映像。 それも、唖然とさせられるほど美しい。 自分にとって、この映画はこれに尽きる。
映画の冒頭、幼い日の二人が百人一首に興ずるシーンからラストに至るまで。 2時間半に及ぶ映画の、ほとんどのカットで賛嘆をもらさずにいられなかった。 スクリーンの隅からすみまで、徹底した美意識に貫かれた映像である。 撮影監督のリー・ピンビンのことを私は知らなかったのだけれど、本作品を観て、とてつもない才能の人と確信した。

難しい、長い、疲れる。 なんて、散々文句を言いつつも、主人公の屈折した心情がなかなか理解し辛くて気になるのと、映像美に酔いしれたいのとで、この映画、都合二回見てしまった。

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