December 09, 2019

忘年会でした

 
 
先日、職場の忘年会がありました。
ちょっと早過ぎって気もしますけれど、なに、これくらいの時期が予約しやすいって事で。(笑)

場所は、職場からちょっとばかり歩いたところ。
ここ、ワタシ的に初めてのお店ですね。(^ァ^)
まぁ、このところ、外食からすっかり足の遠のいている私としては、どこへ入ろうが、その印象は新鮮なんですけれど。(笑)

席に着いてみれば、意外や少人数(我が職場としては)の会席でした。
まぁ、次々に配膳されるお酒も料理が、どれも美味しかったので無問題です。

        ▽▲▽▲▽▲

このお店。 酒食の配膳を店員さん一人でやっていました。
つまりフロアの仕事を、たった一人でこなしているんですね。
スゴイ働きぶりで、これにはビックリの我々。
経費削減の波がココにも押し寄せて・・・・ なんて、皆で語っている内に夜も更けて参りました。

        ▽▲▽▲▽▲

その内に職場の不平不満、ぼやきクレームのあれこれが俎上に上がりだしまして・・・・(^^ゞ
雰囲気が怪しくなって来たので、ワタシは早目に退散させて頂くことに。

すっかり弱くなったモンです。orz
まぁ歳だしねぇ。 体調を崩すのがなにより怖くて、もう、そんなには呑めません。(笑)

 
 

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December 07, 2019

十二月の通院

 
 
月に一度のスケジュールで病院に通っている私。
本来ならば、十一月中に通院しておかなければならなかったところです。
それが、この十一月の内にはとうとう行くことが出来ず、既に十二月に突入しちゃってます。orz
受診をひと月分すっとばしたカタチですけれど、ともあれ今回も病院です。
お薬の在庫も切れかけているところでした。 アブナイ、アブナイ。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

そういうワケで土曜日の朝、いつもの病院へと伺ってみれば、この日は見事に満員です。 待合室も満杯。(^^ゞ(まぁ、土曜日ですしね)

でも、混んでいた割には、それほど待たされることもなく、アッサリ診察して貰いました。
数字の方は、前回よりも幾分好くなっていまして、まぁ好かった。 ほっと一安心です。(^ァ^)

過去に比較的良好な数値を記録していたのが、五月の診察の折りまでのこと。
その後(診察を数回サボったこともあってか)値は急激に悪化していました。orz
そこから数ヶ月。 気を取り直し、捲土重来を期して(自分なりに)頑張りまして。(^^ゞ
で、今回でやっと、五月頃にマークしていた値まで盛り返した格好です。 

先生からは、ここからだね、と。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

それにしても、この数日で急激に冷え込んで参りました。
風邪なんかひいちゃったら、元も子もないですからね。 油断大敵です。(^^ゞ
皆様も、くれぐれもご自愛下さいませ。

 
 

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November 23, 2019

映画:東京オリンピック(1964年大会)

 
 
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公式記録映画:東京オリンピック (1964年大会)
Tokyo Olympiad
 
 
監督:市川崑
撮影:宮川一夫
 
 
    1965年公開   日本・東宝
 
 
 
ワタクシ、最近はた(!)と気のついたことがありまして。
市川崑が監督を務めた、東京オリンピック(1694年大会)の映画ってありますよね。
公開の当時、「芸術か記録か」論争を巻き起こしという問題作です。

これ、前々から観ておきたいと想っていた映画のひとつ(市川崑作品ですし)ではあるんですけれど。 でも、ボヤボヤしていられなくなりました。
だって、今の内に(さっさと)観ておかないと、もうすぐ次の東京オリンピックが始まっちゃうじゃありませんか!(笑)

そんな謎の危機感(笑)から、手に取った公式記録映画「東京オリンピック」のDVD。
1964年・第18回東京大会の公式記録映画です。(公開は1965年)

        ▽▲▽▲▽▲

その日、1964年10月10日の(旧)国立競技場。

この日を、ついに我が国は迎えることとなりました。
秋晴れの下、東京オリンピックの開会式が始まります。
 
 
「1964年10月10日午後2時。
いよいよ選手団入場行進開始であります。
先頭はオリンピックを生んだ栄光の国ギリシャ・・・・」
 
 
こうして過去の大会の開会式を見ても、やはり感動します。
胸の高鳴りを抑えられなくなる。 それがオリンピック。

世界各国からトップアスリート/観客を迎えての、この開会式。
敗戦後十九年を経て、ここまで立ち直った日本の姿を、世界に向けて訴えます。
当時の日本人が共有していたであろう晴れがましさ。
あるいは、ちょっと恥じらいも(そこはシャイな日本人です)あったかも。

そして、航空自衛隊の F-86 戦闘機が、東京上空に描いてみせた、壮大な五つの輪。
戦後日本を象徴する、クライマックスのひとつですね。

数々の想い出と記録の詰まった、この素晴らしい国立競技場も、取り壊されてしまい、今はもうありません。(って言うか、次のが建っちゃってます) このままにしといて好かったのにねぇ。(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

「芸術か記録か」
この映画、公開時(オリンピックの開催された翌年です)は、その内容が記録映画に相応しくないと言われ、物議を醸したそうですね。

なにしろ、勝ち負けがつきものの競技種目で、あえて勝者をハッキリとさせない編集がなされていたりします。
そして選手のクローズアップを多用し、試合の様子をちゃんと(!)見せてくれなかったりも。
それは表現を重視し、競技/選手の姿をアートとして捉えようとした結果なんでしょうね。

なのでこの映画、普通にスポーツ競技を観戦する積もりで鑑賞に臨むと、ストレスの溜まりまくる仕組みです。(^^ゞ
勝負の行方を追うよりも、むしろ競技者/観客/競技場そのものなどなど、オリンピックというイベントを表現しようという作品。

