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August 27, 2006

高木東六さんご逝去

作曲家の高木東六さんが、この25日に亡くなられた。 享年102歳。
 
ずっと昔、都内の合唱団で歌っていた頃、地域の合唱祭に講評者として高木東六さんを迎えたことがあって、その折に、みんなで高木東六さんの合唱曲を歌ったことがある。 確か、混声四部で全編スキャットで歌う軽快な曲だったと記憶しているけれど、生憎と細かいことは忘れてしまった。 高木東六さん(もちろん、その頃すでに重鎮と言えるお歳であった筈)を私が目撃したのは、その時一度だけである。

それから、「水色のワルツ」・・・・と言って、今ではご存じない方も多いかもしれないけれど、戦後のヒット曲があった。 もう数年前になるけれど、私はその「水色のワルツ」を某所でフルートで吹いたことがあって、その折に頂いた暖かい拍手は、忘れられない好い想い出になっている。

高木東六さんのヒット曲と言えばもうひとつ、「空の神兵」が印象深い。
これは太平洋戦争の緒戦で活躍した日本軍の落下傘部隊を称えた、如何にも戦勝気分の横溢した明るい雰囲気の軍歌である。 私が子供の頃に両親、伯父、叔母らが集まっての酒宴では、必ずこの歌が出たのを覚えているけれど、両親らの世代(戦時中に子供時代を過ごした)にとっては、この曲は軍歌というよりは、その世代で共有する懐メロと言う位置付けなんだろうと想う。

今、私はこの「空の神兵」を、寄席で川柳川柳師匠が、それはそれは気持ち好さそうに歌うのを折々聴く。
川柳師匠によれば、当時日本と同盟関係にあったドイツとの間で、お互いの軍歌を交換しましょうと言う企画があり、その折ドイツ側が、沢山の日本の軍歌の中から選んだ一曲がこの「空の神兵」なのだそうである。 ドイツではこれは、落下傘部隊ならぬ自転車部隊の歌に仕立てて自国の軍歌に加えたとのこと。 (川柳師師匠、ここンところで、「空の神兵」をデタラメのドイツ語で歌ってみせて笑いを獲る!)
数多ある日本の軍歌の中から、この名曲「空の神兵」を選んだドイツは、やはり多くの大作曲家を生んだ国だけのことはあると言う川柳師匠。 「連中は流石に耳が好い」との指摘には、私も大いに頷いてしまう。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

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Comments

楽しい曲でした(笑

サラ・ブライトマンを聞いていたのですが止めて聞きほれましたよ。
こんなサイトも知ってるとは、もとよしさん守備範囲広いですね。
軍歌と言っても今の日本で聞けば立派な文化。
確かに残して欲しいものです。

Posted by: 晴薫 | August 28, 2006 at 09:00 PM

>晴薫さん

なかなか好いモンでしょ。(笑) 明るくて、しかも気骨がありますよね。
落語家の川柳川柳師匠によれば、戦争に勝っている間は、こうした明るい軍歌が次々と作られ、歌われていたそうです。
で、負けが込んで来ると「同期の桜」などが歌われだす訳で、まさに、歌は世につれ世は歌に・・・・ですね。

Posted by: もとよし | August 29, 2006 at 01:08 AM

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