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December 31, 2004

大晦日

以前からの懸案であった自分のホームページ「詩歌管弦」をそろそろ本格運用させたいのだけれど、コンテンツの整理がなかなか捗らないでいる。 この年末年始を利用して一気に進めてしまいたいところなのであるが、何やかやとあって、意外に作業時間が確保出来ない。

毎年、兄の家で歳を越す事す習慣になっている。 今年も、これから兄の家に出掛ける。 姪っ子が駅まで出迎えに来てくれるとの事である。

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December 30, 2004

「Balada<望郷のバラード>」

「Balada<望郷のバラード>」と題されたCDを聴いた。
Vn. 天満敦子 Pf. 吉武雅子 KING RECORDS KICC423

このCDは先日、ニフティFCLAの友人の訃報を聴いたその翌日に買い求めた。 以来、取り憑かれたように何度も聴いて、その度に(月並みな表現だけれど)「なんとも鬼気迫る演奏だなぁ」と言うのが率直な感想である。
良いよ、これ。 もう、無茶苦茶に良いよ。 クラシックのヴァイオリンの名曲集のCDが欲しい。 でも、どれを買ったら良いか分からないと言う人がいたら、迷わずこれを選ぶべし。 その代わり、後々他のCDを聴いたら生温くて物足りなくなるかもしれないけれどね。
自分的には、ヴァイオリン小品のCDと言えば、これまではクライスラーの自作自演集が君臨していたけれど、今回そこにこの「Balada<望郷のバラード>」を加えねばならない。
天満敦子のトレードマークとなっているポルムベスクの「望郷のバラード」は再録音で、ピアノ伴奏版と無伴奏版の2バージョンを収録して情緒纏綿と聴かせる。 しかし、それよりもむしろ、自分としてはヴィターリの「シャコンヌ」に聴くハイテンション剥き出しの表現の方が衝撃的であった。 まぁ、人によっては表現があまりにも濃過ぎて受け入れらないって人もいるだろうけれど。
定価3,000円と言うのは、クラシック音楽のCDが輸入盤を中心に価格破壊が浸透している今日、随分と強気な値段だけれど、この一枚には凡百のヴァイオリン名曲集のCDが束になっても叶わない強烈な魅力があると思う。
CDの解説によれば、収録曲の殆んどがワンテイクで録音されていると言う。 時折、ピッチに付いてありゃりゃと想う瞬間があるのは、そのせいに違いないけれど、その代わり、真剣勝負の気迫に溢れる演奏をものした。

自分がチェロを習い始めて間もない頃、師事した先生の主催する発表会を聴きに行った事がある。(自分は未だ出られるレベルではなかった) ごく小規模の発表会だからして、小さなスタジオのような処に椅子を並べてお客さん(勿論、その殆んどは生徒の家族である)に座って貰った中に自分も座ったのである。 途中で、ふと後ろを振り向くと、すぐ真後ろに座っていたのが天満敦子さんにそっくり・・・と言うかきっとご当人だったのではないかと思う。 今となっては確かめるすべも無い話しではあるが。

収録曲
ポルムベスク:望郷のバラード(ピアノ伴奏版)
ヴィターリ:シャコンヌ ト単調
クライスラー:愛の悲しみ
シューマン:トロイメライ
バルトーク/セーケイ:ルーマニア民族舞曲
シャミナド/クライスラー:スペインのセレナード
バッハ/グノー:アヴェ・マリア
シューベルト:アヴェ・マリア
ベートーヴェン:ロマンス へ長調 作品50
ポルムベスク:望郷のバラード(無伴奏版)

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December 29, 2004

仕事納め

霙降る中を朝から越谷へ。 現地に着いたら小雪になっていた。 いろいろと小トラブルはあるも、14時頃にはなんとか問題をクリアーする事が出来た。 有り難い、これで年が越せるてぇもんです! 雪は、お昼頃から激しい降りに変わっていて、窓からの景色なんて、見慣れた風景が一変して、もう一面の銀世界って奴だ。
16時頃に都内の職場に戻ったけれど、こちらは雪は殆んど降らなかったようである。 さっきまでの雪景色がなんだか嘘のようであった。 17時半より納会。 早々に切り上げて家路に付いた。 それにしても寒い。 今日はこの冬初めてマフラーを巻いた。

両の手に重荷抱へた折りもをりチクリ!抓つて逃げ去る君は

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December 28, 2004

染太郎

午後から越谷へ行った。 またまた仕事捗らず。 何時もながら要領悪し。 まったく、今年も残り僅かだって言うのに・・・

越谷からの帰り、染太郎(北千住駅構内店・東武線北千住駅コンコース内)に寄ってお好み焼きを食す。 なかなか美味である。
お好み焼きなんて、普段は滅多に食べないんだけれどね。 店の前をふらりと通りかかったら、あの味を思い出した訳だ。
ここは、熱々のお好み焼きが、あっという間に出て来るのが嬉しい。 実は、自分はお好み焼きにしろもんじゃ焼きにしろ焼くのが不得手で、未だに独りで上手に拵える事が出来ないでいる。 まぁ、不器用だからなんだけれど、それとも、手先の器用さと言うよりはセンスの問題ですかね?