なにしろこの当時、競技の映像を見ようったって、そう簡単には行きません。(今でこそ、ハイクオリティな映像が無数に提供されますけれど) テレビはまだまだ白黒が主流の時代。 中継技術も未発達です。

そこで、映画館のカラー大画面/大音響で、各競技/名勝負がまとめて観戦出来る! なんて期待に胸膨らませつつ映画館に入ったら(試合の結果/勝敗にはこだわらない)芸術性重視のこの作品です。orz
観る者の期待にそぐわなかったという意味では、確かに問題だったかもしれませんね。(^^ゞ

ともあれ、スポーツ観戦を愉しむ気分でこの映画に接したら、ガックリ来ることは必定。
だって監督を任せた相手が市川崑なんですから、そりゃ、こうなりますよ。(笑)

でも果たして、映像メディアの発達した現在ならどうでしょう。
個々の競技の克明な映像など、テレビやネットを通じて幾らでもチェック出来ますからね。
公式記録映画「東京オリンピック」。
今となっては、芸術側に振っておいて大正解だったのかも、なんて考えさせられます。

        ▽▲▽▲▽▲

さあ、競技の始まりです。 まずは陸上競技から。

表現/芸術性の重視。 観る側としては(レース競技にも関わらず)時に順位をハッキリと示さない場合もある、そんな演出スタイルを受け入れなくちゃなりません。 (これに乗り損ねると、このあとツマラナイ時間を過ごすことになります (^^ゞ )

従来のテレビでは捕らえきれなかった、選手の細やかな動き/表情。
アスリートたちの一瞬を、超望遠で切り取りました。
陸上競技/トップアスリートの走りを観て愉しむなんて発想が未だ一般的ではなかった時代に、これを世に問うた監督/撮影スタッフの鑑識眼/審美眼。(^ァ^)

陸上競技を終える(マラソンを除く)あたりで、映画全体の半分が終了です。

 
 
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ONも観戦してました。(^ァ^)
 
 
          ▽▲

映画中で二番手の競技は体操

この競技場面、映画としてはイマイチ(日本選手の見せ場こそ多いものの)と感じました。
なにしろ、BGMとして流される優雅なクラシック音楽が画像に合いません。
演者の汗や息づかいを無視して、ショーでも愉しむかのような目線に違和感を感じました。
(そこは、当時と今との、体操競技観の違いってことなのかもしれませんけれど)

          ▽▲

三番手は競泳

今時の競技中継なんかと比べても、見劣りのしない、優れた映像でした。
プールを真上から見下ろすアングルって、この頃からあったんですね。
(今の技術なら、もっとスタイリッシュに撮れたかもしれませんけれど)
これ、世の中が市川崑に追いついたってことでしょうか。(^ァ^)

          ▽▲

重量挙げ

私、チビ助の頃に「三宅選手ごっこ」をやって遊んだ、微か~な記憶があります。
ハタキかなんかを両手で持ち上げて、「ボクみやけせんしゅ~」って。(笑)
金メダリスト。 今見ると、実に男らしい、好いマスクを持った選手でした。

          ▽▲

レスリング

ここでも勝敗が判らない演出でした。
で、日本は決勝で勝てたの? どうなったの?
なんだかんだ言って、やっぱり気になってしまいます。(笑)

          ▽▲

フェンシング

こういう競技をオシャレに描いちゃうのって、表現として安易過ぎと想うんだよね。(^^ゞ

          ▽▲

そして柔道

ここで名勝負がありましたね。
日本を負かしたオランダのヘーシンクの名、オレでさえ知っているもの。
無差別級の攻防。
ヘーシンク選手って矢鱈とデカくて如何にも不器用そう、そしてイイ人そうに見えます。(^ァ^)

          ▽▲

この後、射撃を経てから自転車

八王子で開催されたロードレースの様子を描きます。
昭和の街々/近郊を、次々と駆け抜けるロードバイクの姿。
沿道で観戦する市民の大半が(おそらくは)初めて眼にした自転車競技というもの。
懸命に自転車を漕ぐ人。 それを興味深げに観る人。 周囲の風景。
郊外で催されたレース風景が素晴らしかった。
この競技のパート自体、一編の優れた短編映画になっています。

          ▽▲

映画はこの後、サッカー・馬術・バスケ・水球・ホッケーと描いて、そして、その後が女子バレーです。

東洋の魔女たちの奮戦。
決勝は 日本 対 ソ連。 名勝負でした。
映画はマッチポイントの一進一退を追って、本当にハラハラさせられます。
(「芸術か記録か」なんてこと、もはや忘れ果てていました (笑) )
そして感動させます。

          ▽▲

マラソン

もちろん、都内を走りました。(笑)
先頭を行く漆黒のランナーは、エチオピアのアベベ。
カメラはひたすら、彼の姿を追い掛けます。
誰か一人が独走して制するなんてこと、映画の撮影前は判らないワケですから、この絵面は、図らずして起こったことなんでしょうけれど、ともあれこのランナー、実に絵になる。(^ァ^)
独走するアベベの姿。 この五輪を代表する図となりました。
背後には、昭和の街並み。 現在と比べて、また随分とモノトーン気味です。

この映画では、先頭集団ばかりではなしに(テレビの中継と違って)後方のランナーにまでカメラを向けたのが好かったです。
給水所の点景。
トップ争いを演じる走者ならば(ボトルを掴むがはやいか)一瞬で通り過ぎるところです。
それが、後方の走者たちがやって来る頃になると、いろんなドラマが・・・・

新宿駅の南口を駆け抜け、やがて競技場に姿を現すアベベ。
そして、その後を円谷が・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

そして、1964年10月24日が来ました。

閉会式は競技場に、各国の選手が入り乱れ、各々自由に入場するスタイル。
これ、ノーサイド感があってフレンドリーです。(^ァ^)
とっても好い、ジンと来る閉会式でした。


