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May 30, 2005

トビケリ歌句会お題は「狸」

トビケリ歌句会は、ネット上の文芸サロン「いまのは倶楽部」で毎週開催している歌句会である。 歌会でも句会でもなく歌句会と言うのは、つまり、作品の形態が短歌、俳句、ショートポエムなど様々だから。 毎週、参加者が持ち回りでお題を出して、それを詠み込んだ作品が投降される。
ことろで今週は自分がそのトビケリ歌句会のお題係りを拝命した。 もとよしの選んだ今週のお題は「狸」。 今日から一週間の間に、一体どんな狸に出会えるか、楽しみにしている。

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オペレッタ狸御殿

 「オペレッタ狸御殿」

 監督 : 鈴木清順
 出演 : チャン・ツィイー、オダギリ ジョー、
      薬師丸ひろ子、由紀さおり、平幹二朗、
      山本太郎、美空ひばり、高橋元太郎

   2005年 日本

鈴木清順監督の映画「オペレッタ狸御殿」を観た。
これは、唐の国から来た狸御殿の狸姫と、安土桃山の世継ぎ雨千代との恋物語。 1939年から59年にかけて、当時のスターを起用して大ヒットさせた人気シリーズ「狸御殿」の続編である。

    「狸と人は恋におちてはなりませぬ。」

オペレッタと題してはいても、そこは鈴木清順作品である。 伝統的なオペッレッタ、例えば「こうもり」などを連想して入ると、肩透かしを喰らうのは必定。
映画とは言え、極度に象徴化されたカットも少なくなく、演劇やオペラの舞台(それも前衛的な演出の)を見ているような気分にもなる。 かなりアートしていて、単純明快な娯楽作品とは聊か異なるのである。

鈴木清順監督作品に馴染みの無い自分としては時折、清順ワールドに入り損ねる事があって、冗長に感じてしまう部分もあったのも確か。 これが映画館ではなしに、独りでビデオで観賞したら、また印象が替わるのではないかと想うけれど。 それから、狸御殿の大宴会シーンなど、サービス精神旺盛なのは好いとして、ちょっと手馴れていない気もしたのである。 その辺は、つまり、こちとらが一生懸命に観過ぎたと言う事なのかもしれない。

時代設定を安土桃山時代としている事から、衣装は多彩かつ豪華で、中世風、戦国風、伴天連風、その他何でもアリなのが文句なしに楽しい。 時代劇とは言え、全編に渡って特殊効果が多用されているけれど、中でも水墨画や日本画に実写を嵌め込んだCGの素晴らしさは、よくぞやってくれましたと快哉を叫びたくなったくらいである。

出演者の中で、鈴木清順ワールドにもっとも見事に溶け込んだのが平幹二朗、由紀さおり、薬師丸ひろ子の芸達者な面々。 それぞれギトギトに濃い、そして一筋縄ではゆかない魅力的な人物像を演じていて、唄も踊りも素晴らしかった。
その他、狸御殿の面々が個性豊かで楽しい。 連夜繰り広げられる(らしい)大宴会の主役、狸楽団。 高橋元太郎@うっかり八兵衛ってこんなに「唄える」役者だったとは・・・露も知らなかったわい。 どこか剽軽な狸侍達。 端役ながら随所で見せます&聴かせますの狸腰元達。 そして雨千代役オダギリ ジョーは誠実さで魅せる。

それにしても、狸姫を演じるチャン・ツィイーの可愛いさは、もはや犯罪的と言うべきなのではないか。 踊りや所作の美しさは言わずもがな。 中でもオダギリ ジョーとのデュエット、「恋する炭酸水」で聴かせた甘~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い歌声は、きっと、ここ暫くは、脳裏から振り払うことが出来ないと想うのである。

独特の清順ワールドは、観ていて何度も置いていかれそうになったけれど、なんとか最後まで喰らい付いていった積りである。 大団円の雰囲気には、何時までも浸っていたいと切に想う。 誰にでもお薦めできる作品とは言えないけれど、美術の好きの方には是非勧めてみたい映画である。

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May 29, 2005

「徳川家康」第4巻 葦かびの巻

「徳川家康」 第4巻 葦かびの巻 (山岡荘八著 講談社文庫)

晴れて一国一城の主となった元康だが苦難は尽きない。 内憂外患の一巻。

元康は、忙中自ずから閑ありとばかり、桶狭間の戦いの合間に於大の方と実に16年ぶりの母子対面を果たす。 第一巻からずっと、元康と於大の方親子の成長振りを見守り続けて来た読者としては感無量のシーンであり、その淡々とした描写には素直に泣ける。

長年に渡って岡崎城を占拠していた今川勢だが、まさかの義元敗北に動揺して全軍が駿府に引きあげてしまった。 棚から牡丹餅的に岡崎城を取り戻した岡崎党。 城内の大広間に集い、祝膳を前にして今川軍に城を奪われていた十余年間の苦労を振り返って男泣きする老臣達は、第一巻からひたすらに忠節振りを見せて来た面々だけに、これまた泣かせられるものがある。

晴れて一国一城の主となった元康は、長年苦しめられた今川家とは袂を分かち、以後、織田家と手を携えてゆく。 清洲を訪問して、幼馴染の信長と11年ぶりの再会を果たす元康。 今は互いに一国を背負う身だが、暫しの間少年の頃に帰って語り合う二人。 とにかく、今回は矢鱈と感動シーンが多いのである。

駿府に残して来た瀬名親子は、石川数正の外交手腕で見事に奪回する事が出来た。 しかしこの数正、凄腕であると同時に多情多感で感激屋の面がある。
駿府に於いては今川義元の姪としての立場を誇った築山殿(瀬名)であったが、それは、反今川の姿勢を取り始めた松平家中では何の意味も持たなかった。 かつてのような我侭の通らない事に苛立ちまくる築山殿は、このまま悲劇の坂を転げ落ちてゆくしかないのか。

築山殿との仲が上手くいかくなった家康は、その反動で可禰、お万と側室を増やしてゆく。 当然、築山殿とはどんどん疎遠になってゆく訳で、この辺り、家康と言う人は実に不器用に出来ているのである。
お万は嫉妬する築山殿に打擲される。 見かねた無骨一辺な忠臣本多作左衛門から諫言を受ける家康。 家康としては、こんな野暮なオヤジから色恋の口出しまでされたかぁない・・・とでも言いたい処であったろう。 一体、家康は家臣達から諫言(時には決死の)を貰う事が少なくない。 家臣には極めて恵まれた人と想う。

三河で一向一揆が勃発した。 信長ならば問答無用で殲滅させてしまうところを、家康は辛抱強く対応し、投降する者は無条件に許すと言う寛大な姿勢で臨んだ。 これは於大の方の教えである。
 
 
 
本多作左衛門 「殿! 殿はわしに言葉のすぎたを謝れ
           と仰せられてか」
松平家康    「あやまれと誰が申した。思うところを
           述べよと言うのだ」
本多作左衛門 「なるほど。それでは述べずばなるまい。
           殿は女子に惚れなさるか」
松平家康    「それは・・・・・わからぬ!」
本多作左衛門 「わかっている。色恋にうつつのぬかせる
           殿ではない。
           いや、あるいはそうであったとしても、
           そのような時代でないことを殿はよく
           知りすぎている・・・・・」
松平家康    「また予をそちの算盤で割切ったな」
本多作左衛門 「割切らねば答が出ぬ。したがって殿の
           色恋は遊びなのだ。
           これで城を傾け、家臣の心を失うては
           ならぬと、ちゃんと計算した上の遊び
           なのだ。その遊びで生命がけの女子
           の恋に立向かう。
           ここが大切なところだ殿!
           自分の方では遊びながら、生命がけ
           の白刃に立向かって勝てると思うか、
           殿」
 
