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July 31, 2006

新PC導入

自宅のパソコンを新調して、かれこれ一月程になるだろうか。 それまで自宅用として使っていた SOTEC のノートPCが、液晶ディスプレイはとうにダメになっていて、単品のディスプレイを繋いでしのいでいたんだけれど、最近になってキーボードまでダメになって来た。 何しろ文字が打ち難いし、それにこの分だとHDDの方も早晩ダメになってしまいそうな気がして、もはやこれまでと、新機種導入に踏み切ったのである。

今度のPCはデスクトップ機の eMachines J6454。
eMachines は以前から職場でも使っていて馴染みがあるし、なにより職場でずっとノートラブルを通していると言う実績を買った。 但し eMachines の場合、ケースをはじめとする各パーツを、各モデル間で統一してコストダウンを図っているから、毎日職場で見飽きている顔が我が家にもやって来た格好で、やはり新味には欠ける。 それで、何もかも職場と同じではあんまり詰まらないので、CPUはIntel製のペンティアムやセレロンではなしに、AMD製の Athlon 64 を選んでみた。
そう、eMachines の場合、購入時に搭載するパーツをチョイス出切るのである。 そのお陰で、自分の納得のゆく PC を誂えることが出切る。 それと、オマケのソフトがあまりくっ付いて来ないのが嬉しい。
AMD製のCPUも快調で、使っていて何の問題も無い。 今のところ唯一の不満は、キーボードがバカに大きくて使用感が今ひとつなのと、そこに「copy」やら「Internet」やら、いろんなボタンがくっ付いている点。 キーボードについては、なるたけシンプルな奴が好みである。
  
  
 
防備録として、以下にPCのスペックを書き記しておく。
インターネットしかやらない私の使い方からすれば、これは明らかにオーバースペックと言える。 ハッキリ言って、無駄使い。
   
 eMachines J6454
 CPU名称:Athlon 64
 CPU動作周波数:3800+
 メモリ:DDR SDRAM 512MB
 VRAM:128MB(メインメモリと共有)
 HDD:250GB
 Office Personal Edition 2003プリインストールモデル
  
 チップセット:nVidia GeForece 6100 + nForce410
 メモリ:スロット×2(空き 0)、PC3200(DDR400)
 グラフィック:nVidia GeForce 6100(内蔵グラフィックス)
 サウンド:High Definition Audio
 通信機能:V.92対応 56kbps FAXモデム、10BASE-T/
        100BASE-TX LAN
 DVD書込機能:DVD-RAMx5倍速、+R/DLx6倍速、
          -R/DLx4倍速、±Rx16倍速、
          +RWx8倍速、-RWx6倍速
 9-in -1メディアリーダー:USB 2.0/SDメモリーカード/
          スマートメディア/コンパクトフラッシュ/
          メモリースティック/
          メモリースティックPRO/
          マイクロドライブ/
          マルチメディアカード/
          xD-ピクチャーカード対応 
 主なインターフェース:USB 2.0×7(前面 2、背面 4、
          メディアリーダー 1)、パラレル、
          PS/2×2、ディスプレイ、モデム、
          LAN、
          オーディオ入出力(前面:マイク入力/
          ヘッドホン出力、背面:マイク入力/
          ライン入力/スピーカ(ヘッドホン)出力)
 拡張スロット:PCI Express x16×1(空き 1)、
          PCI Express x1×1(空き 1)、
          PCI×2(空き 1)

 【付属ソフト】
  Microsoft Office Personal Edition 2003、
  Adobe Reader、
  Windows Media Player 10、
  McAfee Internet Security Suite(90日版)、
  CyberLink Power DVD、Power2Go
 【主な付属品】
  プレミアムマルチメディアキーボード、
  ホイールマウス、
  ステレオスピーカー、
  ユーザーズガイド、
  システムリカバリDVD
 