さて来年、二度目の東京大会はどんなオリンピックになるんでしょう。
やっぱ、暑さとの戦いを制した者に、勝利の女神は微笑むんでしょうか?(笑)
(勝ちに来るようなアスリートは、今頃、暑さ対策をあれこれ講じているんでしょうね)

2020年大会の公式記録映画は、河瀬直美監督が撮る予定なんだそうですけれど、マラソンのコース変更騒ぎとかあって、気が気じゃないでしょうね。(^^ゞ

 
 

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November 20, 2019

船橋市古作・熊野神社

 
 
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拙宅からだと中山競馬場方面へと向かう途中(市内古作)に鎮座します熊野神社です。

急な階段を上って拝殿へ。
こじんまりとしていますけれど、幾つもの古木に囲まれて、実に趣のあるお宮でした。

社殿が比較的新しいんですけれど、実はこの神社、70年代に(不幸にも)火災に遭っていて、今在るのは再建されたものなのだそうな。

 
 
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狛犬は、古くから残っているもののようですね。
引き締まって実にイイ面構えです。(^ァ^)

 
 
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November 16, 2019

映画:仁義なき戦い 広島死闘篇


 
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仁義なき戦い 広島死闘篇
Battles Without Honor and Humanity : Deadly Fight in Hiroshima
 
 
監督:深作欣二
脚本:笠原和夫
原作:飯干晃一
音楽:津島利章
撮影:吉田貞次
編集:宮本信太郎
出演:北大路欣也
   梶芽衣子
   千葉真一
   菅原文太
   名和宏
   金子信雄
 
 
     1973年   日本・東映
 
 
「仁義なき戦い」のシリーズ二作目、「仁義なき戦い 広島死闘篇」です。
これ、なんでも前作と同じ年の内に撮られたのだそうな。 勢いですねぇ。(^ァ^)

※ 戦時下に軍国主義教育を受け(純粋培養され)て育った北大路欣也。
ゼロ戦に憧れ、いずれは自分も戦争で死ぬものと想い定めていたところ、軍人となる前に敗戦を迎えます。(前作の主人公、戦地から還って来た菅原文太たちよりも、やや若い世代です)
戦後の広島。 朝鮮特需に沸く世の中を、しかし、成す術も無く彷徨う主人公。
そんな姿から、映画は始まります。

        ▽▲▽▲▽▲

その北大路欣也。
猛った狂犬のように、辺り構わず噛み付く男です。
極端な直情径行で、考えの足りない、一途さの過ぎた若者とも言えます。

地元ヤクザが開帳する賭場で傷害事件を(さしたる理由もなしに!)起こして収監。
仮出所後、組長の姪・梶芽衣子との運命の出会いを経て、組長・名和宏に拾われました。
以来、抗争の中で手にした拳銃を「俺のゼロ戦」と呼び、それに命を託して突っ走ります。

これと定めたターゲットは容赦なく射殺(!)する一方、ヒロインとその娘に対して比類ない愛情を注ぐ、そんな側面も併せ持つ男です。

        ▽▲▽▲▽▲

そして梶芽衣子。
本作のヒロインです。

前作では(全く、と言い切ってしまっても差し支えのない程)女性というものを描いてこなかったところに、他に類を見ない程の破壊力を持つ、このヒロインの登場。 その存在感は圧倒的です。

綺麗、可愛いらしいと言うのみならず、折々垣間見せる、その鉄火肌!(^ァ^)
見目好く端正で、それでいて火のような烈しさを併せ持った、なんたってトビキリの女性でありますよ。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

なんたって、本作で一番の問題児(!)が千葉真一でしょう。
インパクトの面で、主人公・北大路欣也を完全に上回ってました。(^^ゞ

そして、主人公とはまたタイプの違う、超絶ガラの悪いヤクザ像で、観る者に強烈な印象を残します。
子分たちをゾロゾロ引き連れて、絶え間なしにキレ/叫び、あちこち叩きまくるなど、まったくもって騒々しい。 何よりクチが悪い。(笑)
他に類を見ない程の、おっそろしく凶悪なキャラ設定です。

しかしまた、なんて思い切った役作りをやってのけたモンでしょう。(^^ゞ
なんたって、あの千葉真一ですよ。
テレビ番組「キイハンター」(1968~1973)で、好漢/正義の味方を演じて大人気の頃。
テレビの視聴者に植えつけた、カッコイイお兄さんのイメージを、ものの見事にひっくり返してくれました。

        ▽▲▽▲▽▲

組長・名和宏
(主人公にとって、運命の人はこちらなのかも)

映画の序盤、一文無し/孤立無援でいた北大路欣也から「極道にしてつかぁさい」と懇願される組長・名和宏。
願いを聞き入れると共に、その場で、身に着けていた舶来の腕時計を彼に与えます。
太っ腹な振る舞い感激する主人公。(^^ゞ

しかし、これこそが、北大路欣也が任侠の世界/組長・名和宏に呪われた(!)まさにその瞬間でした。

この腕時計を、彼は終世(その短い人生を駆け抜ける間)身に付けて離しませんでした。

そして後に(長年引き離されていた)恋しい梶芽衣子と引き合わせられ、またまた大感激の北大路欣也。
名和宏組長。 なかなか粋な演出をするじゃないの!

