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February 26, 2006

トリノ冬季五輪(フィギュア)

相変わらずテレビは殆ど観ないのだけれど、ネットのお陰で話題にもそれなりに付いてゆけるのである。
女子フィギュア・スケートの荒川選手の金メダル。 キメ技のイナ・バウアーは採点対象外なのだと聴いたのですけれど、限られた時間の中にそれを入れてみせた。 自分のやりたいことをキッチリやってのけた上での金メダルってのは素晴らしいと思います。
安藤選手もしかり。 あまりにもリスクの大きい四回転跳躍に挑むのは、順位は抜きにして天晴れです。
彼女らのこういう姿勢は、もう競技者よりも表現者と呼ぶのが相応しい気がする

さてそのミキティ。 先日、上野広小路亭で聴いた一龍斎貞寿さんの講談中にも四回転跳躍で登場していたけれど、いやはやこんなところまで出没したかとビックリすると共に、世の中の期待の高さも判ったのである。
それにしても我が子に美姫って名前を付けた親御さんはスゴイと思うのは私だけでしょうか。 だって美姫ですよ。 美・姫。 あ・・・相すいません余計なお世話でした。
とは言えこのネーミングからは、この世に生を受けた時から、もう、後には引けないって感じの意気込みが感じられますね。 と言う訳で、攻めの安藤選手には、この次の冬季五輪へと期待を新たにするのであります。

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February 23, 2006

トリノ冬季五輪(スケルトン)

そもそもがテレビを殆んど観ない生活を送っているので、冬季オリンピックも動画ではあまり観ていない。 私にとっての五輪情報は、ネットから得るがもの殆んどである。
それにしても、スケルトンって「凄え!」と思よ。 似たような競技にリュージュがあって、これもスゴイと想っていたけれど、うつ伏せと仰向けの違い・・・と言うよりも、足元から降りるか頭から突っ込んで行くかという姿勢の違いは、選手にとって相当のじゃあないかと思う。
なにしろ顔面スレスレに氷面が来る訳だから、それがまた猛烈なスピードで滑走するんだから、世の中のありとあらゆる乗り物のなかで、体感速度はピカイチなんじゃあないかって気がしている。 そんなに言うならオマエ乗ってみなって言われたら・・・・かなり心が揺れるかもしれません。 ハイ。

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February 20, 2006

たいてう、わろし

今日は朝から少~し胃が痛む。 痛む原因はハッキリとしていて、単なる食べ過ぎと来ているから情けないではないか。 日曜日、あんまりノンビリとしすぎて、満腹中枢が麻痺しちまったらしい。 喰ってる間、身体から「もう充分」、「ここらで止めときな!」、「後でヒドイよ・・・」とか言ったサインが出なかった訳だ。
最近は、体が欲する量だけ摂ったら、そこから先は控えないと、こういうコトになるんだ。 加齢に伴って自然、食欲も衰える。 摂取出来る量が減ってバカ喰いしなくなり・・・と言うか出来なくなり、その代わりに、死ぬほど腹減った~なんて騒ぐことも無くなった。 とまれ、こういう目に合ってみると、身体の発する声に耳を傾けようかと言う気になって来る。

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February 17, 2006

寄席芸人伝 3

「寄席芸人伝」  -型破り落語家列伝-

     古谷三敏著  ファミリー企画 

「寄席芸人伝」の三冊目。 これも近所のコンビニで買い求めた。
今回は落語界の奇人変人特集。 勿論、これは噺家にとって貶し言葉ではない。 登場する噺家たちは、世間様の基準には収まり切らない、とは言えただ変わってるだけじゃあなしに、そこに一本芯の通っている連中である。
相変わらず、時代設定は明治から終戦直後辺りまで。 あえて現代の落語界を描かないのが、この漫画ならではの拘りで、これは噺家が最も噺家らしく生きていた、その「時代」を描いていると言う訳だ。
「破礼噺花蝶」と言う作品に見る戦時中の寄席では、時流に迎合した噺家が「出征祝い」、「戦線便り」、「敵前上陸」なんて言う噺をやって人気を博している。 (これらが実在した噺かどうか、私は知らないけれど)
この手の戦時落語(?)に限らず、忘れ去られていった噺と言うのは、それこそ浜の真砂程もあるんだろうね。 私は古典落語が好きだけれど、それらは長い時間の中で淘汰されていった末の「クラシック」だってことは、常に意識しておきたいと思っている。