 
購入後一ヶ月程して、メーカーのサイトを除いてみたら、既に J6454 は消えていた。 つまり、購入して早々に型落ちになった訳である。 別に、それだからと言ってガッカリした訳ではないけれど、この世界の流転の早さには、毎度ながら驚き呆れてしまう。

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July 23, 2006

黒門亭 2006年7月第4週

2006年7月22日(土曜日) 黒門亭 <2006年7月第4週>


頑張って休日出勤をするも、もう死にそうに眠くって、まるで仕事にならない。 こんなことならば、無理して出て来なきゃ良かった。 仕事を16時頃に切り上げて、でもこのまま帰る気にもなれず、上野の黒門亭に向かう。


前座 三遊亭たん丈 「八九升」
2年前、42歳で三遊亭円丈の下に入門したと言う、落語協会最高齢の前座さんである。
実年齢の割りには若々しいし笑顔も爽やかで、なにより声のデカイのが好い。 それに、歳の功と言うべきか、フツーの前座さんと比べて、物腰が穏やかでとっても感じが好い。
当人、そして周囲の前座さんや二つ目さんも大変と思うけれど、頑張って真打まで行って欲しい。


入船亭遊一 「たがや」
夏らしい噺が出た。 

     橋の上玉屋玉屋の声ばかりなぜに鍵屋と云はぬ情なし

若くって活きの好い遊一のキャラはそのまんま、たがやをはじめ、橋上の江戸っ子たちに重なる。


古今亭菊春 「お菊の皿」
独特の雰囲気を持った人。 なんか、ふにゃ~っとした、この捉え処のなさは一体なんなんだ。 そうかと思えば、井戸からお菊の幽霊が現れる場面では、一転して凄みさえ漂わす。 この噺は、演者によってお菊さんの描写が様々なのが愉しい。


桂南喬 「松竹梅」
南喬は悠揚迫らぬ大人の風格があって好きだ。 マクラは師匠である先代金馬、小南の想い出から、夏の日のエピソード。

     「なったーなったージャになった。 当家の婿殿ジャになった。」

謡い(?)のところが、いまひとつ不器用かな。 でも、そんなところがまた南喬らしくて好もしいのである。


橘家二三蔵 「きゃいのう」
マクラでは師匠である黒門町、八代目文楽の想い出の他に、電波にゃ絶対乗らない、いや寄席でも聴けないシモネタまで。 あんまりウケない。
ベテランらしく、押し出しの好い噺家なんだけれど、一々噛んじゃうクセあり。 そのせいで、聴いていてだんだんと疲れて来る。 この人の場合、その落語世界がなんだか妙に殺伐としていて、オモシロ味が薄いよう想う。 ブラックな魅力で聴かせると言うんでもないしね。 サゲまで聴いて、とうとう楽しめる要素を見付けることが出来なかった。

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July 16, 2006

竹シーツ

例年、夏の間は寝床に茣蓙(い草の敷物)を敷いて、その上で寝ることにしている。 風通し好がくて、寝苦しさが緩和されますからね。

この夏は、その茣蓙に換えて、某所で入手した「竹シーツ」と言うものを敷いてみたのだけれど、それがあんまり快適なのでビックリしている。 ホント、どうしてこれまで使わなかったんだろうって、しみじみ思ってしまうくらい。

竹シーツと言うのは、2センチX3センチ程の竹の小片をナイロンで縦横につなぎ合わせたものを布団大のシート状にしてあるもので、これをマットの上に敷いて寝る。
なにしろ竹細工みたいなものなので、通気性は十分で、寝汗も気にならない。 それをつなぐナイロンに伸縮性があるから、寝転ぶと体に優しくフィットするしね。
竹の小片は表面が好く磨かれていて(なんだか麻雀牌の背の部分を連想してしまう)、毎夜、床に寝転ぶ瞬間の、冷んやりとした竹の感触の心地好さと来たらもうタマラナイ!ですよ。
これは、好いものを覚えました。 エアコン使わん派には花マル推薦の、夏のマストアイテムなり。