って、想わせておいてですね。(^^ゞ
名和組長一流の配慮かと思いきや、その実、これって名和宏の掌の上で転がされてただけだよなぁ。 って、後になって判る仕組みです。orz

なにしろ北大路欣也、恋しいはずの梶芽衣子を前にして、ひしと抱き締めるわけでもなく、彼女を脇に置いて(!)まずは名和組長に平伏しますから。(>_<)

終盤に至っても、梶芽衣子とマサカの再開を果たし(これが今生の別れだってのに)ここでも再び、先に名和組長に平伏してるし。
北大路欣也にとって、命を預けた組長との関係が何より大切なんじゃないかって思えて来ます。(-_-;)

それにしても、この映画、徹底して恋愛要素を排除しに掛かかろうとているかのようです。

そして、それほど大切にした名和宏組長に、結局のところ使い捨てにされるという皮肉。(>_<)

        ▽▲▽▲▽▲

菅原文太。
前作の主人公は健在です。(^ァ^)

今回は、脇に廻って狂犬・北大路欣也を鎮める役割。
前作での暴れん坊ぶりに比べ、落ち着き払った好漢ぶり。 渋さ全開です。
呉に一家を(ささやかながら)構えて、暮らしはキツそうですが。
この映画の中では、比較的(!)まともな役どころ。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

シリーズ二作目「仁義なき戦い 広島死闘篇」。
前作と比べて、ストーリーが随分と単純になりましたね。

一作目「仁義なき戦い」では、ストーリーや人物の相関関係が複雑を極めましたから、こういうのは大歓迎です。
それでも、オレにとっては未だ未だ簡単ではなくて、初見で把握し切れなかったです。(^^ゞ

終盤、逃げ廻る主人公の姿を追った(フィルムの粒子を粗くした感じの)ラフな画質。
その演出にはシビレました。
なんでも、高感度フィルムを使って、それを更に増感して撮ったのだそうな。
(高感度フィルムや増感現像など、その昔、カメラに凝った頃に、自分でも経験済みのワタシでした (^ァ^) )

短い人生を猛ダッシュで駆け抜けた主人公の姿そのままに、コンパクトに凝縮されたシリーズ二作目。 その分、味わいの濃いい映画でした。

 

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November 15, 2019

小栗原稲荷神社

 
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拙宅からだと、京成本線の最寄り駅は西船駅。
その東側にひとつ行ったところの東中山駅と、もひとつ東の京成中山駅の、丁度真ん中あたりに鎮座するのが、この稲荷神社です。

その前を西から東へ、東京・千葉間を結ぶのが千葉街道。(国道14号線)
普段は通り過ぎるだけの道路なんですけれど、中山方面へと行く途中、ちょっと気が向いて、途中にある稲荷神社を訪ねてみました。

 
 
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こじんまりとして風情のあるお稲荷さん。

この辺り、中世の頃は小栗原城があったんだそうですね。
今となっては、往時の面影はありませんけれど。
 
 

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November 11, 2019

映画:3月のライオン(前編)

 

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3月のライオン 前編
March comes in like a lion
 
 
監督:大友啓史
原作:羽海野チカ 漫画「3月のライオン」
出演:神木隆之介 (桐山零)
   有村架純  (幸田香子:義姉)
   染谷将太  (二海堂:ライバル)
   佐々木蔵之介(島田開:師)
   伊藤英明  (後藤:敵)
   加瀬亮   (宗谷冬司:ラスボス)
   甲本雅裕  (安井:対局相手)
   豊川悦司  (幸田柾近:義父)
 
 
      2017年  日本
 
 
2017年。 将棋の藤井聡太四段(当時)が十五歳でプロデビュー。
そのまま公式戦29連勝を飾って大きな話題を呼びましたっけね。

なんたって、デビュー戦から29戦連勝ですよ! 歴代最多連勝記録を更新!
戦績だけ見たら、もはやマンガです。(笑)
いや、こんなの好成績過ぎて漫画のストーリーにさえ、なりそうにありません。w

でもこの大記録、夢でも絵空事でもなく、現実に達成されたことなんですよね。
事実は小説より奇なり。

例えばドラマ/漫画などフィクションの作者は、作品を創るにあたって(視聴者の予想を超える)驚くべき、スゴイ展開や結末を(腕によりをかけて)用意してくるものです。

ところが、こと将棋に関して言えば、藤井(現)七段が四段時代に成し遂げた快進撃が、あまりに、それこそあり得ないくらいに凄過ぎました。(笑)
なので、作家がどんなに知恵を絞ったストーリーより、現実の方が、余程ファンタスティック。 印象に残る結果になっちゃってます。 (^^ゞ

だって、ドラマの主人公にどんな活躍をさせたとしても、「藤井君の方がスゴいよね」とか言われちゃいますからね。(笑)

まぁ、無理もないよ。
これほどのミラクル、誰ひとりとして思い付きゃしません。(^^ゞ

なんか、フィクションの側にとっては皮肉な展開になっちゃってますけれど、ともあれ将棋ブームに後押しされ、こうして将棋漫画「3月のライオン」が実写映画化されました。(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

この「3月のライオン 前編」は前後編、二本作られた内の前編。
二部作とはまた贅沢なこと!(^ァ^)

原作は羽海野チカの将棋漫画。(生憎と私は未読です)
高校生プロ棋士を主人公に、将棋の世界とその周辺を描いて人気の作品なのだそうで。
なにげに将棋ブームは健在です。(^ァ^)

そんな「3月のライオン」の主人公は現役高校生プロ棋士(五段!)、桐山零君。
タイトル目指して勝ち抜いてゆけ! ゴーゴー!!(^ァ^)

        ▽▲▽▲▽▲

※ 幼い頃、事故に遭って家族全員を失った桐山零。
いろいろと事情があって、亡父の親友に引き取られることとなります。
そして、ここはプロ棋士の家でした。

日々将棋を指す。 それが当たり前の暮らし。
義姉・義弟が、未来のプロ棋士を目指して、真剣に将棋と取り組んでいました。

図らずも、その戦列に加えられることとなった零。
義姉・義弟から歓迎されることなど決して無く、また対局の相手としても軽んじられ、侮られる日々でした。 (これ、当時は未だ将棋の弱かった零君をカワイガッたつもりが、実際は、わざわざ姉弟してスパルタ教育してやったようなモンですね(笑))
生きてゆく為には、どうしても(将棋に)強くならざるを得なかった主人公です。