  
<<あらすじ>>
田楽狭間での義元討ち死にを未だ知らない元康は、軍務の合間に阿古居の久松家を訪ね、於大の方との16年ぶりの親子対面を果たす。
義元の死は今川軍を動揺させ、岡崎城を守っていた今川勢まで駿府に引き返してしまった。 今や無人となった岡崎城に堂々入城する松平党。 元康は大樹寺の登誉上人の教えを受け、「厭離穢土、欣求浄土」を唱える。
信長は一国一城の主となった元康の器量を試すため、滝川一益に元康の身辺を探らせる。その滝川一益の送り込んだ腰元の可禰をスパイと見破った元康は、可禰をそのまま側室にしてしまう。
清洲の信長を訪問した元康は信長と11年ぶりの再会を果たす。 元康と信長の同盟の始まりである。
駿府では今川家の当主となった氏真がリーダーシップを発揮出来ずにいた。 元康は石川数正を駿府に派遣し、瀬名親子を奪還することに成功する。
今や今川家と袂を分かった元康は家康と改名をする。 一方、実家とも言うべき今川家の衰退振りに焦り始める瀬名は、次第に家康との関係を悪化させ始める。 家康が信じられない瀬名は、気に入りの侍女お万をスパイに使うが、逆に家康に奪われてしまう。
諸国行脚中の怪僧随風が、明智十兵衛光秀と言う浪人を連れて竹之内波太郎の宅を訪れた。 光秀は波太郎に織田家に推挙してもらう。
この頃、三河では一向一揆が勃発した。その鎮定に奔走する家康。 家康の家臣団の中からも一揆に参加するものがおり、これまでにない、信仰を相手の戦いに苦戦を強いられた。 壕を煮やして、殲滅戦に出ようとする家康を嗜める於大の方。
家康と瀬名の不仲はいよいよ本格的となり奥が乱れ始めた。 その反動で、可禰、お万と、気まぐれに側室を増やして一向に落ち付かない家康を嗜める本多作左衛門。
家康の嫡子竹千代と信長の長女徳姫の結婚。 これにより、東進する松平家と西進する織田家の同盟はより強固なものになった。
家康は徳川の姓を名乗る。 東進を続ける家康軍は、吉良御前の守る曳馬野の城を攻める。 吉良御前とは、今は飯尾豊前の後家となっているかつての亀姫である。 甥の伊井万千代を家康に託した吉良御前は、若き日の家康への想いを胸に秘めて曳馬野城の炎上と運命を共にした。 初恋の人、吉良御前を偲ぶ家康に、本多作左衛門は側室としてお愛を推挙する。

<<登場人部>>
<松平家(岡崎城)>
松平蔵人佐元康:松平家当主 松平元康>松平家康>徳川家康と改名
信康:幼名竹千代 松平家嫡子 元康と瀬名の長男
瀬名:築山殿 元康の正室 今川義元の姪
徳姫:信康の妻 信長の長女
亀姫:元康と瀬名の長女
花慶院:田原御前 元康の継母
<松平家家臣>
阿部善九郎正勝
阿部大蔵:老臣
伊井万千代:側小姓
奥平美作
金阿弥;同朋頭
慶琢:祐筆頭
戸田彈正
榊原小平太康政
三宅藤左衛門
柴田七九朗
酒井雅楽助正親:主家想いの賢臣
酒井左衛門尉忠次:元康の叔母の夫
酒井将監忠尚:一向一揆に加わる
酒井与四郎
松平伊忠
松平家忠
松平景忠
松平康忠
松平康定
松平信一
松平甚太郎
松平清宗
松平弥右衛門
松平与一郎忠正
上村出羽
植村新六郎秀安:本多平八郎忠勝の祖父
菅沼伊豆守
菅沼刑部
菅沼新八郎
西郷清員
青木四郎兵衛
石川安芸
石川清兼
石川日向守家成
石川彦五郎家成:安芸の息子
石川与七郎数正
設楽越中
大久保七郎右衛門
大久保新八郎忠俊:豪放磊落な好漢
大久保忠佐
中根平左衛門
長坂彦五郎:血槍九郎と呼ばれる槍の達人
鳥居伊賀守忠吉
鳥居彦右衛門元忠:鳥居忠吉の三男
天野三郎兵衛康景
天野又兵衛:台所人頭
渡辺半蔵:足軽差引物見役 一向一揆に加わる
内藤弥次右衛門
内藤弥七朗:小姓
服部半蔵:足軽差引物見役
平岩七之助親吉
平岩新左衛門
蜂屋半之丞:槍の名人 一向一揆に加わる
牧野康成
牧野惣次郎康成:家康に投降する
本多広孝
本多作左衛門重次
本多半右衛門:お万を預かる
本多彦八郎
本多百助
本多平八郎忠勝
鈴木紀伊
鈴木久三郎
鈴木兵庫
碓氷の方:酒井左衛門尉忠次の妻 駿府で瀬名親子に仕える
可禰:花慶院の侍女 実は滝川一益のスパイ 家康の側室
お万:瀬名の侍女 家康の側室
お愛:西郷義勝の後家
登誉:岡崎城外、大樹寺の住持
祖洞:岡崎城外、大樹寺の豪僧

<久松家(阿古居)>
久松弥九郎俊勝:久松家当主 誠実な好男子
於大の方:俊勝の正室 元康の母
三郎太郎:久松家嫡男
源三郎:次男
長福丸:三男
<久松家家臣>
竹之内久六:実は出奔した水野信近

<熊の若宮>
竹之内波太郎:熊の若宮当主

<織田家>
織田信長:織田家当主
徳姫:長女 竹千代に嫁ぐ
濃姫:信長の正室 斎藤道三の娘
<織田家家臣>
織田信盛
木下藤吉郎
滝川一益
長谷川橋介:隻腕の小姓
太田又介:弓の名手
楓:濃姫の腰元 実は斎藤義龍の間者

<今川家>
今川氏真:今川家当主
<今川家家臣>
関口刑部少輔親永:瀬名の父
吉良義安
鵜殿藤太郎長照:西郡城で元康に討たれる
鵜殿長忠:西郡城で元康に討たれる
万千代:伊井直親の嫡男
三浦義鎮:氏真の色小姓
岡部元信
田中次郎右衛門:義元の敗退後、岡崎城から退却する
飯尾豊前
吉良御前:飯尾豊前の妻 椿 亀姫 竹千代と束の間恋仲に

<水野家>
<水野家家臣>
浅井六之助道忠

<その他>
随風:諸国行脚中の僧侶
明智十兵衛光秀:浪人


登場人物が、また一段と増えたけれど、これは、駿河への侵攻を目論む家康が家中の再編成を行うに際して、主要な武将の名をずらりとあげてみせたためである。 徳川軍、なかなか壮観ではないか。
かつての竹千代の側小姓達が、今では立派な武将に成長して徳川軍を支えている。


天下泰平まであと22巻。

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May 24, 2005

俳句のベストスリー

先日読んだ角川俳句4月号の大特集「国民的俳句‐極め付きの3句」ではないけれど、自分の好きな俳句のベストスリーをあげてみようと思い付いた。 国民的~ではなくて、あくまで自分の一番好きな俳句をである。
やってみると、意外なくらいすんなりと選べた。 もちろん、今現在のベストスリーであって、次に選んだ時には、またこれとは違った三句があがるに違いない。
 
 

   さまざまの事おもひ出す桜かな  松尾芭蕉


   花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ  杉田久女


   寒厨の灯を消し明日は花購はむ  岡本眸
 
 
 
松尾芭蕉の句は、古典だから、芭蕉だからと言うのでなしに、無条件に大好きな句である。
杉田久女。 男には立ち入ることの出来ない、女の世界をさらりと描いてみせた凄い句。
岡本眸のこの句は、芭蕉、久女らと異なり、あまり一般には知られていないと思う。 以前、俳句の入門書に紹介されていたのを見付けて受けた衝撃は今も忘れられない。 以来、大切な一句になった。

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May 23, 2005

今日は

一年中で一番切ない日である。
@ニフティからばーすでーかーどが届いた。 泣ける・・・


   唐突に歳問はるれば不覚にも思ひ起こせず考へ込みたり

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May 22, 2005

鈴本演芸場五月下席

2005年5月22日(日曜日) 鈴本演芸場 <昼席>

今日は中々の盛況で、九割くらい入っていたろうか。 後ろの方は団体さんで、ちょっと落ち着きを欠く。 全体的に、あんまり沸かないお客だった。

開口一番 桂ゆう生 「垂乳根」

柳家小太郎 「家見舞い」
下根多が上手く受ける。 元気の好い噺振りに、客席のざわついた雰囲気が次第に納まっていくのが気持ち好い。

林家二楽 紙切り

林家ぼたん 「子褒め」
二つ目に上がって初めて聴く。 銀色(で良いのか?)の着物か初夏らしく、また若手らしくて気持ち好い。 噺の方も気合充分で、これまた気持ちの好い高座であった。 噺の後に、奴さんを披露。 ぼたん、踊りの方もなかなかである。

柳家さん生 「親子酒」
一席終わる毎に、客席(特に後方)のざわめきがなかなか納まらない。 枕はお酒の話しで、さてはと思ったら、やはり「親子酒」であった。 さん生の演じる酔っ払いは、ひたすら上機嫌で文句なしに楽しい。 客席も好く受けていた。

