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October 08, 2005

徳川家康」第8巻 心火の巻

「徳川家康」 第8巻 心火の巻
         (山岡荘八著 講談社文庫)
 
 
 
     ときは今天が下しる五月かな    惟任日向守
 
 
 
武田家を倒した織田信長が安土に向けて堂々の凱旋を果たす。
その道中、駿河、遠江、三河を通過する信長一行を、常日頃は質素倹約をトレードマークにする家康が、至れり尽せりの大盤振る舞いで持てなすのである。 これは、信長に対する感謝と友好の現れなどではなく、また一歩、天下人に近付いた信長のことを、家康がどれだけ恐れていたか、慎重な態度を取らざるを得なかったかの証しであろう。
傍目には極めて良好に見える徳川と織田の関係だが、実際は徳川方に取って大変にリスクの大きものであったと知れる。 とにかく、こと信長との付き合いに関しては、万事に遺漏があってはならなかった。

信長はその返礼として、家康を安土城に招待する。 だがこれには、それまで同盟関係を保ってきた家康を臣従させると言う、その確認の儀式としての意味合いもあった。 前巻では信長の一存で妻子の命を奪われたり、共に仇敵武田家と戦ったりして、それが今回は安土への招待である。 これほどまでに信長に振り回されても、一向に弱る風でもない家康。 何ごとも平然と受け止める、おそろしい程の懐の深さは余人に真似の出来ないところであろう。

家康は岡崎城で、久しく逢うことのなかった於大の方との対面を果たした。 かつて、松平家のもっとも苦しかった時代を知っている於大の方にとって、今や駿河、遠江、三河三国の主となった家康を迎える、その感慨はいかばかりだったろう。 他の者から見れば上げ潮に乗ったかのような家康であったが、聡明な於大の方だけは、信長との関係に苦悩している家康の立場に気付いていたのである。 母の前でしばしの間、竹千代の昔に帰る家康。

家康は重臣たちと共に安土へ旅立った。 家康が信長へと持参した進物は、徳川家の一体どこに、これほどの財力があったかと思わせる豪華さであった。 常日頃から家中に徹底させてきた倹約分を、ここぞとばかりに、進物に注ぎ込んだのである。 ここからも家康の、信長に対する畏れを窺い知ることが出来る。

   △▼△▼△▼

信長は、家康の接待役として重臣たちの中から明智光秀を指名する。 万事に卒の無い光秀が考え抜き、贅を尽くした接待振りはしかし、信長の不興を買い、光秀は満座の中で打擲を受ける。
この、性格の激しく異なる主従の意見が対立するのは、珍しいことでもなかったのだが、折悪しく、徳川信康、佐久間信盛、荒木村重、林佐渡ら、大名、重臣らへの粛清が相次いだ時期である。 こうなると光秀としては、信長との間に起こる出来事を、なにもかも悪い方向へと考えざるを得ない。
「このままでは、次に滅ぼされるのは自分に違いない・・・・・」、こう考えるのは自然な帰結であり、その先には謀反と言う選択肢以外あり得なかった。

この当時の信長は、その臣下たちにとって、あまりにもリスクの大きな主君になっていた訳である。 でも、そんな信長を本気で心配していたのは、光秀だけだったのかもしれない。 常に信長から怒りを買いやすいポジションに居ただけに、そこのところを切実に感じたのではないか。
本書の執筆当時の一派的な光秀感としては、光秀は主君の真意と時勢を読み違えて謀反に走った愚かな家臣と言うことになるのだろうか。 でも、信長が光秀の被害妄想を煽ってしまい、更には明智家中をまとめてキレさせてしまったのだとしたら、謀反の原因は光秀ばかりにあると言う訳にもゆかぬのではないか。

   △▼△▼△▼

こうして謀反は決定したのだが、光秀はその決行直前に連歌興行を催す。 その発句として、このような句を詠んでいる。
 
 
     ときは今天が下しる五月かな
 
 
「とき」は土岐氏=明智氏に掛かると言う。
光秀は何を言いたかったのだろう。 この発句を廻っては、いろいろな解釈があるようだけれど、光秀は、本当はその謀反を誰かに諌めて欲しかったのじゃないか・・・・・ 自分としては、そのように想っている。
この後、光秀の率いる明智勢一万一千余りは本能寺を目指すのである。