        ▽▲▽▲▽▲

さて零君。 映画では高校生プロ棋士の桐山五段としてスタートします。
ここまで来ている時点で、既に熾烈な競争を勝ち抜いているわけですね。


※1 例えば、一般的な棋士の辿る道が

 将棋の強い子
  ↓
 周囲の大人顔負けの強さ。 ひょっとしてこの子は天才? (^ァ^)
  ↓
 奨励会
  ↓
 プロ棋士

ってなコースとして


※2 それが、桐山零君(映画の前編スタート時点)の場合

 家族が交通事故死
  ↓
 亡父の友人(プロ棋士)宅に引き取られる
  ↓
 義姉・義弟から苛められ、将棋でもボコボコに
  ↓
 強くなるより他なかった (-_-;)
  ↓
 ライバルとの出会い
  ↓
 奨励会 (この段階で義姉・義弟は落伍)
  ↓
 プロ棋士 (四段)
  ↓
 五段へと昇段
  ↓
 養父家を出て独り暮らし ← 今ココ!
  ↓
 A級・島田開に師事、強敵/ラスボスの出現
  ↓
 そして・・・・

ってな道を歩んで来ています。
若いのに苦労してるよねぇ。(>_<)


零君。 養父家の苛められっ子から、奨励会を経てプロ棋士となりました。
(その過程で、数多の対局相手を蹴落として来たことでしょう)
一方、イジメっ子の義姉・義弟は、既に奨励会の段階で、力及ばず(プロ棋士への道という)レースから脱落しています。

        ▽▲▽▲▽▲

晴れてプロ入りを果たした零君と、夢破れプロ棋士を諦めざるを得なかった義姉弟ズ。
幼い頃から自分を苛めてきた義姉・義弟を、今や(将棋の世界にあっては)はるか高い所から見下す格好です。

ここはひとつ、ザマー見やがれ!(^^♪ って毒づいてやりたいところですけれど。
が、しかし零君、そういうタイプの子じゃありませんでした。

プロ棋士の世界、その華やかさと表裏をなすかのような過酷さ/残酷さ。
その性格ゆえ、対局で負かした相手の、心の痛みまで引き受けてしまう零君でした。
無口で、一見従順にさえ見える(実際は、ンなコトはない(笑))主人公の陥る苦悩。

将棋を扱った、この映画。
お気楽に観始めたところが、想わぬシビアな展開を見せてくれました。

        ▽▲▽▲▽▲

キャスト中では、有村架純が最も印象に残りました。
主人公の義姉役の演技、そのアッパレな悪役(!)ぶり。

幼い頃から、ことある毎、零に対して辛くあたってきた義姉。
将棋の家に生まれた者として、プロ棋士を志しながら、しかし、その途上で挫折した人。
この映画で、最もインパクトある立ち位置に居るのが、この有村架純でしょう。
NHK連ドラのヒロインが、マサカの悪役ですよ。 そしてこのキャラ、悲劇の人でもある。

演技の幅、女優としての引き出しの豊富さ。
単なる美少女/美人女優の域に留まることを良しとしない、意識の高さ/役者魂を見せつけられました。

 
 

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ワケあって、独り暮らし(あれは、隅田川の河畔でしょうか)を始めた主人公。
暇さえあれば将棋盤に向かう、高校生プロ五段。 その、淡々とした毎日の積み重ね。

対局のため将棋会館に通う、その道すがらの街並み。 隅田川沿いの景色。
主人公の性格/孤独感を象徴するかのような背景です。

主人公が乗り降りに使うのは八丁堀駅・・・・って、オレここいら知ってる! へ~、あの辺りでロケしたんだ。(笑)

そして、悩み多き主人公を癒すためのハーレム(笑)として用意されたかのような川本家。
この辺り、完全にラブコメ調で、この映画の原作って漫画だったんだな って想い出させられるところです。 面白いから、まったく無問題ですけど。(笑)

そんな川本家の面々と主人公の出会うあたりから、映画は俄然、面白くなって参りました。

        ▽▲▽▲▽▲

映画の半ば辺りから、零君が師と仰ぐ存在や、立ち塞がる(容易には越えられそうにない)敵も現れ、更には(早くも)ラスボス w の存在が示唆されます。

中堅どころの男優たちを、贅沢に配置した(未だ成長の途上にある)主人公周辺の描写が秀逸です。
うん、やっぱキャスティングの一人ひとりが絶妙だね、この映画。(^ァ^)

主人公とその養父一家を中心としたシリアスなドラマ展開に対し、随所にギャグも(主としてライバル/将棋連盟の愉快な仲間たち (^ァ^) がその役割を)仕込まれていて、硬軟のバランスも好い按配。

対局シーンなんて、あんまり盤面を見せないように(観ているこちらの興味が、そちらに移っちゃいますからね)工夫しているようで、でも勝負の雰囲気を、しっかりイメージさせてくれますし。

さて、終盤に至ってタイトル戦の(そこはプロ棋士らしく)大盤解説を拝命する主人公ですけれど、これが・・・・ ラスト辺りの演出は、いまひとつでしたかねぇ。(^^ゞ

ともあれ、主人公が未だ残す幼さを印象付けて、二部作の前編はジエンド。 後編へと続きます。
 
 

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November 08, 2019

読書:少年の名はジルベール

 
 
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少年の名はジルベール
 
 
     竹宮惠子 著
 
 
        2016年   小学館
 
 
 
  ・ 缶詰旅館
  ・一人暮らし
  ・少年愛の美学
  ・大泉サロン
  ・少女たちの革命
  ・不満と焦り
  ・男の子、女の子
  ・ライフワーク
  ・悲観
  ・ヨーロッパ旅行
  ・契約更新
  ・プロデューサーの仕事
  ・新担当編集者
  ・読者アンケート
  ・大学でマンガを教えるということ
 