ペペ桜井 ギター漫談

入船亭扇橋 「道具屋」
客席後方から「聴こえないよ!」と声が飛ぶ。 確かに扇橋は大声ではないけれど、聴こえない原因は、客席(特に後方)がざわついて五月蝿いからなのだ。 「聴こえません? 無理しないようにやってますから。」とマイペースの扇橋師は流石。 噺が進む内に、客席(特に後方)も穏やかになった。

三遊亭歌武蔵 「長短」
最初、相変わらず客席(特に後方)のざわめき納まらなかった。 短気な男の科白が大音量!大迫力!だったのは、あるいは、ざわざわとなかなか鎮まらない客席(特に後方)に向けてだろうか? 気長の男の身振りが実に細やかで、それを巨漢の歌武蔵がやるのだから可笑しさ倍増である。

柳家とし松 曲独楽

鈴々舎馬風 漫談

   <お仲入り>

鏡味仙三郎社中 太神楽
今日は仙三郎、仙一、仙花のトリオ。 仙花は前回、小花とのコンビでは、ほぼノーミスで務めあげたけれど、師匠と一緒の今回は、ちょっと不安定だったかもしれない。 一度、放ったバチを客席に落としてしまい、師匠から「もういいよ!」と言われても、「ちょっとだけ」と言って芸を続けてみせる。 仙花ちゃんの勝気な面を見た思い。

柳家さん喬 「天狗裁き」
さん喬はピアニッシモの人だ。 もちろん、ここぞと言う処では大音声を張り上げるけれど、そこから一転して、囁くような小声でドラマを造ってゆく事の出来る人って、そうはいないのではないか。 さん喬の表現力や懐の深さは、もしも洋楽器に例えるならば、差し詰めクラリネットってところだろうか。
これが、今日一番の出来。

太田家元九郎 津軽三味線

柳家三語楼 「青菜」
枕で、言葉の間の間合いを妙に長く取っていたのは、客席を鎮めるテクニックなのかな? ちょっと興味深かった。
「青菜」とはまた、夏らしい噺が出た。 聴く者を自分の世界にグイグイ引っ張り込むようなタイプでない、端正な、隅々まで好く練り上げられた芸と思った。 これは、根多が「青菜」だったから、なのかもしれないけれど。

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ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展(再訪)

国立西洋美術館で開催中のジョルジュ・ド・ラ・トゥール展を再び観て来た。

二回目となると、展覧会事態の構成を呑み込めているので要領よく観て回れるし、なにより最初観た折に比べて
細かな描写や絵の構成がずっと好く観えるようになっているのが嬉しい。

こうして、気に入った展覧会に二度通うと言うのは、実はごく最近になって覚えた絵の愉しみ方である。 もちろん、時間とお金が倍掛かる、ちょっと贅沢なやり方だから、自分の本当に好きな画家の、気に入りの作品が出展されている場合に限るけれど、やってみれば必ずそれだけのことはあるのだ。

今回は、展覧会もそろそろ終了日に近付いたせいもあってか、前回よりもずっと人出があった。
「ダイヤのエースを持ついかさま師」、「聖ペテロの否認」、「犬を連れたヴィエル弾き」、「荒野の洗礼者ヨハネ」、「蚤をとる女」、「聖トマス」などなど・・・ 前回観て感銘の深かった絵の数々が、細部までより深く観賞することが出来たのに満足している。

前回、それ程好くは観て来なかった模作の数々も、今回は一々興味深く観て回って、それぞれが価値の高い作品(ラ・トゥールじゃないから駄目と言うことで無しに)との認識を新たに出来たのは大きな収穫と思う。

会場を去り極、ちらと振り返ると、大勢の人だかり越しに「ダイヤのエースを持ついかさま師」が伺えた。 このイカサマ一味(及び被害者)を直に観るのは、きっと、これが最後なのだと思うと、少し感傷的になってしまった。
 

  芸術新潮 三月号
 
  ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展
 

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May 21, 2005

角川俳句4月号

角川書店の「俳句」誌 平成17年4月号を読んだ。

5月も半ばになって4月号のことを書くってのもナンだけれど、ゆっくりマイペースで読んでいたら、今頃になっていたと言う訳だ。

俳句の雑誌と言うものを、日頃は買わないのだけれど、

  大特集 国民的俳句-極め付きの3句
   一流性と一般性を兼ね備えた「国民的俳句」を選ぶ!

と言うのに釣られて手に取ってしまった。 これは、古今の俳句中から、誰からも愛されて質の高い句を、30名の俳人が各々3句選ぶと言う趣向である。
それぞれの選んだ句や、それに寄せるコメントが中々面白かった。 やっぱりその句で来たかと言いたくなるような正統派の選択があるかと思えば、あえて人の選ばぬ句を・・・確信犯的に趣旨を無視してないか?なんて勘繰れるチョイスも・・・取り上げる変化球派もあったりで、読んでいて中々面白かった。
そんな中で、「国民的俳句」として多くの俳人から共通して選ばれていたのは

  古池や蛙飛びこむ水の音    松尾芭蕉

  柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺  正岡子規

の2句なのであった。
成る程ねぇ。 さもありなん、と思う。 さもありなんとは思うけれど、これは、例えば自分がベスト俳句などをあげた時に、必ずしも入る句ではないと思う。 これら2句をチョイスした俳人各位にしても、「国民的俳句」と言うちょっと大仰な(?)条件が付いていなければ、なかなか登場する事もないのではないだろうか。 どうだろう?

自分の予ねて好む句、大切にしている俳句というものは、必ずしも一流性と一般性と併せ持つ句とは限らないと言う事を認識した次第。

   ▽▲▽▲▽▲

4月号の企画としてもうひとつ、

  追悼大特集 桂信子の生涯と仕事部屋

が特に読み応えのある内容であった。 自分は、昨年九十歳で亡くなったこの俳人に付いては殆んど知らなかったのだけれど、もっとも有名と思われる句

  ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき

  窓の雪女体にて湯をあふれしむ

などは、かつて何処かで読んだ覚えがある。 その他の代表句の数々や、周辺の人々の追悼文ともに味わい深く印象に残るものであった。

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May 18, 2005

鈴本演芸場五月中席

2005年5月17日(土曜日) 鈴本演芸場 <夜席>
 
今日は四割くらいの入りだったろうか。 でも、良く笑うお客で、雰囲気は好かった。
 
開口一番 柳家小きち 「小町」

柳家三之助 「かぼちゃ屋」

鏡味仙花・翁家小花 太神楽
やたっ!
この春晴れて寄席に上がった太神楽の新人二人がコンビで登場。 フレッシュな二人の芸を堪能する・・・と言う訳には、やはりゆかず、少しどきどきしながら見守る格好だ。 上手いのどうのよりも、芸に夢中の青春は、それだけで胸を打つものがある。 芸人とは言え、どちらも同世代の女性より余程あどけなく見える。

柳家三太楼 「動物園」
枕はさっきの太神楽のこと。 寄席に来てこれだけドキドキするって事は滅多にないものだそうで、(つまり、日頃はベテランの師匠方がカッチリとやってのける芸を新人が取り組むのに立ち会う訳だから)客席もドキドキしたろうけれど、楽屋はもっとドキドキしていたんです。 実は、みんな袖まで見に来てました。 「あ!あ~~~こ、小花ちゃん~!・・・・・・ほっ。」 お席亭に至ってはさらにドキドキしていたらしい。
噺の方も文句なしに楽しくて、これが今日一番の出来

柳家はん治 「君よモーツァルトを聴け」
これは桂三枝の新作。 魚屋が息子を診て貰ったお礼を言いに医者の家を訪れた。 医者は根っからのクラシック音楽で、魚屋を相手に薀蓄を語り、レコードでアイネ・クライネ・ナハトムジークを聴かせる。 (医者はLP、それもマニュアルのプレイヤーの愛用者だった)
医者がアイネクの事をソナタと言ったり、モーツァルト一家がイタリア、フランスはもとよりイギリスやスペインにも旅したとか言う。 この辺はきっと確信犯でやっているんだろうと思う。 クラシック音楽を変に茶化す訳でもなく、割合と面白く聞けた。

大瀬ゆめじ・うたじ 漫才
初めて聴く根多だった。 鰻屋のウナギは果たして養殖か和食か・・・ うたじの生真面目なキャラを生かした、鳥の巣と同じようなパターンが楽しい。

