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July 31, 2005

第10惑星

冥王星の外側に、もう一つ惑星が見付かったらしい。 (米航空宇宙局(NASA)のジェット推進研究所の発表による) いや、本当に惑星かどうかは未だ判らない、なにしろ、何を以って惑星と呼ぶか、その定義そのものが曖昧らしいのだ。 確かに、太陽の周りを廻っている物質と言うことであれば他にも無数に、それこそ天文学的な数で存在していそうだし・・・ 但し、今回の第10惑星は、9惑星中で最小の冥王星の1.5倍の大きさがあると言う事で、それなら、もう当確なんじゃないかと、素人的には思うのである。
子供の頃、当時ハヤカワSF文庫から出ていたキャプテン・フューチャー・シリーズ(エドモンド・ハミルトン著)に夢中になったことがある。 このシリーズは毎回(大抵の場合)太陽系の各惑星が舞台になるので、9つの惑星、つまり水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星にも、すぐに馴染んでしまった覚えがある。 特に外縁の3つ。 天王星、海王星、冥王星など、何れも想像力を掻き立てる名前である。 キャプテン・フューチャー・シリーズの中でも、辺境の寂しい惑星と言う設定であったと想う。
もしも第10惑星が加わるとしたら、一体どんな名前になるのだろう。 ちょっとワクワクしている。

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July 30, 2005

「江戸アルキ帖」

「江戸アルキ帖」(新潮文庫)
先日、惜しくも亡くなられた杉浦日向子さんの著作の中で、私がもっとも愛する一冊がこれ。 (杉浦さんの作品を、あまねく読み尽くしていると言う訳ではないけれど) 今ではすっかり手垢が付いて、表紙もボロボロになってしまっている。

これはSF仕立ての、日帰り江戸時間旅行記である。 文庫本の見開き二頁分で一編の江戸旅行記と言う体裁で、右頁にショートストーリー、左頁にはイラストが描かれている。 ショートストーリーは、タイムマシンを利用して毎週末、近未来の東京から江戸への日帰り旅行を楽しむ主人公(おそらくは、30代くらいの女性、と言うか、これは杉浦さん本人なのだろう)の一人称形式。
歴史上の事件などには、とんと興味なく、それよりも市井に住まう庶民の暮らし向きや、四季折々の行事などに温かい視線を向ける。 江戸の町並みを愛で、銭湯や蕎麦屋を訪れてみたり、あるいは、これと言って目的もなしに散歩・・・にしては、かなりの強行軍だけれど・・・を決め込んだり。 タイムマシンで好きな時代に出入り出来るからと言って、例えばミーハーに、赤穂浪士の討ち入りを見物に行ったりはしないのだ。 決して。その辺が、如何にも杉浦さんらしい。

主人公の見て来た江戸の町々を描くイラストが、また実に好い感じなのだ。 色鉛筆か、パステル系の画材を使い、落ち着いた、過不足のない筆致で、江戸の風景を淡々と描いてゆく。
そのあまりの見事さに、最初想ったのは、「杉浦日向子って天才だ!」と言う事。 それくらい、一部の隙も無い、完璧な構図のイラストが幾つもあった。 それが、江戸名所図会などから、図柄をそっくり拝借して来たりしているのに気がついたのは、大分後になってからのことである。
でも、こういったものからは、一枚の絵からイメージを膨らませて、時間旅行記にまとめた作者の、江戸に寄せる愛情が伝わって来て、また楽しいのである。 但し、絵の出典くらいは、巻末にでも記しておいた方が良かったのではないか。

この本は、何時でも手の届くところに置いてあって、手持ち無沙汰になった折など、パラパラと頁を捲ってみたりする。 文句なしの、我が愛読書である。

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July 27, 2005

真夏の夜の夢

ヨハン・シュトラウス2:喜歌劇「こうもり」~序曲
リスト:ピアノ協奏曲第1番変ホ長調S.124
メンデルスゾーン:劇音楽「真夏の夜の夢」op.61
  指揮:オットー・クレンペラー
  フィルハーモニア管弦楽団
  ピアノ:A.フィッシャー
  ソプラノ:H.ハーパー、アルト:J.ベイカー
    EMI CLASSICS CDM 7 64144 2

