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November 28, 2006

夢で逢いましょう

夢で逢いましょう

  2006年11月25日(土曜日) 池袋演芸場
 
 
久々に池袋演芸場まで足を運んで、一騎当千の若手実力派真打四人が揃った会を聴いて来た。 それにしても、重量級のプログラムですな、これは。 こちとらの体調が、睡眠不足気味故に十分とはいえないのが、ちと気掛かりではある。

ちなみにこの会、演目については、あらかじめ四人ともネタ出ししているけれども、その順番は未定。 つまり、誰がいつ出て来るかは、その日その時までのお楽しみと言う趣向である。
 
 
開口一番 三遊亭歌すみ 「子ほめ」

   
入船亭扇辰 「心眼」
久々に聴く扇辰師匠。 遅れて会場に入って来るお客もいて、まだまだ浮つきがちな客席を、いきなり濃密な噺の世界に放り込む。 開演して間もない出番での「心眼」だけれども、集中力に欠けるなんてことは微塵もなかった。

あえて声量を絞ったと想われる、繊細な語りが効果的で好かった。 デリケートなアプローチで表現し得た、眼を病んで按摩で生計を立てる梅喜の哀しみと虚勢。
それから梅喜の女房、お竹の健気さ。 梅喜が浮気心をおこす芸者小春のコケットリー。 この師匠、持ち前のイカツイ風貌とはうらはらに、女性を演じるのが上手いんだよなあ。
しつこさなど皆無で、最後までさらりと演じ切るところが、師匠らしいなあ、と想う。


橘家文左衛門 「芝浜」
ここで、客席の誰しもが仰天したに違いない、文左衛門師匠の登場。 だって、二番手で「芝浜」ですよ。
これって、一体どういうことなのか。 さっさと出番を済ませて、早く楽になっちまいたい(?!)のか、それとも自信満々、意欲十分で、先に俺にやらせろ!ってところなのか、この師匠の場合、どちらも考えられるよなぁ。

文左衛門師匠の描く魚勝は、とにかく会話よりも先に手が出るタイプ。 流石、この師匠がやると説得力抜群。 ファンの期待を裏切りません。 ハイ。 そんな亭主に対して、一歩も引かない女房もまた好い。
それまで呑んだくれていた魚勝が改心するところや、女房に三年越しの秘密を打ち明けられたところなど、割合にあっさりとして、少し物足りなく感じてしまうけれど、でも、自分の中にはリファレンスとして、何度も聴き込んだ志ん朝のCDがあって、どうもそれと比べてしまい、もっと繊細な表現を期待してしまっているのも確かなんだな。
ここは、お終いまでパワー全開で演じる切る文左衛門ワールドを楽しむべし。
 
惜しむらくは、私の体調がいまひとつで、聴いていてちと疲れてしまった。 長い噺を、十分集中して聴く事が出来なかったのが残念至極。
 
 
柳亭左龍 「浮世床」
枕を「いや~、(「芝浜」が)長かったですねえ。」なんて話題で始めて笑いを取る。 確かに「芝浜」は、一時間ばかり掛けた長講だった。
そのクールダウンと言うんではないけれど、この日唯一の滑稽噺がこれ。 姉さまの戦いと芝居の部分を、巧みに組み合わせた構成が好かった。 お陰さまでリラックス出来たのは確かだけれど、こちらの体調がイマイチで、十分には楽しみ切れなかったのが残念。 熱演の左龍師匠にも申し訳なし。
 
 
柳家三三 「ねずみ穴」
さて、本日のトリは三三師匠が取った。
しかし、例えば「芝浜」なんて聴いちまった後で、一体どうしようと言うのか。 ここまで三席が続いた後でのトリと言うのは、結構プレッシャーなのじゃあないかと想うけれど。
でも、一旦噺が始まると、三三師匠の気合十分な語りに そんな心配は杞憂であったと知った。 なにしろ、さっきまで体調のダルかった自分が、ここへ来てパッと目覚めたくらいだもの。 そういえば、三三「師匠」の噺を聴くのはこれが初めてということになるか。

