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January 28, 2007

「徳川家康」第9巻 碧雲の巻

「徳川家康」 第9巻 碧雲の巻
         (山岡荘八著 講談社文庫)


さて本書こそは、山岡荘八が柴田勝家と言う男に捧げたレクイエムなり。
かつて、経営のバイブルと謳われた「徳川家康」。 ベストセラーの秘訣は、やはり、判りやすさ、メッセージの鋭さにあるのかと想う。 山岡版の勝家は、自らを時代遅れと知りつつも、最期まで意地を貫き通すしかなかった男の哀しさ、潔さを描き切る。


織田信長が本能寺に倒れ、三日天下の明智光秀を羽柴秀吉が討ち取った。
織田家中でも筆頭の位置にある柴田勝家と、今や破竹の勢いの羽柴秀吉。 もともと反りの合わなかったこの二人の対立は、主君の不在と供に、いよいよ表面化し始める。 なにしろ秀吉は、かつて主家の草履取り風情にすぎなかった新参者である。 勝家としては、たとえその実力を評価出来ても、その地位までは断じて認める訳にはいかないのである。

        ▽▲▽▲▽▲

本能寺の変で織田信長を討ち取った明智光秀だが、山崎の戦いで羽柴秀吉に破れてしまう。
ここでの秀吉は、単に主君の仇を討ったというだけではなしに、信長の後継者候補としていち早く名乗りをあげたようなものである。
その後の秀吉の行動は、正に疾風迅雷の如しであって、戦勝を祝う暇もなしに、すぐさま次の二の手三の手を打ってゆく。 信長の後継者レースは既に始まっていることを、そして勝ち残るために何をすべきかを、誰よりも好く心得えている秀吉であった。

一方、織田家中でトップの位置に立つ柴田勝家は、織田家の後継者を決める清洲会議は、当然のことながら自分が仕切るものと考えていたが、秀吉の巧みな采配により、チェアマンの座を持っていかれてしまう。 なにしろ秀吉と言う男は、こういうことを、おそろしく如才なしにやってのけるのである。

会議の始まる前から、一人でも多くの重臣を味方につけるべく、水面下で着々と運動を続け、勢力を広げて来た秀吉と、既得のポジションに胡坐をかいて、まったく危機感を抱いていなかった勝家。
時代の流れに附いてゆけない時と言うのは、大体こんなものなのかもしれない。 大丈夫、自分のやり方で間違いないと信じていたのが、シビアな現実に気づいた時には、もう、どうにもならなくなっている。

無為無策の勝家は、しかし清洲会議の後にお市の方を娶って束の間の春を迎える。 戦略的には然程の価値のないこの展開は、秀吉にとっては歓迎すべきところである。 とは言え、長年お市の方に懸想してきた秀吉としては、断腸の想いでもあったろうけれど。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、この頃の家康はと言えば、地場固めに専心していたのである。
信長亡き今、天下取りに名乗りを上げる千載一遇のチャンス到来・・・・とは考えなかった。 いや、天下取りへの意思は、この頃既にあったものと想われるけれど、織田家中の熾烈な後継者争いから、ここは一歩身を退いておくべしと読んだのである。
家康は領地の経営に力を入れると共に、信長没後の混乱に揺れる甲府を手中に収め、旧武田家の武将達を自軍に吸収してゆく。
側室として鋳掛屋の後家、阿茶の局を迎える。

        ▽▲▽▲▽▲

信長の後継者争いのライバルを柴田勝家と見定め、額を寄せ策を巡らす秀吉と軍師黒田官兵衛。
織田家中で新参の秀吉が、信長の後継者の位置へと着くには、それに相応しい大義名分を造り上げる必要があったのである。 既に明智光秀を討って、仇討ちの手柄を上げた。 次の一手として、秀吉は主君信長の葬儀を取り仕切ることにする。 秀吉としては、こうやして徐々に勝家を刺激し、その立場を追い詰めてゆく必要があった。

        ▽▲▽▲▽▲

お市の方。
信長の死後、越前の柴田勝家のもとに嫁いだものの、前夫の浅井長政を忘れられず、勝家に打ち解けることが出来ないでいた。
故長政との間には三人の娘、茶々姫、高姫、達姫を設けており、その行く末をひたすらに案じる母である。 しかし、娘らは、そんな母を疎ましく想い始めており、それを知ったお市の方は激しいショックを受ける。 情緒的なお市の方に対して、理に聡い茶々姫。 この辺は、いつの時代にもありそうな母娘の関係か。