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December 27, 2004

夏への扉

<「夏への扉」はロバート・A・ハインラインのSF小説>

納得のゆかぬを吾にさす君は夏への扉捜す猫かも

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December 26, 2004

情報は発信するもの

ブログ「問はず語り」を始めて一ヶ月半が経過した。
当初は、日記としての内容が多くを占めるのではないかと想像していたけれど、日頃思う事柄を書き記してみたり、読んだ本の感想などを書き留めておいたり、と言った内容が多くなっている。 一ヶ月半分の駄文は、人様から見てどうかは良く判らないけれど、自分で読み返してみると、これはこれで中々面白いのである。
暗闇に向かって独り呟き続ける自分の姿のイメージから名付けた「問はず語り」であるが、幸いなことに既に数名の方々よりコメントとトラックバックを頂いている。 皆さん、ありがとうございます。

昨日、December 20, 2004「ピアノ都々逸」にコメント頂いたシムさんは都々逸詠みの方。 自分のような俄か詠み都々逸とは違って本格的。 数多くの作品をものしておられる。 こういう方に笑覧頂けると言うのは光栄であり、またコワイ事でもあります。

もうひとつ昨日、December 04, 2004「古今東西 陶磁器の修理うけおいます」にトラックバックを頂いた 金継ぎnet さん、どうもありがとうございます。 ブログに陶磁器の金継ぎに興味があると書いて、専門家の方から反応を頂けるとは思ってもいませんでした。 早速 金継ぎnet に行って、作業中の写真等を興味深く拝見しました。

情報は発信するものであると、つくづく感じ入った次第。

#追記:来年の手帳を今日やっと買い求めた。(高橋書店のいつものアレ)

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December 25, 2004

山手111番館クリスマス・コンサート

山手111番館でのクリスマスコンサートから帰還した。
横浜市内、山手の高台には、開花の頃に西洋人が居を構えた、いわゆる「西洋館」が残されており、往時の雰囲気を今に伝える横浜の観光名所となっている。
どの西洋館でも、単に建物を見せると言うだけで無しに、日頃からコンサートや展示会などの企画を盛んに打ち出しているのが嬉しい。
今回我々が山手111番館でコンサートを持ったのもその内の一つで、西洋館の見学者が通りすがりに生演奏を楽しんで行けるような、気軽なコンサートを持ちたいと言うのがコンセプトの、アマチュア音楽家によるボランティアコンサートと言う位置付け。 これは、我々にとっては本当に得難い場と言える。
折しもクリスマスと言う事で、7つある西洋館はそれぞれ日、米、露、西など世界各国のクリスマスの飾り付けを展示していた。 山手111番館の場合はアメリカのクリスマスである。
1920年頃の建築と言うこの建物は、元々が個人の住宅であったと言うだけあって、例えばイギリス館などに比べれば小作り、ホームサイズと言う印象である。 勿論、往時のレトロな雰囲気はそのまま保たれており、コンサートの会場となった、二階まで吹き抜けになっているリヴィングは、かねて自分の思い描いていた「サロン的空間」の雰囲気そのままの素晴らしいシチュエーションとなっている。
ここでは、これまでに数回のコンサートを行っているけれど、観客動員数と言う点では、一階が満遍なく人々で埋まった今回が最高であろう。 演奏していて本当に有り難いやら、なんだか申し訳ないやら・・・
自分は C.P.E.バッハ のトリオソナタ G-Dur Wq.153 を、フルート+ピアノで演奏した。 ここでの演奏は聴衆の目の前・・・手を伸ばせば届く距離・・・で行うのである。 数十の視線をモロに感じて、流石にちょっと舞い上がった。 あちこちミスもあったけれど、まあまあ上手くいったのではないかと思う。 特に2~3楽章など、思い切り景気好く吹き進めたのが良かった。 それは、自分がこの曲に思い描いているイメージとは少し違うけれど、今日のこの場面、このお客さまの前では、こう言う方向で行くのが良かろうと判断したのである。 印象に残るメロディーの無い、二つの楽器の掛け合いを楽しむべき、むしろ玄人向きと言って良いかもしれないこの曲を、この場で演奏出来た事、拍手で迎えられた事がとても嬉しい。
終演後は中華街で打ち上げ。 台湾&薬膳料理を楽しむ。 年内は、もうオフの予定もないので、これは、このメンバーでの忘年会でもあるな。 皆さん良いお年を。 来年もよろしくお願いします。

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December 24, 2004

明日は本番

朝から越谷へ行った。 眠いのと電車が酷く混むのには参ってしまう。 思いの外に仕事捗らず、問題残したまま帰って来た。
そうこう言ってる内に、もう明日は山手111番館の本番だ!