入船亭扇橋 「弥次郎」
扇橋の弥次郎は初めて。 キャラ的にピッタリ来て実に好い感じ。

柳家喜多八 「だくだく」
枕長過ぎではないか。 噺に入るまではかったるそうに話すので、長いと持たないのだ。 噺の方は手馴れた感じで流石。

   <お仲入り>

三遊亭歌武蔵 「新聞記事」
五月場所中ではあるが、相撲ネタは出なかった。 歌武蔵は繰り返しのギャグが強い。
それから、斜め前方に座ったおっさん、噺の途中で携帯メールのチェックは止したが好いよ。

柳家とし松 曲独楽

柳亭燕路 船徳
燕路は活きが好くって好きだ。 小柄な燕路の船上のやりとりは、身振りが大きくてこれが楽しい。 水辺の恋しくなる炎暑の頃にまた聴きたいと思う。

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May 17, 2005

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展

国立西洋美術館で開催中のジョルジュ・ド・ラ・トゥール展を観た。
この展覧会は以前から楽しみにしていて、もっと早く観に行きたかったのだけれど、何かとタイミングが悪くて今頃になってしまった。 すっかり出遅れてしまった感がある。

夜の静謐を描いたフランスの画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの事を、自分は堀田善衛の「美しきもの見し人は」と言う本を読んで知った。 取り分け夜の絵が素晴らしい。 闇の中に一筋灯った灯りからは静寂そのものが伝わって来るようで、堪らない魅力を感じるのだ。 たとえその画中の人物から言葉が発せられたとしても、それは呟き以上のものではないだろう。

今日まで伝わるラ・トゥールの真作は僅か四十枚あまりで、(その内の一枚「聖トマス」は、国立西洋美術館が所蔵する)今回はそのほぼ半数が展示されていると言う。 意外にもそれ程混雑していなかっので、割合にゆっくりと観て廻る事が出来た。

「聖トマス」、「聖ペテロの否認」
ラ・トゥールのものした肖像画の数々は、描かれる誰もが皆、直向きな顔をしているのが好い。 どれも大袈裟な表現は一切無しの自然体で、あるいは画家は、そこいらにいるオジサン達を捉まえ来て、あれこれポーズを取らせたのじゃないか。 そんな風に想像してしまう。

「犬を連れたヴィエル弾き」
貧しさや老いを、これでもかと描き尽くして止まない画家の眼差しからは、厳しさを突き抜けた末の慈しみを感じる。 小柄な犬が蹲って、丁度鑑賞者を見上げる格好の瞳がとても可愛らしい。

「聖ヨセフの夢」
たった一本の蝋燭の明るさを描くためには、なによりその周囲を覆い尽くす闇の存在が必要なのだと知らされる。
現代人には最早理解し得ない「闇」という魔物を感じてみたくなったなら、ラ・トゥールの夜の絵を眺めると好い。

「ダイヤのエースを持ついかさま師」。
この可笑しな絵のことは、「美しきもの見し人は」でも語られていたのである。 何しろ画題がすこぶる付きに面白いし、堀田善衛の文章も楽しくて、すっかり気に入ってしまった。
以前・・・横浜美術館のミュージアムショップだったか・・・この絵のポストカードを買い求めて、以来、フルートを持ち歩く鞄の中に飾ってある。 まさかこの絵を実際に見る日が来るとは想ってもみなかったので、流石に感無量である。
ところで実物は、自分が漠然と想像していたよりも、ずっと大きかった。(106X146cm)それにしてもこれは、「いかさま師」にしては一寸デカ過ぎるのじゃあないか? 白昼堂々だよ? なんて、余計な事まだ考えてしまう。
なにしろ「美しきもの見し人は」は文庫本だったし、長年この絵のポストカードを見慣れているしで、自分のイメージの中では、文庫本サイズ~ポストカードサイズで存在していた訳だ。 いつか、犯行現場を覗いているような気分になっていたらしい。
ここ十数年(?)来、画面中央の、葡萄酒を給仕する女性の視線が気になって、気になって、仕方なかったのだけれど、今回それをとくと見届ける事が出来て、まずは本懐を遂げた気になっている。

帰り、お土産に「ダイヤのエースを持ついかさま師」のクリアファイルを買い求めた。 「ダイヤのエース~」関連グッズとしてはこの他に、クリアファイル、メモ帳、ポストカードの3点を組み合わせた「いかさま師セット」があって、
こちらの方がお買い得のようであった。 メモ帳は日頃使う事がないし、ポストカードは既に持っているしで購入は見合わせたのだけれど、「いかさま師セット下さ~い!」と言ってみたかったのも確かなのである。
 
 
 芸術新潮 三月号
 
 ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展(再訪) 
 

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May 16, 2005

「徳川家康」第3巻 朝露の巻

「徳川家康」 第3巻 朝露の巻 (山岡荘八著 講談社文庫)

竹千代改め元康の、家臣と共に生きる覚悟を描く一巻。

駿河の今川家に預けられた竹千代。 岡崎の家臣たちの窮状を気に掛けつつ、人質の身として8歳から16歳までを過ごすのである。 何かと不自由な身ではあったけれど教育の面では恵まれて、学問は大原雪斎、武道は奥山伝心の教えを受ける。 但し、信長がうつけを通していた同じ年頃を、竹千代は終始目立たぬ用心をしていなければならなかった。 この、敵地で過ごした長い歳月が、後のタヌキ親父を生む萌芽となったかもしれない。

岡崎では今川の軍勢が我が物顔の振る舞い、時には乱暴狼藉にまで及ぶ中で、松平家の家臣、岡崎の領民達は貧窮に喘いでいた。 故国の窮状を聞かされ、当主としての責任を自覚し始める竹千代。
亀姫と束の間の恋を味わい、そして義元の肝煎により鶴姫と結婚。 元康の結婚生活は、しかし穏やかではなかった。 何しろ、妻は義元の姪と言うのに自分は今川家の人質に過ぎず、しかも、その妻は出自を笠に来て威張るタイプ(ヤな女)と来ている。 居心地の悪さは並大抵ではないだろう。

やがて、元康に決断の時が迫る。 来るべき義元の上洛戦では、義元本隊の露払いをさせられる運命の松平勢であるが、その際、信長軍と正面切ってぶつかれば全滅は免れ得なかった。 松平家の窮状を救うには、今川家の支配下を強引に去るしかないのだが、その時、妻子を岡崎に連れ帰る手立てがないのである。 万が一の場合は妻子を見殺しにせねばならないとしても、自分一人を信じて十数年間辛抱して来た家臣達が大事と言い切る元康。 元康は、大原雪斎の教えを通して、家臣との信頼関係を何よりも重く見るようになっていたのだ。 それにしても、なんとも厳しい話しである。 そんな内心を義元に悟られぬように警戒しつつ、傍目には泰然自若と構える元康。 早くもタヌキぶりを発揮である。

織田家では、信長のうつけぶりに手を焼く忠臣平手政秀が、新しい時代の到来を確信しつつ諌死を遂げる。 いよいよ木下藤吉郎も登場する。 それにしても、山岡作品の藤吉郎はのっけからスーパーマンぶりを存分に発揮し過ぎて、なんだか他の登場人物達から浮いている気もするけれど・・・
桶狭間の戦いが始まった。 信長は元康を、早くも将来の重要なパートナーと考えていて、その軍勢とは直接ぶつからぬように配慮する。 そして田楽狭間での、織田軍まさかの大勝利。 この一戦により、元康たちの運命が大転換を遂げるのだ。


松平元康   「爺・・・・・
          わしの決心はもう決まって居るのだ。
          打明けよう。他言するな」
酒井雅楽助  「ご本心・・・・・と仰せられるは」
松平元康   「わしはな、妻子には縛られぬ。その域
          からは脱し得た・・・・・
          わしを縛るものは唯一つ、岡崎に残った
          家臣たちの、今日までの忍耐じゃ。
          わかるかわしの言うことが。」
酒井雅楽助  「はい、よっくわかりまする」
松平元康   「わしはな、駿府の城下を離れた刹那から、
          そちらたちだけのものになろう。
          妻も想わぬ、子も捨てる・・・・・」
酒井雅楽助  「殿!」


<<あらすじ>>
信長のうつけぶりに手を焼く平手政秀は、信長が既に自分の理解の届かぬところまで成長を遂げた事を確信して諌死を遂げる。

駿府で人質の身となっている竹千代は武道では奥山伝心にシゴカレ、学問では大原雪斎の教え受ける充実した毎日を送っていた。 ある日、本多忠高の後家が幼子(鍋之助)の手を引いて岡崎から訪ねて来た。 貧しい身なりの後家から岡崎の家臣、領民達の窮状を聴かされる竹千代。