 
 
その夜。 午後も、既に十時を廻った頃合い。
当時、デビューして間もない新進少女漫画家・竹宮惠子は、突然湧き出した漫画の構想。 その奔流に、昂ぶりを抑え切れずにいました。

舞台は十九世紀末、フランスの田舎。 寄宿制の男子校で・・・・

汲めども尽きぬ構想。 アイデアは次から次へ、爆発的に溢れ出て止まりません。

「少年の名はジルベール。 絶対に、それ以外じゃない」

突如降りてきた漫画の着想を、誰かを相手に語らずにはいられなくなった竹宮。
彼女が最も信頼する漫画仲間、増山法恵に(こんな時間ですけれど)電話します。

それは、当時の少女漫画の禁忌に触れざるを得ない、というより、その常識を根底からブチ壊すかのような、あまりに過激なアイデアでした。
なにしろ、これまで誰もやってこなかった少年同士(!)の恋愛漫画。 少年愛の世界を描こうというものです!

なんと言っても「BL」、「腐女子」などと言った言葉の現れる、はるか昔のこと。
現在とは、状況が違い過ぎます。

今でこそ、広辞苑の見出し語にまで「BL」が加えらる時代です。


・ビー・エル【BL】①(bill of landing)船荷証券。②ボーイズ・ラブ。


・ボーイズ・ラブ(和製語 boys love)男性同士の恋愛を描く、主に女性向けの小説・漫画などのジャンル。BL


それが、竹宮が少女漫画を発表し始めた1970年代。
少年愛をテーマに漫画を描く、などということ。
ましてや、それを少女漫画雑誌へ連載する(そこまで、竹宮は意識していました)なんて、とても考えられない時代でした。

しかし、卓越した少女漫画の読み手であった増山は、この、当時としては斬新過ぎとも言える構想に、すぐさま深い興味を示し、しかしながら、至ってクールに受け取めます。

ふん、ふん。
それから? それから?

とうとう、明け方まで続いた長電話。
竹宮は、この時のドライブ感/高揚感を、生涯に一度の体験であったと言います。

学生たちの間では、政治談議/革命論議の盛んであった時代です。
同じ若者として、それに大きな刺激を受けずにいられない竹宮。
ならば、と決意します。
「私の革命は漫画でする」

この時、竹宮の志した革命が、少女漫画「風と木の詩」となって実を結ぶのは、もっとずっと後のこと。

        ▽▲▽▲▽▲

さて、本書は少女漫画家・竹宮惠子の自伝。
主として、デビュー当時の体験/苦心談が熱く語られます。

徳島から上京して来たばかりの若手少女漫画家・竹宮惠子は、出版社の担当編集者から、同世代の少女漫画家として萩尾望都を紹介されます。
やがて、萩尾のファンであり友人でもあった音大浪人生(当時)増山法恵とも知り合って意気投合。

増山は少女漫画のみならず、文学・音楽・映画・美術と、表現の全般に渡って驚くほど造詣が深く、なにより卓越した審美眼の持ち主でした。
竹宮・萩尾の二人にとっては、歯に衣着せぬアマチュア評論家として、他の誰よりも(それこそ、プロの編集者顔負けの)厳しく的確な判断を(一片の容赦もなしに)下して来る存在です。

        ▽▲▽▲▽▲

やがて竹宮・萩尾は(萩尾の上京を機会として)増山家の斜向かいに共同で家を借ります。

それは、若い女性が好んで住まうとも思えぬ、古く質素な木造家屋(つまり、ボロイ借家 (^^ゞ )でしたけれど、ともあれ、この場所で、若手少女漫画家二人の共同生活がスタート。
そして(そこに増山を加えた)三人の濃密な関係が、ここから始まります。

この家で、竹宮・萩尾は各々の少女漫画作品を描き、そして増山は毎日のように(なにしろ自宅が目の前です)通い詰めることに。

少女漫画家二人が互いに刺激を与え合い、そこに、担当編集者以上にシビアな(舌鋒鋭い)批評家である増山が、付っきりで創作に関わるカタチです。

        ▽▲▽▲▽▲

新人漫画家二人と熱心な読み手が、ひとつ屋根の下、好きなことに思いっきり打ち込む共同生活。
なんかもう、若い漫画家にとっての夢みたいな空間を実現させてますね。(^ァ^)
云わば「トキワ荘」の少女漫画版。
漫画だけに集中して、漫画漬けになって仲間と暮らす日々。
こんなの、愉しくないワケがないですよ。(笑)

担当編集者からは、漫画家の共同生活なんてものが上手くゆく筈無いと言われ(トキワ荘との違いを説かれて)猛反対されます。
が、そこは若い彼女ら。
止めることなど、誰にも出来ません。

少女漫画作品の創作に打ち込み、互いの作品を批評し合い、更に(他の少女漫画作品・映画・音楽など)興味を持ったあらゆる分野について、大いに語り合う日々。
「少女マンガを変えようよ。 そして少女マンガで革命を起こそうよ」

木造の質素な借家は、やがて(その地名から)「大泉サロン」と呼ばれることになります。

        ▽▲▽▲▽▲

三人の意向もあって、「大泉サロン」は訪れる者を拒まぬ、ウェルカム/オープンな雰囲気に保たれていました。
それに惹かれ、熱心なファン・漫画家志望の若手・更には編集者さえ出入りしはじめます。

それは、「サロン」と言う名称から来るイメージとは程遠い、およそ質素な木造家屋でしたけれど、しかし、夢と活気に溢れる少女漫画創作の場でした。

        ▽▲▽▲▽▲

竹宮らが「大泉サロン」に暮らした期間中、「大泉サロン」の住人三名 + 漫画家仲間一名で、ヨーロッパへ取材に出掛けています。
当時としては珍しい、若い女性四人の欧州旅行。