幼いと云はれふくれる君の頬突付いてやろか雷おこし

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休日出勤

今日(12月23日)は明日の仕事の準備の為に休日出勤。 それにしても、随分と効率の悪い働き方で祝日を潰して自己嫌悪気味になっちまったい。

飲むならば上澄みだけを 底の方?さあどうでせうと笑ひ立ち去る

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December 22, 2004

「ニッポニア・ニッポン」

「ニッポニア・ニッポン」杉浦日向子著(ちくま文庫)を読んだ。 1980年代に発表された、何れも明治時代以前の日本を舞台とした短編漫画集である。
自分は杉浦日向子の漫画を好むけれど、何処がどう良いとか言った説明をするとなると難しい。 何しろ、扱うテーマが換わる毎に絵の印象もガラリと変えてしまうのだ。 漫画家として、決して一定の画風、スタイルに落ち着かない人のように思う。
構図、各コマから時に流れ出る余韻がとても心地好い。 気に入った作品を何度か繰り返し読む内、ストーリーなどはどうでも好くなって、気が付けば特に気に入った一つのカットにじっと見入っていたりする。 漫画と言うよりは、掌編の小説を読んだ気分にさせられるんだ。
収録作品 「殺生」、「夏草とリボン」、「夢幻法師」、「馬の耳に風」、「月夜の宴」、「冥府の花嫁」、「湯治湯にて」、「鏡斎まいる1」、「鏡斎まいる2」、「前夜」、「安らかな日々」

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December 21, 2004

来年の手帳

そろそろ来年の手帳を買っておかねばならない。 そう、手帳は貰い物で済まさずに毎年自分で買っているのだ。
毎日使う手帳としてどんなのが良いかって言うのは、長年悩みつづけたテーマである。 一頃流行った(?)システム手帳を試した事もあるけれど、矢鱈とかさ張るし、なんでもしまい込んだまま放ったらかしにしてしまう、自分のようにズボラな人間には向かない事が判った。 (因みにシステム手帳の他には無い大きなメリットは、年度を跨ぐ時にも本体はそのまんまで通せると言う事だ) 最近はあんまり見ないけれど、ノートPCの普及で立場が無くなりつつあるのではないかな? 電子手帳、携帯端末の類は万が一のクラッシュがコワくて使う気になれないでいる。 何しろこちとらは滅法物持ちの悪い人間と来ているからなぁ。
いろいろと試したあげくに、何時の頃からか毎年同じモノを買うようになっている。 高橋書店の手帳版スタンダード(約16cmX約10cm)のもの。 もっと小さな手帳版小型もあるけれど普段手帳を胸ポケットに入れたりはしないし、縦長の手帳版スマートだとどうも落ち着かない。 書きやすく読みやすいこの大きさが一番気に入っているのだ。
自分が手帳に求める機能は見開き一週間タイプのメモ欄とカレンダーがある事くらいである。 メモ欄は横書きタイプで罫線は極細のものが良い。 (罫線の太いのは目障りでイケナイ) 二本ある栞紐は気が利いている。 自分は真っ白な紙は嫌いで、すこしベージュ掛かったのが(この色は何と呼べば良いのか)好ましい。 地下鉄路線図は偶にお世話になる事もあるけれど、JRや私鉄の路線図が無いのは中途半端と思うな。 その他の付録は不要! ま、量にすればほんの少しなので邪魔にはならないけれど。 それと、別冊のアドレス帳は今時殆ど使われないだろうし、これは別売りにした方が良いのではないか?
コレといって目立つ取り得はないけれど、自分にはこれで充分。 って言うか、実際はこれでもオーバークォリティなくらいだ。 さて、この週末あたり、2005年版を買っておかねば。

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December 20, 2004

ピアノ都々逸

先日のピアノオフに合わせて、ピアノにちなんだ都々逸を詠んでみた。
都々逸と言えば、これまで自分には縁の無かったジャンルではあるが、やってみるとこれがすこぶる面白い。 後からあとから、自分でも不思議なくらい次々に生まれて止まらなくなってしまった。 よって、短歌の方は暫くお休みである。 これって、良いんだか悪いんだか・・・
ところで、この洋琴都々逸集、ピアノオフのプログラムに自己照会文代わりとして載せしまったのである。  都々逸だからして、しゃっちょこばってはいられないとは言え、こうもつまらん内容のものを量産した自分に呆れたピアニスト諸兄姉は少なからずいたに違いない。 いやはや・・・

弦を発止と張る洋琴なら繋がる縁の切れるものかは


声を掛けてと云つたくせして弾きだしや夢中の洋琴奏者


小犬のワルツねだる子実は生きた仔犬を欲しがつて


洋琴なんてと想つてましたあなたの溜め息聴くまでは


落ちた独奏者拾ひ上げます力自慢の洋琴奏者


家の洋琴と何処かが違ふちがふ筈だよ蓋が開く


お祭り男で売つてる奴の秘密ショパンの夜想曲


洋琴の蓋を開けるふりしてあなたの来るの待つてゐる


戴冠式が合ひそな人に革命是非と所望され


もしも洋琴が弾けたならとか云つてた頃が嘘のやう


満場息を凝らすカデンツァ右の肩紐落ち始め


子供の領分聴かす子疾うに大人の領分踏み出して


あたしとどつちが大事と問はれき、決まつてるさと洋琴奏者


マネとモネつてどふなつてるの?展覧会の絵が好きで


髪掻き上げる仕草が好くて上手の席で聴く洋琴


まう一周はしてゐる筈のカバー洋琴に嫌はれて


洋琴始めてお洒落になつた貴方今夜はレッスンね?


爪を除いて満艦飾のをんなが弾いた乙女の祈り


変はつたよねと責められて訊く最後の調律いつだつけ?