   △▼△▼△▼

本能寺の変である。
もしも信長が、この時生き延びていたら・・・・・ いわゆる歴史上の if の中でも、これは、もっとも魅力の尽きない if かと思う。 だが、作者の山岡荘八は、信長は既に戦国の世の破壊者としての役割を終えており、もはや時代の子ではなくなった彼の、その滅亡は必然と言う見方をしている。

明智軍に完全に包囲された絶望的な状況の中、自ら弓を取って反撃する信長。
この日、信長の警護にあたっていた家臣は少数ながら、その何れもが一騎当千の者供であった。 小姓の森蘭丸はもとより、その弟の坊丸、幼い力丸までもが死力を尽くして戦う中、濃御前もまた薙刀を取って、明智の軍勢の前に立ち塞がる。
信長が、その覇業を進めるなかで、次第に自分との距離を感じ始めていた濃御前である。 当代きっての英雄の妻が心に秘めた悩み。 それが、この最期の場に至って、若い日のように、吉法師と濃姫の二人に帰って共に戦っていた。 不思議な満足感の中で、敵の刃に倒れる濃御前。 そして、夜の明け初める頃、本能寺は灰燼に帰したのである。

   △▼△▼△▼

本能寺の変の少し前、安土城を後にした家康一向は故国へ帰る途中、堺に降り立っていた。 家康の堺デビューである。
家康ら戦国大名が互いにしのぎを削る世とは別に、堺を中心に大商人たちの世が出来上がっていた。 諸外国との貿易を通じて、その視野は大名たちなどよりも、余程広かったと言える。

ここに、あの竹之内波太郎が久々に登場する。 一体何巻ぶりのお目見えであろうか。 三河にあっては神職であった波太郎だが、ここでは何故か堺の商人となっており、納屋蕉庵と名乗る。 年齢を感じさせない美貌と思わせぶりな態度は以前と同様。 相変わらずよく判らない男なのである。
その納屋蕉庵をはじめとする堺の商人たちに言わせれば、戦国武将の戦いなど馬鹿馬鹿しい限りである。 天下国家を論じる大商人たちのビジョンは、なまじい戦国武将の遥かに先を行っている。

本能寺の変の知らせを聞いた家康主従は、急遽堺から三河へと向かう。 とにかく、大急ぎで帰還し、信長なき後の天下の情勢に対応しなければならなかった。
家康は、この逃避行の途中、図らずも市井に暮らす農民、漁師、更には一揆の首謀者と言葉を交わした。 家康は、こうした中から時勢を読み取り、ここ当分は天下取りに乗り出さないことにする。

家康の懐刀、京の商人茶屋四郎次郎は、大阪に下る三十石舟の中で旅姿の女と出会う。 茶屋は、身分を明かさないその女と会話するうちに、その正体は明智光秀の娘にして細川忠興の妻、細川ガラシア夫人なのだと見抜いていた。
彼女はこれから夫と、出来れば父に逢いに行くと言う、この女性もまた、本能寺の変によって運命が一転した一人である。 茶屋と話す中で、父、光秀の戦略眼の無さを容赦なく批判し、夫の優柔不断をなじるガラシア夫人。 娘による父親評は極めて辛らつなものであり、また、夫に対する評価もクールである。 運命を父、嫁しては夫に手に委ねるしかなかった、当時の女性の無念さ。

さて、私には、ここへ来て作者山岡荘八の光秀感が今ひとつ良く判らないでいる。 時勢を読み違え、独り先走って信長を討った。 誰よりも思慮深い光秀が、気が付けば、もっとも自分らしくない道を選んでいた。 と言うのが、どうにも説得力に欠ける気がして、今ひとつ納得がいかないのである。
何より、謀反と言う後戻りの出来ない選択に、ここでの光秀は、あまりにもあっさりと行き着いてしまった。 これが不自然。 「そうだ! この日、本能寺の信長はノーガードなのだ!」と気が付く瞬間や、謀反を決行することへの逡巡の場面などを読んでみたかった気がする。