ヨーロッパを舞台、あるいはイメージの源泉とすることの多い少女漫画家として、一度は本場を見ておかなければと考え、思い切って旅立ったわけです。

少女漫画作品に生かすべく、1970年代のヨーロッパの姿(今となってみれば、実に貴重な体験でした)を、その眼に焼き付けました。
彼女ら、旅先のトラブル・言葉の壁・更には体調不良ですら若さで乗り切ります。 と言うか、その珍道中ぶり。(笑)

        ▽▲▽▲▽▲

若き日の竹宮。
自分の現状に満足することなく、絶え間なくダメ出してゆくタイプの天才でした。
満足するということを知らないその創作活動は、ですから、厳しく辛いものとならざるを得ません。

その竹宮惠子が、かねて天才と認め、(自分に足りない要素の、すべてを手にした者と見え)意識して来た萩尾望都。
やがて、彼女に対し、嫉妬に近い感情が芽生え始めるのを抑え切れませんでした。

自分自身では、どうにもコントロールし切れない、イライラの募る竹宮。
そんな天才・萩尾と、ひとつ屋根の下に住んでいるという重圧・・・・

意外なほど早く訪れた、「大泉サロン」の終焉。
少女漫画に捧げた青春でした。

        ▽▲▽▲▽▲

さて竹宮には、「少年愛の世界を少女漫画化し、発表する」という大きな目標がありましたね。
やがて竹宮は、担当編集者と談判した上で、少女漫画雑誌の人気投票で竹宮の作品が一位を獲得しさえすれば、「風と木の詩」を連載させるという条件を引き出します。(やった! (^ァ^) )

さてこうなったら、なにが何でも、例えどんなことをしてでも(笑)人気投票で一位を獲らねばなりません!(これまでは、下位の辺りで低迷していたことも度々でした)

「一位の取り方教えてよ! 作戦立てなきゃ」
竹宮は、百戦錬磨の少女漫画通、少女漫画を誰よりも知り尽くしている増山に協力を請います。 最強の軍師/作戦参謀ですね。(笑)

増山は、設定・ストーリー・シリーズ構成・そしてファンサービス(ファンクラブの組織、サイン会の開催)などなど。 ウケる少女漫画を描くための戦略的アドヴァイスを、次々と授けました。
それに応える(これまでは、増山の意見に抗うこともあったのですが)竹宮。
すべては「風と木の詩」の連載を勝ち取るためです。

人気投票で首位を獲る目的の下、描きはじめた新作漫画「ファラオの墓」に猛然と取り組む竹宮。
その中で、かつてない漫画家としての充実を実感し、更に熱心なファン層の存在を意識しはじめます。

こうして、少女漫画家として覚醒してゆく竹宮惠子。(この辺り、読んでいて実に痛快でした)
そして遂に・・・・

        ▽▲▽▲▽▲

パイオニアの軌跡というのは、なんであれ(どれほど時代を経ても)決して疎かに出来ない、意義深いものです。
まして、この世代の少女漫画家の(少女漫画における表現技法の開拓、そして少女漫画家の地位向上に務めた)奮闘ぶり!

「風と木の詩」は、やがて少女漫画雑誌上に連載され、当然、大きな話題に!
少女漫画が、他の様々な分野(学者/評論家/文化人なども含め)から、広く語られる嚆矢となります。

革命は成し遂げられました。

        ▽▲▽▲▽▲

本書は、昭和を駆け抜けた一女性の手記として、読む者をして夢中にさせます。
少女漫画に付いてなにも判らず、この手の漫画を未読の私でも、充分に愉しむことの出来た、そして刺激に満ちた、少女漫画家一代記でした。

 
 

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November 06, 2019

小春日和の長田谷津


このところお天気が続いて、なんかもう、気分は晴れ男のもとよしです。(^ァ^)
今回はちょっと足を伸ばしまして、大町自然観察園(長田谷津)まで。

久々に訪れたんですけれど、既に長田谷津の緑も衰えていました。
やっぱ、秋ですからねぇ。


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思えば今年の夏は、眼の調子を崩して(ものが二重に見える)しまい、あんまり出歩くことが出来ませんでした。
特に自転車は、乗ることを自粛していましたから、この長田谷津ともすっかりご無沙汰です。

それが(眼の具合が好くなり)やっと訪れる事が出来るようになって、こうして来てみれば、このザマですよ。orz
今更何を言っても詮の無いことですけれど、盛夏の間にもっと来ておきたかったですねぇ。(^^ゞ

  
 

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November 05, 2019

映画:007/サンダーボール作戦

 
 
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007/サンダーボール作戦
Thunderball
 
 
監督:テレンス・ヤング
音楽:ジョン・バリー
出演:ショーン・コネリー   (MI6 007:ジェームズ・ボンド)
   バーナード・リー    (同 部長:M)
   ロイス・マクスウェル  (同 秘書:マネーペニー)
   デスモンド・リュウェリン(同 装備主任:Q)

   アドルフォ・チェリ   (スペクターNo2:ラルゴ)
   ルチアナ・パルッツィ  (スペクターNo12:フィオナ)
   クローディーヌ・オージェ(ドミノ <ボンドガール> )
 
 
      1965年  英米
 
 
007シリーズも、これにて第四作目。
今回は超大掛かりな海洋ものでありますよ!(^ァ^)

世界を股に掛けたプレイボーイ・スパイ、ジョームズ・ボンド。
(所詮、007は男の欲望(!)全開映画です m(__)m )
今回もまた、装備主任Qから秘密兵器の数々を託されます。
夢いっぱいの秘密兵器。w
お楽しみ感満載で、観客を愉しませようというサービス精神が炸裂してますね。w