地味で無口を通すおまへが洋琴弾くときや伊達男


愛の喜び伴奏請ふなら愛の悲しみ知る人に


白黒付けてと泣いたおまへを帰した後で弾く洋琴


鬼瓦みたやうな顔してトロイメライで泣かす人


乙に澄ました洋琴でさへも槌に打たれて音が出る


ペダルに脚の届かぬふりはあなたがPrimo弾いたから


ゴルトベルクが主の鼾を待つてゐたよな長い夜


発表会で弾きたい曲が聴こえ買ひ物切り上げる


あんまり青い空は嫌だよあなた想つて弾く洋琴

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December 19, 2004

テレマンとC.P.E.バッハは違うと言う事

今日は12月25日に横浜の山手111番館で開催を予定している西洋館クリスマスコンサートの練習会があった。
以前から、ここで演奏する曲をテレマンのトリオソナタとばかり思い込んでいたのであるが、今朝さらっておこうとパート譜を広げたら Carl Philipp Emanuel Bach と書いてあった。 あ~あ。 一体どこでどう勘違いしたのか判らないけれど、ともかくテレマンではないのである。 それにしても、今までずっとテレマンと思い込んでいた自分には呆れるしかない。
大バッハの作品は好きで、これまでにも色々とやって来たけれど、C.P.E.バッハとなるとハンブルガー・ソナタくらいしかやっていない・・・とは言えこの間違いは酷いなぁ。
気を取り直して C.P.E.バッハ のトリオソナタ G-Dur Wq.153 を合わせねばならない。 何のかんの言っても来週は本番なのである。 午後から和泉多摩川駅近くにある小さな楽器屋さんに併設のスタジオに集まって、もう一組、ウェスト・サイド・ストーリーのピアノ連弾と合わせての練習会となった。

第一楽章 Andante: 一見簡単そうな譜面なのであるが、余程ゆっくり目のテンポで行かないと破綻する事が分かった。 ゴメンなさ~い!ってくらいのスローテンポを取るべし。 このあたり、思い切りが肝心である。
第二楽章 Allegretto: 意外な事に、テンポ的には問題無く吹けた。 但し、独奏と伴奏とが分かれるてしまう処があちこちにあって、その度に疑心暗鬼に駆られて自滅してしまう。 自信を持って吹き進めるには練習を積むしかないと分かっているんだけれどね。 いつも準備不足で臨んでしまう。 残り一週間の内に自分のものにしてしまわないと。
第三楽章 Allegro: これも速めのテンポで大丈夫。 独奏部と伴奏部が要所要所でピタリと合っていくのが気持ち良い。 後半は上手い具合に指が廻ってくれて、吹いているのが只々快感であった。 シアワセ!

練習後は近くの沖縄料理の店で反省会。 泡盛、オリオン・ビール、ゴーヤーチャンプルー、テビチ、豆腐ようなどをつまみながら、共通の友人の話題、先日のピアノオフの話しなど。 大丈夫、本番はきっと上手く行く。

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December 18, 2004

「悪魔の紋章」

「悪魔の紋章」江戸川乱歩著(江戸川乱歩全集 第十一巻 講談社)を読んだ。
先日読んだ「緑衣の鬼」に引き続いての乱歩作品である。 なんともまあ凝りに凝ったトリックに、捜査陣も読者である自分も翻弄されまくった一巻であった。 でもねぇ犯人さん、この10分の1の労力で充分に目的は遂げられると思いますよぉ・・・ハハ。 とまれ天才的犯罪者の手に掛かると、犯罪の大小に関わらずコトは簡単に遂行する訳にいかないのでしょうね。 天才の苦悩は凡人には分からんのだぁ!
名探偵が好んで周囲を煙に巻きたがるのは「緑衣の鬼」と同じである。 こういうのが江戸川乱歩のスタイル、乱歩調(お、この表現気に入った!)なのであろうか。 物語としては全く救いの無い話しなんであるが、作者の興味は専ら犯罪のトリックの方に注がれている。 最後、犯人を罪に駆り立てた事情への思いもさることながら、前代未聞のトリックを賞賛せんばかりの名探偵。 この辺がまた乱歩なんだろうね。

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December 17, 2004

招待状

母校の合唱団から定期演奏会の招待状が届いた。
今回で40回目になると言う。 自分の現役時代、と言うと随分昔の話になるけれど、おそらくその頃が合唱団の歴史上最悪の低迷期だったのではないかと思う。 年々団員が減り続けて、果たして合唱として成り立つかどうかが危ぶまれる処まで行った。 現在は少人数の声楽アンサンブルが流行りのようだけれど、その頃はある程度の人数が集まらなければ合唱にならないと言う意識があったのである。 それが、団員が集まらない。 どころか、只でさえ少ない部員の中から退部者が続出すると言う有様。 日々悲壮感に満ちてましたね。
そんな訳で、演奏の上で満足感を味わったと言う記憶があまり無い。 合唱団にいて、音楽的には飢えていたのである。 やりたい音楽を思い切りやったと言う実感のないまま卒業。 どれこもれも過ぎ去ってしまえば良い思い出・・・と言ってしまえばそれまでではあるが、しかし、その当時の無念さや不当感が、後々アマチュア音楽家としてのハングリー精神を育んだかもしれない。
自分の卒業後暫く経ってから、母校の合唱団は見事に勢いを盛り返した。 コンクール(自分の時代は参加しなかった)でも良い成績を残し、団員も充分に確保出来ているようである。 40回記念定期演奏会を寿ぐと共に、合唱団の現在の盛況を喜びたい。 あの時代の自分達の苦労があればこその今・・・なんて話はしたくないし、今では合唱ともすっかり遠ざかってしまっている自分だけれど、とまれ40回の内の4回は自分が歌ったのである。