このCDを、このところ毎晩のように聴いている。 これは、ずっと以前に買い求めてあった輸入盤。 一枚の中に、こうもり序曲と、リストのピアノ協奏曲、それからメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」が納められている。 演奏は何れも、クレンペラー指揮のフィルハーモニア管弦楽団。 元々は「真夏の夜の夢」一曲がお目当てで求めたものが、今ではどの曲も気に入ってしまって、最初から最後まで、聴いていて飽きると言う事が無い。

こうもり序曲は、オケを屈託なしに鳴らす、聴いていてなかなか気分の好い演奏である。 その替わり、繊細さやファンタジーに欠ける憾みがあるけれど。 木管楽器の描く輪郭線がクッキリと明確に決まって、それが一種の爽快感につながっていると想う。

それから、リストのピアノ協奏曲。 実を言えば、自分は普段、リストの作品は滅多に聴く事が無いのだけれど、この演奏は、繰り返し何度も聴いている内に、すっかり好きになった。 どうやら、リスト嫌いは聴かず嫌い、と言う事だったらしい。
演奏は、夏の夜に聴くに相応しい、メリハリの利いたもので、第一楽章 Allegro maestoso など、情熱の迸る発汗系の演奏である。 クレンペラ-の指揮は堅実そのもので、きっと、ソリストは、凄く弾きやすかったんじゃないかと想う。 第二楽章 Quasi adagio も、また夏の夜には持って来いの叙情性を感じさせられる。 中でも、無伴奏部分のソロが途方もなく綺麗で、そこだけを繰り返して何度も聴いてしまった。 

そして「真夏の夜の夢」である。 ここでのクレンペラ-の演奏は、ちょっと荒削りな気のする、しかし素晴らしく精気に満ち溢れたもので、やはり夏の夜はこうでなければ、と想わせられる。
クレンペラーの描く夢は、例えば「夢みるような」とか言う言葉から受ける優しいイメージではなくて・・・・そこいら中に金粉をぶちまけるような、キラキラとしたもの。 なるほどこれが西欧流のファンタジーなのかと想う。
全編に満ち溢れるのは、きっと、これから何かが始まると言う予感である。 それも、ワクワク・・・というより、これはソワソワの音楽と言いたい。
どういう訳か、小学生の頃の夏休みの情景が、記憶をよぎった。 元気の好い楽想ばかりではなくて、時に、どこか切なくなる辺りは、夏休み残りあと何日・・・とか指折り数えた折の気持ちに近いものがあるかもしれない。
それから、唄が好い。 ソプラノとアルトの二重唱。 少し堅めだが、凛として、清く正しく響く。 これはやはり、子供の頃の夏休みの夜だよ。

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July 26, 2005

杉浦日向子さん

杉浦日向子さんがお亡くなりになりました。
杉浦さんの作品は、漫画や江戸の雑学ものをはじめ、色々と読み親しんで来ました。 この問はず語りで紹介したものも何作かあります。 「東京イワシ頭」「ニッポニア・ニッポン」「風流江戸雀」
近年は、活動を制限してらしたようですけれど、これからも、幾らでも杉浦ワールドを味わえると想っていただけにショックです。 まだお若いのに、本当に残念に想います。
ご冥福を、お祈りいたします。

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July 25, 2005

「徳川家康」第7巻 颱風の巻

「徳川家康」 第7巻 颱風の巻 (山岡荘八著 講談社文庫)