竹次郎が一文無しから大店を構えるまでに到るサクセスストーリーと、急転直下の挫折、そして兄弟の愛憎。 波乱万丈の大河ドラマにでも仕立てられそうな内容を、手際よく一編の噺にまとめてみせた。
竹次郎の兄を過度に憎ったらしく演じない、リアルな描写がイイし、なにより、長講を少しもダレることなしに、聴き手をして、ぐいぐいと噺の世界へと引っ張り込む力は流石。
 
四人の噺家の個性のぶつかり合いに立ち会って、質量共に十二分、とっても刺激的なスゴイ夜でした。

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November 21, 2006

ジャックダニエル

夏の終わり頃まで、ナイトキャップは芋焼酎と決めていた。 一日の終わりに、水で割ったのを少しだけ(か?)飲んで、とろとろにリラックスした気分のまま眠りにつくのが、日課のようになっていた。

そんな夜の儀式(?)を、このところすっかり止めてしまっている。 べつに一念発起してとか、まして禁酒を誓った訳でもなんでもなくて、単に、カラダがアルコールを欲しがらなくなっているのだ。

もしかしたら、自分でも気のつかない内に、体質が変化しているのかもしれない。 アルコールの摂取量とそのための出費が減って、この方が身体にも財布にも好いや、なんて、喜んでいいものか、どうか。 もしかしたら、なにかヤバイことが身体の中で起きてやしないか、ちょっとだけ、気にならないでもない。

それが昨夜は、魔が差したとでもいうべきか、久方ぶりに、酒瓶に手を出しちまった。 それも、焼酎ではない。 もっと強いサケが欲しくて、バーボン。
半年も前に買い求めてあったジャックダニエルをストレートで。 ほんの少しを口に含んだら、それでお終い。 お休みなさい。

この程度で満足出来てしまうのは、お酒に弱くなったと言うのもあるかもしれないけれど、量をあおる一方であった昔とは、また違う味わい方を覚え始めているってことなのかもしれない。

ネットでジャックダニエルについて調べてみて、このサケ、正しくは、バーボンではなくテネシー・ウィスキーと呼ぶべきものと知った。
確かに、製造元はバーボンの本場ケンタッキー州ではなく、お隣のテネシー州にあるそうで、また、その製法もバーボンとはいささか異なるようだけれど。
いや、それよりも、なによりも、熱い郷土意識と(両州については米国南部に位置するとか、「テネシーワルツ」や「マイオールドケンタッキーホーム」くらいしか思い浮かばぬ私が言うのもナンですけれど)、造り出す酒へのコダワリから、ケンタッキーの連中が造るバーボンとは一味違う、これはテネシー・ウィスキーなんだよ、とでも言いたいのではないだろうか。 そんな心意気も、また味わいのうちだ。

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November 19, 2006

009-1

009-1(ゼロゼロナインワン)。 この番組、知る人ぞ知るって言って好いんでしょうね。 深夜のテレビ・アニメ番組だもの。
この間、夜遅くに帰宅した折に、テレビのリモコンをカチャカチャやっていて見つけたのを、最初は、「なんじゃこれは?」って感じで、ぼんやりと見ていた。 それで、じきにスイッチを消すつもりでいたのが、いつしか、しっかりとハマってしまっていたと言う訳。

原作は石ノ森章太郎の漫画「009ノ1」。 代表作のサイボーグ009と、007シリーズに代表されるスパイ映画の系統と、いわゆる「くノ一」ものを、ぎゅっと混ぜ混んだような作品。 サイボーグの女スパイと言う設定を見事、一言に集約してみせた、なかなかに秀逸な題名ですな、これは。

公式HPからの引用
<冷戦が140年続くもうひとつの未来。 地上は二つの世界に分断されている。 ウエストブロックとイーストブロック。 核の脅威で保たれたいつわりの平和の下、両陣営は情報という名の戦争を続けていた。 非情の世界に生きるスパイ同士の争いに、ミレーヌ・ホフマンは何を見るのか。>