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December 15, 2004

忘年会

夕刻より全社員を集めて社長の講演があった。 自分の職掌柄感心の持てる話であった事もあり、興味深く聴く。 その後忘年会になったけれど、こちらは代わり映えがしなくて詰まらない。

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December 14, 2004

ショパン 夜想曲 Op.27-2

ショパンのノクターン第8番変ニ長調 Op.27-2
これも、先日のピアノオフで聴いた曲の一つである。 この時弾いたピアニストは、見るからに精悍なタイプの若い男性。 キャリア的には中級者レベル(ってのも随分と掴み所の無い見立て方だけれど)にいるのではないかと思われる。 よって、運指の正確さであるとかテンポ感や構成感など、色々と改善の余地が有るように思うのではあるが、しかし、その一方で、抑揚の音楽的な事や響きの繊細さ等には大いに唸らせられるものがあった。
こういうのは素人考えに違いないけれど、このピアニストに見るような特徴は、往々にして男性のアマチュアが持っているのではないかと思う。 まぁ、中級者クラス(自分のやりたい事を、ある程度は表現出来るレベル、と定義しようか)に限って言えば、だけれど。
このノクターン、「もしもピアノが弾けたなら」自分ならばこう弾くだろうと、かねてから考えていた演奏にかなり近かい。 あるいは、音楽的な嗜好が自分と似ていると言う事かもしれない。
同じピアノニストが、この他にバッハの平均率と「星に願いを」(ジャズ風)を弾いたけれど、それでもショパン(仕上げると言う意味では、3曲の中で最も難しいと思う)が一番良かったと思う。

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December 13, 2004

アーメンの幻影

一昨日のピアノオフの演目の中に、オリヴィエ・メシアン(1908~1992 仏)作曲の<アーメンの幻影>より 第7曲「成就のアーメン」があった。 二台のピアノによる演奏。
法悦とか官能的とか言った単語を、音楽の評論で時折見掛けるけれど、実の所、どう言う意味なんだか良く判らないでいる。
この日の「成就のアーメン」も、いわゆる官能的の部類に入る一曲だったかもしれない。 ともかく、何時の間にか不思議な昂揚感の中に浸っていたのである。 音楽の大きなうねりの中に放り込まれて、その混沌とした流れに身を任せたままでいる事の幸福。 いつ始まったのか良く判らないし、いつ終わるのかも定かでない。 出来れば何時までも、このままこうしていたいとさえ思うけれど、やがて、コトが終われば常識で制御された日常に戻る事を、心のどこかで意識している・・・
それにしても、こんな途方も無い曲を一介のアマチュアピアニスト達が弾いてしまうのだから参ってしまう。(それも楽しげに!)

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December 12, 2004

ピアノオフ2004冬

昨日はピアノオフの当日。 いつもの通り、のんびりまったりと楽しんで来た。
会場は恒例となっている幡ヶ谷のアスピア。 このオフの売りである二台ピアノと、フラットスペースで飲食も可(有料)の使い易さを兼ね備えた場所である。
参加者各位の中には、前回と比べてハッキリと上達していると感じさせる方が何名もいて、このところ向上心が薄れて来ているのを実感する身としては、参ってしまう。まったく、ぼやっとしてはいられんではないか。

今回は自分は3つの演目に参加した。
シューベルトの「アダージョとロンド・コンチェルタンテ」。 この曲、チェロは途中の休みが多いのが自分のようなヘタレ奏者には大変に有り難い処。 にも拘らず、何度弾いても同じ辺りで落ちるのが情けない処ではあるが。
それにしても、弦とピアノのアンサンブルは楽しい。 他のメンバーが腕達者なのを頼りにして、自分はそれに付いて行っただけと言う話もあるけれど。 迷惑を顧みず(ゴメンなさい)機会を作ってもっとやって行きたいものだ。

千住明のピアノ協奏曲「宿命」(フルート+ピアノ版)は、あちこち失敗してアッチッチと仰け反ったが、先日の練習会で打ち合わせて、ここはこうやりたいと決めた事はみんな出来た。だから、いろいろと反省点はあるものの、意外な程満足感は高いのである。 全体を無傷で納めるのに拘るよりも、どこか一点光る部分を作って行くのが、自分の場合は合っているのかなあと思う次第。

「揺籃のうた」草川信作曲、岩川智子編曲。 演奏に先立ってピアニストが、前回のピアノオフに出てくれた我々の友人が先日亡くなった事、これはその追悼の意味を込めての演奏である事などを申し述べる。 友人のハンドルを聴いたら目頭が熱くなって来た。 泣いては流石に笛が吹けないと思うので、頑張って押さえ込んだけれど。 曲の方は趣旨に相応しくしっとりと演奏出来たと思う。 しかし、練習して吹けるようにした部分を本番に来て間違えてしまった。 申し訳ない。 ともあれ、これで、自分の中で一つのけじめが付いた気がする。