   △▼△▼△▼

さて、羽柴秀吉である。
信長の訃報を聴いて子供のように泣きじゃくる一方で、同時に天下取りへの布石を打ち始める。 これが秀吉である。 対陣中の毛利軍を寝技で押さえ込み、中国大返しを成功させたあとは、山崎の合戦に、文字通り全身全霊を注ぎ込む。
一体、秀吉のする戦とは、それ以前に充分な準備、根回しをし尽くし、敵方の有力武将も味方に引っ張り込む。 そうして、自軍の勝利する以外ありえないところまでやり遂げてから、ようやく合戦を始めると言うものである。
山崎の合戦は、いざ始まって見ると数時間で勝負がついた。 光秀の旧態依然とした合戦のスタイルが、秀吉の合理的な戦略に追いつかなかったのである。
光秀、50余年の経歴のあっけない幕切れである。 思えば、信長に仕えていた頃から最期の瞬間まで寸刻も、心身ともに休まる暇のない人生であった。 そこには、真面目一方で遊び下手、働くばかりのお父さんと言うイメージがあって、その哀れな末路には共感してしまうのである。
 
 
 
 
細川ガラシヤ夫人 「それはのう、二つのことが確かめて
             みたいばかりであった」
茶屋四郎次郎   「二つのこと・・・・・・と、いわっしゃる
             と?」
細川ガラシヤ夫人 「かりに明智どのをわが父として・・・・・・
             父が何を考えて、右府さまを討った
             のか?
             右府さまのようなお方一人を斬りさえ
             すれば、この世が正されるものと
             思ったのかどうか?」
茶屋四郎次郎   「そう思うて斬ったといわっしゃったら?」
細川ガラシヤ夫人 「笑うてやります。 そのような浅はかさ
             では、斬って斬られて
             乱世は永劫につづきますると、笑うて
             やります。
茶屋四郎次郎   「ウーム。 それが一つで、もう一つ
             確かめたいといわっしゃるは?」
細川ガラシヤ夫人 「父のもとから丹後へ赴き、
             良人に一言訊いてみたい・・・・・・」
茶屋四郎次郎   「何とお訊ねなさりまする?」
細川ガラシヤ夫人 「父へ味方するは無駄なこととすすめた
             上で、良人にわらわを何とするかと。
             逆臣の娘ゆえ、首を討って差出すと
             言われるか、それともわが身の命
             乞いをしてくれるか?」
茶屋四郎次郎   「首討って差出すといったら」
細川ガラシヤ夫人 「笑うてやります。 それは意思でも
             義理でもない。
             弱い負け犬の、保身のための追従と
             笑うて首を討たれてやります」
 
 
 
 
<<登場人部>>

<徳川家>
徳川家康:徳川家当主
お愛の方:西郷の局
於大の方:家康の生母
於義丸:家康の次男
長松丸:家康の三男
福松丸:家康の四男
<徳川家家臣>
阿部善九郎
伊井万千代直政:小姓
穴山梅雪:元武田の重臣
高力清長
榊原小平太康政
酒井左衛門尉忠次:宴会芸は蝦すくい
菅沼定蔵
石川康通
石川伯耆守数正
大久保治右衛門忠佐
大久保忠隣
茶屋四郎次郎:京の商人
長坂九郎:血槍九郎
鳥居松丸:小姓
鳥居彦右衛門元忠
天野康景
渡辺半蔵
服部半蔵正成
牧野康成
本多作左衛門:一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ
本多百助
本多平八郎忠勝:家康に過ぎたるものが二つあり唐の頭に本多平八