竹千代は元服して松平元信を名乗る。 元信は亀姫に惹かれつつも、今川家の嫡子氏真に弄ばれていたのを承知で鶴姫と結婚する。 やがて、岡崎への墓参を果たすが、歓喜する家臣、領民達に対して何もしてやる事の出来ない元信の心は切なかった。 彼らの為に、いつか妻子を捨てねばならないと覚悟を決める元信。 駿府に戻った元信は元康と改名する。 嫡男、竹千代の誕生。 元康の初仕事となった大高城への兵糧輸送任務は、頭脳プレーで織田方の裏をかき大成功を納めた。

織田家では、木下藤吉郎が早くも頭角を現し始める。 今川家との決戦が近付く中、前田利家は愛智十阿弥を斬って出奔する。 いよいよ義元の上洛が始まった。 木下藤吉郎は信長から、義元軍の行軍ルートを探索する任務を授かる。 そして田楽狭間での、まさかの義元軍敗退。 この大勝利によって、織田信長は一気に全国区へと踊り出た。


<<登場人部>>
<松平家(岡崎城)>
竹千代:松平家当主 元服して次郎三郎元信 改名して蔵人元康
松平広忠:故人 松平家先代当主 最も戦国大名に向かない男
松平清康:故人 松平家先々代当主
瀬名:信元の正室 今川義元の姪
竹千代:松平家嫡子 元康と瀬名の長男
亀:信元と瀬名の長女
華陽院:源応尼 故清康の妻、広忠の義母、故水野忠政の元妻、於大の方の母(複雑!)

<松平家家臣>
酒井雅楽助正家:主家想いの賢臣
酒井左衛門尉忠次:元康の叔母の夫
鳥居忠吉:家臣中の最長老
鳥居元忠:鳥居忠吉の三男 駿府で竹千代の傍に仕える
植村新六郎
大久保新八郎:豪放磊落な好漢
本多平八郎忠豊:故人 広忠の安祥城攻めの折、広忠の身代わりとなって戦死
本多平八郎忠高:故人 忠豊の子 今川の安祥城攻めの折、戦死
本多鍋之助:忠高の子 元服して平八郎忠勝(ただ勝つから、忠勝)
本多の後家:今川の安祥城攻めで戦死した本多平八郎忠高の後家
平岩七之助:駿府で竹千代の傍に仕える 後の平岩親吉
阿部大蔵:老臣
安倍甚五郎
榊原孫十郎長政
石川安芸
石川彦五郎家成:安芸の息子
石川与七郎:後の石川数正
長坂彦五郎:血槍九郎と呼ばれる槍の達人
平岩金八郎
天野甚右衛門
内藤与三兵衛
野々山藤兵衛
内藤小平次
天空:岡崎城下、大樹寺の和尚

<久松家(阿古居)>
久松弥九郎俊勝:久松家当主 誠実な好男子
於大の方:俊勝の正室 元康の母
三郎太郎:久松家嫡男
源三郎:次男
長福丸:三男
<久松家家臣>
竹之内久六:出奔した水野信近

<熊の若宮>
竹之内波太郎:熊の若宮当主

<織田家>
織田信長:織田家当主
奇妙丸:織田家嫡男
茶筌丸:次男
三七丸:三男 茶筌丸とは同日の生まれ
濃姫:信長の正室 斎藤道三の娘
類:生駒出羽の娘 信長の側室
奈々:吉田内記の娘 信長の側室
深雪:信長の側室
岩室:故信秀の側室

<織田家家臣>
平手政秀:平手の爺 信長のうつけぶりを嘆いて諫死する
平手監物:政秀の長男
平手五郎右衛門:政秀の二男
平手弘秀:政秀の三男
柴田権六朗勝家
林佐渡守通勝
前田犬千代:元服して又左衛門利家 愛智十阿弥を斬って出奔
簗田政綱:桶狭間の戦いで今川方の位置を伝える
愛智十阿弥:小姓 美貌で毒舌家 利家に斬られる
生駒出羽
佐久間大学盛重:丸根の砦を守って元康に破れる
織田玄蕃信平:鷲津の砦を守って朝比奈泰能に破れる
藤井又右衛門:足軽組頭
木下藤吉郎:厩の掃除番、沓取り、山林方、台所奉行を歴任
服部小平太:桶狭間の戦いで義元に一番槍を付ける
毛利新助:信長の傍に仕える 桶狭間の戦いで義元を討ち取る
八重:藤井又右衛門の娘
阿松:前田利家の許婚者
お勝:岩室殿の元召使 斎藤道三の側女
大雲:織田家縁、万松寺の和尚

<今川家>
今川義元:今川家当主
今川氏真:今川家嫡子
<今川家家臣>
大原雪斎:今川家の柱石 竹千代の師
関口刑部少輔親永:竹千代を預かる
吉良義安
朝比奈泰能
鵜殿長照
三浦備後守
浅井政敏
岡部元信
葛山信貞
堀越義久
瀬名:親永の娘 義元の姪 鶴姫(勝気) 竹千代と結婚
椿:義安の娘 亀姫(おっとり)竹千代と束の間恋仲に
智源:駿府城下、智源院の住持 竹千代の師
奥山伝心:浪人 駿府城下に寄宿し、鬼コーチとして竹千代を鍛える

<その他>
随風:諸国行脚中の僧侶


松平元康、既に二児のパパである。 長い長い物語りなのだからして、竹千代の少年時代をじっくりと描くのかと思っていたのだけれど、なんだか、あっという間にここ迄来てしまったの感がある。 恋に浮かれず、妻子に流されず、何より家臣を大事にする。 それが元康と言う人である。


天下泰平まであと23巻。

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May 09, 2005

「スケすけイチバ」の案内ハガキ

先程、帰宅したら、落語会の案内ハガキが届いていた。

  「スケすけイチバ」
   5月25日(水)
   時間 : 18:30~21:00
   場所 : 池袋演芸場(03-3971-4545)
   料金 : 2,500円(前売 2,000円)  
   柳亭市馬「猫忠」他一席
   橘家蔵之助「錦の袈裟」
   五明楼玉の輔「死神」

「スケすけイチバ」は、三人の若手噺家(柳亭市馬、橘家蔵之助、五明楼玉の輔)が定期的に催している落語会で、自分も昨年一度聴きに行っている。 とっても楽しかったので、是非ともまた聴きに行きたいのだけれど、当日仕事が何時頃あがるか判らないので、今の処ハッキリとしかねている。

さて、我が家に届いたハガキの差出人欄を見ると、きっとゴム判を捺したのでろう、「五明楼玉の輔」とあって、その両横に住所と電話番号とが添えてある。 これは無論、本名の筈はない。 でも、この住所で「五明楼玉の輔様」宛てに手紙を出したら、果たして実際に玉の輔さんの手元に届くものなのかどうか、ちょっと試してみたい気もする。

それにしても、ハガキに宛名(つまり、もとよしの住所氏名)を記す玉の輔さんの筆跡と言うのが、もう超個性的である。 金釘流・・・って言うんでもないか。 流れるような・・・違うなあ。 めめずがのたくった・・・し、失礼な! ともあれ本当に、これは一度見たら忘れられないよ。
そんな玉の輔さんの筆致に興味のある方には、ご自身で「スケすけイチバ」に出掛けて、会場で配られるアンケート用紙に、ご自分の住所氏名を書いてみる事をお勧めする。 暫く経った後に、次回の「スケすけ~」の案内ハガキが、あの超個性的な筆跡の宛名で届く筈(た、多分)である。 もちろん、噺の方は腕っこきの三人であるから、聴きに行って後悔する事などないと、これはもう、自信を持ってお勧め出来るのである。

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May 08, 2005

「東京イワシ頭」

「東京イワシ頭」 (杉浦日向子著 講談社文庫)
以前に読んだものを再読。

イワシって何か? 著者の杉浦日向子さんは、それを信じるものにのみ価値やご利益のあるもので、そうでない一般大多数にとっては何の価値もないもの。 そして若干の出費を伴う(只では駄目)モノを、即ちイワシの頭と定義している。(例えば上野広小路の黒焼屋さんで売っている孫太郎虫