覇業の完成を目前にして、今や輝きの絶頂にある信長。 幼少の頃より続く家康と信長との関係も、新たな局面を迎えようとしていた。 家康堪忍の一巻。
 
 
武田勝頼は家臣団の反対を押し切り、徳川家の勢力下にある岡崎、長篠方面に向けて進軍を開始した。 無謀な侵攻に、重臣達の中には武田家の前途を悲観するものが少なくなかった。 勝頼が密かに期待していた岡崎城の大賀弥四郎は、既に謀反が発覚して捕らえられていたため、岡崎城の乗っ取りは諦め、全軍を以って長篠城を攻めに掛かる。

長篠は家康にとって、対武田作戦の要とも言える場所であった。 長篠城の落ちる時は徳川家の滅びる時・・・とさえ考える家康は、城主として女婿の奥平貞昌を送り込んであった。
家康の長女亀姫は築山殿との暮らしで我が侭一杯に育てられ、貞昌の奥平家へは嫌々嫁がされたのである。 最初は夫に激しく反発した亀姫だったが、やがて貞昌の豪放磊落な性格に惹かれはじめる。
若い夫婦して力を合わせ、過酷な状況の中で城を守ることに夢中になって、篭城の苦労さえも楽しんでしまう辺りは若さの持つ特権であろう。 貞昌の、父家康とは正反対の開けっぴろげな性格とも相性が良かったのかもしれない。
その長篠城主奥平貞昌は、とにかく何があろうとメゲナイ男である。 武田の軍勢15,000人に対して長篠城の兵力は僅か500人であったにも関わらず、常にポジティブ・シンキン! 何処までも陽気で、悲観的になると言うことを知らなかった。 僅かな人数で一丸となって城を守る内、長篠城の守備軍全体がそんな貞昌カラーに染まってゆく。
天然の要害に守られ、更に貞昌の機略を駆使して武田軍を容易に寄せ付けない長篠城だが、しかし、兵力の圧倒的な差は如何ともし難く、次第に追い詰められていった。 貞昌は家康に救援を請うため、伝令として鳥居強右衛門を派遣した。 捨て身で敵中を突破して来た強右衛門の剛毅さに打たれた家康と信長は援軍の出発を告げる。
その強右衛門は長篠城への帰路、武田方に捕らえられてしまう。 武田の家臣からは、長篠城内に向けて、援軍はやって来ないと叫べば命を助けてやろうと持ちかけられるが、しかし、強右衛門は気骨の人である。 間もなく援軍が来る故、それまで頑張るよう城内へ叫んだため、敢え無く磔刑に処せられてしまう。
やがて、強右衛門の言葉通りに援軍が到着。 これにより彼我の戦力比は逆転した。 武田軍としては、徳川、織田の連合軍を前にして、もはや長篠城攻略どころではくなったのである。 ここで一気に決着を付けるべしと奮い立つ勝頼は、家中の反対を振り切って合戦を決意する。 信玄以来の重臣達の多くが、武田家の命運ももはやこれまでと覚悟を決めた。

かくして、長篠の戦いが始まった。 戦国最強を謳われた武田騎馬軍団と織田鉄砲隊との戦史上画期的な戦いは、旧弊な合戦の概念から脱却出来ない武田方にとって、あまりにも惨い内容であった。 名立たる歴戦の騎馬武者達が、無名の雑兵らの撃つ鉄砲によって次々に倒されてゆく様は、只々憐れを誘うのみである。

戦は織田、徳川軍の圧勝に終わり、長篠城の守備軍も救われたのである。 援軍の持参した食料が運び込まれて安堵する城内。 蓄えの兵糧など、とうに食べ尽くしていたのだ。 遂に自分達は城を守り抜いた!・・・ 炊き出しの握り飯を頬張りながら、顔を見合す度ににっこりと笑いあう、若い貞昌と亀姫。