今回は、ニフティサーブの会議室を出て初めて迎えるピアノオフであった。 オンラインの環境を一新した訳であるが、前回のオフで初めて参加した人がまた来てくれたり、新しい顔も増えたりで、なかなか上手く行っているのではないかと思う。 まだまだ改善する処もあるだろうけれど。
本会終了後の反省会(宴会)も多いに盛り上がって好かった。 23時と言うのに帰りの山手線が混んでいるのには、チェロ担ぎとしては参ってしまう。 二次会に流れた人が多かったようだけれど、皆さんちゃんと帰れたのかな~? 今日来てくれた人も、残念ながら今回の参加が叶わなかった人も、次回また合いましょう。

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December 10, 2004

ピアノオフ前夜

明日はピアノオフ2004冬の当日である。
大人気ない話とは想いつつも、既に遠足前の子供状態に陥って仕舞っている。 なにせ、この処色々とあった。 ありすぎたと言っても差し支えないくらいだけれど、ともあれ明日一日が充実して過ごせれば良いと切に願うのである。
半年毎に開催されるピアノオフは、その名の示すとおりピアノの演奏を主体とするオフである。 室内楽系のオフなどではピアノが重要な役割を果たす事も多いが、ピアノオフではピアノが完全に主役そのものとなる。 従って、エントリーするにあたってはピアノが入る事が必須条件になる。 これは、自分の場合で言えば、ピアノ四重奏でのエントリーはアリでも、弦楽四重奏はダメと言う事。
参加者の過半数がピアニストであると言う状況は、フルーティスト兼チェリストである自分から見て実に新鮮なのである。 楽器やレパートリーも然ることながら、考え方や行動パターン等からも教えられること、考えさせられる事が少なくない。 もしも自分が他の楽器でなくピアノを選んでいたら・・・なんて考える事も時にはあるのだ。
本来ピアニストではない自分(そりゃ、偶には弾く真似をしたりもしますよ)だけれど、誘われてフルートを吹いた2001年冬のピアノオフ以来、このオフの居心地の好さに惹かれて連続参加を続けている。 本当に好い雰囲気なんだ。
繰り返しになるけれど、今回のピアノオフは間際になってから、普段にも増していろんな事が起こった。 明日一日を恙無く過ごして、そして関係者各位に心からのお礼を言いたいものである。

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December 09, 2004

「緑衣の鬼」

「緑衣の鬼」江戸川乱歩著(江戸川乱歩全集 第十一巻 講談社)を読み終えた。
日頃は推理小説に縁の無い自分であるが、江戸川乱歩その人にはなんとなく興味があって、何か読んでやれと全集の一冊(この際どれでも良かった)を図書館で借りて来た。
この小説にはかの有名な明智小五郎は出て来ないけれど、それを彷彿とさせる名探偵の乗杉竜平が登場する。 それにしても、乱歩の描く名探偵ってのは、もう嫌味なくらいクールだねぇ。 そういったキャラクターが歓迎された時代(昭和11年~12年当時)なのかもしれないけれど。 そんな、冷静沈着で時に人を食ったような言動をみせる探偵とは対照的なキャラクターとして、商売柄に似合わぬ多血質と言える探偵小説作家の大江白虹を登場させたのは、作者の優れたバランス感覚の賜物であろうと思う。
乱歩作品の常と言うべきか、説明が一々回りくどい気がするけれど、古い推理小説なので、まぁ仕方ないか。 随分と凝った筋立てだけれど、通勤途上にぼんやりと読んでいてさえ、話に付いて行けなくなると言う程でもない。 この辺の手際の鮮やかさが乱歩を読む醍醐味・・・とか言い切る自信の無いのが、我ながら情けない処ではあるなぁ。 とまれ、乱歩読みとしてはまだまだの自分である。

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December 08, 2004

大根

昔、バイクに凝っていた頃には良く三浦半島まで走ったものである。 海岸線の景色も然る事ながら、あの辺りの内陸部の起伏に富んだ風景もまた魅力であった。 訪れるのならば取り分け冬が良い。 一面に広がる青々とした大根畑は、今考えると既に三浦大根ではなくなっていたのであろう。 随分と前から青首大根に転作されていると聞くから。
今はバイクを手放してしまったし、また、持っていたとしても乗り方を忘れているし、なにより寒風の中を走り続ける気力がありそうもないと言う情けない自分ではあるが、それでも、いつかまた三浦の大根畑沿いの道を走って(歩いてだって良い)みたいと思っている。

  大根引大根で道を教えけり   小林一茶
                (「現代歳時記」成星出版刊)

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December 07, 2004

御目見以上

NHK大河ドラマの「新選組!」も次が最終回らしい。 ファンのサイトを見ていると面白そうで、やっぱり見ておけば良かったか~?などと、ちょっぴり後悔している。
本日考えた定義:おめみえいじょう(オメミエイジャウ)【御目見以上】 暴れん坊将軍の大詰めで、松平健から「予の顔を見忘れたか!」とか言われちゃう人の事。(阿呆~!)

