« 縄文VS弥生 ガチンコ対決!! | Main | 杉浦日向子さん »

July 25, 2005

「徳川家康」第7巻 颱風の巻

「徳川家康」 第7巻 颱風の巻 (山岡荘八著 講談社文庫)

覇業の完成を目前にして、今や輝きの絶頂にある信長。 幼少の頃より続く家康と信長との関係も、新たな局面を迎えようとしていた。 家康堪忍の一巻。
 
 
武田勝頼は家臣団の反対を押し切り、徳川家の勢力下にある岡崎、長篠方面に向けて進軍を開始した。 無謀な侵攻に、重臣達の中には武田家の前途を悲観するものが少なくなかった。 勝頼が密かに期待していた岡崎城の大賀弥四郎は、既に謀反が発覚して捕らえられていたため、岡崎城の乗っ取りは諦め、全軍を以って長篠城を攻めに掛かる。

長篠は家康にとって、対武田作戦の要とも言える場所であった。 長篠城の落ちる時は徳川家の滅びる時・・・とさえ考える家康は、城主として女婿の奥平貞昌を送り込んであった。
家康の長女亀姫は築山殿との暮らしで我が侭一杯に育てられ、貞昌の奥平家へは嫌々嫁がされたのである。 最初は夫に激しく反発した亀姫だったが、やがて貞昌の豪放磊落な性格に惹かれはじめる。
若い夫婦して力を合わせ、過酷な状況の中で城を守ることに夢中になって、篭城の苦労さえも楽しんでしまう辺りは若さの持つ特権であろう。 貞昌の、父家康とは正反対の開けっぴろげな性格とも相性が良かったのかもしれない。
その長篠城主奥平貞昌は、とにかく何があろうとメゲナイ男である。 武田の軍勢15,000人に対して長篠城の兵力は僅か500人であったにも関わらず、常にポジティブ・シンキン! 何処までも陽気で、悲観的になると言うことを知らなかった。 僅かな人数で一丸となって城を守る内、長篠城の守備軍全体がそんな貞昌カラーに染まってゆく。
天然の要害に守られ、更に貞昌の機略を駆使して武田軍を容易に寄せ付けない長篠城だが、しかし、兵力の圧倒的な差は如何ともし難く、次第に追い詰められていった。 貞昌は家康に救援を請うため、伝令として鳥居強右衛門を派遣した。 捨て身で敵中を突破して来た強右衛門の剛毅さに打たれた家康と信長は援軍の出発を告げる。
その強右衛門は長篠城への帰路、武田方に捕らえられてしまう。 武田の家臣からは、長篠城内に向けて、援軍はやって来ないと叫べば命を助けてやろうと持ちかけられるが、しかし、強右衛門は気骨の人である。 間もなく援軍が来る故、それまで頑張るよう城内へ叫んだため、敢え無く磔刑に処せられてしまう。
やがて、強右衛門の言葉通りに援軍が到着。 これにより彼我の戦力比は逆転した。 武田軍としては、徳川、織田の連合軍を前にして、もはや長篠城攻略どころではくなったのである。 ここで一気に決着を付けるべしと奮い立つ勝頼は、家中の反対を振り切って合戦を決意する。 信玄以来の重臣達の多くが、武田家の命運ももはやこれまでと覚悟を決めた。

かくして、長篠の戦いが始まった。 戦国最強を謳われた武田騎馬軍団と織田鉄砲隊との戦史上画期的な戦いは、旧弊な合戦の概念から脱却出来ない武田方にとって、あまりにも惨い内容であった。 名立たる歴戦の騎馬武者達が、無名の雑兵らの撃つ鉄砲によって次々に倒されてゆく様は、只々憐れを誘うのみである。

戦は織田、徳川軍の圧勝に終わり、長篠城の守備軍も救われたのである。 援軍の持参した食料が運び込まれて安堵する城内。 蓄えの兵糧など、とうに食べ尽くしていたのだ。 遂に自分達は城を守り抜いた!・・・ 炊き出しの握り飯を頬張りながら、顔を見合す度ににっこりと笑いあう、若い貞昌と亀姫。

長篠の戦いは元々、徳川家の存亡を賭けた戦いであったのが、終わってみれば、信長のステータスを一気に押し上げる結果となっていた。 織田軍、最早向かうところ敵無しである。 上潮に乗って覇業を進める信長は、その拠点とするべく安土城の建設に取り掛かる。
一方家康は、長篠の戦勝を冷静に分析して、織田軍の加勢無しでは到底勝てる戦ではなかったこと、徳川家はまだまだ実力が足らぬことを悟る。
これまでは、信長は西へ、家康は東へ伸びていたから良かった。 互いに背後を守りあう関係にあったからである。 しかし、織田家の全国制覇が完成に近付けば、信長の、徳川家に対する扱いも変わって来ると考えなければならなかった。 家康は、いつか来るその時に備えねばならない。 長篠の戦い。 勝つには勝ったが、これで信長に大きな借りが出来てしまったことを強く自覚する家康であった。