長篠の戦いは元々、徳川家の存亡を賭けた戦いであったのが、終わってみれば、信長のステータスを一気に押し上げる結果となっていた。 織田軍、最早向かうところ敵無しである。 上潮に乗って覇業を進める信長は、その拠点とするべく安土城の建設に取り掛かる。
一方家康は、長篠の戦勝を冷静に分析して、織田軍の加勢無しでは到底勝てる戦ではなかったこと、徳川家はまだまだ実力が足らぬことを悟る。
これまでは、信長は西へ、家康は東へ伸びていたから良かった。 互いに背後を守りあう関係にあったからである。 しかし、織田家の全国制覇が完成に近付けば、信長の、徳川家に対する扱いも変わって来ると考えなければならなかった。 家康は、いつか来るその時に備えねばならない。 長篠の戦い。 勝つには勝ったが、これで信長に大きな借りが出来てしまったことを強く自覚する家康であった。

一国の領主から天下人へ。 天下を狙う者から、天下を治める者へ。 この信長の意識改革を、家康はいち早く察知していた。 (後の明智光秀などは、そこに付いて行けなかったのであろう)
今や一織田家の当主としてではなく、天下人としての視点を持ちはじめた信長にとって、織田家を悪し様に言い触らす築山殿と、日頃から乱行の絶えない信康は、同盟国の正室、嫡子として「好ましからざるもの」であった。 信長は、築山殿と信康に切腹を命じる。

妻子の命を差し出せと言う、とてつもない暴挙に対して、家康はあくまでも徳川家の当主としての立場を忘れる訳にはいかなかった。

 信長 「悪いけど、あの奥さんと長男、キミん家の
      ためにならないからね。」
 家康 「え?・・・」
 信長 「って言うか、このまま行って、オタクが傾きでも
      したら、東日本のパワー・バランスは一体どう
      なるのよう!」

二人の間で、こんな会話が交わされた訳では勿論無いけれど、信長の全国制覇構想に組み入れられている自分と、それを遂行するためならばどんな犠牲(信康は、信長から見ても長女の婿なのだ)をも厭わない信長の心中は
充分に推し量ることが出来るのである。

天下人たらんとする今の信長から徳川家を守るためには、信長に付け入られるような、一点の落ち度もあってはならなかった。 その辺りの感覚は、非情なまでに研ぎ澄まされている家康である。 が、その家康にして、前もって築山殿と信康の切腹に至るまでの展開を読み、有効な手を打っておくことが出来なかったのは一大痛恨事であった。
幼い頃、兄弟のように付き合った信長と家康であったが、今や天下の覇者の座に付こうと言う信長に対して、家康は臣下として服属せねばならない関係となっていたのである。 安土に赴いて信長と交渉事の出来得る人材も居なかった。 武芸名誉の者ならば、家中に幾らも居るのに。 何より、一旦言い出したことを引っ込める信長ではない。
本当は家康は、謹慎中の信康が脱走してはくれまいか、あるいは、家中の誰かが手引きして逃がしてはくれまいかと、心密かに期待したのである。 同時に、そんなことを考える自分の甘さを恥じもした。
しかし、信康は頑なであったし、徳川家の家臣達も、ある意味真面目に過ぎた。
家康の苦渋の決断に、信康は武人らしく従容として従った。 一方の築山殿は、当然ながらこの措置に納得する筈もなく、せめて見苦しくない最期をと案じる家臣たちによって、隠密裏に生害させられてしまうのである。

家康は北条家と手を結び、武田方の遠江の拠点である高天神城攻めを敢行。 猛攻の末に、遂にこれを陥落させた。 高天神城の牢からは徳川の家臣、大河内源三郎が救い出された。 源三郎は、かつて高天神城が武田方の手に落ちた時からの虜囚であり、以来、牢内に、九年間に渡り閉じ込められながら、遂に弱音を吐かなかった男である。 この大河内源三郎と言い、長篠城の鳥居強右衛門と言い、底知れぬ粘り強さが三河武士の真骨頂なのであろう。