<織田家>
織田信長:織田家当主
織田信忠:織田家嫡子
神戸信孝:信長の三男
織田源三郎勝長:信長の末子
濃御前:信長の正室
<織田家家臣>
加藤光泰
高橋虎松:信長の小姓
高山右近
山田弥太郎:信長の小姓
柴田修理亮勝家
小川愛平:信長の小姓
織田九郎次郎
森坊丸:信長の小姓
森蘭丸:信長の小姓
森力丸:信長の小姓
神子田正治
杉原七郎左衛門家次
青山与総
大塚弥三郎:信長の小姓
丹羽長秀:惟住五郎左衛門
池田信輝
中川清秀
中村一氏
長谷川宗仁
長谷川秀一
長谷川竹丸
津田勘七
津田又十郎
筒井順慶
薄田与五郎:信長の小姓
飯川宮松:信長の小姓
堀久太郎秀政
又一郎:信長の小姓
木村隼人
弥助:宣教師ワリヤーニが信長に献じた黒坊主
夕菴:右筆
落合小八郎:信長の小姓

<羽柴家>
羽柴秀吉
羽柴秀勝:秀吉の養子 信長の四男
<羽柴家家臣>
黒田勘兵衛:軍師
蜂須賀彦右衛門:小六
蜂須賀家政:彦右衛門の長男
山内伊右衛門一豊:「山内一豊の妻」の夫
藤堂与右衛門高虎
浅野弥兵衛
石田佐吉
大村幽古:お伽衆
大谷平馬
福島市松
三好一路
小西弥九郎行長

<毛利家>
<毛利家家臣>
清水宗治:高松城城主
安国寺恵瓊:毛利の交渉人

<明智家>
明智光秀:惟任日向守
明智十兵衛光慶:光秀の長男
明智十次郎:光秀の次男
明智十三郎:光秀の三男
明智乙寿丸:光秀の末子
明智左馬助光春:本能寺攻めを指揮する
明智治左衛門
明智左衛門
明智十郎左衛門
明智光廉入道長閑斎
<明智家家臣>
阿部貞征
安田作兵衛:本能寺攻めに加わる
伊勢与三郎貞中
隠岐五郎兵衛
奥田宮内一氏
御牧三左衛門
溝尾勝兵衛
荒木山城守
荒木友之丞
妻木主計頭
斎藤内臓助
斎藤利三
三宅式部秀朝
三宅孫十郎
三宅孫十郎:本能寺攻めに加わる
山岡対馬守和久
山本三右衛門:本能寺攻めに加わる
四王天但馬守:本能寺攻めに加わる
四王天又兵衛:但馬守の嫡男 本能寺攻めに加わる
柴田源左衛門
松田太郎左衛門
進士作左衛門
諏訪内藤介利三
諏訪飛騨守
村越三十郎
村越三十郎景則
村上和泉
津田与三郎
東六郎兵衛
藤田伝五郎
比田帯刀
並河掃部介
堀尾与次郎

<堺衆>
おぎん:千ノ宗易の娘
今井宗久
松井友閑:宮内卿法印 堺奉行
杉本新左衛門:曾呂利新左衛門
納屋蕉庵:竹之内波太郎
木の実:納屋蕉庵の養女 水野信元の娘

<細川家>
細川藤孝
細川与一郎忠興:藤孝の子
桔梗:忠興の妻 明智光秀の次女 細川ガラシヤ夫人
<細川家家臣>
松井康之

<その他>
角屋七郎兵衛:松阪の商人
亀屋栄任:商人 家康の道案内を務める
吉永小平太:上京する明智軍を目撃する
近衛前久
兼如法師:光秀の連歌興行に加わる
顕空:当正住院住職 家康を助ける
幸若八郎九郎太夫
行祐房:西の房威徳院 光秀の連歌興行に加わる
桜谷の関兵衛:一揆の首謀者
山口藤左衛門光広:宇治田原の長者 家康を助ける
鹿飛村の弥六:一揆の首謀者
小川孫三:家康一行を海路案内する
昌叱法橋:光秀の連歌興行に加わる
紹巴法橋:里村紹巴? 光秀の連歌興行に加わる
心前法橋:光秀の連歌興行に加わる
村井長門守:所司代 吉永小平太の主人
大石村の孫四郎:一揆の首謀者
大善院宥源:光秀の連歌興行に加わる
丹波猿楽梅若太夫
柘植三之丞:伊賀者 家康一行の道案内を務める
田上の六左衛門:一揆の首謀者
八兵衛:庄屋 家康一行の道案内を務める
淀屋常安:大阪の商人
 