一国の領主から天下人へ。 天下を狙う者から、天下を治める者へ。 この信長の意識改革を、家康はいち早く察知していた。 (後の明智光秀などは、そこに付いて行けなかったのであろう)
今や一織田家の当主としてではなく、天下人としての視点を持ちはじめた信長にとって、織田家を悪し様に言い触らす築山殿と、日頃から乱行の絶えない信康は、同盟国の正室、嫡子として「好ましからざるもの」であった。 信長は、築山殿と信康に切腹を命じる。

妻子の命を差し出せと言う、とてつもない暴挙に対して、家康はあくまでも徳川家の当主としての立場を忘れる訳にはいかなかった。

 信長 「悪いけど、あの奥さんと長男、キミん家の
      ためにならないからね。」
 家康 「え?・・・」
 信長 「って言うか、このまま行って、オタクが傾きでも
      したら、東日本のパワー・バランスは一体どう
      なるのよう!」

二人の間で、こんな会話が交わされた訳では勿論無いけれど、信長の全国制覇構想に組み入れられている自分と、それを遂行するためならばどんな犠牲(信康は、信長から見ても長女の婿なのだ)をも厭わない信長の心中は
充分に推し量ることが出来るのである。

天下人たらんとする今の信長から徳川家を守るためには、信長に付け入られるような、一点の落ち度もあってはならなかった。 その辺りの感覚は、非情なまでに研ぎ澄まされている家康である。 が、その家康にして、前もって築山殿と信康の切腹に至るまでの展開を読み、有効な手を打っておくことが出来なかったのは一大痛恨事であった。
幼い頃、兄弟のように付き合った信長と家康であったが、今や天下の覇者の座に付こうと言う信長に対して、家康は臣下として服属せねばならない関係となっていたのである。 安土に赴いて信長と交渉事の出来得る人材も居なかった。 武芸名誉の者ならば、家中に幾らも居るのに。 何より、一旦言い出したことを引っ込める信長ではない。
本当は家康は、謹慎中の信康が脱走してはくれまいか、あるいは、家中の誰かが手引きして逃がしてはくれまいかと、心密かに期待したのである。 同時に、そんなことを考える自分の甘さを恥じもした。
しかし、信康は頑なであったし、徳川家の家臣達も、ある意味真面目に過ぎた。
家康の苦渋の決断に、信康は武人らしく従容として従った。 一方の築山殿は、当然ながらこの措置に納得する筈もなく、せめて見苦しくない最期をと案じる家臣たちによって、隠密裏に生害させられてしまうのである。

家康は北条家と手を結び、武田方の遠江の拠点である高天神城攻めを敢行。 猛攻の末に、遂にこれを陥落させた。 高天神城の牢からは徳川の家臣、大河内源三郎が救い出された。 源三郎は、かつて高天神城が武田方の手に落ちた時からの虜囚であり、以来、牢内に、九年間に渡り閉じ込められながら、遂に弱音を吐かなかった男である。 この大河内源三郎と言い、長篠城の鳥居強右衛門と言い、底知れぬ粘り強さが三河武士の真骨頂なのであろう。

こうして織田、徳川、北条の三氏を敵に廻した武田家は、これ以降、急速な衰えを見せていった。 勝頼は個々の戦の勝ち負けにのみ拘って、家臣、領民の負担を顧みることをしなかったため、離反する者が後を絶たなかった。 木曾義昌に謀反の疑いありと知った勝頼は、早速に軍勢を率いて木曾に向かう。 信長は好機到来とばかり、家康、金森長近らを伴ってこれに対抗した。 勝頼はこれを迎え撃つも、重臣らの裏切りに合って敢え無く敗退。 急ぎ躑躅が岬に戻った勝頼は、そのまま一族を引き連れて館から落ち延びる。

躑躅が岬館から新府の城、岩殿城へと廻り歩いた頃には、大勢引き連れていた家臣達も何時しか散り散りとなり、最早流浪の衆となり果てていた勝頼一行である。 重臣の小山田信茂に裏切られて、滝川一益の軍勢に追われた勝頼らは、遂に山中で全員が自害して果てる。 かくして武田家は滅亡したのである。
 
 
 
 
徳川家康 「これからはの、暫くは誰も彼もが堪忍の
        しくらべじゃ。
        堪忍ほどわが身をまもってくれるよい楯は
        ない。
        わかるかの、誰にも出来る堪忍のことでは
        ないぞ。
        誰にも出来ないほどの堪忍を、じっと育てて
        ゆかねばならぬぞ」
 
 
 