こうして織田、徳川、北条の三氏を敵に廻した武田家は、これ以降、急速な衰えを見せていった。 勝頼は個々の戦の勝ち負けにのみ拘って、家臣、領民の負担を顧みることをしなかったため、離反する者が後を絶たなかった。 木曾義昌に謀反の疑いありと知った勝頼は、早速に軍勢を率いて木曾に向かう。 信長は好機到来とばかり、家康、金森長近らを伴ってこれに対抗した。 勝頼はこれを迎え撃つも、重臣らの裏切りに合って敢え無く敗退。 急ぎ躑躅が岬に戻った勝頼は、そのまま一族を引き連れて館から落ち延びる。

躑躅が岬館から新府の城、岩殿城へと廻り歩いた頃には、大勢引き連れていた家臣達も何時しか散り散りとなり、最早流浪の衆となり果てていた勝頼一行である。 重臣の小山田信茂に裏切られて、滝川一益の軍勢に追われた勝頼らは、遂に山中で全員が自害して果てる。 かくして武田家は滅亡したのである。
 
 
 
 
徳川家康 「これからはの、暫くは誰も彼もが堪忍の
        しくらべじゃ。
        堪忍ほどわが身をまもってくれるよい楯は
        ない。
        わかるかの、誰にも出来る堪忍のことでは
        ないぞ。
        誰にも出来ないほどの堪忍を、じっと育てて
        ゆかねばならぬぞ」
 
 
 
 
<<登場人部>>

<徳川家>
徳川家康:徳川家当主
徳川信康:徳川家嫡子
瀬名:築山殿 家康の正室 今川義元の姪
徳姫:信康の妻 信長の長女
お愛:西郷の局
あやめ:信康の側室
菊乃:信康の側室
<徳川家家臣>
伊井万千代直政
鵜殿八郎康定
岡三郎佐衛門:馬場信房を討ち取る
岡本平左衛門時仲
梶金平
吉良於初:信康の小姓
原田弥之助:本多忠勝の家臣
幸若三太夫:高天神城攻めに加わる
榊原小平太康政
酒井左衛門尉忠次:宴会芸は蝦すくい
小栗大六重常
松平家清
松平家忠
松平三郎次郎親俊:長篠城を守る
松平弥九郎景忠:長篠城を守る
松平弥三郎伊昌:長篠城を守る
石川太郎左衛門義房
石川伯耆守数正
大河内源三郎政局:高天神城に九年間幽閉される
大久保治右衛門忠佐
大久保七郎右衛門忠世:忠俊の孫
大久保忠隣:忠世の嫡子
大久保平助忠教:忠世の末弟 彦左衛門
大須賀五郎佐衛門康高
鳥居彦右衛門元忠
天方山城守道綱
服部半蔵正成
平岩七之助親吉:信康の守役
本多作左衛門:重臣
本多平八郎忠勝:家康に過ぎたるものが二つあり唐の頭に本多平八
野中五郎重政:信康付きの家来
お琴:侍女
喜乃:侍女 お琴の妹

<奥平家>
奥平美作守貞能:奥平家当主 山家三方衆の一人 作手城主
奥平九八郎貞昌:奥平家嫡子 長篠の戦いでの戦功で信昌に改名
亀姫:貞昌の妻 家康の長女
<奥平家家臣>
奥平次佐衛門勝吉
鳥居強右衛門:徳川軍へ決死の伝令を勤める

<織田家>
織田信長:織田家当主
織田信忠:織田家嫡子
濃御前:信長の正室
<織田家家臣>
羽柴秀吉
佐久間信盛
柴田勝家
森蘭丸:信長の小姓
前田又左衛門利家
滝川一益
丹羽長秀
明智光秀:惟任日向守