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February 15, 2006

鈴本演芸場二月中席

2006年2月12日(日曜日) 鈴本演芸場 <夜席>

桃川鶴女の会が終わって未だ時間が早かった。 鈴本の前を通りかかったら丁度中入りである。 バカだなあ、と我ながら思いつつも、割引料金で入ってしまう。

それにしても、寄席で落語を聴くのは実に久しぶりのことである。 最後に寄席に入ったのは、確か、テレビで落語を題材にしたドラマがヒットする前のことだったんじゃあないか。 (あの番組を、私は結局一度も観ていない)
桃川鶴女さんがマクラで喋っていたけれど、かつてNHKの朝の連続テレビ小説「やんちゃくれ」で主人公が女流講談師になった時は、講談入門者がドカドカッと増えたのだそうな。 その人たちは、今ではみんな講談を止めちゃったそうだけれど。 やっぱりブームに乗ってやって来る人は、堪え性がないんだろうか。
で、去年の落語ドラマのヒットのお陰で、ここ暫くは落語入門者が増えるんじゃないかと思われるけれど、それが落語界にとってタメになるかと言うと・・・う~ん、やっぱり難しいところだと思うよ。


柳家小太郎 「棒鱈」
真打昇進を目前に控えた小太郎。 小太郎の名でやる噺を聴くのは、多分これが最後だろう。
リアルの酔っ払いは嫌いな私だが、落語の世界となるとハナシは別。 棒鱈は大好きな噺だ。 ヨッパラって拗ねるところがとにかく可笑しい。 柳家小太郎。 三月中席からは柳亭左龍を名乗ることになる。

柳家正楽 紙切り

柳家さん喬 「ちりとてちん」
これ、噺の設定はで夏なんだけれど、とは言え夏にはあんまり聴きたくはない噺。 って訳で、この季節にやることになるんだろうね。
この人のこの噺、前にも聴いたことがあるよ。 さん喬はピアニッシモで聴かせる人だけに、表現の全てが繊細で、ラストの「ちりとてちん」嚥下シーンでも過度に大袈裟な演技を見せたりはしない。 そこのところが好もしく感じた。
ところで、この噺の主人公は気侭なご隠居暮らしで、お清ってのはその隠居所の女中と言う設定なのだと、この日初めて気が付いた。 ハハ。

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February 14, 2006

桃川鶴女の会

桃川鶴女の会

2006年2月12日 (日曜日) お江戸上野広小路亭

日曜日の朝。 貴重なオフの一日である。 すっきりと目が醒めたものの、朝からおっそろしく気だるい。 だったらも一回寝てやるか・・・とも想うけれど、べつにそれほど眠い訳ではないのである。 半ば空気の抜けた風船みたいなモンで、なにもかも中途半端のまま手が付かない気分。 やらなきゃならんことは山積しているんだけれど、なんだか、このまま何もせずに一日が終わりそうな予感がして来た。 そうだ寄席に行こう!と思い立って、我が家から一番安直に行ける上野に向かった。

久々に上野広小路亭に入ったのだけれど、ここで大間違いを仕出かしてしまった。 この日、ここで催されていたのは落語ではなくて講談の会なのである。 桃川鶴女の会なのである。 ウッカリしていたどころではない。 我ながら、一体どうしたらこんな間違いが出来るんだか・・・・ それも、開演してしばらく経ってから漸く、その事実に気が付くと言うていたらく。 落語を聴く積もりで上野まで出て来たのにね。 やれやれ。
やっぱり今日はどうかしているよ。 ま、いっか と思い直して講談に聴き入るのである。 もともと、講談も好きなのだし。