 「だってママはね、アナタたちの幸せだけを願って、
  こうして・・・・・」
 「はぁ?、それってママのエゴなんじゃないの?」

お市の方と言い、勝家と言い、その晩年には、どちらも孤独で辛い立場に追いやられてしまうのが哀れでならない。


そして、柴田勝家。
冬季は雪に閉ざされる越前北の庄にいて、より京に近い秀吉の動向が気になっていた。
明智光秀を山崎の合戦に屠って旭日昇天の勢いにある秀吉に対して、過去の栄光に縋るばかりの自分では、所詮適いっこないと言う意識が、この頃既に芽生えていて、だからといって、どうすることも出来ない苛立ちを振り払うことが出来ない。 しかし勝家には意地があり、その傍らには最愛のお市の方がいるのである。

勝家は、息子の柴田勝久をお市の方に遣わして、来る秀吉との決戦ではまず勝ち目の無いことを、そして、お市の方母娘には北の庄城から逃げ延びて欲しいことを諄々と説いて聴かせる。
そんな中で、これまで勝家に対して頑なであったお市の方の心が、次第にほぐれてゆくのである。 迫り来る破滅を意識しながら、北の庄の城には束の間の幸せがあった。
春になれば、この雪が解ければ、いよいよ最後の戦が始まる。

        ▽▲▽▲▽▲

越前を本拠とする勝家は、冬の間は雪に閉ざされて軍勢を動かすことが出来ない。
秀吉との決戦を避けられないものと知った勝家は、一縷の望みを託して前田利家、不破勝光、金森長近、養子の柴田勝豊らを和平の使者として秀吉の下に送り込んだ。
秀吉とは旧知の仲の前田利家は、なんとかして両者を和解させたいと願う。 ここに描かれる利家は、権謀術数とは無縁の、真っ正直な好漢である。
一方、柴田勝豊は、日頃から折り合いの好くない養父の勝家よりも、むしろ秀吉に人間的魅力、器の大きさを感じてしまい、懊悩する。
だが、どうにかして勝家を決戦の場に引っ張り出したい秀吉は、持ち前の老獪さを遺憾なく発揮して、一同をまんまと煙に巻いてしまう。

        ▽▲▽▲▽▲

賤ケ岳の戦。 秀吉VS勝家による、信長の後継者ポスト争奪戦である。
秀吉は例によって例の如く、十二分に勝利の確信できるだけの戦力を確保したうえで合戦の場に臨んだ。
更に、一旦、戦線を離れると見せ掛けて、血気にはやる勝家の甥、佐久間盛政が攻め寄せて来たところに、まさかの奇襲攻撃を仕掛け、これを契機に柴田軍を散々に打ち据える。
世に言う「賤ケ岳の七本槍」の活躍はこの折のこと。
秀吉と勝家の間に立って板ばさみ状態であった前田利家は早々に戦線を離脱してしまう。

敗走の勝家は、わずかな手勢を引き連れて北の庄城に帰還する。
もはや100パーセント勝ち目のない勝家は、お市の方と娘らを落ちのびさせようとするけれど、お市の方から自分と運命を供にする路を選ぶ覚悟と聴かされれ、まるで、恋を知り染めた若者のように欣喜雀躍してしまう。 まったく、男って奴はこんなもの。

北の庄城最後の夜、天守閣では勝家一家主従が酒盛りに打ち興じた。 人間、一旦開き直ってしまえば、最早怖いものなどありはしない。 皆々今生の別れである。
とは言え、酒の勢いもあってか、この期に及んで秀吉への悪口を繰り始める勝家。 「あの猿めが・・・・」 その未練な姿に、城に残ったことを後悔し始めてしまうお市の方。 「パパ、もう好い加減にしてよ!」 なのである。 この辺りの描写は、なにげに残酷と想いますよ。

しかし、それも終わった。 夜明けと共に、羽柴勢の総攻撃が始まると、勝家はお市の方とわずかな近習を供にして自刃し、北の庄城を爆破させる。 柴田勝家一代の終わり。
こうして秀吉は、信長の後継者レースを勝ち抜いた。
 
 
 