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July 15, 2006

題詠マラソン2005拾遺集

PCの中を整理していたら、ひょっこりと短歌の原稿が出て来た。 昨年のこと、題詠マラソン2005で100首の題詠を捻っていた折に詠んだ歌の数々である。

題詠マラソン2005では、提示された100のお題についての題詠をやった訳なのだけれど、その内、一旦詠んではみたものの、内容がイマイチで結局新たに詠み直すことになったり、あるいは捻りすぎてお題から食み出してしまったりしたものなど、つまり没にした歌たちが何首かある。
これらには、没とは言え没なりに、自分らしさが出ていると思うし、題詠マラソン2005と言う枠を取り払ってしまえば、お蔵にしておく理由もない訳だしで、そんな、一年ほど前の没短歌たちをここに並べてみようと思う。
 
 
 
008:鞄
三月の光うつろふ十字路に鞄の中身ぶちまけておく
 
 
013:焦
枝垂れ梅駆け抜けやうとする吾に何を焦つてゐるかと問ひをる
 
 
021:うたた寝
※これは気に入っている歌なんだけれど、題はあくまで「うたた寝」なので、「背をむけ寝る」この歌は、没にせざるを得なかった。
   
だつて飛ぶ為に生まれたのでせうと問へば背を向け寝る渡り鳥
 
 
022:弓
※これは、擦弦楽器を齧った人でないと判らない歌なので、一般性を欠くと言う理由で没にした。 楽器ケースに弓だけしまい忘れるってドジをやらかさないために、実際にこうやっている人を知っている。

蓋閉じる前に読むべし貼り付けた紙片に曰く「弓は入れたか?」
 
 
024:チョコレート
※寄席で時折耳にする、八代目林家正蔵のエピソードをそのまんま詠んだ歌。

アーモンド・チョコレート食す彦六の正蔵曰く「たぁねぇがぁでぇてぇきたぁ」
 
 
026:蜘蛛
「雲形の定規」と聴いて蜘蛛の巣の形を想ひ独り唸つた
 
 
041:迷
だうしても逃れられないものと知り、迷子になつた夢を見てゐた
 
 
049:ワイン
手に取つたグラスの中身こぼさずにこの場一気に駆け去る呼吸
 
 
054:靴下
※お題の「靴下」が、捻っている間に何処かへいっちゃった。 当然のことながら没。

まうづつと履くことの無い山靴も春ぢやはるぢやと囁いてくる
 
 
055:ラーメン
今生の終はりに食すものとしてラーメン選んだ男のはなし
 
 
061:じゃがいも
※この歌は自分でも中々気に入っているのである。 でも、じゃがいもでもう一首、更に気に入りの歌が詠めたので、残念ながら没にせざるを得なかった。 不運な一首。

これはまう大雑把でも好いのだと気付くじやがいもの皮剥きながら
 
 
088:食
なんとなし丸め込められた気持ちして桜餅をば余さず食べる
 
 
095:翼
鷹揚とふ言葉が好きで自信とは鷹の翼を広げた形
 
 
100:マラソン
マラソンの先導務む白バイに視線捧げり少年吾は
 
 
 
 
そう言えば、昨年の題詠マラソン2005を走り抜いてからこっち、気が抜けちまったんだか、あんまり歌を詠まなくなってしまった。 以前は忙しい中で、いやそれだからこそ、そこから素材を見出して、いろいろと詠んでいたっけ。 そのうちに折を見て、また詠んでみますかね。

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July 13, 2006

ココログメンテナンス終了しました

この2日間というもの、ココログがメンテナンスを断行していて、おかげで閲覧以外の投稿、コメント、トラバなどを受付けない状態だったんですけれど、それがようやく終わったようです。