 
<<登場人部>>

<徳川家>
徳川家康:徳川家当主
徳川信康:徳川家嫡子
瀬名:築山殿 家康の正室 今川義元の姪
徳姫:信康の妻 信長の長女
お愛:西郷の局
あやめ:信康の側室
菊乃:信康の側室
<徳川家家臣>
伊井万千代直政
鵜殿八郎康定
岡三郎佐衛門:馬場信房を討ち取る
岡本平左衛門時仲
梶金平
吉良於初:信康の小姓
原田弥之助:本多忠勝の家臣
幸若三太夫:高天神城攻めに加わる
榊原小平太康政
酒井左衛門尉忠次:宴会芸は蝦すくい
小栗大六重常
松平家清
松平家忠
松平三郎次郎親俊:長篠城を守る
松平弥九郎景忠:長篠城を守る
松平弥三郎伊昌:長篠城を守る
石川太郎左衛門義房
石川伯耆守数正
大河内源三郎政局:高天神城に九年間幽閉される
大久保治右衛門忠佐
大久保七郎右衛門忠世:忠俊の孫
大久保忠隣:忠世の嫡子
大久保平助忠教:忠世の末弟 彦左衛門
大須賀五郎佐衛門康高
鳥居彦右衛門元忠
天方山城守道綱
服部半蔵正成
平岩七之助親吉:信康の守役
本多作左衛門:重臣
本多平八郎忠勝:家康に過ぎたるものが二つあり唐の頭に本多平八
野中五郎重政:信康付きの家来
お琴:侍女
喜乃:侍女 お琴の妹

<奥平家>
奥平美作守貞能:奥平家当主 山家三方衆の一人 作手城主
奥平九八郎貞昌:奥平家嫡子 長篠の戦いでの戦功で信昌に改名
亀姫:貞昌の妻 家康の長女
<奥平家家臣>
奥平次佐衛門勝吉
鳥居強右衛門:徳川軍へ決死の伝令を勤める

<織田家>
織田信長:織田家当主
織田信忠:織田家嫡子
濃御前:信長の正室
<織田家家臣>
羽柴秀吉
佐久間信盛
柴田勝家
森蘭丸:信長の小姓
前田又左衛門利家
滝川一益
丹羽長秀
明智光秀:惟任日向守

<武田家>
武田勝頼:武田家当主
武田信勝:武田家嫡子
武田信康入道逍遥軒:信玄の弟
武田左馬之助信豊
武田兵庫助信実
小田原御前:勝頼の妻
<武田家家臣>
粟田刑部:高天神城を守る
一条右衛門太夫信龍
奥平次左衛門勝吉
岡部帯刀:高天神城を守る
河原弥六郎:鳥居強右衛門を捕らえる
甘利三郎四郎
甘利新五郎:間者として織田方へ潜入
木曾義昌
穴山梅雪:家康に寝返る
原隼人昌胤
高坂源五郎
作蔵:高天神城の牢番
三枝勘解由左衛門守友
山形三郎兵衛昌景:甲斐の名将
秋山紀伊
小原下総
小山田備中守昌幸
小山田兵衛
小山田兵衛尉信茂
小幡上総介信貞
松阪ト斎:お伽衆
真田源太左衛門
真田昌幸
菅沼新三郎定直
跡部大炊助
長坂釣閑:長篠の戦いでは主戦派
土屋右衛門尉昌次
土屋小四郎:昌次の子
土屋昌恒
内藤修理亮昌豊
馬場美濃守
名倉源太郎:高天神城を守る
油井嘉兵衛:高天神城を守る
落合左平次:鳥居強右衛門の最期の姿を旗印にする
和田兵部信業
お藤:小田原御前の侍女

<その他>
 
 
 
戦に勝ってなお用心深く、禁欲的とも言える振る舞いを見せる家康。 今や天下の覇者として振る舞い始めた信長とは好対照だが、そんな性格・・・人生観の違いが、この後の二人の運命を大きく隔てることになる。

#感想の部とあらすじの部との違いが曖昧になったので、今回はひとつにまとめてみました。
 
 
 
天下泰平まであと19巻。

|

« 縄文VS弥生 ガチンコ対決!! | Main | 杉浦日向子さん »

Comments

う~ん 家臣の運命は過酷ですね。今の時代には、こんな気骨のある人物いないでしょうね。多分・・・
奥平貞昌、いいですね。こういう人物が現代には、必要かも生きていける(笑)
信長と家康、違いが際立ってきましたね。

長い文章!もとよしさんもすごい!

Posted by: みい | July 26, 2005 at 09:35 PM

>みいさん
長文をお読み頂きまして、ありがとうございます。(^_^)
今回は、家康にとっても生涯最大の試練だったかもしれません。 読んでいて、切なくなる場面が少なくなかったです。


>奥平貞昌、いいですね。

流石はみいさん。 お眼が高い!(笑)
貞昌は、正に好漢と呼べる好い男ですよ~。 一時はどうなることやらと心配していた亀姫も、上手く片付いてくれて、なんだか親戚の伯父さんのようにホッとしているもとよしです。(爆)

Posted by: もとよし | July 26, 2005 at 11:51 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61645/5149216

Listed below are links to weblogs that reference 「徳川家康」第7巻 颱風の巻:

« 縄文VS弥生 ガチンコ対決!! | Main | 杉浦日向子さん »