柴田勝久 「はい、ここらが秀吉の恐ろしいところでもあり、
        同時に偉いところでもございましょう。
        奇略縦横と見せかけて、その実、彼は敵より
        も少ない数で、戦に臨んだことは一度も
        ござりませぬ。」
お市の方 「・・・・・・・・・・・・」
柴田勝久 「挑む時には必ず敵に数倍する兵を引っさげ、
        相手の内部へ撹乱の手をさしのべながら
        攻めかかりまする。
        したがって、彼が兵を動かして戦うて、負けた
        ことは一度もありませぬ。
        勝つようにして戦うのでござりまする。」
お市の方 「まあ・・・・・・」
柴田勝久 「その秀吉が、雪解とともにやってくる・・・・・・
        お分かりでござりまするか。
        負けたことのない秀吉、負けるような軍勢
        では決して戦をせぬ秀吉が、必ず雪解に
        やって来るのでござりまする」
お市の方 「分かりました
        では、では、降参か籠城か、二つに一つの
        時が来たと・・・・・・」
柴田勝久 「いいえ
        一つに、一つの時でござりまする」
お市の方 「と、言われると?」
柴田勝久 「秀吉の下風には立たれぬ。
        父の思いは、これ一つでござりまする」
 
 
 
<<登場人部>>


<徳川家>
徳川家康:徳川家当主
阿浅の局:チャー
<徳川家家臣>
伊井直政
依田信蕃
岡部次郎右衛門正綱
榊原小平太康政
酒井左衛門尉忠次:宴会芸は蝦すくい
石川伯耆守数正
曽根下野守昌世
大久保彦左衛門
茶屋四郎次郎:京の商人、家康の密偵
鳥居彦右衛門元忠
平岩親吉
本多作左衛門:一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ
本多正信
本多百助信俊:甲府へ使者に立つ
名倉喜八郎信光:甲府へ使者に立つ


<織田家>
織田信雄:信長の次男
織田信孝:信長の三男、神戸侍従信孝
三法師:信忠の嫡男、信長の孫
織田信包
<織田家家臣>
岡本良勝:信孝の老臣
加藤光泰
高田彦左衛門:信孝の老臣
斉藤利尭:信孝の老臣
川尻肥前守秀隆:甲府城城代
福田文吾:川尻肥前守秀隆の小姓頭


<羽柴家>
羽柴筑前守秀吉
羽柴小一郎秀長:秀吉の弟
羽柴秀勝:秀吉の養子 信長の四男
寧々:秀吉の妻
三好秀次:秀吉の甥
<羽柴家家臣>
伊藤掃部助
一柳直末
稲葉一鉄
宇喜多秀家
羽田長戸守
加藤嘉明:荒小姓、賤ケ岳の七本槍
加藤虎之助清正:荒小姓、賤ケ岳の七本槍
糟谷助右衛門:荒小姓、賤ケ岳の七本槍
福島市松正則:荒小姓、賤ケ岳の七本槍
平野長康:荒小姓、賤ケ岳の七本槍
片桐助作:荒小姓、賤ケ岳の七本槍
脇坂安治:荒小姓、賤ケ岳の七本槍
石川平助貞友:賤ケ岳で戦死、七本槍に入り損ねた
石川長松:石川平助貞友の弟、賤ケ岳の七本槍に入り損ねた
加藤光泰
桑原右衛門
桑原冶左衛門
桑山修理介
桑山重晴:賤ケ岳を守備する
高山右近:岩崎山から敗走する
高木貞久
黒田官兵衛:軍師、孝高
黒田甚吉
佐々陸奥守成政
山岡景隆
山崎片家
山中長俊
山内伊右衛門一豊:「山内一豊の妻」の夫
氏家直通
紙子田正治
小西弥九郎行長
小川土佐守
小川祐忠
森長可
杉原七郎左衛門
生駒新八
生駒政勝
石田三成
赤松則継
赤松則房
仙石秀久
浅野長政
前野長泰
大塩金右衛門尉
大村幽古:お伽衆
大谷吉嗣
丹羽長秀:惟住五郎左衛門
池田輝政
池田勝入信輝
池田孫二郎
中川瀬兵衛清秀:大岩山で戦死
中村一氏
長谷川秀一
筒井順慶
副田甚兵衛
蜂須賀家政:彦右衛門の長男
蜂須賀彦右衛門正勝:小六
堀久太郎秀政
堀尾吉晴
明石則実
毛利秀頼
木下将監
木下昌利
木下利匡
木村隼人