<ココログのお知らせから引用>

>2006.07.13
>ココログメンテナンス終了しました(7/13 13時30分)
>日頃よりココログをご利用いただき誠にありがとうございます。
>
>このたびは約2日間にも渡るメンテナンスで、大変ご迷惑をおかけいたしました。
>
>7月11日(火)14時から行われていたココログのメンテナンス作業は、
>当初の予定よりも若干早く7月13日(木)13時30分に終了いたしました。

だそうです。
それにしても、メンテにこれほど長時間掛けるってのも前代未聞じゃあないでしょうか。
まあ確かに、このところ、おっそろしくレスポンスの悪い状態が続いていましたからね。 ここらで大鉈を振るって、不具合を一揆に解消してくれた方がありがたいのは確かなんですけれど、ココログを有料で使っている人などは、踏んだり蹴ったりな気分ではないでしょうか。 大変に気の毒です。(因みに、問はず語りの場合は@ニフティの会費だけ払うベーシックコースです) ココログなんてもうこりごり、とばかり、この機会に他のブログサービスに流出する人は少なくないでしょうね。 

ココログ・メンテナンスの期間中に、問はず語りにコメントを下さった皆さま方、大変に不自由な、そして不快な想いをされたことと思います。 謹んでお詫び申し上げますとともに、今後ともご贔屓に、どうぞよろしくお願い致します。

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July 10, 2006

素麺と冷麦

夏は素麺である。
炎天燃ゆるが如き・・・・暑さとなるには未だ間があるけれど、こちとら雰囲気だけはすっかり真夏モードになってしまっている。
そこで、昼食には素麺を食することにした。 折りしも近所のスーパーでは、素麺が特売の山を成しているではないか。 薬味にはもちろんのこと、茗荷を欠かすことは出来ぬ。 この夏初めての素麺は甚だ美味であった。

ところで、素麺と好く似た食べ物に冷麦がある。 我が家は、両親が関西出身であったこともあり、もう完璧なまでの素麺文化圏であった。なにしろ大人になるまで冷麦を食したことがない。 と言うよりも、その存在を知らなかったくらいだからして。

この、素麺と冷麦の関係がどうにも気になってネットで調べてみたら、概ね関西圏は素麺、関東圏では冷麦を食する習慣があるということらしい。 因みにこの両者の違いはと言えば、麺の太さだけなのだそうで、即ち、日本農林規格により、麺の直径が1.3mm未満は素麺。直径1.3mm以上~1.7mm未満を冷や麦。 1.7mm以上はうどんと分類されるのだそうである。 ちょっと拍子抜けしてしまうくらい、単純にして明快なのである。

私は子供の頃からずっと、素麺って奴は細いものほど高級品なんじゃあないかってイメージを抱いていたんだけれど、これはこちらの勝手な思い込みだったようである。 なるほど麺の直径は、直ちに食感に繋がる訳だからね。 細けりゃ好いなんて単純なものではない訳だ。 なかには私とは逆に、素麺なんて食べたことが無い。 「夏は冷麦」と心得ている方も居られるであろうし。
素麺について、単純にその細さだけを価値と心得ていた私は、なんとまあ浅はかであったのかと、言わざるを得ない。

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July 09, 2006

午後のカラオケ

土曜日の昼下がり、成り行きで突然カラオケに連れて行かれた。 私、こういうところには、あんまり縁がないのである。 我が生涯で、多分これが3度目くらいのカラオケ体験になるのではないか。

カラオケって昼間から営業していると、知ってはいたけれど、お天道様が上がっている時間に入るのは初めてであった。 でも、勝手が判らないなりに、マッタリゆっくりと楽しめたと思う。 凄まじく不味いドリンクだけはガックリだったけれどね。
私がこれまでに経験したカラオケ(いずれも夜間)では、とにかく盛り上げなくっちゃと言う強迫観念が働いていたかもしれない。 そこへ行くと昼間のカラオケは実にのんびりとして、自分でも意外なくらい楽しめたのである。