一龍斎貞寿
さて、この会の一番手は一龍斎貞寿。 キビキビと活きが良くて爽やかな若手女流講談師である。
これは全く、素人の個人的な見解だけれど、女流の落語に比べて、女流の講談の方が、ずっとのびのびと演じているように想える。 落語に比べて、女性として無理を強いられる部分が少ないのかな。 ともあれ女流に関しては、講談の方が聴いていてずっと楽しい。 そんな印象を持っているのだ。 ここでも貞寿さんの楽しげで、時に一途な語り口が聴き手を惹き込んでゆく。 今日の3演目の中では、これ一番好かった。

一龍斎貞秀
二番手は男性。 ひょうひょうとした語り口で綴る、コミカルな描写が楽しい。 あまり劇的な描写は、得意ではないんだろうか。 根多は、貧乏な武家が金を借りに歩く。 さらに、長年仕えてくれた老臣から、五家宝と安部川餅のお土産を所望されると言う、なんだかノホホンとしたお話し。 語りが、少うしぎこちない気がした。

桃川鶴女
さてトリである。 マクラ長すぎ! その内容も、自分の近況報告やらこれからの活動のPRばかりで、この会の常連さんならばともかく、一見さんのこちとらには、あんまり面白くもない内容である。
根多の方は、不器用な職人の息子と、その息子を気遣う母の話し。 貞寿さんのところで女流講談は女流落語よりも好い、みたいなコトを書いたけれど。 ここで前言撤回しなければならない。 自分は女流講談でも、母ものはニガ手だと知ったのである。 しかも、鶴女さんの場合、テクよりもパワーで乗り切るタイプのようで。 なかなか話しに共感する事が出来ない。 淡々と語り進める母ものならば、こちらも泣くのかもしれないけれどねえ。

この講談の会、なかなか好かったけれど。 意外に早く終わってしまって、ちょっと物足りない、喰い足りないと言う気分が残ったのも確かである。 これからも、機会があれば講談を聴いてみたいと思っている。

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February 12, 2006

モーガン警部と謎の男

映画「モーガン警部と謎の男」 (1961年、日)
監督 : 関川秀雄
出演 : ジョン・ブロンフィールド、鶴田浩二、久保菜穂子、中山昭二

久々に時間が取れたので、川崎市市民ミュージアムで標題の映画を観た。 現在、同館では関川秀雄監督作品特集をやっていて、この映画もその一本なのである。

かつてアメリカに「モーガン警部」と言うテレビドラマがあって、我が国でも1958年から1960年にかけて放映されて人気を博していた。(再放送とかあったのかな? 私自身は観た記憶がないけれど)
これはその「モーガン警部」を日本に招いて撮った純然たる日本映画である。 ジョン・ブロンフィールド扮するモーガン警部の吹き替えは、低声の魅力で聴かす若山弦蔵。 この当時、お歳は幾つくらいだったのだろう。 それにしても渋い声音。

テレビドラマから発展した映画と言うのは今でもよくありますね。 「鬼平犯科帳」とか、「必殺!」とか、テレビドラマの設定はそのままに、スペシャル版と言う位置付けで。 でも、この「モーガン警部~」はもっと凄いと思う。 この時代、向こうのスターを役柄込みで連れて来て、オリジナルストーリーを造っちゃったんだから。

それにしてもこの映画、冒頭のアリゾナの荒野でのシーンはどうみても日本でのロケだったりして、今観るとアヤシイところだらけでタノシイのである!
鶴田浩二(若い!)扮する特攻隊上がりの流れ者風早が、中山昭二扮するかつての戦友中川刑事と再会するシーンの背景は、これはどう見ても皇居のお壕・・・・なんだけれどあの辺りって、この当時はおっそろしく閑静だったんだねえ! 東京タワーなんて、ものすごく高く感じるよ。 (都内に高層ビルがひとつもないのだ)
その風早が中川刑事の家に招かれて、お膳を挟んで中川夫妻と旧交を温め合うシーンも好かった。 60年当時の食卓風景だ。 え? もっとマジメに観ろって? ま、こういう発見のあるのも古い邦画の楽しみ方の一つだってコトで何卒ご海容願いまっす。