秘密兵器を駆使して空へ海へと縦横無尽。
いろいろ考えるなぁ。(^ァ^)
名車アストン・マーチン・DB5(ボンドカー)は、もはや標準装備。w
でも、現場で一番役立ったのは超小型酸素ボンベだったね。
(単純なものほど使い勝手がイイという好例)

        ▽▲▽▲▽▲

さて、映画のストーリーはって言うと・・・・なんか、お話しが矢鱈と込み入ってますなぁ。w
(鑑賞しているコッチがストーリー/話しの本筋を見定める以前に)小さいエピソードがいろいろと、とにかく盛り沢山に用意されていて、そのひとつひとつが丁寧に描かれます。
で、それが過剰に細やかって言うのか、まぁ、造り手が律儀なんだね。(笑)
いえ、そのどれもが巧みに描けているし、そこがこの作品の好いところとも想うんですけれど。
それでも、お話しの進行をスローと感じてしまうのは、観ているコチラに余程ゆとりがないのか?(^^ゞ

        ▽▲▽▲▽▲

※ 舞台は西インド諸島、バハマのナッソー。 南の島のリゾートです。
(アメリカ合衆国のフロリダ半島とかキューバ共和国の近く)

南国らしい、日溜りの気だるさ。 怪しさを漂わす宵闇。
ナッソーの街々の猥雑さ。 ナイトクラブ、カーニバルの喧騒などなど。
(この辺り、シリーズ第一作目、ジャマイカを舞台にした「ドクター・ノオ」を彷彿とさせます)

今回、ボンドの相手は宿敵・国際的犯罪組織のスペクター。
その大幹部、スペクターNo2 のラルゴが、原子爆弾を積んだ英空軍の爆撃機を乗っ取り、奪った原子爆弾をネタにして、英米から大金をせしめようとします。 超大規模な恐喝です。

強奪された爆撃機は、スペクターNo2 の手でナッソーの海中に隠されました。
(海底に眠るデルタ翼の古風なジェット爆撃機、というシュールな光景!)

因みに、この計画に使われた航空機は、当時英空軍で就役していたジェット爆撃機「バルカン」。
冷戦時代、核兵器使用のドクトリン下の産物です。(アレ? これって当時現役の軍用機じゃないんですか? 映画に出せるんだ? w)
こういった(今となっては)古風な航空機が大好物のワタシです。(^ァ^)

閑話休題。
原爆は、ナッソーの何処かに隠されている!
そう察知して、急遽バハマに飛んだ007。

なにしろ、この緊急時です。
遊んでいる暇などない筈ですが、そこはジェームズ・ボンド、少しも慌てません。
こんな時でさえ、リゾート地で余裕綽々に振舞うところが、また彼らしい。w

        ▽▲▽▲▽▲

とにかく、全編に渡って海中シーンの豊富な映画でした。
随所に差し挟まれる南の海、その色鮮やかさ。
そして、それらはラストの大海中バトル。 前代未聞の壮絶な海中スペクタクルに向かって集束してゆきます。

そして我らが主人公、007号/ジェームス・ボンド。
この男、今回はこれまでと比べて更に、情緒/感情のうつろいに乏しくなった印象です。
その分、主人公のことがイマイチ記憶に残らないです。orz
まぁその辺は、造り手側の狙い通りなんでしょうけれど。
ともあれ007、アクションには果敢に取り組んでいます。w

        ▽▲▽▲▽▲

さて、映画は大詰め。
ここまで来て、ストーリーなんて、もう、ど~でもイイやってな気分になりました。(笑)
そのくらい、終盤に待っていたクライマックス。 乱戦(!)シーンは壮絶なものでした。

スペクターNo2 の率いるダイバー(アクアラング装着の)部隊と007、そして一報入れて呼び寄せた米軍・特殊部隊(米本土が近いですしね)との戦い。
合わせて数十名からなるフロッグメン。
敵味方入り乱れての、大海中バトルの始まりです!
 
 
007_
 

いやもう凄かった!
こんなの、他に見たこと無いよ。(笑)
そもそもこれ、どうやって撮ったの?
いや、そりゃ頑張って(CGの無い時代です)撮ったんでしょうけれど。w
撮影するにあたって、途轍もない、それこそ気の遠くなるほどの手間隙/パワーが要ることくらい、素人にも判ります。
まことに贅沢なクライマックスシーンでした。

なにしろ、銃火器に頼れない海中です。
だから水中銃を撃ち合うわけなんですけれど、そもそも海中には、遮蔽物/隠れる場所なんてありません。 それどころか、相手から丸見えですから。(^^ゞ
そこへ、敵の撃った銛が襲いかかって(容赦なしに)身体にプスっと。
痛そう~。(>_<)

本来は水中で魚を捕らえるための銛。
銃器の弾丸に比べて、ずっとスローです。
それが(お芝居とは言え)身体に刺さる描写がリアル過ぎ! (>_<)
銛の刺さる痛みの伝わって来る演出/編集。 実に巧みでした。

とにかく、あんな海中バトルシーンの渦中になんか、絶対居たくないよ。(^^ゞ
例えば我々は、いろんな映画で、銃撃戦とかあたり前に観るワケですけれど、それよりもこの、海中で銛を撃ち合う状況の方が(印象が新鮮なだけに)余程恐怖心を煽られます。

        ▽▲▽▲▽▲

クライマックスの闘いで、観ているコッチは大満足。(^ァ^)

お終いは米軍の B17 (ってこれまたクラシックな爆撃機 (^ァ^) )に拾って(!)ゆかれるボンドたち。(「フルトン回収システム」って言うんだそうな)
007映画らしい粋な締め括り方が好かったです。

と言うわけで(なんか、クライマックス偏重の感想になっちゃいましたけれど)007シリーズ第四弾「サンダーボール作戦」でした。
See you later, alligator.

 
 

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