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July 05, 2006

茗荷

仕事帰りに夕飯の買い物。 もう結構遅い時間なのに、随分と買い物客が多いねえ。 ま、かく言う自分もその一人な訳だけれど。
ふと茗荷を見掛けて、すかさず豆腐と一緒にカゴに放り込む。 夏の味覚だもんね。
ワンパックに「茗荷の子」が3つ入って99円也。 これって高いのか安いのかさっぱり判らないけれど、ともあれお手軽に求められるのは有り難い、ありがたい。
我が家の食卓に着いて、刻んだ茗荷を冷奴に散らしたのを食すと、これがもう堪らなく美味であった。 暫しの間、我を忘れて貪り喰らう。

茗荷とくれば必ず付いて廻るのが、これを食べると物忘れしやすくなるって言い伝え。 これって、もしかして本当ですか? ひょっとして明日あたり、なにか大切なことを・・・・・ でもね、もともとが忘れっぽく出来ている私なので、ホントとかどうか確かめようが無いんだな。 これが。
そう言や、落語に「茗荷宿」なんてぇ噺もある。

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July 01, 2006

ヨッフムのブルックナー:交響曲第7番

ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ノヴァーク版)
  
  
   オイゲン・ヨッフム(指揮)
   ドレスデン国立管弦楽団
   録音:1976年
     EMI 5 73905 2
  
  
学生時代、アルバイトで貯めたお金を注ぎ込んで、初めてオーディオ装置一式を誂えた頃。 乏しい資金の中、それでも一枚でも多くのLP(そう、未だLP全盛期であった)が欲しくて、よく中古盤を買い漁ったものである。
その内のひとつに、ブルックナーの交響曲第7番があった。 当時の新録音で、ベルナルト・ハイティンク指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のフィリップス盤。

それは「一糸乱れぬ」と言う形容の相応しい、隅々まで洗練され尽くして、一点の瑕瑾もない珠のような演奏だった。 但しその演奏スタイルは、いささか大掴みであり、また単調に感じてしまったのも確かなのだけれど。
とまれ、途方もなく永い永い旋律や、次々に現れる音形の、互いに脈絡のないように感じられる構成が不思議で堪らなくて、そのLPを繰り返し何度も聴いてみた。 好奇心いっぱいでね。
結局、この第7番について好くは判らず終いだったけれど、何度も聴いたお陰で、彼の九つの交響曲の中では、この曲にもっとも馴染みが出来た。 
  
        ▽▲▽▲▽▲
  
さて、指揮棒の下に見事統制され切った感のあるハイティンク盤に比べて、今聴いている、このヨッフム翁とドレスデンのオケによる演奏は、オケ側の自発性に任せた割合が随分と多いように思う。 つまり、隅々にまで奏者の気を感じ取ることが出来るのである。

ブルックナーの交響曲は、例えて言えば人間の眼では容易に全体を掌握出来ないくらいの、途方もない大伽藍みたようなものではないだろうか。 ここでのヨッフム翁の指揮からは、その大建築を構成するパーツに施された繊細微妙な意匠を一々見上げながら、堂内をゆっくりと漫歩しているような雰囲気が伝わって来るのだ。
ひとつひとつが個性を発揮する分、細部のビミョーなところで統一を欠く憾みがあるけれどね。 でも、それもまた好し、である。 第二楽章だけは、少うし気分が明るすぎのきらいがあると思うな。

大河のように重厚なサウンドの流れの中に身を任せて、時折はソロ楽器の個性に耳を澄ます。 そんな聴き方が気に入っている。
好奇心で一杯、でもこの曲を一体どう聴けば好いのかさっぱり判らなかった、かつてのハイティンク盤愛聴時代に比べると、今の自分は、只もう、のんびりゆっくりと音楽を楽んでいる訳で、正に隔世の感があるよ。

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