江戸風俗研究家の筆者が、小説現代の若手編集部員ポアール嬢を相棒に得て、東京都内の各所に潜む「シアワセの鍵」=「イワシの頭」を訪ねて歩く。
黒焼屋さん、五木ひろしのディナーショー、高級エステ、女子プロレス、国技館の升席、東京都庁の展望台・・・
杉浦日向子さんの、好奇心全開、江戸っ子気質的な向こう意気の強さと、相棒ポアール嬢の脳天気さ加減の組み合わせがとっても好い感じである。 自分は元々、杉浦日向子さんの漫画のファンだけれど、この本に納められている杉浦さんのイラストはどれもカワイクて好きだ。 この本は、素早く一気に読み進めたりしないで、だらだらとページを繰ってゆくのが好いと思う。 杉浦さんの語るテンポに身を委ねてしまうのが、凄く好い気分なのだ。 人によっては、この本を「癒し」系とか呼ぶかもしれない。 自分に言わせれば、この本自体が「イワシ」である。

それにしても、イワシの頭大のシアワセくらいならば、結構あちこちに転がっているものと感心させられる。 但し、それは、こちとらに信心(それとお賽銭)が無ければ決して捕まらないものなのである。 毎回、いわゆるアポなし体当たりレポートを敢行するのだが、生憎イワシではなかったり(スカ)、時には相手がイワシどころかウミヘビで、杉浦&ポ・コンビの方が尻尾を巻いて逃げ出したりもする。

文中、大相撲の若貴ブームに触れていたり、オウムやフセインが冗談のネタになったりで、流石にその辺りは時代を感じさせられる。 もしも杉浦さんが、今もう一度この企画をやるとしたら、一体何をイワシに選ぶのだろう?

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May 06, 2005

初燕

昨日の午後のこと、我が家の近くで今年初めてのツバメを見た。
駅前の交差点に程近い歩道の上を、黒い小鳥が忙しなく飛び交っていると思ったら、やがて後から現れたもう一羽と共に、美容院の軒下にすいと消えていった。
「ツバメだ!」
美容院の軒は複雑な構造をしていて、彼らのスイートホームの在り処を確とは見定める事が出来なかった。

俳句の季語に、その年初めて見た燕への感興を謳うものがないものかと捜してみたら、「初燕」と言う言葉に出会った。 この「初燕」、実は春の季語なのだそうだけれど、自分的には、燕の到来は断じて初夏の風物詩である。 季語とは、折り合いの悪くなることしばしばだ。


  旧友の声後ろから初燕

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May 05, 2005

曽根崎心中

 曽根崎心中

  監督:増村保造
  原作:近松門左衛門
  脚本:白坂依志夫、増村保造
  撮影:小林節雄
  音楽:ダウンタウン・ブギウギ・バンド
  出演:梶芽衣子、宇崎竜童、井川比佐志、左幸子、橋本功

    1978年 日本


川崎市民ミュージアムの映像ホールで標題の映画を観た。

曽根崎心中」 1978年 日本 112分

前回観た「音楽」に引き続いての増村保造監督作品である。 徳兵衛を騙して悪びれない九平治や、決然として道行を選ぶ徳兵衛とお初の心理を描くどろどろとした表現に当てられぱなしの112分。 これが増村保造監督の持ち味なのだろうと思う。

天満屋の女郎お初役の梶芽衣子が、「音楽」の黒沢のり子と同様のハイテンションで道行までを貫く。 増村保造監督作品では、「情の強い女」がキーワード足り得るのかどうか、好くは判らないけれど、ともあれ、そんな映画を続けて観た事になる。
平野屋の手代徳兵衛役は、俳優としてはこれがデビュー作という宇崎竜童。 流石に他のプロの役者達と比較すれば稚拙な演技だけれど、それが徳兵衛と言う男の純情さに、丁度上手い具合に結び付いていると思う。 この人の顎の張った骨相は意外に古風な容貌を持っている事に、今回観ていて気が付いた。 徳兵衛役に宇崎竜童を据えたことで、他の役者達、お初役の梶芽衣子や九平治役の橋本功らのアクの強い演技と、あるいは丁度好く吊り合いが取れるものなのかもしれない。

音楽はダウンタウン・ブギウギ・バンド。 これは、当時の時代劇としては画期的だったかもしれない。 本来、古典的なものからは遠いイメージのある彼らがエレキギターやシンセサイザーを駆使して作る音楽は、しかし、おそろしくウエットなのである。

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「徳川家康」第2巻 獅子の座の巻

「徳川家康」 第2巻 獅子の座の巻 (山岡荘八著 講談社文庫)

「徳川家康」第二巻は竹千代の幼年期~少年期を描く。 竹千代流浪の半生の始まりであり、松平党我慢の一巻でもある。

松平広忠@最も戦国大名に向かない男。 戦には負けるわ、家庭内も上手く行かないわで、相変わらず散々の星まわりである。 周囲に向けても不幸を振り撒き続けて、もう目も当てられない状況が続く。 乱行の末、遂には家臣に殺害されてしまう広忠だが、戦国大名として生きねばならない苦悩から開放された、その最期は意外に安らかなものであった。

一方、幼い竹千代は早くも物事に決して動じない大物ぶりを見せ付けてくれる。 織田家への捕らわれの身で信長との出会いを果たし、今川家の人質となってからは、その存在感で周囲の人々を惹き付け始めた。 その竹千代の性格は、とにかく大物らしいと言うだけで、今ひとつハッキリとしないのである。まぁ、未だ幼児なのだから仕方ないのだけれど。

織田家に捕らわれた竹千代の助命嘆願に奔走する於大の方、そして、今川家の人質となった竹千代の身を案じて駿府入りする華陽院。 作者はこの二人に理想的な女性像を託しているような気がする。 今川家の柱石、大原雪斎と竹千代の祖母華陽院との邂逅。 この二人は、戦国の世を各々異なる角度から見詰めながら、お互い平和を願っていたのことを知る。 やがて、幼い竹千代の教育は当代きっての教養人でもある大原雪斎に託されることになる。

主君広忠を失った松平家に早速介入して来る今川家は、保護と言う美名の下、事実上岡崎城を占領してしまう。 この辺り、大国のエゴに振り回される小国の悲しさが容赦なく描かれるのである。 竹千代を取り返し、主君に頂く日だけを夢見て逆境に耐え抜く松平党の人々。 物語はいよいよ、竹千代を中心に廻り始めた。


織田信長  「人生すべてこれ座興かもしれぬ。
         ところでお許はこんどわしに何を土産に持って参った?」
於大の方  「はい。 母のこころ・・・・・・それ一つでござりまする」
織田信長  「よし、くれい」
於大の方  「差上げまする。 お受け取りを・・・・・・ (涙)」
        「差上げまする。 (涙) 母のこころ・・・・・・母のこころ・・・・・・ (号泣)」
織田信長  「もろうた。もろうた。 (大笑)
         お許の土産をたしかにもろうた。 もうよい (大笑)」


<<あらすじ>>
久松家に嫁いだ於大の方の元に、ある日、竹之内久六と名乗る男が仕官を請うて来た。 会ってみると、水野家を出奔して小川伊織を名乗っていた兄の信近である。 何やら思うところあるらしく、身分を偽ったまま久松家に使えることになる。
戸田家から田原御前(真喜姫)を娶った松平広忠だが、新妻にどうしても馴染む事が出来なかった。 広忠は於大の方を失った傷心の癒えないまま、家臣の反対を振り切って安祥城攻めを敢行。 織田信秀の率いる織田軍の反撃に会い絶体絶命となったところを、本多平八郎忠豊の犠牲によって辛うじて生還する。
一方、於大の方も広忠と竹千代のことが忘れられず、夫久松俊勝の誠実さに応えられない罪悪感に苛まれる日々を送る。
竹千代は今川家への人質としてへ駿府へと送られる途上を織田方にさらわれる。 同行の金田与三左衛門は三河武士の意地を見せて自害した。
一旦は主君から遠ざけられた片目八弥。 お春の犠牲によりカムバックを果たすが、主の心を理解出来ぬまま、遂に広忠を殺害してしまう。
織田方に捕らえられた竹千代の助命嘆願のため、信長に謁見する於大の方。 その信長は城下にうつけぶりを轟かす一方で、捕らわれの竹千代とは不思議と気が合うのであった。 信長、斎藤道三の娘濃姫と結婚。
今川家に岡崎城を取り上げられ、野に放り出された松平党の面々は、安祥城攻めの最前線に投入されて苦戦を強いられる。 激戦の末、遂に安祥城を落として城主織田信広を捉える中、先頭に立って戦った本多平八郎忠高は壮絶な戦死を遂げる。
松平竹千代と織田信広の人質交換を済ませると、竹千代、今度は今川方の人質となった。(やれやれ) 
華陽院、竹千代を案じて駿府入りする。 駿府では関口刑部少輔親永に預けられる竹千代。 親永の娘鶴姫と出会い、元日の賀では義元に気に入られる。 一方、尾張では信長の廃嫡運動が進む中、信秀が急死。 信長はその葬儀の場でも乱行に及ぶのである。