<細川家>
細川藤孝
細川与一郎忠興:藤孝の子


<柴田家>
柴田修理亮勝家
柴田権六郎勝久:勝家の嫡男
佐久間玄蕃盛政:勝家の甥
柴田勝豊:勝家の養子、長浜城主
お市の方:勝家の妻、信長の妹
茶々姫:お市の方の長女
高姫:お市の方の次女
達姫:お市の方の三女
勝姫:勝家の娘
政姫:勝家の娘
<柴田家家臣>
阿美乃:勝豊の侍女
安井左近
安井四郎五郎:安井左近の弟
金森長近
原彦次郎
佐治新介
山路将監
柴田弥左衛門
小島若狭
大金藤八郎
中村文荷斎
中村与左衛門
直江田又次郎:賤ケ岳への使者を務める
徳永寿昌:勝豊の家老
徳山五兵衛秀現
拝郷五左衛門
尾藤知次
不破勝光
毛受家照
毛受茂左衛門:毛受家照の兄
木下半右衛門:勝豊の家老


<滝川家>
滝川一益


<前田家>
前田又左衛門利家:前田家当主
前田利長:利家の子
阿松:利家の妻


<武田家残党>
三井弥一郎:牢人、かつて山形三郎兵衛昌景に使えていた、十右衛門


<堺衆>
納屋蕉庵:竹之内波太郎
神谷善四郎
淀屋常安:大阪の商人

<その他>
曲直瀬正慶:医師、柴田勝豊を診る
近衛前久卿


この巻は、テーマとしてなかなか掴みやすいものを持っていたかと想う。
己の信念に従い、長年に渡って働き続け、しかし気がつけば、思うポジションを保てなくなっている悲劇と、その際の身の振り方。 勝家の場合は、如何にも彼らしい幕の引き方を選ぶ。

意地を貫いて果てた柴田勝家とお市の方。
おそらくは、秀吉には生涯理解出来ない境地だったのではないか。


天下泰平まであと17巻。

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Comments

「徳川家康」、復活ですね(^^)。

私は随分前に挫折してしまいましたが、このもとよしさん流解釈で再び味わいたいと思います。

Posted by: バルカローレ | January 30, 2007 at 10:10 PM

う~ん、登場人物覚えられません(笑
 もとよしさんの解説で解った気になりました^^
でも、切ないです・・・・。勝家とお市の運命というか宿命は。

Posted by: みい | January 30, 2007 at 11:18 PM

>バルカローレさん

>「徳川家康」、復活ですね(^^)。

はい、第8巻をアップして以来、実に一年以上も間が空いてしまいました。(^^;
でも、その間にNHK大河の「巧妙が辻」とか見ていたせいか、
ブランクがあったと言う気がしません。(笑)
でも、流石にのんびりとし過ぎですよね。 もうちょっとペースを上げないと。(^^ヾ
次回第10巻は、いよいよ家康がメインに出て来ます。

Posted by: もとよし | January 31, 2007 at 08:48 AM

>みいさん

柴田勝家と言うと、ドラマの中では秀吉の敵役みたいに扱われて損なことが多い人ですけれど、一人の武将としてみると、その最期は哀れですね。
お市の方も、時代に翻弄された人生を送りました。 終に勝家と運命を共にしてしまいますし、その娘茶々姫もやがて・・・・・仰る通り、戦国史きっての哀切な運命ですね。

次回は秀吉生涯一度の黒星、小牧・長久手の戦いです。

Posted by: もとよし | January 31, 2007 at 08:53 AM

私も徳川家康復活、と思いました。

山岡壮八は、せかせか読みきるより、こういう読み方が似合う気がします。
 
>勝つようにして戦うのでござりまする。
これが王道ですよね。
勉強になりました。

でも王道を行くのがまた難しいんだろうなぁ・・・

Posted by: 晴薫 | January 31, 2007 at 09:59 PM

>晴薫さん

ご覧のとおり、超スローペースで読み進んでます。(^^ゝ
歴史もの故、この先の展開や結末が見えているから、焦らないで済むのかもしれませんね。


>でも王道を行くのがまた難しいんだろうなぁ・・・

秀吉の勝ちパターンですけれど、世間一般の、いわゆる「太閤秀吉」のイメージとはちょっと違うようですね。 「徳川家康」での彼は、この時代にあって超合理的とも言える、なんでもありの戦略を展開する、エゲツナイくらいなところがありますな。(^^;

Posted by: もとよし | February 01, 2007 at 10:29 PM

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