近未来SF女スパイものと言うストーリーそのものには、実は、あんまり興味がない。 それに私、昔から石ノ森章太郎のキャラクター・デザインを苦手としていて、それはこの、009-1でも例外ではないのだだけれど、ならば、どこに引かれたかと言えば、作品全体を支配する、独特の、静謐で冷んやりとした雰囲気。
それは、たとえば夏の日、どこか高原のリゾート地でも訪れて、山々や流れる雲などを見入る時のような、非日常的な感覚である。 だけれど、放送時間帯に相応しく、回によってはお色気シーンもあったりするので、どなたにもお勧めとはいきませんです。 良い子は見てはイケマセン。

おそらくは、あえてそうしている、アクション系のアニメにしては淡い色調に、あくまでも淡々としたドラマ構成や、主人公の女スパイの吹き替えを担当する釈由美子の、目一杯に感情を抑えた口調がまた、深夜の時間に相応しくて、アニメに見入るというよりは、浸るという表現が、いっそ相応しいかもしれない。

そして、なによりも音楽。
番組オープニングの主題歌の評判が好いらしいけれど、自分的にはまったく好みではない。 その替わりに、私にとって、この作品の魅力の半分以上は、劇中で流れるBGMとエンディングの音楽である。
それは、目新しいところなどひとつもない、どこかで聴いたような音楽だけれど、素晴らしく均整がとれて、お洒落で、そしてなにしろカッコ好い。 中でも、弦楽合奏のアレンジの見事なこと。 優しい主旋律に対峙する、内声部のねとねと感は、もう後期ロマン派まで行っちゃってるね。
とにかく、テレビ・アニメで、これほど音楽のクオリティの高い作品を、私は他に知らない。 なかでもエンディングのテーマがすっかり気に入ってしまって、毎回、番組の一番お終いまでしっかりと楽しませてもらっている。

おっと、あくまでもオトナの時間の番組なので、良い子は見てはイケマセンぞ。

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November 11, 2006

ポール・モーリアさんご逝去

フランスのイージー・リスニング界の大御所。 作曲家、編曲家、指揮者のポール・モーリアさんが、この11月3日に亡くなったとのこと。

かつて、この方のレコードが我が家にもあって、中学生の頃など、夢中になって聴いたものである。
その当時の私は、擦弦楽器を主体にした音楽というのを、映画やドラマの音楽くらいしか知らなくて、そんな中で、弦の響きが土台にあるポール・モーリア・グランド・オーケストラのサウンドと言うのは、もうたまらない魅力であった。 「エーゲ海の真珠」と「涙のトッカータ」を収録したドーナツ盤など、なけなしのお小遣いをはたいて買い求めた覚えがある。

ポール・モーリアさんの編曲は、弦を聴かせるだけでなしに、アコースティック系の多彩な楽器群が入れ替わり立ち替わり現れるところが好きだった。 とにかく、どの曲を聴いてもお洒落でカッコ好く、繰り返し何度聴いても飽きない。 曲中にチェンバロ(実際はクラビネットだろうか?)などをさらりと入れてみせたりする、そのセンスにもシビレた。

その後、自分の音楽的な興味が、クラシック主体になってからは、ほとんど聴くことがなくなったけれど、中学生時代に親しんだポール・モーリア作品の数々は、きっと、今の自分の音楽的嗜好にも少なからず影響を与えていることと想う。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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November 08, 2006

黒門亭 06年11月4日(土) 夜の部

黒門亭 2006年11月4日(土曜日) 夜の部
 
 
三連休の中日に休日出勤。 一仕事終えてから、上野黒門亭に寄る。 仕事に出て来たとか言って、ホントはその後の黒門亭がお目当てだってのがバレバレであるなあ。
 
 
前座 三遊亭歌五  「転失気」
 
 
三遊亭時松  「家見舞」
二つ目になって間もない若手。 表情を大きくつけて、エネルギッシュにガンガン演じてゆくスタイルは、ガタイ良く、顔立ちもイカツイ、この人の特徴と上手く合っていると想う。 高座まで5メートルくらいの至近距離で聴いたので、迫力も倍増というもの。
 