  
 
光秀の最期は、己の野望の果てと言うよりも、生き延びるために止む無く選んだ路が、謀反と言う、もっとも彼らしくない手段であったところがあまりにも痛烈な皮肉と感じられる。 作者、山岡荘八が、この、稀代の叛臣を単純な悪役として据えなかったことで、これは、自分にとって忘れられない一巻となった。
それにしても今や、山岡荘八がこの作品を執筆した当時よりはずっと、明智光秀と言う人物に対して共感しやすい時代となっているのではないだろうか。
 
 
 
天下泰平まであと18巻。

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Comments

徳川家康、昔、就職が決まった男連中が「会社で上手くやって行くには徳川家康を読まないと」と言って、読む人が多かった本です。
私は読んだ事がないので、もとよしさんの掲載を楽しみにしています。
「織田信長」は、テレビ放映で見ました。かなりの美男子、美女の家系だったそうですが、詩歌を愛するタイプでは無かったとか?
明智光秀は武将というよりも詩歌を愛するタイプだったって本当ですか? それに織田信長は「鳴かぬなら 殺してしまえ 不如帰」と歌ったとか?
「鳴かぬなら 鳴くまで待とう」も気が長い話しで、「鳴かせてみしょう」も、もし全然努力のかいが無かったら放り出すしか無いですよね。「鳴かぬなら 他にも居るよ 不如帰」はダメですか。やはり鳴かない不如帰は殺さないと後々が厄介か。

Posted by: でんでん虫 | October 10, 2005 at 12:54 AM

>でんでん虫さん
長文にお付き合い頂いて恐縮です。
かつて、「徳川家康」が経営のバイブル視された時代があったそうですね。 現在は、そういった目的で読む人は少ないのではないかと思いますけれど。 何しろ、ここで描かれる家康は、現在の感覚からすると、ちょっと不自然なくらい「好い人」に過ぎるところがありますから。
信長と光秀。 二人の性格を際立たせる為に、容姿や文武に付いて対照的に描かれることが多いですよね。 実際のところは、私も好くは知らないのですけれど。(^^ゞ
信長が足利幕府や宗教勢力を一掃した時点で、「殺してしまえ」の時代は終わったようです。 その信長も没して、次巻以降、暫くは「鳴かせてみしょう」の時代が続くのですね。 勿論、家康はその間ず~っと「鳴くまで待とう」な訳で、これは途方も無い、余人に真似の出来ない忍耐力と想います。
「殺してしまえ」や「鳴かせてみしょう」は、やっぱりドラマチックですね。 「鳴くまで待とう」の方は、読者にも忍耐を要求します。(笑) 現実的な落としどころとしては、やはり「他にも居るよ」ってコトになるのかもしれませんね。

Posted by: もとよし | October 10, 2005 at 06:26 AM

もとよしさん こんにちは!
いつもながらの丁寧な解説^^よく解ります。
光秀という人は、その思慮深さ故に、暴走してしまったのかも、人間て相反する行動とることがありますよね。現代人にもこんな人多くなっている・・・そういうところが恐い!

戦国乱世を生きた(たったの38年だけれど)細川ガラシャの心意気が伝わってきました。美しい人だったようですね。
夫人が夫に残した辞世「ちりぬべき時しりてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ」散り際を間違わぬことの大切さ、考えさせられますね。

Posted by: みい | October 10, 2005 at 02:48 PM

>みいさん
光秀のような悲劇、確かに現代にこそ多そうですね。 正に暴走、逆噴射で、その短慮は、一旦は安定しかけた天下の情勢を一夜で引っくり返してしまいました。

ガラシャ夫人の辞世の歌は初めて知りました。 美しくも激しいこの人にして、さもありなんって感じの歌ですね。

Posted by: もとよし | October 10, 2005 at 05:59 PM

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