<<登場人部>>
<松平家(岡崎城)>
松平広忠:松平家当主 先代からの今川家寄り 最も戦国大名に向かない男
松平清康:故人 松平家先代当主 広忠の父
竹千代:松平家嫡子
華陽院:故清康の妻、広忠の義母、故水野忠政の元妻、於大の方の母(複雑!)
田原御前:真喜姫 広忠の後妻 広忠とは不仲
楓:田原御前の侍女(性格悪し)
お春:広忠の側室 岩松八弥の元許婚者
随念院:広忠の伯母
<松平家家臣>
酒井雅楽助正家:主家想いの賢臣
本多平八郎忠豊:広忠の安祥城攻めの折、広忠の身代わりとなって戦死
本多平八郎忠高:忠豊の子 今川の安祥城攻めの折、戦死
鳥居忠吉:家臣中の最長老
阿部大蔵:老臣
阿部四郎兵衛
阿部四郎五郎
阿部新四郎重吉
植村新六郎
大久保新十郎
大久保新八郎:豪放磊落な好漢
大久保甚四郎
石川安芸
松平外記
岩松八弥:小豆坂の合戦で片目を失い、以来片目八弥と呼ばれる一途な忠臣 お春の元許婚者
阿部徳千代:竹千代の側小姓 竹千代と共にさらわれる 後の善九郎
天野三之助:竹千代の側小姓 竹千代と共にさらわれる
天野又五郎:竹千代の側小姓 三之助の兄
石川与七郎:竹千代の側小姓
平岩七之助:竹千代の側小姓
松平与一郎:竹千代の側小姓
内藤与三兵衛:竹千代の側小姓
野々山藤兵衛:竹千代の側小姓
金田与三左衛門:竹千代を駿府に送る途中、織田方に奪われて自害する。

<久松家(阿古居)>
久松弥九郎俊勝:久松家当主 誠実な好男子
於大の方:俊勝の正室 松平家離縁後に俊勝と再婚
<久松家家臣>
竹之内久六:久松家に仕官して来た男 その正体は出奔した水野信近

<熊の若宮>
竹之内波太郎:熊の若宮当主 美青年 謎の多い人物

<織田家>
織田信秀:織田家当主
織田信長:信秀の嫡子
織田信行:信秀の子(嫡腹の次男)
織田信広:信秀の子(妾腹の長男) 安祥城城主だが今川方の捕虜となる
土田御前;信秀の正室
濃姫:信長の正室 斎藤道三の娘
岩室:信秀の側室
<織田家家臣>
平手政秀:いわゆる、平手の爺
前田犬千代:信長の側小姓
柴田権六朗勝家:信行派
林佐渡守通勝
加藤図書助:竹千代を預かる

<今川家>
今川義元:今川家当主
<今川家家臣>
大原雪斎:今川家の柱石 竹千代の師
関口刑部少輔親永:竹千代を預かる
吉良義安
瀬名:親永の娘 鶴姫(勝気)
椿:義安の娘 亀姫(おっとり)

<戸田家>
戸田弾正左衛門康光:戸田家当主
戸田宣光:戸田家嫡子
戸田五朗政直:康光の次男


大国の政策に振り回される小国の辛さが、第一巻から引き続いて、これでもかと描かれている。
この第二巻で特に印象的なのは、逆境を耐え抜く松平党の人々の辛抱強さと、幼い竹千代の見せる大物ぶりである。 山岡荘八の描く三河武士像と言うものに注目してみたい。


天下泰平まであと24巻。

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木村伊兵衛写真賞の30年

川崎市民ミュージアムで開催中の企画展を観た。

時代を切り開くまなざし
 -木村伊兵衛写真賞の30年- 1975 - 2005

30年に及ぶ木村伊兵衛写真賞の歴代受賞作品が公開される。 これは、そのまま我が国の写真史であり、写真家の眼を通してみた社会史でもあり得るのだろう。 まさに、「時代を切り開くまなざし」である。

自分はもともと写真というものに付いて疎いし、まして木村伊兵衛、そして木村伊兵衛写真賞と言うと、自分とはまるで縁のない気がしていたけれど、展示されていた中に見覚えの写真が結構あったのには、少し驚いたのである。
なにぶん、展示作品が膨大なので駆け足気味で観て回る事になった。 見落としがあるかもしれないし、もしかしたら宝物の前を、知らず素通りしているかもしれない。

1979年受賞の岩合光昭、1987年受賞の中村邦夫、1989年受賞の星野道夫らは、それぞれネイチャーフォトの第一人者として以前から良く作品を目にしていた。 木村伊兵衛賞・・・やはり貰っていたのか、と言う感じである。

山野を切り崩す工事現場を淡い色調で撮った1992年受賞、小林のりおの作品からは、薄っすらとした哀しみが伝わって来る。 それは一体、誰の哀しみだろう。

大規模な工場、近代的なプラントをまるで巨大な生物のように捉えた1993年受賞、畠山直哉の作品。 この人の眼は凄い。 増殖する事しか知らぬプラントは、最期は何処に行き着くのだろう。

2003年受賞の澤田知子。 この人のことは、藝術新潮の三月号を読んで知っていた。 前向きで、力強い。 思わず笑いを誘う、明るくてエネルギッシュなこの人の世界は大好きだ。 もっと沢山観たいぞ。

一番新しい、2004年受賞の中野正貴。 都市空間を研ぎ澄まされた感性で鮮やかに切り抜いて見せた作品である。 この企画展中で一番気に入った写真家は?と問われたら、自分は躊躇無くこの人を選ぶことだろう。

木村伊兵衛その人の作品も展示されていて、その中にも見覚えの写真が幾つかあった。 1954~55年にパリで撮影したカラー写真が取り分け味わい深い。 約400点に及ぶという今回の展示作品は、どれもみな時代を切り開くまなざしなのである。

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May 04, 2005

音楽

 音楽

  監督:増村保造
  原作:三島由紀夫
  脚本:増村保造
  撮影:小林節雄
  音楽:林光
  出演:黒沢のり子、細川俊之、高橋長英、森次浩司

     1972年 日本


川崎市民ミュージアムの映像ホールで標題の映画を観た。

音楽」 1972年 日本 104分  

題名からして音楽を中心に据えた、例えば音楽家が主人公の物語などを期待したのだけれど、そうではなかった。 まったく、全然、違っていた。 これは、良心の呵責・・・と言うよりも精神のバランスの混乱から心身の機能に異常を来たし、遂には音楽が聴こえなくなってしまった女の、心の救済の物語なのである。

この、思いっきりどろどろした作品の主人公、麗子を演じるのは黒沢のり子・・・・いや、何も言いますまい。 すごいお方です。 それにしても、至福に至った時にのみ聴こえて来る音楽って・・・
麗子の幼少時からの、心の奥底に秘められた秘密をひとつひとつ解きほぐしてゆく精神科医を演じる細川俊之(若い!)は、ここではおそろしくクールな二枚目である。 最近の、ちょっと腹黒剽軽な感じとは程遠くて、この人は今の方がずっと好いと思う。 上手に歳をとったってことだろうか。
森次浩司@モロボシダンって、こういう役もやっていたんですね。 正直、驚天動地でした。 まあ、好い子が観る映画ではないから良いんだけれどね。

全編を彩る、林光の音楽(映画「音楽」の映画音楽!)がもの凄く好いです。 剃刀のように怜悧で、それでいてちょっと自棄っぱちところもある。 チェロ、フルート、ハーモニカ等の使い方に痺れました。 そして忘れてならないのがハサミの効果音。

映画「音楽」。 自分としては、なにより映画監督増村保造と言う人を知った映画と言う事になろうか。

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川崎市民ミュージアム プロムナードコンサート

連休の水曜日、川崎市民ミュージアムに出掛けて標題のコンサートを聴いて来た。

川崎市民ミュージアム プロムナードコンサート
  2005年5月4日(水曜日)
  川崎市民ミュージアム 逍遥展示空間

川崎市民ミュージアムでは館中央の逍遥展示空間で定期的にプロムナードコンサートを開催している。
出演者は一般公募で、プロ・アマ問わずと言う事らしい。 この日の出演者は以下の4組。