<武田家>
武田勝頼:武田家当主
武田信勝:武田家嫡子
武田信康入道逍遥軒:信玄の弟
武田左馬之助信豊
武田兵庫助信実
小田原御前:勝頼の妻
<武田家家臣>
粟田刑部:高天神城を守る
一条右衛門太夫信龍
奥平次左衛門勝吉
岡部帯刀:高天神城を守る
河原弥六郎:鳥居強右衛門を捕らえる
甘利三郎四郎
甘利新五郎:間者として織田方へ潜入
木曾義昌
穴山梅雪:家康に寝返る
原隼人昌胤
高坂源五郎
作蔵:高天神城の牢番
三枝勘解由左衛門守友
山形三郎兵衛昌景:甲斐の名将
秋山紀伊
小原下総
小山田備中守昌幸
小山田兵衛
小山田兵衛尉信茂
小幡上総介信貞
松阪ト斎:お伽衆
真田源太左衛門
真田昌幸
菅沼新三郎定直
跡部大炊助
長坂釣閑:長篠の戦いでは主戦派
土屋右衛門尉昌次
土屋小四郎:昌次の子
土屋昌恒
内藤修理亮昌豊
馬場美濃守
名倉源太郎:高天神城を守る
油井嘉兵衛:高天神城を守る
落合左平次:鳥居強右衛門の最期の姿を旗印にする
和田兵部信業
お藤:小田原御前の侍女

<その他>
 
 
 
戦に勝ってなお用心深く、禁欲的とも言える振る舞いを見せる家康。 今や天下の覇者として振る舞い始めた信長とは好対照だが、そんな性格・・・人生観の違いが、この後の二人の運命を大きく隔てることになる。

#感想の部とあらすじの部との違いが曖昧になったので、今回はひとつにまとめてみました。
 
 
 
天下泰平まであと19巻。

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July 24, 2005

縄文VS弥生 ガチンコ対決!!

国立科学博物館で開催中の特別展「縄文VS弥生 ガチンコ対決!!」を観て来た。

この特別展のポスターを、暫く前からあちこちで目にする。 縄文時代と弥生時代、それぞれの衣装を身に付けたおねーちゃん二人の立ち姿。(別バージョンで格闘シーンも) モデルも、それぞれ縄文顔、弥生顔と言う基準で選んだらしい。 笑顔を押し殺した、なんだか不機嫌そうな表情はしかし、女性向けファッション雑誌のグラビアばりのハイセンスな感じで、この手の展覧会にあっては斬新なデザインと想う。 (もとよし的には弥生ちゃん萌えである)

さて、特別展の中味はと言えば、結構大掛かりに宣伝を打っていた割りには、至ってこじんまりとした規模であった。 でも、夏休みと言うことで、親子連れで観に来たりするのであれれば、ちょうどこの位が、親は疲れなくて、子供も飽きなくて丁度好いのかもしれない。

最近の考古学研究によって、弥生時代の始まりは、これまでの通説よりも500年程遡ることになったらしい。 素人的には「だから何なの?」で済ませてしまいそうな話しだけれど、考古学的には大事件なのであって、この500年が意味するのは、つまり、縄文文化から弥生文化への移行はある時期に一気呵成に進んだ訳ではなく、至ってゆっくりとしたものであった筈、と言う事になるのだそうな。
その移行に絡めて言うと、「弥生文化を築いたのは誰か」なるテーマに、未だ定説を得ないらしい。 弥生人は、縄文人の子孫(在来系弥生人)なのか、それとも、その当時大陸からやって来た人々(渡来系弥生人)なのか、そこいらもハッキリとは判っていないのである。
素人的には、「縄文」対「弥生」と言うと、装飾過多の縄文式土器に、装飾無視の弥生式土器と言う両極端のイメージがあまりに強い(まったく、なんて極端な違いだろう!)のだけれど、それ以外にも、身体的な特徴やら生活文化全般に渡って、数多くの違いが見られるのである。 この特別展では、縄文人と弥生人の肉体的な違いを好く示すものとして、発掘された人骨が数多く展示されていた。 素人目には違いが中々見極められないけれど、これなど、骨相とか、見る目のある人であれば大変に面白いであろうと想う。

特別展のポスターのおねーちゃん二人の着ていた衣装(縄文娘の黒い上着の素材はレザー。 白いのは子安貝)をはじめ、当時の衣服も展示されている。 勿論、どれも学術的に推定、再現したものなのだけれど、服飾や繊維関係に詳しい方が見れば、さぞ興味深いのではないかと想う。