さて、ジョン・ブロンフィールド。 米国のスターとして、日本の役者陣の中でぽっかり浮いちゃうんじゃないかと懸念されたけれど、いやいや、そんなことは全然なかった。 そこは流石にプロの役者なのである。
鶴田浩二や久保菜穂子との共演もごく自然にこなし、中山昭二をはじめとする警視庁の捜査メンバーとの呼吸もバッチリだ。 風早との殴り合いシーンはボロボロになるまでやるし、ラストの犯人との銃撃戦では敵弾を避けるのに地面に這いつくばって進む。 その真摯な演技に、ストーリーの持つユルさが相まって、ホントに好い人なんだなあ、って感想を抱きましたです。 ハイ。
1950年代後半から1960年頃に掛けて、こういう人がスターだった時代があるんだね。
堂々たるB級作品でした。

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February 10, 2006

伊福部昭さんご逝去

作曲家の伊福部昭さんが、この8日に亡くなられたとのことです。 享年91歳。 押しも押されもしない、我が国クラシック音楽界の重鎮でした。
私は昨年秋に、ナクソスから出ている伊福部昭作品集のCDを買い求めて、愛聴していたところです。 時代の趨勢などに右顧左眄しない真にオリジナリティ溢れる作品の数々は、二十世紀の文化遺産として間違いなく後世に残る事でしょう。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

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February 05, 2006

大(Oh!)水木しげる展

 「大(Oh!)水木しげる展」
     -なまけものになりなさい-

           川崎市市民ミュージアム

ここのところずっと休日出勤が続いて、だから週末もなかなか出掛ける事が出来なかった。
そこで今回は、もう昨年の話しになるけれど、近所の川崎市市民ミュージアムで催していた「大(Oh!)水木しげる展」のことなど書いてみようと思う。

題名に「大!」の字が付くに相応しく、これは、漫画家水木しげるの大回顧展である。 神童と呼ぶしなかい少年時代の早熟な作品から、戦地でのスケッチ。 さらには妖怪マンガの大家となり世界の妖怪を探訪し、故郷に「水木しげるロード」が造られるまでになった今日までの作品が年代順に展示される。

鬼太郎、目玉親父、ねずみ男など水木しげる世界の住人達の活躍する漫画作品の展示もさることながら、マンガを通して描く、水木しげるの自分史が展覧会の中心となっている。 その水木しげるの半生は、流石漫画家らしくと言うべきか、時代毎にクッキリと「色分け」をする事が出来るように思う。
ガキ大将として自由奔放に暮らす中で、妖怪たちと親しんでいった少年時代を懐かしいセピア色とすれば、第二次世界大戦で目にした、南方の世界は極彩色である。 ここで負傷して左腕を切断。 ジャングル、現地の人々との交流、そしてやはり現地の妖怪たちに感応する。 そして、戦後の日本で漫画家としてデビューするも、長く苦しいジリ貧時代を過ごす。 この時期は重苦しい鈍色であり、世間とかお金と言う、現代の妖怪たちと相対することになるのである。
水木しげるワールドの代表的キャラクター達が、作品の中に姿を現すのはこの時期のことである。 私が漫画家水木しげるを知るのは、これからずっと後の事。 既に大ヒット作「ゲゲゲの鬼太郎」をものしていた。
この人の漫画のさらりと乾いた語り口と、そこはかと哀愁漂うウェットな画風には、少年時代や、戦時中の南方での暮らし、そして戦後の混乱を生き抜いて来た体験の各々が生きているのだと想う。

展示会場の出口付近にはあの鬼太郎ハウスが実物大で再現されていて、その手垢のついた素晴らしいリアルさにはまったく感激してしまった。

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