<<午前の部>>

<オンド・マルトノ独奏>
オンド・マルトノ。 この不思議な楽器に付いて、生では、見るのも聴くのもこれが初めてである。
楽器のサイズが、昔から漠然と想像していたのよりも、意外に小さいのにちょっと驚いた。
オンド・マルトノを構成する各パーツ。 小さめのキーボード、コーンスピーカー、弦と共鳴胴、箱入りのシンバル(?)(正しくはなんと呼ぶのか判らないけれど)のどれもが思いの他、カワイイ。 コーンスピーカー、弦と共鳴胴の二つはアールデコ風デザインなのだと、今頃になって発見した。

さて演奏に入ると、その音色のクリアーなことにもうひとつ驚いた。 自分的にはもっと、暖かみと言うか、ふわっとした音色(つまり・・・アナログのレコードを連想させるような・・・って、勝手にレトロ趣味に走ってしまっていますね。 反省!)を勝手に想像していたのだけれど、聴いてみると割合に怜悧な響きなのである。 想いの外現代的なのである。 (ここらは、奏法やチューニングで変わるのかもしれないけれど)

演奏した曲目の中では、やはりと言うべきか、原田節の作曲になる「オリーブの雨」が特に素晴らしかった。 オンド・マルトノと言えば、グリッサンド(?)や、奏法の変化にどうしても期待が向かってしまうけれど、そこはこの楽器の第一人者の作だけに、楽器の多彩な特性と曲想とがひとつになって、聴いていてお終いまで飽きる事がなかった。

途中、奏者がマイクを取って、楽器や楽曲の紹介をされたのだけれど、楽器の響きと同様、ふうわりとした雰囲気の話し振りが、如何にもオンド・マルトノ奏者らしく(?)感じられて、とても微笑ましかったのである。

一方、他楽器からのアレンジものは、時として単調に感じさせられ事も無くはなかった。 特段工夫を凝らさずに、
あんまりフツーに弾き続けているる、なんだかピアニカ風に聴こえてしまったりもするのである。
終演後、オンド・マルトノに近寄って、まじまじと観察させて貰った。 (コーンスピーカーユニットはFOSTEX!)

白鳥:サン=サーンス
オリーブの雨:原田節
アディオス・ノニーノ:A.ピアソラ


<ピアノ独奏(弾き語り)>
ポピュラー名曲は自ら編曲されたと言う。 そして、演奏からステージマナーに至るまで、実に堂に入った内容である。 ピアノ、ヴォーカル共に共通して言える、朗らかで柔らかな雰囲気が、休日の午前中に好くマッチして、聴き手にとっては至福の一時であったと思う。

80日間世界一周:ビクター・ヤング
テネシーワルツ:P.W.キング & R.スチュアート
シバの女王:M.ローラン
風花:自作
雨にぬれても:バート・バカラック
you:自作(弾き語り)
風と午後とオレンジティー:自作(弾き語り)


<<午後の部>>
<ピアノ独奏1>
ピアノ独奏によるでクラシックの小品集でこういうのは安心して聴いていられるから好い。 全体的に凛とした雰囲気の漂う好演で、逍遥展示空間に響き渡るベーゼンドルファーの音色も美しい。

エリーゼのために:ベートーヴェン
アラベスク第一番:ドビュッシー
夢:ドビュッシー
月の光:ドビュッシー
亜麻色の髪の乙女;ドビュッシー
ロンドニ短調:モーツァルト
小犬のワルツ:ショパン


<ピアノ独奏2>
こちらはジャズ系の方らしい。 演目はどれも自作とのことで、大変意欲的な内容と思う。 ベーゼンドルファーをガンガン鳴らしてくれて、聴いていて実に気持ちが好いのである
曲自体にスケールの大きさを感じさせる一方で、和声重視で旋律線が見えて来ないのが惜しいと思う。 ショートレンジの繰り返しが多くて、構成的に少し単調に感じてしまった。 作曲面での才気を感じるだけに、ここらをもっと掘り下げてみては、などと思うのである。

早春のアラベスク:自作
冬祭:自作
through up to the sky:自作
夕ぐれ:自作

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恨み藤

桜が終わって今は藤の季節なのである。 あちこちから、藤の花の見事に咲く様子が伝わって来ている。 遠出をしないで藤を愛でる事は出来ないものだろうか・・・などと随分虫の好い事を考えていたら、等々力緑地の中に藤棚があった事を思い出して、早速行ってみた。
等々力緑地内に数ヶ所ある藤棚だけれど、どれも、葉こそ好く茂ってはいるけれど、肝心の藤の花は殆んど咲いていなかった。 申し訳程度に、ちょぼちょぼっと見られるのみである。 観に来るのが早すぎるのか、それとも遅きに失したのか、あるいは、元々ここではこんなものなのか、好く判らない。
満開の藤棚を見る事が出来なかったのは痛恨だけれど、それでも五月晴れの下、等々力緑地内をぶらぶらと歩き廻るのは、なかなか気分の好いものであった。

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May 03, 2005

渋谷駅発 深夜急行バス

これは少し以前の話しになるけれど、客先で仕事していたら思いがけず長引いてしまって、とうとう終電を逃してしまった事がある。 その時間からでは、どうあがいても、途中の駅まで辿り着く事しか出来ないのである。

そこで思い切って、山手線を普段とは反対に廻ってやる事にした。 そうすると渋谷駅までは行く事が出来る。 電車で行ける駅まで行ってそこからタクシーで帰るとしたら、渋谷駅が最も自宅に近いと踏んだのだ。

さて渋谷駅に付いて、タクシーを捕まえるべく西口に降りて見付けたのが、深夜と言うのにターミナルに停車する数台のバス、「深夜急行バス」の案内板と、それを待つと思しき人々の行列である。

深夜急行バス」?

こんな時間にバスを運行していたとは知らなかった。 確かに、連夜出来るタクシー待ちの行列を見れば、自然考え付く発想なのかもしれないけれど、バスで少しでも安く帰れると言うのは、とても有り難い話しではないか。(交通費は自腹ではないけれど、少しでも安くあげたいと思うので)
行き先を確かめると、なんともラッキーな事に、自分の最寄駅の直ぐ近くにも停車するのだ。 通常のバス料金よりは高額だけれど、それでもタクシーを使うのに比べるとずっと安く帰る事が出来る。

渡りに舟とはこの事ではないか!

早速、深夜急行バスの乗客となった。結構混んでいる。 それにしても、こんな時間にバスに乗るのは飲み会の二次会以降組か、深夜残業か・・・ 車内にそこはかとない倦怠感が漂っていたとしても無理は無いのである。

渋谷駅発深夜急行バス ミッドナイト・アロー号。 今夜も走っているのだろうか。 酔っ払いと深夜残業お疲れ組を乗せて。

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May 01, 2005

シューベルトの交響曲第1番、第4番

シューベルト 交響曲第1番 ニ長調 D.82
シューベルト 交響曲第4番 ハ短調 D.417「悲劇的」

シュターツカペレ・ドレスデン  指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
録音:1981年5月14日~15日、1980年3月17日~19日 ドレスデン・ルカ教会
ドイツ・シャルプラッテン TKCC-70261

シューベルトの交響曲第4番と言えばこの間、アーノンクール指揮ベルリン・フィルの爆演を聴いた訳だけれど、ああいった濃い目の演奏を刷り込んでしまうのはちとマズイ、もっと違ったタイプの演奏も聴いておくべしと思うので、以前買ってあったブロムシュテット、シュターツカペレ・ドレスデン盤を久々に取り出した。

演奏は、とにかく「しなやか」の一語に尽きると思う。 流石にアーノンクールがライブ盤で聴かせ得たような修羅場感はない。 その分スリルや面白みに掛けるのは確かだけれど、その代わり音楽に少しの破綻も見られ無い訳で、緊張と抑制のバランスが適度に行き届いた名演奏と思う。

収録された二曲のうちでは、(目下のところ)どうしてもアーノンクールと比較してしまう第4番よりも、明朗で溌剌とした第1番の方が、聴いていて素直に楽しめる。
両盤の聴き分け方に付いて敢えて触れるならば、楽曲全体を俯瞰して細部まで味わい尽くすにはブロムシュテット盤が好く、一方、音楽の奔流に身を任せて共に流れてやろうと言うのならばアーノンクール盤に軍配があがる、と言うところだろうか。

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