「ガチンコ対決!!」とは銘打っているけれど、縄文と弥生、どちらが優れているかなどを論じる訳ではない。 衣・食・住・心・戦などなど、様々な素材を、あくまで公正、真面目に比較して、こちらに投げ掛けて来る。 それについてどう考えるか、それは観る側に委ねると言う訳であろう。 例えば、縄文から弥生に移行して得たもの、そして失ったものなどをもテーマに加えてくれたならば、文明史的な見所が得られたような来もするけれど、まあ、これはこれで、まとまりの良い特別展となっていると思う。
本当のガチンコ対決は、考古学者対人類学者間の論戦のようで(副題に「考古学と人類学もガチンコ対決」とある)、その辺はこの特別展で販売されている図録の方に詳しい。 (未だ、読んではいないのだけれど)

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July 23, 2005

今日の地震

16時35分頃に来ました。 震度5強なのだそうで・・・と言っても良く判らない。 わたしゃ職場で仕事中でしたけれど、最近に無くしつこい揺れを感じて、結構心配しちまいましたね。
案の定、電車(ビルのエレベーターも)が止まって、JRの駅など大変な混雑になったようですね。 そのまま仕事を続けながらネットで運行状況を確認しつつ、結局、21時30分頃に家路に着きましたけれど、ダイヤの遅れの影響がまだあるようでした。 混雑は疾うに終わっていましたけれど。 帰宅して、CDの山が崩落していないのを確かめて、まずは一安心。

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July 20, 2005

蚊取り線香

我が家には、蚊が殆んど来ない。 夏だというのに、本当に気味の悪くなるくらい滅多に来ないのである。 近所に水場が無いからなのか、それとも、余程住環境が悪いのか、ともかく、一晩窓を開け放していても、蚊の羽音に悩まされることすら稀なのである。 それでも何日かに一度は蚊の沢山湧く日があって、そんな時は今主流の電子蚊取りではなしに、蚊取り線香を焚くことにしている。
いや、実は電子蚊取りだって持ってはいるのだけれど、朝、スイッチを切り忘れて、一日中付けっぱなしにしていたと言うことがしょっちゅうだったりするのだ。 これって、気のつく度に、決まりの悪いこと甚だしいものがある。
それに何より、蚊取り線香の方が、ずっと風情があってよろしい。 季節感を愛でる、と言う事に関して言えば、電子蚊取りと言うシロモノは面白くもなんともないですからねえ。
今焚いているのは、近所のコンビニで買い求めた「金鳥の渦巻かとりせんこう 30巻入り」。 毎日焚く訳でもないので、もしかしたら、これで一夏持ってしまうかもしれない。 一晩かけて、ゆっくりと燃え続ける渦巻きの、この風情は、電子蚊取りでは得られないもの。 そのうちに、蚊取り豚とか買い込むかもしれない。

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July 17, 2005

ふてう

このところ、やっぱり無茶し過ぎたかもしれない。 ここ五日ばかりと言うもの、体力枯渇、気力減退に見舞われていて、かなり、辛いのである。 やっぱり無理はイケマセン。 特に、睡眠不足。 これは後になってから祟るんだ。 それでも、漸く、少しずつ回復して来た。 けれど、無理した何日か分を、それよりも少ない日数で直すと言う訳にはいかなくて、ここ暫くは気長に養生して行こうと想っている。

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July 15, 2005

ひと山

最近、仕事の関係からとっても忙しくしていたのが、ここへ来て漸く一段落を迎えられそうな処まで来た。 これで、かれこれ一ヶ月近くも、オーバーワークな日々が続いていた訳だ。 いや、それにしても長かった。
まだまだ油断は禁物で、これからもう一山越さなければならないのだけれど、ともあれ目下の処は、少しだけホッとしているのである。

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