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December 06, 2004

悲しいほどお天気

昨日に引き続いての好天である。 それにしても、松任谷由美のアルバム「悲しいほどお天気」は実に秀逸なネーミングと思うな。 この言葉、彼女のオリジナルですかね? それとも、誰か他の人も使っていたのではないかしら
・・・まぁ、それほど知りたい訳でもないけれど。 今朝はこの冬初めて、電車の窓から雪を被った富士山を見た。

友人の訃報を受け取って、かなり辛い気持ちが一週間以上続いたろうか。 仕事中、独りでパソコンに向かっていて、ふと集注を解くと涙目になっていたりした・・・ここ数日でようやく立ち直ったと思うが。
自分の父も母も、亡くなった翌朝は、やはり悲しいほどお天気だったのを思い出す。 どちらの場合も季節は冬であり、それにしてはぽかぽかと、やけに暖かだったのも同じである。 父の時だったか、焼き場に向かうバスの中で暖かな陽射しを受けて、遺影を抱いたまま居眠りをしてしまった。 悲しいほどお天気と故人を忍ぶイメージの中に、先日逝去した友人が加わる。

 あんまり青い空は嫌だよあなた想つて弾く洋琴

さっき久々に村松楽器のサイトを見て気が付いたんだけれど、村松のフルートフェアは一昨日~昨日だったんだ! いやはや、今年も行き損ねたわい。

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December 05, 2004

ピアノオフの練習会2

昨夜の暴風雨から一転してあまりにも晴れ渡った空。 「悲しいほどお天気」は言わずと知れた松任谷由美のアルバムの題であるが、そんな言葉が何度も口を衝いて出た一日であった。
今日は代々木の「スタジオプリヴェ」にて12月11日のピアノオフの為の練習会があった。 初めて入る「スタジオプリヴェ」は古い住宅街の中にある、こじんまりとして、とても趣味の良いスタジオである。
自分は既に正規枠でシューベルトの「アダージョとロンド・コンチェルタンテ」、更に映画音楽プロジェクトで千住明のピアノ協奏曲「宿命」をエントリーしている訳であるが、今日練習したのは「揺籃のうた」草川信作曲、岩川智子編曲 で、先の2曲とはまた別のエントリーになる。
この楽譜、元々は今日伴奏して貰ったピアニストが、先日亡くなった友人にピアノオフで唄って貰おうと心積もりしていたものである。 それをフルートで代奏する。 今日のピアニストと自分とは、共に故人と演奏する機会が多かった事から、これを以って追悼の演奏にしましょうと言う話になったのである。
 「揺籃のうた」と言えば、草川信の作曲は広く知られていると思うが、岩川智子の編曲に付いては、まず、知られてはいないのではないだろうか。 技巧を尽くしたピアノ伴奏部が本当に見事だ。 華麗で、繊細で、切なく、まずこれ以上は考えられないくらいの美しい仕上がりになっている。 ピアニストに人を得れば、素晴らしい演奏効果が上がる佳品と思う。 言っても栓の無い話ではあるが、亡き友人の唄で聴いてみたかった。 ピアノオフ当日は、故人の為に心を込めて吹かせて頂く。

「スタジオプリヴェ」での練習を終えた後、ぶらぶらと新宿駅西口までお散歩。 本当に気持ちの好い気候だ。 パウエル・フルート・ジャパンに入ってみる。 村松楽器などに比べれば流石にこじんまりとした店内であるが、その分落ち着いて雰囲気も好い。 併設されている客席数100の小ホールがまた良い出来で、機会があれば是非使ってみたいと思わせられた。
折角来たのだからと、10K、14K、19.5Kの3本を試奏をさせて貰う。 この中では、余分な力を掛けず気持ち良く吹ける10Kには特に好印象を持った。 頭部管としてはボストン、フィルハーモニーの2種類が用意されていて、店の人の話しでは、響きを重視したフィルハーモニーは村松に似ているとの事である。 ところが、吹き比べてみてボストンの方が好かったのはどうした訳だろう。 息が素直に音になっていく印象で、吹いていてこちらの方が楽しいのだ。 村松には無い魅力を感じたと言う事なのかもしれない。 その後、現在は販売していないと言う旧タイプの頭部管も試させて貰ったけれど、実はこれが一番良かったかもしれない。とまれ楽器の試奏は難しい。

あんまりお天気が良いので、このまま帰るには勿体無くなってしまった。 半蔵門に出て、また散歩。 靖国神社->北の丸公園->国会議事堂 と歩く。 この周辺の黄葉を見ておきたかったのだ。 未だ陽が出ていたので、調子に乗ってそのまま皇居を一周する。 好い一日だった。

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December 04, 2004

「古今東西 陶磁器の修理うけおいます」

「古今東西 陶磁器の修理うけおいます」甲斐美登里著(中央公論新社刊)を読んだ。
陶磁器の金継ぎには、以前から興味があったのである。 興味と言うのは、技術そのものよりも、そういったものを受け入れる(育て上げる)文化に対してであるが。 この本は、一介の骨董好き(但し筋金入りの)であった甲斐さんが、長年憧れ続けた金継ぎの技を、様々な紆余曲折の末に身に付けて、遂に店を構えるまでを自伝風に綴っている。