 
橘家文左衛門  「のめる」
この師匠の噺に登場する人物は大概、ちょっとコワモテな感じのお兄さん達である。 それが、最初は虚勢を張って大威張りなんだけど、噺の展開のなかで一旦ズッコケちまうともうダメで、そわそわ、あたふたと迷走し始めるのが、可笑しいのなんのって、もう。 そんな文左衛門ワールドの住人達のことが、このところスゴク気になっている。
 
 
柳家さん枝  「幇間腹」
この師匠の噺を聴くのは、多分この日が初めて。 枕から吉原、遊郭の世界へ巧みに導いてゆかれる。
年配の師匠が、少うし枯れた声音で演じる幇間が、実にこう、風情があって好いモンですな。 これが、もっと大きなホールかなにかで聴いたのなら、こうまで楽しめなかったかもしれない。 やっぱり、黒門亭って好いよね。
 
 
柳家禽太夫  「禁酒番屋」
マイクを通さない肉声が、こっちまでビンビンと響いてくる。 少ない聴き手で独占しちまうのがモッタイナイくらいの熱演だった。 一方、語り口の方は割合にあっさりとして、サゲに向けてトントンと調子好く噺の進むのが、聴いていて実に小気味好いのである。

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November 04, 2006

のだめカンタービレ(TV版)

原作は今まさにブレイク中の、クラシック音楽界を舞台にしたコミック。 私はその原作を読んでいないのだけれど、私の周囲のアマチュア音楽家の中には殊のほかファンが多いようである。 そのテレビドラマ化というので、私も好奇心いっぱいで見てます。
で、自分的には、とっても面白く観ることが出来たのだけれど、バルカローレさんのところで、相手役の玉木宏がイマイチだって感想を聴き込んで、そいつがどうにも気になるもんだから、第一回をまた観直してみたという次第。

主人公の音大生、のだめ役に上野樹里@スウィング・ガールズ。
ここでは楽器を、スウィング・ガールズで熱くブロウしたテナーサックスからピアノに換えて、篠原ともえ風のキャラ造り(なんとま、思い切ったコトを・・・と想いましたけど)が、とってもか~いいっす。 

で、相手役の千秋真一役に玉木宏。 
渋くキメて、なかなか好いではないですか。 因みにこの人は今年のNHK大河ドラマ「功名が辻」で山内康豊(山内一豊の弟)役をやっている。 つまり、同じ時期に戦国武将とピアニストを演じ分けるということをしているわけですな。
面白いのは、山内康豊よりも千秋真一の方が、役造り上、押し出し良く、態度もデカイ(!)ということ。 なンたって、ピアニストよりも戦国武将の方が余程ナイーブでさわやかなんだから可笑しいって。

それから、ドイツ人指揮者シュトレーゼマン役に竹中直人。
おそらくは、このドラマ中で原作からもっとも乖離しているのは、この人ではないかと。 とにかく、どのドラマで誰を演じてようと、竹中直人は竹中直人なのであって、そこンところを受け入れることが出来れば、この役者は文句なしにオモシロイ。

ストーリーの方はドラマの初回らしく、のだめと千秋の出会いと、各人物の登場編といったところ。 そして、クラシック界をテーマにしたドラマらしく、二人がレッスンで取り組むモーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調 KV448 第一楽章のシーンが見もの聴きものだった。

練習を始めた当初は、二人のピアノが上手く揃わずにガタガタだったのが、次第に音楽として形をなしてゆくのが痛快。 秀才肌で楽譜通りにキッチリ弾くのが信条の千秋が、のだめの勝手放題、自由奔放な音楽性を認めることがブレイクスルーとなって、レッスンが終わってみれば、音楽的に行き詰まりをみていた千秋のピアノが一皮剥けていたというオチになる。

レコードや演奏会などで、完成形をポンッと出して来られるよりも、こうして、練習の過程を追ってゆく方が、余程面白いと想うことがあるけれど、このドラマでのモーツァルトもまた然り、である。
それにしても KV448 って、なんて良い曲なんだろうと、改めて想う。

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