 月も雲間のなきは嫌にて候  村田珠光

と言う茶道の言葉をこの本で知った。 一体、金継ぎと言うのはヨーロッパ的な美意識からすると、全く理解の外なのだそうな。 そういった事に付いては自分なども、さもありなん、くらいには思うけれど、英国で陶磁器の「修復」技術を習い、英国美術骨董修理修復家協会の会員にもなった甲斐さんの体験談からは読んで考えさせられる事が少なくない。 それにしても、一方での美がもう一方では醜になってしまう文化のギャップと言うのは興味深いと言うか、はたまたオソロシイと言うべきか。
文章は機知に富んでいて、読み進めるが実に楽しい。 但し、こちとらに理解力の乏しいせいか、肝心の修理の技術に関しては今ひとつ良く理解出来なかった。 だから、陶磁器の金継ぎとは何か?を知るのに好適の書と言う訳でもないと思う。 むしろ、ユニークな経歴を持つ甲斐さん独自の視点から語る日本とヨーロッパの骨董品修理修復事情が実に興味深い。 あと、文章を読む限り、かなり強気なタイプとお見受けして、ハテナマークが脳裏に瞬いた事が何度もあった。
甲斐さんの修理の対象は、高価な陶磁器ばかりでなしに、廉価ではあっても持ち主が愛情を持って使ってきたものが多いと言う。 自分も、身の回りの陶磁器が割れなどしたら甲斐さんのような修理屋さんに持ち込んで金継ぎして貰いたいくらいの気持ちでいるのだが、いかんせん愛情を持って接しているような陶磁器など一つも無いのに気付いて愕然とするばかりである。 総じて、とても楽しめた本であった。

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December 03, 2004

テレマンのトリオ・ソナタ

12月25日山手111番館のXmasコンサートで演奏を予定しているテレマンのトリオ・ソナタ ト長調の練習をやらねばならない。 まるで馴染みの無い曲だが、飽かずに聴かせられるだろうか? 非公開が原則のオフとは異なり、不特定多数の人々に聴いて貰う訳だから、ちょっと心配ではある。 未だ全然手の内に入っていないので、そろそろ頑張らないとヤバイのだ。
この他に12月11日のピアノオフで演奏する3曲や、来年、教室の発表会で弾く曲やらで、何時の間にか宿題だらけ、夏休みのラスト一週間と言った状態になってしまっているのは、夏休み気分で遊び呆けていた結果かって言うと、そんな話しでは無くて、要するに仕事ばっかりしていたのだ。 いずれにしても復習う暇が無かったのには変わりがないけれど、働詰めの結果と言うのが、なんとも情けない話しではある。
テレマンの曲と言えば、これまでにも幾つかやったけれど、いつも、何処か掴み処が無い気がする。 なんとなくだけれどね。

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December 02, 2004

慌てるとロクな事は無い

とあるオフの帰り間際に起きた悲劇の顛末。
その日、自分はフルートを持参していて、その場に来て居たピアニスト諸兄姉を相手にアンサンブルを楽しんでいた。 やがて時が過ぎて、借りていた部屋を出なければならなくなった段になって一斉に撤収作業が始まった。 自分以外のオフ参加者全員がピアニストと言う状況は、自分にとってそれ程珍しい事ではないのだが、この日、他のメンバーがあっと言う間に部屋を後にするのを見て流石に慌ててしまった。 何しろピアニストは持ってきた楽譜を鞄に放り込めばそれで良いのだから、帰り支度は非常に素早いのである。 それに対してフルーティストたるこちとらはと言えば、楽譜は勿論の事、何よりも大事な楽器を片付けねばならないのだ。 「あ~ん、待ってぇ~」などと心細い声を上げる間もあらばこそ、みんなどんどん出て行ってしまう。 であるからして、普段ならばフルートのお掃除棒にガーゼを丁寧に巻くのを、この時ばかりは乱暴に、巻くと言うよりは先端に引っ掛けてフルートにずぼっと突っ込んだとしても、誰にも責められないではないか。(駄目ですかぁ?)
で、この乱暴に巻きつけたガーゼ、なんとまぁフルートの胴部管に引っ掛かってしまったんである。 無理に抜こうとしたら、すこっと棒だけ抜けてガーゼは中に残ったまんま。 ホント、一瞬パニックに陥りましたね。 ともかく時間が無いので、その場はガーゼ入りのフルートをケースに収めて家に帰る事に。
さて、家で落ち着いてガーゼを取り出す作業に取り掛かった訳だが、このガーゼ、トーンホールに引っ掛かって仕舞って、棒で突付いたくらいではビクともしない。 いろいろと案じた末に、足部管側から耳掻きを突っ込み、ガーゼを引っ掻き出す一方で、もう一本の耳掻きをリングキーの穴から突っ込み、ガーゼを押し出すと言う両面作戦によって、なんとか取り出す事に成功した。 リングキーにしておいたお陰で助かったと言うべきか。 さもなければ、恥を忍んで楽器屋さんに持ち込むしか無かったろうな~。 それにしても、これまでにフルートの掃除を何百回やったかしれないけれど、こんな羽目に陥ったのは始めてである。 慌てるとロクな事は無いと言うお話しでした。

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December 01, 2004

なんと言って数える?

都々逸をなんと言って数えるのか、気になって仕方ないでいる。
最近は「数え方の辞典」 飯田朝子著(小学館)などと言う本が話題になっているくらいで、こういった事に敏感な人が増えているのかもしれないけれど、自分の場合は、ピアノオフのプログラムに都々逸を載せるのに「都々逸幾つ」とか添えて書きたいと言う、甚だ現実的な事情を抱えているのである。
句では勿論ないとして、都々逸は本来は都々逸節と言うそうだから一節、二節と数えるものなのかしら? それとも、やっぱり首ですかね~? こんな事で悩んでいる内に、いよいよピアノオフが近づいて来たぞ。

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